第一節
「‥‥‥ここは?」
瞼を開き、外界の様子を確認しようとするユーノの目に飛び込んできたのは、青白くも綺麗な天井だった。それはそれはではなく、れっきとした人工の天井だ。
その空間の中には幾つもの勾玉の様な物が浮かび、まるで海に漂うクラゲの様にゆったりと動いているが、それら球体がぶつかり合うことは無い。
自身が仰向けになっている事に気づいたユーノは、今度は視線だけではなく頭も動かして周囲を確認した。
「何だ・・・・・・何処かのドーム、なのかな?」
どうやらドーム型の広いホールの様で、外壁から天井は綺麗な青色ではあるが床は真っ白だ。このドームの天井中心部に灯るライトまでの高さは、目算で約100mはあるのではないかというもので、上半身を起こしてから良く周囲を見渡してみると、床の広さは半径約200mはありそうだった。
まるで透き通った海底の中に居る様にも思える広大なドーム型ホールだ。その中を漂う無数の勾玉は、人が座れば十分に入れる程の大きさであろうか。
不思議と落ち着きが与えられていき、ライトのせいかは分からぬが暖かい気持ちになれる。まるで母の腕の中に居る様な気分になれる。
此処はいったい何なのか、と頭の中で繰り返す様に問い続ける。そして、立ち上がった所で不意にユーノを呼びかける声が聞こえた。
「目が、覚めたみたいだね」
「!」
慌てて声がした方向に振り替えると、そこには2人の男女が立っていた。男性の年齢は50代前半程に思える壮年な痩せ型で、白い着物――白装束を着ている。
見たところでは、地球で言うところのアジア系の人間のようで、詳しく言うなら東洋人こと日本人に近い印象ではないかと思ったものだ。
高町 なのはや八神 はやて等の日本人らとの交流の多いユーノだからこそ、ふと思った直感であった。
片やもう1人の女性は、20代後半か30代前半とも取れる。古風な男性と違って現代風と言えばよいか、赤に統一したワンピースに上着と、顔だけ出す様に巻いた赤いスカーフが特徴的な、そして陶磁器のように白く綺麗な顔立ちの美女であった。
この女性も浮世絵離れしているとはいえども、やはり東洋系もとい日本人女性のような感じがした。
「貴方達は? それに、ここは‥‥‥」
戸惑いながらも、ユーノは目の前に立つ男女に尋ねる。
「自己紹介がまだだったね。俺は浜野 哲史、このトコヨの住民だ。そして、ここは『瞑想の間』だよ」
「浜野‥‥‥ということは、貴方はもしや・・・・・・」
男性の名は浜野 哲史。名前からして、彼が紛れもない第97管理外世界の日本人であることを、ユーノに確信させるのには十分なものだ。
ユーノの動揺ぶりから、浜野も察したようだった。
「その様子だと、俺が何処の世界の人間か、知っているようだね」
「本当に、地球の日本人‥‥‥なんですね?」
「そうだとも。ただ、日本人ではあるが、それも過去の事だ。今はトコヨの民として日々を送っている。そして、こちらは‥‥‥」
そういって自身の紹介を終えた浜野は、隣にいる女性を紹介する。
「初めまして、ユーノさん。ホシノ・マユミと申します」
「ホシノ‥‥‥マユミ‥‥‥では、貴女も?」
「いえ。私は違います。日本で活動する為に、この名を使っていただけです」
「活動‥‥‥? いったい、貴方達は何者なんですか! それに、他の人達はどうしたんです!」
かつては日本の住人だったという男性と、かつては日本で活動していたという女性に戸惑いを覚えるユーノは、思わず声を強くしてしまう。
さらに教えた筈もない自信の名を、どうしてこの女性が知っているのであろうか。生憎と名札の類は付けてはいなかったのだから。
ユーノの混乱ぶりを見た浜野は、そのような反応も無理はないか、と苦笑しながら説明をしてくれた。
「すまない。混乱してしまったようだね。順を追って説明しないといけないが、まずは君が此処に来るまでの経緯を、覚えているかな?」
「それは‥‥‥」
そうだ、あれは唐突に襲って来たのだ。調査団一行が目的の大きな遺跡に向かう最中、槍の形をした透明な何かが飛んできたのだ。
彼に言われてからユーノは、ここに来るまでの経緯を思い返していった――
仮設研究所から数台の地上車に乗って出発してから30分後だった。森の中を、古代人が作ったであろうかつての道が走っており、それをなぞるようにを走行していた地上車の列には幾人もの学者達が乗り込んでいた。
これから向かう最大級と思われる遺跡に対して、まるで初めて玩具を与えられた子供様な純粋さと真剣さを持って、推測を学者同士で垂れ溢していたのだ。
ユーノはその話し合いには混じれず1人で物思いに耽っていた。例の殺人事件といいパンク事件といい、ただならぬ感じがしてならないのである。
手元にはトコヨに纏わる書籍が置かれ、到着するまでの間に色々と推測を重ねるユーノだったが、それも唐突に終わりを告げた。
まず異変の兆候として現れたのは通信状態の悪さだった。GPSによって自分らの位置を把握していた一行だが、この通信障害の影響で位置を見失ってしまったのだ。
「おいおい、こんな時に電波の障害か?」
調査団の若手の助手が車内通信機を弄り回しながらぼやいた。もう目的地に着くというのに、ここで通信不能やらGPS探知不能となっては洒落にならない。
学者らも手間取る助手に不安を覚えてはいたが、好奇心がそれを上回っていたのだ。何せ管理局の護衛もある事が、この判断を誤らせたとも言える。
その調査団が乗る地上車の集団を警護するのは飛行能力を持つ魔導師3名であり、先頭と中間と最後尾、と一列になって低空飛行で飛んでいた。
そして目的の遺跡を100m程手前にした時だった。先頭を飛んでいた護衛隊長の魔導師が、道のど真ん中に何かが置いてあるのに気付いたのだ。
「何だ、岩が転がってるのか?」
土色の左程巨大でもないが車が通りには危険な大きさ程度の物体があったのだが、それを地上車に警告しようとした矢先の事だった。
予告も無く、その意思かと思われた物体から何かが飛び出し、先頭を飛んでいた隊長魔導師の胸元に無色透明な槍が突き立てられたのである。
「ぅがっ!!」
「隊長!?」
突然の出来事に、同チームの魔導師が目を見開いた。隊長だった魔導師が、飛行中に突然の狙撃を受けた瞬間に水飛沫を上げ、そのまま地上へ墜落したのだ。
何ら魔力反応も検知しえなかった状況の中で、突発的に生じた襲撃に残りの護衛隊メンバーはパニックになりそうであった。
片や先頭車の科学者達も唖然としたと同時に、ハンドルを握っていた運転手が墜落した魔導師に驚き急ブレーキをかける。
すると後続の2台目の運転手は一瞬だけ目線を外していた為、先頭車のブレーキランプに気づくことが出来ず、遅れてブレーキを思い切り踏み込む。
「と、突然止まるな‥‥‥うわっ!」
「な、何事だ!?」
重力が前に掛かり、乗っていた学者達は一斉に前のめりになってしまう。2台目に乗っていたフィンガル・バロファー博士も突然のブレーキに身体を揺すられた。
さらにブレーキが遅れたことで止まり切れず、先頭車の後尾に追突してしまう始末だった。ガシャン、と派手な金属同士の接触音が響き、先頭車の面々は後ろからの追突によって首をガクリと後ろに引っ張られてしまう羽目になる。
同じことが3台目の地上車にも起き、文字通り2台目の地上車は前後の車両にサンドイッチされてしまった。当然、先頭車は再度の追突の衝撃を受ける。
辛うじて最後尾だった4台目の地上車は先頭の異常に気付いて速度を落とした為、追突するという事態は避けられたが。
「どうした、何があったんだね!」
最後尾の地上車に乗っていたユーノは、同乗者の学者の声と同様の想いではあったが、不安が的中したのではないかと悟っていた。
先頭車では、その様子がはっきりと見える。目前に墜落した魔導師は呻き声を上げてピクリ、ピクリと動いている為、生きていることは確実だろう。
残る魔導師2人が慌てて先頭車の目前に降り立ち、防御の体制を作った。流石は魔導師だと言いたいところではあるが、科学者にしろ、当の魔導師にしろ、そんな余裕は当に吹き飛んでしまっており、事に正体不明の第2撃が狙いを定めたのは、降り立ったばかりの魔導師を狙ってのものであった。
何かの攻撃に対して2人目の魔導師は辛うじて障壁を展開したが、予想以上の圧力をかけた射撃攻撃と未知の疑似AMFによって力が減退してしまっている。
辛うじて防いだ魔導師だったが、それも安堵せぬうちに別方向から新たな射撃を受けた。真正面からではなく、彼らから見て左側背からだった。
いつの間にか目の前の物体は消えてしまっており、それに気づかぬ内に2人目の魔導師は脇腹を狙撃されてしまったのだ。
「かはっ‥‥‥!」
水飛沫着弾と同時に上がり魔導師をびしょ濡れにさせた挙句、その着弾の衝撃力は物凄いパワーで脇腹から内蔵へと伝わり、バリアジャケットだけでは衝撃を吸収しきれなかったことを魔導師の表情からも物語らせていた。
倒れる同僚に恐怖した3人目だったが、管理局員というメンツを潰さぬよう辛うじて精神の意図をつなぎ止め、攻撃を受けた左側に視線と姿勢を向けた。
そして射撃魔法を、襲撃者がいると思われる森の中へと無造作に撃ち込んでいく。同時に、彼は学者たちへの避難を促した。
「戻れッ! 引き返せぇ!」
それはもはや命令に近い口調立ったろうが、魔導師当人には落ち着いた口調で言うほどの余裕は全く存在しなかったのだ。
彼の一言が電撃的に調査団の脳裏を駆け巡った。何が起きているのか、最後尾のユーノには分からなかったが、先頭で爆発の様な音が2回と、今まさに撃ち続ける魔導師の射撃魔法の音が、事態の異常性を示していた。
運転手らは呆然としていたが魔導師の声にハッとなって、一斉にこの場から避難する為に後退を始めようとしたのだが――
「馬鹿、早くバックしろ!」
「3号車、何やってんだ、下がれないだろうが!」
ユーノが乗る4台目は最後尾とあって直ぐにバックして下がれたのだが、先頭車と2台目は、後方から追突してきた3台目が邪魔でバックできなかったのである。
無論、3台目の運転手もバックしようギアを入れ替えてバックしたものの、急いで方向転換をしようと焦ってハンドルを右に切ったのがいけなかった。
天の悪戯か、右にバックした3台目は、こともあろうか道端に事がっている岩石に右後輪を思い切り乗り上げてしまう。
「うわぁっ!」
すると、右に曲がっていたことから左方向に遠心力が掛かっていたのと、乗り上げて左に思い切り傾いたのが相乗して、3台目は見事に左へ横転してしまったのだ。
車2台が辛うじて並列で走れる程度の道で、ガシャン、と派手な音を立てて横転して横滑りした3台目は、木に後部をぶつけて停止した。
だが3台目に対する不幸はこれだけではなかった。2台目と先頭車が続いて猛スピードでバックしてきたのだ。
「こんなところで事故るな!」
2台目の運転手は仰天した。横転した3台目がこちらに腹側を向けて道幅の3分の2を塞ぐ形であった。それでも運転手は同乗する学者達の為ではなく、自らの命欲しさからかブレーキを踏むこと無く、寧ろアクセルを全開にして突っ込んで行ったのだ。
無論、3台目の面々からはそんなことを知る由もないのだが、2台目は加速しつつ、残る3分の1の僅かな道幅に向かって突進した。
学者達は驚愕するが、制止する為の声すら上げられずに衝突に備えるしかない。
そして数秒後――
グワシャッ!!
というこれまた派手な金属音を奏で上げたと同時に、乗車している面々にも激しい衝撃をもたらした。
2台目の車体の後部バンパーと後部ボディは、ぶつけた衝撃である程度拉げ、右側のブレーキランプやウィンカー、バックランプを完全に割ってしまう。
そのまま横転した3台目の前部を押しのける様な形で無理矢理突破していった。
それでもぶつけた方より、ぶつけられた3台目側の衝撃はその倍以上だった。未だに車内に取り残された面々は、訳も分からず車体下部から突き上げるような衝撃に遭い、横転した状態のまま左に100度回転もしてしまったのだ。
「あ、荒々しいぞ君!」
バロファー博士が運転手を非難したが、そんな事は知らないと耳を傾けなかった。強引に突破したことで研究所に戻れる、喜んだのも束の間だった。
何処からか飛んできたのか、あの無色の槍が2台目の右後輪をホイールごと破壊してしまったのだ。運転手は声にならない悲鳴を上げ、そのまま2台目もバランスを崩して右に横転してしまった挙句に停止した。
そして先頭車も不幸だった。2台目が無理矢理やった突破の影響で、横転した3台目が回転した結果、堂々と道のど真ん中に立ち塞がるということになったのだ。
ブレーキを慌てて掛けたが間に合わず、今度は自分からぶつかりに行く形となった挙句の果てに、3台目は後部から追突されるという三重の不幸に見舞われた。
「あ、あぁ‥‥‥何で」
そんな馬鹿げた光景に思わず目を奪われてしまった魔導師は、直後に背後から槍を直撃されて大きくのけ反り、さらに前方へ吹き飛ばされて戦闘不能になった。
あっという間の出来事だったのだ。魔導師は完膚なきまでに敗れ去り、調査団の地上車も自爆もあったこそすれ3台が大破してしまったのだ。
残る最後尾だった4台目は、前方3台と魔導師3人の様子に青ざめた。大破した地上車からは呻き声を上げながら助けを求める学者達の姿もある。
ユーノ以外は全員非魔導師であり、戦闘とは無縁の学者一同である。戻ったところで、彼らにはどうにもならないと分かり切っていた。
「構う暇は無い、君、早く研究所へ!」
「待ってください、まだ生きてる人が‥‥‥」
「どうでも良いだろう!」
「っ‥‥‥!」
だからとて、そうしよう、と同調できる程にユーノは薄情ではなかった。いや、薄情に慣れなかったと言えばよいだろうか。
運転手が方向転換して来た道を逆走しようとした刹那――
「す、スクライア君、何をしているのかね!?」
「先に戻って、救助を呼んでください!」
「無鉄砲な‥‥‥!」
飛び降りて大破した車両へ向かうユーノの姿に呆れる学者達だったが、自分らが行っても自殺行為だと分かっている為、研究所へ引き返させた。
ところが、この4台目も神は護る事を放棄したかのようで、方向変換して早速走り出した瞬間にタイヤを撃ち抜かれ、コントロール不能になって木に激突した。
そんな光景に唖然としたユーノだったが、まずは目前の負傷者に駆け寄る事を決め、一目散に駆け出していった。
「大丈夫ですか!」
「た、助けてくれぇ‥‥‥」
「脚が、脚がぁ‥‥‥」
車内に取り残された学者達は呻き声を上げて助けを求めていた。ユーノは急ぎ横転している車両の上側に上ってドアを開けようと試みた。
「ッ・・・・・・来る!」
不穏な気配を察知すると、全身を覆う程の球体状の障壁が展開され、無色の槍を相殺する。その威力や確かなもので、そう何発も受けられそうにもなかった。
そして新たに飛んできた槍が障壁に突き立てられると、激しく水飛沫を散らす。まだ大丈夫だ、持ち堪える事は出来る。
そうは思いつつも長持ちしないと自覚し、この場合は相手をゲージバインドで空間事捕縛して動きを取れないようにするしかない。
それが今、自分に出来うる最大の選択だと考えたユーノは、神経を集中してカウンターを取れるように構える。
(僕だって魔導師だ。簡単にやらせない)
意気込んだユーノであったが、その矢先になって攻撃が突然にして止んでしまった。油断させる為の罠か、と警戒を緩めなかったが一向に襲ってくる気配はない。
諦めたか、と思った。それに長くこうしてもいられないのだ。警戒は解かずに救助しようとした矢先の事だった。
ドスッ
「うっ‥‥‥!?」
ユーノの首筋へ瞬間的だが強力な衝撃が叩き込まれ、その影響で呻き声を上げたユーノは力を入れることが出来ずにその場に崩れ落ちた。
あっけない程に倒れてしまった。首筋は神経が集中する部分でもあるからして、ダメージも大きくなってしまい、戦闘不能にするにはうってつけの部位だった。
気配を決しての見事なまでの手刀でウィークポイントを痛打されたと悟るのに、そう時間は掛からなかった。
(いつの‥‥‥間に‥‥‥)
意識も急速に遠のくユーノは、最後の力を振り絞って仰向けになる。そして、ぼやける視界に移ったのは先ほどまでいなかった女性の姿であった。
それを見た途端に、彼は女性が何者であるかを尋ねる事も出来ずにブラックアウトしていく。そんな時だった、ぼやけて聞き取りにくかったが声がした。
「ユーノさん。貴方にも、ワダツミの‥‥‥トコヨの心を知ってほしいの」
何かを呟いた女性の言葉を理解する暇も無く、完全にユーノは意識を手放して深い眠りの中に沈んでいったのである。
第二節
それまでの経緯を思い出し、ユーノはハッとなる。目の前の女性が、うろ覚えながらも消えゆく意識の中に出て来た女性であると見たのだ。
「まさか、あの時の‥‥‥」
「そうです」
「そんな! あの時、魔力の反応も一切なかった。それに、攻撃してきたのは明らかに違う何かだった‥‥‥っ!?」
信じ難い、と狼狽するユーノに、マユミは両手を合わせると同時に目を閉じた。その瞬間に彼女の姿は消え、かと思えば違う何かがそこに立っていたのだ。
人の背丈には到底及ばないまでも、独特の雰囲気を放つ土色の人形――遮光器土偶に扮したワダツジンが、ユーノの目の前に現れたのである。
「これで、御信じなりますか?」
「君が、襲って来た人形そのものだったなんて‥‥‥」
「貴方が魔力を感じなかったのは、無理もありません。私達ワダツミの一族は、貴方方とは違った魔力に類するもので活動できるのです」
そう言うと、直ぐに姿を人に戻した。
「そして、先ほどは手荒な真似をしてしまったこと、お詫びします。ただ、貴方にはどうしても知ってほしかった」
「‥‥‥僕に、何を知れというんです? それに、何故、僕の名を‥‥‥」
警戒心は解けないが、マユミと名乗った女性の雰囲気から殺気立ったものは感じ取られはしなかった。
どうしてこの場に、自分だけがこうして立って話をしているのだろうかという疑問に、マユミは答える。
「ユーノさん。貴方の事は、かねがね同胞から聞いておりました」
「同胞、ですか」
「そうです。私‥‥‥トコヨの民を護るワダツミの一族は、ある使命を持って、あらゆる星々へと渡り継ぎ、その星の住人として密かに暮らしているのです」
既に幾多の星へ潜伏しているという事実を聞き、ユーノは驚きを沈黙と表情によって表すと同時に、これも思い当たる節があったのを思い出した。
出発の直前に、司書室へと突然に現れた管理局の格好をした謎の女性だ。彼女が、ユーノに対して警告と中止を申し渡して来たのである。
結局はその警告を真面に取り合わずに、疑問を残したままにして調査団と共に出発してしまった。その結果が今にあるという訳だ。
つまり、その女性を介してマユミはユーノの事を知ったという事なのだろう。
ところが、それは半分正解であって、間違いとも言えるという。
「何も遂最近になって、貴方の事を知った訳ではありません。それ以前からして、貴方の事は知っておりました。そして、私達のトコヨは、少なからずもスクライア一族との縁があるのです。だから、強引ではありましたが、こうしてお会いし話をさせて頂いているのです」
「貴方達と、僕の一族に縁が‥‥‥?」
「はい。それは‥‥‥」
まずユーノが生を受けたスクライア一族というのは、古来より遺跡などの発掘業を営む独特の風習を持つ集団であった。
ことにユーノの両親は幼いころに亡く、それでも血筋に関係なく一族として生を受けたものは皆が家族という概念の基、彼は一族の愛を受けて育ったのである。
故に彼にとって一族内部での寂しさというものは存在しなかった。それでも幼い内から発掘業に携わり、10歳にも満たない年齢で多くの知識を習得し、さらに発掘のための技術等も同胞から多くを学び取っていったのだ。
そして彼は成人もせぬ内に1人で発掘業に携わる程になり、後のジュエルシードの発掘と保管という初仕事を請け負ったのだった。
残念ながら事故でジュエルシードが散らばり、その回収作業に全責任を持って当たろうとしたが失敗して怪我を負い、結果としてなのはという少女と出会ったのだ。
そんな彼の生まれた一族に、トコヨとどんな関係があるというのであろうか。彼女が言うには、スクライア一族の原点――即ち一族を形成した先祖にあった。
先祖の事はユーノも聞いてはいたが、それはあくまで一族の初代族長としての名を知っているだけにあって、どんな繋がりのある人物かまでは知らされていない。
「初代族長を始めとするスクライア一族は、トコヨの血筋を引いておりました」
「まさか‥‥‥そんな!」
初耳である。先祖がトコヨの血筋を引くなんて、それこそ寝耳に水というものだった。という事は自動的に、ユーノにもトコヨの血筋が入っている事になるのだ。
あり得ない。そんな重大な情報を、どうして一族は自身に教えてくれなかったのか。
そんなところへ、今度は浜野が口を開いた。
「ユーノ君。君は、トコヨに纏わる話を聞いているかな?」
「えぇ‥‥‥少しは」
「これは俺の母国である日本の古代史にもあったことだが、それが他の次元世界でも繰り広げられていると、俺は、初めてマユミさんに会った時に聞いたんだ」
トコヨを信仰する人々は、トコヨという不死と平和の楽園を目指し、同じ志を持つ同胞を集めては清身を行い、何れ願いが叶う事を信じていたのだ。
そんな彼らは、その時代の王朝や王族らに邪魔な存在として忌み嫌われ、迫害を受けては人の居ない地域へ押しやられ、最終的には消滅してしまったとされる。
例の一つとして遺失文明となったベルカでは、複数の国家が集まる諸王国であり、互いに主導権や利権を狙い相争い合う事となっていた。
その時代の各国王族達は、自身の一族を頂点とする過程においてトコヨなる信仰集団を放置してはおけず、寧ろ統一の弊害として認識して排除に掛かったのだ。
ユーノも良く知る古代の国家――シュトゥラ王国等も当然として含まれており、知られざる歴史の裏側を飾っていたのである。
加えて戦乱という渦中にあって徹底的に弾圧や迫害を受けてしまい、泣く泣くトコヨを信じる人達は住処を移してひっそりと生き延びていったという。
第1管理世界こと世界の中心たるミッドチルダの過去においても同様だが、特にある宗教組織も迫害する側に加担したリストの中に記載されていた。
「ユーノさんもご存知の通り、ミッドチルダには世界を股にかけて組織された聖王教会があります。この聖王教会もまた、トコヨを信じる民を虐げました」
「それは‥‥‥」
歴史を調べる者としてユーノは知らない筈はなかった。無論、聖王教会が迫害行為を今なお続けているという訳ではない。そんな事になれば世間が黙っては無い。
聖王教会は聖王を主神と奉る宗教団体であるのは周知の事実だが、遥か過去の時代には、他の国家が行ったような迫害等の行為を行っていた。
聖王を絶対とする教会は、独自の自衛組織として教会騎士団を保有している。護る事は勿論だが、これが他者への暴力機関としても機能していた事実があった。
これも珍しい話ではない。地球でもキリスト教が、西暦1096年〜1272年にかけて長々と繰り返して来た、世に言う十字軍がその一例になろう。
キリスト教諸国が供出した兵力で構成される十字軍は、イスラム教から聖地であるエルサレムを奪還する為に編成されたものだった。
十字軍と言えば聞こえはいいが、その実態は綺麗な額縁にどす黒い色彩をぶちまけるが如く、異なった存在である。
全ては“神”というキーワードを用いて、異教徒を見境なく迫害や虐殺を行っており、他の宗教からも冷めた目で見られ、批難も少なくなかったとされる。
これと全く同じことを、過去の聖王教会が行っていた。トコヨなる平和な楽園を目指す彼らは邪魔な存在でしかなく、見境なく潰しに掛かったのだ。
「そうして、様々な国、宗教によって住処を追われていった人々は、誰にも気づかれぬように細々と生き続けたのです」
或はこのトコヨへ目指して旅立ったという諸説も存在するのだが、それはトコヨという星が見つかるまでの間は確証が無かった。
ワダツジンことワダツミ一族は、そうしたトコヨを信じる人々を纏め上げて星を脱し、母国へと誘導していったのだというのだ。
それが遺失世界として登録された、トコヨの各遺跡に見られる様々な文化の混じりあいであろう。それでも、結局は滅んでしまったと考えられていたが。
「各次元世界から移り住んできた人々は今も、ほそぼそと生きている、と?」
「そうです。そして、私達ワダツミは、そうして同じ考えを持つ人達を束ねて、この星に集っていたのです」
一呼吸置き、マユミは再び口を開く。
「同時に、私達は墓守としての使命も帯びていました」
「墓守?」
「はい。トコヨへの道を信じながらも逝ってしまった、各世界の人々の眠る遺跡を、私利私欲により掘り起こそうとする者の手から護っているのです」
事実、マユミは日本において古墳や遺跡に対する盗掘や観光開発の手が伸びる前に、その無頼漢を超速海水弾で排除していった事例が存在している。
同胞やトコヨを信じる者達への侮辱や安眠を妨げる行為へは、断固として許さず、手加減もしなかったのだ。
そして、ここにて登場するのがスクライア一族であった。
「次元世界は広き空間であり、それを全て護り抜くには、如何にワダツミ一族とて不可能でした。そこで、トコヨの民の中から分派し、ワダツミに代わって多くの遺跡や古墳を護る為に活動を始めたのがスクライア一族でした」
「そんな馬鹿な‥‥‥!」
唖然とするユーノに構わず、マユミは続けた。
スクライア一族は自らの意思で袂を分かち、遺跡発掘という名目の裏ではトコヨを信仰してきた者達の遺跡を早期に見つけると、出来る限りのスピードで調査を進めたうえで、その後に誰かが無用に手を入れられないようにする為、公式的な保管・管理対象として保護していったのだ。
一見すると矛盾したように思える一族だが、あくまで彼らが護るべくはトコヨを信じる者達の遺跡であり、その他は例外である。
トコヨ以外の遺跡は、普通の学者らと同じようにして遺跡発掘と行い、文明の解明に取り組んで来ていたのだった。
「嘘だ、僕の家族は、そんな事を教えてはくれなかった!」
「それは致し方ありません。スクライア一族もまた、様々な世界で、その地の者達と契りを結んで子孫を生み出していきましたが、同時に一族も更なる分派が発生したのです。年が経てば経つ程に、本家から離れた各分家は、本当の目的を忘れはしないものの本質が薄れてしまい、とうとう真意を忘れてしまったのです」
だからユーノは、一族からは遺跡の発掘が使命であることを聞かされてはいるこそすれ、その本当の目的までは聞かされてはこなかったのだろう。
それでも彼自身、次元世界に散らばる遺跡を見つけて発掘し、中には危険な代物であるロストロギアを捕獲して安全な場に保管するという作業まで行っていた。
成人となってからは発掘作業を主に出来なかったこそすれ、司書長という天職に付いて様々な知識を得たばかりか、同時に彼は遺跡の保護も忘れなかった。
まして管理局のお墨付きという事もあり、そうそう下手に遺跡を破壊することも出来なくなったものである。
「それにユーノ君。君は考えたことはあるかい? 何故、自分は遺跡に対して強い関心を持っているのか。何故、遺跡を発掘しようとしているのか。何故、保護しようとしているのか。そんな自分を、よく考え直したことはあったかい?」
「ありません。それが当然だと思っているからです。何よりも僕は僕です、ユーノ・スクライア以外の何者でもありません!」
「その通りさ。君は君なんだ。だが、それが何故、当然なのか‥‥‥。俺も、かつては考えたよ。テレビ局で働いてながら、何故、古代史や遺跡について強く関心を示したのか、遺跡が壊されたりするのを見て何故悲しむのか。だからこそ、マユミさんに出会えて、そして自分が何者であるのかが分ったんだ」
浜野は日本に住んでいた時、TV放送局で『古代史スペシャル』という特別番組を企画し担当していて、日本各地に代表される古墳や遺跡を取材していた。
そんな中で彼は、開発によって取り壊される遺跡の姿を見て心を痛めたり、或は、それ以前にして海や古墳に纏わる伝説――竹取伝説や天女伝説、浦島伝説の由来のある地域に自ら選んで住んでいたのか、と後々に不思議に思うところもあったという。
取材の最中、常世の島と呼ばれる離島を取材しようとした矢先に、マユミと出会い、自身が海人族の血筋を引く人間であることを明かされた。
古墳や遺跡に興味を持ち、共感し、そして悲しむのだという事と、そしてトコヨという伝説を信じる事も出来たのも、海人族の末裔であるからこそだと知った。
故に彼はこれまでの生活を捨ててトコヨへ向かう事を選び、この星へと渡って来たのである。
ユーノは未だに信じがたいと言わんばかりの表情だ。
「ユーノさん。貴方もまた、トコヨの血筋を引く者なのです。ですから、我が同胞はスクライア一族の事を出来る限り見守り、私もその報告を受けていたのです」
貴方は幼くして使命感に溢れていたが危機に瀕した事や、良きパートナーと出会い乗り越えられた事も知っていた。彼らが我々が手を出さす程でもなかったのだ。
まして、成人したユーノが遺跡の保護等に全力を尽くしているのも知っていた。
だからこそ、今回の一件ではトコヨの民が住まう星へ探索には、是が非でも手を引いてもらいたかったのだ。残念ながら成し得なかったが。
だが寧ろ、ユーノが来たからこそ、こうして真意を伝えることが出来た。これも偶然ではないと、マユミは感じていた。
「じょ、冗談じゃありません! 確かに、遺跡に対して強い思い入れはありますが、トコヨの血を引くだなんて‥‥‥!」
混乱に拍車が掛かるユーノに、浜野が苦笑して落ち着かせようとする。
「事実を言ったまでだが、だからとて、君をどうしようという訳ではないんだ。ただ、君には協力してもらいたいことがある」
「協‥‥‥力」
「そうだ。俺達、トコヨに住まう住民、そして、トコヨを信じ続ける人々を護る為に、協力してもらいたい」
「それはつまり、出発する前に忠告してきたこと、というわけですか」
ユーノの言葉に、マユミと浜野は頷いて肯定した。当然の要請であったろう。管理局並びにあらゆる組織・団体、或は個人レベルにおいて、このトコヨから完全に手を引き、一切の介入をしないことだった。
「僕に、出来るとお思いですか」
「信じています。この星から手を引けさせる事が出来るのは、スクライアさんだけです。トコヨの血を引く貴方なら、分ってくださるでしょう」
易々と出来ると信じられても即答な出来かねた。確かに彼の心内には、トコヨの歩んできた歴史を鑑みて考えた結果、静かに暮らしたい彼らの邪魔をすべきではない。
彼らにだって生きる権利は当然としてあり、迫害を受ける理由は何処にもない筈だ。
だが、ユーノが調査の中断を上伸したからと言って、管理局や、他の企業関連が素直に聞いてくれるとは考えにくいのだ。
まして今回の調査団で魔導師を落とし、博士たちをも襲ったのだから――と、ここまで考えた時になってようやく思い返した。
「そうだ、博士達は! 博士達と、護衛の魔導師はどうされたんです!」
「大丈夫だよ。生きている‥‥‥この部屋で」
「え?」
言われて辺りを見回すが、人影らしいものは何処にもない。あるのは幾つもの勾玉が浮遊しているくらいだった。
「良く見てみるといい」
「え‥‥‥っ!?」
浜野に言われて、近くの勾玉をよくよく凝視してみると、穴の中に何かが見えた。ハッとなって駆け寄り、勾玉の中をよく見た。
するとどうだろうか、勾玉の中にはジョドー・コヴェッタが静かな眠りについているのが見えるではないか。それだけではない。
別の勾玉にはフィンガル・バロファーが入っており、或は護衛の魔導師もが別々の勾玉の中にて眠りについているのだ。
これは、浜野やトコヨを信じて共に旅立った者達が、この星に辿りつくまでの間に使っていたものと同一で、一種のコールドスリープでもあった。
さらに浜野やマユミによれば、負傷した面々には処置を施し済みだという事だ。治療されたうえで、いつ目覚めるか分からない睡眠状態にあるという。
つまり、このトコヨの撤退を認めてくれれば、彼らを開放するというのだ。
「ユーノさん。これが管理局に対する条件です」
「つまり、僕が断るか、或は管理局が断れば、彼らの命を?」
ゾクリとしてしまったユーノだが、マユミは苦笑して否定する。
「貴方に限ってそれは有り得ません。ただし、管理局は別です。彼らの命を取る気はありませんが、この星の住人として住まう事になりましょう」
「僕も、そうなると言うんだね」
「いえ。スクライア一族の貴方を、ここに縛る訳にはいきません。引き続き、トコヨを信じる民を、或は眠る者達を護って頂きたいのです」
何はどうあれ、自分だけは解放されるというのだろう。だがそうなっても、他の者を助けられなかったら自分の責任でもあるのだ。
基本的に御人好しな性格のユーノは、自分一人だけ助かるという気概はない。是が非でも、全員を解放してもらわねばならない。
その為には管理局を説得するだけでなく、彼ら学会にも強く説き伏せなければならないのだ。
(僕だけでは到底、無理だ。出来るとすれば、リンディ提督やクロノに協力を仰ぐしかない)
時空管理局内部に持つユーノの人脈に、総務統括官 リンディ・ハラオウン提督と、その息子で同じく管理局に努めるクロノ・ハラオウン提督がいる。
リンディは局の内部でもかなりの良識派として通る女性提督で、なのはと出会った頃に事件解決の為に介入した際に知り合ったのが始まりである。
その息子であるクロノは、やや融通の利かない点があるが理解力はあり、ユーノとはある種腐れ縁にも近い間柄であった。
彼女らに頼るしかない。沈黙したユーノは、マユミらの要請に出来るだけ答えようと口を開きかけた時だった。
「どうやら、新たなお客さんが来たようです」
「え?」
「この2人が、このトコヨへと降り立ったと、同胞からの連絡です」
そう言うと、彼女は何もない空間に手をかざすと、ふと画面のようなものが浮かび上がった。
中には、その様子を映したらしき映像が流れている。ユーノは開きかけた口を閉じて、思わずその映像に目をやり、次に唖然としてしまった。
「ティアナ!?」
それは、彼も知る女性局員ことティアナ・ランスターの姿であった。
第三節
「人質に取って、こちらを従わせようというのね」
時は戻り、仮設研究所。突如現れたマユミと名乗る女性に、ティアナは警戒心を解くことはないままにして、相手から真意を引き出そうと試みる。
「人質‥‥‥そう言う事になるでしょうね」
「それ以外に、どう表現できるのよ!」
済ました表情でサラリというマユミに、若干の苛立ちを覚えずにはいられなかった。だが下手に怒れば、それこそユーノ達は戻って来ないのではないか。
そんな危険性も含まれている以上は迂闊に動けない。加えて確認したいのは、ユーノらが本当に生きているのかどうか、という事であった。
生きていないのに、生きていると偽り条件を飲ませようとするのであれば、マユミという女性はとんだ狸であろう。
飛び掛かって白状させたい気持ちを抑えるティアナの姿を見たマユミは、端正な形の良い唇に僅かな笑みを浮かべる。
「大丈夫。生きてますよ。ただし、こちらの条件を飲んで頂ければ、解放します」
「だったら、生きている証拠を見せなさい。判断するのは私じゃなくて、上層部だけど‥‥‥証拠さえ見せて貰えれば、上だって考えるわよ」
これは事実だ。この星から完全に撤収するかどうかはティアナ個人の判断ではなく、管理局の上層部が決める事なのだ。
マユミは沈黙しているが、やがて口を開く。
「‥‥‥わかりました。では、明日の正午、調査団が失踪したポイントへ、ティアナさんだけで来てください」
単独で来い、という条件を出して来たマユミに対して、もとよりそのつもりだったティアナは頷いて了承しようとした。
「そう、わかっ‥‥‥」
「私も行きます!」
了承しようと答えたその時、隣にいたミシェルが珍しくも前に出て、彼女にすれば珍しく強気で出てきたのである。
ティアナは意外な申し出に戸惑いを覚える一方で、マユミの方はと言えば変わらぬ表情を保ち続けているが、数秒もしない内に内容を訂正した。
「分かりました。貴女の同席も認めましょう。ただし、それ以上の同席は認めません‥‥‥よろしいですね?」
「えぇ‥‥‥分かったわ。明日の正午、向かうわ」
「‥‥‥では」
そう言うと、マユミは両手を合わせたままにして、一瞬だけ緑色のオーラを纏ったかと思うのも束の間、1秒と経たずしてその場から消えてしまった。
魔力反応も無く、蜃気楼の様に一瞬で消えてしまったのである。
再び静寂が支配する研究室で、最初に声を出したのはティアナだった。
「ミシェル。貴女って、案外、気が強いのね」
「そう、でしょうか。ただ、私が残ってティアナさんだけが行くのが嫌なんです。私を信頼してくれた貴女に、もしもの事があれば‥‥‥」
最後の方はモゴモゴ言葉が小さくなってしまい、良く聞こえなかったが、要するに心配で仕方ないということだ。
ティアナは素直に感謝した。こうも心配してくれるミシェルに、寧ろ危険に晒したくはないという気持ちもあったが、彼女の意思を尊重したのだ。
あのマユミの示した条件に従って、明日の正午には調査団の失踪ポイントへと向かう事となったティアナは、早速と〈クラウンヴィクトリア〉にも連絡する。
通信機越しに現れたテロネザは、一体何が起きたのか、と緊急性のあることから緊張した様子であった。
「実は、ホシノ・マユミと名乗るトコヨの住民らしき女性が、私達の前に現れました」
『何!? 君達の前に、堂々と出て来たというのかね』
「はい。何ら予兆もなく、唐突にしてイチノタニ博士と私達の目前に現れたのです。これが、その女性の映像です」
記録された映像の女性を見て、思わず腕を組んでしますテロネザ。
『して、その者は何と言っていた?』
「はい。彼女の口ぶりからすると、調査団一行は健在のようです。ただ、マユミと名乗った女性の要求を受けてもらわなければ、解放しないと‥‥‥」
『人質を盾にして、こちらを完全に撤退させるはらか‥‥‥。で、人質は生きているんだな?』
「確証は出来ません。ですが、マユミは証拠を見せる事を約束しました。明日の正午に、失踪したポイントへ、私とミシェルだけで来るように指示されました」
それは先の通信でティアナが言っていた事とあまり変わらない事だった。それが、形式的になっただけのことであろう。
とはいえ、今度は確実に相手と接触する訳であるからして、危険が高いのも確実なものになったのだ。
待ち伏せでもされたらどうするのか、とティアナに増援を出すべきだと忠告した。
『2人で行くのは危険だ。こちらから、秘密裏に増援を出す』
「いえ。艦長、私達2人で行きます」
『本当に危険なんだぞ。執務官である君も、分からない訳ではあるまい?』
頷くティアナの意思は相変わらず固い様子だ。
「下手に動けば、それこそ人質は解放してはくれないでしょう。此処は、私達が行って確認してきます」
『‥‥‥そう、だな。元々から君は、そのつもりでいたんだ。よろしい、補佐官と共に行ってくれ』
「ハッ!」
当然の事ではあるが、このトコヨの住民と思しき女性に遭遇したことは、時空管理局に大きな衝撃を与えたものである。
加えて調査団の失踪の報と、勢力不明な相手からの襲撃を受けたとの報を纏めて受けたばかりだっただけに、管理局に激震が走り続けていた。
事に遺失文明と指定した筈の星から生き残りが出たのだ。しかも、調査団を行方不明にした張本人であることを仄めかしてもいる。
そんなトコヨの住人とされる女性が、本当にトコヨの住民であるかどうかは判別がつきにくく、或は何処かの者が成りすましている可能性も否定できない。
まして、1人の住人の為に管理局が易々と屈する訳にはいかぬ、と上層部はメンツを掛けて動き出すであろう。
時空管理局は次元世界を護る治安組織であることを掲げてはきたが、それは時代の流れと共に変質してしまっていた。
巨大すぎる組織になってしまったからこそ、小さな脅しに屈する訳にはいかなくなっているのだ。強硬な手段も決して珍しい話ではない。
無論のこと、それを良しとはしない局員もいるのだが、管理局が正義であることを捻じ曲げられない面々はそれを是としている。
この様子からして、或は次元航行部隊と陸上部隊との関係の悪さからしても、管理局は決して一枚岩ではないことを示しているのであった。
「時空管理局が、たかだか辺境の惑星に屈するなど、あってはならんことだ」
「そうだ。次元世界の平和を統べる我らが、トコヨ等と言う滅亡寸前の星の言いなりになれるものか」
と、管理局上層部の一部は強硬論を言い放つ。
「虚栄心は止めたらどうかね。何処も彼処も手を付けて、退くに退けないからと言って強気に出てどうする」
「大事なのは、人質に取られている調査団の人命ではないか。まして、我が局員も捉えられているどころか、司書長のユーノ・スクライアまでもが含まれている」
「相手の条件を呑んで解放させ、その後は立ち入り禁止区域として如何なる勢力の介入は禁ずべきだろう」
一方では慎重論を唱え、素直に手を引いて然るべきだと主張する。
「もっと違う方法もあろう。向こうの要求は呑むが、呑んだ後の事はこっちの勝手だ」
「確かに。人質さえ解放されれば如何様にでもできる。我々を恐喝したことを、実力を持って思い知らせてくれよう」
「それにだ、どうこう言おうとも、相手はこちらの局員と調査団を拉致したのだ。素直に接触すればよいものを、拉致して強硬手段に出た方に被があるではないか」
第3者に至っては狡猾な姿勢さえ見せ、もはや局員としての誇りさえ、埃にまみれているようにも思えた。
とはいえ既に増援は派遣済みだ。XV級次元航行艦船1隻とLS級次元航行艦船2隻という、1つの管理世界を圧するには十分な戦力の投入となっていた。
調査団の行方不明という連絡を受けてから即時決定されたことで、ここで新たなトコヨの住人らしい報告を受けようと結果は変わらなかったのだ。
これら増援部隊の到着は約1日というところで、ティアナがマユミに言われた約束の時間に辛うじて間に合うかどうかという具合だった。
「だが、増援とて苦戦は避けれぬ。相手は魔力を減退させる特殊な効力を有している」
「近年、実弾兵器における事件への障害も少なくない。魔導師も、これに手を焼いているのだ」
「幾つかの虐殺事件も記憶に新しい。5年前のヴァイゼンにおける虐殺以降、同様の事件は後を絶たんからな・・・・・・」
今から5年ほど前――JS事件より1年前の新暦74年に、第3管理世界ヴァイゼンのとある遺跡鉱山で町の住民をほぼ殺害するという事件があった。
類に見ない程の大量殺戮であったが、公には自然災害による大規模な事故という形で公表され、事実上の隠蔽に近い形で隠されていたのだ。
これを境にして、次元管理世界では幾つかの虐殺事件が発生しており、人として常軌を逸したものだと管理局の関係者は怒り、或は恐れ慄いていた。
さらに魔法ではなく銃刀類によるもので、こういった武器の類を強く取り締まる管理局としても、何としても締め上げたい一心でもあった。
魔法を頼りにしている管理局として由々しき事態であり、またAMFを始めとする魔法無効化の対策にも取り組む必要性を強く求められていたのだ。
今日においては各次元管理世界の企業団体も、この危機をビジネスチャンスと捉えて、魔法無効化をさらに無効化させる為の研究開発に勤しんでいる。
中でも総合メーカーとして名の上がるカレドヴルフ社等は、管理局側から自社製品の採用実績に乏しいこともあり、これを機に如何にか売り込まんとしていた。
「対魔力無効化用のデバイス開発は、まだ途上にある。返り討ちに逢う事も考えられるが・・・・・・」
「その時は、衛星軌道上から艦砲射撃を加えればよい・・・・・・無論、出力は最低限に抑えるがね」
過激な方法で解決しようと言い出す高官達。確かに拉致してしまったのは、トコヨの不味い対応だったのかもしれないが、彼ら高官の対応策も度を越していた。
トコヨ発見の報と、その後に入った調査団行方不明の報は、無論のこと管理局だけでなく世間の間でも注目を浴びざるを得なかった。
そんな中でも一際注目していたのは聖王教会である。ミッドチルダ郊外にある自然豊かな森林地帯の、渓谷の間に建てられた大きな建物がそれであった。
教会内部でもトコヨ発見に関する話題が、シスター達や教会騎士団らの間で持ち上がり、それは管理者である1人の女性の耳元にも入って当然だった。
「誰も彼もが、トコヨの事で持ちきりの様ね」
とある執務室にて窓辺に立ち外の景色を眺めやる、金髪のロングヘアーに青紫のヘアバンドを付けるその女性の名を、カリム・グラシアといった。
当教会の管理者とも言うべき立場の人物で、教会騎士団のリーダーに値する人物でもある。また彼女の有する特殊能力もあって、管理局内における発言力もあった。
そのカリムは、自身の背後に立つもう1人の女性に確認を取る。
「はい。騎士カリム。騎士団のみならず修道女の多くは、今回発見されたトコヨについて話題が絶えない様です」
薄紫色のショートヘアに、黒色の修道服を身に着ける若い女性――シャッハ・ヌエラは答える。
「・・・・・・無理もないわね」
そう呟くカリムの心中には複雑なものが渦巻いていた。何せ聖王教会が遥か過去に行って来た闇の部分を知っているからである。
トコヨを信仰する者を廃絶せんと、当時の聖王教会は異教徒として扱ったとされ、騎士団も排除する為に数多のトコヨ信仰者を葬り去ったのだ。
当然のことだが、神を信仰する宗教者として他者の信仰を全否定し排除するというのは有るまじきもので、その様な蛮行が何時までも続く訳が無かった。
時の聖王教会大司教が強硬派の騎士団や修道女らの反発を跳ね除けて、猛然と教会内部の体質を変える為に改革を行っていったのだ。
反発を跳ね除けてまでやった改革の代償は、大司教の暗殺という悲惨な報復が待ち受けていたが、彼に賛同する者達との強い連携もあって改革は途切れはしなかった。
そして現在の聖王教会の形にまで持って来たという、苦難の歴史が存在している。それだけに、廃絶され続けたトコヨ信仰者の生存が確認されたのは複雑なのだ。
今の聖王教会において他宗教を弾劾や廃絶するといった行動は見られない。
だが、当のトコヨに住まう者達は、自分らの存在が明るみに出てしまったことに対し、警戒感を示しているのは容易に想像できよう。
故にトコヨにて発見された遺体と、その後の調査団の行方不明という知らせを聞いた時、それも当然の防衛反応だと悟らざるを得なかった。
「管理局としては、調査団一行を拉致されたとあっては、容易に手を引くことは難しいでしょう」
「仰る通りです。既に、増援の次元航行艦船が派遣され、目的に向かっている最中・・・・・・。幸いにして、はやてが以前に創設した機動6課のメンバーだった、ティアナ・ランスターが最初に掛け付け、今なお現場にいます」
「・・・・・・」
カリムも、ティアナの事は知っている。だが、管理局上層部が動かねばならない程に、彼女の手に余る問題に発展している以上は簡単に解決できないだろう。
決してティアナの能力を過小評価している訳ではないし、寧ろ信頼できる人物だという事は十分に承知している。
時の彼方に忘れられたトコヨ信仰者の星には、今までの積もりに積もった怒り、憎しみ、恨み――そういった念が蜷局を巻いているのではないだろうか。
そう思った途端、恨みつらみに塗れた死者の手に背筋を一撫された様な、これまでにない悪寒にゾクリとさせられるカリムであった。
〜〜あとがき〜〜
第3惑星人でございます。如何にかこうにか、第3章を掲載することが出来ましたが、如何でしたでしょうか。
例によって好き放題な勝手な解釈を詰め込みまくっております。実際、スクライア一族がどんなものなのか分かってはおりません。
これもクロスならではの勝手な妄想設定ございますし、聖王教会が過去に何をしていたかなんて言うのも、私の妄想の産物にしかすぎません。
ただ、明確にされてないからこそ、本家の内容に縛られることなく独自解釈が出来る訳ですが・・・・・・。
それと、今回出てきました浜野は、紛れもない、『ウルトラQ〜星の伝説〜』に出て来た浜野本人です(結局、ワダツジン以外にも出してしまった)。
本編の最後に、信仰者達と共々にロケットに乗って旅立ったことを利用して、当クロス作品ではトコヨへとやってきた、という妄想でございます。
さて、短編として終わらせる予定だった『リリカルQ』ですが、果たして短編で済むのか早くも不安に・・・・・・。完結は無論させます。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m