C.E暦70年3月12日14時00分。日本東京の議会場において中立連盟の各国代表者達と、プラント代表のアイリーン・カナーバ議員との会談が始まった。
国際中立連盟側の出席者は、日本行政長官である藤堂兵九郎を始めとして、オーブ連合首長国のウズミ・ナラ・アスハ代表、スカンジナビア王国のアダム・ルイストフ首相、赤道連合のウッドラール・リメイラ連合長、そして汎ムスリム会議のスバス・ボース大統領の5人が集まっている。
予定では本日の10時に会談を開く筈であったが、先の連合軍によるアイリーン・カナーバ議員殺害未遂事件により大きく時間をずらすことになったのだ。
地球連合への批判声明を発表し、今後の対策も急遽執り行われている間、カナーバは賓客として丁重にもてなしを受けた。
そして今、彼女は議会場の席に座っている。目の前には連盟参加国の5人が座っており、その中の1人―――藤堂が口を開いた。
「私が日本行政長官の藤堂兵九郎です。先ほどの事件では、御怪我もなく幸いでした」
「プラント最高評議会議員のアイリーン・カナーバです。こちらこそ、貴国の艦隊に助けて頂きまして、感謝しております」
儀礼的な挨拶を述べると、今度は各国の代表が順次名を名乗っていく。
挨拶が終わると藤堂は早速として本題に入った。
「此度の会談で、貴国が何を望まれているのか。まずは、お伺い致しましょう」
「はい。我がプラントは、連盟に対して4つの提案があります‥‥‥」
その1、国際中立連盟の名において、全世界に核兵器の使用を断固厳禁とさせること。
その2、国際中立連盟には、中立的立場をとってもらうこと。
その3、国際中立連盟とプラントでの通商貿易を行うこと。
その4、国際中立連盟とプラントでの技術提携を行うこと。
以上が、プラントの望む内容であると言う。連盟側としては、彼女が示した内容が飲みがたい提案と言うほどのものではなかった。
寧ろ真っ当なものであるだろうし、3と4にしても、民間レベルでの貿易は拒むべきものではない。ただし技術交流ともなると流石に制限を加える必要は生じてくる。
特に軍事兵器に関する技術提供は神経を使う部分だ。下手に手渡すと、プラントと敵対する地球連合が黙ってはいないだろうからだ。
厄介な火種を呼び込むことは避けたい。だが、差し支えない部分であれば、逆に積極的に提供してもいいところはある。
まず、宇宙に住まう者にとって必要不可欠な慣性制御技術だ。プラントは全て砂時計型のコロニーと成しており、その中心部分を軸に回転させて重力を作る。
だがこの慣性制御があれば、より地球型の環境に近い物を得られるのだ。ただし、その制御には細心の注意を払わなければならないのは勿論のこと。
次に旧型ではあるが十分に事足りる機関技術。宇宙を往来するプラントにしても必要だろう。日本では民間船にだって搭載しているくらいだ。
その他には、医療技術、食料生産技術に関する代物だった。これらの多くは、既にマーズコロニー群とDSSD機関へ供与した技術でもある。
プラントの条件は呑めないものではないことを再確認する藤堂達。
その中でリメイラ首相が尋ねる。
「1つ目の核兵器の使用を禁じさせるというのは、何も我々に述べさせることでも無い、と思うのですが?」
彼自身も核兵器の使用に断固として反対する立場にある。
だが、敢えて質問した。連盟ではなく、直接に連合へ訴えてみるべきではないかと。
カナーバは首を横に振りながら答える。
「連合に訴えても、私達の訴えは退けられ、受け入れてくれないでしょう。皆さんもご存知の筈です。核兵器の使用は、従来より全世界を通じて使用を固く禁じると明記されてありましたが‥‥‥それは無に帰したのです」
無論、それは国連であった時も、連合へ改変された後も決められた筈だった。それが一部独断とはいえ、核兵器の使用を許したのだ。
これには、もはや連合内部の秩序などあって無いようなものではないだろうか。そんな連合を、所詮は寄せ集めだ、と評価する人間も多かった。
だが中立連盟を抑止力として見るには、発足してから浅すぎる故に強固とは言い難い。その為に連合は軽視するのではないか、との心配の声も一部ある。
一方で昨年の戦争を考慮してか、効果はあると予想する者も多い。カナーバを始めとするプラントの議会員にも、その効果を考慮していた。
「分かりました。核兵器の使用に付きましては、我々も同意見です。全世界を巻き込み、使用させぬよう取り計らいましょう」
「感謝いたします。次に2つ目の件ですが‥‥‥」
中立の立場に徹してもらうという要件。中立連盟の理念は、オーブ連合首長国の理念『他国の侵略を許さず、侵略せず、争いに介入せず』を基にして作られている。
また連盟創設時には、その理想理念の中に『非戦闘員等への危害を許さず』という新たに追加された部分があった。
如何な戦闘とは言えども、民間人などの非戦闘員への武力弾圧を許さないものとする。その際に戦闘へ介入するとはいかないまでも、戦災に巻き込まれた民間人達を保護するという名目で外交的手段による抗議を行い、それでも通じない様であれば民間人保護の為に軍の派遣も辞さないという構えであった。
無論、これを見る限り、他者からすればご都合主義にしか思えぬ理念であると捉えられた。
「立派な大義名分だな。非戦闘員に被害が生じれば、他国の戦闘に介入して上手いところをかっさらおうという魂胆に違いない」
「そうだ。奴らは偽善者にすぎん。あぁやってご都合理念を掲げて、世界統一でもする気なんだろうよ」
地球連合各国の政治家や軍人は口々にそう言ったが、それを気にする日本ではなかった。
自国は無論のこと中立連盟として加盟した国同士で護りあうのは当然であり、戦災によって被害をこうむった人々に対する人命救助の為に軍を派遣する。
この決定を促した原因が、先日のユニウスセブンが何よりの理由である。非戦闘員、民間人に害をなすような行動に関しては、連盟として黙ってはいられない。
そしてこれが、今交渉しているプラントが相手であろうともだ。
藤堂はその事を念入りに説明し、中立連盟としての立場を訴える。
「わかりました。日本には、救助をして頂いた経緯もありますから、その点については了承致します」
カナーバはすんなりと受け入れた。要するに、非戦闘員への被害を及ぼさぬ限り、中立連盟は介入する事はないのだ。彼女は予め、その可能性を予測していたのである。
ただし不安が残った。それは彼ら中立連盟に対してではなく、自分らの方に対してだ。何故なら、ここ最近に勢力を増しつつある急進派の存在があるからだ。
(例の計画は実行に移される可能性が一段と高い。となると、より慎重に実行しないと‥‥‥)
実は『オペレーション:ウロボロス』は、彼女の与り知らぬところで可決されていたのだが、それを知る余地は無かった。
もしもNジャマーの投入で、まかり間違って日本に―――いや、何処かの国の民間人居住区にでも落ちさえすれば、その後どうなるか。
Nジャマーは物理的破壊力こそ皆無であるが、その一方で核分裂による原子力エネルギーを無効化し、同時に電波の妨害を行う厄介な兵器である。
エネルギー供給源を原子力に頼る地域は多く、それを絶たれることになってしまう。特に寒帯に住まう人々には、とてつもない打撃になるだろう。
下手をすれば凍死者が発生し、同時に飢餓や飢えに苦しむ人々だって出てくる可能性は十分にある。核兵器も悍ましい限りだが、このNジャマーによるエネルギー不足、およびライフラインの壊滅は核兵器よりもある意味で恐ろしい結果を生むことになるのだ。
そんなことになれば、中立連盟の怒りを買うことは必須だ。地球連合と組むことは無いだろうが、それでも単独でプラントに攻め入る可能性も否定できない。
軍事技術でユーラシア連邦と東アジア共和国の2国を圧倒した日本のことだ。その彼らが有する宇宙軍主力は、概ねザフト宇宙軍の全戦力と拮抗する程度である。
ただし、あくまで数の上での話である。彼ら日本宇宙艦隊1個分でも、ザフトは多大な苦戦を強いられることだろう。
例によって日本軍所属の宇宙巡洋艦〈ナチ〉が、ジンの攻撃を受けても大した被害にはならなかったのも事実だ。
カナーバは軍事専門家ではないものの、手にした情報を的確に纏めて解析し、自分らの状況とをよく弁えるべきではないか、との答えを出している。
「では、次の貿易関係ですが‥‥‥」
藤堂が次の題に移る。3と4にある通商貿易と技術供与において、否定する理由は連盟側には無かった。民間レベルであれば寧ろ推奨しても良いくらいだ。
ただ心配されるのは地球連合の反応である。プラントと貿易協定を結べば、何かしらの文句は言ってくるであろうことが予想できるからだ。
反発する地球連合の言い分は、恐らく中立連盟の理念に背くものである、というものだろうと藤堂の脳裏に浮かんでいた。
だが、国際中立連盟及び基になったオーブ連合首長国の理念は、あくまで他国への侵略と、他国間同士における争いへの介入にある。
民間レベルでの通商貿易や、生活の為の技術供与ならいざしらず、兵器技術や武器関係の技術供与と言った類のものは禁止されているのだ。
もし地球連合がそう難癖をつけてくるのであれば、彼らにだって民間レベルでの貿易を考えても良い。勿論、武器に関するものは一切禁じるが。
であれば地球連合も文句は言うまい。平等に民間貿易を結ぶのだから問題は無い筈だ。
リメイラ首相がその点について確認をとった。
「カナーバ議員もご理解を頂いている事だとは思いますが、武器に携わる輸出や輸入、または技術供与は承諾いたしかねます。その点はよろしいかな?」
「はい。提案内容の通り、民間レベルでの貿易に限りますので、兵器や武器に関しては望んではおりません」
その返答に安心したかのように頷くリメイラと首脳陣一同。後は貿易及び技術提携における詳しい調整になるだろう。
とりわけプラントが重視したいのは生活物資になるのは疑いない。何せコロニーの生産力は大きくても原料の生産までは出来ないのだ。
しかも地球上では、太平洋連合やアフリカ共同体との協力関係にはあるが、肝心のマスドライバーが無い為に物資の輸送ができないでいるのが実情だった。
プラントとしては、近い内に実行される『オペレーション:ウロボロス』において地表への降下を行い基地を建設、地盤を固める方針を定めている。
同時に作戦内容に修正が加えられており、アフリカのビクトリア基地の再攻略も念頭に置かれていると言う話だった。
もっとも日本の慣性制御技術が他国に広まれば、マスドライバーは不要の長物になるのだが、だからと言って直ぐにそうなるわけでもない。
まずマスドライバーの射出能力による物資の運送能力は極めて高い。如何に慣性制御が完成したとして、配備を最優先されるのは軍艦だ。
輸送艦にも配備されるが、行ったり来たりするよりもコンテナで直接に射出してもらった方が効率は良い。故に、全くの役立たずになる訳ではないのだ。
「以上で、そちらの提案はすべて受け入れる事になります」
「感謝いたします」
満足のいく内容だったと、カナーバは認識していた。後は細かい調整のみで、それが済めば貿易も始められるだろう。
だが、会談は終わった訳ではない。次に相手である中立連盟から提案が提出されるからだ。藤堂は手元にあった書類を取り出し、カナーバへ差し出した。
彼女は気持ちを改めて、その書類を手に取る。
「こちらからの提案になります」
「拝見させていただきます」
その書類には簡潔に、次の一文が掛かれている。その内容には、さしものカナーバも平然としてはいられなかった。
「火星圏における、プラントの都市建設‥‥‥!?」
途方もない提案であった。これは本気で言っているのか、と疑うような内容であると彼女は感じたのだ。何せ火星はまだまだ開拓の途上であり環境整備など初期段階。
月面都市の様に大規模な都市を作るには、かなりの時間を必要とするだろう。
カナーバは、自身が見たとんでもない提案内容を疑い、思わず藤堂に問いかけた。
「これは‥‥‥本気で仰っているのですか? 藤堂長官」
「本気です。間違ってもジョークで提出するほど、私も楽天家ではありません」
にこやかに笑みを浮かべる藤堂の表情に、嘘や偽りといった様子は見られない。再びカナーバは渡された提案書類に目を落とした。
火星圏には、まだまだ未開拓な部分があるとはいえ、手を付けていない企業や国も多い。何故なら、火星は環境が良いとは言えずナチュラルには過酷であるからだ。
その為に専用コーディネイターが住みつき、日夜開拓の為に働いているのである。そこで日本は様々な医療技術や食料生産技術を供与している。
マーズコロニーの住人には評判も良く、日本に対する評価は高かった。
「火星の環境改造とありますが、これはいったい‥‥‥?」
「そのままの意味です。最初こそはドーム型の都市を中心に建設しますが、徐々に時間を掛けて、火星をテラフォーミングします」
「テラフォーミングが可能なのですか!?」
思わず驚きの声を挙げてしまい、慌てて落ち着くカナーバ。テラフォーミングは理論上は可能だが、実行は容易なものではないとされていた。
だからこそドーム型といったもので密閉し、内部を住みやすい状況にするのだ。それを日本や連盟各国は、火星を作り変えて第二の地球とすると言うのだから驚く。
「我が日本は、前世で火星改造に携わった経験があります。事実、火星は地球型環境に生まれ変わりました」
「それにこのプロジェクトは、全人類の為でもあるのです」
「‥‥‥信じて頂けぬでしょうが、こちらをご覧ください」
と言いつつも、藤堂は資料に送付していた証拠となる数十枚の写真を示す。カナーバは信じ難い想いでその衛星写真を目にした。
そこには、テラフォーミングの前後を比較した地表写真があり、赤かった火星が地球の様に緑を有した惑星へと変貌しているのが分かった。
さらに衛星軌道上からだけではなく、火星内部の写真も存在した。そこには地球と何ら変わりのない生活を送る人々の姿もあったのだ。
そして、赤かった地表に青色の正面―――即ち、海も存在していることも驚きの一つである。数十年という長い歳月こそ必要だが、プラントとしても、いつもまでもコロニー暮らしをする訳にもいかないだろう。
この提案は途方もないと思う一方で、我らプラントにとって念願とも言える自然の大地に、足を付けて暮らすことができるのだ。
地球連合に頭を押し付けられることもなく、火星の大地において自分らの自然な大地と国家が造られる。無論、自分らの代では見ることは出来ない話だ。
それでも将来のコーディネイターの為に、小さな芽を育んでいくことが大切である。
これで素直に受け入れるべきかというと、それほど簡単に済む様な簡単な話ではない。火星圏へ移り住む為に、最大限の障害である地球連合をどう扱うべきか。
この問題を解決せずして、先に進める話ではなかった。
カナーバはそのことに触れる。
「‥‥‥貴方がたの提案をお受したいところではありますが、問題があります」
「貴女の仰りたいことは、概ね想像が付きます。つまり、地球連合をどう抑えるかと聞きたいのではないのですか?」
藤堂が先を制した。成程、連盟側もそれくらいの事情は察してくれているようだと、彼女は安堵する。
「その通りです。元々、私達の住まうコロニーは、前の国連―――つまり理事国が中心に投資して建設してきたもので、労働力としてコーディネイターが移り住んでいます。その為に我々コーディネイターの独立を、断固として許してはいません。まして、火星圏に移り住もうと知れば、強硬策に出るでしょう」
「そこは、我々が抑えましょう」
「‥‥‥本当に可能なのですか?」
自信を持って答える藤堂と他の首脳陣に、カナーバはますます怪訝な表情になる。
そこでルイストフ首相が口を開いた。
「そもそも、法律の中で国を勝手に作るなとは明記されてはおりません。誰の許可がいると言う訳ではありませんからね」
「確かにそうかもしれませんが‥‥‥」
「プラントは連合が出資して建造したもの。なれば、まだ未開拓地の多い火星に、貴方がたプラントの都市機能を移し、改めて新国家を建設するのです。そして、コロニーは連合に返還して、あくまでも生産専用コロニーとしてその機能を継続させるというものです」
また、当然のことながら火星圏にも生産プラントを作り上げる予定である。こちらは完全なるプラントによる政権の管轄下として機能させるのだ。
一方で地球連合もとい理事国のプラントには、コーディターという働き手が居なくなってしまう可能性があった。それでは連合が損しかしないのではないか。
だが、コーディネイターは必ずしもプラントのみにいる訳でもない。地球連合の中にだってコーディネイターは居るものだ。
加えてコーディネイターに占拠されるのが嫌なのであれば、連合国の非戦闘員を移住させるのだ。何でもコーディネイター頼みにするから、こういう事になる。
「あるいは、地球連合と我々中立連盟、そしてプラントとの共同出資で運営していく方法もあります。そう、確かDSSDは共同出資をされていると聞きましたが」
「えぇ、確かにDSSDは共同出資で運営されてはいますが‥‥‥」
確かにDSSD機関は共同出資の基で運営されているものだ。しかも、日本までもが出資をしている身であり、そのフロンティアに対する後押しをしている最中だ。
地球連合も流石に、こういった他国が出資している機関にまでは手を出そうとはしていない。もっとも、地球軍の天下り先になる例もあるようだが。
兎に角も、プラントの建国には後押しをしてもらう事になるが、ここで藤堂は注意しておかねばならない事があった。
「最後に1つ、貴女にお願いがあります」
「なんでしょうか」
真剣な表情になる藤堂に、カナーバも身を引き締めた。先程までは地球連合側への非ばかりを唱えているようだが、実はプラント側にも求めてもらう事があるのだ。
それは形あるものとしてではない。ナチュラルへの偏見や差別と言った考え方の撲滅だった。
抑々コーディネイターとは、病気治療の一環として推進されてきたものである。それがどういう訳か健康への対策ではなくなり、途中から優秀な子供を造り上げる為のある種の道具であるとして捻じ曲げられてしまい、現在の様な偏見や差別といった摩擦が発生しているのではないか―――藤堂はそう考えている。
それにコーディネイターは、第3世代まで来ると出生率が低下してしまうという事実に直面しているという話だった。
ともなると、自然勾配による出産ではなくなり、バイオ科学による試験管ベイビーという形で生命が人為的に造られてゆくことになる。
生命は機械と同等に見てよいものではない筈だ。その内、生まれてくる子供は“商品”として扱われてしまうことだって有り得る。
プラントとしては否定するだろうが、絶対的な否定にはならない。彼らはそう言っても、その後の世代はどうだ? ナチュラルにだって商売っ気を出す輩もいるだろう。
将来にそういった事にならないようする為にも、プラントには考え方を改めて貰わねばならない。
彼女は耳を傾け、藤堂達の言わんとしている事を理解した。
「お察しの通り、我がプラントにはコーディネイターの優位性を当然とし、ナチュラルを下に見る傾向があります。それは改めねばならないこと、重々承知しています」
「では‥‥‥」
考えてくれるだろうか、と期待した藤堂であったが、カナーバは難しい表情をしたまま簡単には首を縦に振りはしなかった。
「藤堂長官、差別や偏見の目はコーディネイターのみの問題ではありません。現に、ナチュラルによる差別行為もあります」
「存じています。ですが、全てがそうではありません。ここに居られる、アスハ首長のオーブは、ナチュラルとコーディネイターの両者が住まう国です。それにスカンジナビア王国にも、コーディネイターの方々が住まうとお聞きしております。カナーバ議員、こういった差別的問題を解決するのは並ならぬ時間を必要としますが、何もせぬままでは、それこそ終わりがありません」
いや、永遠にないかもしれない。これまでだって人類は、ナチュラルとコーディネイター以前にも、白人、黒人、黄色人、といったもので差別的行為があったのだ。
何時までたっても変わることのない、実に恥ずかしい限りである。戦いが止められぬのと同様、未完全なのが人間なのだと藤堂は思う。
そう考えると、やはりコーディネイターもナチュラルとは変わらないのだ。幾ら身体的に、能力的に優れようとも、ナチュラルと同レベルの事をしてしまう。
このままでいい筈もないのはカナーバだって理解しているが、地球連合やナチュラルとの蟠りを解消するのは不可能だと思ってしまうのであった。
「不可能か可能かは兎も角、連盟側の意思はしっかりとクライン議長へ伝えます」
「お願いします、カナーバ議員」
それだけ言うと、本日の会談は幕を下ろすこととなった。内容としては上出来と言うべきであり、プラントと中立連盟の関係は良い方向に向かうと誰もが思っていた。
C.E暦70年3月14日。カナーバ議員は、前日に行われた会談の内容を携えて無事に帰国を果たした。同時に中立連盟は会談の成果を国民に公表する。
核兵器の廃絶、一定条件を付けた争いへの不介入、そしてプラントとの民間レベルにおける貿易と技術提供を約束したのだ、と国民に知らせた。
これを後に『3月会談』と呼ぶ。この会談に対する反応は様々で、大半は評価するとの声を上げるが、戦争介入への危機感を募らせる者も少なからず存在した。
当然と言えば当然なことであり、万人が全て受け入れてくれる筈もない。火星との戦争を根に持つ者達は、プラントとの合意を撤回すべきだと声を上げるのだ。
そして最も不愉快な気分になっているのは地球連合諸国の面々だった。特にブルーコスモス全般に渡っては中立連盟を強く批難している。
予想するのは容易いものだが、かといって狂信団体の様な連中を納得させるのは不可能に近い―――いや、不可能なのだ。
テロ行為だって平然とする者もいるくらいなのだから尚更であろうか。そして連盟側は、そんなブルーコスモス派の人間を自国内に入れぬようにしなければならない。
これまた難しい話で、別に公式会員証がある訳でもなく摘発が不可能に近かった。もしもテロ行為に晒されたらどうするのか。
また、連盟各国で反対の声を上げる人々の理由の1つがそれである。
「テロは誰もが恐れる行為だからな。いつどこで起きるか分かったものではない」
「全くだよ。入国時の検査で予防するしかないだろうしさ」
一方は書類に目を通しながら、一方は暇そうに壁に寄り掛かりながら、何ともしっくりしない構図で会話をしていた。前者は真田志郎、後者は古代守である。
大学時代の同期の間柄な2人は、こうして時たま顔を合わせていた。とは言いつつも、実際には古代の方がちょくちょくと顔を出しに来ていると言うのが正しい。
その古代守を、もう慣れたと言わんばかりの表情で見ているのが、彼の恋人である新見薫だ。大学時代からこうなのだから、と分かっていても注意はしなかった。
「暇そうね」
「まぁ、整備中だからな。それまでは碌に動けないし‥‥‥それに」
悪気もなさそうに平然と言ってのける彼に、新見は溜息を吐いた。別段、嫌っている訳ではないのだが、時と場所を弁えたらどうなのかと思うのだ。
だが、そんな表裏のない正直な性格の古代守に、彼女は惹かれているのであるが。
「それに、軍人が暇なのは良いことさ。な、真田!」
「そうだな」
「‥‥‥もぅ」
真田は簡潔に答え、新見はそれ以降に言うのを諦めたようであった。確かに軍人が暇なのは良いことであると、彼女も思っている1人だ。
だが、それは戦闘部門の人間の言うことであって、技術開発部門や解析部門に関して務めている人間は暇である訳がない。
日夜開発と解析の日々に追われており、新技術の開発等に苦闘しているのである。彼女もその一例に漏れず、忙しい毎日を過ごしていた。
特にこの世界に来てから、地球連合とプラントの技術解析が主となっている他、MSなる機動兵器や、中にはコーディネイターという人種についても分析を進める。
「ところで、そのコーディネイターってのは、何処まで優秀なんだ?」
「身体的、能力的の双方において、常人の倍は上回っているようだ。幼少の頃からもその兆候があり、自然勾配によって生まれた子供とは早くから差が出ている」
「本来は病気の治療の為に開発された技術であるのよ。それがどういう訳か‥‥‥」
「優秀な人間を作る手段になってしまった、と」
「そうよ」
古代守も、そのくらいのことは耳にしていた。人間なんて、どんなに進化しようとも根元にある部分は変わらないものだ、とさえ感じている。
「けど、問題があるのよ」
「問題?」
首を傾げる古代守だったが、真田がすかさず補足した。
「人体を向上させようとした人為的遺伝子操作の代償として、コーディネイター同士の勾配による出生率が低下しているのさ」
「つまり‥‥‥少子高齢化みたいなものか?」
「まぁ、そんなものだ。いずれコーディネイターという人種が絶滅してしまうのが目に見える」
絶滅とは大げさな―――真田の言葉に古代守はそう思ったものだが、この男が冗談を好んで言うような人間ではないのを、誰よりも良く知っている。
急進派の筆頭とするザラ一派がナチュラルとの勾配を嫌う以上、彼はコーディネイター同士による勾配を順守するに違いない。
真田によれば、クローニング技術によるデメリットの様な物だと言うのだ。クローニングは全く同等の生物を複製してしまうものであるが、欠陥も抱えている。
まずオリジナルから複製を作り上げた場合、それは100%同じとは言えないらしい。あくまで100%に近い複製が可能である程度だ。
更なる問題は此処からである。オリジナルから細胞を抽出する限りは、造り出される複製は高水準を生み出すことが可能なのは言った通り。
しかし、もしもオリジナルが死亡してしまった場合、後に頼れるのは複製したものだけである。
では、この複製したものから、さらなる複製を生み出したら? 答えは簡単だった。
「成程な。次第に再現率が減少していくって訳か」
「御名答。それくらいは分かってるのね」
「薫‥‥‥俺は確かに理系な人間じゃないし、成績も上位じゃない平凡なものさ。だからってそう言うのは無いんじゃないか」
「あら、自覚してたのね?」
いやにツンケンしてるな。やはり勤務中だからか、と言えばその通りではある。
しかし、古代守が平凡な軍人かと言うとそうではない。彼は実戦型の軍人である。実戦経験こそ極僅かだが、艦隊訓練中において頭角を現し始め、誰よりも早くから戦場の空気を読み、自分の成すことを的確に理解出来た。
如何にもデスクワークではなく実戦の人と言えるだろう。乗艦〈ナガト〉においても、艦長の山南や沖田から認められるほどである。
「まぁ、いいか‥‥‥あ! それでコーディネイターが実戦で運用してるMSってのは、どれくらい脅威なのか分かってるのか?」
上層部では、さほどMSに対しての脅威性は高く見積もられてないの実情だ。それ程にコスモファルコンの信頼性が高いのだろう。
「手合せもしたことのない相手の推測など、机上の空論にすぎん」
「真田はそうかもしれないさ。けど艦隊配属の俺は、もしかすればMSと戦わなきゃならないかもしれない」
「守は、プラントと戦争に突入するって言いたい訳ね?」
「否定できないから言ってるんだよ。勿論、戦争なんて回避できた方が良いに決まってるけどさ」
戦争があって喜ぶなんてのは、利権を貪る軍事産業か狂った戦闘好き集団くらいだ。と古代守は言いかけるが、途中でブルーコスモスの存在も付け足した。
コーディネイターに対して「青き清浄なる世界の為に」とかいうスローガンを掲げながら抹殺しようとしている。全く恐ろしい連中だ、と彼はつくづく思った。
真田にしても、この世界の異様さには気づいているクチだ。
「連盟の立ち位置を危うくする為に、政治工作する可能性も否定はできんからな。お前の言う通り、あり得ない事を前提とするよりも、あり得る事を前提とすべきだ」
「だろう? だからこそ、俺も戦術長としてMSへの対抗策を練っておきたいのさ」
明るい笑みで返す古代 守に、傍で作業中の新見は溜息を漏らしながらも同意するべき事項だと思った。無論、軍部内では一応のMS対応策は検討中ではある。
それでも実際に自分らで考えてみるのも必要だと古代守は考えていた。これまでにMSへの対抗マニュアルが考案されていない以上、自分らで構築する必要があった。
「上層部は、これまでに確認できた戦闘記録から、加速性や機動性、効率性、様々な分析を図ってきたわ」
「加速性においては、我々の空間戦闘機が上を行っている。だがMSは艦載機と違って、遥かに小回りが効く兵器だ」
「そうだな。追尾性のある兵装ならともかく、機銃といった武器に関しては機体を反転させて目標を狙うのが常だからな」
MSは身体を捻るだけで目標を補足することができる。艦載機は宇宙空間なら急な反転運動と言う無茶ができるが、大気圏ではそうもいかない。
よって艦載機がMSに遭遇した場合は、まずは距離を取ることが最優先だ。近づいたら打撃系の武器であるヒートホークやらで叩き落される可能性が大きいのだ。
かといって有視界戦闘を強制されるNジャマーの存在によって、電波誘導兵器は無力化されてしまい効果はあまり期待できない。
ただし、熱源探知式の兵器ならばジャミングに惑わされずに、熱源へ向けて一直線だ。もっとも、フレアで誤魔化されてしまう可能性も大きいが。
最終的には、機銃か機関砲による攻撃がセオリーになる。それもヒット&ウェイを基本にして戦う他なく、なるべく相手の背後を突くようにするのが良い。
また艦艇がMSに遭遇した場合、機動性に優れるのはMSに他ならない。加速性と速度性は艦載機に劣るが、有視界戦闘ともなると勝手は違ってくるものだ。
「対艦戦闘だったら、俺達も有視界戦闘で十分に利はあるんだがな」
「主砲でMSを撃ち落すのは、正直至難の業ね」
新見の言う通り、如何にレーザー兵器であろうとも、頻繁に動き回るような小型機を主砲で狙い落すのはかなり厳しいと言わざるを得なかった。
それに〈ナチ〉の一件でも明らかにされてはいるが、MSに接近されると厄介この上ない。艦隊内部に潜り込まれたら、それこそ面倒な事になるだろう。
潜り込まれる前に落とさねばならないのだが、それには対空ミサイルと三式弾を使用するしかない。対空ミサイルは先年の海戦使用したものだ。
一方の三式弾は、艦対地、艦対艦、艦対空の3種類に分けられる。大抵は対艦に使用するもので、中には対地用を想定した遅発信管式の砲弾も存在する。
また対空弾タイプは艦載機を纏めて落とす為のもので、敵機を感知するか或は時間によって爆発し、周囲に爆炎と破片をばら撒くものだ。
MSにこれが有効なものだろうかと思う古代 守だが、真田からすると効果はあると言う。
「MSの装甲は厚くは無い。事実、地球連合が我々の兵器を真似て作ったミサイルが、MSを落としているからな」
「成程ね。なら十分に対応することも出来そうだな」
戦術云々は兎も角として、MSには十分に対抗できる事が分かれば後はどうとでもなる。日本宇宙軍には、上記のような対航空機用の兵器も完備されているのだ。
だが、真田は警鈴を鳴らす。MSという人型機動兵器を造れるくらいの技術を持つプラントならば、今後も様々な機動兵器が登場するであろう。
既にアフリカでは、ザフトがジンウォーカーを投下してきたと言う話もある。つまり、ジンの開発を原点として、様々なMSが出てくるという事だ。
それに宇宙軍だけの問題ではない。地上軍でもMSに対抗するための措置を講じている所であり、例の歩行戦車が対抗戦力の中心となる話である。
「分かってるさ。相手を侮ることなかれ、ってね」
(本当にわかってるのかしら)
新見は心配だった。恋人が艦隊勤務であるだけに、戦闘になったら危険に晒されるのは当然だ。技術的にはまだ余裕を持てるが、戦場では何が起こるか分からない。
それに古代 守が言ったように、プラントとの戦争という話はあり得ない話ではなかった。何かしらの裏工作で否が応無に巻き込まれるかもしれないのだ。
大抵の事では遅れを取らないと信じる中立連盟の面々だが、もしも核兵器を使用されたら万事休すとなるだろう。
首都東京に撃ち込まれた時の地獄絵図を想像し、新見は背筋を凍らせた。
中立連盟とプラントの会談結果が各国に広がる中で、政治家や民間人のみならず軍人達の間でも、それの話題で持ち切りであった。
さらに情報は地球上を飛び回ると宇宙空間へと発進されていき、月面の地球連合軍にも電光石火の如く届いている。
その月面には、中立都市のコペルニクスがある他、南緯側には地球連合軍管轄下となった幾つかの月面基地が存在していた。
プトレマイオス基地、エンデミュオン基地、ダイダロス基地、アルザッヘル基地、メドラー基地、ラッセル基地、マルト基地が存在していた。
その中でも主力として機能しているのがプトレマイオス基地である。地球連合宇宙軍の総司令部として機能しており、多数の主力艦隊が此処に駐留していた。
因みに現時点での宇宙艦隊は総数約460隻ほど。そこにパトロール部隊等の約150余隻を含めると、全体で約610隻近い艦艇を数える。
連合結成時は680余隻だったが、僅か1ヶ月で1個主力艦隊分の補充した地球連合の生産能力が、並ならない物であることを示していた。
もっとも、地球連合全体で再編作業に取り組んだ結果である。3つの大国が合したからこそ、僅か1ヶ月で失った戦力の3割強を回復できたのだ。
また大西洋連邦がその気になれば、単独でもって3ヶ月の内に1個正規艦隊規模の戦力は揃えられる。さらに、日本から手に入れた兵器技術の導入も進んでいた。
地球本土の造船所のみならず、この月面基地の各改修ドックもフル稼働してる真っ最中で、慣性制御装置の導入とフェーザー砲への換装を急いでいる。
さらには機関部の改装も同時進行しており、既存艦艇の改修に勤しんでいる日々が続いていた。
また、その技術を手にした連合軍側の技術者達は、日本と自分らの技術差に圧倒されたと言う話である。
「島国と侮るべからず」
とまで言わしめたと言う。先年の戦いぶりからも、単なる島国とは馬鹿に出来ない強大な軍事力を見せられ、危機感を覚えたのは技術者達が最初でもあったのだ。
月面の主力プトレマイオス基地には3個艦隊が駐留し、エンデミュオン基地とダイダロス基地に各2個艦隊を常時駐留させている。
他には小規模または建設途上だったりするアルザッヘル基地、メドラー基地、ラッセル基地、マルト基地に各1個艦隊がそれぞれ駐留していた。
加えて警備艦隊が90隻ほど、月面各基地に駐屯していた。他にもユーラシア連邦の管理下にあるポイントL3のアルテミス要塞には、2個艦隊が駐留している。
ポイントL4に浮かぶ東アジア共和国管轄下の資源衛星“新星”にも1個艦隊程が駐留していた。プラントのあるポイントL5は、正反対の位置故に戦力は過小だ。
各宙域に大規模な宇宙艦隊を配備している地球連合軍ではあったが、相も変わらずプラントへは決定的な打撃を与えることは出来ていない。
アフリカの一戦以来、連合には止めを刺すべきだと主張する人間も多いのだが、MSという驚異的な兵器の対策案もないままでは犠牲が大きくなると主張する者もいた。
それが第8艦隊司令官デュエイン・ハルバートン少将である。いち早くMSという存在に注目し、上層部に開発要請を申請してきた。
だが上層部の軽率な判断があった為に軽くあしらわれていた。致し方なく個人的なルートで開発を進めようとしたが、突然に上層部が考えを変更したのだ。
「頭の固い連中が、愛国心に目覚めでもしたか?」
と、相も変わらず皮肉や批判を飛ばしたハルバートンだったが、兎にも角にも開発方針は正式に定まったのは喜ぶべき話だった。
それからは順調に作業が進んでいったので取り敢えずは良しとした。大西洋連邦でのMS開発に対抗して、ユーラシア連邦もどういう風の吹き回しなのかMS開発に着手しているのを聞いて、しばし考え込んだものである。
彼が感じたのは、今までにない時代の流れの加速力だ。やはり日本の存在が大きかったに違いない。あの国が与えた衝撃が時代の流れを加速させているのだ。
そしてハルバートンは、今も日本を始めとする国際中立連盟の動きに注目している。
「民間貿易の合意、核兵器の使用厳禁、火星圏への移住計画‥‥‥か」
くすんだ金髪と同色の髭を鼻の下に生やした、48歳の紳士風な男性であるハルバートンは、執務室で先の『3月会談』について興味深そうに報告書を眺めていた。
国際中立連盟はもとより、殆どは日本の提案であろう。でなければ、こんな無茶な提案はしないだろうし、他の国では到底出せる案ではないからだ。
どうやら日本は、1年も経たずして同盟国達との間に親密な関係を築きつつある様だ。もっとも、日本の圧倒的軍事力に逆らうつもりはない、ということかもしれない。
「王者気取りのようですな」
ハインリッヒ・ホフマン大佐は軽蔑を込めて中立連盟を非難した。彼の年齢は43歳、やや肥満気味な体格と、後退気味の黒い頭髪にちょび髭の容貌の軍人だ。
ホフマン大佐はハルバートンの副官を務めている男である。軍人としては平均的なものだが、上司のハルバートンとはあまりソリが合わないのが難点と言える。
人情には薄い性格で、アラスカ基地本部にいるモグラ達に近い考え方を持っていた。ブルーコスモス支持者でないだけ、まだマシと言えたが。
「果たしてそうかな。我らの上層部と違って、生き抜こうと真剣に考えているのは確実であろうよ」
「はぁ、そうでありましょうか」
なんともやるせない男だ。無能とは言わないが、こういった格下に見たりするような思考は止めてもらいたいものである。
だが、日本の躍進は本当に目が離せないものだ。自軍の兵器を連盟参加国に浸透させる一方で、この世界にある既存兵器までもを改修しているとの話だ。
カタログスペックでは、恐らく彼らの改修型の方が上を行っているだろう。あっという間に地球連合など二流勢力に成り下がってしまう。いや、なりつつあるのだ。
その内に軍内部で自棄を起こして、条約を破って核兵器を使いかねない。彼もまた血のバレンタイン事件で発生した民間人の犠牲に呆然としたものである。
そうさせない為にも、こちらもMSの早期開発配備をしてプラントに圧力をかける必要があった。地球連合の生産力ならば、プラントを圧倒するのも難しくは無い。
日本から導入したと言う光学兵器類、慣性制御装置の配備、そして機関技術においてもプラントの上を行くのだ。
ただし装甲技術に関してのみは、独自開発の必要性がある。日本に技術提携したものの、フィードバックする前に両国の関係は悪化して水泡に帰してしまったのだ。
その代わりに電磁防壁と言うものが流れ込んできた為、プラスマイナスゼロといったところであろう。
「では、私は失礼いたします」
「御苦労だった」
報告書を届けてきた以上、ここにいる必要はない。ホフマンは無関心に言いながらも退室していった。
「‥‥‥ん?」
彼が退室していった15秒後、執務室のブザーが鳴った。ドアの前で誰かが鳴らしたようだが、副官が何か忘れ事でもあったのだろうか。
そう思いながら手元にあるコンソールの画面を見た。ドアの反対側にいる人物が映っているが、それが誰か分かった途端にハルバートンの表情は和らいだ。
『マリュー・ラミアス大尉です』
「おぅ、入ってくれて構わんよ」
ハルバートンの許可を得て入って来たのは、年齢が25歳と若い地球連合宇宙軍の女性士官―――マリュー・ラミアス大尉だった。
ブラウンのセミロングに、女性を体現した胸囲が彼女の纏っている白地の連合軍制服を押し上げている。美女と言って差し支えない温和な表情だが、反面に彼女には軍人らしさが足りないようにも思えた。
ラミアス大尉は、このハルバートン指揮する宇宙軍第8艦隊所属の士官であり、なおかつ戦闘よりも技術の面で大きく優れる技術科の軍人であった。
技術士官としてPS装甲の開発に携わっていた経緯もあり、同時に日本から導入された新技術にも触れている経緯がある。
因みに彼女は軍人らしさが見えない一方で、身体的能力はかなり高い。並の男では返り討ちに遭うという逸話もあるほどだった。
そのラミアスとハルバートンは、師弟関係とも言うべき間柄である。彼女も良く世話になっていた。それだけにハルバートンも彼女の腕を信頼している。
「失礼します。G計画の途中経過を提出に参りました」
「うむ。御苦労」
ビシリと敬礼すると、ラミアスは左腕に抱えていた報告書を差し出した。ハルバートンはそれを受け取り、眺めやりつつも彼女にも直接尋ねる。
「‥‥‥ふむ。今年中には出せそうか」
「はい。例の新技術の導入と、全面的な支援もあって順調に進んでおります」
技術とは、先の日本から手に入れたものの事である。彼らからすれば二流線だろうが、自分らからすれば最新技術なのだ。
開発関係にいたラミアスは、日本から提携された科学技術に驚き、世代の差を痛感させられたと感じているほどである。
「伸び悩んでいた部分が、大分解決されています。技術提携された影響が大きいですね」
「そうだな。それだけで日本の軍事技術の高さが見えてくるよ。もっとも、ブルーコスモス等と言う馬鹿共のせいで、技術提携がパーだ」
それはラミアスも同意するところである。あの狂信的集団が民間人まで巻き込むような真似をしたせいで、中立連盟を完全に怒らせてしまったのだ。
戦線布告されなかっただけ全然良いが、それでもさらなる技術導入と発展のチャンスを逃したのは痛い。しかも、非公式で電磁防壁等の技術も流れ込んできている。
後々に明るみに出たらどうなるか。いや、上層部は平気な顔をしているに違いない。中立連盟が執る方針を悪用して、手も足も出せないと踏んでいるだろう。
ラミアスは日本の話が持ちあがたところで、先日の会談にまつわる話を思い出した。
「閣下、第29パトロール部隊が接敵した時のことですが‥‥‥」
「ん?」
「報告書では連盟の日本軍が、レーダー範囲外から正確に砲撃してきたと聞きました」
正確に言うと、レーダー範囲外というのはNジャマーで減退していた時のことで、Nジャマーさえなければレーダー範囲内に収まっていた。
それは兎も角として、レーダー照準システムも使えない状態で、MSとMAが接敵するであろう宙域を予測して牽制したのは、彼女には驚きを与えた。
もしかしたらNジャマーに左右されない、新型レーダーを搭載しているのではないか―――との推測も飛び交っているくらいである。
だがそれは過大評価であり、新式レーダーなどと言う代物は有してはいない。寧ろ、昔ながらの測距儀を使っていると知ったらなおさら驚くだろう。
「それも間違いなさそうだ。だが、別に驚きはせんよ」
「何故です?」
「考えてもみたまえ。日本海軍は艦砲射撃でユーラシア連邦と東アジア共和国の水上艦隊を葬ったのだ。レーザーならまだしも、昔ながらの砲弾だ」
「‥‥‥言われてみると、そうですね。ジャミングされていた中での砲撃戦と聞きましたから‥‥‥では、もしかしたら」
先進的技術かと思い込んでいたラミアスだったが、それがアナログ的砲撃であるとすると、それはそれでとんでもない話である。
余程に優秀な観測システムがあるのだろう。今後、Nジャマーで正確な砲撃が出来ない状態が当たり前のように出てくるが、一刻も早く手を打たねばならない。
プラントが連盟との技術提携を決定した件もある。プラントに差を付けられる前にどうにかせねば―――。
「兎も角だ、我々はG計画を急がねばならない。君にも大役が待っているしな」
「大役?」
「さてな、これ以上は言えんぞ。その内、正式な辞令が下るだろうからな‥‥‥私の教え子である君なら大丈夫だ」
あまり期待を掛けられても困るのが、ラミアスの心境ではある。どんな辞令が下るのだろうかと、不安と期待が五分五分のところである。
彼女にしてみると、ハルバートンの指揮の下で働きたい気持ちがあったものだが。
「出来れば閣下の下でお役に立ちたいところではありますが‥‥‥」
「嬉しい事を言ってくれるな、ラミアス。まぁ、君だからこそ、任せたいこともあるものだ」
そう言うと、教え子を見守る教師の心境でラミアスに笑みを見せた。無論、彼女も期待される以上は応えなければならないと思っている。
何より世話になっている上官からの願いだ。彼女は微力を尽くします、と一言だけ言って敬礼し、その場を後にした。
〜〜〜後書き〜〜〜
第3惑星人です。大変、長らくお待たせいたしました。終盤のネタはあるのに、それを繋ぐ中盤のお話が中々組み合わず……という次第です。
広げた風呂敷を包み込めるか、だんだん不安になります……(←自分でやっておいてそれか)。
コーディネイターの出生云々の下りに使用した、複製人間の話は、ただ『ルパン三世VS複製人間』で知った受け売りの様なものです。
月基地の件は、個人的に適当にクレーターを探して登場させてみました。月のクレーターって結構あるんですね。
それと、本作では波動エンジンが無いので、ショックカノンが最高の兵器となりますが、最近読んだ本で出てきた中で、中性粒子砲なる兵器が出たのですが、それが拡散させることも可能な兵器として描かれていました。
もしかしたら、陽電子衝撃砲の拡散バージョンも良いかもしれない、などと考えているこの頃です。
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