C.E暦70年4月17日。地球連合軍は二手に分かれてプラント本国を目指しつつあった。月面基地とポイントL3の双方から進撃してプラントを目指す。
ポイントL3に点在するアルテミス要塞の2個艦隊は陽動となり、月面プトレマイオス基地の2個艦隊が本隊となっていた。
その囮と言う不本意な大任を仰せつかった第13艦隊ならびに、第15艦隊の将兵達には重苦しい雰囲気が纏わり着いている。

「何故、我らの艦隊が囮役を引き受けねばならぬのでしょうか」
「難しい事でもあるまい。旧式装備の我らでは大した戦力にはならない。であれば、せめて引っ掻き回すくらいの役目は出来るだろうというのさ。それに、未改装の我が艦隊を失っても戦略的に勝てれば良いと思っているのであろう‥‥‥まことに不本意な事だがな」

  第13艦隊旗艦 マゼラン級〈ブランデンブルク〉の艦橋で、自分らの置かれた境遇に対して不満を露わにした参謀長パトリチェフ准将。
それを窘めるのが、当艦隊司令官を務めるシュテファン・アンドロポフ少将だったが、その彼自身の内心にも囮役に対する不満はあった。
彼が以前、日本艦隊との戦闘で一方的な損害を被り、保有艦艇が半数以下にまで撃ち減らされるという、文字通り壊滅状態に陥ってしまったのは記憶に新しい。
残存艦を纏めて帰還した後に待っていたのは、アンドロポフに対する責任の追及であった。敵に対して有り得ない損害を被った責任を押し付けられそうになったのだ。
  だが、日本の技術は嘘ではなく本物であることと、誰が指揮しても勝つことは出来なかったであろうと言うことで、特別措置を講じられたに留まっていた。
その後、アンドロポフはアルテミス要塞へ配属となると同時に、艦隊の再編に従事した。失った艦艇と人員を地球から随時受け取り、数だけは揃えたのだ。
  とはいえ、旧式装備のままで改装も間に合わないのが現状であり、今艦隊を組んでいる第15艦隊は基地内にて大凡の改装を終えてしまっている。
地球連合宇宙軍は戦力強化の一端として、既存艦艇を改装することで地球連合議会の承認を得た。慣性制御、機関換装、兵装換装、電磁防壁の追加等が主な内容だ。
装甲に関しては、MC装甲を搭載したいところではあるが、既存艦艇の通常装甲からMC装甲へ交換するには時間が掛かり、手間も掛かってしまう。
まして、MC装甲は開発されたばかりで、量産に至ってはいないのが現状であった。それでも電磁防壁の搭載は大幅な戦力向上である。

「冗談ではありませんなぁ、本当に。囮とはいえザフトが全力で向かってきたら、我が艦隊はひとたまりもありませんぞ」
「別に敵とぶつかる必要はあるまい? さっきも言ったが、敵を引きずり回すのが目的だ。私とて将兵を無駄に死なすつもりは毛頭ないが―――」
「閣下、前方でジャミング反応を感知。Nジャマーが散布されている模様!」

  突然、索敵士官が声を上げた。艦橋内は電気ショックが走ったかのように、緊張感で埋め尽くされる。一同の顔が強張っているのがアンドロポフにも分かった。

「予想会敵時間よりも大分早い気もするが‥‥‥電波索敵から光学、熱源索敵に切り替えろ。どのみち、レーダー関係は役に立たんぞ」
「電波索敵から、光学、熱源索敵に切り替える!」

Nジャマー影響下では、電波索敵システムの索敵精度が著しく落ちてしまう。否応なく、昔ながらの光学索敵や熱源索敵システムに切り替えなければならないのだ。
故に観測用レーザーによる索敵や、索敵班による直接目視、加えて熱源を頼りに敵を発見するのが、現時点での常套手段となっている。
  索敵士官が、Nジャマーの散布された宙域を隈なく探索し始めると同時に、艦隊に対して戦闘配備を下令した。こうなれば何時ザフトが襲ってくるとも限らない。
艦隊間の通信方法も、通常の電波通信では物の役に立たない為、レーザー通信に切り替えられる。
  すると、同行する友軍の第15艦隊より緊急通信が飛び込んできた。通信画面に出て来たのは、ふっくらとした顔つきに丸眼鏡をかけた如何にもお役所仕事な雰囲気を出す彼が、第15艦隊司令官/囮艦隊指揮官 ステファニー・ヘボン少将である。
軍人としては、可もなく不可もなしというところである一方、性格は将兵に慕われる程のものではない為、総合的にみると人気は中の下のほうだった。
アンドロポフとしても、ヘボンを嫌悪してはいないこそすれ友好的には思ってはいない。

『アンドロポフ少将、先ほど本隊より緊急通信が入った』
「なんですと、本隊から?」

ヘボンの報告に、アンドロポフは思わず怪訝な表情を作ってしまいそうになる。このタイミングで連絡を入れてくるとは、本隊に何があったと言うのだろうか。
  予定では、自分らがザフトと接敵して派手に動き回り、その隙に本隊たる第5艦隊と第6艦隊がプラント本国を直撃する手筈となっている。
その本隊も隠密行動中であるが故に、通信を封鎖している最中だが、それを破ってまで通信を入れてくるほどの事とは何か。

『本作戦の中止を言い渡されたのだ』
「中止‥‥‥? まだ接敵した訳でもありませんぞ」
『私にも分からん。余程切迫していたのか、平文で送って来たのだ。それに肝心の内容がNジャマーで途切れてしまっていてな』

中止命令とは予想しないものである。アンドロポフも瞬きして半瞬だけ硬直したが、ことの重要さを認識してヘボンに対応を迫る。

「出所は本隊で間違いないですか」
『うむ‥‥‥だが、信ぴょう性は低いな。罠と考えるのが妥当だと思うが、貴官はどう思うかね?』
「同意です。この作戦は極秘裏で進められたものです。それが相手に漏洩していたとなれば、これは別働隊と本隊を孤立させたうえでの各個撃破を狙っている物かと」
『では、予定通り進軍するかね』

  そうしよう―――と思った彼の脳裏に、危険信号が点滅を始めた。プラントがこれを知っていたとして、自分らとは別の本隊をどう対処するつもりなのだろうか。
ザフトは強力な軍隊だが数に劣る為、戦力の分散は愚の骨頂であることは分かっている筈だ。であれば時間差を置いた各個撃破に出ざるを得ない。
こちらの優位性は変わらない筈なのだが、彼には言い知れぬ不安を感じつつある。前進すべきか、後退すべきか、1つの疑惑から判断にぶれが生じつつあった。
  ただし、第13艦隊と第15艦隊の任務はあくまで陽動であって、敵が喰いついてくれば戦いつつ後退して、時間稼ぎをすれば良いだけの話なのだ。
なればこそ作戦通りに行動し、文字通りの餌役としてザフトを引っ張り回すべきではないか。後の事は本隊に任せ、囮役の自分らがどうこう言う場合ではない。

「一先ずは前進し、敵との接触を図るべきでしょう。後は敵に悟られぬように戦いつつ後退すべきです」
『言うは易し‥‥‥分かり切ったことであるがね。兎に角、このまま進軍しよう』
「了解!」

そう言うと通信を切り、アンドロポフは偽電文について考え込み始めると、パトリチェフにも意見を求めた。

「どう思うかね、参謀」
「解せませんなぁ。もし、ザフトが早期に情報を得ていたとして、何故こうも博打を打つような手段を選ぶのでしょうか? 土壇場で知ったのであれば、それこそ苦し紛れの一手にすぎませんでしょうが、Nジャマーの散布時期といい、そのタイミングを見計らったような偽の命令文といい、用意周到なものだと考えますな」
「真意は分からず、か。嫌な予感がするな」
「閣下、敵は各個撃破するにしても移動距離があり過ぎます。片方を撃破しても、プラントを護り切れるとは思えません。やはり戦力を二分するしかないと考えます」

加えて今のプラントには、地球連合軍にコロニー近辺へ接近を許されたくはない心理的な事情がある。前の様に、ユニウスセブンが核攻撃の対象とされたのは記憶に新しく、その二の舞を踏まないようにする為には、必然的に本国より遥か手前での迎撃戦を展開する他なかったのだ。
  しかも、地球連合軍が二手に分かれて進軍中であることを鑑みれば、ザフトが片側の地球連合軍部隊に全力投球するのは、かえってリスクが高くつく。
無論、この分進合撃が悟られなければ全力投球したであろう。

「どの道、我らの優勢は変わりますまい。ザフトは戦力を二分したとして、本隊は改装を受けているのですからな」
「その改装も、何処まで当てになるかは不明だがな‥‥‥」

日本軍の技術を秘密裏に入手したことで、機関エネルギー変換率の上昇、航行時間の大幅な短縮、エネルギー兵器の向上、電磁防壁による防御性能の向上を果たした。
  だが、どう言ったところで急ごしらえに変わりはない。地球連合軍は、兵器製造メーカーに対して、改造艦ではなく新規建造艦を急ぎ発注している。
次世代型ともいえる戦闘艦の数々は、正規に建造過程の中へ新技術を導入させたものとなり、より強力な新生宇宙艦隊を構成することになるであろう。
加えてMSも加われば、プラントに対して圧倒的な優位性を誇れる。無論のことMSの開発は極秘裏である為、一般将校や将兵には隠されているものだった。

「兎も角、周囲の警戒を厳として続けよう、参謀―――」

  そう命じた途端、艦橋内部は悲鳴一色に染まる。発生元は索敵士官だったが、新人の彼が悲鳴するところの所以は考えずとも想像は容易であった。

「閣下、て、敵が、敵が‥‥‥!」
「慌てるな、敵は何処だ?」

パトリチェフは、慌てふためく索敵士官を宥めつつ肝心の敵の所在を訪ねた。その答えが返ってくるのと、事態の切迫した状況が明るみになるのは、ほぼ同時だった。

「目の前です!」
「っ!?」

索敵士官が前方を指さして声を上げた途端に、艦隊前方の一部が発光したのである。それは花火というにはほど遠く、人の命を散らした光の証であることを悟った。
悟った時には既に遅く、前方のNジャマーの濃い空間から放たれた殺意の光の束が、次々と地球連合軍に降りかかっていくのを、彼らは艦橋で目の当たりにする。
現在確認できるだけでも、ザフトの艦艇数は30余隻―――(10個部隊分)を数えており、MS主体の戦術を主とするザフトとは思えぬ戦い方であった。

「こんな目前に来ていたのに、第16艦隊は気づかなかったのか!」

  余りにも唐突な敵発見の報と、攻撃を受けたとの報をダブルで受け取ったことに、パトリチェフは索敵を疎かにしていた第16艦隊を批難した。
無理らしからぬことではある。Nジャマーが余りにも濃かったこと、ザフトが隠密に行動する為に慣性航行を行っていたこと、そして消灯状態で接近していたこと、何よりも第16艦隊の完全なる油断も相まって、これほどの距離になるまで気づかなかったのである。
  そして、小さな光球を作り出しているのは、第13艦隊ではなく先行していた第15艦隊であるが、その砲火の余波は第13艦隊にも降り注ぎつつあった。

『護衛艦〈ゾロトイ〉爆沈!』
『巡洋艦〈マンスーレ〉大破、戦闘不能の模様!』
『第31巡洋戦隊の損害甚大!』

  アンドロポフも状況を整理するのに数秒の時間を要したが、次々と入る損害報告を前にして考えるよりも命令を下すべきだとして、即座に行動に移した。

「応戦せよ!」

命令は簡潔を極めるものであったが、兎にも角にも反撃しなければ撃たれ放題のやられ放題になる―――いや、寧ろなりつつあると言った方がいいだろうか。
慌てた様子で、連合軍将兵らは火器管制システムを全てオープンにすると、正面から迫るザフトに狙いを定めようとする。
レーダーではなく光学測定に頼らざるを得ないとはいえ、彼らは一方的に殴りつけてくるザフトにしっぺ返しをすべく、全砲門を開き照準を定めようとした。
  だが、それにも問題があった。

「正面に第15艦隊がいて発砲不能、このままでは味方を巻き込みます!」
「くっ‥‥‥縦列陣が仇になったか!」

囮艦隊は、第15艦隊が先陣を切って進み、第13艦隊が後方にあって進軍していた。それが災いしてか、或は幸いしてか第13艦隊への被害を抑える事となった。

「敵艦隊、速度を僅かに落とすものの、我が方へ直進して突っ込む!」
「第15艦隊に肉薄し、そのまま我が艦隊へと潜り込む腹ですぞ」

  パトリチェフが警戒したが、アンドロポフも彼に全く同意見であった。つまりザフトは、濃密にしたNジャマーの空間を高速で突き進み、レーダーが効かず光学索敵に頼らざるを得ない囮艦隊の配置等を見抜いたうえで、効率的にそして即効性のある戦術で不意を突いてきたのだ。
これは第15艦隊の索敵不足が原因であったが、それを歎いても浅無き事である。寧ろアンドロポフは、ザフトの手練れた戦術に感服さえ覚えるものであった。
  そのザフトの襲撃を真向に受けてしまった第15艦隊では、感服する暇はない。突進してくるザフトの対応どころか、体制の立て直しですら危ういものだった。
集中的に放たれたビームの嵐が、第15艦隊の先頭集団に降り注ぎ、次から次へと被弾を許してしまっているのだ。

「撃て、撃ち返せ!」

  第15艦隊旗艦 改マゼラン級〈ツーロン〉で必死の艦隊維持に努めるヘボン少将であったが、反撃命令を下すにはあまりにも遅すぎ、不意を突かれた第15艦隊は完全に壊乱の淵に叩き込まれていた。

(何故だ、何故こんな事に‥‥‥!)

指揮官席で半ば腰を浮かしている態勢を気にする暇もなく、ヘボン自身もが混乱し、蹂躙されていく指揮下の艦艇を目の当たりにして、冷静な対応能力を失いかける。
その間にも、更なるビームが艦隊を襲い、僚艦をズタズタに引き裂いて宇宙の廃棄物へと変えゆく光景は、まさに悪夢そのものに思えた。
  ただし、土壇場の改修工事を施されただけあって以前ほどに脆くなかったのは、ある種の救いであったとも言えるだろう。
圧倒的不利な立場にあって、それが証明されても喜びも沸かないが。

「敵艦隊に食い込まれました!」
「第19護衛艦戦隊壊滅、先頭集団はバラバラになりつつあります!」
「間隔を広く取れ、このままでは同士討ちになる!」

  ザフトは止まることを知らぬ―――とでも言いたげな勢いで、第15艦隊の先方に食いつき、そこからすれ違いざまに零距離射撃を加えてくる。
対して第15艦隊は、応戦しようにも味方艦との距離が近すぎる事から、極めて消極的にならざるを得ない。もはや態勢は修復不可能なレベルに達していた。
突進するヴェサリウス級戦闘艦の前方集中投射の後に続き、ローラシア級護衛艦の左右への連続砲撃が、連合軍の艦艇を次々と沈黙せしめていったのである。
  雪崩を打つような勢いに成す術のない第15艦隊は、あっという間に旗艦〈ツーロン〉の目前にまで敵の接近を許し、それが否応にでも艦橋から確認できた。

「正面に敵ヴェサリウス級1、発砲!」

出会った途端に撃ち込まれる3本のビームだが、〈ツーロン〉に追加装備された電磁防壁の効力で辛うじて逸らされ、その艦体には傷一つ着かなかった。
それでも、至近距離から撃ち込まれたことによって電磁防壁の被弾経始圧が著しく低下しており、まだまだ改良の余地を残していることを証明していた。

「照準合わせ、一撃で仕留めろ!」

  〈ツーロン〉艦長 オルク・ガディッシュ大佐が砲撃を命じると、砲手が応じて艦首主砲2基4門の砲身を向け、碌に照準を定めぬまま発射ボタンを押した。
新しく換装された51pゴットフリート4門が火を噴き、目前に迫るナスカ級〈カプラ〉に突き立てらた。
ものの見事に、発射されたビームが艦中央部に穴を穿つことに成功する。途端に爆発四散する〈カプラ〉を見た砲手、ガディッシュ大佐らが歓喜の声を上げた。
この改良型ゴットフリートMk.72は、日本のフェーザー砲の技術を取り入れた事で、よりコンパクトにされただけでなく威力の向上に成功した新兵器である。
  ゴットフリートの貫通力の高さを実戦で証明したことすれ、残念ながら戦況の打開策に繋がることは無い。爆炎を上げる〈カプラ〉の後ろから新手が殺到したのだ。
黒煙の中から現れたローラシア級〈ネクラソフ〉は、歓喜に湧き上がった〈ツーロン〉に復讐の念を込めて一撃を叩き付けて来た。

「敵弾、来るッ!」

  オペレーターが悲鳴を上げた時には、〈ネクラソフ〉の砲身は発光し、そのまま〈ツーロン〉に鉄槌となって突き立てられていた。
超至近距離から放たれたビームは、臨界寸前であった〈ツーロン〉の電磁防壁の耐圧限界を突破してしまい、そのまま艦体装甲へ直撃を許し巨大な穴を穿っていく。
直撃を受けたことで、激しく揺さぶられる艦内は警告灯で真っ赤に染まる。曲がりなりにもマゼラン級は弩級戦艦であり、簡単に撃沈することは無かった。
ただし、それも当たり処が悪ければ話は別である。
  撃ち込まれたビームは、前部上甲板に2発命中して副砲1基を吹き飛ばした他、右舷中央にも2発命中し第三艦橋と対宙砲座を纏めて吹き飛ばしていた。
さらに悪いことは続き、2発のレールガン弾頭が第二艦橋へ吸い込まれていくと、そのまま艦橋装甲を撃ち抜いて内部をものの見事に吹き飛ばしたのである。
第一艦橋にも激震はダイレクトに伝わり、まるで直下型地震の如き揺れであった。

「右舷、対宙砲座5機大破。第1副砲損壊、使用不能!」
「第三予備艦橋、通信途絶!」
「第二艦橋に命中‥‥‥CIC、応答せず!」

幸いにもヘボンらが居る第一艦橋に、敵の攻撃が命中しなかったこそすれ、戦闘機能が集中する第二艦橋に命中弾を受けたのは手痛い損害だ。
外見上はまだ戦えても、戦う為の頭を破壊されては、戦闘艦は単なる棺桶でしかないからだ。
  ヘボン少将は、座席から衝撃で飛ばされそうになった身体を必死に固定していたが、もはや秩序の回復は望めず士気の維持どころか急降下が止まらなかった。

「空母は‥‥‥〈ジェロナ・グラ〉は!?」
「駄目です、艦載機の発艦が間に合いません!」

空母〈ジェロナ・グラ〉は、改良機メビウスUを緊急発進させようとしていたが間に合わず、発進直前に集中砲火の的となって火だるまと化していた。
発進させるには、あまりも遅すぎると共に距離が近すぎたのだ。30機余りのメビウスUと同等数のパイロット、そして乗り組員の殆どが戦わずして散って逝った。
  陣形はバラバラ、士気はズタズタ、プライドはボロボロ、踏んだり蹴ったり成すがままの第15艦隊は、まるで撃たぬ標的艦に成り下がっていた。
そして〈ツーロン〉は、戦闘能力を失った数十秒の後に、他のローラシア級に滅多打ちにされて沈黙し、ヘボンは脱出の暇さえ与えられず宇宙空間へ吸い出された。
あまりにも一方的な損害を被った地球連合軍と、その損害を与えたザフト迎撃部隊司令 ドズル・ザファリは、自身の熱気に包まれていた。

「撃ちまくれぇ! 奴らの軟な横腹を撃ち抜いて、息の根を止めてやれぇ!!」

逞しい身体は、軍人と言うよりもプロボクサーを思わせ、顔には戦傷の傷に彩られている。見るからに鬼の様な風貌のドズル・ザファリは、旗艦 ナスカ級〈ワルキューレ〉で、鬼神の如き形相で外の戦況を睨み付けつつ、もはや怒号としか聞こえない命令を発し続けていた。
ザファリは、この年40歳。ザフト内部でも手練れた部隊指揮官であり、勢いと破壊力において右に出る者はいないと評されるほどの人物である。
またMSよりも艦艇指揮官としての腕が高いのが特徴だった。
  今回の作戦もまた、彼の指揮能力と手腕に期待を掛けられた結果が出たと言えるもので、艦艇のみを纏めた突貫によって地球連合軍の意表を見事に突いた形となる。
そしてこの成功の要因の一つがザフトの入手した地球連合軍の侵攻作戦の内容のお蔭でもあった。でなければこの無謀極まりない作戦は成功していなかったと言える。

(アイツのよこしたデータ通り、敵は二分して進撃してきた‥‥‥いつもこれくらい信ぴょう性があると良いがな)

ザファリは無言のまま、その瞳に沈みゆく地球連合軍艦艇を焼き付けながらも、作戦実行前のひと悶着を思い出していた。





  それは、とある情報機関を通じて入手したと言う地球連合軍の作戦内容について、国防会議をもって精査し、それに基づく作戦立案を行った時の事だ。
作戦立案において、実行する指揮官を2人選出した。その1人がザファリである。作戦実行の責任者として任命されたザファリは、事務局に出頭し辞令を受けた。
国防委員長たるパトリック・ザラも同席する国防会議にて、今回の迎撃作戦が次々と明るみにされていくと同時に、その場に居る指揮官達の動揺の色は深まっていった。
ただ1人、自信を持ってして成功すると確信する者を覗いて―――。

「それは信じてよいものか?」
「どういう意味ですかな、ザファリ司令」

  国防会議に顔を並べた国防委員一同、並びにザフト幹部の面々のうちで険しい表情を作るのは、言うまでもないザファリその人である。
肩や涼しい表情で答えるのはエゴルト・ラウドルップ国防員だ。今回の作戦案に関して彼が寄与するところが大きく、ザファリとしては大きな不安を抱いていた。

「そのままの意味だ。敵は二手に分かれる、という情報は確かなものか? 我が軍の戦力を分散させるという、敵の欺瞞工作という可能性はあるまいか」

情報源の信憑性に安心しきれないザファリは、ザフトが不利な戦いを強いられるのではないかと危惧していた。
  彼の言うように、ザフトは二正面作戦を余儀なくされる。如何にMSの優位性を持つザフトとはいえども二正面作戦は分が悪いことに変わりはない。
物量に任せて地球連合に押し切られ、ザフト宇宙軍の大半が失われる可能性もあるのだ。よしんば情報の純度が高く、それに基づいて地球連合を迎撃するとしよう。
ザフトは、敵の出方が分かっていても兵力の劣勢は覆し難い。二正面作戦で迎え撃つか、或は早期なる行動を起こしたうえで、戦力を集中させた速攻戦をもって各個撃破をするか―――の二通りに分けられてしまうのだ。
  また地球連合も日本の軍事技術を導入し始め、それをさっそく既存兵力に反映させつつあるだけに、少なくないザフトや国防関係者が危惧を示している。
しかも地球連合軍の情報操作だとすれば事は厄介だ。ザフトの戦力を二分させて各個撃破するも良し、一方にザフトの注意力を向けてがら空きな後方を襲うもよし。
前門の虎、後門の狼と言った事態に陥ってしまうのだから、ザファリが冷静で居続けられる筈もなかった。
  加えて示された作戦とは次のようなものだった。

1つ、α部隊(MS214機並びに戦闘艦艇34隻)とβ部隊(MS160機並びに戦闘艦艇30隻)の2つの部隊を編成する。

1つ、α部隊を敵侵攻ルート上にある資源衛星ヤキンドゥーエに配備し待機。

1つ、β部隊は敵の囮部隊よりも早く出撃し、遥か手前でNジャマーを散布しつつ突撃する。

1つ、β部隊は艦隊の突撃によって突破した後、時間差を以てMSによる掃討戦に移る。

1つ、α部隊MS隊は敵本隊の通過を待ち、敵本隊の側面を突く。

1つ、α部隊艦艇部隊はヤキンドゥーエを高速で大きく迂回し、敵艦隊主力の後背を討つ。

―――以上が今回の迎撃作戦の内容だ。
  そしてα部隊を指揮するのはユン・ローが任命され、一方のβ部隊を指揮するのはドズル・ザファリが任命された次第である。
ユン・ローは、白服組の1人であり無論エリートコースを歩むコーディネイターだ。能力的には問題はない。
ラウドルップの情報が正しければ良いが、まかり間違って出し抜かれるようなことがあれば、プラントは直接攻撃に晒されるだろう。
  ザファリの危惧は深まるばかりであった。黒い髪を纏め上げた舞台俳優の如き青年委員は、威圧をものともせずザファリに切り返した。

「私の信頼する情報筋からのものです。信ぴょう性は疑う余地はありませんよ」
「ほぅ、国防員お抱えの情報機関は、よほど優秀なようだな」
「えぇ。貴方の様なゴリ押し部隊とは天と地の差がありましてね」

  軽い挑発を掛けたザファリは、浅はかな喧嘩を倍にして返されたことでザフト兵士としてのプライドを傷つけられた。

「何だとッ!? もう一辺言ってみろ、青二才!!」


その迫力は、並の人間なら一瞬で竦み上がるであろう威圧だった。ところが、ラウドルップは変わらず平然としており、騒然とする回りの視線を気にすることも無い。

「両者そこまでだ」
「ッ! も、申し訳ありません、委員長閣下」

  堪り兼ねたのはザラも同じである。これ以上に荒れた会議へ変貌させるのを止めるべく仲裁に入ると、ザファリは素直に引き下がる―――鋭い視線は、ラウドルップに向けていたが。

「今回の作戦は純度の高いものだ。私が保証する」
「閣下がそう仰るのであれば、異存はありません。全力で任務を全う致します」

ザファリが逞しい胸を逸らして宣言する。
だが彼らに託された任務は危険を伴うものであり、MSではなく艦艇戦に持つ込むのは非常にリスクが高い。
  何故ならば、ザフトより地球連合にこそ艦隊戦における一日の長があるのは、誰の眼にも明らかであるからだ。まして、数においては言わなずとも劣るザフトが、正面切って地球連合軍に砲雷撃戦など望むべくもなかった。
であるからこそ、ザフトは優位性を保つ為にMSを開発し、そして艦艇もMSがあるからこそ、存分に地球連合軍艦艇を相手に戦えると言うものである。
ところが今回に至っては、MSに先行させるのではなく、艦隊が先行して地球連合軍に打撃を与え、然る後にMSで殲滅するという逆パターンとなっているのだ。
  このような条件で、ザフト宇宙軍が艦隊戦により優位に事を運ぶ為には、短時間による短期決戦並びに敵艦隊の中枢を一挙に叩く以外に勝利の方法はない。
無論その点も、今回の作戦案に含まれている。地球連合相手に既に実証されたNジャマーをバラ履き、Nジャマーの雲に隠れながら一気に距離を詰めるのである。
また囮部隊を動揺させる為に偽電文を送ることも検討された。これは成功しても失敗しても構わないもので、囮部隊に隙を作れればそれで良い。
さらに地球連合は、ザフトがMS主体に戦闘を行うと踏んでいる筈である。
  今回は、それを逆手にとって、地球連合軍の得意とする戦闘スタイル―――即ち、艦隊決戦へとわざと持ち込むのだ。
Nジャマーで有視界に限定される中での速攻戦は、地球連合軍の不意を突くことができる。後は肉薄してすれ違いざまに敵艦船を沈めていくのである。

「だが、地球連合は日本からの技術を持ち込んでいると聞くぞ」
「確かに導入しています。故に、我がザフトも強化を急いでいるのですよ」
「何?」

強化とは一体何か。ザファリが困惑した表情を作ると、ラウドルップはそれを見て微笑を浮かべる。

「ザフトも地球連合と同様の力を手にするという事です」
「それも、ラウドルップ国防委員お抱えの成果という訳か」
「如何様に捉えて頂いても結構。兎に角、ザフトは地球連合と対等に渡り合えるという事ですよ」

それ以上は何も言わなかった。
  彼の言う事に誤りは無く、事実としてザフトは秘密裏に入手した新技術―――即ち、日本の軍事技術の一端を導入する方向で進んでいたのである。
これには無論のこと、兵器開発の最前に立つエザリア・ジュールも同意済みの話であった。
だが、彼女としてはあまり嬉しい話ではなく、寧ろ苦虫を噛み潰したように心境だ。当然と言えば当然の反応とも言えるもので、単なるナチュラルと同じ日本の軍事技術に頼る事になるのは、単独での技術発展では地球連合の発展スピードに対抗できないからだ。
つまり、彼女自身のある種のプライドを傷つけたものと同じことである。
  だが、彼女も子供ではない。秘密裏に入手された技術を目の当たりにして愕然としつつも、彼女はザフトの軍備強化に邁進することに全精神力を傾けていった。
入手した技術は、地球連合の入手した技術とは大差は無い。電磁防壁、核融合炉機関、フェーザー砲、慣性制御技術、ショックカノンに限られた話であった。
とはいえ、地球連合の技術者たちが驚いたように、プラントの技術者達も驚きを隠せなかった。
特に光化学兵器の開発に勤しんでいた兵器メーカーのマティウス・アーセナリー社にとって、日本が使用していた旧式フェーザー砲は宝庫とも言える代物である。
実弾兵器主流のMSに対して、ビーム兵器を持たせることに大きく貢献することとなるのだ。
  また、ザフトの兵器開発の一部で艦船関係を担うヴェルヌ設計局は、これらを導入した既存艦艇の急遽改装を実施し、新造艦艇の開発にも着手している。
現時点でザフト宇宙軍に存在する戦闘艦艇は、ナスカ級高速戦闘艦とローラシア級護衛艦の2種類に留まり、残りはフォック級輸送艦(MS用・物資用含め)のみだ。
MS戦主体であることを考えれば、ザフトは艦艇よりもMSの開発や増産に力を入れるべきであり、艦艇は二の次という性格が強く出ていたが、それを今改めている。
如何にMSが強力とは言えども、母艦である艦艇を沈められては元も子もないのは、大半が熟知している。
  そこで対艦戦でもっと優位に立つべく新艦種を企画することとなったのだ。当然のことながら、秘密裏に取得した日本の技術を導入するものであり、現段階においてヴェルヌ設計局の局員達は、早々と新造艦艇の設計を推し進めている。
  次の3種類が纏め挙げられている。

大型宇宙母艦(G案)
・全長:1200m
・武装:連装レールガン×8基
    :多目的VLS×多数
    :CIWS×多数
・MS:96機

機動戦闘艦(S案)
・全長:320m
・武装:大口径連装収束火線砲×4基
    :大口径連装レールガン×2基
    :対艦ミサイル×8門
    :連装機関砲×6基
   :CIWS×26機
・MS:4機

中型護衛艦(M案)
・全長:230m
・武装:中口径連装収束火線砲×3基
    :中口径連装レールガン×2基
    :多目的ミサイル発射管×8門
    :CIWS×10機
・MS:6機

地球連合軍の侵略に対抗すべく、移動可能な軍事拠点として計画中のG案を局員のセティア・ゴンドワナが、マゼラン級にも対抗しえる対艦戦闘能力を有した機動戦艦のS案をレリィン・サダラーンが、ナスカ級より小型且つ武装を多く搭載した中型艦艇のM案をラティック・ムサイが、それぞれ提出したものとなる。
勿論、ナスカ級とローラシア級、フォック級も改修される予定であり、強化されつつある地球連合軍艦艇に対抗できる余地は十分ある。
ただし、時間は掛かるのは当然であろうが。

「兎に角、地球連合とて技術を導入するのに時間が掛かります。応急的な追加処置のみで、まだ我々の戦闘艦でも対抗しえますよ」
「‥‥‥」

  言うは易し―――だが、ザファリは何も言わなかった。既に決定したことであり、既にザラが仲裁しているのだから反抗する訳にもいかないうえに、彼の顔に泥を塗るも同然だ。
後は、入手したと言う地球連合軍の侵攻ルートに応じて艦隊を進め、奇襲をかけるしかあるまい。地球連合主力に対しては、ユン・ローに任せておくしかないのだ。
艦隊での先手必勝は今のところ、ザフトに前例はない。MSでの戦闘が大前提であるが所以だ。敢えて艦隊戦で挑み、地球連合軍を叩きのめすのは簡単ではない。

(それとも、俺の様なコーディネイターは邪魔で、あわよくば戦死すればよいとでも思うている訳ではあるまいな、ラウドルップ?)

  そこでふと、彼はラウドルップの腹の下に隠された黒い事情を察した。ラウドルップは己が提案した作戦案を実行に移したとき、このMS運用とは真逆の方法で地球連合軍を屠ることが叶えば、その名声は現場指揮官のみならず先見性を以て立案した作戦提案者の彼に帰する者であろう。
ユン・ローのα部隊は敗北するとは思い難い一方、ザファリのβ部隊は勝利こそ約束されるだろう―――損害も無視しえぬだろうが。
  そこでの責任は誰に帰する者だろうか、と考えてしまう。作戦立案者のラウドルップは、この戦いでザフトが全体的の戦略に勝利をもぎ取れば強かな戦略家としての才能を広め、片や一戦局の失態は現場指揮官のザファリに帰するという構図になるだろう。
逆にその一局地戦で好戦果を上げれば、ザファリの名声は手に入ると同時に、その立案者であるラウドルップの名声をも高める事となる。
どう転んでもラウドルップの美味しい結果となるのだ。

(ふん‥‥‥ユニウスセブンの一件が、今後を大きく狂わせるかもしれんな)

  これも声には出さなかったが、ザファリはラウドルップがユニウスセブンで亡き者になっていれば良かった―――とさえ思っていた。
彼の裏に隠れた危険性に感づいていたからだ。かのラクス・クラインも同じように邪なものを抱え込んでると危惧していたが、ザファリも軍人であるこそすれラウドルップの言い知れぬ野心をひしひしと感じていた。
  しかし、ユニウスセブンを救ったのは紛れもない日本軍だ。失敗すれば良かったと思いたい反面、それはザラに死刑宣告を言い渡されるも同然だと知っている。
それは彼の妻もまたユニウスセブンに居たからだ。失敗すればよいというのは、即ちレノア・ザラをも巻き込んでも良い、ということに捉えられてしまうのだ。
無論彼に止まらず、犠牲となったプラント市民の遺族全員からも、怒りや反感を買うことは間違いない。
1人の野心家の為に大勢の市民を生贄にできる程、ザファリの精神的屋台骨は頑丈ではないのだ。
  皮肉な話である。日本軍が多くの市民を助け出そうとした行為が、1人の野心家を生み出して世界を破滅へと導くかもしれないのだ。
だが、それを誰が責められようか。大勢の命を救おうとした日本宇宙軍にそこまでの預言者はあらず、誰だって命を救いたいが為に行動するものなのだ。
命を救う為の行動を、軽々しく批難できるだろうか? ましてプラントにとって、この『血のバレンタイン事件』で日本宇宙軍は恩人に等しい存在だ。
多くの家族関係者からも、今なお感謝の念が堪えないのが実情である。

(どっちに転ぶかは、俺には分からん。ザラ委員長は、どうお考えなのか)

委員長席で沈黙を保つザラに、無言の問いかけを送り続けるザファリ。彼の疑問を他所に、防衛会議は淡々と進み続けていったのである。
  この防衛会議の後に、ザラはラウドルップを自分の執務室へと呼びつけていた。それはラウドルップが入手したと言う情報源の真意について、改めて確認する為だ。
既に決まった作戦案を無下にするつもりは到底ないが、ザフトの指揮官達の大半が不安を抱いたまま、唯々諾々と従っていたことを鑑みて念を押しに掛かったのだ。
ザラでさえも、ラウドルップの情報源については未知の部分が多いもので、本人はひたすら「信頼できる情報源です」との一点張りであった。
その言葉に偽りは無いだろう。

「ラウドルップ。君が入手した情報、純度は高いもので確かだろうな」
「今さら何を仰いますか、国防委員長閣下。私はプラントに忠誠を志、勝利の為に情報を入手しておりますが‥‥‥我が忠誠心をお疑いになられると?」
「君の忠誠を疑うことはない。だが、それと情報の信ぴょう性は別問題だ。現にザファリら指揮官達の多くは、命令には従うが内心では不安しかないだろう。まして、ここまで事細かな作戦配置まで可能とするほどの詳細な機密情報を手にしたとなれば、逆に不安にもなろう」
「御心配には及びません。私めもプラントを勝利へと導く所存」
「‥‥‥期待しているぞ」

  急進派の筆頭とされるザラでさえも、目の前に立つ俳優じみたラウドルップの真意を見抜くことは出来なかったのである。
いや、心奥底では危険分子の類であろうことは、それなりに推測できたのだ。そんな危険性を孕んでいたとしても、ラウドルップの行おうとしているのは、間違いなくプラントの繁栄と勝利の道を開拓する為のものだという確信が、懐疑的真理を上回っていた。
ザフトは、その木こりの役目を果たしているのだ。
  ザラとてナチュラルが憎いのは当然であり、一歩間違えればユニウスセブンの一件で妻は亡骸へと変わっていた可能性があったものである。
コーディネイターの台頭を目指して邁進するプラントだが、もしかすれば、予測もせぬ危機を招く可能性もあるやもしれぬ。
  1人になった執務室で深く考え込むザラであったが、敬愛する国防委員長の執務室を退室したラウドルップはといえば、端正な顔立ちを変えぬままに心奥底でザラの態度に対して、冷めた物を感じていた。

(ザラ委員長も、所詮はこの程度のコーディネイターか。憎しみ、怒りが歴史を突き動かす動力源となるものだが、あの人にはそれがまだ足りぬ)

無論、ザラにもナチュラル憎しの心は、誰にも引けを取らないものを持っているが、どうにも最近は遠慮しているような節が見受けられている。
その原因が何であるのか、ラウドルップは既に分かっていた。ユニウスセブンで生き残った、妻レノア・ザラの存在があるからだと看破しているのだ。
皮肉なことに、妻を失わずに済んだことが、完全なる憎しみと暴走に歯止めを掛けている。もし妻を失っていれば、ザラは遠慮するところは無かったであろう。
失うものが無くなれば、後は復讐のために邁進してどんな犠牲をも厭わなくなる筈だ。
  そこで余計な事をしてくれたのが、日本という存在である。日本の介入が事あるごとに影響を与え、ザラの強硬的な姿勢にややブレーキを掛けている。
これもまた皮肉な話だが、こうしてラウドルップが生きているのも日本が介入してくれたお蔭でもあった。

(その点、私の命を救ってくれたことには感謝するが、いずれ中立連盟―――日本も邪魔になる。私がコーディネイターを導かねばならんだろう)

細く微笑むラウドルップは、己が真の指導者たるコーディネイターとして強く意識していた。

「何やらと、ラウドルップ国防委員はご機嫌麗しい様子で」
「ほぅ‥‥‥ここで、英雄に出くわすとは珍しいこともあるようだ」

  ふと声を掛けられたラウドルップは立ち止まり声の主に視線を向ける。そこにはネヴュラ勲章を賜った、ザフトの若き英雄ラウ・ル・クルーゼの姿があった。
ただし服装は、以前のエリートを示す赤服ではなく、艦艇指揮官並びに副官級であることを示す黒服を纏っていた。
彼は以前の戦闘における功績を受け、昇格していたのである。現在は功績を認められたことから、ローラシア級護衛艦〈カルバーニ〉の艦長を拝命している。
〈カルバーニ〉の指揮は勿論のこと、指揮下にはMS隊6機を指揮下に置いていた。
  クルーゼは、艦長を拝命して間もなく今回の迎撃作戦に出陣することが決まっていた。彼はα部隊配属となり、地球連合軍主力部隊相手に戦うこととなっている。
パイロットとしての腕は誰もが認める一方で、艦艇指揮官の腕は未知数のところが多い―――と、同僚やライバル視する面々から言われていた。
それはクルーゼの気にすることではない。

「君も今回の戦いで出撃するのだろう? 期待しているよ、プラントの英雄」
「嬉しい限りですが、今回の出兵はやや腑に落ちないところもありましてね」

  仮面の下にある表情を読み取ることは出来ないが、ラウドルップには言わんとすることが理解できた。

「君も情報の出所を疑うのだね」
「いえ。寧ろ純度の高い情報を入手したことに高い関心を持ちますよ」
「皮肉かな?」
「とんでもありません。我がザフトを勝利に導く多大なる功績であると信じております」
「ふむ‥‥‥」

恭しく頭を下げるクルーゼに対して、ラウドルップは決して優越感に浸れることは無かった。英雄として奉り上げていたのは他ならぬラウドルップ本人ではあるが、この表情の読み取れぬ仮面の英雄を賛美のみ留める程に甘いことは考えてはいないのである。
この男からは危険な匂いがする。自分自身が危険分子ともいえる存在である事を棚に上げてまで、クルーゼを注視していた。無論、表面には出さなかったが。

「情報局以上の入手方法、是非ともお伺いしたいものだと思った次第です」
「情報局のみが情報源ではない、とでも言っておこうか」
「‥‥‥成程。人脈がものを言う、という訳ですな」

  それだけ言うと、クルーゼは再び恭しい一礼をした後にラウドルップの元を離れていった。互いに危険を孕む匂いを嗅ぎ取ってはいたが、敢えて無反応を貫き通す。
危険だが利用価値はあるだろう。自分は利用されない、上手く使いこなした後は都合をつけて処理すればいい。どこの時代も、必ずそうやって自分が利用できると思い込むものだ。
―――そして視点は現在に戻る。





  囮部隊が壊滅的打撃を受ける中、後方に位置して先制攻撃を免れた第13艦隊にもじわじわと矛先が向けられつつあった。
ザファリのβ部隊による苛烈な砲撃は、第15艦隊を貫通して第13艦隊に及ぼうという勢いであり、旗艦〈ブランデンブルグ〉からもその様子がはっきり見てとれた。
しかし、第13艦隊が支援するには距離が近く、残存する第15艦隊の艦艇群に命中してしまう恐れがある。
  となると、アンドロポフ少将にできる事は限られてしまう。このまま味方事巻き添えにしてザフトを一挙に叩き全滅させるか、或は後退して距離を取りつつ凹型陣に組み直し突出してくるザフト艦を袋叩きにする。
もし彼に非情さがあれば、前者の方法を選ぶべきであったろう。瀕死の味方を救うよりも、自艦隊の損耗を抑える事が重要であれば、尚更の事であっただろう。
  だが彼には味方事撃って敵を葬り去る意思はなく、後者のより安全な選択を選んだ。

「全艦、後退しつつウィング隊形に移行、突出してくるザフトを狙い撃て!」
「第15艦隊の被害甚大!」
「ヘボン少将、戦死の模様!」

次々と入る悪い報告に奥歯を噛みしめるアンドロポフ。残念だが、下手に発砲できない状況下にあって、今は迅速な陣形変更を成し得るのが先決である。
決して見殺しにはしたくは無いという苦渋の決断でもあるのだが、寧ろ彼は味方を犠牲にするべきであったと他者なら後悔するだろう。
  突出して来たザフト艦は、そのまま突撃してくるかと思いきや違う行動を取って来たのだ。

「ッ! 敵艦、下方へ急速転舵!」
「何、下方へ転舵だと?」

相手の急な方向変換に戸惑うアンドロポフ。このまま突撃する腹では無いと言うのか? それならそれで良し。こちらも後退しつつ艦首を下方へ転舵して、降下中のザフトに対し、斜め上方から集中射撃を加えてやるまでの話になるのだが、果たして真意は何処にあるのだろうかと疑う。
  何はともあれ、迎撃の新たな指示を下さねばならない。躊躇いは取り返しのつかない事態を招きかねないからだ。

「敵が腹から狙うのは目に見えている。両翼に展開する部隊はそのままに、中央の部隊は艦首を下方50度に転舵。潜り込んでくるザフト艦を叩く!」

第13艦隊は、アンドロポフの命令を受けて迅速な行動を示す。両翼部隊は、第15艦隊を突破し直進するかもしれないザフト艦に警戒し、旗艦〈ブランデンブルグ〉を中心とする中央部隊は、下方に艦首を向けて腹側から突撃してくるであろうザフト艦に対応した。

「しかし、解せませんなこれは」

  ザフトは第15艦隊を半壊させるという戦果を上げ、優位に立っていたのだが、それを自分から無為にするとは解せない、とパトリチェフは訝し気になる。
何かしらの意図があっての事だと指摘するが、それが具現化するのに時間は必要なかった。
  熱源が突然増えて来たのを、オペレーターが察知したのだ。艦艇ではない、小型の熱源反応が次々と増えていく為、これは疑いようもなくMSであることを知る。

「敵艦からMS射出!」
「こ、この距離で射出‥‥‥だと!?」

オペレーターの報告に、パトリチェフは驚愕した。普通なら、MSにしろMAにしろ、もっと離れたところで射出して然るべきで、常識だと考えていたからだ。
目の前で射出しようものなら、艦ごと撃沈される危険性が高い。いや、その様な固定的戦闘術への概念が自分らの足元を掬っているのではないか。
この艦隊戦に持ち込む手腕と言い、この近距離での誤射を恐れる事を予期してのMS射出といい、並ならぬ戦術家がいるのではないかと思ってしまう。
  このまま陣形の変更を待っていては、それこそ相手の思う壺だ。そう直感してアンドロポフは心を鬼にし、砲撃命令を下したのだが、その頃には全てが遅かった。

「敵MS肉薄!」
「全艦、弾幕を張れぇ!」

火線を集中させるが、それよりも早く突撃してきたMSは、第13艦隊に狙いを定めた。そして、目についた艦艇から次々と実弾を送り込んでいったのだ。
陣形変換途中だった第13艦隊の先方に突き刺さり、巡洋艦〈ペルル〉が最初の餌食となる。艦首に被弾し、艦内の魚雷にまで被害が及ぶ。
続けて数発もの敵弾がさく裂し、被弾に耐え兼ねた〈ペルル〉が轟沈する。
  これを皮切りにβ部隊は、第15艦隊の艦列を突破した艦から次々にMSを射出していき、第13艦隊へと送り込んで行ったのだ。
パイロット達も、このまま艦ごと撃沈されるのではないかと冷や冷やしていたが、いよいよ出陣となり鬱憤を晴らさんが如く飛び込んで行くのである。

「MS隊、敵艦隊に到達。戦果を上げている模様」
「後続艦も順次射出中」
「‥‥‥着いて来ているのはどれくらいか?」

順次作戦通りに動く味方艦艇を見守るザファリは、ぬか喜びをすることも無く友軍艦艇の損害に気を配った。

「ハッ。ナスカ級10、ローラシア級18。内、大破2、中破4、小破3です」
「2隻失ったか‥‥‥」

数の少ないザフトにとって、数隻を失うだけでも決して軽くない戦力損失である。意表を突いた戦術が功を奏したが、損傷した艦艇も少なくない。
  これが現実である。もしも地球連合が万全な体制にあって待ち構えていたとしたら、寧ろザフトの方が多大な損失を出していたに違いない。
そう思うとゾッとするザファリ。それにここまでは順調に来ているが、最後まで気は抜けないのだ。
第13艦隊にも喰いつつあるが、この艦隊はβ部隊の突出を予期して迅速な陣形変換をしていた部隊だ。

「このまま艦首を上方に転舵、敵艦隊の下腹を食い破るぞ。全艦、我に続け!」

旗艦〈ワルキューレ〉艦橋で、声を張り上げるザファリに鼓舞されるザフト兵は、一挙に第13艦隊へと針路を取り直して突き進んでいく。
半円を描く形で第13艦隊の下方から食らいつくβ部隊に対して、アンドロポフも戦闘継続を断念せざるを得ないと判断し、早期撤退を指示していた。
ただし、容易ならざるものであり、前方からはMSが襲い掛かりつつも、下方からはザフト艦がサメの如く襲い来る状況なのだ。これで撤退は至難の業と言えよう。
  だが、やらねば損害は増すばかりで全滅は免れ得ない。第13艦隊は辛うじて戦列を維持しながらも後退を開始した。

「敵艦隊の針路前方にミサイルをばら撒け! 当たらんでもいい、兎に角も進行速度を鈍らせればいいんだ!」
「伏角50度に向けて、対艦ミサイル全弾発射!」

魚雷、対艦ミサイルの群れが宇宙空間を飛び出し、当てのない空間へ向かって突進していく。

「中央部隊は艦首を0度に戻せ」
「それでは、腹を食い破られる危険性が―――!」
「耐え時だ。これ以外に艦隊を救う手立てはない」

複数の艦橋オペレーターが不安げな表情を作るが、危機的状況にあって生還するためにはこれしかないと強く言い張った。
この狙いの定まらないミサイル群を放つことで、移動中のザフト宇宙軍β部隊は進行速度を鈍らせる他なかった。
  これには、ザファリも対応に迫られた。

「敵ミサイル群多数接近!」
「回避しつつ、対空火器で迎撃せよ!」

ホーミング性が無いとはいえども、まぐれ当たりも有り得るのだ。中には自動的に自爆するものもあり、それが尚更に速度を鈍らせるには十分となる。
直撃コースを避けつつも、レールガンやガトリングでミサイル群を叩き落とすことに必死になるザフト艦艇。ガトリングやレールガンを使い撃ち落していく。
  この迎撃行動の一瞬が決め手となり、それをアンドロポフは決して見逃さなかった。敵の進行が鈍ったら、後にやることは決まっている。

「今だ、全艦全速前進!」
「機関最大戦速!」

第13艦隊の全艦艇がエンジンノズルを最大限に吹かして、その宙域から瞬く間に離れ行く。MS兵士達も急激な加速には追いつけずに戸惑っていた。
如何にMSとは言えども、艦艇の機関出力の大きさや最大速度の差では到底敵う訳もない。艦船が低速でいてこそ、MSも優位に戦闘を運ぶことが出来よう。
  これを見て驚いたのはザファリの方だ。彼自身も、このミサイル飽和攻撃で怯んだのを見計らい、急速反転離脱を狙っていたと予想していたのだがまるで違う。
退くどころか、逆に前進を掛けていくのだ。つまりこれは、自身の損害をものともせずに、プラント本国へ迫ろうと言う魂胆ではないだろうか。
しかも、β部隊の進行方向に対して、第13艦隊は反対方向へ向かうこととなる。β部隊もまた急激な方向転換を余儀なくされ、加速し直さなくてはならないのだ。
  彼の心内に警鈴が鳴り響いた。大勢を犠牲にしてまで突っ込むとなれば末恐ろしい。本国にも一応の守備部隊がいるが、また核兵器を発射されたら?
やはり、ラウドルップからの情報を過信すべきではなかったのではないか。いや、あまりも追い詰めすぎた結果、自暴自棄になってしまったのかもしれない。
  ところが、ザファリの予想とはまた斜め上の方向に展開していた。それをモニターで見ていたザファリは理解し、第13艦隊のアンドロポフに感服した。

「成程、友軍艦と合流するつもりか」

そうだ。第13艦隊はMSの猛威を払いながら全速で進み、前方宙域でバラバラになっていた第15艦隊残存艦との合流を目指していたのである。
β部隊の突撃を受けて混乱していた第15艦隊のいる宙域に到着する頃には、艦隊の惨状は目に見えて明らかとなり、アンドロポフもショックを隠せない。

「第15艦隊の残存艦は、これだけか?」
「残念ながら‥‥‥」

この時点で、第15艦隊の残存艦は弩級戦艦1隻、戦艦4隻、巡洋艦3隻、護衛艦5隻の計13隻に過ぎず、第13艦隊の残存艦は空母1隻、弩級戦艦2隻、戦艦5隻、巡洋艦7隻、護衛艦15隻の計29隻だった。
双方が合流して総計42隻となるが、もはや損害は大きすぎた。真面にザフトとやり合えるようなコンディションとも言えないうえ、士気も最低の状態にある。
後退するにしても、このまま馬鹿正直に反転して戻ろうとすれば、ザフトが真正面で待ち受ける形となる。
  となれば、時間は掛かるが安全に撤退する方法を取るしかない。これ以上の損害を抑える為にも、アンドロポフは全将兵に対して撤退を強く命じた。

「全艦艇に告ぐ、こちらは〈ブランデンブルグ〉のアンドロポフ少将だ。わが部隊の任務は達成されたと判断する。よって、即座に現戦闘宙域より離脱する!」

任務は達成されたのだ。これ以上の損害を増やす訳にはいかないアンドロポフは、戦死したヘボンに変わり指揮権を引き継いで離脱を指示していく。

「第13艦隊はウィング隊形を維持したまま第15艦隊残存艦の後方を守備。このまま時計方向へ針路を変えつつポイントL3へ帰投する。いいか、くれぐれも反転して反撃しようなど馬鹿なことは考えるな、生きて帰ることを優先しろ!」

本来の目的は、ザフトの戦力を引きつけて分散させるのが狙いであるからして、任務は十分に達したも同然であろう。
後の事は本隊がすべきものであり、第13艦隊と第15艦隊は即座に撤退して本来の拠点であるアルテミス要塞に帰還しなければならない。
もしこの2個艦隊が消滅してしまえば、ポイントL3は文字通り無防備となってしまう。要塞だけあっても機動戦力が無いと何ら意味は成さないのである。
  厳命を下した後、地球連合軍艦隊は速度を落とすことなく全速で戦闘宙域を離脱していったが、その様子をザファリは追撃もせずに静かに見送っていた。

「友軍を見捨てることなく撤退しおったわ。地球連合には珍しい指揮官が居ると見える」
「如何なさいますか、司令」
「どうもこうもあるまい。我々もMSを収容し、友軍将兵の救助並びに敵軍将兵の救助を行え。それが終了次第、本国へ帰還する」
「ハッ!」

兎にも角にも地球連合軍囮部隊を退けたのだ。これで自分が失敗の責任を取らされることはあるまいが、問題なのは地球連合軍主力部隊と対峙するα部隊の方である。
遅れをとることは無いだろうと思いつつ、やはり不安を隠せないザファリであった。




〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人でございます。ようやく書き上げましたが、強引ともいえる展開となってしまいました。
地球連合も2個艦隊程度でプラントを落とせると考えていたのかな、と色々と試行錯誤した結果として、戦力を二分しての挟撃戦を勝手に妄想しました。
因みに今回出したキャラで参考にしたのは・・・。

ドズル・ザファリ ⇒ ドズル・ザビ(機動戦士ガンダム:ジオン宇宙軍司令)

今後も他作品からお借りすることが多くなると思います。

また、私的な話ですが『ヤマト2202』見ました。大戦艦ことカラクルム級の圧倒的存在感、アンドロメダの禍々しいまでの存在感と拡散波動砲の迫力のアップ、無双する金剛改型〈ゆうなぎ〉・・・・・・他にも色々とありますが総合的に良かったと思います。



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