第一節


  第70遺失管理世界:トコヨの調査に向かった調査隊メンバーの失踪を受け、急きょ事件解決に派遣されたティアナ・ランスター三等陸尉とミシェル・フェス・ホブロスク一等陸士は、今回の事件は今まで以上に難題となりそうな予感を抱えつつも現場を確認する為に地表へ降り立っていた。
トコヨは人が住めるには十分な自然環境を有していたが、そんな世界にあって滅亡したとされる文明は、いかなるものであったのかは明らかになっていない。
詳しくは明らかにされようとしている矢先に、調査団が疾走してしまっているのだ。
  その中にはティアナも良く知るユーノ・スクライアも含まれていた。なのはの親友としてだけでなく、かの魔導師としての恩師とも言える人物なのだが、それほどの人間が果たして行方不明とは思わなかった。
まして護衛の武装隊が数名張り付いていたにも関わらず、全員がほぼ音沙汰もないというではないか。最悪の事態が考えられるが、今は可能性にすぎない。
  ティアナは頭を振って不吉な思考を追い払う。

「どうしました? ティアナさん」

隣を歩いていたミシェルが彼女の様子を気になったのか、首をかしげながら尋ねた。

「えぇ、ちょっとね‥‥‥ユーノさんが失踪したというのが、ちょっと信じられなくて」
「ユーノ‥‥‥さん? ティアナさんがお話しをされてらした、エース・オブ・エースの恩師でしたか」
「まぁ、恩師というか親友というか‥‥‥。兎も角、あの人が簡単にやられてしまう程に軟な魔導師じゃないってことは確かよ」
「それに随行していた武装隊も同時に失踪したというのも‥‥‥」
「あまり考えたくはないけど、何だが嫌な予感がするわ」

その予感が的中しないことを祈りつつ、ティアナは仮設研究所の職員ならびに施設防衛に残っていた武装隊の面々と面会した。
  出来る限りの情報を得る為に事情を聴取したが、さして有力な手掛かりらしい手がかりは出てこなかった。

「何分、我々も初めて降り立った星です。調査の為に色々と準備をしてきた矢先の事でして‥‥‥」
「分かりました。では、例のパンクした車庫現場と、他殺死体の発見された現場を見せて貰ってもよろしいですか?」
「どうぞ。タイヤは車庫に保管してあります」

職員が疲れ切ったような表情で協力に応じてくれた。続けて魔導師からも現場の状況を報告する。

「遺体は仮設の安置所に保管してあります。発見された遺跡も現状のままに残してありますし、当時の状況は記録として残してあります」
「分かりました。早速、見せてもらいます」

  そう言うと手始めに車庫のタイヤの方から調査を始めた。履き替えられた穴あきタイヤは、車庫の片隅に積まれているものの、肝心の水溜りに関しては地面に染み込んでしまい、痕跡がほぼ見当たらなくなっていたのは致し方が無いというべきか。
幸いにしてサンプルだけは保管され、その解析データは降り立つ前の〈クラウンヴィクトリア〉艦内でも見せてもらっていたので問題は無い。
  肝心なのは穴の開いたタイヤの方だった。映像でも事前に見ていたものだが、いざ本物を見てみると尋常ではないパンクの仕方であることが伺えた。

「こんな大きな穴が‥‥‥」
「人間の手で、到底こんな事は出来っこないわね。そして魔力反応も無かった。やっぱり、水圧で風穴を開けたとしか考えられない」

魔導師がやったとすれば魔力の反応が検知され、警備中の武装隊にも分かる筈である。それ以前に水を利用したとしても、水属性魔導師は未だに存在しない。
氷属性ならまだ分かるが、氷では寧ろ貫通できずに粉々になってしまう可能性があるのだ。
ならば考えられる可能性として水圧を使った噴射機だろうが、そんなものを持ち込めるほどに小型化しているとも聞いたことがない。
凶器が判明したとしても誰が犯人か、どのような方法で水圧による風穴を開けたのか。

「我々も厳重に見回ってはいたのですが、まさか勘ぐられずに侵入されたとは‥‥‥不甲斐ないばかりです」

  ふと、案内してくれた武装隊の1人が落ち込んだ様子で語り掛けて来た。見た目からしてまだ10代後半と言ったところである。
彼の名をマイケル・ハウンズ 三等陸士と言い、武装隊に入隊してから3年目の隊員だ。

「気にしても仕方ないわ。魔力を使わずに侵入したともなれば、相当な手練れと見て取れる。まして誰一人として察知されないような隠密性を持っているとすれば、私だって発見できるとは思えない。だから、そこまで落ち込むことは無いわよ」
「‥‥‥ありがとうございます」

多少は勇気づけられたのだろうか、沈んでいた表情にやや明るみがさしたように思える。
  結局は車庫の内部に入るには、施錠された車両用扉を開放するか、仮設研究所内部から通っていくしかないことが分かったくらいで、後はお手上げ状態だ。
どうしたらこの密室の車庫に侵入出来たものか、と逆に当事者に答えを聞きたくなるほどの、完璧なミステリー小説の様なものだった。
これ以上の詮索は無用とし、次の遺体発見現場へと向かう事となった。

「ここはもう良いから、遺跡の方へ行きましょう」
「はい」
「わかりました。こちらへ‥‥‥」

  遺体の発見された現場まではそう遠くも無く、地上車で5分と立たない程度の距離だった。遺跡の大きさとしては左程に大きいと言訳ではないらしい。
だが例の遺体が発見されてしまったことから、現場検証なども考慮して手を付けられてはおらず、故に調査団は別の遺跡へと向かったのである。
現場はそのままの状態を極力維持していたこそすれ、やはり海水に関しては地面に染み込んで分からなくなってしまっている。
  その代りにトレジャーハンターらが盗掘していたであろう、遺跡に眠っていた数々の遺物が錯乱していた。
彼らは一番乗りになって金目の物を我先にと掘り当てようとしていたのだろう。ところが、正体不明の何かが遅い、彼らは反撃する間も、逃げる間も無く死んだ。
何に襲われたのかさえ見当もつかない攻撃方法は、得体のしれない不気味さをエッセンスにして内心を寒からしめている。
  やがて目的地の遺跡に辿りつくと、地上車から降り立った3人は目の前に広がる遺跡の光景を眺めやる。

「何だか、まるで墓の眠りを妨げた報復のようです」
「ミシェル、貴方って案外オカルト好き?」
「いえ。なんだか、遺跡とかが荒らされているのを見ると、居た堪れなくて。変ですか?」
「ちっともおかしくない。遺跡だろうと、かつては先人達が住んでいた場所なんだから、それを荒らされたとなれば、誰だって怒るわよ」

これまでにオカルトの類の話は全く出てこなかったが、遺跡と殺人という組み合わせが自然と、そういった話を持ち出してきたようである。
ミシェル本人もオカルト好きという趣味はないが、荒らされる遺跡を見ていると心が落ち着かなかったのだ。

「それはさておき、この殺害現場と、車庫のパンクは同一犯人と見た方が手っ取り早いけど」
「攻撃手段は同じようですから、確かに同一犯人だと思います。考えられる可能性として、別グループのトレジャーハンターか、或はこの星に在住する住人か‥‥‥」
「ま、待ってください!」

  そこで待ったを掛けたのは、案内してくれている先の若い魔導師――ハウンズだった。

「この星は遺失管理世界として認定された星です。住民がいるというのは‥‥‥」
「あくまで可能性です。それに、遺失管理世界に認定されはしましたが、我々は隈なく調査をしたわけではありませんから」
「ミシェルの言う事も一理あるわ。僅かな住人がいたとしても不思議ではないもの」
「となれば、益々もって危険なのでは!」

未だに生き永らえていた住民が、今回の様なことを行ったというのであれば尚の事、この危険性は高まるという事になる。
こういった先住民らに襲われるというケースは決して珍しい話でもないもので、外世界との接触嫌ったり詮索されることを嫌う民族らが妨害行為をしてくるのだ。
  とはいうものの、今回の例は危険度が極めて高いのは誰の目に見ても明らかだろう。魔導師を容易く殺害してしまうほどの住民となれば尚更だった。

「危険は承知の上よ。寧ろ、向こうから来るというのであれば好都合」
「そんな無鉄砲な」
「無鉄砲でも何でも構わないわ。どんな形であれ、接触できない事には話が進まない。調査団の行方だって知っているかもしれないしね」

傍らにてティアナのあっけからんとした様子に、ハウンズは唖然としている。ミシェルは驚きもせずに上司たるティアナの思考には頷いて賛同しているようだった。
  心配する彼を他所にしてティアナは遺跡に散らばっている遺物に近づくと、それをしゃがみ込んで眺めやる。如何にも、と言わんばかりの古い短剣だ。
他にも幾つかの遺物があり、独特の表面模様をしているのが分かるのだが、こういった解析はティアナの本業ではない。寧ろユーノの出番であろう。
この遺跡を突け狙うトレジャーハンターを殺害した犯人とは、同じ同業者グループの仕業か、原住民の仕業か‥‥‥だとしても、どうやったのか謎である。
それほどまでに特殊な能力を有しているという事になろうが、有って確かめてみない事には分からないものだ。
ミシェルもデバイスを使って現場の検証を行うが、やがて遺跡での探索が行われて20分近くが経過しようという頃だった。

「あれ‥‥‥急に暗くなりましたね?」
「本当だ」

  突然、3人のいる遺跡が陰りを刺したように暗くなった。遺跡そのものは林の中にあるとはいえ日陰が濃くなる程に、植物が生い茂っていたわけではない。
これにいち早く敏感に感じ取ったのはティアナだ。明らかに人工的な作為だと感じたのである。まるで、結界を張ったかのような感覚だった。
すると彼女のデバイス〈クロスミラージュ〉も異変を察知し、主であるティアナに警告を促して来た。

『警戒してください。結界に類似したエネルギー波を感知しました』
「類似?」

魔力ではない、別の何かが結界らしき隔離術を使用しているというのであろう。
ティアナも思わず首を傾げたが、驚くべき報告は次の様なものだった。

『AMFに類似するエネルギーを感知。魔力の出力が制限されています』
「え‥‥‥!」

  AMF――アンチ・マギリング・フィールド、即ち魔導師達が魔力による力を発揮できない様、著しい魔力制限を掛ける特殊フィールドの事である。
かのJS事件でも頻繁に使用され、機動六課の面々ら管理局魔導師を手こずらせた要因の1つでもあった。それが、この場で発生しているというのだ。
厳密には従来までに感知されたAMFとはまた違った種類の特殊フィールドの様ではあるものの、ティアナら魔導師達の力が減少されているのは確かだった。
〈クロスミラージュ〉の算出によれば、通常の7割か6割程度に魔力が抑え込まれてしまっており、明らかに戦力ダウンとなっている。
  これが人工的に生じたことは間違いないであろうが、なんら前触れもなく唐突に特殊フィールドを展開してくるとは予想外であった。
襲撃されたら対応しきれないかもしれない、と薄暗くなった周囲に警戒を強めるティアナとミシェル、ハウンズの3人。
さらには通信はおろか、念話による外部とのコミュニケーションでさえ妨害されてしまう始末で、救援をも呼ぶことは不可能である。
あの犠牲者たちも、この様な雰囲気の中にあったのだろうか、と考える間もなくして新たな声が彼女らを驚かせた。

「ここから立ち去りなさい」


「っ誰!?」

何処からともなく声が響き渡る。それは一瞬では良く分からなかったが、どことなく女性の声のようにも思えた。
  突然の勧告に驚いた3人は改めて身構え、ティアナも瞬時に〈クロスミラージュ〉を構えて襲撃に対応できる態勢を見せる。
もっともAMFらしきフィールドにある為に力は減少しているが、ミシェルとハウンズもやや遅れて構えると、自然と3人は背中を合わせて万全の態勢を整えた。
額に緊張の汗が滲むものの、襲撃らしい襲撃は切る気配は見られず、3人はよく周辺を見回すと同時にデバイスの探索にも注意を払った。
  身構えた瞬間、彼女らの目前で強い光が生じ、その場を強く一瞬だけ照らした。

「ま、眩しっ!」
「何!?」

その光はカメラのストロボにも似たようなものだったが、強い光に3人は思わず目を瞑ると同時に腕で顔を覆い隠してしまう。
一瞬だけの強い光は収まり、その光ったであろう方角に目線を向ける。
  めくらましかとも思える光に怯んだものの、まずミシェルが何かを見つけた。目を凝らすと何かが20m手前に立っていたのだ。

「ティアナさん、あれを!」
「? あれは‥‥‥人形?」

彼女の目線にも奇妙な物が入ったそれは、土色で何処となく人型を模した様な土人形のようであり、100p近い大きさのものだった。
古代遺跡にもよく登場する土器と呼ばれるものの一種であろうことは、ティアナにもミシェルにもわかった。日本で言う土偶という代物に酷似していた。
  だが不思議なのは、こんなものは遂今しがた無かったことだ。まるで誰がか気づかれぬように、そっと置いていったようなものである。
土偶に関して詳しい知識をティアナらは持っていなかったが、地球出身者であるなのは、或ははやて、地球で一時期暮らしていたフェイトらには分かるだろう。
目の前に立つ土偶は、中でもサングラスの様な大きな目が特徴的な種類――遮光器土偶と呼ばれる物に酷似している。
普通なら自ら動くはずもない変哲もない土人形の土偶だったが、明らかに彼女らの目の前にいる土偶からは、異質な雰囲気を醸し出しているように感じ取れた。

「こんな人形、ここにありましたか?」
「ちょっと、不要に近づかないで‥‥‥」

  ハウンズが訝し気な表情をして土偶へ接近するのを、ティアナは慌てて制止した。突然にして現れた土偶など、怪しいにも程があるではないか。
引き留められたハウンズも思わずハッとなって歩みを止めた、その刹那――

「っ! 危ない!」
「っ‥‥‥う!?」

土偶の異変に直ぐに気づいたティアナが咄嗟に叫ぶ。それとハウンズが攻撃を受けたのは、ほぼ同時だったと言って良い。
その土偶の目の部分――大きなレンズ上の目を横一文字に走った部分が青白く発光し、同時に口から透明な何かが槍のような形状を成して放射されたのだ。
無色の槍は明確な殺意を持って飛翔し、近づいて来たハウンズを狙った。正確無比な槍は彼の心臓のある胸部を、彼の意思共々、見事に穿ったのである。
着弾した瞬間に激しい水飛沫を発生させると同時に、彼とその周辺を瞬く間に濡らした。
  だが辛うじてバリアジャケットの効果で防ぐことは出来たが、それでも着弾した衝撃は尋常ではなかったらしく、ハウンズは2m近くも吹き飛んでしまう。
後ろへ吹き飛んだ彼の基へ慌てて駆け寄るミシェルと、彼の前に立ちはだかって庇おうと見せるティアナ。

「ハウンズ陸士、大丈夫ですか!?」
「はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥ぅぐぅ! し、心臓を‥‥‥正確に、狙って‥‥‥きた!」
「貴方は黙ってなさい、ハウンズ」

  呼吸が整わないハウンズを黙らせるティアナは、〈クロスミラージュ〉を構えて土偶と正対する。只ならぬ雰囲気を纏う、この土偶が殺人犯と見て間違いない。
たった今土偶が見せつけた、水を槍の如く吐き出して正確無比に対象の急所を撃ち抜こうとした様子から、嫌がおうにもティアナの思考内で一致したのである。
だが次はやらせはしない。向こうから攻撃を仕掛けて来たのだ、同じ手は喰うつもりは毛頭なかった。

「誰!? 誰が人形を操っているの!」

次の攻撃は来なかったものの警戒を緩めることも無く、ティアナは土偶を操っているであろう犯人に向けて言い放った。
  しかし帰ってきた答えはある種予想通りというべきか、目前の土偶が再び声を発して彼女らに警告を発する。

「立ち去りなさい。ここは古代人の安寧の地、誰であろう安眠を妨げ、荒らすことは許されない」
「私達は荒らしに来たわけじゃない。ユーノさんを‥‥‥いえ、調査団失踪事件の解明に来たの」

土偶を誰かが操っているなら、この土偶を介して見ているに違いない。ティアナはそう思い土偶に向かって答えるが、見る限り聞く耳を持たないことが雰囲気がある。
残念ながら土偶に表情を作る程の柔軟性はなく、文字通り硬い表情をティアナに向けているのだが、土偶は一時的にだがポツリと漏らした。

「ユーノ‥‥‥」
「?」

まるで思いつめる様でもあったが、やはり感情は読み取れない。
  すると土偶は続けて警告を発した。

「何であろうと同じ事。この地に足を降ろし、古代人の安眠を妨げる者は誰であろうと‥‥‥排除する」
「聞く耳持たずってわけね‥‥‥!」

デバイスを握りしめる拳に力が入る。どう話しても取り合ってもらえないとなると、必然的にこちらを潰しに掛かることは明白であろう。
  こちらから先手を打っておくべきか、と判断した途端――

「!」

土偶から再び水の槍が凶器として放たれ、ティアナの心臓を撃ち抜こうとしてきたのだ。彼女もまた修羅場を潜った魔導師であり、並ならぬ反射神経でそれを避ける。
避けられた水の槍は空中を飛翔して、後方にあった直径3mほどの岩に着弾した。すると驚くほどに鋭く、その岩に直径3pあまりの大穴を綺麗に穿ったのだ。
岩をも突き通す程の水圧を、どうしたらあんな小さな体から吐き出すことが出来るというのだろうか。
  ティアナの頬を、一滴の汗が滴り流れ落ちる。まして、あの土偶からは魔力反応は検知されておらず、それでもってこの様な芸当が可能なほどの、全く違う種類の力を保有している事となるだろう。

「ティ、ティアナさん!」
「貴女はハウンズを連れて離れなさい!」

後方にいたミシェルが心配しているが、彼女にはハウンズの傍にいてもらわねばならない。同時に彼女自身が1人で如何にか土偶を抑え込むしかない。
  だが、そんなティアナの内心を察してか、土偶は淡々として告げる。

「魔導師が、私を止められると思っているのね。残念だけど、無駄な足掻きに過ぎない」
「へぇ、言ってくれるじゃない」

まるで相手にもならない様な言いぐさに、ティアナは蔑ろにされた気分になったものの、戦闘能力が未知数の土偶に手強さを感じた。

「一応、警告はしました。立ち去らないのであれば、実力で排除するだけ」
「今のが警告ってわけ?」

あくまで表面状は余裕を装っているティアナだが、実際は焦りが内情を支配していた。行動不能とは言わないまでも戦闘力を半減したハウンズを伴っていては、ティアナも思う様に戦うことが出来ないばかりか、土偶に相対しつつも2人の後退と援護を兼ねなければならないのだ。
それに土偶の吐き出した水の槍は正確に心臓を狙ったばかりか、ティアナへの一撃をも警告の一部でしかないらしい。
  となれば土偶は本気でバリアジャケットごと身体を貫通させてくるか、或は被保護部分の頭部を狙ってくるやもしれなかった。
そもそもティアナの得意分野は、幻術による敵攪乱と射撃魔法の組み合わせである。幻術を扱える魔導師は早々おらず、魔導師の中でも希少価値が高い。
彼女からしてみれば、この幻術なりで土偶の気を引いておきたいところではあったが、見え透いたものだと気づくはずだ。
陽動に乗らずにハウンズとミシェルを狙われたら元も子もない。

(絶間無い攻撃で、私に気を向けさせるしかないわね)

拳銃型デバイス〈クロスミラージュ〉を改めて握りしめ直す――が、この疑似AMFによって力が発揮できない今、どれだけ抗えようか。
  身構えたのも束の間、土偶は微動だにせず水の槍を吹き付けた。ティアナは辛うじて反射神経で避けると同時に、小手調べに攻撃を繰り出す。

「クロスファイア・シュート!」

二丁拳銃型の〈クロスミラージュ〉から無数の魔力弾が飛び出し、それは様々な方角に飛翔しつつ土偶へ向かって一斉に進行方向を変えた。
誘導性と同時攻撃を可能としているクロスファイア・シュートによる攻撃は、ティアナの正確無比な狙いによって土偶へと見事に全弾が着弾する。
これで倒れてくれれば万々歳だが、魔力が減衰している状態で発射された魔力弾が何処まで通用するであろうか。
  着弾した時の発光と土埃が収まる前に、その成果の可否が証明される。つまり、土埃の中から新たな水の槍が放たれたのである。
効いていない! ティアナはある程度予想していたとはいえ、全く避ける気配も無かった土偶の防御力の高さ、そして視界が悪い中での正確な射撃に舌を巻いた。

(やはり、障壁の類を使用している? なら!)

辛うじて身体を捻って回避したが、そこで手を休めることなく次の手を打った。

「ヴァリアブル・シュート!」

  次に繰り出したのは、魔法障壁等の防御魔法を突き破る為に強化された魔力弾を撃つヴァリアブル・シュートで、土埃の中から現れかけた土偶へと叩き込まれる。
ティアナもJS事件以降に魔導師としての素質を向上させている故、力量も当然のことながら上がっている。それなりの威力もあると自身も自負はしていたのだ。
新たな土埃が土偶の周囲で舞い上がる。これで土偶の障壁か、或は強化装甲なりを穿てれば良いものだが、或はヒビでも入れられれば勝機はある。
  ところが収まった土埃から出てきたのは、何ら変化のない土偶だった。〈クロスミラージュ〉も土偶の表面上にヒビ等の亀裂が入った形跡を感知できていない。
見た目は古臭い土偶であっても戦闘力――敷いては防御力は予想を遥かに覆すほどの固さを誇る事を、まざまざと見せつけて来たのだ。

「これも駄目か‥‥‥くっ!」

途端にティアナに水の槍が撃ち込まれるが、それも辛うじて回避すると、目標を狙撃し損ねた槍は地表を抉って激しく水飛沫を上げた。
これでは腕や脚に当たれば必ず自身の身体から分離されてしまう。至近で弾けた水飛沫に身体を濡らせながら、顔に着いた水滴を素早く手の甲で拭った。

「ティアナさん、ここは退きましょう」

戦況不利と見たミシェルが撤退を進言する。

「分かってるわ。けど、ユーノさん達の情報をアレが握ってるかもしれない!」

そうだ。この土偶が犯人である以上は、何かしらの手がかりを知っていて当然である。どうにかして情報を引き出したいところであった。
  だがハウンズを介抱しつつも後退せざるを得ない現状を鑑みれば、ここは引き上げる他ない。まして救援要請が不可能な事を思えば尚更だ。
悔しい、この一言が彼女の思考を駆け巡っていたが、迷っている時間は無い。時間を無駄にする前に態勢を立て直してしかるべきであろう。

「‥‥‥撤収よ、急いで車に乗って!」
「はい。ハウンズ陸士‥‥‥」
「だ、大丈夫です、走れます!」

心臓を直撃されて呼吸を一時的に乱していたハウンズだったが、辛うじて呼吸を整えて自力で動けるだけの体力は戻していた。
ミシェルとハウンズは地上車へ走り出し、ティアナは時間稼ぎとして土偶に対し絶間ない魔力弾を撃ち続ける。
直撃を受けている土偶はビクともせず、ティアナに向けて追加の槍を吐き出していく。辛うじて避けるものの、着弾した途端に派手な水飛沫と土埃が舞い上がる。
  水と土に汚れながらもティアナは咄嗟に時間稼ぎの方法を思い付き、即座に実行した。視界を悪くする両者の弾幕による土埃と水飛沫の靄は、再び周囲を見渡せるようになるものの、それを見計らったティアナが猛進し、土偶に対してクロスレンジによる近距離攻撃を仕掛けて来たのだ。
〈クロスミラージュ〉がモード2と呼ばれるダガータイプ(銃剣型)と変化しており、それを土偶に突き立てようとする。

「この距離なら‥‥‥!」
「仕留めきれると思った?」
「!?」

  土偶から発せられる冷めた声に、ティアナの表情は瞬く間に強張った。ずっと同じ場所から動く気配のなかった土偶が、彼女の目前で一瞬にして消えたかと思えば、居場所を変えて突進してきたティアナの右側背に出現したのである。
高速で移動した――というよりもまるでテレポーテーションでもしたかのような感覚であろう。何ら予兆のない唐突な瞬間移動にティアナを瞠目させた。
彼女の〈クロスミラージュ〉は目標を捉える事が出来ずに空を切ってしまい、態勢を整える暇も無かった。
終わりだと言わんばかりの気迫を持って、土偶は超至近距離からティアナの右脇腹に槍を突き立てた。勝利は揺るぎないものと土偶には思われた。

「?」

  だが脇腹に槍を突き立てられて悶えるティアナの姿はそこにはない。脇腹に突き刺さったかと思うのも束の間、ティアナの姿は蜃気楼のように消えたのである。
土偶は姿を消した彼女の行方を探る為に周囲への意識を向けた途端、標的となっていたティアナが何処にいるのか直ぐに判明した。

「今の内よ、出しなさい!」

ティアナの声が聞こえる。その方向には、無傷の彼女の姿が地上車に乗り込んでいた姿があったのだ。
  してやられた。土偶は悔しさを見せることも無く静かに彼女らが逃げる様を見送りながらも思っていた。今しがた攻撃したのは彼女を模倣した囮だったのだ。
ティアナの得意とする希少能力――幻影術が、見事に土偶を欺いたのである。これに対し珍しい特技を有する魔導師も居たものだ、と関心さえしていた。
最初に荒らしに来た盗人たちや、調査という名目を掲げていた調査団の護衛隊とは違う。
いや、そもそもからして排除しようとすれば出来たのだ。そうしなかったのは、ティアナの口にしたユーノという名前に反応したからである。
この土偶がユーノとどんな関係にあるのかは明らかになるであろうが、今はまだその時ではない。
  けたたましくスキール音を鳴らしつつも遺跡を後にする地上車を追いかけることはせず、姿が見えなくなるまでその場に居座り続けた。
取りあえずは、この遺跡から立ち退けさせたのだから、一応の目的は果たしたものである。





第二節


  地上車を荒れ地も構わず飛ばして走り遺跡を後にした3人は、仮説研究所に着くや否や今回の一件を一先ずは〈クラウンヴィクトリア〉へと報告をした。
報告を受けたテロネザ艦長は、最初は右眉を跳ね上げて無言となったものの、ティアナの〈クロスミラージュ〉が記録していた映像を観るや認めざるを得なくなる。
とある世界では土偶と称されるこの人形の恐ろしさを、彼は映像として観たにしろ受けた心理的衝撃は小さくはなかった。

「この様な代物が活動していたとはな」

  テロネザは腕を組んで考え込んでしまう。この遺失管理世界として認定されたトコヨは、滅亡した文明世界ではあるが、もしかすれば滅亡した文明人らが防衛の為として土偶こと人形を造り出し、防御システムの一種として今でもなお活動を続けているのではないか。
魔力とは別の特別な動力源を用いているがゆえに、魔導師を相手にしても後れを取る事が無いばかりか、AMFに類似した妨害術を駆使できるのか。
そして先に派遣していた護衛武装隊の面々も、この人形の攻撃を受けてしまったに違いない。全く持って厄介な存在としか言いようが無かった。
  通信越しで頭を悩ますテロネザを見つめるティアナは、今後の方針を上げる。

『艦長、兎も角は再度の接触を試みます』
「本気かね」
『はい。調査団を探すためには、あの人形の正体を掴む必要があります。それにあの人形は、ユーノ・スクライア司書長の名前に反応していました。これからするに、何らかの関係があってもおかしくはありません。今度は、調査団が最後に消えたポイント付近で調査します』

彼女の目は強い意志を現している。確かに記録映像の中で、土偶が小さくではあるがユーノの名を漏らしていたのを、ギリギリ音声にして記録できていたのだ。
関係性を裏付けられるだろうが、ティアナも一度は死にかけた観で身である筈だった。
  だからとて彼女は、臆することは微塵も無かったのであるが、対するテロネザとしては素直に首を縦に振れなかった。
この人形が魔導師にとって天敵にも等しい存在であることを鑑みれば、ティアナとミシェルの2人のみに行動させるのは無謀だと思ったのだ。
まして武装隊のハウンズが軽傷とはいえ攻撃を受けてしまったのだから、こちらも相応の人数を送るべきではないか。
  ところがティアナは応援を丁重に断った。

「何故だね、ランスター執務官」
『魔導師の力を減衰させるAMFを展開させるだけでなく、通信手段をも完全にシャットアウトさせる特殊フィールドを使う相手です。下手に増員すれば被害を増やす事にも繋がりかねません。ここは、私とミシェル一等陸士で向かいます』
「確かに理に適ってはいるが‥‥‥」

かといってコンピューターの如く「YES」と言えるほどに、テロネザの決心は付けられはしない。ティアナに捜査の指導権は与えられてはいるのだが、かといって現場指揮官である彼の立場からして損害を増やしてしまうのは非常に好ましくなかった。

『艦長、兎に角は接触を図って見ない事には事態は進みません。それに、あの人形は遺跡を荒らされることを嫌って妨害に出て来た節があります』
「執務官。つまり君は、遺跡を荒らさない意思を見せれば襲われる可能性は無いと言いたいのかね」
『ゼロとは言い切れませんが、あの人形がこちらの言葉を認識し、応えている以上は可能性はあります。ここは、私達で向かいます』

頑として曲げない女性執務官にテロネザは半ば呆れ、どの道は自分に決定権がある訳でもないとして、ティアナの進言を受け入れる事となった。
攻撃してきた土偶が防衛機構の一種であろうが、ティアナらの言葉に反応している以上は対話できる可能性も確かに捨てきれはしないだろう。
  それでも、もしもの事がある。本局にはこの事態を報告せねばならないし、本局も増援を出すか、静観するかの二択を選ぶこととなる。
いや、静観するという採択はないか。何せ人形がAI搭載型デバイス並みの思考を持って行動し、こちらの攻撃を何吹く風と言わんばかりに受け付けなかったのだ。
この様な存在が確認された以上、この遺失文明にはそれ相応の隠れざる兵器が隠されていると見る可能性もあった。
管理局の性質上からして質量兵器等の取り締まりを常とすることから、少しでもその可能性が見られれば無視する訳にもいかないのだ。
今回の一件を受けて、管理局上層部は遺失文明:トコヨを徹底調査してくるに違いないが、その時に、どの様な結果をもたらすかは知る由もない。

(どの道、増援は出てくるだろうが、今はランスター執務官の判断に任せる他あるまい)

切れた通信機をジッと見つめながらも、ティアナとミシェルの無事な帰還を願うテロネザであった。
  土偶の襲撃から嘉禄も逃れたティアナとミシェルは、再び調査に向かう前に調べておきたいことがあり、留守を預かっていた1人の研究者に尋ねている。
研究施設の一室にある分析室にて、ティアナとミシェルは1人の壮年男性に〈クロスミラージュ〉の記録映像を見せていた。無論、土偶についてである。

「これが、その人形です」
「ん‥‥‥んぅ?」
「分かりますか、イチノタチ博士」

彼――ゴロー・イチノタニは、この57歳の考古学者だ。考古学以外にも多方面に渡って知識を有しており、ミッドチルダでも名の知れた人物でもある。
これまでにも他の次元世界に存在する遺跡調査に出向き、その国の歴史を紐解いてきた経歴を有しているがゆえに、今回の調査団にも加わった次第だ。
名前からするに、彼もまた第97管理外世界こと地球の日本人の血筋を引き、先祖代々から考古学を中心とした学問に全身全霊を掛けている。
  だが彼は、トコヨ調査団に同行したこそすれ遺跡への調査には行かなかずに留守を預かっていた。普通なら飛び付いてでも調査しそうなものではあるが、それは他人の考える事であってイチノタニの心中は違う方向に関心が向いていたのだ。
彼自身は博識な学者という事で解決の難しい事件の調査を依頼された経緯もある。その為か、彼はトコヨで起きた殺人事件の殺害方法に興味を示したのだった。
海水による殺人ではないか、というユーノが立てた憶測を支持していたものの、確信が無かったゆえに全面的な賛同までには至ってはいなかったのだ。
そもそも現場に残された液体の解析に当たったのは、他でもないイチノタニ博士だった。海水という結果を出しておきながら、或はユーノと同じ推測を立てておきながらも調査の中止を進言できなかった自分の責任がある、と自責の念に捕らわれている部分もある。
  〈クロスミラージュ〉が展開表示する記録映像の土偶を見て、顎に右手の指を当てながらしばし思い耽り、そして脳内の記憶から該当する記録と引っ張り出す。

「これは珍しい。君、これは土偶――とりわけ遮光器土偶にそっくりだよ」
「シャコウ‥‥‥キ、ドグウ? なんですか、それは」

聞きなれない言葉に戸惑い首をかしげるティアナとミシェル。ミッドチルダ出身の彼女らが知らないのも無理はないか、とイチノタニはコンソールを操作する。
その片手間にティアナ達に対して、まるで学生に知識を与える大学教授の様な雰囲気を纏いつつも説明を続けた。

「ミッドチルダの歴史上にも、土でかたどった人形は確認されているのは、君たちも歴史で知っているだろう?」
「はい」
「この映像にある土人形も、その類なんだが、こういった独特の形状をしているのは、次元世界であまり類を見ないんだ‥‥‥あった、これだ」

  と言ったところで、彼の探していた資料を発見した。それが2人の前に映し出されると、思わずその代物に目を丸くしてしまった。
彼女らが襲撃を受けた時の人形にまったくソックリな姿形をしたものがあったからだ。

「これって‥‥‥!」
「これが遮光器土偶だよ。第79管理外世界の日本と呼ばれる島国で発掘された遺跡‥‥‥いや、向こうでは古墳と言ったかな? そこで発見された土人形の1つさ」
「本当に似てますね、ティアナさん」

ミシェルも呆然としている。
  そんな彼女らを傍にしておいて、イチノタニは続けた。

「目の部分が非常に特徴的な土偶でね。これが“目”ということを誇大表現する為の作りだとされるんだがね。因みに命名された遮光器の由来は、この世界の北側に住む民族が強い日差しから目を護る為に使う眼鏡の一種‥‥‥この遮光器から来ているんだ」

そう言って比較の為に見せたのが、サングラスの様でありながら透かして見ることは出来ない変わりに、その眼鏡の左右のレンズ部分を横断するように、横一本に作られた細長い隙間が存在し、その隙間から除くように使うらしい。
これは、エスキモーやイヌイットら民族が、太陽の強い日差しと積雪による太陽光の強い反射から目を護る為に使われているものである。

「ただ一説には、宇宙人の姿を真似ているとも言われていてね。故に第97管理外世界の北側に済む人々は、宇宙人との交流が深かったのではないかとされるんだ」
「本当にそんなことが?」

  ミシェルが尋ねる。それにイチノタニは苦笑して答えた。

「まさか。何ら確証のないものさ。まぁ、我々の存在は、管理外世界からすれば宇宙人に違いないがね」

それは兎も角として、講義もそこそこにして本題に入った。

「まあ、それは兎も角としてだ。この遮光器土偶に酷似した物だが、トコヨに関する文献を出来る限り検索してみた所、該当するものがあったよ」

  端末からトコヨに関するデータを引っ張り出し、データ化されたページの中から該当するページと文章を抜き出した。
文面に合わせて読みやすいように自動的にミッドチルダの標準語へ訳され、ティアナたちにも読みやすくなっている。彼女らは興味津々にのぞき込む。
ページには遮光器土偶に関する記述が書かれており、同時に写真付きで分かり易い様になっていた。掲載されているのは遮光器土偶そのものを撮影したものではなく、古代人達が手描きで描いた模写を掲載したものである。
それでも判別は良くできるくらいの絵で、よほどに古代人達が記憶していたようだ。

「トコヨでは、これをワダツジンと称していた」
「ワダツジン、ですか」

  聞きなれない単語が続き、ミシェルの頭の上には“?”が浮かび上がりっぱなしだ。ティアナもそれに近い様子である。

「そうだ。詳しい資料は少なくてね、あまり確定的な事は言えんのだが‥‥‥要は、トコヨとその民を護る騎士か、日本で言えな巫女の様な存在だったようだ」
「あの人形が‥‥‥ワダツジンだったという訳ですか」
「厳密にいえば、人形ではなく、意思を宿した精霊に近いだろうね、ランスター君。この文献からもコミュニケーションを取った事が書かれているから」
「という事は、ワダツジンは明らかな意思を持って、遺跡に侵入した者を撃退していたという事ですか」
「だろうねぇ。君らが襲われた際にワダツジンが使ったのは、紛れもない水を武器とした攻撃‥‥‥さしずめ超速海水弾と言ったところかな」

水を司る守り神であればこそすれ、水を使った攻撃手段にも納得がいく。魔導師でなければ科学兵器でもないのも合点がいく話であった。
それにAMFに似たフィールドを形成して魔導師の力を減衰させるのも、不思議な力を持った守り神ならではという事にもなろう。
  トコヨの民を護る守り神――或は巫女に近い存在であろうが、ともなるとワダツジンは無人となった遺跡を護る為に、今もなお活動しているという事か。
多少の疑念が浮かび上がるティアナであったが、人形の正体が判明したうえに行動の目的も大まかながらに理解できた。
この事を〈クラウンヴィクトリア〉のテロネザにも追加報告として報告しておかなければならないだろう。
  だがイチノタニ博士の話は終わってはいなかった。

「それとだね。トコヨを護るのは何もワダツジンだけではないようだ」
「他にもいるんですか」
「ナギラと呼ばれる、トコヨの守護神だ」

ユーノも文献で見た名前であるが、それを彼らが知りようもない。

「ナギラも古代人が記した古文書に絵として記録されている。これが、その絵だよ」

新たに映された文献に掲載されている絵を見て、ティアナとミシェルは同時に同じ言葉を口にした。

「「ドラゴン?」」
「うぅん、ドラゴンとでも呼べばいいのか分らんが」

  ドラゴンと言ってもあながち差支えは無いかもしれない――というより、それ以外に適切な言葉があまり見つからなかったのが本当ではある。
ナギラと記された絵は大まかな概要は捉えている様で、二足直立歩行型のドラゴンで、立派な尻尾もあるものの先端には(はさみ)らしきものが確認できる。
また背中には、簡略的ではあるが背びれの様なものが並んでいる様で、頭には2本の大きな角が後ろ向きに生えているようだった。

「ワダツジンとテレパシーで繋がり、怒れる神として外敵に猛威を振るったとされる。時として、トコヨを狙ったとある外部勢力が数万という軍勢を送り込んだのだが、ワダツジンの危機を感じ取って眠りから冷めたナギラが、瞬く間に殲滅してしまったという記録もあるようだ」
「数万単位の軍勢を、一瞬で?」
「まぁ、どの程度の時間経過は分らんが、1日は無論、半日も必要なかったようだね」

守護神たらんとする威容が、文面だけではなく、簡単な絵として記録もされていた。何かを吐き出しているのか、火焔の様な表現で兵士を焼き殺す情景だった。
本当にこんな守護神が実在しているのだろうか。実在しているとすれば、よほどの破壊力を秘めた存在になるのではないかと恐れお慄いてしまう。
  次元管理世界にも幾多の生物が存在し、ドラゴン型や昆虫型など様々だ。魔導師の中には召喚術を駆使した者もおり、こういった生き物と共存するのだ。
ティアナの同僚――敷いては後輩に当たる女性魔導師 キャロ・ル・ルシエもその1人である。ピンク色のミディアムショートをした愛らしい彼女は、常にフリードと呼ばれるドラゴン型の召喚獣を連れ添っており、彼女の術に従って形態を数種類に分けていくことが出来る。
他にもJS事件で保護された少女――ルーテシア・アルピーノも、昆虫型召喚獣を駆使する魔導師だ。同時にガリューと呼ばれるヒューマノイド形態の生物もいる。
だが、このナギラと称されるトコヨの守護神は、それよりも全く次元の異なる存在であることが、ヒシヒシと伝わってくるのである。
  さらに興味深いのは、この第97管理外世界の日本において、一部不思議な事件が発生していたという事だ。

「これは、ついさっき分かった事なのだがね。この遺失管理世界がトコヨと分かった後、この名前が気になって調べてみらた、この地球‥‥‥今、話した日本に通じる名称でもあったんだ」
「何ですって、地球との関係があるというんですか、博士は?」

ティアナも唖然とする。地球と言えば、高町 なのはの故郷だ。そんなところと繋がりがあるというのか。

「確証は全くないよ。だがトコヨとは、日本の“常世”と同じではないかと推測されるんだ。君らには馴染みが全くない言葉かもしれんし、意味は分からんだろうが、我々のところで言う幻の星‥‥‥アルハザードとでも言えるかな」
「アルハザード‥‥‥」
「そう。誰しもが目指すユートピアだ。それを日本のほんの一部人間が信じていたらしい。非常に少ない情報だが」
「それで、どう関係しているんですか」
「そうだね。繋がりがあるとは言えんが、関係性はあると思うんだ」

  1990年初頭の日本では、古墳に纏わる事件が多発していた。古墳や遺跡を盗掘ないし開発しようとする者への祟りだ、などという噂まで流れる程だったという。
そして記録映像は無かったが、開発中の遺跡から巨大な生物の尻尾が現れて開発現場を破壊したという証言が寄せられている。
これにより遺跡や古墳への盗掘や開発、敷いては歴史を特集しているテレビ局の取材調査さえも取材中の事故が頻発した事で中止という事態になったのだ。
  当時の情報中でイチノタニがふと発見したのが、とある小さな港町の観光計画破綻という見出しだ。

「当事者の話では、この港町には『常世の島』と呼ばれる離島があり、そこで海人族が、清身という現代生活の汚れから身を清めていると聞き付けた」

言い換えれば原住民の様な人達とも言えなくも無いが、無論、海人族と呼ばれた人たちは普通の人間として現代社会に馴染んで生活していた。
ところが、その開発者がどこから聞きつけたのか、この町を重要文化財だのと掲げて、観光開発区画という白羽の矢を投げつけてしまったのである。
  そこからはティアナにもミシェルにも想像はついた。開発者の事前地質調査が始まったその日の夜、案の定、巨大不明生物が港町を徹底して破壊した。
観光地として仕えぬようする為か、口から光線を放っていたという証言さえも、当事者の中から言われているくらいだった。
この巨大不明生物は、軍隊こと自衛隊の出動が間に合う間に徹底して破壊した後、音も無く消えていったという。
出現した経緯は無論のこと情報に書かれてはいないが、恐らく秘境が暴かれようとしていることを悟った海人族によって、巨大不明生物が呼び出されたのだろう。
さらに興味深いのは、その直後の事だ。どこからともなく1機の大型宇宙ロケットらしき物体が打ち上げられ、宇宙の彼方へと飛びだったというのであった。

「そんな事が、第97管理外世界で?」
「ホブロスク君にも信じられんだろうね。そして、この一連の事件の中は、遺失管理世界:トコヨで起きた殺人事件と似通っているんだ」
「水を使った攻撃‥‥‥と?」

  ゴクリ、と息を呑むティアナは尋ねた。それに頷いて肯定を示すイチノタニ。

「さらに、土偶に似た殺人ロボットなる証言もあったんだ」
「「!!」」

となると、必然的に考えてしまうのは、この日本から離脱したロケットというのは、このトコヨに要るワダツジンと同じ存在の可能性もあるという事だった。
ティアナとミシェルの背筋に恐怖という冷気が降り立ち、思わずゾワリとしてしまう。

「ナギラが実際に居たのかは、我々の目で確認できていないから分からんが、君らも警戒した方が良いだろう」
「‥‥‥そうですね。ワダツジンが確認されている以上、このナギラと呼ばれるドラゴンには注意を払います」
「そうしてくれたまえ。私としても、行方不明になった調査団の面々が無事に帰ってきてくれることを望んでいる」

  ふとイチノタニは表情を暗くしていく。

「何故、あの時にスクライア君の進言に同調して、団長のコヴェッタ博士を説得しなかったのか、今になって後悔している」
「博士‥‥‥」
「学者の多くは、探求心が強すぎるが為に危険に晒されることも少なくない。私もそのクチ(・・)だが、今回ばかりは不味いと感じたよ」

確かに学者とは、人類の発展の為と言って突っ走る傾向は珍しくはなく、時としてその好奇心の旺盛さは周りの危険を顧みないものだ。
それでも限度というものがあり、今回もその例に漏れない。今しがた彼が口にしたユーノの名を聞いて、ティアナは一層のこと気を引き締めた。

「博士、ご協力に感謝します。これより、もう一度、調査へと向かい‥‥‥」

  そこまで言いかけた時、研究室の内部が異様な雰囲気に包まれるのが身体にして感じ取られた。気づかない内に異質空間へでも迷い込んだような感じだ。
さらに加えて第3者の声が響き、ティアナとミシェル、イチノタニ博士らの耳に確実に入って来た。

「立ち去りなさいと言った筈です」
「「!?」」

突然の声に驚愕する面々だが、ティアナとミシェルには聞き覚えのある声色だったと気づくのに、そう時間は必要としなかった。
一斉に振り返ると、そこには今までいなかった筈の人間が1人、その場に佇んでいたのだ。それも赤一色に統一されたワンピースと上着、頭部から首にかけて覆われたスカーフ、そして濁った金色の様な手袋とヒールという特異な出で立ちに、綺麗に整った顔と白い肌をした女性である。
美女と言っても差支えないが、それは何処か浮世絵離れしているものだった。この女性が、先ほどの声の持ち主なのであろう。
  それでも、先ほどの遮光器土偶とは全く違う姿だ。では、彼女が土偶を操っていた本人なのだろうか。

「誰だね、君は!」

  イチノタニ博士が真っ先に口を開いたが、目の前の女性は表情一つ崩さずに3人を見据えている。ティアナも身構えて女性の出だしを伺っている。
誰であるかという質問に対しては、しばし沈黙を保っていた女性であったが、ティアナらが辛抱しきれずに口を開きかけた途端に機先を制する形で名乗りを上げる。

「ホシノ・マユミと申します。異世界の方々‥‥‥いえ、ゴロー・イチノタニさん」
「なっ‥‥‥私の名を!?」
「貴女はティアナ・ランスターさんですね」
「そうよ」

何故、この女性――ホシノ・マユミが、イチノタチとティアナの名を知っているのであろうか。疑問に思った矢先に再び口を開く。

「スクライアさんから、お話は聞いております」
「ユーノさん‥‥‥から?」

  まさかユーノから聞いたという話に、3人とも驚きを禁じえなかった。聞いたということから途端に我に帰ったティアナは、マユミに尋ねた。

「ユーノさんは生きているの!?」
「それに、他の面々はどうしたのだね、君」

矢次に飛ばされる疑問に、マユミは相変わらず一切の身動ぎもせずに3人を見つめている。まるで無用な事だと言わんばかりの態度でもあった。
そして数秒の間をおいてから、彼女は再び口を開く。

「解放してほしいのであれば、こちらの条件を飲んでいただく必要があります」
「‥‥‥この星から撤収しろ、ってことでしょう?」
「お分かりなら、直ぐに実行してください。さもなくば、彼らには永遠とここの住人となるでしょう」

その意味を理解することに、さほどの時間を必要とすることは無かった。




〜〜〜あとがき〜〜〜
  第3惑星人です。今年最後(或は年明けか)記念作品として完結させるには、今少し(それで済むかさえ怪しいですが)お時間を頂戴することとなります。
ようやく、本命ともいえるワダツジンを出すことが出来ました。それでもって、ティアナとの戦闘という形式に短いながらもなった訳ですが‥‥‥。
個人の戦闘描写は得意とするわけでもなく、色々と情報を検索するなりして妄想で補って書いております。
あと、トコヨという星についての説明がほぼ占めておりますが、この辺りは『星の伝説』の中身を引用させてもらっております。
  また今回出て来たゴロー・イチノタニは、ウルトラQで登場した、一の谷博士からお借りしてます。
同じく、ホシノ・マユミことワダツジンは、『星の伝説』の当人としてお借りしました。
実際、魔導師が負ける筈はないと思う一方で、このワダツジンこと星野は瞬間移動、飛行、超速海水弾、と形態変化、異質空間への誘い(竹藪の場面で)、といった事をしているので、相当な力の持ち主だろうと考えた末に、今回の様な戦闘模様になっております。
  何とか完結できるよう、頑張りますので、今後もお付き合い願えればと思います。



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