C.E暦70年5月28日。『ヤキン・ドゥーエ海戦』から1ヶ月が過ぎたが、これといって地球連合とプラントの間で表面的な軍事行動は見受けられなかった。
今のところは互いに決定的打撃を与えるべく戦略を練っている最中ではあるものの、攻撃命令を出されず前線で待機し続ける兵士達には僅かながら平穏な時間でもある。
特に地表へ降下したザフト侵攻軍(地上軍・海軍)は今か今かと命令を待ちつつも、直ぐに動けるように牙を研いで待機していた。
  そのザフト地上軍拠点の1つとなったのが、アフリカ大陸で最大の貿易拠点とも言える存在で同大陸西端に位置するセネガル首都ダカールである。
ここにザフト地上軍は駐屯していたのだ。この駐屯地はアフリカ大陸の制覇における基盤ともいえる拠点であり、また貿易が盛んであったが為にザフトへの支援も充分に可能で、至れり尽くせりな拠点を手にしたと言える。
ザフトはオーストラリア大陸に地球侵攻最大の拠点を築いていたわけだが、さしものこの拠点で全てを賄うには時間も労力も足りない為、アフリカ大陸に至っては反地球連合派であったアフリカ共同体と手を組んで現地に拠点を設けた次第であった。

「支援物資を欲するプラント、アフリカの支配圏を手にしたいアフリカ共同体。利害は一致したというわけだ」
「所詮は寄せ集めの集合体にすぎんアフリカだ。ザフトの手を借りたとして、如何ほどの事があるか?」

地球連合各国政府幹部は、未だにアフリカ大陸の勢力は脆弱な寄せ集めの存在でしかないと踏んでいた。
  ところが、それで済まされないのは言うまでもなく南アフリカ統一機構だった。所詮は貧困な大陸の事だと軽く見ている連合主勢力陣に対して、同国代表を務める指導者ことアーニー・グーセン大統領はこれまでに無いほど猛り狂ったとされる。

「連合の阿呆どもめ、我が領域内に真面な戦力が無い事を知ってのことか! よもやビクトリア湖での勝利が、余程に奴らを深刻な二日酔いにせしめたか!」

当事者でないからこそ余裕でいられるのは、何処の誰しもが同じだろう。そして誰しもが逆の立場になれば同じことを思う筈だ。

「何故、誰も本気にしてくれない!?」

そうなってからでは全てが遅すぎるのだ。
  案の定と言うべきか、南アフリカ統一機構代表議員を務めるハメラ・ロイアが連合議会でマスドライバーを護るには独自戦力では心許ないこと上げると同時に、地中海への玄関口とも称されるジブラルタル海峡(同時にヨーロッパ侵攻の足掛かりともなる)や、地中海からインド洋を結ぶ紅海ことスエズ運河を奪われれば、アフリカ大陸一帯は完全に孤立することも有り得つつも、ヨーロッパも危機に晒されることとなるのだ。
またマスドライバーの需要性に関しては慣性制御技術の導入で薄れてきてはいるものの、物資打ち上げで言えばかなり重宝する存在であることに変わりはない。
ましてザフトに軟弱な連合のアキレス腱――南アフリカ統一機構を叩かれた挙句に重要拠点を奪われれば、何もしなかった連合主要国に批難が集中することは必須だ。
他国がどうなろうと痛くも痒くもない彼らは、自分の進退が絡んでくれば命を削ってでもそれを護ろうとするものだった。

「南アフリカ統一機構を護ることは連合の国益を守ることに等しい。是が非でも重要拠点を護り抜かなければならない」

  等と掌を返した連合主要国の面々には呆れてものも言えないものだ。まして彼らが本気になって守ろうとするのは、ヨーロッパ侵攻への足掛かりとなり得るジブラルタル海峡、スエズ運河、そしてマスドライバーの3拠点くらいのものであり、南アフリカ統一機構と名前を含んだところで方便でしかなく建前でしかないわけで、結局は一国の危機より連合主要国の危機を優先課題とするのだろう。
それでもようやく上層部が検討を始めたのが4月中旬のことで、軍隊そのものが防衛行動へと動き出したのは5月中旬の事である。これもまたNジャマーという忌まわしき代物がばら撒かれたから動き出したとも言え、それによってさらに行動が遅れると言う皮肉の結果を生んでいた。
  行動に遅れが出たとは言えども、これまた皮肉と言うものがある。プラントの不気味な静けさに助けられたことより兵力の再配置が間に合っていったのである。
このジブラルタル海峡はユーラシア連邦海軍が主に駐留している一大軍事基地で、許よりユーラシア連邦海軍所属の第4洋上艦隊(基は地中海艦隊)が海峡出入口を監視し敵勢力に対して、侵入して来ないか常に睨みを利かせているのだ。
また必要があればブリテン諸島周辺海域を担当する、大西洋連邦海軍所属の第5洋上艦隊が南下して難事に対応することも可能であった。
  どの道ザフトからすれば、この地中海一帯における行動の支配権を手にしなければならない。何故ならアフリカ大陸北部は砂漠地帯が大半を占めているからだ。
故に人間の住める地域は海の近くにならざるを得ず、地中海又はスエズ運河・航海に面する海岸沿いにのみ町や都市が建設され、それを結ぶ陸路が重要になる。
広大な砂漠の広がる北アフリカでは、この陸路さえ絶ってしまえば陸上部隊は孤立せざるを得なくなり、そこでさらに海上の支配権が敵の手に残ったままともなれば、陸で孤立したところに海上からの艦砲射撃や空爆の危機に晒され壊滅するのを待つばかりとなろう。
如何に地上戦に不慣れなザフトと言えども前回の降下作戦失敗に鑑みて、それくらいの危機管理は考慮しており懸念する材料の一つでもあったのだ。

「まずは玄関口のジブラルタル海峡の制圧、次に地中海とスエズ運河の制覇だ。それなくしてアフリカ北部での活動は有り得ぬ」

  ザフトの長たるパトリック・ザラにしても同様の見解であった。碌に制海権も確立できずにアフリカ大陸を制圧するなど無謀の冒険劇を創る事に貢献するだけだ。
同時にザフトの威信を失い嘲笑と失望のオンパレードが、無限に鳴り続けるオルゴールとなってザフト兵員に最高の不和を轟かせるだろう。
より効率的にアフリカ大陸を制圧し、然る後にマスドライバー:ハビリスを制圧せねばならない。軍需物資の打ち上げに必需なことに変わりはしないマスドライバーを奪われれば、物資輸送効率は嫌がおうにも落ちるに違いないと見るものの、実際にどこまでダメージを与えられるかは疑問の多きところでもあった。
  それを確実に成し得る為には地球へ降下した部隊だけではなく、この宇宙空間においても万全な体制で作戦を遂行して行く必要がある。
宇宙と地表での同時並行作戦で地球連合を電撃的な攻撃で一挙に押しのけていく。下手に小出して戦力を消耗する訳にはいかないのであった。

「ザラ国防委員長も、大分慎重な姿勢をとったものだな」

  表向きは英雄、裏向きは復讐者の仮面を付け替えるラウ・ル・クルーゼも、このところ消極的なザラを見てやや失望を禁じ得ないものがあったが見放してはいない。
というよりも一大作戦に向けて入念なる準備に奔走しているのにも、恐らくは裏で一役買っているであろうエゴルト・ラウドルップの影が見え隠れしていた。
あの男もまたクルーゼと違った方向で言い知れぬ雰囲気を纏っている。滅亡への超特急線を準備してくれるなら構わないが、理想は全勢力の滅亡なのだ。
プラントが生き残っても困る。地球連合も、中立連盟も、残らず滅亡することを強く願う身とすれば、寧ろラウドルップは厄介な存在に思えた。

「これは‥‥‥場合によっては、私もテコ入れをせねばなるまい」

乗艦〈カルバーニ〉の執務室で1人思いに耽るクルーゼは、自分が思い描く人類の滅 亡 行 進 曲(Human extinction symphony)に音符のズレが出てきたことに、多少の歯がゆさを感じ取っていた。
  そんな滅亡を望む悲劇の英雄の野心を他所にして、地球上で作戦行動の待機を命ぜられているザフト侵攻軍。その内の一部隊(アフリカ方面)が駐留するアフリカ大陸西岸に位置するダカールの造船所の近くには、海に浮かぶ城また山かと思わせる様な巨大な構造物が港に居座っているのが人々の目を引いた。
だが船と言うには若干ながら違和感を感じる形状だ。
  これはザフトの地上侵攻に際して計画された構想の1つ――地上艦隊構想の基で建造されたレセップス級大型地上戦艦1番艦〈レセップス〉であり、この広大なアフリカ方面軍に派遣された部隊の総旗艦たる存在であった。

「砂漠も海に等しい存在だ。その様な不毛な地形と水上を制覇できる母艦が必要だ」

その様な指摘が出たことから、地球侵略に際し推し進められたのだ。レセップス級の全長は250mという地上移動型の戦闘艦としては十分な巨体である。
勿論のことMS運用母艦能力(整備能力も無論完備)と部隊旗艦としての充分な指揮機能、さらに対地上戦に有効的な実弾式の艦載砲を備えるなど、ザフト地上軍でも有数の戦闘力を持った地上型戦闘艦だ。
砂上を移動するため半没式船体構造を採用しており、前後に備え付けられた二対の脚が常に砂中に埋没しているが、戦車の様にキャタピラに該当するものが無く、代わりに4つの脚にあるスケイルモーターと呼ばれる特殊推進器を装備していた。
スケイルモーターとは、砂上の地形が多いアフリカにおいて有効的な推進器で、地上を事細かに振動させることで砂を液状化させて進んでいく方法である。
  また構造上、艦内部の大半はMSを格納する格納庫・整備区画が多く、その搭載機数は直立型MSであれば優に12機ほど、四足歩行型なら8機にも及ぶMS数を搭載することが可能な上に、全周囲へ展開を可能とした15基もの発艦ハッチを備えるなどの展開能力の高さも持ち合わせているのだ。
極めつけはレセップス級の最大の武器となる40p口径連装砲塔3基6門の存在であった。他にもVLSを32セル、砂中魚雷発射管10門、フレア・チャフ等の欺瞞装備ディスチャージャー16機、格納式12p連装対空砲塔4基を備えるなど、単艦としての戦闘能力は極めて高いものを誇った。
これにより単なる移動基地ではなく戦艦たる役目をきっちりと果たす援護射撃が可能で、それを利用したMSとの連携作戦も展開可能である。
  さらにアフリカ方面軍には、旗艦〈レセップス〉を始めとして陸上艦艇ことピートリー級中型地上戦艦が3数隻配備されており、これもザフト地上軍の主力艦艇として建造されたものであった。
ピートリー級は全長195mとレセップス級に比して大分小さいが、その分だけ陸上移動での機動力が優れているのが最大の利点とも言える。
  またレセップス級と同じく、このピートリー級もまたスケイルモーターによる推進方法を有しており、艦体の構造も半没式船体構造であった。
箱型に近いレセップス級に比べてピートリー級は、イージス艦を意識しつつも艦首と両舷の3脚部で艦体を支える構造であるともいえ、近いもので言うのであれば、オーブ連合首長国の保有する最新鋭イージス艦に近いと言っても過言ではない。
  武装は28p単装砲塔2基2門、12p連装対空砲塔4基8門、VLS 22セル、ディスチャージャー14機、砂中魚雷発射管4門とそこそこの火力を誇る一方で、搭載可能なMSは直立型であれば6機までを、四足歩行型なら4機までを運用することが可能であった。
そしてこれら地上戦艦は砂上のみならず海上をも移動が可能で、水陸両用の性能を有した万能戦艦でもあったのだ。その為、地中海での活躍も期待されている。
これら地上戦艦は、ザフトが地球侵攻の為に予め建造したもので、完成した状態で特殊カプセル〈竹とんぼ〉に積み込まれたまま海中へと投下された。
後は海上に着水したカプセルから解放され、そのまま海へと出て即戦力として稼働したのである。
  そしてアフリカ共同体に駐留するザフトの戦力内容は、旗艦〈レセップス〉〈ピートリー〉〈ヘンリー・カーター〉〈セティ〉ら4隻だ。
MSに至っては艦隊全体で30機にも上る規模が運用されており、これだけでも地球連合地上軍にとって見れば過剰戦力とも取れるものだ。
とかく戦車部隊やヘリ部隊で通常にやり合った場合は到底敵う訳もなく、むざむざ標的になってしまうのでがオチであろう。
それにアフリカ大陸に配備されたザフトのMSは、〈ジンオーカー〉のみならず機動力に重点を置いた新型陸戦MS〈バクゥ〉や、機動力を犠牲にした代わりに砲戦を重視した重砲装備MS〈ザウート〉が共に追加配備された他、上空偵察に欠かせない〈ディン〉も配備されことにより、その戦力を一段と強化させていたのだ。
  主戦力は〈ジンオーカー〉であるが、次第に〈バクゥ〉へと切り替わることなっており、早くも〈ジン・オーカー〉の地上戦の主役の座から降りる事となった。
何せ重力下での高機動戦では四脚型の〈バクゥ〉の方が遥かに優れているのだ。もっとも、だからとて〈ジン・オーカー〉が早々と生産中止になる訳ではないが。
  また水陸両用艦を建造したのと同時に重視されたのは、海上での戦闘母艦の開発であった。そこでザフト兵器開発局の面々は試行錯誤して次の結果を出した。

「兵力に劣ることは承知の上である。水上艦は敢えて作らず、寧ろ海中での活動を活発化させてナチュラルどもの肝を冷やしてはどうか」

そこから生まれたのが、海上艦隊ならぬ水中艦隊――即ち潜水艦隊構想である。かのドイツ第三帝国が海上戦力の少なさをカバーする為に取った潜水艦による海上輸送路封鎖に倣って、ザフトも水上艦艇よりもMS搭載能力を有した大型潜水艦を量産し、海上戦力の要としたのだ。
今まさに、レセップス級らとは別の港で係留されているボズゴロフ級潜水母艦2隻とカボット級輸送潜水艦2隻が、その海上主戦力である。
  ボズゴロフ級は全長270mという巨大なMS運用を前提とした潜水艦母艦であり、その搭載機数は14機を数えた。これ1隻でMS1個部隊が編成できる。
地球上初の橋頭堡となったカーペンタリア基地の軍港でも、既に完成済みのボズゴロフ級2隻が配備され他と共に、順次同型艦を現地工廠で増産しているのだ。
海上からは無理でも海中から地球連合軍に対して睨みを利かせている。水中MSともなれば地球連合海軍も下手に手出しは出来無い状態にあった。
そしてこのインド洋から大西洋に跨る大海においても完成済みの2隻が早々に宇宙から投下されて配備されていたのだ。逆に言えば、この2隻を失うことは数少ないザフト海上部隊にとって手痛い損失を被るという事になる為、敗北や失敗は決して許されはしないのである。
  だが多大な期待を寄せられるアフリカ方面軍の指揮官からすれば、応えようと言う気持ちもあれば不安という気持ちも併存するものであった。

「何時になったら命令は下されるのか」

1人の40代後半程のコーディネイターが、個室のブラインドの隙間から入る強い日差しを忌々し気に想いながらも、コーヒーカップを手に取りポツリと呟く。
此処はザフト地上軍 アフリカ方面軍司令部として設営された、ダカールの提供したビルの一室である。司令部代わりに設営されたその個室で不快気に呟くのが、このアフリカ方面軍司令ことシュトゥンメ隊隊長を務めるゲルハルク・シュトゥンメだった。
その司令の前に椅子に座りながらも伸びりとした呈を見せる30歳の青年男性がシュトゥンメの焦りを諫める。

「よろしいではありませんか、司令。重力圏内における戦闘経験が皆無な我々にとって、直ぐの戦闘は難しいものですよ。今は慣れる時間が必要です」
「バルトフェルド‥‥‥」

アンドリュー・バルドフェルド――それが青年の名前である。やや癖のあるブラウンの髪に、ダンディズムに富んだ体躯と表情を持つ人物だが、性格は極めてフランクなものでありMSパイロットとしての技量は勿論のこと指揮官としての素質も持ち合わせた、有能なザフト兵である。
別の顔をとして広告心理学者と振動工学の権威でもあるがためか、彼独自の人間論や戦争論などを持ち、色々と哲学的思考に深け入る事もあった。
  そして彼の言う通り、ザフトの兵士達の殆どは宇宙暮らし並びにコロニー圏内での生活に限られてきた。故に本物の重力圏である地球地表上は慣れてはいない。
人口と天然ではやはり差異があって当然のことで、ザフト兵は慣れない重力での行動に必死に慣れ親しむべく訓練を重ねていたのである。
お蔭で短期間とは言えどもザフト兵の大半は重力慣れをしており、MS戦でも支障は殆どないと言っても良いレベルに来ている。
ただし彼らは陸上戦を未だ本格的なものとして経験しておらず、一足先に水陸両用MS部隊と空中MS部隊がそれぞれの得意分野において勝利を挙げていた。

「確かに君の言う事は理に適ってはいる。だが、今の我々には時間が惜しい。地球連合との生産力の差は、聡明な君にもわかるだろう?」
「えぇ。ですから本国の国防委員長閣下も、その戦力を覆すだけの大掛かりな戦略を練っておられるのでしょうな。でなければ、司令の言う様に出撃命令は出ていてもおかしくは無いでしょうから‥‥‥。まぁ、待たされたお蔭で当初予定よりも十分なMSと訓練期間を貰っているわけですからね。有効的に使いましょう?」
「ふん、君はブレンドコーヒーの研究と、哲学の探求、いや、寧ろ連れ(・・)と暑い日々を過ごせるから‥‥‥というのが本音ではないかね?」
「これはこれは、心外な事を仰るものですな、司令官殿。どれもこれも必要な事です」

  さも心外そうな顔を作るバルトフェルドだったが、実はシュトゥンメの言う事も的を得ていたこともあってワザとらしく目線を逸らして見せた。
そもそもが隠し通すことさえも必要はない、と言わんばかりの態度でいるバルトフェルドに肩をすくめるシュトゥンメ。彼は、目の前の男をよく知っていた。
当然の事ながら彼の連れという相方の存在も良く知っているのだ。

「‥‥‥まぁ、別に構わんがね。戦争ともなれば、別に意味で暑い日々が続くだろうからな‥‥‥嫌という程に」
「心遣いに痛み入ります、シュトゥンメ閣下」
「こんな時に閣下呼ばわりするのは止めたまえ。兎に角、命令がいつ来ても良い様に、訓練は欠かさぬことだ」
「了解です、司令」
「あ、それとだ。バルトフェルド、コーヒーブレンドに精を出すのを止めろとは言わんが、少しは制限したまえ。お蔭でホテルがコーヒーの匂いで占領される」
「そうですかねぇ‥‥‥兎に角は、善処いたしましょう」

シュトゥンメとバルトフェルドは歳が離れているとは言えども、付き合いはそれなりに長いものである。また彼の性格もまた根っからの職業軍人気質と言うよりも、この会話からも見てわかる通り冗談を飛ばし合うフランクな一面も持ち合わせている為、バルトフェルド同様に部下達の心象は良かった。
  司令とのやり取りを終えたバルトフェルドは、司令執務室を退室して自分の仮住まいとなっている個室へと戻っていった。

「戦争なんて、誰が得する訳でもないしな‥‥‥利権屋を除いて」
「どうしたのアンディ、難しい顔をして」

ふと、部屋の窓辺で風に当たっていた1人の若い女性がバルトフェルドに声をかけて来た。20代後半で黒髪のロングヘアに、切り揃えた前髪と黄色のメッシュが前髪の両端を一部染めており、顔立ちからしてアジア系を思わせるコーディネイターの美女である。
その名をアイシャ・ナーデルフと言い、バルトフェルドとは恋人関係にある人物であると同時に、その美貌からは想像もしない程に射撃術に優れたザフトの軍属だ。
つまりは非正規兵であるのだが、上述したように意外というべきか射撃・砲撃の腕がザフトの中でも卓越した腕の持ち主であることが国防員の目を引いた。
  またこの経緯を理解するには2人の出会いから話さねばならない。アイシャが軍属になる前は、プラント国内にて運営されているファッション系列の仕事に携わっていおり、女性・男性問わず来客に似合う服をコーディネイトしていて、それが顧客の満足度を一杯にしてそこそこの人気を得ていた。
アイシャのコーディネイトが勇名を馳せる頃、ふらりと立ち寄って来たのが彼――バルトフェルドである。ザフトに入隊してそこそこの彼もまた、コーヒーブレンドの趣味以外にも私服のコーディネイトにも拘りを持っていたので、そんな人気の店の声を聞いてやって来たのである。

「おぉ、完璧だねぇ。流石は評判の看板娘だ」
「そんな大げさですよ。けど、喜んでもらえて嬉しいわ」

  それからというもの、ちょくちょくと店に顔を見せてはアイシャにコーディネイトを頼むといった事を続けると、次第に2人は互いに異性として気にかけ出した。
デートに誘いだすこと成功したのは、幸いにもバルトフェルドのコーヒーブレンドの趣味が功を奏したものだ。

「どうかな、コーディネイトのお礼と言っちゃなんだが、俺の自作コーヒーでも驕ろうと思うんだが‥‥‥どうかね?」
「え、アンドリューさんはコーヒーを自前で淹れるんですか? 是非とも飲ませてもらいたいわ」

これが決定打と言っても過言ではなかった。2人は時間を見ては会い、やがて恋人関係に発展した訳である。
  そして、アイシャがバルトフェルドのことを“アンディ”と呼び親しむ事になった頃、軍に属していることから半ば興味本位に射撃について話が進路変更した。

「やっぱり、難しいの?」
「まぁ、慣れればそうでもないがね。で、もしかして試したいとか?」
「何となく、ね」
「銃は君の様な美女に合わんと思うが‥‥‥まぁ、物は試しだ。俺の知っている射撃場でやってみるかい」
「えぇ」

これが、バルトフェルドの度肝を抜いた。元々コーディネイターとしての身体能力の向上はあったにせよ、そこらのザフト兵を上回る射撃の腕を見せつけたのだ。
彼女は彼女で済ました表情で、しかも「簡単なんだね」と言わんばかりにあっけからんとしていた。彼は美女が銃を扱う姿は絵になる、と気楽には思えなかった。

「こいつは、発掘しちゃいかん才能を見つけてしまったかもしらん」

半ば後悔の念に晒されたバルトフェルドは、アイシャを射撃場へ通わせることを止めるように思った。
  だが、その念は粉々に打ち砕かれた。ザフト国防委員がその噂をかぎつけ、スカウトしてきたのである。バルトフェルドは、アイシャに軍へ入る事は止めてもらいたいことを伝えるが、当の彼女は彼女で考えて答えを出した。

「どの道、ナチュラルとの戦争は避けられない。そして、貴方も地球へ行くかもしれない‥‥‥そしたら寂しくなる。だったら、危険でも貴方と一緒にいたい」

意外な押しの強さに彼も辟易し、やがては正規兵ではなく非正規兵――つまり雇われ兵として所属することで合意。この方が、色々と自由がきくからとの事だった。
またアイシャの射撃の腕ち、バルトフェルドもまた優秀な指揮官、MSパイロットとしての素質を考慮した国防委員が一緒の部隊にいる事を許可したのだ。
この様な特異の経歴を有するという、誠に異色の人物でもあった。
  そんな2人は今、このアフリカ大陸に派遣されて来る戦闘に備えているのである。

「いや、大したことはないさ。シュトゥンメ司令が、今か今かと命令を待ち焦がれていて、その焦る上官殿を諫めていたのさ」
「御苦労様」
「その一言で全てが報われるねぇ‥‥‥アイシャ」
「大げさね、アンディ」

苦笑するアイシャを一瞥すると、いつもの趣味であるコーヒーブレンドに取り掛かった。先ほどの忠告は何処へやら、せっせとコーヒー豆を棚から取り出すと同時にマメを粉砕する為のコーヒーミルやら、粉末にしたコーヒー豆を濾過する為の昔ながらの道具――コーヒーサイフォン等をも手際よく並べる。
因みにシュトゥンメの言うコーヒー臭さというのは、この濾過する過程で使われるコーヒーサイフォンが殆どの原因であった。
  これは上部の器に粉末にしたコーヒーを入れて、下部の器には水またはお湯を入れておく。アルコールランプで下部の器を熱して内部の水を沸騰させると、その蒸気が上部の器へ達して粉末状のコーヒーを湿らせていき、やがて今度は湿った粉末状コーヒーから濾過された液状コーヒーが再び下部の器に垂れて堪る仕組みである。
この濾過する過程で沸騰させていくと、上部の器に入った粉末状コーヒー豆から香りが発生して、作る過程でも香りで楽しませてくれるのだ。
だが、このコーヒーの匂いが四六時中漂うともなると話は別で、コーヒー好きならまだしもそうでもない人にとってはある種拷問であった。
  故にシュトゥンメなどはコーヒー作りをし過ぎないように釘を刺していたのである。

「ねぇアンディ。本当はシュトゥンメ隊長から、コーヒーを作るなって言われたのと違うの?」
「いやぁ、流石は愛しきアイシャ。鋭い考察だが‥‥‥これは俺の道楽でもあるんだ。それを取り上げると言うのは、それこそ拷問に等しい」
「お叱りを受けない程度にね。アンディの作るコーヒー、飲めなくなるのは嫌だから」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ」

そう言いながらもせっせとコーヒーブレンドに邁進するバルトフェルドの後姿を微笑み眺めやるアイシャであった。





  一方でプラント本国では、地球連合を圧倒的不利な立場に追いやる為に下準備を着々と整えつつある。それも、これまでに無いほど大掛かりな作戦だ。
その基礎を作っていたのは他でもない国防委員長たるパトリック・ザラなのだが、そこに多種のアイディアを切り貼りしたのはエゴルト・ラウドルップなのだ。
ナチュラルを殲滅することも厭わないザラ国防委員長の意思を、具現化しようと様々な手段を用いて地球に壊滅的打撃を与えようと言うのである。
  だが今回の作戦は多様に渡ることに加えて複雑化するのは明白であり、どこかで歯車に不和が生じてしまえば全体に波及する恐れも出てきていた。
それでも一撃によって圧倒的優位に立たねば先は長く続かないのは、これまた誰もが知り自覚している部分でもある。
もはやザフト内部において、開戦当初までの余裕というのは次第に尻すぼみを始めており、取り分けヤキン・ドゥーエの一件からして加速に拍車を掛けていた。
決してナチュラルに劣るとは誰しも考えはしないこそすれ、現場指揮官であるユン・ローやドズル・ザファリらから、侮るべからずとの声が挙げられている。

「地球連合は烏合の衆に違いは無い。だが、装備品は我らよりも進み始めておる」
「小官も同意見です。ナチュラルとはいえ、あの中立連盟からの技術援助が予想以上の効果を上げております」

現場に出ない人間には分からないであろうが、ザラはそれに当てはまることは無かった。冷静な目線と耳で彼らの報告を受け入れ、早期対策を図っていたのだ。
  プラントが地球連合に対して兵力差を埋める為には、幾度に渡る戦闘で連戦連勝を重ねて敵戦力を削ぎ落すか、或は効率よく纏めて叩き潰すかの二択である。
核兵器を有しないプラントとしては、現状的に考えれば後者を取らざるを得ず、如何に連戦連勝しても回復力に勝る地球連合が相手では埒が明かない。
だがそのアドバンテージを握る為の手段としてNジャマーとMSの戦闘ドクトリンは、早くも不安定な行先を見せつつあった。理由は簡単である。
先の2名が言う様に、地球連合の土壇場だが効果を上げている日本の技術がプラントの機動兵器戦術に、暗雲を垂れこめさせていたのだ。
  とはいえ、無論のこと全く無効化されたわけではない。〈メビウスU〉も多少厄介な存在だが、MSの敵ではないのだ。

「だからとて手を拱いてはおられん。あの中立連盟はNジャマーの解読と対処法を模索しているのだ。彼らの技術を鑑みれば、解決に数年も要しはしまい」
「もし中立連盟の手から地球連合の手に周れば、Nジャマーはもはや有効な妨害手段ではなくなる。再び核の脅威を受けるぞ」
「そう、その通りです。再び核を使うことに躊躇いのない野蛮人どもに、ユニウスセブンの悲劇を繰り返させてはならないのです!」

ザフト国防会議の場で不安の声を上げる幹部達を前に、まるで皆の意思を統合せんと動いているのが他でもないラウドルップであった。

「国防委員長閣下、この度に可決された『オペレーション:ロンギヌス』は、是が非でも成功させます。我がザフトには、それを成し得るだけの優秀な義勇兵が集っているのです。彼らの勇敢なる闘志は必ずや本作戦を成功させ、ナチュラルどもには我らコーディネイターの実力を理解させるのです」

『オペレーション:ロンギヌス』は、今回の大規模作戦に際して名付けられた命名だ。そもそもロンギヌスとは、かのイエス・キリストがゴルゴダの丘で貼り付けにされた挙句に脇腹を突かれた際に使われた、盲目の戦士ロンギヌスが使った槍の事を指し示している。
盲目だった戦士ロンギヌスは、槍で脇腹を突いた際に飛び跳ねたキリストの血を顔に浴びたことで視力を取り戻し、それからキリストを信仰するに至ったとされる。
  今回の作戦においても、そのロンギヌスの槍にちなんだものとなった。この作戦は、多大な戦果――ザフトの勝利によって地球連合兵士の血を流させて地球連合もといナチュラルに対し、コーディネイターには敵わないことを理解させようというのであった。
無論のこと戦闘員の血を流させるという事なのだが、作戦内容に対しても懸念をせざるを得ない穏健派一同が不安を次々と口にしたのである。

「こんな作戦が成功できるのかね」
「無茶だ。これは高度な連携と、確実な勝利が望まれる。それぐらいの事は軍の専門家ではない我々にも分かる」
「当初予定にあった通り、地上軍はアフリカ大陸制覇に向けて動き、宇宙軍は月面基地の攻略に絞った方が良いのではないか」

元々の計画であったならば、今頃は地上軍のシュトゥンメ隊率いるアフリカ方面軍に指令を出してアフリカ大陸制覇に乗り出していた頃であった。
更に月にある地球連合宇宙軍管理下で資源採掘を名目とした、エンデミュオン基地とダイダロス基地の攻略にも動き始めている頃だったのだ。
  それが突如として国防委員会側から白紙撤回が要請されたのである。その理由は、地球連合を一撃で大損害を与えて有利な条件で終戦を迎えるとの事だった。
終戦ではなく勝利と言わないのは、完全勝利を謡えばそれだけ地球連合も意地になって徹底抗戦を訴えること必至であるのは目に見えてわかる。
まして優秀なコーディネイターが集うプラントとは言えども人的資源や物的資源は無人にあらず、要らぬ犠牲を出す可能性が考えられた結果だ。
そこで効率よく被害を与えたうえで、さらに短期間の巨大な勝利でもって世のナチュラルに対し戦争への意欲を萎縮させようと言うのである。
  これまた、ザラの片腕的存在になり上がりつつあるラウドルップの思考回路が算出したものだ。

「諸君、私はコーディネイターの台頭を夢物語で終わらしはしない。ザラ国防委員長の基、一丸となって戦う事を約束する!」

かの国営テレビ中継で、何時もながら上手い事に国民の意識を高揚させるラウドルップは華麗なる舞台俳優になり切って、言葉の魔術を披露する。

「しかし国民諸君、忘れてはならない。ナチュラルは卑劣な劣等人種ではあり同情の余地はない‥‥‥だが!」

一呼吸置き、それから身振り手振りを加えてテレビ中継を通して発言する。

「ナチュラルを殲滅したところで、それは野蛮なナチュラルと何ら変わりのない低次元のレベルだ。それを、諸君は是とするか‥‥‥? いや、しないだろう。我々は、この崇高なる戦いに勝者として、支配者として終止符を打ち、彼ら野蛮人の上に立つ存在であることを知らしめる。それによって我らコーディネイターが治める新たな世界、新たな秩序、新たな繁栄を目指すのだ!」

この様にして、彼のメディア等を利用した政治的パフォーマンスは群を抜いているものである。
  日本というイレギュラーと呼ぶべき存在が居なければ、こうもプラントは博打ににも似た一大作戦を行おうとしたであろうか、と誰しもが思う。
だが“もしも”の話であり過去の事を蒸し返しても浅無き事だということを、誰もが認識しているのもまた事実だった。
それでも皮肉というものは何処にでも存在するもので、よしんば異世界の日本という存在が出現しなかったとしても、血塗られた戦争は回避しえないだろう。
何故ならば、日本が存在しなければユニウスセブンの被害は甚大なものとなるばかりか、ラウドルップは命を落とすと同時にザラも妻を失う事になる。
まして妻を失った事に我を忘れたザラが、今以上に猛り狂ってナチュラルを殲滅しようと躍起になるのは、想像するに難しいことではない‥‥‥悲しきかな。

「成功すれば、確かに地球連合の戦力を大胆に削ぎ落すことができる。プトレマイオス基地、並びにアラスカ基地を叩ければ‥‥‥な」

  作戦案に目を通したシーゲル・クラインは、文書を一通り読み上げてから眉を跳ね上げてザラを見つめた。当作戦では連合軍の司令塔を司る2つの一大基地を占拠ないし壊滅せしめる事で、一気に地球連合軍の弱体化を図る算段であったものの、このアラスカ基地の実態把握は遂最近になって明らかにされたものだ。
このアラスカ基地を潰せれば万々歳であり、ザラとしてもこの情報が入手されたからこそ当初予定されていた作戦を中断して大幅な見直しを行ったのだ。
  ただし、今のザフトは技術的・戦術的アドバンテージがあろうとも、その国力の差はいかんともし難いものがあり、地球連合軍の中枢を叩けるほどの猶予は無い。
まして突入口等の明確な出入り口まで把握していない故、いっそのこと占拠せずにそのまま破壊する方針になったのだ。確かに宇宙軍の主要基地であるプトレマイオス基地と、地球連合軍の総本山ともなるアラスカ基地を叩ければ、プラントは大いに優勢に立つことになるだろう。
  だが、それを成し得る為の戦術に対してクラインは不安を覚えずにはいられなかったのである。

「既に了承したことではあるが‥‥‥国防委員長、本当に大丈夫なのだろうな?」
「可決された作戦案に、今頃になって不安を持ち出されては困る」
「私が心配するのは、作戦の失敗よりも、中立連盟の出方を心配しているのだ!」

いつになく荒げた様子のクラインに、他の代表者達も一瞬だけ押し黙る。普段は穏健派としての立場にあるクラインが、そこまで荒々しく出る事はなかったのだ。
それだけに、今回の様子には戸惑いを覚えたものである。

「綿密にシミュレートしたのだ、問題は無い・・・・・・邪魔が、入らなければな」

  今回提示された『オペレーション:ロンギヌス』とは、次のような作戦目標となる。

主目標――
・宇宙軍
  地球連合宇宙軍主力部隊の壊滅、月面プトレマイオス基地の壊滅、地球連合軍統合最高指令部アラスカ基地の壊滅、
・地上軍
  アフリカ方面並びに地中海方面における地球連合軍(海軍・陸軍)の壊滅、ジブラルタル海峡の制圧、地中海の制海権確保、北アフリカ方面の支配圏確保

副目標――
・宇宙軍
 ポイントL4宙域の確保、資源衛星:新星の奪取
・地上軍
  スエズ運河制圧、マスドライバー:ハビリスの制圧、

  第1段階は、ポイントL4でコロニー群を決起させると同時にザフトも支援を名目として部隊を派遣することとなるが、当然の事地球連合軍も出てくるだろう。
ここでザフト宇宙軍は、主目標であるプトレマイオス基地を陥落させるために、功名なる情報の漏えいを行い連合軍の戦力配分を操作する。
あくまでもポイントL4の制覇はカモフラージュであって、真の目的は地球連合宇宙軍の要所と主力部隊を潰すことである。それを同時に成し得る布石だ。
この時地上軍は、アフリカ西岸より大西洋を北上してジブラルタル海峡を突破、迎撃に出る地球連合軍を掃討しつつ海峡出入り口を確保する。
  第2段階はポイントL4での戦闘が勃発したのを見計らい、ザフトの保有するとある兵器を投入し、情報に釣られてくるであろう地球連合軍主力と基地を殲滅。
さらに同時進行で特別工作部隊を放棄されたポイントL1に残存するコロニー:世界樹跡へ派遣。推進ユニットを装着し周回軌道コースから離脱させる。
地球圏内でも地中海と地上から侵攻、順次東へ移動しつつ沿岸都市を制覇していき、最終的にスエズ運河を占拠、然る後に南下してマスドライバーを占拠する。
そしてコースを逸脱させた廃棄コロニーを地球圏内へと突入させ、地球連合軍統合最高司令部アラスカ基地へと逆さ落としにし、一挙に司令部を壊滅させるのだ。

「地球圏へコロニーを落とすなど、正気の沙汰ではないぞ。今一度、このアラスカ基地に関しては避けるべきではないか?」

  心配の抜けきらない穏健派のアリー・カシムが今一度再考すべきだと訴えるが、それを是としない急進派一党の議員たち。
今さら何を言うのか、と呆れた様子で穏健派を突き放したのだ。だがクラインの言うような心配――つまりは日本の批難を呼び込み、混乱に拍車を掛けるのではないかということであり、あくまでもアラスカ基地に関してはやり方を変えるべきだと示唆していたのだが、急進派は受け入れない。
アラスカ基地へ落下させるコースは計算済みであり、万が一にもアラスカ基地以外に落ちる確率は10%程度に過ぎないと言い張っているのだ。
万が一にも、その10%が的中してしまったらどうするのかと思う。

「失敗を恐れて成功は無い」
「これ以上、ナチュラルをのさばらせておくわけにはいかん。一気に決着を付け、我々に敵わぬことを理解させるのだ」

  失敗はあり得ないと踏む急進派‥‥‥というよりも、コーディネイターを弾圧してきたナチュラルに手痛いダメージを喰らわせてやりたい一心だった。
それに使用するのは廃棄されたコロニーとは言えども半分は形状を維持しており、これが落下すれば確かにアラスカ基地は文字通り潰れるだろう。
だが地球への影響も計り知れないことも含まなければならず、下手をすれば地球の自転軸等に悪影響を及ぼしかねない上に、それに伴う自然災害も降りかかる。
地震、津波は無論のこと、コロニーの破片が大気圏内で散乱して周辺地域へ甚大な被害を及ぼすことも考えうる。上げればキリがないだろう。
  クラインの恐れる非戦闘員への被害。何をどうあれ言おうとも、民間人に被害を及ぼせば言い逃れは断じてできないのだ。

(結局、計画にGOサインを出したのは‥‥‥他ならぬ私だ。コーディネイターの生存を掛けた戦争の為ではあるが‥‥‥)

心奥底で自問自答するクライン。最高指導者として、当然のことながら自国の利益と安全を図らねばならない。それが地球連合の武力という圧力で脅威に晒されている以上は、それを排除していかねばならないことを考える。
もしも、万が一にもプラントが戦争に敗北した場合、責任者の1人としてクラインは当然引きずり出される。民間人を巻き込んだ罪悪人として‥‥‥。
  自分一人では背負いきれる罪とは思わないが、何よりも娘のラクスにまで魔の手を伸ばさせるわけにはいかない。場合によっては亡命させるしかないだろう。
しかし、何処へ? 一番の候補でありながら門前払いされる可能性も含む存在――日本に他ならない。

(願わくば、本作戦が致命的失敗を犯さないことを願うばかりだ)

作戦実行までも、もう日にちもない。刻一刻と迫る実行日に、ただただ、祈り続けるしかないクラインであった。





  一方で地球連合でも反攻に出る為に着々と戦力増強に努めていた。宇宙軍においては、先日の『ヤキン・ドゥーエ海戦』で負った手痛いダメージを残しながらも、既存戦力の修理と改修工事を急ピッチで進めて戦闘力向上を推し進めている。
その宇宙軍の主要基地となる月面では、その改修工事に日夜徹して行われ続けた結果として、現存する主力部隊の7割近くの艦艇が改修を終えていた。
加えて地球圏内における各国の宇宙艦用工廠に至っては、Nジャマー影響下で既存艦をマイナーチェンジした新規艦の建造を行っているのだ。
また各国工廠のみならず、アラスカ基地で増強された各工廠施設も稼働して宇宙戦闘艦の建造に勤しんでおり、作業が遅れつつも着実に戦力強化を行っていた。
  アラスカ統合最高司令部は太平洋に面した広大な森林地帯と、その分厚い岩盤層の下に設けられた広大な空洞を利用した巨大な軍事施設である。
地球連合軍の統合最高司令部としての機能を有するため、当然の事なら設備は他の連合軍参加国が有する基地を遥かに凌駕する充実ぶりだと言える。
統合最高司令部を頂点として、傘下に宇宙軍、地上軍、海軍、空軍、と各部門の総司令部が置かれている。さらに各軍部の研究開発施設、工場施設等も揃っていた。
  当然のことながら兵力も数多く配備されており、陸上兵力はユーラシア連邦陸軍所属の3個師団と東アジア共和国陸軍所属の2個師団、大西洋連邦陸軍所属の1個旅団(合計:兵員約6万2500人、戦闘車輛280輌、対空戦闘車50輌、移動砲台115門、戦闘ヘリ140機、対空火器類840門)となっている。
海上兵力はユーラシア連邦海軍所属の第2洋上艦隊と、東アジア共和国海軍所属の第11洋上艦隊、大西洋連邦海軍所属の第17沿岸警備隊(総計:空母3、強襲揚陸艦2、巡洋艦14、駆逐艦30、潜水艦14)が駐留する。
航空兵力はユーラシア連邦空軍所属の第6航空軍と、東アジア共和国空軍所属の第13混成師団、大西洋連邦空軍所属のアラスカ空軍州兵(総計:攻撃機184、爆撃機62、戦闘ヘリ126)が存在する。
  統合司令部という重要基地ではあるものの、そこを防御する軍隊比率はユーラシア連邦軍のものが約7割ほどとなっていた。これにはやや面倒な経緯がある。
このアラスカ基地こと統合最高司令部の建設地は、言わずとも大西洋連邦の領地たるアラスカ州だ。その為、当然と言えば当然だが、建設に際する主導権は大西洋連邦側にあって建設費用に関する出資比率も主要3ヶ国の内では大西洋連邦6:ユーラシア連邦3:東アジア共和国1と、実に半分が大西洋連邦持ちだったのだ。
一応は共同作業ではあるものの事実上の大物スポンサーとも言うべき大西洋連邦が進めていき、問題は多々あれども無事に完成に至った。
だが問題は完成してから無くなった訳ではなく、この後に巡ったのがアラスカ基地防衛部隊となる各国が供出する部隊比率になる。
  地理的観点から見れば大西洋連邦の管轄内部であるからして、大西洋連邦所属の軍隊が大多数を占めてもおかしくはないのだが、それは上記の通りだ。

「こちらは半分を出資して建設に全力を尽くしたのだ。なれば今度は、ユーラシア連邦と東アジア共和国が防衛部隊を駐留させてしかるべきだ」
「左様、基地の負担の大半を担うのだから、貴国は基地防衛の要となって頂いても良いでしょう?」

統合最高司令部の防衛部隊編成で、さも当然そうに言い放つ大西洋連邦の官僚や軍人に言われたユーラシア連邦代表陣、並びに東アジア共和国代表陣は、勿論のこと揃って血色の良い表情を放棄せざる得なかった。
彼らなりに本国を防衛する部隊が必要なのは当然であり、まして地理的に遠くなるアラスカに大部隊を駐留させるのは容易ではない。

「これは不公平ではないか。我が母国にも防衛力は必要だ。ここは、平等に部隊を派遣するべきだと思うが?」
「不公平ではないと思いますがね。こちらは基地を、そちらは戦力を提供して頂く‥‥‥理に適った交渉だと思いますがね」

  始めからこれが狙いだったのではないか。2国の代表陣は裏で舌打ちをしたが、基地設備の投資を積極的に行ったのは紛れもない事実である為に反論できない。
結局、ユーラシア連邦と東アジア共和国の2国は共同で大部隊の派遣を承諾し、渋々と言った呈で統合最高司令部へ兵を送っていったのである。
  そんな巨大地下基地アラスカと併設された地下都市グランド・ホローを、統合最高司令部を構成する各軍ごとに設けられた司令部――地球連合宇宙軍司令部の一室から見下ろしている、50代後半の壮年な男性の姿がそこにあった。
年相応に変化した灰色一色に染まった髪をしており、また口周りに生やした灰色の髭がモミアゲを通じて一体化した立派なもので、如何にもな手練れを思わせる。
地球連合軍特有の白地に染まった詰襟型上着と同色のスラックス。将官クラスを示す黒色の詰襟と、同じく黒色に染まった肩部分と脇腹部分がその証だ。
また黒色の詰襟に付けられている階級章も、将官クラスでも上位となる大将を示すものを付けていた。つまりは地球連合軍大将の人間である。

「難攻不落‥‥‥聞こえはいいが、要するに金惜しく命も惜しい連中が隠れるモグラの巣だ」

  辛辣な評価を下す壮年の56歳の男性――地球連合宇宙軍 宇宙艦隊司令長官 ハンス・イブラヒム・レヴィル大将は、冷めた目で地下都市と基地を見下ろす。
レヴィルは元ユーラシア連邦宇宙軍所属の宇宙艦隊指揮官であり、地球連合軍の再編に伴い地球連合宇宙軍の実戦部隊の指揮を任されているのだ。
エリートの道に進んだ秀才型の軍人であるものの偉ぶるところは無く、常に冷静に物事を判別する判断力と決断力に優れている上に、人望も国境関係なく厚い。
軍内部で蔓延しつつあるブルーコスモスなる過激集団には属さず、軍司令部では少ない良識的な人材でもあるのだ。

「それは、我々も含めて‥‥‥ですか? レヴィル閣下」

  一方で辛辣な評価に勝手ながら含まれたと苦笑するもう1人の高官がいた。年齢は48歳、アジア系の男性で焦げ茶色の髪をみっともない程度に整えている。
威厳や風格と等の装飾とは無縁の顔つきをした、そして軍服が無ければ軍人とも捉えることが難しいようなその人物の名を群 呉辰(チュン・ウーチェン)と言った。
階級は宇宙軍中将で、東アジア共和国航空宇宙軍所属の軍人であり、地球連合宇宙軍の新設後に宇宙艦隊司令長官を補佐する宇宙艦隊総参謀長の任を拝命された。
同国の軍人としてはかなり有能に類する人物と称され、初代総参謀長としてレヴィルの補佐に努めている。
  現時点で2人の関係は良好と言え悪い噂は特になかった。まずますの名コンビとして称されるに足るものであったろう。

「君が連中と同じ思考を踏まなければ、の話だな」
「成程。彼らと同類になるのは御免被りたいですな」

苦笑する群の表情に嫌味などは含まれず、窓目に地下基地を眺めやるレヴィルを一瞥しつつも、テーブルに置かれていたコーヒーを手に取り中の液体を啜った。

「国際連合から地球連合へと大層な巨大組織になったが、中身はまるでガタガタだ。政治屋共に媚びを売ってつまらん政治ゲームをする連中もいれば、軍需企業からリベートを貰う大バカ者、ブルーコスモスなる過激テロ集団の思想に染まる愚か者‥‥‥所詮はコーディネイターを打倒したいが為に急ぎ繕ったにすぎんことを、嫌という程に思い知らされるよ」
「心中お察しします。ですが、地球連合軍もひっくるめて愚か者ばかりではないでしょう。閣下と同じように、良識を持つ将兵も大勢おります」

  地球連合軍で半数以上の将兵がブルーコスモスの思想に染まっていると言っても過言ではないが、良識の範囲に脚を踏み留める将兵も少なくとも半数はいる。
宇宙軍で良識派と称されるのがチャールズ・ティアンム、デュエイン・ハルバートン、シュテファン・アンドロポフ、イスマール・バジルール、そして開戦当初に大敗と無断核攻撃を許し更迭されたトーマス・マクドゥガルらが挙げられるが、やはり、以前としてブルーコスモス派の将官が多数を占めていた。
  因みに先のマクドゥガルは、第1艦隊司令官並びに月面方面艦隊司令長官の職を解かれた後に中将へ降格され、現在はメドラー基地司令官へと就任している。
単なる艦隊戦の敗北だけなら降格という厳重な処罰はなかっただろうが、何よりも核兵器の無断使用と非戦闘員を大勢巻き込んだという責任が最大の理由だ。
そして月面方面における艦隊指揮権を有していたのと比べれば、メドラー基地という就任は大幅な指揮権力の低下であったのは誰の目に見ても明らかであった。
  彼の基にある兵力は、メドラー基地に所属する兵員1個旅団 約2100名、戦闘艦艇が3個パトロール部隊の9隻(巡洋艦3、護衛艦6)に過ぎない。
駐留する最大の戦力は第14艦隊であったが、マクドゥガルにその直接の指揮権は与えられてはいなかった。あくまでも、基地運用と周辺警備だけなのだ。
加えてメドラー基地の重要性というのも高いものとならず、ただ局所的に監視するためのステーションの様な役目でしかない。

「もっと理解できる人間が、上層部に居ればなおのこと良いのであるがな‥‥‥まぁ、それは兎も角、この話は一旦外に置くとしよう」

  語り尽くして実現できる程に容易いものではない難題を、一時的に思考の物置に仮置きする。

「プラントが行動を起こさないまま1ヶ月が過ぎたが、もう間もなく動く頃合だろう、との情報局の見解だ」
「情報局長のブロンズ中将がしゃかりきになって、プラントの行動予測を出していましたね。前回に裏目に出たことが、よほど堪えている様で」
「情報の責任者としては当然だろうな。渾身を込めて救い出した情報源の信ぴょう性は確信できんが、十分に考えられるものだ」
「えぇ、プラントも中々な狐が動き回っているようです。近々、決起の予兆を見せているポイントL3と共同しての中立地帯占拠――」

と、そこで一呼吸を置いてから、出された前振りの前菜の次にある真実のメインディッシュを読みたてた。

「と、見せかけた、我が軍のプトレマイオス吉、そしてこのアラスカ基地の占拠ないし破壊。これは中々の食わせ者ですよ」
「地球連合上層部も、この可能性を大と見たのも無理はあるまい。アラスカ基地は文字通り、地球連合軍の総本山となる基地だ。プトレマイオス基地は、事実上、宇宙軍の総司令部と言っても過言ではないからな」
「このアラスカ基地にしても、プトレマイオス基地にしても、合して数万人の兵士と数個艦隊を同時に養えるだけのドック、資材、武器、弾薬、燃料、食料、通信情報施設‥‥‥他の基地を遥かに凌ぎますからね、確かに本気になるのも無理もありますまい」

  このアラスカ基地とプトレマイオス基地を失うことは、地球連合宇宙軍の半身――どころか脳死状態に陥るに等しい損失になる。
もしそうなれば、地球連合は軍としての機能を完全に失うこととなり各地各宙域での軍部が孤立してしまいかねず、各個撃破で殲滅されることも危ぶまれてしまう。
また現存する他の基地では主要基地として要領的に足りない。分散した各基地で連携しつつ効率的に運用するしかないだろう。
それを許せばミリタリーバランスの変化を余儀なくされてしまう。そうならぬように、地球連合は全力でこのプラントの思惑を砕かねばならなかった。

「彼らがそのつもりであれば、我々はその裏をかくしかない。その情報が正しければ、の過程だがね」
「我が軍では先の戦闘の影響もあって、戦力の疲弊は著しいものです。地上軍はまだまだ余力がありますが、宇宙軍としてはあっちこっちに兵を分ける訳にはいきません。それこそザフトの格好の餌食となってしまいましょう」
「そうさせぬよう、上では手を打っているようだが‥‥‥どうかな」

  そう言いつつも冷めたコーヒーの入ったカップを手にして、その中身を飲み干すレヴィルの背中に冷たい悪寒が流れたような感覚を感じとった。
プラントが裏を掻こうとして練った作戦の真の意図を何となくではあるが、全容を掴み切れていないと思わせている。長年の軍人として培った感覚だろう。
そもそも、戦力的に拮抗させることすら難しいザフトが、どうやってプトレマイオス基地とアラスカ基地を落とすというのだろうか。
その辺りが不明確である分、彼の脳裏で警鈴が静かになり続けている。一度に膨大な戦力を有する基地を攻略するのは難しいが、破壊するだけとなれば話は別だ。
ともなればザフトの選ぶ手段は限られてくるのだが‥‥‥それにしたって、どうやって破壊するというのかという疑問もある。それだけの大量破壊兵器は無い筈だ。
考えられるのはただ一つ――質量兵器を使うことだろう。だが、何処にそんなものがあるというのか?

(下手をすれば市街地にも降り注ぐ危険もある。それをすれば、中立連盟も黙ってはいまい)

  ふと執務室に設けられた地球圏一帯の宇宙図を一瞥する。そこに地球連合軍勢力下とプラント勢力下、中立宙域を示す様に色分けされているが、そこに近年登場した中立連盟の勢力範囲も追加されている。
この連盟体が今後、どのような動きを見せるのか、興味が無いまでも関心は持つレヴィルであった。




〜〜〜あとがき〜〜〜
 どうも、第3惑星人です。ようやく第26話を掲載できました。これまで以上に頭を悩ます(何時も通りですが)もので、この二次創作の終末は構想出来てはいるのですが、そこに運ぶまでの流れが苦慮する次第。
ましてガンダムSEEDは思った以上に、軍事組織の体系が不透明故に、そこを妄想して舗装するだけで時間を費やすので、中々話が進みません。
それに比べれば初代ガンダムは、元々から連邦としての政府機関、軍事組織が設定されていたので感心しました。
加えて設定資料の年表を見ると、驚くほどに戦闘が短期間で連続しているので、プラントの国力や軍事力からして大丈夫なのだろうか、と真剣に思いました。
そのことから、今回記載しましたように、オリジナルで言うところの新星攻略戦、グリマルディ戦線の話を中心に、地上でもアフリカ戦線のことを同時進行させてみたりと、色々と考えていますが‥‥‥中々に難しいものです。
 さて、今回は各場面での深読みみたいな描写となりました。本格的な戦闘は、できれば次回に描こうか、或はまた世界情勢中心にして次の次に戦闘を持ってこようかと迷ってはいますが、おいおい考えようかと思います。

搭乗したキャラクターの参考作品――
ゲルハルク・シュトゥンメ ⇒ 実在人物のドイツ第三帝国陸軍軍人、アフリカ軍団のシュトゥンメ将軍から。
ハンス・イブラヒム・レヴィル ⇒ 『機動戦士ガンダム』の地球連邦軍総司令、レビル将軍から。
群 呉辰 ⇒ 『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟軍総参謀長、チュン・ウー・チェンから。


また私的なものですが、宇宙戦艦ヤマト2202第二章『発進編』を拝見しました。ヤマト発進、アンドロメダ艦隊の雄姿、ヤマト対アンドロメダなど、オリジナルをリスペクトしつつも、オリジナル以上に本気になって襲い掛かるアンドロメダに驚きました。
というか、アンドロメダ級の連射性能が予想以上にあった事に驚愕しました。
そして最後のシーン。カラクルム級6隻による雷撃旋回砲は鳥肌が立ちました。これも重厚なるガトランティスのテーマ曲の効果があったのだと思います。
いやぁ、次回が待てないですね。



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