C.E暦70年4月10日。日本宇宙軍第3艦隊は、エイプリルフール・クライシス事件の混乱から火星圏の安全を確保する為に、彼らは初の処女航海であるにもかかわらず、そのまま警備活動の為の行動へとシフトすることとなった。
この第3艦隊は、試作型艦艇と後に編入予定である鹵獲改造艦の集まりで編成される艦隊で、実験部隊として運用される性格がある為、実戦向きとは言い難い。
当艦隊は旗艦〈ヤマト〉の就役を機に、取りあえずは出来上がりの艦艇7隻で半端ながらも編成され、そのまま処女航海へと旅立つ筈であった。
ところが、未曽有の大事件によって、宇宙艦隊司令長官沖田宙将からの緊急伝で、火星圏の警備活動に従事してほしい、との旨を通達されてしまったのである。
“寝耳に水”とも言える命令に動揺した者が大多数であったろう。当艦隊司令官である日向宙将は、そんな混乱にあって冷静に対応して針路を変針したのだ。
片や第3艦隊は、訓練生や新人クルーが多く、彼らクルーは否応なしに警備活動へ駆り出されるに至ったのである。
命令である以上は従うのが武人として当然の責務の為、命令拒否をするなど以ての外だ。実戦経験皆無に等しいクルーを乗せたまま、第3艦隊は警備活動を開始した。
そして火星圏へ急行後、日向は火星開発に勤しむマーシャン達のコロニーことマーズコロニー群の周辺に、艦隊を緊急に展開した。
いざという時の事態に即応する体制を整えた手際は、実験艦隊とは言えども流石というべきであったろう。
「この事態に駆け付けてくれるとは思ってもみなかったよ。頼りになるな中立連盟は」
火星開発を進める現場のリーダー的存在―――アグニス・ブラーエは、救援に掛け付けた中立連盟こと日本宇宙軍に対して感心していた。
まだ13歳という若さながらも、水色の長髪に赤色の瞳をしたその雰囲気は、何処かリーダーシップを執ることを前提として生まれ来たかのような存在感である。
というより、アグニスはリーダーシップの素質を与えられて誕生したコーディネイターであるから、そう感じ取られるのも当然ともいえよう。
「本当に頼りになりますよ。しかも、1日も掛からずに来てもらえるのですから」
そう答えたのは16歳程の青年だった。褐色肌に金髪という美青年の部類に入るであろう、その青年はナーハ・ハーシェルという名である。
リーダー格としてコロニーを統率するアグニスだが、意外にも短気という側面がある。その短気さが命とりともなりかねない為、冷静で物事を見極める事の出来るハーシェルが補佐役として、アグニスを支え続けているという構図になっている。
「これだけの科学力を持っていながら、武力で他国を圧しない。地球連合なんざとは大違いだ」
「えぇ。ただ、最初は半信半疑ではありましたけどね。日本が何かにつけて無理難題を言いつけてくるのではないかと想像していましたが‥‥‥それどころか、全く逆でしたね」
「まぁな。宇宙生活に必要な技術と医薬品の提供をしてくれるんだ。普通なら見返りをそれ以上にバンバン求めて来たって可笑しくないのにな」
そう言いながら2人は、スクリーンに映される日本艦隊の姿を見つめている。彼らも最初こそは、日本から来たという外交官なる人物に警戒心を抱いていた。
彼らマーシャンも日本の軍事力の高さは耳にしており、もしかすれば自分らは一方的な要求を受けてしまうのではないか―――とさえ考えてしまったのである。
ところが、一転して外交官として派遣された滝からは、火星開発の為の援助を申し出られ、さらには宇宙生活に必要な技術を供与してくれるばかりか、医薬品や食料品をも提供してくれると言う有り難いものであったのは、彼らを驚かせるに十分であった。
これにこそ、何か裏があるのではないかと疑うが、日本側としては純粋に火星圏の開拓に助力し、より広い生活圏の確保を目指したいという願いを聞かされたのだ。
ただし、さしもの日本も完全無償という訳ではなかった。火星圏で産出されるレアメタルや火星産食料品の貿易も視野に入れた提案を出して来たのである。
それは寧ろ妥当な条件とも言え、アグニスはそれを承諾した。日本側からの援助を受けて、火星圏開発に加速をつける事を決定したのである。
特にアグニスは“相手を信じ、敵を作らず、相手の敵とならない為の最善の策”を信念としており、今回の一件で十分に功を奏したと捉えていた。
「中立連盟―――もとい日本とは、今後も良い関係を保っておきたいな」
「同意ですね」
マーズコロニー達の期待を背に、日本宇宙軍第3艦隊は警備活動を整然として行いつつある。
「レーダー、火星圏周囲並びに地球との航路上に不審な反応を感知せず」
「凪いだ海‥‥‥か」
旗艦〈ヤマト〉の第一艦橋内を、緊張という縄がクルーの神経を拘束していたが、それも変化の無い日常が数日と経てば、多少なりとも緩みも生じてくる。
反応の見られない事態が続くことに、37歳の男性士官―――砲雷長/副長 石津英二三等宙佐も、一言二言なり呟いてしまうのであった。
「Nジャマーが所々で散布されているせいで、電波索敵機能が低下してしまうのは面倒極まりないですな、提督。散布濃度が低いのがせめてもの救いですが‥‥‥」
「致し方あるまい。地球連合が核兵器を使用したのが、そもそもの原因だ。彼らの心理状況からして、二度も核を浴びるのは是が非でも避けたいからな」
艦長席と指揮官席に座る水谷一佐と日向宙将は、未だに厳格な姿勢を取っており、強靭な精神で辺り一帯に気を配っている。
Nジャマーが低濃度かつ、ある程度の間隔で宇宙空間にばら蒔かれていることを忌々しく思う。プラントからすれば、そうせざるを得ないと理解もしていた。
このNジャマーは地球全土に投下され、今や地球はNジャマーの霧に包まれた様な状態にある。宇宙空間も例外ではなく、プラントは密かに、一定の間隔においてNジャマー発生装置をばら撒いており、地球連合軍が宇宙空間においても核兵器を限りなく使用出来ない状況下に置いていた。
ただし、その散布濃度は低くされており、あまりにも濃すぎれば他の民間宇宙船等の航行に多大な悪影響を及ぼす恐れがあるからだ。
よって光学的なものに頼らざるを得なくなり、その結果として航行速度は格段に落とさざるを得ない。そうなれば貿易にも経済にも多大な悪影響を与えてしまう。
まして木星圏や火星圏との貿易や資源輸送ルートを持つ、中立連盟の反感を買いかねない恐れもあった為、それを考慮しての低濃度のNジャマーを散布していたのだ。
「他勢力との良好なる関係を築くのも良いですが、我々の責務は重くなるばかり‥‥‥。今のところは、平穏が続いていて助かりますが」
石津がポツリと漏らした。その火星圏勢力とは、今後も良好な関係を持ち続ける必要があり、その為にも彼らの安全を守ることが必然となるからだ。
とはいえ、石津が思うように、この火星近辺での動きらしい動きは捉えられず、淡々とした時間が過ぎつつあることも事実である。
穏やかとは言いにくい現状ではあるものの、退屈な時間を貪りつつある〈ヤマト〉に新たな変化が迎えにやって来た。
最初に捉えたのはレーダー反応からであった。
「レーダー感、5時10分より艦影2を補足!」
索敵士官を務める船務長 青梅孝也一等宙尉が報告してから遅れる事数秒後、今度はその艦影から〈ヤマト〉に向けて通信が送られきた。
それを通信長 立花和己二等宙尉が受信を告げる。
「提督、補足した艦艇より通信です」
「繋いでくれ」
「‥‥‥出ます」
ものの数秒で通信スクリーンに映ったのは、一般的に想像する男性士官ではなく30代半ば程の女性士官であったことは、一部の者を除いて内心で驚かせた。
さらに、その女性が着用するのは黒色コートで、首元で折り返されている襟元が緑色に染められている。という事は、艦長であることを示している。
容姿も美人と言って差し支えなく、腰まで届く黒髪のロングヘアーを一本結びにした日本人―――渡嘉敷麗羅二等宙佐である。
年齢は34歳。天龍型哨戒艦のネームシップたる〈テンリュウ〉の艦長を務めている人物である。
『こちら哨戒艦〈テンリュウ〉艦長、渡嘉敷二佐です。司令部より本艦並びに〈龍田〉、日向提督の指揮下に入るよう命ぜられました』
「私が日向だ。渡嘉敷二佐、御苦労だった。駆けつけで済まないが、我が艦隊の指揮下に入り哨戒活動に移ってもらいたい」
『了解。哨戒活動に加わります』
数日遅れで到着した〈テンリュウ〉と〈タツタ〉は、先に就役した吾妻型巡洋艦のバリエーション艦であり、哨戒活動に特化した偵察艦の性格を持っている。
天龍型は、基礎設計が吾妻型と全く同じであり、後部両舷に備え付けられた三連装砲塔×2基6門と八連装ミサイル発射機×1基8門を撤廃して、代わりに索敵機能を大幅に向上させる為の大型レーダーや、通信アンテナ等の設備を増設したものだ。
従来の艦艇よりも索敵能力を特化させている為、Nジャマーの様な妨害行為がある中でも比較的有能な働きをしてくれるのではないか、と期待されてもいる。
また武装は減ってはいるものの、巡洋艦としては並の打撃力を保有しており、前代である村雨型を凌ぐ性能を有している。その為、哨戒艦とはいえ侮れない艦艇だ。
この武装率の違いから、軍内部では吾妻型を“重巡洋艦”、天龍型を“軽巡洋艦”と識別することもある。
そして2隻が合流した第3艦隊の途中陣容は、次の如し―――。
第3艦隊―――
・戦艦‥‥‥旗艦〈ヤマト〉
・巡洋艦‥‥‥〈アヅマ〉〈阿蘇〉
・哨戒艦‥‥‥〈テンリュウ〉〈タツタ〉
・駆逐艦‥‥‥〈天津風〉〈時津風〉〈浜風〉〈波風〉
合計9隻からなる艦隊である。無論これは完全編成とは程遠く鹵獲改造艦8隻、建造中の戦艦〈ムサシ〉1隻と天津風型4隻、これらが合流して正式な艦隊となるのだ。
実験艦隊とは言え、他者から見れば強力な艦隊であり、しかも試作艦艇と言えども最新技術の詰まったもので、全体的に高レベルな戦闘集団と言えるだろう。
極端に言えば、日本宇宙軍の中でも一軍とさえ見紛う異様なのである。
レーダーといった索敵設備を除けば吾妻型と瓜二つの天龍型は、艦列を並べると早速哨戒活動に入った。
「天龍型は、この大和型よりも高性能な索敵設備と通信設備を持っているとの事ですが、うらやましい限りですな」
そう言ったのは青梅だった。眼鏡に無精髭を生やした索敵士官である彼は、新造艦〈ヤマト〉のレーダーを扱えることを誇りとしている一方で、大和型よりも高性能なレーダーを有するという天龍型に嫉妬のような感情も持っているようだ。
「何なら〈テンリュウ〉か〈タツタ〉に配属替えでもするか? 青梅」
愚痴を言う青梅に対して冗談半分に口を開いたのは、第3艦隊幕僚 大村耕作一等宙佐であった。年齢は40歳で、如何にも叩き上げの風格を放つ偉丈夫であるが理解力に富み日向の信頼も厚い人物である。
「冗談言わんでください、一佐。この〈ヤマト〉の設備は優秀です。自分から移動を志願する気はありませんよ」
大和型とて惜しみない技術が詰め込まれた新鋭戦艦だ。試作としての意味合いが強いだけに、量産艦艇では出来ない様な贅沢な装備がなされている。
対して天龍型は、索敵機能に重点を置いているだけの話で、総合能力では大和型が断然に上回っているのは当然であった。
宇宙軍艦政本部では、一先ず大和型の開発建造の成功に鑑みて、次期主力艦艇の開発を直ぐに着手する方針としている。
一方の巡洋艦等の中小艦艇は、このまま一部見直しを図り増産に踏み切る態勢だ。
ただし、太陽機関の量産体制には漕ぎ着けるのに時間が掛かり、それまでには吾妻型、天龍型、天津風型らと同様の新型核融合機関を搭載する見通しであった。
従来の艦艇から切り替われば、日本宇宙軍は飛躍的に戦力を向上させることとなり、旧世代艦に関しては余剰分を他国に払い下げて戦力の拡充に繋げる方針である。
「それに試作艦とはいえ、この艦は良い艦だ。そんな艦に配属された新米達も良い経験になるでしょう」
「青梅の言う通りです‥‥‥なぁ、古代」
そう言いながら振り返った先に、武器管制システムを管理するコンソールの前に座る古代進がいた。
「はい。良い経験であります」
古代進は、砲術士官としての技量と航空機パイロットとしての技量の高さを買われ、新造艦〈ヤマト〉の砲術士として配属が決定したのである。
戦闘オペレーターとして石津の補佐を行い、武器を的確に管理して戦闘を進めていくのが彼に与えられた、砲術士官としての役割だった。
彼は成績優秀とは言え、やはりどこか緊張もある様な面持ちなのは、石津から見ても良く分かる。
そんな古代に石津は苦笑した。
「硬くなるなよ古代。そんなんじゃ真面に戦えんぞ」
「硬い‥‥‥でしょうか?」
「あぁ、肩がガッチガチだ」
反応に困る古代に水谷が助け舟を出した。
「副長、新人を弄るのも大概にしておけ」
「いや、失礼いたしました、艦長」
楽天家の山南とは違って真面目な性格の水谷の前では、石津もそれ以上の冗談は口にしなかった。
「‥‥‥ま、副長の言うことにも一理はある。古代二尉、肩の力を抜け‥‥‥お前もだ、島二尉」
「はい」
そう、古代に続いて島大介も〈ヤマト〉配属となっていた。彼は航海科に所属しており、第一艦橋にて航路の解析を中心に行うのが役目であった。
因みに航海長は、33歳の男性士官―――広瀬真一一等宙尉と言い、アクロバットな操艦をする人物として名が挙がる。
かつては、宇宙戦艦を航空機の様に操艦したこともあるという程だった。
別に極度の緊張に支配されている訳ではないが、よもや新造戦艦の搭乗員になろうとは夢にも思わず、僅かながらの緊張があるのは当然と言うべきだろう。
片や同じ新人クルーを大半に乗せている〈テンリュウ〉でも、ここに辿り着くまでには何かとてんやわんやであった。
「いやぁ、何とかここまで来れましたね、艦長」
〈テンリュウ〉副長 マサノブ・ストーナー三等宙佐が苦笑いしながら、渡嘉敷麗羅二佐に向けて安堵の声を漏らしていた。
それ程珍しくもないが、ストーナーは32歳のアメリカ系日本人で、脱色した金髪にそこそこの容姿を持った青年士官であり、麗羅の補佐を受け持っている。
「そうだね、一時はヒヤッとしたけど」
先ほどの通信越しで話していた時とは雰囲気が異なるが、間違いなく麗羅その人である。彼女は男勝りに近い性格の持ち主で、言動も男口調っぽいのが特徴だ。
因みに既婚者であり三児の母でもある。長女が10歳、長男が8歳、次女が6歳という2歳違いの子供達を授かっていた。
夫はというと、地元ではそれなりに人気のある料理人で、高級料理ではなく庶民的な料理を提供している事から、多くの常連客を確保している。
その夫とも、娘や息子達と共に良好な家庭を築いているものの、こうして妻である麗羅が軍人を務めている都合上、家を空ける事も多いのが心残りであった。
とはいえ、彼女も覚悟してのことであり、夫も理解者として妻の帰りを常々待っている。子供達の笑顔が宝である麗羅としても、生きて帰れるよう願っていた。
「機関部の調整を間違えてエンストするとはねぇ‥‥‥私も焦ったよ」
天龍型は、新型核融合機関を搭載した艦艇である。それ故に、新型機関を初めて扱う機関士達が焦りの余りにエネルギー調整を誤り、誤作動を引き起こして緊急停止システムが作動してしまい、機関部の暴走を防ぐべく止まってしまった―――と言う、語るに語れない事情が発生したのである。
無論このことは全く報告しない訳にはいかず、艦長としてこの不祥事をレポートに纏めて報告することとなっていた。
かといって麗羅は、機関士達の不手際を責め立てるつもりはない。
「けどさ副長。人間、誰にでもミスはあるよ。何処の部署も同じだけど、腕慣らしは必要さ。だから、今回は大目に見る」
「了解してますよ。ただ、これが土方提督だったら、稲妻が落っこちますよ」
「あぁ‥‥‥そりゃ同感だわ」
鬼竜とも渾名される土方は、今なお将兵にとって鬼に等しく、しかし信頼に厚い存在である。彼女らは苦笑しながらも土方が怒号を浴びせる姿を想像してしまう。
兎に角は扱いに慣れてもらうことだ。この緊急事態はある意味で良い訓練にもなるうえ、少しでも実戦で戦えるような状態へと持っていきたいのである。
地球連合とプラントの戦争とはいえ、日本や中立国の面々も巻き込まれる可能性は否定しえないだけに、そうせざるを得ない。
「中立連盟が巻き込まれない保証は何処にもないからね。いざとなったらクルー一同には覚悟してもらわないと」
「大丈夫でしょう、艦長。クルーを信じましょう」
「勿論だよ。クルーを信じなきゃどうするのか、ってね」
そう言いいながらも麗羅は、心中で何となくだが嫌な予感を覚えていた。それはクルーに対する懸念ではなく今起きている世界大戦に対する懸念である。
日本がどう舵を取ろうとも、結果は悪い方向に進んでしまうのではないか。地球には彼女の愛する家族もいるだけに、巻き込まれないかが非常に不安であった。
第3艦隊が、火星と地球との航路を巡回している頃、地球圏にて巡回中の第1艦隊並びに第2軌道防衛艦隊は、より緊張を高めつつあった。
なお第2艦隊は、地球圏の警戒を先の艦隊に任して、本来の任務宙域である木星圏の警備へと戻っている。
火星圏は距離的にも時間的にも浪費する為に、襲撃の危険性は小さいと考えられたが、地球圏ともなれば、地球連合とプラントとの戦闘が勃発する可能性は高い。
よって、日本宇宙軍は無用な戦火が民間人に及ぶまいとして、地球圏の警備並びにポイントL3並びにポイントL4方面の警備活動を行っているのだ。
さらに地球連合も動きを活発化させており、地球からの物資運搬用シャトルが数多く飛び立ち、月へと向かう姿が確認されている。
この事から軍事行動の近さを予見させるものであったが、かといって中立連盟が非難するまでにはいかない―――民間人に被害の可能性があるなら話は別だが。
対するプラント側もまた、この月面に対する攻撃を仕掛ける可能性があると考えられており、日本軍中央司令部でもいざという時の対応を練り続けていた。
現在、地球からポイントL5―――即ちプラントの方角に向けて睨みを利かせているのは、第1艦隊である。指揮を執るのは副司令官高杉宙将だ。
高杉宙将は、プラントからの使者カナーバ外交議員の危機を救った実績がある。冷静に物事を見定める事の出来る提督として、沖田宙将にも一目置かれる存在だ。
その彼に、沖田は地球圏警備活動の命令を下したのだ。沖田本人は、中央司令部をそうそう簡単に留守にも出来ない為、高杉宙将に任せている。
プラントとの友好関係は地に落ちてこそいるが、戦闘状態に入るまでには至っていない現状で、ザフトを見つけて直ぐに交戦状態に入れる訳でもない。
中立連盟の面々に危険が及ぼうとするのであれば、また話は違ってくるのだが。
そんな微妙な立場にあって、高杉は母国と友好国の安全を確保する為に、今もなお警備活動を継続していた。現在のところは、これといって問題はない。
それでも、戦艦〈ムツ〉の艦橋内は、第3艦隊以上にピリピリとしていた。シャトルの様子なども全て監視し、不穏な動きが無いかをチェックしているのだ。
「レーダーに感、地球連合の軍用シャトルです。数は4、月方面へ向かう模様」
「やはり、軍事行動の前触れですな、提督」
「地球での混乱は収まり切れてはおらんが、地球連合としても早いところプラントに大打撃を与えて事態の回復を狙っておるのだろう」
首席幕僚邑井一佐の予測に高杉も同意する。このNジャマー散布という大混乱を納めるのは用意ならざる課題であり、そこで地球連合は、業を煮やしてプラントへの攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
心臓部であるプラントが陥落さえすれば、あとはNジャマーの解除方法を手にすることも可能だろう。そうやって地球連合は大戦を優位に持っていこうとしているのか。
だがプラントも易々と陥落させられる訳にもいかず、迎撃態勢を整えて来る筈だ。さて、結果はどうなるであろうか。例のMSとやらが活躍するのだろうか。
そんな事を考えている時だった。レーダーが再び艦影を捉えた。
「閣下、レーダーに微弱ながら、新たな艦影を捉えました。数1」
「どの辺りだ」
「世界樹のあった宙域です」
「ふむ‥‥‥世界樹跡か」
世界樹―――それは、地球連合もとい国連の有していた一大ステーションだった。地球と月との間を中継する貴重な中継地点であったのだが、それがプラントの攻撃対象となってしまい、あげく激戦の末に損傷も激しくなって破棄という、不本意な最期を迎えたことは記憶に新しい。
崩壊した世界樹の破片が一帯に散乱し、小さなデブリ群を形成してちょっとした航路の障害物と成り果てている。
そんな宙域に反応があると言うのだから疑問も湧く。
「一応は地球連合の管轄にありますが、廃棄されバラバラになったステーションです。連合も左程重要視する事もありますまいが、1つだけの反応というのも気がかりですな」
「さしずめ、この世界の宙賊と言ったところか‥‥‥害が無ければ無視したいところではあるが、さてどうしたものかな?」
宇宙海賊だとしても何をしているのか。使えそうな部品でも探しているのだろうかとも考えたが、宙賊がジャンク探しをしても大した稼ぎになるとも思えない。
かといって無視して何かが起きたら遅いうえ、高杉は悩んだ挙句に一応の臨検を行うべく、指揮下の戦隊に対し不明船に向かうよう指示を飛ばした。
「第5宙雷戦隊は先行し、不明船の所在を明らかにせよ」
『こちら第5戦隊、了解しました』
駆逐艦〈山風〉〈立風〉〈浦風〉〈江風〉の4隻からなる第5宙雷戦隊は即座に行動に移った。磯風型の同型艦であるこれら4隻は、設計そのものが古く艦歴も古いものの、歴戦の艦艇ばかりである。
同戦隊司令 獅山胤次二等宙佐は、旗艦 磯風型〈ヤマカゼ〉にあって指揮下の駆逐艦4隻を伴い指定された宙域へと針路を変えた。
獅山二佐は御年37歳。戦場の渦中に立つ実力派の人間である。堅物という領域には入りはしないこそすれ、猪突という成分が多用に含まれている。
そんな彼は、国籍不明船の調査を任されたとあって半ば興味津々になっていた。
「さぁて、連合か、プラントか、それとも盗賊かな?」
そんな事を言うほどである。
第5宙雷戦隊は、快速を持って宇宙空間を高速で移動し、すぐさま世界樹跡に辿り着くと速度を落とし始めた。ステーションを破棄した時の影響で飛び散った破片や、戦闘時に撃沈破した艦船並びにMAやMS等の残骸が多く存在する宙域である為、あまりスピードを出して突っ切ろうとすると、破片群と強い衝撃でぶつかり少なからず損傷するのである。
まして、Nジャマーの影響もあって電探索敵能力が低下していることも考えると、下手に加速するのは上手くなかった。
大小様々な破片群の間を掻い潜りつつ、第5宙雷戦隊はレーダーに反応のあったポイントまで進んでいく。
「司令、反応を捉えました」
「‥‥‥何だありゃ。作業船か?」
索敵士の報告に、獅山は怪訝な顔を作った。小型の映像用パネルにズームで映っていたのは、到底盗賊とは似つかわしくは無さそうな宇宙船の姿である。
楕円型とも言える宇宙船には、幾つものクレーンやら大型マニュピレーターやらが取り付けられており、せっせと残骸の一部を船内へと収容しているようであった。
害のある様な雰囲気ではなさそうであるが、獅山は一応の警告を持って不明船の動向を調べることとした。
「レーザー回線、繋がりました」
通信士官の報告を受け、獅山は口を開いた。
「貴船に告ぐ。こちらは国際中立連盟日本宇宙軍所属、第2艦隊駆逐艦〈ヤマカゼ〉。直ちに機関を停止し、貴船の所属を明らかにされたし」
相手はビックリしているだろうか。駆逐艦4隻が迫って所在を明らかにせよ、と言ってくるのだ。そうそう平穏ではいられないであろうことを想像していた。
そして数秒の後、彼の予想通り、問いかけに応じて来た人物は、冷や汗をかきながらも応答してきたのである。
『ちょ、ちょっとまってくれ! 俺たちゃ怪しいもんじゃねぇ』
「‥‥‥動揺ぶりが怪しいな」
思わず拍子抜けした様な表情を作った獅山の耳に入ったのは、かなり若い男のものであった。
日本宇宙軍のアポなし来訪を受けた不幸な御一行の名をジャンク屋と言う。廃品回収業者―――即ちリサイクル業者であり、地上や宇宙に散らばる民需品並びに軍需品を問わず、それら残骸を改修し修理しては販売しているが正式な集団組織ではなく、あくまでも個人事業の様なものである。
そんなジャンク屋を自営業としている当御一行は、突然の日本宇宙軍の警告とも思える音声通信を受けて大慌てとなり、対応に右往左往していた。
『貴船の所属を明らかにされたし』
「嘘だろおぃ、こんな時に軍隊のおでましとはよ!?」
「だから言ったじゃない、ロウ。こんな戦争中にウロウロするのは控えようって!」
ロウと呼ばれた青いバンダナを額に巻いた、ダークブラウンの髪をした青年がボヤき、外に跳ねる様な癖っ毛のブラウンの髪をした若い女性が呆れ気味に返した。
ロウ・ギュール―――それが青いバンダナを巻いた青年の名前だ。このジャンク屋のチームリーダー的存在でナチュラルとして生を受けた18歳の若者である。
「しっかたねぇだろ、どうしても気になった部品があったんだからよ!」
「そんなものの為に、皆を危険に合わせる訳!?」
ややヒステリック気味にロウへ当たる16歳の女性―――山吹樹里は、彼が腕に抱えるアタッシュケースを指さして批難する。
それは、ロウが漂流中の戦闘機から回収した代物で、どうやらコンピュータが内蔵されている事だけは確かなのだが、そんじょそこらのものではないようであった。
かといって現状が現状だけに、メンバーの1人である樹里から非難のコンボを受ける羽目となっている。今は非難をしている場合ではない、と仲裁に入る青いロングヘアの若い男性―――リーアム・ガーフィールドが落ち着いた様子で対策を講じた。
「ロウ、兎に角は呼びかけに応じて然るべきでしょう」
「そうねぇ、リーアムの言う通りだわ。下手に動くとズドン、よ」
それに便乗すると言わんばかりに口を差し挟んできたのは、赤毛ロングヘアをした若い女性で、彼女がかけている眼鏡が知的なイメージを与える。
彼女はプロフェッサー(仮称)と呼ばれている人物で、正式名称は明かされてはいない。
またリーアムは、コーディネイターであるが、ナチュラルの行動に非常な探求心を持っていることから、ロウの動きを半ば観察するように見守っている人物だ。
騒いでも仕方ない。それに逃げたりすれば余計に怪しまれるだろう。ロウはなりふり構っていられないとして、まずは攻撃されぬように機関を停止させたうえで通信機越しに飛びつき、獅山の問いかけに対して大慌てで答えたのである。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちゃ怪しいもんじゃねぇ」
「怪しいと不審がられてもおかしくないわね」
ロウは自分の背後で、ポツリと呟くプロフェッサーを一睨みするが、直ぐに視線を戻す。スクリーンには瓦礫に紛れて接近してくる艦船が確認されている。
この世界には見られない楕円型とロケット型を組み合わせた様な艦型に、シュモクザメを思わせる艦首構造が特徴的な日本宇宙軍の小型快速艦こと駆逐艦だ。
全長80mという小型艦艇ながらも、その戦闘能力はドレイク級を上回り、ネルソン級とやり合えるとさえ噂される高性能艦であることは、彼らジャンク屋の耳にも入っており、到底彼らジャンク屋の敵う相手ではなかった。
「船名は〈ホーム〉。俺の名前はロウ・ギュール、ジャンク屋をやっている。この宙域で廃品回収をしている最中なだけなんだ!」
『第5戦隊司令の獅山だ。君らはジャンク屋‥‥‥廃品回収業者ということか。それで、正式な加入組織はあるのかね』
「いや、無いんだ。個人事業でやってるんだよ。なぁ、勘違いしてるみたいだが、俺達は本当にただのジャンク屋なんだ、悪いことはしてねぇよ!」
『そう喚かなくても良かろう。無断で沈めたりせんし、ただ不審な行動が目に留まっただけだ。悪気はない』
どうやら話しの解る相手の様だ、と背後で聞いていた樹里は内心でホッとした。隣にいるリーアムも安堵しているようだが、プロフェッサーだけは何やら違う。
艦橋のスクリーンにアップで映る磯風型4隻を見て、興味津々という呈である。まさか、この期に及んで危険なことはしないであろうが、少しだけ不安になる。
そんな樹里の不安をよそにして、ロウは危なっかしくも獅山に応じており、やがては何の検査を受ける事もなく解放されるに至った。
とはいえ獅山も忠告して釘を刺しに来ており、あまり怪しい動きをしていると他勢力から攻撃されかねない、と言ってきたのである。
『戦争になって、いっそう危なっかしくなっている。くれぐれも気を付けるようにな』
「お、おぅ」
『君達の安全な航海を祈る』
そう言うと獅山は通信を切り、戦隊を反転させてこの宙域を離脱していった。ロウはそれを見て深いため息を吐き、ドッと座席に座り込んでしまう。
「はああぁ‥‥‥どうなるかと思ったぜ」
「全くよ。こっちが冷や冷やしちゃったじゃない!」
「まあまあ、助かったのですから、一先ずは落ち着きましょう。それとプロフェッサー、どうかしましたか、先ほどから?」
相変わらず興味津々な表情で、立ち去る日本宇宙軍の後姿を見つめるプロフェッサーに対し、リーアムも気になって尋ねてみる。ロウと樹里もつられて彼女を見た。
「噂の日本の宇宙艦艇は噂以上ね。別世界の地球から来たって言ってたのも頷けるわ」
「だな! あれは本物だぜ、何処の軍艦だって相手にならねぇよ」
「何よロウったら、急に興奮したようにさ」
先ほどの焦りは何処へやら、ロウは熱が入ったようにプロフェッサーに同調した。
「興奮せずにいられっかよ。確かに止められた時はビックリしたけど、中々間近に見る機会はねぇぜ!?」
ロウは兵器であれ何であれ、メカには大そう興味がある。それに彼の才能の一つとして、機械の不具合を一目見て判断し、修理してしまう点にある。
他にも欲しいと思ったジャンク品は何が何でも手に入れようとすることも珍しくはないもので、その点に関しては樹里は呆れている。
「本当に驚きよ。あんな小さな艦体に、三連装ビーム砲塔が2基、魚雷発射管3門、VLSが8セル‥‥‥艦首にも固定砲が2門。機動力や加速力だってこの世界の物とは桁違いなんだから、MAは勿論、連合軍のドレイク級やサラミス級だって相手にならないでしょうね」
「プロフェッサー、一目見ただけでそんなに分かんのか?」
「ふふ、ちょっとね」
意味ありげな笑みを浮かべる彼女に理解不能と言わんばかりのロウと樹里。プロフェッサーには地球の親友がいる。その人物はオーブ連合首長国の人間である。
女性で技術者でもありオーブ国防の為に日々働いているのだが、そんな親友から時折情報を貰っている。無論、国家機密的な内容は無いが、今の様に軍艦の主な仕様くらいであれば一般公開されているレベルでの話でしかないので、プロフェッサーにも情報として伝わっているのだ。
「まあ、昔から軍艦なんてのは、一般人にも雑誌とかで紹介されることも多いから、別に気にしなくてもいいんじゃないかしらね」
「それは良いとして、あの獅山という人物の言う通り、気を付けた方が良いでしょう。実際に犠牲になったジャンク屋もいます」
リーアムの言う通り、このところ同業者の間で戦争の余波に巻き込まれて撃沈されているという話も出ている。正式な組織体を形成している訳ではない上に、兵器をも回収して再利用するので、必然的に他国からは良い目では見られることは無かったのも、被害に遭う原因の一つであろう。
ジャンク屋業界にとっては動きにくい時代へと突入したわけであり、真面に動くことも出来なければあっという間に衰退してしまうだろう。
何かしらの対策を立てなければならない。
「大丈夫だって、俺は悪運だけは強いんだからな! それより、この回収したアタッシュケースを調べようぜ!」
「ロウってば、そんな風に考えられるのが羨ましいわ」
樹里が呆れながらも、回収した代物には興味があったのでそのまま解析に作業に入っていった。
C.E暦70年4月15日。日本宇宙軍が友好関係を結んでいるコロニー等の警備に当たっている一方で、地球連合はエイプリルフール・クライシスにおける報復を行うべくして、プラントに対する反攻作戦を早々と、しかしながら着々と進めていた。
地球より続々と軍需物資やら兵員やらの増員が図られ、出発までもう1日も待てば完了すると言う状態にあるなど、物量に勝る地球連合の手際の良さを見せつけた。
地球連合宇宙軍は、秘密裏に入手していた日本の技術―――新型機関や光学兵器、慣性制御を導入している途上にあり、未だ全軍の換装には至っていない。
それでも月面基地所属の3個艦隊、ポイントL3所属の1個艦隊、ポイントL4所属の1個艦隊、合計5個艦隊に対する強化を完了していた。
地球連合軍総司令部はそれを踏まえたうえで、出兵させる艦隊の選定を行った。
地球連合軍 プラント制圧艦隊―――
主力部隊
・第5艦隊:司令官 チャールズ・ティアンム少将(総司令官)
・第6艦隊:司令官 シャーク・ムーア少将
別働隊
・第13艦隊:司令官 シュテファン・アンドロポフ少将
・第15艦隊:司令官 ステファ二ー・ヘボン少将(別働隊司令官)
艦艇動員数4個艦隊124隻(空母4隻、弩級戦艦8隻、戦艦16隻、巡洋艦32隻、護衛艦64隻)、MA224機という大規模兵力である。
主力部隊の2個艦隊に関しては改装を済ませたものの、囮艦隊は第15艦隊のみが改装済みで第13艦隊は未改装な為、未だ旧装備による出撃を余儀なくされる。
当初は第5、第6艦隊だけの予定であったが、それでは勝ち目はないと判断されて、ポイントL3のアルテミス要塞より第13、第15艦隊の動員を決定したのだ。
この2個艦隊をポイントL5方面に向けて進撃させた場合、月方面からの攻撃に備えるプラントにとっては後背から突かれる様な形となる。
プラントとしても、月方面とは正反対から進撃してきたとあっては、迎撃せずにはいられない筈。だがあくまでも第13、第15艦隊は囮として差し向ける。
本命は第5、第6艦隊であり、後背の敵に備えるプラントの裏をかいて、資源衛星ヤキン・ドゥーエ方面から進軍しプラント首都アプリリウスを陥落せしめるのだ。
そして今回の出兵における総司令官は、第5艦隊司令官チャールズ・ティアンム少将。副司令官は第6艦隊司令官シャーク・ムーア少将となる。
囮艦隊を務めるユーラシア連邦の艦隊指揮官は、第15艦隊司令官ステファニー・ヘボン少将、もう1人の指揮官がシュテファン・アンドロポフ少将である。
ティアンム少将は、先日のプラント攻防戦にて前衛を担った指揮官の1人であり、MSを相手に苦戦を強いられつつも7割近い戦力を維持して撤退に成功した。
その時の前衛で同じ所属だった第4艦隊は5割、第12艦隊は4割もの戦力を失った事を考えれば、大分善戦していたとみるべきであろう。
敗北したこそすれ、ティアンムは前衛の崩壊を食い止めることにも貢献し、多くの兵力を温存できたのだ。
もう1人の主力部隊指揮官ムーア少将はこの年38歳、威圧感のある眼と偉丈夫が、他者を圧倒する。良くも悪くも豪胆で真っ直ぐな性格の持ち主で名を知られる。
またブルーコスモス思想に染まってはいないものの、その軍事ロマンチシズムに染まり切った思考は誰にも止められないという事でも有名であった。
別働隊司令官のヘボン少将はこの年48歳、軍人と言うよりも官僚といった雰囲気を持つ人物で、アルテミス要塞司令官も兼任している人物である。
第13艦隊司令官アンドロポフ少将は、先年の地球沖海戦で沖田と艦隊戦を繰り広げた人物であり、損耗した将兵の補充が済んだ矢先の出兵だ。
「これで、どこまでコーディネイターとやれるかな」
「不安か、チャールズ」
「当たり前だ。MSを相手にするのに、MAのままで対するなど不安しかない‥‥‥お前も良く解るだろう、デュエイン」
月面のプトレマイオス基地にある一室にて、不安を口にするティアンムと対して会話をしているのは、第8艦隊司令官ハルバートン少将だった。
2人は士官学校時代の同期生であり親友でもある。だからこそ本音で言い合える数少ない相手でもあるのだ。
「MSの開発がもっとスムーズにいってさえいれば、こうも苦戦するようなことはなかっただろう。これから指揮を執る君にとっても」
「上の連中は火遊びが過ぎる。政治権力と金に目がくらむ愚かな連中だ。お前の提案がもっと早く受け入れられたなら、どれほど戦局を優位にできるか」
「多くの兵士達の命を、数でしか見ない奴らに何を言っても無駄だ。だが、我々指揮官は命令を受ければ戦わねばならんからな‥‥‥」
「そうだな。しかし、お前が発案したG計画は、案外進行速度が早いと聞く。何か大きな影響があったのか?」
ティアンムにしても、政治屋達の利権を巡る泥沼の政争にはうんざりしているクチだ。自分らのみならず兵士達の命を、そんな政治権力者に委ねなければならぬとは。
また別の意味で、例G計画が本格始動した時期が当初思った予想よりも早い事に驚きを禁じ得ない。その裏には、日本の影響力があったことは良く聞く話だ。
事実の通りであり、地球連合は日本の技術力の高さから無視せぬ存在として見ており、何かと技術の提携とを狙っていた―――無論、今では完全に打ち切られたが。
日本との戦争で手痛い目を見て、さらにはプラントとの戦闘でも手痛い目を見ただけに、地球連合としてはMSの推進を推し進めようとしたのである。
その真の裏には、ムルタ・アズラエルの働きかけもあったようであるものの、それはそれで良しとすべきであろう。
「国防理事からの圧力がったとはいえ、日本の影響も凄まじいものだよ、チャールズ。プラントにも苦汁を舐めさせられ、ようやく腰を上げたのだろう」
「何事も気づいてからでは遅いのだがな‥‥‥まぁ、何はともあれ、年内に導入されるだけマシか」
ただし、量産型MSの配備は1年近く先になるだろう。未だにMA並びにその改造機でプラントのMSと対峙しなければならない事を考えると、頭痛の種にもなる。
如何に物量に勝る地球連合とはいえ、著しい損耗は避けたいのが彼らの本音である。物量でカバーできるとは言っても、育成される兵士が未熟な状態では意味がない。
それではザフト兵士の格好のカモとなる。司令部はそういった被害を最小限度に抑えるためにも、今回は兵力を二分しての陽動作戦を生み出したのである。
「今回の出兵計画は、司令部もそれなりに考えたつもりなのだろうな。動員規模はプラント近海海戦の次に大規模だ」
「規模が大きく見えるのは、あくまでも合算してのことだ。分散するリスクは高くつくぞ、デュエイン」
「かもしらん。だがアルテミス要塞の艦隊は、あくまでも陽動だ。ザフトを引っ掻き回してくれれば、その隙に君が首都を直撃できる‥‥‥机上の空論ではな」
この作戦に対して、ハルバートンにしても楽観的にはなり得なかった。作戦はいつも失敗しないものだ―――シミュレーションの範囲内において。
ザフトもといプラントは、地球に比べて総人口は遥かに劣ることが明らかである以上、必然的に軍隊の戦力も遥かに劣るのは自明の理であろう。
これをできる限り分散させて主力を一気に投入するという案は、普通に考えるのであれば良い作戦案かもしれない、と地球連合司令部もそう踏んでのことであった。
戦力に劣るザフトが勝つには、主力部隊と囮部隊の双方を、時間差を置いて各個撃破するしかないだろう。また一部部隊を割いて片方の地球連合軍を足止めする間に、残る兵力をもう一方の部隊に叩き付けるような方法を取らなければ、がら空きになった所を直撃されかねない。
迅速な機動戦術を行うことが、ザフトに勝利をもたらす手段であろう。それ以外に活路があるとは思えなかった。
「ザフトがどう出るにせよ、囮部隊の活躍がその後の方針を固める」
「その囮部隊の指揮官、アンドロポフ少将はユーラシア連邦宇宙軍でも有数の提督だ。チャールズ、君も知っているだろう」
「知っているとも。先年の日本宇宙軍との戦闘では苦戦したようだがな」
「皮肉を言ってやるな、チャールズ。誰が指揮しても、結果は同じだ―――無論、私も含めてだがな」
アンドロポフは、ユーラシア連邦内部でも優秀な指揮官として将兵たちに記憶されているのは確かな話だ。
だが、そんな提督が日本軍に敗れたとあっては、信頼も揺らごう。皮肉を言ったティアンム本人にしても、アンドロポフが無能な指揮官とは程遠いのは知っている。
それでもプラントを相手にした時、どうなるかはまた別問題だ。それに実際にザフトのMSと戦闘を交えた経験を持つティアンムだからこそ、不安になるのだ。
「デュエイン、頭痛の種はそれだけじゃない。第6艦隊もだよ」
「あぁ、ムーア提督か。あれは石頭だからな‥‥‥私でも扱いかねる」
ムーアの軍事ロマンチシズムは半端ではない。後退が卑怯者と同列に扱うほどの熱心なある意味で信者であり、部下の意見など大半が不採用に終わることがざらである。
無能者とは言わないが、そういった硬直的な思考が厄介なことを招き込みかねないと危惧するのだ。一応はティアンムが総指揮官だが、唯唯諾諾と従うかは疑わしい。
同時に思い浮かべるのは、負けん気が強かったがために敗死した元第4艦隊司令官ヴィッツェル中将である。彼は当時のマクドゥガル大将の後退指示に従わず、寧ろ突撃してザフトに一矢報いようとして返り討ちにあってしまった。
ティアンムのコントロールから外れることが無ければ良いのだが、可能性としては低く見てしまうのだった。
「下手すると艦隊ごと地獄へ突っ込みかねん。最悪なのは、コロニーに直接攻撃を加える可能性だ」
「ユニウスセブンと同じことか。核兵器は使えんが、通常兵器でもコロニーを破壊するのには十分だからな。油断は出来んか」
「大変に栄誉のある役を仰せつかったものだよ。敵ばかりか味方の事まで考えねばならんのだからな」
「心中は察するが、戦う前から嘆いてもしかたがあるまい」
ハルバートンは僚友の立場に同情するが、かといって自分が代わりを引き受ける訳にもいかない。既に上層部で決めたことだから当然であろう。
そして翌日16日04時00分。地球連合宇宙軍第13・第15艦隊は、ポイントL3のアルテミス要塞を進発しプラントを目指した。
それに遅れること1時間後、月面基地より第5・第6艦隊が進発した。4個艦隊を投入した第二次プラント制圧作戦が開始されたのである。
陽動作戦によってザフトを引っ掻き回し、その隙に本国を制圧する作戦に対し、上層部は勝利を確信する。
誰もが勝利確信したのだ―――敵対するザフトを除いて。
〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人でございます。
22話、ようやく完成いたしました。戦闘パートは次章になりますが、これまた独自の妄想と他作品からのお知恵を拝借して作り上げる予定でございます。
また今話にはガンダムSEED系列に登場するキャラクターを登場させてみました。なるべく世界観を全体的に描きたいと思ったが為の結果ですが、それ故に個別に対する内容が薄くなってしまうのは己の浅はかさ故であります‥‥‥。
加えて対して触れたことも無く、ネット上の情報をあさりながら「こんな感じのキャラかな?」と想像しながら書いてます。
また、今話に登場した新キャラの拝借した作品を説明致しますと・・・。
・漫画『ジパング』より
青梅 孝也 ⇒ 〈みらい〉乗組員の青梅
立花 和己 ⇒ 〈みらい〉乗組員の立花
・小説『七都市物語シェアードワールズ』より
渡嘉敷 麗羅 ⇒ サンダラー軍女性士官のトカシキ・レイラ大佐
・OVA『新海底軍艦』より
マサノブ・ストーナー ⇒ 〈羅号〉副長のストーナー
・映画『ゴジラ・モスラ・キングギドラ〜大怪獣総進撃〜』より
広瀬 真一 ⇒ 防衛軍の広瀬中佐
・小説&OVA『銀河英雄伝説』より
シャーク・ムーア ⇒ 自由惑星同盟軍第6艦隊司令官のムーア中将
・『機動戦士ガンダム スターダストメモリー』より
ステファニー・ヘボン ⇒ 地球連邦軍追撃艦隊司令のステファン・ヘボン少将
さて、別の話に移りますが、『宇宙戦艦ヤマト2202』が発表されて多少のお時間が経ちました。期待と不安の半々ですが、物語の結末としては「希望のある終わり方」を目指しているとのことで、昔の『さらば愛の戦士たち』のような主人公らの戦死エンドは無さそうですね(ただし、他のキャラがどうなるかは予測不可能ですが)。
アンドロメダもすでに商品化を目指しているとの事。ここで個人的に安堵したのは、その時画像に出たアンドロメダの尾翼が後部主砲の射線軸上から外れるようになった事。
公式HPのデザイン画の時は尾翼が射界に入っていたので心配しましたが、安心しました。
この後の続報、待ち遠しいです。
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