世界は現在もなお、確証されぬ偽りの平和を続けている。地球連合とプラントの大規模な戦闘も無い現状は、開戦前後の騒々しさが嘘のような静けさだった。
だが嵐も着々と差し迫っているのは事実であり、それこそ嵐の前の静けさと言うものであろう。
そんな中で、世界規模で1つの国際条約が締結されようとしていた。事の発端はマルキオ導師と呼ばれる盲目の元宗教家である。
オーブ連合首長国の一角に存在するマーシャル諸島に住まうこの導師は、常々に“遺伝子操作による優劣とは関係のない、人と世界が融和しうる認識力の変革”と説いており、その地味なれども続けられる訴えに賛同する者達も増えてきている。
  とりわけ中立国関係の人々からの支持が厚いもので、地球連合とプラント内部にも、少しづつではあるが賛同者が現れ始めていた。
そして、世界でも有数の人格者として着目されるマルキオ導師の発言力も並ならぬものがあり、世界各国とのチャンネルも幾つか保有している。
このチャンネルを通じて、彼は大戦勃発直後から次の様に訴え掛けたのだ。

「ジャンク屋の存在を公式的な組織として国際に明記し、彼らの活動と生命を守る必要性があると打診します」

ジャンク屋――先日に日本宇宙軍 第2艦隊が遭遇した〈ホーム〉と呼ばれた一党の事も指す。日常品や武器などを問わず廃棄された物を回収する団体だ。
彼らは明確な組織体系を持たない個人事業の面々であり、宇宙に点在するデブリを回収してから修理と販売も兼ねて生活を営んでいる。
  ところが、法律上で定められた正式な仕事ではない事から危険に遭う確率も高く、被害を受けたとしても法律で保障してくれる事は何もなかった。
まして地球連合とプラントの戦争が勃発して以降、ジャンク屋を営む団体は戦火に巻き込まれるケースが相次いで発生しており、開戦から1ヶ月半が経過した時点で6件ものジャンク屋の作業船撃沈が確認されており、精密に調査すればまだまだ被害に遭ったジャンク屋はいるのではないかとされている。
加えて戦争と言うデブリを生み出す母体が存在しえてからというもの、当然の事ながら宇宙には兵器の残骸が多数出現することとなり、宇宙航海の障害となった。
  これらの問題を解決すべく、マルキオ導師は各国政府のチャンネルを通じて説伏せに掛かっていったのだ。元々から人格者としての評価が高かった故に、大部分の国家ではマルキオ導師の打診と説得に応じる姿勢を見せており、打診から僅か1ヶ月後にして有識者も参加しての検討が開始された。
ジャンク屋を合法的な組織へと組み立てるべく様々な案を検討しあったのだ。
  そしていざ取り組むと、ジャンク屋を組織として成り立たせるには多くの問題が当然の如く立ち塞がった。何せ兵器関連の回収も含まれるからして、各国の軍関係者が素直に「YES」と賛同する訳も無いのだが、彼らの上層部たる政府が賛同することに意向を示した以上は、それに逆らう訳にもいかなかったが。
何処で妥協すべきかと夜通しで案を纏める地球連合各国の有識者達であったが、一方で賛同しかねる国家も存在していた。

「その提案を鵜呑みにすることは避けたい」

  国際中立連盟の中心国である日本が、その代表例と言っても過言ではなかった。実際にこの案件が日本の基に届いたのは、開戦から約2ヶ月半後の5月2日頃だ。
折しもプラントとの3月会談が一段落した後だったが、そこへ新たにジャンク屋組合設立の協力要請が中立連盟国であるオーブ連合首長国から届いたのだった。
これに対して日本行政府は、民間の武器取り扱いには非情に難儀を示していた。
  取り分け拒絶反応を強く示したのは、軍のトップたる芹沢軍務局長だ。

「民間業者が廃棄品の武器を手にするなど危険も大きい。彼らを経由して、何処にリサイクルされた武器が流れ込むか、分かったものではない」

彼は日本国内の安全のみならず、同盟国である中立連盟参加国の安全を守る事が難しいと指摘し、この意見には首脳部の面々の多くが賛同したのだ。
よって政府上層部の大半はジャンク屋の武器取り扱いに対し、揃って難色を示していたのだった。
  元々から日本という国は、国民間で武器を保有することは違法とされており、それは今現在もなお同様だった。言わゆる銃刀法違反というものである。
国内にて個人で武器を保有することを固く禁じてきた国であるからこそ、この拒否反応が出てしまうのも当然と言えた。

「藤堂長官、マルキオ導師とやらの提案は、テロリストを生む温床と成り得ますぞ。ここは妥協すべきではないと考えます」
「同感ですな。彼らジャンク屋は廃品回収のみならず、修理と販売も行っているそうではないですか。テロリストどもの武器流通と成り得ます」

曾根崎 経済産業相と郡山 危機管理監の2人も口を揃えてジャンク屋組織化には反対の意を示している。他にも川之内 法務相、馬見 農林水産相らも同意していた。
  閣僚の多くが反対意見を出す中で一定の理解と再考を望む者も幾人か存在している。その代表格が海原 官房長官だった。

「危惧する気持ちは分るが、マルキオ導師も、その欠点を見抜いていて当然ではないだろうか?」
「確かに。この提案書の議題の中には、武器の扱いについても含まれている。これを無視して、無暗に組織化はしますまい」

続いて竹上 総務相が肯定的な考えを示している。マルキオの提出した議題と案件には、武器を回収した際の対応も含まれてはいたのだ。
もしもジャンク屋がデブリ群や戦線跡で武器を回収した場合、その武器は元の国家に帰することは無く、取り扱いは改修したジャンク屋に帰するものとなる。
だがこれでは、ジャンク屋の中に兵器としてリサイクル生産して民間――を装ったテロリスト(ブルーコスモスは躊躇な警戒対象だ)に販売される危険もある。
  そこでマルキオは、回収した武器は基本的にジャンク屋が取り扱うこととするが、武器として修理しせず完全な鉄屑にすべしと明記はしていた。
鉄屑にして純粋な宇宙船・ステーションの材料として使わせつつ、肝心のジャンク屋自身における防衛能力も持たせなければならない故、回収した武器はジャンク屋そのものが専守防衛にのみ使うことを大前提にして、リサイクル使用を認めさせるというものだった。

「公式な組織体ではなかったジャンク屋に、その様な法律を護れるとは俄かに信じがたいですね」

  にべもなく切り捨てたのは川之内だった。まるで法律が服を着て歩いているかの如く融通の利かない、このエリート官僚はマルキオの提案は夢のまた夢だと言う。
残念ながらそう思うのは彼のみならず、先ほどの芹沢なども同調する姿勢だった。所詮は個人事業者の寄せ集めでしかない、と無下に言って反対を示している。

「だが、事実として宇宙空間に数多くのデブリが点在している。これの回収には多大な費用と時間を費やさねばならない。その点、ジャンク屋に任せるのであれば、我々が必死に回収する必要もないではないか」
「まして戦争中だ。デブリ回収中に巻き込まれてしまっては元も子もない。であれば、ジャンク屋が公式の独立組織として公認された方が動きやすかろう」
「かもしれん。だが独立組織とはいえ、それを監視する必要性もあるだろう。裏で何をしでかすか分からんぞ」
「監視といっても、どうやって? ジャンク屋は非公式集団かつ、大小様々な規模で点在する。合法化されるからといってその全てを取り締まるのは大変だ」

そうだ。ジャンク屋は自称の様なもので、登録されていない集団であるだけに数は膨大と言っても過言ではない。それも全世界規模でジャンク屋は存在するのだ。
たかだか10組や20組という話ではない。100は軽く凌駕するほどのジャンク屋が、宇宙空間にあちらこちらと分散しているのは間違いなかった。
それを一括した公認組織へとするにしても、各国が取り締まるのは非常に難しい話である。まして戦争状態で余分な気苦労も負いたくないし、新たな火種を呼び込みたくもないのが世界各国に存在する首脳部の考えであり、ここはジャンク屋そのものを信用して任せるしかないのではないか。
  ジャンク屋はこれまでも、確かに武器も含めた廃棄品を回収して修理し、正式登録されている民間企業又は同業者間で転売してきた経緯はある。
目的は自衛手段という名目で買い求める事がもっぱらのことで、取り分け惑星間輸送・開発企業関連などはリサイクルされた兵器を購入することで、正規品よりも安い価格で取り揃える等のコストダウンを図りつつ、自分らの身を自分で守るという試みを細々と続けていた。
  また兵器の中で、個人携帯する拳銃や機関銃、ライフル、といった兵器の取り扱いは少なく、どちらかといえば艦船や航空機といった兵器の取り扱いが多い。
理由は至極簡単で、広大な宇宙空間(地上もだが)で拳銃サイズの武器を回収すること事態が難しい話であり、どうしても大きな艦船・航空機が主流となるのだ。
ましてジャンク屋側もテロ活動をするような団体に、利益重視で販売するつもりはサラサラない。それこそ各国に睨まれること必須だからだ。

「俺達ジャンク屋は、悪魔に魂を打ってまでボロ儲けをしたい訳じゃない。それくらいの事は選別しているさ」

とは先日に遭遇した〈ホーム〉のリーダーであるロウ・ギュールの言うところである。色々と理由はあれど、ジャンク屋になった事業者達にもポリシーはあるのだ。
  そしてジャンク屋の被害件数が増え始めている今、主なリサイクル兵器の転売先はやはり民間企業や同業者だが、此処で中立コロニー群も混ざり込んでいた。
この中立コロニー群が設営されている宙域というのが、地球と月を中心にして存在するラグランジュポイントと呼ばれる、安定した軌道を描ける宙域だ。
このラグランジュポイントに多数のコロニー群が団塊として漂っているのだが、まずポイントL1〜L5まであり、地球と月の間をL1こと第1宙域と呼ぶ。
その月を挟んで反対側をL2こと第2宙域、またポイントL1と地球を挟んで反対側にあるポイントL3こと第5宙域、ポイントL1を起点に左右(天頂方向から見たと仮定して)それぞれにポイントL4こと第4宙域、ポイントL5こと第3宙域、という配置になっていた。
  そもそも、これらラグランジュポイントに点在するコロニー群は、いつ頃から建造が始まったのかというとC.E暦30年代からの建設ラッシュである。
コロニー建設は全てのポイントで行われたが、その中に各国の管理下にあるコロニーがあれば、完全なる中立として建造されたコロニー等も混ざっている。
建設ラッシュが特に激しかったのが、言うまでもないプラントのコロニーであり、全てで120基という途方もない規模のコロニーが並んでいる。
その他の宙域では、プラント程の建設数は無かったものの、約60基づつで平均人口は約3000万人という規模で集団化され、各群が纏まり自治政府を構成する。
無論その宙域に存在するコロニー群が全て纏まっているとは限らず、連合国や中立国が建設したコロニーも数多存在するものの、国以外の中立コロニー群が大半だ。
  これら中立コロニーが各宙域に存在することとなった一方で、当然のことながら中立を表明したコロニー群は、自身を護る術を身に付けなくてはならない。
まして逃げ場のない密閉されたコロニーの外には宇宙空間が広がっており、もしも敵勢力に襲われたりでもすれば民間人は瞬く間に犠牲になってしまう。

「我々もまた、自身を守る必要がある」
「必要最低限度の武力を必要と認める」

  各コロニー政府の指導者達は、ほぼ意見を一致させると、直ぐに自衛組織を編成する事となったのだが、ここでもまた問題が浮上してきた。
コロニー群は貿易による収益が主流にならざるを得ず、無資源な彼らには真面な戦力の増産能力は無かったのだ。できても真面な艦隊と呼べる代物には程遠い。
彼らにとって最大の戦力は精々が護衛艦クラスであって、他は砲艦や機動兵器といった補助レベルのものしか取り揃えられていないのである。
加えて殆どが旧国連時代に生産された旧式艦艇ばかりで、払い下げられた中古艦を買い集めたり、部品を寄せ集めてくみ上げたりと涙ぐましい努力が続いた。
無論のこと各コロニー政府の間で独自に開発しあって配備した艦艇も出ており、それらで各コロニー政府の防衛隊を組織していったのである。
  良い顔をしなかったのは、当然のことながら元国際連合こと地球連合の面々だった。各国政府は口々に、コロニー群の防衛組織の編成――悪意を込めて武装化と呼び、各コロニー群の自治政府らに武装化の自制を促すよう釘を刺したのである。

「中立を掲げる者が武装するのは如何?」
「武装せずして中立を護れんが如何?」

どっちにも理はあるが、各コロニー自治政府は、断じて大西洋連邦やユーラシア連邦、東アジア共和国ら大国の圧力に首を縦に振らなかった。
大国の被保護者となり得れば、武装することも無かったに違いない。
  だが中立を謳う以上は独自で身を護らねばならないのは当然のことであり、既に中立国であるオーブ連合首長国、スカンジナビア王国らは独自の軍隊を有する。
それを持ち出して大国らの批判を逸らした。

「それほど言うのであれば、オーブやスカンジナビアを武装解除なさることですな。それが出来れば、我らも武装化せずに貴国らに防衛を頼もうではないですか」

唐突にこう言われた各中立国は面食らった様子で、これでは自分らも巻き添えを喰らう事になりかねず、必ずしもコロニー群の対応に良い顔は出来よう筈もなかった。
大国らにとっては目障りこの上ない為に嫌がらせをしていたに過ぎないが、まさかこれら中立国に武装解除を言い渡せる筈もなく、元国連議会も承認しなかった。
結果としてその当時、各コロニー自治政府らは戦力で劣ろうとも外交手腕で勝る事となり、戦力の上限は定められつつも正式に防衛組織が認められるに至ったのだ。
  現時点で保有される戦力は、元国連こと地球連合が使用する艦を流用したイングリス級護衛艦と、コロニー周辺の活動を目的とした小型艦のバラクーダ級砲艦に限られており、機動兵器は改良の施されていない〈メビウス〉のみであった。
  イングリス級護衛艦とは、ドレイク級護衛艦の設計を踏襲した各コロニー政府独自の戦闘艦で、主兵装は66p単装速射ビーム砲塔5基5門、八連装多目的ミサイル発射機2基、爆雷発射管4門、90o連装機銃4機というもので、ドレイク級特有の十二連装ミサイルランチャーを完全撤廃しているのが外見的な大きな相違である。
これは各コロニー政府の財政的な状況を反映していると言っても過言ではなく、実弾であるミサイル兵装にあまり資金を掛ける余裕が無いのが実情だ。
そこで、エネルギー兵器であるビーム砲に換装し、既存のガトリング砲を撤廃しつつ、ビーム速射砲を5基増設して砲撃力を増加させたうえで、三連装魚雷発射管の代わりに小型の多目的ミサイル発射機を備えてバランスをとったのである。
  もう1つのバラクーダ級砲艦とは、各コロニー政府で独自開発した小型戦闘艦で、艦首と艦尾に縦列配置型の主基エンジン2基を備える独特の形状を有する。
これは前進も後退も同等の速度で移動することが可能なメリットがあり、コロニー周辺のみの行動を目的とするコロニー政府ならではの発想であった。
全長は90mとイングリス級よりも小型で、かの磯風型突撃宇宙駆逐艦と同程度の規模でしかない。無論、性能的には磯風型の方が上であったが。
主武装は38p単装速射ビーム砲塔6基6門、90o単装機銃4機のみという、最小限度のものでしかなく、純粋な戦闘艦には力不足である。
  これらの戦力を、各コロニー政府は貿易で輸入した資材とやりくりして造り、或はジャンク屋から中古パーツを買い漁って建造資材の足しにしてきたのだった。
よって各コロニー政府の持ちうる戦力は、各宙域のコロニー政府は艦艇70〜80隻機動兵器90〜100機の規模で保有している。
数だけ見れば大したものだが、戦力内容が内容だけに自慢できるものではなく、地球連合やプラントが指で跳ねればあっという間に殲滅されることは明らかだ。
そこで今もなお、ジャンク屋からリサイクル兵器等を購入し、防衛戦力の強化に余念が無いのであった。

「特段、ジャンク屋が大問題を起こした事はありますまい。彼らは宇宙空間のデブリの減少に貢献する貴重な存在だ。それを我々含め、全世界が一体となってお膳立てし、ジャンク屋が組織体として行動できるようにする‥‥‥後は、彼らの管理に任せるしかないでしょう」
「結局はそういう結論――他力本願しかない訳ですな」

  竹上の信頼を第一とする考え方に、河之内が心無く切った。それに竹上は特に反応を示した訳ではないが、事実として言ったのは変わりなく、無言を返した。
切った本人たる川之内にしても、実際のところはジャンク屋組合の面々に任せるしかないという結論に至った。
  何故なら、下手にジャンク屋組合の管理問題に介入するのは寧ろリスクだと捉えたからである。自由奔放な組織の性格であるジャンク屋を無理に支配しようとすれば、それは寧ろジャンク屋のプライドや意欲を減退させる原因になりかねず、自ら組織を脱退して個人事業に逆戻りする可能性も否定できない。
それだけではない。川之内が冷淡にも竹上ら肯定派の意見に同調せざるを得ない理由は他にもある。

「管理するとなれば、当然のことだが全世界で共通管理する他ない。しかし、それには各国が代表団を送るなりして管理組織員会を立ち上げる事を意味する‥‥‥が、ここで矛盾な部分が浮上せざるを得ない」
「それは何かね」

藤堂がその場に居る者達の質問を代表して言うと、川之内は眼鏡をわざとらしくも中指で軽く押し上げて位置を調整し、ピントを合わせると一同に向き直った。

「どの国もが面倒事を押し付けたいと思う反面、実は直接管理したいという部分もあるという事です」

  こう推察した。ジャンク屋は廃棄された兵器群をも取り扱う業者であり、それはつまり敵国の試作兵器等を入手する可能性も十分に考えられている。
そんなジャンク屋が勝手に自国の秘匿兵器等を入手し、それを知らずに他国へ転売してしまっては自国にとって損失以外の何物でもないのだ。
なればこそ、面倒かもしれないがジャンク屋を管理することで、都合の悪いものは直ぐに転売禁止を言い渡して自国に引き抜き、或は他国の機密を得ようとする。
そうなっては適わん、と各国は主導権を握ろうとするのだが、そんな腹の内は読め過ぎてどう言い訳しても意味はない。
互いに主導権を取得しようとすれば、今度は互いに主導権を手放させるように仕向けるなど折り合いがつかないどころの話ではなくなってしまう。
  無論、日本もそれに参加すれば、瞬く間に他国らの批難を一身に浴びる結果となろうが、それは他国も同様のことであるのは想像に難しくはない。
管理する者の立場を決めかねる現状に、曾根崎も自国の立場を思い返した。

「我が国が管理権を主張すれば批難の的になるのは想像に難しくはない。まして、我が国は連合の面々からは快く思われてはおらん」
「第3勢力として中立連盟を立ち上げたのを始め、マーズコロニー群やD.S.S.Dへの技術的支援、木星圏での資源採掘‥‥‥人々の為と良かれと思っても、彼ら連合としては鬱陶しい存在になっている。無論、プラントからもそう思われているだろう」

良かれと思う行為が他国の嫉妬や攻撃の対象となる馬鹿馬鹿しさに、馬見も頭を悩ました。
  考えれば考える程に混迷の泥濘から脚を抜け出せずにいる面々だったが、見かねて藤堂が口を開く。

「‥‥‥諸君、話は振出しに戻るが、そういう案件も発案者であるマルキオ導師と数名の有識者が作った事項に含まれている。彼らも武器の取得管理には頭を悩ます問題であることは間違いないが、ここはジャンク屋の理性と節度ある行動に任せるしかないという結論が出ているのだ」
「‥‥‥」

世界の大半はマルキオ導師の提案に賛同し、自分が損するのは致し方ないとして、他人に利益を与えさせるのは我慢ならないという裏の理由を抱えながら動いている。
そこで日本らが反対意見を出したところで事態が良い方向に向かうとも限らず、結果として日本もまたマルキオ導師の呼びかけに賛同することとなった。
  組織を作り上げる為の法整備といった前座は、地球連合や中立連盟、果てはプラントからも法学の専門家が来日して共同行動をとるのは当然のことだ。
だがプラント側の人間が地球へ降り立つという事は、非常に高いリスクを伴うことを意味していた。連合側に忙殺されてしまうのでは、との懸念があったからだ。
その点については、マルキオ導師からも無用な争いは避ける様に忠告していた事もあり、同時に連盟側からの検討会議場を日本に設定すると提案された。
中立地帯であり尚且つ高い軍事力等を持つ日本なら、外部的妨害を排除することも可能であり、危険を回避することに貢献すると判断した故であった。
また日本国内に選定された理由として、先日にアイリーン・カナーバが来日したことが理由とされ、日本国内ならば安全であると彼女本人の推薦もあってこそだ。
  意外にも2人目のプラント要人を受け入れる事となった日本は、厳重な警戒の中で世界各国との組合設立会議を開いて、5月中に話を進めていったのである。
元々からしてマルキオ導師と彼の信頼する有識者達で、組織設立の為の法整備の叩き台が念頭に用意されていたことから、話はそれ程には難航しなかった。
無論、兵器の取り扱いに関してはもめた部分はあったものの、それもジャンク屋組合の面々が法を守ってくれるという事を大前提に、互いに矛先を納めたのである。

「後は、彼らジャンク屋の活動に任せるのみだ」

  餅は餅屋に限る――それと同じであった。当然、連盟からは川之内が法務相として参加しており、硬い性格は変わらぬものの、設立させると決めた以上は全力で取り組み、口論もすれば仲裁もするなど中々に巧みな手腕で、ジャンク屋組合の設立に寄与したのであった。
そして遂に――

――C.E暦5月25日 ジャンク屋組合設立――


となったのである。





  だがその一方で、世界情勢は予断を許さない状態が続くのは変わらない。めでたくも国際的な組織として認可されたジャンク屋であったが、地球連合とプラントによる世界大戦が終息した訳でもなく、大規模作戦が展開されない今日にあって寧ろ悪化の一歩を辿っているのは各コロニー政府だった。
彼らはコロニー群を1つの自治集団として世界に立ってきた訳であるが、地球連合とプラントの戦争は非戦闘員をも見境なく巻き込むものと知って動揺したのだ。
取り分け衝撃的だったのは言うまでもない『血のバレンタイン事件』である。地球連合軍は過激なブルーコスモスのシンパによる無差別攻撃と報じ、寧ろ自分ら軍部には何ら責任はないと言わんばかりの逃げ方であったが、それをまともに信じたものは少数だった。
加えてプラント側も報復とも言える『エイプリルフール・クライシス事件』を引き起こし、倍以上の民間人を餓死・凍死・事故死させていったのだ。
  ここまで来ては、コロニー政府の面々から見ても「次は自分達ではないか」という恐怖心が心内に芽生えようものだろう。
まして地球連合は連敗を重ねている部分もあり、いくつかの情報の中には中立宣言国に対する疑惑の眼も向き始めているというのだ。
当然として国際中立連盟も含まれている訳だが、宇宙空間に浮かぶコロニー群もまたそれに該当してしまう。

「奴らは、いずれ自分の陣営でない国々に手を伸ばすだろう」

コロニー政府のとある議員がそのように漏らしたくらいである。これは当たらずとも遠からずな発言であり、彼自身は預言者ではなかったこそすれ、この想像は後々になって地球連合の脳細胞から芽を吹き出す事になる。
  そもそもからして、中立である事を明確にしている以上はじっとしているべきであったが、先の情報が流れ込んできた以上は腰を据えられてはいられなかったのだ。
確定的な情報とは言い難いにしろ、コロニーの議員達は真面に信じ込み危機感を勝手に募らせていったのである。その結果、議会場では様々な声が飛び交う事となる。
取り分けて各コロニー群の中で、第4宙域ことポイントL4の中立コロニー群――通称:レグノルは今最も注目を浴びているコロニー群であった。
ここで議会場に出席しているのは、各コロニー群の長である代表達で、そこに中央政府たる議長と議員らが出席していた。
各コロニー代表陣事に、中立維持か、地球連合寄りか、プラント寄りか、そして中立連盟寄りか、この4択のどれかを掴もうと意見が見事に割れていた。

「連合に付くことを、この際は明確に示しておくべきだろう」
「そうだ。地球連合に付けば、我々は連合から反感を買うことも無いし、駐留艦隊からの脅威に晒されることも無い。寧ろ防衛してくれるかもしれん」

  地球連合派のコロニー代表は、自分らでの防衛力に自信を持てないことから地球連合の力に頼っておくべきだと主張する。

「何を言うか、それでは中立も何もあったものではない。何の為に、中立コロニーとしての存続をかの国連に認めさせ、武装の保持まで納得してもらったのだ!」
「そうだ。中立連盟を見習い、我々は我々でやっていくべきだ。彼らの戦争に首を突っ込まない、これが最良の選択だ」

と、あくまでも中立維持を表明する別のコロニー代表の面々。

「それは国連時代の話だ。いまは地球連合だぞ? 平和を辞書から削除した様なブルーコスモスのシンパがウヨウヨしている。そんな奴らが占める地球連合に、中立の確約など永遠に理解するとも思えんぞ」
「まして地球連合寄りになったからと言って、どんなメリットがある? 寧ろ武力を背景にして、無茶難題を押し付けてくるやもしれん。どうせならプラントに身を寄せるべきだ。彼らは宇宙での活動拠点を欲している。ここで我らの施設を供与すれば良い」
「MSとやらは地球連合の艦隊をものともせん。寧ろ、彼らの方が頼りになる」

と、プラント派のコロニー代表の面々は主張する。

「馬鹿な、それこそ地球連合に大義名分を与えるぞ! 我らが執る道は一つ――中立連盟の傘下に入り独立国としての体裁を護るのみ」
「中立連盟の面々と同じ傘下に入れば、地球連合も、プラントも手出しは出来まい。何せ、ユーラシアと東アジアを破った日本がいるのだからな」
「彼らの宇宙艦隊は強力無比だ。連合の戦艦は無論、MSも敵ではあるまい」

と、中立連盟派のコロニー代表の面々が主張した。
  そんな三分に別れての議会は紛糾し、互いが自分の選択こそが正しいと押し通そうとしては、他人の選択は間違っていると押し潰そうとしているのである。
嘆かわしいと思う者も少なからず降り、その代表格が政府首脳を務める51歳の男性――アンバッサー・ゴヴェンス議長だった。

「これでは、いつになっても纏まらん」

議長席で言いつつも、彼自身もまた内心揺れ動きっぱなしであり、議員たちの意見が纏まるのを待って決めようとしていたのだから、意見が纏まる筈もなかった。
ゴヴェンス議長はC.E暦69年4月頃に就任した指導者で、偽政者としてはまずまずの人物であったものの、危機管理にしては甘い部分がある。
まだ混迷が深まる前だった事もあり、彼の対立候補とは僅かな票の差をつけて議長へと収まったのだ。
  もしも危機感の深まっている今に議長選挙を行えば、彼は落選していた事だろう。

「諸君、結局は何処が一番良いと考えるのかね」
「当然、中立維持です!」
「連合に寄るべきです」
「いえ、プラントなら‥‥‥」
「中立連盟の傘下が確実ですぞ」

まだまだ時間が掛かる。そう思わざるを得なかったゴヴェンスだったが、彼が一言で「これで行こう」と強く言えば済む話でもあったのだ。
如何に議会制を取っているとはいえども、どれが最善か等と議論を行いあれやこれやと、話し合いだけで時間を費やしてしまうのは大きなデメリットだった。
  それも皆がコロニーそのものを破壊されて皆殺しにされてしまうのではないか、という恐怖心に駆られての事だ。しかもこのコロニー政府内の混乱が、外部の者による戦略に一貫として生じたと知れば、一斉にそちらへと怒りの矛先を向けた事であろう。
そうとはつゆ知らずに政治家達の議論は紛糾していくのである。扇動した者によっては良き喜劇に映る事であろう。
  当然として政府の混迷はコロニー内の混迷に直結しており、住まう人々は政府の動向に集中せざるを得ない。自分らの命が関わっているのである。

「のんびり会議なんて開いている場合ではないだろう」
「あれで精いっぱいなんだろう」
「何ともまぁ、ご立派な指導者達だ」
「選んだのは俺たち国民だがね」
「‥‥‥俺は選んでねぇよ」

街中では街頭の中継テレビを仰ぎ見ている大人たちが、煮え切らない思いで議会の中継を眺めやる。

「政府はどうすんだよ」
「どっちに着こうか右往左往してるみたいだぜ‥‥‥まるで振り子(メトロノーム)みてぇだな」
「そういうお前さんは?」
「どっちでも良いねぇ。命さえ助かればぁよ?」
「他人のこと言えっかっての」

等と危機感に乏しくも関心を向ける若い世代。
  さらにここ最近になり、地球連合とプラントはポイントL4の実情を知ってからというもの、下手に動きだされては堪ったものではないと釘を刺して来たのだ。

「中立の域を脱するような事があれば、我が連合も相応の手段を取らざるを得ないがよろしいか。もしくは我が陣営に与すれば安全保障を絶対のものとしよう」

地球連合は、ことさら武力制圧や経済制裁をチラつかせつつも、自分の陣営に入れば確実な安全保障を確約すると同時に、貿易等の経済投資も好条件を差し出した。
無論、好条件とは言いつつも狡猾な案件であった。中立を護れば手出しはしないこそすれ、プラントの攻撃があっても守らないことを意味したのだ。
そして、連合の傘下を表明すれば、絶対の保証――つまり軍事的防衛も担いつつ、経済支援も以前にも増して行うというのであるから、おいそれと返事は出来かねた。
  そんな地球連合の意図を知ってか知らずか、プラントもコロニー群を引っ掛ける為に上手い餌をぶら下げて来たのだ。

「連合の威圧的な行動は目に余る。我がプラントは貴国の中立を尊寿する為に動き出す準備は出来ている」

内容は非常に簡潔的なものだったが、それが寧ろレグノル政府の動きを一本化させようとしていた。連合が圧力を掛けるような真似をするならば、こちらは誘い出されやすい様に餌をわざとチラつかせてきたのである。
  だが、これに乗っかって来ようとはしなかったのが日本ら中立連盟だ。あくまでも中立コロニー群の問題であり、自分だが首を突っ込む問題ではないからだ。
別問題として非民間人を巻き込んだ戦闘が発生するというのであれば声明を発表し、即刻戦闘中止を求めつつ、軍を動かす必要性も生じるであろう。
コロニーという空間密閉型の環境に人々が住まう以上は、判断の遅れがプラントのユニウスセブンと同じ結果を招きかねないとされるからだった。
この様に内外で揺れ、揺すられのレグノル政府は、決断しかねる日々が続いていった。
  政府の緩慢な動きに対してL4の中立コロニー群は、政府とは別に独自に動こうという構えも見せ始めていき、あわや分裂という事態に行きかねた。
各コロニーが別々の動きを示しつつあることを知ったレグノル政府は仰天し、ゴヴェンス議長も気が気で無くなっていた。

「馬鹿な、此処で分裂してしまっては、それこそ付け入られるに違いない」

急ぎの話し合いという事で、ゴヴェンスは議会専用の通信回線を通じて大きなスクリーンに十数人の代表陣を映して対峙している。

『議長、このまま時間を待つ方が馬鹿げてます』
『そうです。我らの意見が通らないのであれば、独自に動かせていただきますぞ』
『それはこちらとて同じことだ。勝手にやらせてもらう』

もはやどの代表も限界と言いたげの様子で、コヴェンスの制止など全く持って聞き入れようとはしない雰囲気であった。
明確な方針を定めようとしなかったコヴェンスの明らかな怠慢のツケ(・・)であるが、だからとてそれですんなりと通してしまう訳にはいかない。

「待て、それでは連合にしろ、プラントにしろ、我々は狙われる羽目になる‥‥‥!」
『それは議長の責任でしょう。我らも自分のコロニーを護らねばならないのです。以後、勝手に行動させていただきますぞ!』
『議論の余地なし。我々は地球連合に寄ります』
『プラントに支援を求めます』
『中立連盟への傘下を求めます!』
「あ‥‥‥いや、それは‥‥‥」

最後の最後まで、コヴェンスは自らの明確な意思決定に欠けた故に、他の中立コロニー代表達の反感を買ってしまったのである。
次々と通信を切られて何も映されなくなった虚空を力なく眺めやるコヴェンスには、もはや後戻りなど出来よう筈もない事態となった。

「議長、どうなさるのですか?」

  彼の秘書官が落ち着いた声で尋ねてくる。30代前半の女性秘書官で、コヴェンスの議長秘書として働いていた人物である。

「どうする‥‥‥か」

尋ねられたコヴェンスは脂汗を嫌という程に垂れ流し、両肩も震えているのが女性秘書からも見て取れた。
これからどうすべきなのか‥‥‥。これで分裂してしまえば、自身が言ったように地球連合なりプラントなりを招く口実を与える事となるだろう。
  頭を抱え込みたくなるコヴェンスに女性秘書が一言二言と耳打ちした。

「他のコロニーは離反の動きを見せています。これでは、他国に介入の余地を与えてしまいますよ?」
「ぅ‥‥‥わかっている」

頼りなさが前面に滲み出ているコヴェンスは、磁器の狂ったコンパスの針の様に思考をグルグルと掻き乱している。間違いなく、連合やプラントが来るのだ。
この混乱を乗り切れなければ、武力介入なりの大義名分を与えてしまうのは重々理解しているのだが、どうしたものかと迷っていると、再び秘書が口を開いた。

「これは逆にチャンスではないですか。これで議長が混乱の鎮静化に成功すれば、名声も飛躍的に上がりますよ」
「私が‥‥‥混乱を納めるというのか‥‥‥」
「そうです。議長なら出来るではないですか」
「む、むぅ‥‥‥」

  いまいち乗り切れないコヴェンスに対して女性秘書官は目を細めると、彼を突き動かす起爆剤を投与していった。

「これで他国に介入されれば、我がコロニーは事実上の傀儡国家となりましょう。権威も何もない傀儡人形として、議長は終わられると?」
「そ、それは‥‥‥!」

地球連合なりプラントに介入されれば、確かに安全は保障されるであろうが力のないコロニーは瞬く間に支配下に置かれるであろう。
そして形だけの議長として存在するコヴェンスは、唯々諾々と操り人形の操演者によって操られ、余生を無為に過ごすことになるのではないか。
そう考え始めると彼の中にある疑心が無限に増殖を始め、かの中立連名でさえ裏で何かをしてくるのではないかと疑いの眼を向け始めていったのである。
そもそもからして秘書が余計な事に口を差し挟む処か煽る様な言動に、彼は気が付くべきであったものの、自身のひっ迫した状況によって気が回らなかった。
  ともあれ介入させない為には自分の手で解決せねばならず、纏め切れなかったという無能のレッテルを永遠に張られ続けるのも、何としても避けねばならない。

(私は、私は、こんな事で‥‥‥歴史に名を遺すというのか? いや‥‥‥それは、断じて出来ん!)

政治家としての生命は既に断たれたとも言えるが、彼としては自分の経歴に傷が着くことを嫌い、そうとも分かるとこれまでに無い程に指示を矢次に飛ばした。
全ては自身の政治的生命と名声の獲得といった私権の為ではあったが、その対応指示は周囲も驚くほどに迅速であり、そして強引であった。
決して迅速な対応が良き判断とは言い難い例を造り出していったのである。
  彼は非常事態と称して幹部一同を集めると、直ぐに自分の意向を官僚達に伝達していった。

「諸君、直ちに非常事態宣言を発令だ。離反するコロニー群の代表者権限を、議長権限により取り上げるのだ!」
「ひ、非常事態宣言!?」
「そうだ。同時に、我が政府は何処にも属さず、従来通りの中立を維持する。よって、この宣言に相反する管区は全て権限を停止するのだ」
「議長、代表権や発言権を取り上げるのは、幾らなんでも横暴かと‥‥‥」

突然の非常事態宣言に加えて他コロニーの代表権の剥奪に戸惑う幹部一同だったが、コヴェンスは普段に無いほどの勢いをもって異論をねじ伏せた。

「こちらの意図に従わぬ以上は放置できん。勝手に離反するというのなら、それを止める義務が、住民を守る義務が、私にはあるのだ!」
「ですが、議長、他の代表陣がそれで矛を収めるとは到底思えませんが‥‥‥」
「我らの意向を無視するというのなら、防衛隊を招集して圧力を掛ければよい!」
「そんな事をしては、内紛の危機となりましょうぞ」
「内紛も何もあるか! であれば君には良き解決案はあるのかね?」

勢いに任せて指示を飛ばし、そして反論してくる議長の威勢に気圧されてしまった議員は口をつぐんでしまい、具体的な対応策を告げる事が出来なかった。
確かに分裂の危機にある中立コロニー群レグノルは、各コロニー群の代表らが別々の意見を持ち合っては自身の選択が正しいと半歩すら譲ろうとはしない。
そんな反発しかしない議会で有効な手段はない様に捉えられてしまっていたのだ。





  結果としてレグノル中央政府は、非常事態宣言を発令すると共に他コロニー群の代表陣に対して代表権と発言権の効力停止を通告した。
各代表陣は各々が求める救援先に連絡を取ろうとした矢先の出来事であったことから、この奇襲とも言える権限の効力停止には面食らってしまう。

「中央は正気か! 独裁政治でも始めるつもりなのか」
「あの議長、自棄を起こしたようだな」
「優柔不断なことをしてるからこんな事になったんじゃないのか?」

コロニー住民の間でも衝撃と不安と不満が折り重なって1つのメドレーを奏でている。
当然、各コロニー群の代表陣も突然の通告に強い憤りを覚えざるを得なかったが、一応の筋としては中央政府側にある為に強く反論することは難しい。
それでも議長の不甲斐なさがコロニー群の住民に危機を与えるとして、頑なに拒絶するコロニー群も少なくなく、レグノル内部での分裂が決定的となった瞬間だった。
  通告を無視したコロニー群の存在が確定的になると、コヴェンスは自分が息継ぎをするのも忘れんばかりに次の行動に出た。

「レグノル防衛隊を直ちに招集、離反の意を示したコロニーを包囲せよ! こちらの意に従うまで、圧力を緩める事は断じてない!」
「は、ハッ!」

コヴェンスの軍事行動を目的とした命令に、レグノル防衛隊総司令官 ルフェンシス・アデーズ准将は戸惑いを覚えざるを得なかったが、反論することは避けた。
レグノル防衛隊は一応の防衛組織こと準軍事組織で、装備も上記したように二線級ばかりだ。それでも組織として統率する軍人がいて当然の事だ。
  その防衛隊の総司令官アデーズは一応の軍人として教育を受け、コロニーを護れる程度の能力も備え付けていたが、同胞に砲身を合わせるとは思いもしなかった。
規模小さくても住民を護る為に命を懸けると誓って来たアデーズにとって不本意極まる事だが、コロニーが分裂してしまっては元も子もない。
まして大国の介入を許せば、情けない話だが自分らでは護り切るのは難しいと自覚していた。そうならない為の軍事行動だと、彼は割り切る他なかったのである。
防衛の為の戦闘ではなく自国内での戦闘の可能性を知った防衛隊の人間は、いったいどう思っていることだろうか。やはり‥‥‥怒りの感情だろうか?
  そう自問自答を行いつつ、アデーズはC.E暦70年6月2日をもって、集結命令を全部隊へ向けて発したのである。

「全部隊は首都コロニー01へ集結せよ。繰り返す、コロニー01へ直ちに集結せよ」

当然のことだが、レグノル防衛隊の艦艇群にも中央政府の通告は知れ渡っていた。防衛隊の兵士達もまた戸惑い、レグノルの行き先が不安定な事に危機感を増す。
  ところがこの招集命令が出た後、アデーズやコヴェンスら中央政府の面々が思いもしなかった事態が発生することとなる。

『我が第3部隊は命令に従えず。第3管区の意思に従い行動する』

突如として防衛隊の一郡である第3部隊の司令官が、招集命令を拒絶したのである。自分らの管轄下たる第3管区を統括する代表陣の意思を尊重するというのだ。
またこれに触発されたのか、他の権限を解任された管区の防衛隊各部隊も、アデーズの招集命令に背いてしまったのである。
  レグノルに6管区あるコロニー群内で権限の無効化を言い渡されたのは、連合支持を掲げる第3管区、プラント支持を掲げる第2管区と第5管区、中立連盟支持を掲げる第6管区の計4管区で、残るは中立を掲げる第1管区と第4管区の計2管区という4つの勢力に別れる事となっている。
各管区の配置は二列縦隊となっており、第1〜3管区、第4〜6管区と3管区づつの配置だ。
よって中間に位置する第2管区と第5管区がプラント派で、その両端を中立派の2管区、中立連盟派と地球連合派ら2管区が挟み込んでいるような形である。
  その管区ごとに防衛隊の艦船が12隻づつとMAが15機づつ配備されており、ローテーションでL4全体を見回っていたのであった。
各管区に配備された防衛隊の総指揮官はアデーズであって、各管区の代表陣達に指揮権は存在しないのであるが、問題は各管区に配備された防衛隊の人間だ。
防衛隊は各コロニー群から兵士を抽出して構成しており、それがそのまま各管区防衛隊へと配属されていたのである。
結果として祖国のコロニーを護り抜くという意思は強く、故に中央政府の強引さには反発して命令を拒絶したという次第であった。
  この叛乱行為によってレグノルは事実上の回避しえない分裂となった。アデーズは懸命の復帰命令を発したが無駄に終わり、離反した部隊は持ち場であった各管区に止まり続け、同じコロニー同士でありながらも流血も止む得ずという姿勢を露わにしていた。

「どうしても隊に復帰しないのであれば実力をもって行使するが、それでも貴官らは拒絶するか」
『我らに二言はない。貴官らこそ遺書を懐中に用意されよ』

如何にもならぬとアデーズは天を仰ぎ祈りたくなったが、それ以上にコヴェンスはいっそのこと倒れてしまいたい、という心境に陥ってしまっていた。

「何故だ、何故こうも上手くいかんのだ‥‥‥!」
「議長、既に連合もプラントも、この動きを掴み行動を起こすつもりです」
「そんな事はわかっとる! 全く、どいつもこいつも、自分らの都合を言いおってからに!」
(‥‥‥脆いものね)

緊急会議で集まった議員たちを前にして、冷静さなど微塵もないコヴェンスの醜態を目の当たりにした女性秘書官は、いつにない冷たい眼差しで観察していた。
  簡単に口車に乗っていて、この有様である。こんな者がよく指導者として選出されたものだと関心さえしていた。

(いいわ。これで混乱に拍車を掛けたのだから‥‥‥後は、世界が踊り狂えばいいのよ)

そう心内で呟くと、何時もの女性秘書官の眼差しに戻っていった。
  そうとはつゆ知らず、議会は紛糾を続けており、時間が長引けば長引くほどに他国の関心を強く引く事になる。引き返す事などとうに叶わぬ事態となっていた。
こうなったら軍事力を行使して強制的に武装解除する他ないかもしれない。コヴェンスは遂に最悪のケースに手を触れようとしていたのだ。
ポイントL4でそんな事になれば確実に他国は動き出すに違いない、と議員達は思う。今できる事は、どうにか他の管区の動向を諫めて沈静化を図るべきだと。
コヴェンスに言わせれば分かり切った話であるが、もはやどの管区も意地を張りあって振り上げた拳の落としどころを見失っている状態だ。
  取り分けひっ迫しているのは、宇宙空間で互いのコロニーを牽制しようと出張っている防衛隊の面々である。

「司令、他の防衛隊は以前にして戦闘態勢を解く気配はありません」
「あくまでも、血を流すことも辞さない、というのか」

レグノル防衛隊総旗艦 イングリス級〈アクサライ〉に身を移していたアデーズの額に、無数の汗が滲んでは強張る顔面上を滑り落ちていった。
戦闘は避けたいのが本音であるが、恐らくは対峙する離反した防衛隊の面々も同じ思いである筈だ。それとも本気か、或は自暴自棄になっているか。
その意思を体現するかのように離反した防衛隊の各砲門は、アデーズ直轄の部隊と、その他相反する部隊らに同時に向け合っている状態だ。

「もし、どの部隊かが堪り兼ねて暴発でもしてみろ。その時は地獄絵図となるぞ」

  各隊の防衛隊員らは仲間内で囁き合い、誤って発射ボタンを押さないように努めていた。実際、それだけでも相当な精神的疲労感が蓄積している。
真面な思考力を持つ防衛隊員は無論のこと存在しているのだが、それ以上に真面目な祖国愛により盲目の戦士と化した防衛隊員の数が多かった。
それでも辛抱強く発砲を抑えているのは大したものだ、と自分を賞賛したくなる。何せ我慢、忍耐、緊張、恐怖、様々な感情がその宙域に混ざり溜り続けているのだ。
そして激発する寸前にまで昂った精神は、いよいよ理性というダムを圧迫して決壊させるのに、そう時間を要することは無かったのである。
  余計な圧力をかけたのは地球連合とプラントに他ならなず、どちらが先に動いたかと言えばプラントの面々だった。

「我らプラントは、共に歩み行く意思を志した同胞を見捨てはしない。我らをコーディネイターと蔑む地球連合のナチュラルとは違うのだ!」

国防軍広報局のラウドルップが、いつもながらに大胆で大げさだが、人々を引きつける演技力を持ってコーディネイターの度量の広さを謳ったのである。
真琴巧みな演説であり、以前はナチュラルの上に立つ存在がコーディネイターと称しつつも、ナチュラルの廃絶は是とせず共存を掲げて巧妙な立ち位置を示した。
一方の地球連合にはコーディネイターを廃絶を強調するブルーコスモスのシンパが多数存在し、如何にも共存の道をかなぐり捨てている事が一目瞭然だった。
無論のこと誰しもが廃絶を是としている訳ではないのだが、あまりにもブルーコスモスの強硬派のやりようが苛烈であったが為に、そう印象を持たれるのだ。
  C.E暦70年 6月4日 20時頃。プラントは、同調の姿勢を示す第2管区と第5管区のコロニー群を支援するという大義名分を掲げて、密かに軍を動かした。
もっとも、これはプラント国防軍ことザフトの計画の内に入っており、ポイントL4での争乱は寧ろ望むべく形であると同時に、絶好のチャンスでもあった。
つまりこの時点で、プラントは地球連合に対する総攻撃の準備は整っていたと言えよう。

「後は、火薬に引火させるだけだ」

  執務室で1人思いに耽るパトリック・ザラ国防委員長は独り言ちる。そもそも、コロニー間での離反騒ぎは偶然の産物に過ぎなかった。
それを利用して地球連合を叩き潰そうという大胆な発想に感心するザラだったが、その裏で見えぬ策謀が後押ししていようとは思いもしなかったであろう。
彼らは自身の頭脳から産み落とされた計画に従っていると思い込んでいたのだから。
  プラントのザフト派遣の報はプラント支持派である第2管区と第5管区にもたらされたが、当然のことレグノル中央政府にも嫌がおうにも届いていた。

「プラントが動き出した!?」
「不味いですぞ、議長。これはプラント支持派を増長させるどころか、混乱に拍車を掛ける事に・・・・・・」
「それどころか、地球連合も艦隊を派遣させることは間違いない。この宙域は地獄と化すことになる!」

コヴェンスはどうしようもない程に精神的ダメージを負い、思考力をほぼ奪われてしまったように思われる。
力なく椅子に座り込み、冷や汗をかきながら俯くその姿は廃人の一歩手前を行きそうな雰囲気を纏ってさえいる様に感じられた。
  そして、離反したコロニー群と、大半の防衛隊離反から4日後のC.E暦70年 6月6日午前6時を迎えた時だった‥‥‥。

「っ! し、司令!」
「どうした」

旗艦〈アクサライ〉艦橋で驚愕の声を上げたオペレーターに、アデーズは落ち着きを装いつつも尋ねた。
もはや彼自身も精神的に疲労困憊の呈であり、一刻も速く武装解除を受け入れてくれる事を望んでいたのだが、案の定という以上に最悪の展開が扉を叩き開いたのだ。

「第3部隊が――!」

  オペレーターが口を開くよりも早く、彼らの目前の光景が答えを映し出していた。地球連合派第3部隊が、突如として動きを見せたのだ。
彼らは隊列を崩しつつもプラント派第2部隊へ向けて猛スピードで突進していき、先手を打ってビームとミサイルによる攻撃を仕掛けていったのである。
如何な二線級の戦力とは言えども、互いが全て二戦級戦力で固められている以上は同等の脅威であることに変わりはなく、攻撃も通用して当然だった。
第3部隊がやや無秩序な攻撃を仕掛けていき、結果として第2部隊は砲艦1隻が損傷した。
ザラが言っていた、火薬に火が付いた瞬間である。

「第2部隊、砲艦〈B23〉に損傷!」
「馬鹿が、堪り兼ねて撃ちおって‥‥‥!」

  アデーズは暴発した元配下の部隊を罵ったが、それで各部隊が大人しくしている訳もない。すかさず第2部隊は反転し、向かってくる第2部隊を迎撃した。
少数同士の戦闘とは言え見過ごすことは出来ず、アデーズは直ぐに停戦指示を発する為に中立派第4部隊を戦闘宙域へと差し向ける。
ところが、この停戦勧告の為の接近行為を敵対行為と捉えたプラント派第5部隊が動き出し、いきなり第4部隊へと砲門を向けて発砲を開始した。
神経を切らせてしまう程にピリピリとしていた彼らにすれば、事態を納めようとしていたアデーズの配慮が仇となって冷静さを失っていたのだ。
  当然のことながら撃たれた第4部隊もまた反射的に応戦してしまい、偶発的な事態から本格的な戦闘へと脚を沈み込めてしまっていた。
通信回線も混戦を極めており、各部隊の艦艇がまるで口喧嘩をしているかのように互いの立場を非難し、自分らの正当性を主張している。

『化け物に下るお前らは、人類共通の敵だ!』
『貴様らこそ、形ばかりの大国に尻尾を振る忠犬にすぎん!』
『他国の力を借りて何が中立コロニーか、恥を知れ!』

子どもの喧嘩に等しい言い争いだったが、それで命を落とす者達からすればたまったものではない。
  勢力的には中立派とプラント派が同等で、次に地球連合派と中立連盟派が同等という構図だが、どれもが手当たり次第に攻撃目標を見つけては仕掛けていく。
止めに入ろうとした中立派は勿論巻き込まれてしまい、さらにとばっちりを受けたのは中立連盟派第6部隊だった。
彼らは中立連盟に寄る事を決めていたこそすれ、地球連合派やプラント派の様に過激な行動は控えるよう心掛けていた。
だが目の前で乱戦が行われてしまった以上、下手をすれば自分らにも火の粉が降りかかるかもしれない、と恐れて中立派同様に戦闘停止に尽力したのだ。
  いざ戦闘停止の意思を通達したものの、それもまた他勢力の神経を逆なでする形となってしまい、漁夫の利を得ようとする第6部隊だと勘違いさせたのである。
第6部隊もまた第2部隊や第5部隊からの散発的な砲火を受け、なし崩し的に戦闘へと突入していった。

「止めんか、諸君らは事態を悪化せておるのだぞ!」

  アデーズは懸命に直接通信で呼びかけたが、まるで絡まった糸の様な有様の戦闘宙域には効果が無く、陣形も何も無い、ほぼ単艦同士での戦闘となっていた。
ごちゃ混ぜに入り組んだ各艦隊は手当たり次第に見つけては攻撃を加え、攻撃を受けたら直ぐに離れて別の敵艦に攻撃を加えるという無秩序振りを発揮した。
砲艦〈A34〉が護衛艦〈ワーバートン〉の艦首にビームを叩き込むが、〈ワーバートン〉の迎撃に恐れをなし緊急回避をするが、そのまま別の砲艦〈C05〉の射界に入ると同時にビームを撃たれて艦底部を損傷し煙を吹く。
別の艦では標的の艦を狙う筈が機動力を抑えなかったが為に外れ、標的の反対側にいた関係のない艦を撃ってしまう。その報復を、別の艦から受けてしまった。
  収拾という言葉は誰にもなく、ひたすら混戦を止めさせるには自発的努力は無意味に思えた。それこそ、地球連合か、プラントが来なければある意味収まらないだろう‥‥‥アデーズは自身の力不足を自覚し、そして無意識的に他者の介入を待ち望んでいたのだ。
そして彼の待望する介入者の登場には時間を要さなかった。だがそれは同時に、このL4宙域に燦々たる結果を呼び込む合図でもあったと知らず‥‥‥。




―――あとがき―――
第3惑星人でございます。大変お待たせいたしました、第27話の投稿となります。
自分でストリーリーを弄っておきながら時系列の再構成やら修正やら、止せばいいのに余計な設定を増やしたりと、その結果がこれにございます。
L4宙域での戦闘の結果は、史実年表でも明らかになっているこそすれ、資源衛星『新星』を巡る戦闘だけで多大なコロニーへの損害は難しそうだと思い、そこで中立コロニー群による政府を設定し、さらに内部分裂による戦闘の悪化を考えたのですが‥‥‥。
いやまぁ、この後は計画通りに話を進めるだけなのですが、それでさえ色んな視点で書かないとなると、また時間が掛かるという悪循環。
兎も角、完結できるよう目指しますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

そういえば、『GODZILLA〜怪獣惑星〜』を拝聴しました。既存設定を大きく外した新規路線のアニメゴジラですが、この取り組みは個人的に良かったと思います。
内容的にもアニメならではのもので、地球に君臨するゴジラの神々しいまでの存在感、そして破壊神と称すべきに足る戦闘力に鳥肌が立ちました。



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