C.E暦70年4月1日という日は、地球で忘れ得ぬ日になったことであろう。全世界に脅威を振りまいたNジャマーが、見えぬ死神となって降臨したからだ。
特に早々の犠牲者となったのは航空機である。1日で25万機もの民間・軍用機が飛び交っている中、NジャマーによってGPS装置等の誘導システムがダウンした。
エンジンそのものが止まった訳ではないから一斉に墜落したということではないが、着陸を控えていた航空機、着陸の真っ最中だった航空機などの事故が相次いだ。
それ以外にも即効性は無いが、死神が鎌を研ぎ澄まし、寒さなどに弱っていった人間達に刃を振り下ろしては、次々と魂を狩りだしていったのである。
  その数は後に地球連合と中立連盟でデータ化され、Nジャマー対策が成されるまでに命を落とした人間は9億1390万人であったという。
当初予想されていた規模よりも大凡1億人ほど減っており、これもまた日本を始めとする中立連盟の支援あっての成果と言えた。
例の鹵獲されたNジャマー特殊弾頭から、日本技術陣が独自にN J C(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)と呼ばれる核融合を正常に行うシステムを開発した為である。
  ただし、その開発には相応の時間を要しており、基礎設計が完成するまで約2ヶ月、実戦配備に約1ヶ月近くを要することとなった。
これの稼働によって、連盟参加国の原子力発電所の大半は正常に再稼働し、エネルギー不足の解消に努めたのである―――が、実はこれには語られるべき後日談があるものの、それはまた後の話だ。
  プラントによる『オペレーション:ウロボロス』ことエイプリル・フール・クライシスは、全世界を混乱の渦中に叩き落したが、当の実行に許可を与えたプラント最高評議会のメンバー達は唖然茫然としたものだった。

「国防委員長、これはいったいどういうことですか!?」

評議会の席で噴気したのはアリー・カシム議員だ。今回の作戦があらぬ方向に向かい、地球全土に対して多大なダメージを与えた事に噴気せずにはいられなかった。
同様の難色を示す者はおり、シーゲル・クライン議長も当然含む。アイリーン・カナーバ議員、パーネル・ジェセック議員、ユーリ・アマルフィ議員らも同様だ。
穏健派の者は一同して、作戦結果に疑問を持たざるを得ず、それは自動的にザフトの最高指揮官であるパトリック・ザラへと向けられたのである。
  カシムの荒げる声に対して、ザラは冷静さを持って対応する。

「本作戦は、相違なく実行に移されなかったのは確かだ。これは現場による独断専行によるものとみている」
「独断専行だと?」

クラインは眉を吊り上げてザラを見やった。彼の表情は動じる事もなく焦りも見えない。それに急進派一同は、寧ろこれを望んでいたと言わんばかりの表情だった。
彼らは理解していたのだろうか。地球全土に隈なく落としたという事は、懸念していた中立連盟の国々に対しても見境なくNジャマーを落としたという事なのだ。
これでは、先日に執り行ったばかりの会談が無に帰する。中立連盟が色々と取り繕ったお膳立てを、プラントは自らの手でひっくり返してしまったのである。
  だが幸いだったのは、技術提携として受け取った機関技術と慣性制御技術が、プラント側に渡っている事から、全てが無に帰した訳でもない事だ。
宇宙空間で暮らすプラントとしては、是が非でも手に入れておきたいものであったため、最優先で交渉を進めていたのである。
とはいえ地球連合軍が、秘密裏に電磁防壁やショックカノンを入手していることまでは、この時点で把握しきれてはいなかった。

「中立連盟をも敵に回すことを、国防委員長のみならず、ザフトは知らない訳があるまい! ザフトは、全世界を敵に回すおつもりか!?」
「我らの敵はあくまで地球連合だ。中立連盟に手を出すほど、我らは愚かではない」
「それを中立連盟が納得すると思いか!」

  急進派と穏健派の対立は苛烈を極める中、Nジャマーを広範囲に散布したことは予想外ではあったものの、これが地球連合に対する楔と成り得るとザラは考えた。
地球全体に万遍なく広まったNジャマーによって、地球連合が新たな核施設等の開発や建設をする余地をなくしたのである。
方や中立連盟の動きも確かに気になるものの、中立連盟に対する軍事行動は一切起こさない方針は変わらず、地球連合へ作戦を集中する。
  ザフトはそれで良いのかもしれない。だが、中立連盟から来るであろう抗議の嵐を受け止めなければならない、外交員のカナーバ等は堪ったものではなかった。
非戦闘員たる民間人をも巻き添えにした今回の一件で、彼らが抗議だけで済ますとは考えにくく、最悪の場合で軍隊を派遣するかもしれないのだ。
しかも日本軍の戦力は、数は地球連合に及ばないものの技術力では圧倒しており、それはザフトでさえ苦戦するであろう事が想像できる。
地球連合もといユーラシア連邦の宇宙艦隊、さらには東アジア共和国等の海軍戦力・航空戦力をも壊滅に追いやった日本軍に、ザフトは対抗できるのであろうか。
  紛糾する議会で、34歳の議会議員―――オーソン・ホワイトは一際陰鬱であった。彼は基礎物理学と素粒子物理学を専攻した学者で、Nジャマーの生みの親だ。
ザラからNジャマーの軍事利用の為の研究開発を依頼され、実用化に成功させた功労者でもある。その筈だが、今回の一件を受けて良い気分になれる程の心は持ち合わせてはおらず、寧ろ自分の技術が振りまいた結果に呆然としてしまったくらいであった。

(馬鹿な、話が違うではないか。国防委員長は、限定的に散布すると言うことではなかったのか‥‥‥)

己の生んだ技術が及ぼす驚愕の被害を想像できない訳がない。Nジャマーが地球全土に万遍なく散布されれば、世界レベルでのエネルギー欠乏や通信障害を引き起こす。
ライフラインを引き裂かれ、何の罪もない民間人をも巻き込むのだ。ザラは現場の独断である、と批判の矛先をずらしてはいるが、果たして真相はどうなのか。

「直ぐに中和させるシステムを構築すべきではありませんか‥‥‥?」
「ホワイト議員、そんな事をすれば、ナチュラルは再び核兵器を使うに決まっているではないか!」
「そうだ。もし万が一にも、そのシステムが奴らの手に渡ってしまったらどうするのだ。私は反対だ!」

  ホワイトの提案に否定的な急進派は、今の地球の状況をそのままにしておくべきだとする。それ程までにして彼らは核兵器を恐れている証拠であった。
今度また核兵器なぞ使われようものなら、地球連合は見境なく撃ち込んでくるであろう。まして、Nジャマーを大量に散布されて黙っている筈もない。
結局プラントは、自らの手で首を絞めてしまったようなものだ。後にも先にも進もうが、穏便に事が進む筈もなく泥沼化した戦争が続くのだろう。
  ザラの考えるところとしては、いち早い地球連合への降伏を差し迫ることだった。今もこうして、ザフトがオーストラリア大陸に拠点を作っている。
これを機にザフトの活動範囲を広げるとともに、兵站を確保して長期に渡る作戦展開能力を確保することが最優先であった。
地球連合軍は慌てふためきながらも、大洋州連合に対して軍事行動を起こすだろうが、新兵力たる海中MSと空中MSを前にして成す術もなく散るであろう。
  寧ろ問題は、今出て来た日本の対応である。ザラとて冷静に努めてこそいるが、技術力で勝る彼らを相手にして確実に勝てると思うほどに楽天家ではないのだ。
もしも軍事的圧力を仕掛けてきた場合、ザフトの戦力を総動員して対する必要も出てくる。その前に、抗議と言う形で迫って来る事になるであろう。
そんな時、ザフトは日本の宇宙艦隊に対抗しえるであろうか。いや、対抗できることを信じていたかった、という方が正確かもしれない。

「中和システムは、今は不要であろう」
「国防委員長‥‥‥」

  中和システムの必要性は低いと見たザラの発言に、ホワイトはいよいよ言うべき言葉をなくした。ザラの言う事に半ば騙された挙句、その対処法も否定されたのだ。
落胆するホワイトを他所に、ザラは付け加える。

「ただし、完全に不要とはせん。あくまで現時点での話だ。いずれ考慮すべきものだろう」
(いずれ―――か。パトリック)

今回の作戦の誤差に修正をしようとはしないザラに、クラインは危険を感じざるを得なかった。このままなし崩しに地球侵攻を進めるつもりであろうか?
中立連盟の藤堂、そのほか連盟加盟国らに対して弁明のしようもない事態なのだ。ザフトの一部独断という理由を向こうが聞き入れてくれるはずもない。
  そしてこうも思っただろう。所詮、プラントも地球連合と同類であり、手段を択ばないのだと。そう考えただけでクラインはさらに肩を落とした。
この一件で、もしも地球連合と中立連盟が足並みを揃えたとなったらプラントの敗北は確定したも同然である。
物量に勝る地球連合軍と、技術力では世界一を誇る中立連盟軍(日本軍)、というプラントにとっては最悪の組み合わせであろう。
  次第にクラインの脳内に暗雲が立ち込め、不安を増大させた。

(申し訳ない、Mr藤堂。我々は許されざる行為をしてしまった‥‥‥。貴方はこの内情を理解してくださるだろうか?)

例え藤堂が理解を示したとして、他の政治家や軍人、国民らが納得してくれる可能性は、まず皆無と言ってよいだろう。
藤堂が懸命にプラントの諸事情を説明しても、国民らの総意はそれを受け付けてはくれまい。このままでは、本当に中立連盟と戦争に突入する可能性さえ有り得えた。
  そして、ますますもって混迷を深める事態になったことに、クラインは眩暈を感じそうにさえなる。如何したものだろうかと、救いをも求めたくなる心境だ。
加えてこの戦いは早い段階で収束させねばならない。長引けは多くの命が、戦争で無駄に散らされてゆく事になるのだから。
それなのに、急進派は前進することしか考えていないのだから、いい気なものである。この事態をどう収拾すべきか、彼らは考えてはいないに違いない。
勝てばよい、と考えているからに他ならなかった。地球上の諺で『勝てば官軍』というものがあるのを、クラインは知っている。
勝者が全てであるのは、過去の時代から変わらぬことだ。逆説的に言えば、ここにいる急進派は負ける事を恐れて勝利のみを目指しているのではなかろうか。
  とはいえ、クラインは行先の不安視を深める要因として別に思うところがある。それは彼自身の議長としての任期であった。
あと1年もすれば、彼は議長から手を引かざるを得なくなる。そして新たな議長がこの中から選任されるのだ。クラインの推測ではザラが就くのではないかと見ている。
謂わなずともザラは急進派の筆頭的存在であり、地球連合に対して強い対抗心を持つ彼は国民の注目を強く集めるに違いない。
つまりクラインに残された1年という時間で、何とか平和的な解決を見出さねばならないという事である。

「今は、カーペンアリアの基地建設の結果を待つべきではないか?」

  これ以上の議論が面倒になったと言いたげに、ヘルマン・グールド議員が言い放つ。他の急進派もそれに頷くと、それ以降は聞く耳を持とうとはしなかった。
この様子に先が思いやられる、とクラインは何度目か分からぬ小さな溜息を吐いたが、彼の苦労を理解する人間はそう多くはなかった。
  それは兎も角として、作戦実行に移ったザフトの実行部隊の成否が、今後への重大な舵取りの選択になるのも事実である。
彼らがこの大規模な作戦で、成功を納めなければどうなってしまうか―――プラントを指示する大洋州連合、並びにアフリカ共同体の信用を失いかねず、最悪の場合としてプラントは地球圏の支援なしに宇宙で孤立を余儀なくされるだろう。
まして、他宙域であるポイントL4の第4宙域、ポイントL3の第5宙域の中立コロニー群を味方に付けるなど不可能に近い。
何せ地球連合傘下のコロニー群があり、同時に軍隊が駐留している。下手に動けば、主な武力を持たない中立コロニーはあっという間に武力制圧されるだろう。
  それだけではない。中立連盟だって敏感に反応する可能性が強いのだ。彼らは中立コロニーと色々と貿易を行い、友好的な関係を徐々に構築しつつある。
ここにプラントが介入すれば、中立コロニー群は友好関係を前面に出して、中立連盟の宇宙艦隊が出張ってくるに違いない。
地球連合もそれを承知している筈である。故に中立コロニー群に対して下手な動きは取れないだろう。

(つくづく、中立連盟の存在感が増しているのを実感する。彼らと協力的になれば、どれほど状況が変わるだろうか)

  プラントは常に瀬戸際に立っており、失敗すれば自分らの立ち位置が圧倒的に下がる。いや、敗北はプラントの滅亡を意味している、と多くの者は解釈していた。
そして地球連合は過激な思想で染まりつつある。彼らはコーディネイターを化け物として忌み嫌い、殺すことさえ躊躇わない狂人たちだ。
自分らも今や狂人と何ら変わりのない、大罪言える行為をしたばかりであり、どうこう言える様な物ではないが、確実にこれだけは言える。
敗北すればコーディネイターの未来は永遠に閉ざされ、以前に増して激しい抑圧を受ける事になろう。コーディネイターも、1人の人間として生きるべきだと考えるクラインにとって、敗北だけは何とか避けたいところではあった。





  全世界を恐怖に叩き落したエイプリル・フール・クライシスから6時間後。各国はNジャマーによる対策に追われて思考回路をパンクさせつつあった。
非戦闘員さえも巻き込んだ大事件に対して、どの国の市民もプラントに対する感情は悪化を劇的に加速させていったのは、想像するのに難しくは無い。
各国の通信チャンネルの大半が遮断されたことは、同時に一般市民の使用するインターネット網でさえも遮断されたことと同じであるが、どのような事態であるかは誰しもが理解できた。
  原子力発電に頼っていた国々は、急速なエネルギー不足に苛まれていき、それは市民生活に直撃、都市のみならず郊外でも交通の混乱や事故等が相次いだ。
この混乱に乗じて犯罪数も増加し、秩序悪化に拍車をかけた。それだけではなく、当然と言うべきか、地球圏に住まうコーディネイターの迫害行為も過激化した。
いや、迫害という言葉さえ生温いもので、暴徒と化した民衆の行いは虐殺に近かった。

「化け物め、汚らわしい生き物め! 八つ裂きにしてやる!!」
「青き清浄なる地球の為に!!」

  公式・非公式問わずブルーコスモスを名乗る者達は、手短なコーディネイターの住処に殺到し、所かまわずに殺戮を繰り広げていく様は、地獄絵図そのものである。
押しかけられた一軒家の家族は、暴徒を前に成す術もなかった。一家の亭主が身を呈して前に立ち暴力行為を止めようとしたが、火に油を注ぐだけだ。

「止めてください、私達が何をしたと言うのですか!」
「うるさい、地球に住まう害虫めが!」

その様に言うや刹那、男は手に持っていたバットを振りかざし、そのまま亭主に振り下ろして頭蓋骨に10p以上の亀裂を走らせ、辺り一面に血飛沫を挙げた。
「ぅっ!」と呻き声を挙げた亭主は、そのまま大の字になって倒れ伏してこと切れる。余りにも酷たらしい光景に、子供を抱きしめる妻は卒倒しかけた。
  暴徒はそれに止まらず妻と子を無理矢理引き離す。泣き叫び抵抗する妻だが、多勢を前にしてに無力だった。

「悪魔は消え去れぇ!」
「止めて、その子は悪くないの! お願いだから止めてえええ‥‥‥アヴゥッ!?」

妻は、鈍器で後頭部を始めとして身体のあらゆるところを強打され、苦痛に悲鳴を挙げた。さらには衣服を剥ぎ取られ、床に蹴倒され、徹底して打ちのめされた。
悲鳴はものの数分で収まり、残るのは無残にも痣を残し、手足も折られるという、人間として有り得ない残虐な行為によって命を落とした。
  子供も泣き叫んで抵抗しようとしたが、激しく叩き付けられる。子供は思った。何故? どうして? 僕たちは痛い想いをしなければならないのか、と。
お母さんが、お父さんが、何をしたというのか―――それも解らず暴徒たちに足蹴りされ、涙を流しながらも、子供が最後に見たのは憎悪を込めた靴底だった。
  この残虐な行為は、エイプリル・フール・クライシスにおいて発生した事件の、ほんの一部分でしかない。
理性という首輪が外れた人間達は、所構わずにコーディネイターを見つけては襲い廻った。公然として行われる殺戮等の行為は、しばし続くのだ。
この暴徒化した民衆によるコーディネイター殺害は累計で4000人に達すると言われるが、真意は不明である。
  それは兎も角として、如何にコーディネイター憎しとは言えども、怒りの矛先を無関係な一般市民に向けるのはお門違いであり、責められるべきはプラントだ。
各国もそれくらいの事は理解しており、急ぎ治安維持の為に警察や、場合によっては軍隊を派遣しては暴徒の鎮圧等に乗り出した。
それでもブルーコスモスという団体は、警察や軍隊内部にも広くはびこっており、わざと助けなかったと言う事例も多数みられた。
  こういった世界の混乱の中で、中立連盟の面々も治安維持に追われていた。日本の場合は、コーディネイターに対する大規模な迫害行為は見られていない。
尤もコーディネイターが日本に移り住んでいる事は、まだ非常に稀であったため、ということもある。それでも、日本に在住中のコーディネイターにとって不安は残る。
ただし、国民はプラントに対する反感は強く出ていたものの、ブルーコスモス思想が蔓延する他国の様に、暴徒化するまでには至って無いのは救いであった。
もっとも日本そのものが、核融合炉式発電所や自然エネルギー発電へと転換していることも一つの要因と言えるだろう。

「国は国、個人は個人だ。国と個人を一括りにしてしまうようでは、この先誤った判断をすることになる‥‥‥と、父上は言っていた」

  ケーブル回線によるテレビ中継で映るデモ行進の模様を見やりながら、カガリ・ユラ・アスハはぽつりと呟く。彼女は依然として日本に滞在したままだった。
彼女は先の〈ヤマト〉処女航海の進宙式に出席の後、帰国する予定ではあったのだが、エイプリル・フール・クライシスの影響で帰ろうにも帰れなくなったのである。
現在は日本政府が提供してくれている来賓用ホテルに宿泊しており、厳重な警戒態勢で守られている。暴徒が襲ってこないとは限らない為だ。
無論のこと、護衛のレドニル・キサカも常時待機しており、星名透も有事の際に対応できるようにスタンバイしている。
  今世界で起きている現状に対して、沈痛な表情を作るカガリであったが、同時にオーブ連合首長国の事も気になってしまう。
オーブにも多数のコーディネイターが在住しており、彼らはオーブの工業力の源として国を支える重要な役目を持っている。それだけに心配は尽きない。
しかしそれは杞憂であり、オーブの住民は気質から言っても日本人に近いものがあり、そう容易くコーディネイターへの迫害と言った行為には及ばなかった。
  それでも混沌としたこの世界の行く末は、互いに壮絶な殺し合いによる破滅なのだろうか。本気でそう思うどころか、確信に似たものをカガリは感じ取っている。

「星名、日本はこれからどうするんだ? やはり、地球連合と同じくプラントに対して宣戦を布告するのか?」
「それは分かりません。日本は、カガリさんの祖国であるオーブと同じく、侵略をさせないこと、しないこと、と明記していますが‥‥‥」

返答に窮する星名徹だが、日本を始めとする中立連盟のプラントに対する対応は、非常に難しいものとなっているのが実情であった。
侵略を受けている訳ではないものの、無差別攻撃によって多くの非戦闘員こと民間人に被害が続出している。これだけでも報復として十分な大義名分と成り得るのだ。
  本来なら艦隊を派遣するなりして、プラントへ攻撃または威嚇行為に出るべきだろろう。それが侵略行為にあたるのではないか、と指摘する者も少なからずいた。
あくまでも防衛的戦闘行為によるものに限られ、相手本国への侵攻は違反ではないかと騒がれているのだ。
それに対する反論もあり、出兵行為に賛同する声も多い。既に攻撃を受けたに等しい状況にあって何故、我々は我慢しなければならないのか。
この際はプラントを武力で制圧してしまうべきではないか、と強硬な姿勢を執る者もいる。地球連合ならそうだろうが、中立連盟は易々とそうする訳にもいかない。
  慎重な姿勢を示す者は、まず経済的な制裁を加えるべきだと主張する。そのうえで、プラントに対してNジャマーの無効化を迫るというのである。
悪くはないが時間は大いにかかるだろう。しかもこのNジャマー問題は時間が命であることも考えると、経済的制裁では効果の疑問も出てくる。
何せ急進派が意見を貫き通すくらいの勢いがある、と言わしめるプラント議会の面々だ。連盟の要求を跳ね除けるか、無視する可能性も十分にある。
  最悪の場合は、軍を派遣すると言う選択もしなければならない。砲艦外交でNジャマー対策を早急に講じる様に迫るのだ。 
それでも動かない様な場合はどうするか。まさか地球連合の様にコロニーを直接攻撃する訳にもいかないだろうし、それは地球連合の二の舞になってしまう。
そこで考えられるのが、カーペンタリア湾に建設中とされるザフトの基地だ。これは明らかに地球侵略を企図したものであり、友好親善使節とは程遠い。
中立連盟は軍を派遣してこれを無力化し、捕えた捕虜等を事態終結の為の材料に利用するか。そのような事さえ検討しなければならなかった。
  だが、尤も重要なポイントは、プラント自身がNジャマーを無効化する術を持ち合わせているか、という問題だった。
プラント側が「持っていない」と言ってしまえばそれまでである。誰もがこの事態を打開することができない、最悪の事態に陥るだろう。
地球圏は半永久的に、Nジャマーの影響を受け続ける事となり、なおも無関係の市民が倒れていくのを考えると、ゾッとする想いである。

「先年の時とは事情が違いますから、容易に軍を出すことは出来ないと思いますが‥‥‥これはばかりは、上層部の判断によるでしょう」
「そうだな。ともかくは、これ以上の被害が増えないようにしてほしい」
「同意見です」

  2人の心配を代弁するが如く、中立連盟もとい日本はプラントに対して抗議の声明を発表していた。兎も角は、Nジャマーの無力化を迫ることであった。
海原官房長官は行政局で開かれる記者会見にて、記者団とカメラを前にして強くプラントに批判と抗議の姿勢を示す。

「本日におきまして、全世界はNジャマーによる大規模な混乱をきたしておりますが、Nジャマーを広範囲に散布したのはプラントが原因であることと判明いたしました。事実上の無差別攻撃を実施したことに対し、誠に遺憾であり、断固たる姿勢で批難を致します。同時に、我が政府は早急に他国との連携を持ち、プラントに対してNジャマーの無力化を要請するものであります」

記者一同は、こぞって「やはりそうか」と口々に呟いている。ともなれば、記者が海原に尋ねる事はただ一つ。日本の軍事行動はあり得るのか、というものだった。

「官房長官、日本は他国と連携する仰いましたが、具体的にどうするおつもりですか!」
「この無差別攻撃に対して、プラントに軍を派遣するとの噂もありますが!」

軍事力行使による鎮圧、と答える事を期待しているのだろうか。それとも、軍事力の行使に反対意見を唱えるのだろうか。いや、どちらも、ということもある。
  海原は質問してくる記者達に対し、淡々と返答する。

「プラントに対して経済制裁を加える方針であります。また、軍事力の行使は、あくまで最終手段であり、早急に派遣することは控えるものと判断します」
「では、プラントがNジャマーの無力化を拒否した場合、或は、その方法を確立できていなかった場合は‥‥‥どう出ますか?」

次の質問は、一番のネックとなる質問であった。プラントが無力化する方法を知らないのであれば、如何にしてプラントに迫っても意味は無いのだ。
かといって軍事力を行使したとして、解決できる問題ではない。つまり、永遠に解決することが出来ない、最悪の結末が見えてくる。
  では何ができると言うのか。こうもなった場合は、日本を始めとして中立連盟の技術陣が総動員してNジャマー対策に取り組むしかないのである。

「Nジャマーの解除を拒否、或は未開発であった場合、プラントに対し経済的制裁を重くすることも止む得ないと判断します。また、我が国でも既に、対策チームを編成し、Nジャマー無効化の為の研究が始められております」

因みに2日において、東京と北海道に投下されたNジャマー弾頭が、地下シェルターにおいて発見される。これを機に日本や中立連盟はNジャマーの研究を進めていく。
Nジャマーは他国に分析されぬように、地中深く潜り込むように設計された上に、遠隔操作等の影響を受けないように何重ものプロテクトを掛けている。
さしもの日本とは言えども、この厳重なるプロテクトの前には時間が必要となってしまうが、結果としてその心臓部は暴かれることとなるのである。
  そして、別の記者が質問を出す。

「官房長官、今後も中立連盟を巻き込む戦闘が発生する危険性も考えられます。例えば、第二次内惑星戦争の様に、隕石攻撃と言った遠距離攻撃によって中立連盟等に二次被害が及ぶ恐れがある時はどうするのですか。やはり警告と経済制裁で済ましてしまうのですか?」
「外部による攻撃を受ける如何なる場合、中立連盟は抗議を行うと同時に、被害を最小限度に抑えるため、武力による実力行使に出ることも視野に入れております」
「守るだけで、他国本土に対する攻撃は一切しないと言うのですか! それでは、永遠に攻撃を受け続ける事になるのではありませんか!」
「本土に対する攻撃は、先年の核攻撃と何ら変わりません。最大限にできる事は、その武力を無効化することで、戦闘継続能力を奪い、停戦を申し入れることです」

官房長官の「停戦」という言葉に、再び記者達に動揺が走った。普通なら降伏勧告ではないだろうかと思ったのだ。

「て、停戦ですか?」
「降伏勧告ではなく停戦!?」

本土への攻撃は、地球連合の行った虐殺と何ら変わりのないものだ。過去において、国連宇宙軍が火星政府に対いして行ったように、あくまで敵機動戦力を無効化し、抵抗手段を排除したうえで停戦を申し入れる、というのが最大に出来ることであろう。
驚く記者達を尻目に言葉を続ける海原。

「ともかく、我が日本及び中立連盟参加国は、あらゆる事態を想定し、対処していく所存です。どうか国民の皆さまには、落ち着いて行動して頂きますよう、お願いいたします」

それを最後の言葉として、会見は終わりとなった。





  4月2日。Nジャマーの散布という無差別的な軍事作戦によって大混乱に陥った地球を他所に、ザフトは着々と侵攻の足場を完成させつつあった。
輸送艦に積まれていた機材を組み立て、ザフト工兵隊はカーペンタリア湾の最深部にあるウェルズリー諸島のモーニントン島に、基地を設営しているのである。
このモーニントン島は直径約30q程の小さな島で住民もいない所である。故に基地開発もし易く、さらには大陸までの距離も近い為、各諸島に橋を掛けてモーニントン島と大陸とを開通させることで、容易に大洋州連合からの補給を受けることも可能であった。
完成を速める為に、地上で待機していた大洋州連合の工兵隊もが協力し、設営に対する大幅な時間短縮を成功させていったのである。
  だが、その様子を黙って見ているほど地球連合も御人好しではなかった。Nジャマーの影響で混乱が収まりきらぬ中で、地球連合はプラント及び親プラントとなった大洋州連合に対して、武力による直接的な制裁を加えることを早急的に決定し、洋上艦隊を至急派遣することで合意を得たのだ。

「大洋州連合のザフト前線基地を叩き、地球侵攻の出鼻を挫くべし」

と、地球連合上層部の面々は訴え、地球連合軍もそれに応えるべく軍の派遣を早期に行った次第だ。混乱の渦中にあるとはいえ、その対応は迅速に行われた。
それは地球連合としての威信を掛けている為であり、これ以上の失態を防がねば連合国内外で、さらなる信頼の失墜を呼び込む事になりかねない。
この他国周辺の信用問題と言う点では、ある意味で地球連合もプラントも似たり寄ったりであった―――そのような裏事情は、お互いに知ったことではないのだが。
  カーペンタリア湾の制圧の為に地球連合軍が派遣したのは、大西洋連邦を主軸としてユーラシア連邦並びに東アジア共和国軍ら太平洋艦隊だった。
その戦力内容は、空母5隻、揚陸艦4隻、巡洋艦29隻、駆逐艦54隻、潜水艦12隻、輸送艦16隻、輸送潜水艦8隻、合計128隻というものだ。
並びに以下の陣容である。

地球連合海軍太平洋艦隊―――

大西洋連邦海軍
・第1洋上艦隊(30隻):司令官 リチャード・ヴォイス中将 (司令長官)

・第3洋上艦隊(26隻):司令官 ケネス・(ケイン)・ギルフォード少将

・上陸部隊(24隻)


ユーラシア連邦海軍
・第6洋上艦隊(15隻):司令官 ウラジミール・ゴロモフ少将

・上陸部隊(12隻)


東アジア共和国海軍
・第9洋上艦隊(10隻):司令官 趙毅(ヂャン・イー)少将

・上陸部隊(9隻)

 以上、連合国3ヶ国の艦隊で構成された太平洋艦隊の6割以上が、大西洋連邦の艦隊で占められている。因みにユーラシア連邦と東アジア共和国の艦隊は、先年に日本軍を相手に大敗した艦隊の残存兵力と、新規建造された艦艇の再編部隊であり、事実上の敗残兵と新兵の混成部隊と言っても過言ではない。
  ただし、これら全ての艦隊は既に合流した訳ではない。第1、第3洋上艦隊はハワイから南下中で、第6、第9洋上艦隊はフィリピン諸島を経由して南下中である。
また基地の制圧という事もあって陸上兵力も多数動員されており、大西洋連邦所属 第2海兵師団の約2万人、ユーラシア連邦所属 第132独立海軍歩兵旅団の約5,000人、東アジア共和国所属 海軍陸戦第114旅団の約5,000人、計3万人が動員され、カーペンタリア基地制圧に向かうこととなっていた。
  この大規模艦隊を指揮するのは、第1洋上艦隊司令官 リチャード・ヴォイス中将。威信と威厳が服を着たような男―――と評される人物である。

「コーディネイターは多少の反省を覚えたようだが、詰めが甘いではないか。所詮はその程度の知恵だな」

第1洋上艦隊旗艦 タラワ級〈J F K(ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ)の会議室の一角に腰掛けるヴォイス中将は、上層部から送られてきた指令書を一瞥しながら嘲笑した。
ザフトは前回の降下制圧戦で大敗し、今回も同じ道を辿ると確信していた。確かにザフトは、攪乱の隙を突いて地球上に活動拠点を築き上げようとしている。
  それは良いとして、果たして完成が間に合うかどうか。このカーペンタリア基地は、プラントにとっては地球侵攻の為には必須な代物であるった。
地球連合が駆け付けるまでに完成する見込みは到底薄く、さらには中途半端な基地程脆いものは無いのだ。
Nジャマーで混乱に陥っている地球連合であっても、叩くことは難しくは無いであろう。ヴォイスはそう踏んでいたのである。
  しかし、彼に不安がなくとも他の将兵に不安が“無い”という訳がない。会議室に顔を並べる1人の青年指揮官が、熱に冷静さを奪われたヴォイスに対して、冷や水を掛けるが如く忠告し、その思考にブレーキを掛けようと試みた。

「閣下、ザフトにはMSがあります。侮ることは、危険かと思いますが‥‥‥」
「何を恐れるのかね。彼奴等のMSは、空や海上、そして海中で使える訳ではあるまい? しかも、地上用MSは尽くビクトリアで破壊されたではないか」
「仰る通りではありますが、警戒は厳にされるべきかと具申いたします」

臆病者め、と公然と聞こえない程度にヴォイスは吐き捨て、同時に若い幕僚を見返す。その忠告した青年―――第3洋上艦隊司令官 ケネス・K・ギルフォード少将は、上司の軽蔑の混じった視線を受け微動だにしなかった。
ギルフォード少将は今年で32歳。第3洋上艦隊司令官を務めている。また連合軍では、年少の部類に入る将官であると同時に、彼は美男子に入る顔付きだ。
頭髪も脱色気味の金髪で、アイスブルーの瞳を有する貴公子ともいえた。
  だが、本人の左頬に走る一本の傷跡が、その全てを台無しにしていた。また視線も鋭いもので、威厳を振り回すだけの輩を一瞥するだけで後退させる威力がある。
本人は美貌を使って甘い貴公子を演じることなど微塵もなく、ある意味で(・・・・・)は誰にでも公平な態度で接していた。

「少将、貴官はこの戦いが我が軍の敗北に終わる、とでも言いたいようだな」
「一歩間違えれば、そのような事も否定できますまい」
「少将!」

間髪入れずに放たれた言葉は、ヴォイスの忍耐というダムを決壊させるに十分であった。ギルフォードの辞書には、遠慮と言う二文字の言葉が載っていない。
故に、こうして上司を逆上させたことが一度や二度ではなかった。尤も、まっとうな事を言っているのに変わりはないのだが、その冷たい一言が癪に障るのであろう。
  吹き荒れるヴォイスの怒号は、[b]“ヒステリック・ヴォイス”[/b]と同僚や部下達から渾名される程、悪い意味で有名である。
しかし、ギルフォードの身体は微動だにすることない。どこ吹く風、とでも言いたげなのか、彼はヴォイスの怒号を真正面から受け流してしまった。

「それ程に恐ろしいか、MSとやらの存在が! 我らは敵に対して圧倒的多数の兵力を持って対するのだ、なのに何故敗北すると言える!」
「侮ってはならない、と申し上げたのです。古来より、油断して勝利した戦いなどありません。それにお忘れなく‥‥‥大洋州連合の海軍戦力もあるのです」
「大洋州連合の海軍なぞ、恐れるに足らんわ。ユーラシア連邦らの艦隊もいる。合計128隻もの洋上艦隊だぞ。造りかけのザフトの基地なぞ、粉微塵にできる」
「そうかもしれません。ただし、それは合計しての話でしょう。今もなお、友軍とは別行動中です。まして―――敵のカーペンタリア湾に建設中の基地へ向かうには、あのトレス海峡を通過せねばなりません」

  トレス海峡とは、ニューギニア島とオーストラリア大陸のヨーク岬との間にある海峡の事で、ホーン島やモア島等の島々が点在する狭き航路だ。
この海峡は、非常に重要な海路の一つでもあると同時に、最大の難所とも言われている。浅瀬も多い為に、大型艦艇などは座礁する危険性も高いからだ。
それでも、太平洋とインド洋を結ぶ航路としての重要性は高かった。そこにギルフォードは目を付けたのである。
  そのギルフォードの言う危惧とは、ザフト・大洋州連合軍が、要所であり難所でもあるトレス海峡にて、密かに待ち伏せしてくるという可能性だった。
MSで水中専用があるかどうかは分からないにせよ、可能性は否定できない上に大洋州連合の海軍の存在も考慮しなければならない。
大洋州連合海軍の戦力は大西洋連邦程ではないが、空母2隻、イージス巡洋艦8隻、イージス駆逐艦16隻、フリゲート艦22隻、潜水艦8隻を有している。
これらは地球連合軍の有する艦艇とは別種で、大洋州連合独自の戦闘艦艇であった。
合計56隻の艦艇を有し、これを2個艦隊に編成。オーストラリアの都市シドニー及び、ニュージーランドのウェリントンに、それぞれ配備されていた。
  この大洋州連合海軍が、ザフトの支援に回る為に出撃して地球連合軍を要撃してくるのではないか。

「この海峡で待ち伏せてくる可能性はあるだろう。だが襲撃予想ポイントも解り易かろう。こちらから爆雷の雨を降らせて、奴らの残骸を魚の住処にしてやればよいのだ」
「確かに海峡が浅く、かつ狭ければ、逆手を取って待ち伏せポイントも割り出せるでしょう。しかし、我々が通り過ぎるのを待ってから海峡を封鎖して退路を遮断し、そこへ敵の集中攻撃を受ける事になれば、我々が撤退することは不可能となります」

つまりザフト・大洋州連合が、何らかの方法でトレス海峡を封鎖し、連合軍の退路を遮断したうえで、袋叩きにしてくると言う可能性であった。
それだけではない。別ルートから南下中のユーラシア・東アジア連合艦隊が、各個撃破の対象にされかねないという危険性もはらんでいる。
これらの艦隊は、先年の対日本戦で大敗した艦隊の残存兵力であり、新造艦艇を加えてこそいるが、本来の艦隊規模とは程遠いものだった。
  双方合わせて 46隻の連合艦隊ではあったものの、戦闘艦艇ともなれば25隻(内、潜水艦2隻)になる。
数で言えば、それなりのものではあったろうが、ザフトのMSを相手となると、この兵力では些か心もとない事この上なく感じるのであった。
ユーラシア・東アジア連合艦隊とは、トレス海峡から西南西へ凡そ230qの海域で合流する予定だ。
  しかし、何らかの方法で合流する前に海峡を分断され、尚且つ時間差をつけて各個撃破に出てくるか、ザフト・大洋州連合軍の判断によって変わってくる。
他に考えられるのは、先の大洋州連合海軍が要撃してくると言う可能性だ。この艦隊がザフトの行動に合わせてシドニー港を出撃し、攻撃のタイミングを見計らって大西洋連邦軍の横面を張り飛ばすつもりなのだろう。
  だが、そんな時の為に大西洋連邦軍は余剰兵力として、自ら第3洋上艦隊を派遣するという大判振る舞いをしていた。
要するに、ギルフォード率いる第3洋上艦隊は、大洋州連合軍に対する当て馬の様な物であり、時間稼ぎの為の存在にすぎないのである。
ギルフォード自身は、それを承知していた。自分の艦隊が足止めの為の捨て駒だと。
  しかし彼は、そんな事の為に自分の艦隊将兵を犠牲にするつもりなどは無い。何故、自分らの将兵が犠牲にならねばならぬのか―――と今さら言っても仕方ない。
命じられた以上は、全力で遂行するだけの事である。彼は、負ける気も元より無いようで、勝つ算段を幾つもに立てていた。
  問題はトレス海峡の方であった。この海峡を封鎖するという可能性に、ヴォイスは疑いの眼差しでギルフォードを睨み付けた。

「トレス海峡を封鎖する? 馬鹿なことを言うな。あの海峡は確かに水深が浅かろうが、そう簡単に封鎖できるものではあるまい」
「小官はそう思いません」
「では、どうすると言うのだ」

もはや面倒になってきたようだ。ギルフォードのみならず他の指揮官達の眼から見ても、その様子は十分に伝わっていた。

「この艦隊を封鎖の為に利用するのです」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。そんな事をされる前に、こちらから通過してやるまでのこと」
「ですが‥‥‥」

なおも食い下がろうとはしないギルフォードに対して、ヴォイスは2度目の怒気を放って彼の言葉を遮った。

「もうよい! ザフトの基地攻略は、上層部で決定したことなのだ。我が軍はトレス海峡を最速で通過し、そのまま友軍と合流。一気に南下して敵基地を殲滅する!」

  それ以上の議論は無用、と言わんばかりにヴォイスはギルフォードの意見を強制的に打ち切り、カーペンタリア基地攻略に向かってまっしぐらとなる。
無論のことギルフォードもそれ以上の事は言わず、人間スピーカーの如く耳障りな声を張り上げては、勝利を誇張するヴォイスを見向きもしなかった。
  結果としてソロモン諸島を通過後、第3洋上艦隊はサンゴ湾海盆で第1洋上艦隊と分離し、そのまま南下して予想される大洋州連合艦隊と対峙する。
一方の第1洋上艦隊はトレス海峡を通過の後、反対側から南下してくるユーラシア・東アジア連合軍と合流し、そこから一気に南下する。
潜水艦隊を先行させてカーペンタリア湾海中のアドバンテージを握る事が急務となる。続けて航空隊を発進させて基地を爆撃、レーダーサイト等の無力化する。
防空警戒を取りつつも艦隊によるミサイル飽和攻撃を行い、徹底した地上施設破壊を実施。敵の航空戦力或はMS戦力の無力化を図ったところで、潜水艦隊の上陸部隊を展開させて本隊の上陸地点を確保し、太平洋艦隊はそこに向けて師団を本格的に投入、後は制圧に向けて一直線である。

(勝つ前から勝利が前提なのは当然だ。自分の妄想の中で動く敵に、負ける筈がないからな)

  作戦内容を話す時間が長くなるにつれ、ヴォイスは意気揚々と勝利を確信したと言わんばかりだ。ギルフォードは胸の内が熱くなる程のロマンチストではない。
しかし、熱に(うな)され妄言をばら撒く章病患者の如き彼の姿に、他の将兵も少なからず感染するようで、食い入るように見ては頷く者もいた。
その様子に対して、ギルフォードは意見することは無く、もはや自身の対峙する大洋州連合艦隊へのシミュレーションを重ねる事に集中している。
無論、そのシミュレーションの中には撤退する為の算段も含まれており、如何にして将兵の犠牲を少なくするかを検討していったのである。




〜〜〜あとがき〜〜〜
どうも、第3惑星人です。長い事、更新が遅れましたこと、楽しみにお待ち頂いた方々には、大変申し訳ありません。
毎回の如く、かの『シヴァの次元航海記』の様に、ネタが湧き水の様に出てこず、頭をひねりに捻ってこの程度となっております。
私情ではございますが、会社でも資格取得に追われ(無事に取得できましたが)、先年の洪水被害にも合う等、順調とはいきません。
結末の方はだいたい、どうしようかと決まって入るのですが、そうなるまでの経緯がもの凄く時間が掛かる模様・・・・・・。

また今回の話に登場したキャラクター2名に付きましては、他作品を参考にしております。
ヴォイス中将は『紺碧の艦隊』のアメリカ太平洋艦隊司令官から、ギルフォード少将は『七都市物語』のケネス・ギルフォード准将から、になります。
ガンダムSEEDは、見る限り将官等の指揮官クラスのキャラクター設定が乏しいものがありますので、他作品から引用させて頂いている所存です。

また銀河英雄伝説タクティクスをプレイ中。なんというか、初めてDMMをプレイしているのですが、何とも不都合が多い様に感じます(他プレイヤーも同様に感じる模様)。
個人的に不満の大きいところは、アイアース級戦艦〈パラミデュース〉の扱い。性能パラメーターが〈マウリア〉とか〈アバイ・ゲゼル〉等とどっこいどっこいの点。
せめて2時間建造の〈ク・ホリン〉とか〈パトロクロス〉と同列にしてほしかった・・・・・・。何故、〈パラミデュース〉を過小評価したのか・・・・・・開発陣営の方々は。



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