第一節


  第1管理世界ことミッドチルダは、新発見された遺失世界:トコヨの話題で持ちきりだった。取り分け着目されたのは、生き残っていた者がいた事実である。
この情報は時空管理局報道機関から公式的に発表されたもので、局員や調査団の行方不明という事態も相まって情報を隠すことを諦めたのだ。
そしてトコヨにおける事件に対して、各メディアはここぞとばかりに手を伸ばしては、偏見と妄想と無責任さを練り込んだニュース番組を世間に流し込んだ。
学会の有識者がテレビの前に出て、キャスターや司会を前にして持論を持って解説を繰り出し、トコヨ脅威論なるものを持ち上げていく。
殺人や人質を取る事も辞さない危険な星である事を訴え、或は共に歩むべき存在であるという共存を訴え、或は関わるべきではないと訴える。
  多種多様な専門家が意見を持ち出しては、その場を引っ掻き回す茶番劇を繰り広げる様子を、高町 なのはや、八神 はやてら数名が中継映像を見やっていた。

「‥‥‥何処も彼処も、似たり寄ったりやな」

地上本部の局員用食堂にて、はやては気だるそうに、或はあきれた様子であった。まずは人質に取られた人たちの事を気にかけるべきであろう。
そう思いつつもチャンネルを弄って中継映像を遮断したが、はやては、自身の隣に座っているなのはへ視線を移した。
  ユーノが行方不明となった情報を聞いてからというもの、彼女は落ち着きが無くなり、仕事にも若干の影響をきたしていた。
同じ教導隊の教官として務めている守護騎士ことヴィータからは、さんざんに注意されている。それだけショックは大きかったことを示しているのだ。
  とはいえ、ティアナ経由でユーノが生きている事を知ったなのはは、以前に比べれば希望の持てる顔をしていた。

「だから言ったやろ、なのはちゃん。ユーノ君はそう簡単にやられはせぇへん、て」
「うん」

いつもの声と比べれば、やはり覇気が掛けているように思えるのは気のせいではないであろう。何よりユーノの姿が確認できていないからだ。
心配が原因で、手元のトレイに置かれているサンドイッチとコーンスープという簡素な昼食にも、一口か二口ほどしか手を付けられていなかった。

「元気を出すですよ」

  そう言って励ますのは人形かとも思える小さな妖精らしき存在――リィンフォースUだ。水色のロングヘアに透き通った水色の瞳が神秘さを与える。
ただし神秘さとは無縁の幼さを滲みださせており、口調からしても悪戯好きな妖精とでも見られそうなものであった。
リィンフォースUは、はやてのユニゾンデバイスという存在であり、かけがえのないパートナーであると同時に家族である。
そんなリィンフォースUに一応の笑顔を見せて返すなのはだったが、やはり固いままだ。
  ティアナと約束を交わしたマユミは、ユーノの無事を直接示した訳ではなかった――今は、それを信じる他ないのだが。
暗い表情のなのはの背中に手を当て、さするようにして彼女を励ますはやて。
  そこで、ふと気になった事を思い出し、傍にいるシグナムら守護騎士に聞いた。

「トコヨっちゅうのは、シグナムやヴィータ達も知っとったん?」
「はい。これまで、私達が起動した時間の中で、確かにトコヨを信仰する者達が居ました」

ピンク色のポニーテール、勝気かつクールな印象を与える目元、女性としては誰しもが羨み男性を注目させる豊胸な体系を有する彼女――シグナムが答える。

「そうだな。あたしらが前に活動してた時にも居たぜ」

朱色のロングヘアーを三つ編みにした幼い外見を与える少女ことヴィータも、腕を組みながら答える。

「ただ、彼らに対する迫害振りは、正直度が過ぎると感じました。私達は主に戦場へ赴きましたので、そういった迫害には手を染めませんでしたが‥‥‥」
「本当だよな。自分らの足元が脅かされるって騒いで、無抵抗な人間を追い出しだしたり、痛めつける様は胸糞悪かったぜ」

  守護騎士ことヴォルケンリッターは、これまでに幾度も起動しては新たな主の元で活動をしてきた長い歴史が存在している。
当然のことながら、2人が言ったような迫害行為を目撃することも少なくない。騎士としての誇りを持つ彼女らからすれば、蛮行以外の何物でもなかった。
騎士ならば、同じく戦う人間を相手にしているべきだ。幸いにしてヴォルケンリッターが迫害行為に加担したことは無かったが、だからとて素直に喜べはしない。
時として戦場で占領地の者に対する蛮行を働く者を止めたこともあったが、それでも止むことは無く続けられたのだ。
  当時の〈夜天の書〉の主にも意見を具申したが、そう言った面では相手にしてもらえなかったこともある。騎士として戦う事のみ集中しろ、と言い放ったのだ。
主の命令には従わねばならない。決して悪い人間ではなかったのだが、権力欲が強い上に宗教的な面では視野が狭く、迫害は当然の物として考えていたのである。
ヴォルケンリッターを迫害の道具としては使わなかったにしろ、迫害され追放され行く者達の目を、シグナムたちは今も忘れる事が出来ない。

「‥‥‥ホンマ、辛かったやろな」
「はい。今こうして、主はやてのヴォルケンリッターとなったからこそ、言える事です」
「本当、戦乱に明け暮れたあん時に比べれば、今は随分と静かだ。けど、今の方がずっと良い」

しみじみと語るヴォルケンリッターの2人。此処にはいないが、残る2人の騎士も同じような気持ちなのではないか、とはやては感じていた。
  そこでふと口を開いたのは、先ほどまで沈黙を続けていたなのはだった。

「管理局は、本当のところはどうするつもりなの‥‥‥かな」
「なのはちゃん?」

はのはが心配する事――それは時空管理局が、このトコヨに対してどのような対応を取るかという事である。対応の内容によっては、最悪の事も有り得るだろう。
ユーノを開放すると約束したとはいえ、マユミなる女性に対して逮捕するような動きを見せた時、ユーノは戻ってこないのではないか。
管理局に努めている自身としては考えたくない展開だが、彼女自身、この巨大な治安維持組織たる時空管理局の闇の部分には、それとなく気づいていたのだ。
平和を守ろうとするが故に歪んだ正義感が生まれてしまう。かのJS事件時にて暗殺された地上部隊司令官 レジアス・ゲイズ中将も、その類に含まれる人物だった。
  彼女の友人の1人たるフェイト経由で聞いた話ではあるが、どうも管理局上層部としては危険な方向へ進みかねないとの事なのだ。
無論のこと表立っての事ではないにしろ、マユミは事実上の拉致監禁を行った犯罪者の烙印を押されている。これを放置するとは思えないのである。
  因みに増援として派遣された部隊を率いているのは、驚くべきことに彼女らの友人であるクロノ・ハラオウンであることが明かされていた。
これもフェイトを経由して伝えられたことであるが、この解決困難な問題をクロノに任せたという話である。だとしても、聞かされた面々は驚きを隠せなかったが。
彼からすれば行方不明になった調査団や魔導師の捜索と救出を命じられただけの事で、出航した時点ではトコヨの住民情報は入ってはいなかった。
出航してから知らされた新事実に、きっとクロノは対応に苦慮している筈であるが、無謀な事はしないだろうと信じていた。

「クロノ君は生真面目やからなぁ。トコヨ住民への対処は難しいもんがあるで。上の命令と、自身の気持ちと板挟みやないか?」
「トコヨからすれば、勝手に侵入した部外者を撃退した、ということなんだろうけど‥‥‥」

  昔から、クロノは生真面目で融通が効かないのは知っているが、だからとて人間としての良心が欠如しているということではない。
生真面目だからこそ、命令に背くことは難しく、かといって良心を無視することは出来ないであろう。なのはも、クロノの立場を心配していた。

「要するに、今後、トコヨへは一切手出ししなければ、こういった被害は出ないってことだろ? 素直に手を引いときゃいいんじゃねぇのか」
「我々はそう思っても、上はそうもいかんだろう‥‥‥な」

  ぶっきらぼうに言い放ちながらも、手にした食べかけのサンドイッチを無造作に口に放り込み、お茶で胃へと流し込むヴィータ。
シグナムはコーヒーを飲みながら難しい話だと返すが、彼女の目線が一瞬だけ別方向へと向けられた。
  それを暗に察したヴィータも、シグナムが向けた視線の先を追う。そこには、食事を終えて席を立ったばかりであろう30代程の女性局員の姿があるだけだ。
なんら変わらぬ女性局員だったが、騎士として長年に渡り研ぎ澄まされてきた感覚がシグナムに違和感を与えていた。それはヴィータも察するところである。
はやてはとなのはは、2人のヴォルケンリッターほどに敏感に勘づくことは出来なかったが、彼女らの何気ない纏う空気の変化には気づいた。
何やかんやで2人も若いながら死線を潜り抜けて来た魔導師だ。それくらいの気配の変化は分かるものである。
  その女性がトレイをカウンターへと返却し、食堂を出る所を見計らってからシグナムとヴィータが同時に動き出した。

(気ぃ付けてな)
(了解です)

付け狙われているかは別として、明らかにこちらを伺っていたことから目的あっての事だろう。念話で気遣うはやてに、頷くシグナム。
あまり食堂内部で騒がれてもまずいと判断し、静かに付けていこうと判断したのである。
  出ていく2人を横目で見送るはやてとなのは。ヴォルケンリッターほどの実力者なら問題は無いだろうが、果たして誰が、こうも堂々と局内に侵入したのか。

「‥‥‥キナ臭くなったなぁ」
「そう、だね」
「ですねー」

トコヨの一件と言い、今さっき見かけた不審な女性局員と言い、いったい何が起きているというのか。
  呑みかけていた珈琲を飲み始めるはやてだったが、そこで唐突な違和感を感じ取りコーヒーカップの手を止めざるを得なかった。
明るかった筈の周囲が突然として薄暗くなり、地面から薄く照らし出すスポットライトの様な光が、彼女らをも照らしている。
周囲は薄暗いせいか誰一人として人が見当たらなかった。さらには聴きなれない声が3人の意識を一点に集中させる。

「貴女が〈夜天の主〉ですね」
「!」
「いつの間に‥‥‥!」

  いつの間に居たのか、はやてとなのはの視界に入るよう、先ほどの女性が微動だにせず立っていたのだ。後姿しか見えなかったので分からなかったが、おおよそ不審人物というには程遠い、どこかおっとりした雰囲気の黒髪ボブカットな女性だった。
だが目元は不思議とおっとりとした感じでもなく、無機質な印象を放つように思えた。
  唐突に現れた女性に、多少の動揺を見せるはやてとなのはだったが、直ぐに冷静になって対応する。

「如何にも、ウチが〈夜天の書〉の主や。シグナムとヴィータを巻きよるとは、ようやるわ。で、何の用で目の前に来たん」

あくまで冷静に、若いながらも堂々たる姿勢をとって対峙するはやて。
  目の前の女性は特段に気にする気配もなく、ただただ、3人を見据える様な視線を向けている。なのはにしても、この女性に一種の不気味さを感じていた。
シグナムとヴィータを上手い事出し抜いてまで、現れた理由は何であろうか。公然として命を狙いにでも来たか、或は大事な話でもあるというのか。
だが、実際に彼女の口から出たのは予想していたものとは全く違っていた。

「いえ。特にある訳でもないです」
「はぁ?」

  予想していない返答に、間の抜けた声を出してしまう。何もなくて目の前に現れたというのはどういうことか。

「厳密には、話しかけるつもりは毛頭なかったのですが、ヴォルケンリッターに感づかれてしまいましたので」
「‥‥‥つまり、出し抜いたついでに顔を見に来た、ということ?」
「そんなところです」
「随分と茶化されたもんやな」

呆れと同時に舐められたような気がしてならず、はやても多少の怒気を含ませた呈で言い返す。
  殺意といった雰囲気は感じ取られないが、正体不明である以上は油断はできない。いつでも相手を束縛できるように身構えてはいた。
彼女もそれを察したようであるものの、攻撃されるかもしれないという事態への恐れは見受けられない余裕が垣間見えた。
だがそれ以前にして、彼女が何者であるのかを知ってさえいない。相手のペースに乗せられる前に聞いておかねば、と気持ちを落ち着かせて尋ねる。

「それで、ウチらの事は知っとるようやけど、おたくは何者なんや。せめて名乗ってもらうのが礼儀っちゅうもんやろ?」
「‥‥‥マヤ・フィルゴロス。トコヨを護るワダツミの一族」
「「!?」」

  名乗った彼女――マヤ・フィルゴロスは淡々と名乗ったが、はやて、なのは、リィンフォースUが驚かされたのは後者の呼び名だった。
トコヨを護る者、と聞いて驚かない筈がない。今しがた、その話をしていたのだ。

(よもや局内に、トコヨの関係者がおるとはな)

管理局内部に紛れ込んでいたトコヨの人間の存在に危機感を覚えるはやてだったが、それ以上に食いついたのは、先ほどまで下降気味だったなのはであった。

「まさか貴女が、ユーノ君の基に訪ねて来た人‥‥‥!」
「えぇ。ご忠告申し上げました」

  マヤが言うが早いか、なのはは即座に立ち上がった。その際に座っていた椅子を倒すこととなるが、そんなことを気にする余裕はない。
それはもう掴みかかって殴り倒さんとする勢いであり、ユーノを深く心配するが故の咄嗟の行動であった。はやても、リィンフォースUも驚愕する。
得体のしれない相手に飛び掛かろうとする彼女を、はやては制止しようとしたものの遅く、なのははマヤの肩に掴みかかった。

「ユーノ君は‥‥‥ユーノ君は無事なの!?」
「ちょ、落ち着いてや、なのはちゃん!」
「落ち着くです!」

取り乱すなのはを後ろから羽交い絞めにして辛うじて引き離す。親友に留められたなのはも、自身が非常に取り乱したことを自覚し、途端に大人しくなった。

「ご、ごめんね、はやてちゃん」
「えぇんよ。なのはちゃんの気持ちは、よう分かる」

  掴みかかられたマヤは文句を言うでもなく、やや乱れた制服を直してから口を開く。

「彼は無事です。我らにとっても大切な方ですから」
「え‥‥‥どういう、ことや」

唐突に「大切な方」と言い放つマヤに、はやては無論、なのはも固まってしまう。ユーノ自身でさえ知らされなかった一族の過去を、彼女らが知りようもない。
それに大切というのはどういった意味合いを持つのかも不明で、何かしらの関係があっての事か、或は人質としての事なのかは判断しかねた。
  面食らった顔をするなのはを他所にして、マヤはそれ以上の質問に答えることを拒否した。喋るつもりはサラサラないといった呈である。

「信頼できない人間に、それ以上の事は言いません」
「っ‥‥‥それで、ウチらに張り付いてたのは何でや? そこが肝心やろ」

これ以上問い詰めても絶対に口を開かないであろうことを察したはやては、一瞬だけ奥歯を噛みしめた。ならば、と自分らに纏わりついた理由は知りたいものだ。
一介の魔導師でしかない自分らに張り付いてどうするつもりだったのか。どうせなら、もっと上の方を狙って情報を収集する筈である。
  そんな疑問に対してマヤは、はやてに目線を合わせて答える。

「厳密には、八神 はやて、貴女を対象としていた」
「成程、〈夜天の書〉絡みっちゅうことやな」

軽く頷くマヤは続けた。

「厳密には、〈夜天の書〉そのものではなく、その歴代の主と言った方が良いでしょうね」
「主?」
「そう。〈夜天の書〉を有した歴代の主達は、決まって権力を持つ者ばかり。自分の力が脅かされることを嫌っていた」

成程、とはやてはマヤの言う事に理解した。今しがたシグナムとヴィータが打ち明けてくれていた事を指して言っているのだろう。
権力者としての力も強かったかつての主達の行いを知っているトコヨは、今のはやてが同じことをするのではないか、と監視しているのであろうと察したのだ。
彼女の推測は的を得ており、マヤは時空管理局の動きを監視していたうえに、はやての動向にも目を張っていたのであった。
やがて、はやてが時空管理局でも有数の権力を有した後に、トコヨを信奉する者を廃絶するのではないか――そんな危惧を持っていたのだろう。
  無論のことそんな行動は、はやて自身が嫌う事である。まして、ヴォルケンリッターを守護騎士としてではなく、家族として受け入れたのだ。

「それは心外や。そないな下劣な真似、死んでもせぇへんわ。誰だって、命を受ければ等しく生きる権利があるで」
「‥‥‥そうかしらね」
「随分と懐疑的やな」

否定的な物言いのマヤに、はやても眉を吊り上げた。

「懐疑的になるな、という方が無理なもの。貴女方には分からないでしょう? 数千年も虐げられ、騙され、殺され、迫害されてきた者達の無念を‥‥‥」
「今は、そんな事をしている人はいません」

そこで間に割って入ったのはなのはだ。彼女とて、マヤの言う事も分からないでも無いが、今の時代にあって宗教的な迫害はほぼ行われてはいない。
過去の行いと現在の人達を同じ目で見るのは如何なものであろうか。
  なのはの反論に、マヤは鼻で笑うような仕草で応じた。

「管理局は、本当のところはトコヨを屈服させたいのではなくて?」
「それは‥‥‥」

管理局という言葉が出てしまうと、何故か言葉が濁ってしまう。自身がそうでなくとも、上層部の考えはそれと一致するという事はないのだ。
しかも次元世界の平安を維持するためと称して、時折、無理矢理な方法で管理下に置くことも決して珍しい話ではないのである。
トコヨはそういった管理局の横暴を世界各地に派遣しているワダツミ一族、並びにスクライア一族によって知っていた。
レジアス中将の一件も同様だ。彼が正義を愛する度合いが過ぎたことで、違法なものにまで手を染めていく様は滑稽としか言いようがなかった。
  そして今回の遺失文明として登録されたトコヨへの対応も、たかだか辺境の滅び去った惑星に従うことが出来ない傲慢な管理局上層部によるものだ。
邪魔なものは力づくで排除する。昔から、どんな世界、国家、組織、どれをとっても変わらぬ流れだと、マヤは主張する。

「表面が変わっても中身は変わらないのが人間。何処までも貪欲に貪り続ける、餓鬼のような存在」
「貴女は、全く人間を信用しないんだね」
「当然。我が同胞が、かつて地球でも人間に裏切られたのだから」
「地球やて?」

彼女の口から出て来た、地球という何気ない星の名称。まさにはやてと、なのはの故郷だ。それを察したマヤは、さも当然と言わんばかりに言う。

「無論、貴女達の地球よ。いずれにせよ、スクライアさんが戻れば聞かされるでしょう」

そう言うと、彼女の身体が次第に薄れゆく。

「ちょい待ち、此処まで来て逃げるっちゅうんか!?」
「長居するつもりはないわ。いつでも貴女達を見張る事が出来る。それに今は、八神 はやて、貴女という人間を確かめたかっただけ‥‥‥」
「待って、マヤさん。本当に、本当にユーノ君は無事なんですね、帰ってくるんですね!?」

最後の最後に、同じことを尋ねるなのは。そんな彼女を見つめるマヤは、一言だけ呟いた。

「トコヨの民は、人間とは違う」

それだけ言うと、彼女は両手を合わせて拝む姿勢をとった途端にオーロラの様に揺らめき、完全に消え去ってしまった。
同時に彼女らの周囲は一気に開け、薄暗かった食堂は今までいた通りの明るい室内へと戻っていた。
  まるで幻を見せられていたかの様な感覚だ。周囲に居た数人の局員も何事かと彼女らの方へ視線を向けていた。どうやら、周囲には何も感じられなかったようだ。
はやて、なのは、リィンフォースUの3人だけが、一時的に別空間に誘われ、マヤと名乗る女性から接触を受けたのである。
魔力反応さえ見せない異質な力を有するトコヨの計り知れぬ実力を、今の接触で嫌がおうにも分からされた。

「主はやて、申し訳ありません!」
「すまねぇ、取り逃がしちまうとは‥‥‥」

  その直後、マヤを追った2人が急ぎ戻ってきて事態を知るや否や、シグナムははやてに謝罪した。ヴィータも苦々しい表情で、ぶっきらぼうに言う。
2人して取り逃がすという失態を、はやては特段に責める訳でもなかった。

「気にせんでえぇよ。ウチも、はのはちゃんも、リィンフォースUも何ともない」
「しかし‥‥‥!」
「真面目やな、シグナムは。ウチが大丈夫言うてるんやから、気にせんの。ヴィータも同じや」
「ぅ‥‥‥」

俯き加減なヴィータの頭を、ワシワシと子どもを宥めるようにして撫でる。
  傍にいるなのはは、彼女のヴォルケンリッターへの接し方を見て、直後にマヤの言っていた事を思い返す。権力者になれば、それを護ろうと力づくでねじ伏せる。
だが親友たるはやては、決して権力欲しさに他者を貶める様な人間ではない。ヴォルケンリッターを部下でもなく奴隷でもなく、騎士でもなく、真の家族として接しているはやての心は、この先何十年経とうが変わる事はない筈だ。

(マヤさん。人間を信用できないって言っていたけど、決して全ての人間が悪い訳じゃない)

マヤの目の中にあった言い知れぬ哀しみの感情。人間に虐げられ続けた者に積み重ねられた、底なし沼の様な深い憎しみや執念が詰まっている。
  それでも彼女は消え去る間際に「人間とは違う」と言っていた。つまり、遠まわしではあるが、人間の様に裏切らないと言っていたのではないか。
今はただただ、彼が返ってくることだけを願う事しかできないなのはであった。




第二節


  ユーノを開放するという約束を信じ、ティアナとミシェルは指定された場所へと足を運んでいた。そこには、調査団が襲われたことを示す地上車の残骸が転がっており、襲われた時の惨状を嫌がおうに示していた。
どれ程の規模で襲われたのであろうか。新任魔導師ではなく中堅程の実力魔導師が護衛に着いていた筈だが、それをものともしなかったのだ。
襲われた現状をティアナが知る由も無いが、たった1人のワダツジンに倒されたとも知れば背筋の寒くなることであろう。
彼女でさえ辛うじて一時的に食い止められただけで、あれ以上に長引けばやられていた事は必至だ。最初の犠牲者たちと同様、鋭い水柱で貫かれていたに違いない。
とはいえ、トコヨを護る守護者ことワダツジンの実力は未だに計り知れない部分が多い。あれで全力であろうか、という疑問さえ浮かび上がる。
  ミシェルも、襲われた現場の惨状を目の当たりにして表情を引きつらせていた。自分らは、実は罠に誘い込まれているのでは、と危惧を覚えるものだ。

「スクライアさんは、無事に戻ってきますよね」
「信じましょう。今はそれしかないわ」

彼女の言う通り、ここは信じて待つしかない。魔力とは違う系統を操るワダツジンを相手にする以上は、待ち構えていても無意味にさえ思えてしまう。
いつでも、どこでも現れる事の出来るワダツジンことホシノ・マユミは、その気になれば、研究所に現れた時に彼女らを抹殺できたはずである。
  そうしなかったのは、余裕の表れだろうか。それとも、心奥底のどこかでは、殺すことを望んではいなかったということだろうか。
それは彼女自身にしか分からない疑問だが、ここであれこれ考えていても浅無き事だった。

「約束通り、2人だけで来ましたね」
「‥‥‥普通に出てこれないのかしら?」

  やはり、唐突だった。赤いワンピース――ではなく、白くうっすらと透き通るような羽衣を身に着けたホシノ・マユミが、ティアナ達の目前に姿を現したのである。
まるで巫女の様な出で立ちのマユミの姿であるが、恐らくこれが本来の成なのだろう。髪形も黒いストレートロングヘアで、色白い表情は前と変わらない。

(もう1人、いますね)

ミシェルは念話でティアナに語り掛けた。確かに、マユミだけではなく別の人間が2人いたのだ。ただ、その内の1人はティアナが良く知る男性だった。
金髪のロングヘアーの一本結びに眼鏡、温厚そうな目元をしたその人こそ、紛れもないユーノ・スクライアである。

「ユーノさん、無事ですか!」
「うん。僕は大丈夫だよ、ティアナ」

にこやかな笑みを浮かべる彼の表情からして、何かしらの拷問の様な類はなかったと分かる。作り笑顔ではない、素の笑顔であった。
  そしてもう1人の男性の姿がティアナの目に入った。全身を白い服装で纏った30代から40代程の男性だが、初めて見る顔である。
男性は暖かな表情でこちらを見てたが、その男性から口を開いた。

「初めまして、ティアナ・ランスター君。俺は浜野 哲史というものだ」
「え、あ‥‥‥初め、まして」

唐突な自己紹介に面食らうティアナ。ユーノはティアナに浜野のことを教える。

「ティアナ。彼はトコヨの住民を代表する浜野さんだよ。なのはと同じ、地球の出身なんだ」
「へぇ‥‥‥え!?」

  さり気ない一言を聞き逃すところだったティアナは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。この男性が、先輩であるなのはと同じ故郷の人間と知って驚かない筈がなかったと同時に、イチノタニ博士が言っていた第97管理外世界での怪事件を思い起こした。
地球で活動していたワダツジンは、少ないトコヨの信者たちを纏めて宇宙船に乗り、遥か彼方へと旅立ったと言っていたのだ。
よもや、その旅だった一団の人間と会えるとは思っても見なかったことである。

「じゃあ、貴方は‥‥‥本当に、地球を旅立った日本人の1人‥‥‥」
「ほぅ、君は地球での一件を知っていたんだね」

興味深そうに浜野はティアナを見るが、本当のところは最近知ったばかりの事であり、イチノタニ博士に教えてもらっただけの事である。
  昔を懐かしむような浜野は、本題から外れそうだと思い話を戻す。

「マユミさんから聞いていると思うが、この通りユーノ君は無事だ。軟禁や監禁もするつもりはサラサラないからね」
「その代わりに、この星から立ち退いてほしい、という事ですね」
「あぁ。我々としても、静かに暮らしたいんだ」

彼の言葉はトコヨに住まう住民達が持つ共通のものだろう。過去において様々な世界で迫害され、追放されてきた人々の安寧の地を荒らされたくはない。
既にトレジャーハンターらによって狙われてはいるが、それはワダツジンによって撃退されている。
またこの一件からトレジャーハンターらの間では、トコヨに手を出さない方が賢明である、と動きを停滞させている情報もあった事から、効果はあったようだ。
それでも物珍しさに侵入をしようとする輩も出てくることは間違いない。

「お約束通り、ユーノさんをお渡しします。後は‥‥‥」
「分かってるわ。貴女達の要望を上に伝えて、この星から手を引いてもらう様に上申する」
「無論、僕も手伝うよ、ティアナ」
「え?」

  手伝うと言われてキョトン、とするティアナだが、その訳をユーノが話す。

「これは、僕自身の問題でもあるんだ」
「ユーノさん自身の問題? どういう事ですか、それは」

トコヨを護ろうとすることに、かれ自身と何の関係があるというのであろうか。聞けば、ユーノはトコヨの調査の一件には慎重的だとは聞いていた。
強硬的に調査を推し進めた調査団の面々を止められなかった責任の事を言っているのかと思われたが、それは多少はあっていたもののもっと、違う理由だった。
  だが、そこでマユミが待ったを掛ける。

「‥‥‥いいのですか、ユーノさん」
「えぇ。彼女は信頼できます。僕の掛け替えのない親友‥‥‥なのはの、教え子でもあるんです」
「もしそうだとしても‥‥‥」

ユーノの血筋に纏わる過去は、あくまで彼自身には教えたものの他者に教えるつもりは毛頭なかった。それは、ある種、彼の立場を危うくする可能性があったからだ。
如何なユーノの信頼する女性とは言えども、マユミからすれば信じるには足りない。まして、過去に裏切られた経験があるならば尚更のことだった。
  訝し気になるマユミに対して制止を掛けたのは浜野だ。

「マユミさん。彼を信用しよう」
「浜野‥‥‥さん」
「貴女は、地球で裏切られたことを懸念しているんだろうけど、あれは万城目が悪いんじゃない。目先の利益にしか頭にない連中の悪行だ」

地球において、古代史に纏わる特別番組を企画していたのは浜野自身だったが、それは本当に興味を持つ人間が見るのではないと気づいた。
興味半分や面白半分で古代人の眠りを妨げるだけであると気づいたものの、彼の同僚である万城目 淳は企画を責任を持って成功させようとしていたのだ。
マユミは、一時は彼を殺そうとしたが浜野の決死の説得で取り止め、万城目らにトコヨを信じる人々の清身や常世島の真実を明かした。
  事実を理解した万城目は企画を中止させるように約束し、上司にも断固として古代史スペシャル番組の中止を押し切ったのである。
ところが、中止したのは良かったものの、中止に至った理由を納得できない上司が執拗に裏を知ろうとして、事実を知る部下の1人に押し迫り白状させたのだ。
観光業者はその話のネタを聞きつけて我先にと現地に入ったものの、その後はティアナとミシェルがイチノタニに教えられた通り、港町は焼き尽くされた。
万城目と呼ばれるかつての同僚に責任はないものの、それ以外の貪欲な人間によって地球最後の安寧の地を穢されたマユミは、人間を信じる事が出来ないのである。

「マユミさんの心遣いには感謝します。ですが、僕自身の事ですし、打ち解け合った仲間なら、理解してくれると信じているんです。無論、それ以外の人に公言する事は避けますが‥‥‥。兎に角、信頼できる人に打ち明けない事には、この星から手を引いてもらう事は難しいと思うんです」
「‥‥‥分かりました。貴方を信じましょう」
「ありがとう」

  複雑な裏事情がありそうだ、とティアナにも察しが付いたが、ここでそれを問いかけるのは無神経だと思い聞くのを止めた。

「ティアナ、詳しいことは後で話すよ」
「分かりました。取り合えず、一端は引き上げます・・・・・・いいですね?」
「大丈夫。マユミんさん、浜野さん、僕はこれで・・・・・・」

ティアナとミシェルの元へ歩み寄り、最後の別れかもしれないと背後の2人に挨拶を送った。寧ろ、このまま最後になった方が良いに違いない。
それは無論、彼自身だけでなく、トコヨに手を触れようとするもの全ての者に対してだ。彼らには静かに暮らしていてもらいたいのだった。

「別れ惜しいが、君にはやるべきことがあるし、何より大切な人たちがいる。大事にするんだよ」
「ユーノさん・・・・・・お願いします」

浜野は気さくに別れの言葉を返し、マユミはユーノ達に託した一件を案じた。これ以上、トコヨへと手を出させない事を願って、ユーノを見送った。
  2人と別れた後、ティアナは地上車で移動中にユーノを保護した旨を〈クラウンヴィクトリア〉へ報せるよう、ミシェルに頼む。
テロネザ艦長は、無事にユーノを保護できた連絡を聞くや否や深く息を吐いた。余程に心配だったようだ。

『良かった。一先ずは、目標達成という訳だな、ミシェル一士』
「はい。ユーノ・スクライア氏は、このとおりご無事です。ユーノさんからも・・・・・・」
「うん」

ミシェルから話す様に即されると、迷わず返事をして通信画面を自分の方へ回してもらう。実際に話してもらった方が、テロネザも安心するだろうから。

「ご心配をおかけしました。僕がユーノ・スクライアです」
『おぉ、無事で何よりだ、スクライア司書長。後の面々も、無事なのだね?』
「はい。彼らは、この星から手を引くことを最大条件として、その対価に博士たちを開放すると約束しています」
『ふむ・・・・・・そうか。兎に角は、一端、こちらへ戻ってきてもらおう。ランスター三尉、ホブロスク一士、良いかね?』
「了解です、艦長。それと、増援の方はどうなっていますか」

予定通りで行けば、今頃は到着している筈だ。まさか増援に来た魔導師達が、マユミらを逮捕する事はないだろうか、と心配する部分が大きかった。
幸いにして乱入するということは無く、無事に合流できたので良かったものの、今どうしているのかが気になっていたのだ。
  増援に関しては衛星軌道上で待機中のテロネザが真っ先に気付く筈だ。

『到着しているが、それもほんの数分まえの事だ。君らがもう少し連絡を取るのに遅れていたら、武装隊が下りていたところだろう』
「やはり、力づくで武装解除させようとしていたのですか」

懸念していた事だったが、辛うじてティアナ達の方が早く終わったことにより、武装隊の介入という最悪の結果は避けられたようだった。
もっとも武装介入しようとしたところで、ワダツジンの展開する特殊空間が大きな弊害と成り得るのは想像に容易い。
そこへワダツジンが来襲し、本来の力を発揮できない魔導師達が新たな犠牲者として列に加わるだろう。
  増援として到着した司令官は、それを理解しているのだろか。管理局上層部もトコヨにおける戦闘データは知っている筈であり、無暗に増援を出したというのか。
或は過激な方法でトコヨを威圧しようとしているのか、ティアナには分かる筈もない。個人レベルでどうに出来ないなら、アルカンシェルを使う事も有り得る。
これを地表へ向けて使う事は考えにくいものの、だからとてあり得ないとは言い難いものだ。

『そこでだ、増援部隊の司令官が、ランスター三尉に通信を取りたがっていてね』
「・・・・・・了解しました。繋いでいただけますか?」

  過激な思考の司令官であろうか、と想像しただけで頭の痛くなるものだ。それでも拒絶する訳にはいかず、彼女は通信を取ったのである。
ところが、この通信に出て来た人物は意外なほどに見知った顔だと分かり、ティアナは違った意味で驚愕の声を上げてしまった。

「く、クロノ提督!?」
『久しぶりだな、ティアナ』

教官でもあり先輩でもある高町 なのはとは親友の間柄のクロノ・ハラオウン提督その人だった。20代後半にして提督の地位を有する有数の魔導師かつ指揮官だ。
管理局内でも良識的な人間であり、多少の融通の利かなさはあるものの、多くの局員からは尊敬のまなざしを受けている。
  そんな彼が、トコヨへの増援部隊司令官となっていたとはつゆ知らず。

『到着したばかりなのだが、僕も状況を良く把握できてない。司令部からは、行方不明者の捜索と救出、場合によっては武装隊による介入を命じられていたんだが』

クロノが派遣された時には、詳細な情報はまだ出回ってはいなかった。それが一転して、トコヨの先住民族が調査団を監禁している、等と情報がもたらされた。
確かに強ち間違ってはいないのだが、だからとて武装隊による介入を行えば調査団は永遠に帰ってこなくなってしまう。
  ティアナは武装隊の介入を中止するよう進言したうえで、マユミ達から言い渡された条件もクロノに伝える。
さらにユーノからも通信越しで説明し、管理局や他の勢力からの一切の介入をさせない事が、トコヨの願いでもある事を説明した。
彼の唐突な登場にクロノは一瞬だけ驚きを示したものの、無事に解放されたことを知って多少は表情に安堵の色が見えたように思える。
この2人は犬猿の中とは言わずとも、ある種の腐れ縁の関係だ。PT事件からの長い腐れ縁関係にあって、クロノも何かと必要な時にはユーノに頼っていた。
  そんなユーノが真剣な表情で訴えかけてくるのだが、クロノとしても直ぐに「はいそうですか」と答えられるものではない。
何よりトコヨの事情を知らない身であり、何の情報を持たない彼からすればトコヨの住民が一方的に犯罪を起こしたように見えても致し方ないだろう。

「この事については、クロノにも話しておかなければならないと思っていた。君が来てくれていたのなら好都合なんだけど、これはリンディ提督にも聞いてもらいたいんだ。トコヨの裏事情を・・・・・・出来ないかな?」
『‥‥‥分かった。僕も情報が色々と錯綜していて判断が付きかねている。ユーノの情報を聞いたうえで、母さんにも聞いてもらおう』
「わかった。これから、ティアナ達と向かうよ」
『待っている』

そう言うと、クロノは通信を切った。
  マユミの条件を実現させる為に前途多難な事になるではないか、と危惧していたティアナだが、増援に派遣されてきたのがクロノ知って安堵感も生まれた。
もしこれが頭の固い人物であったら――と考えただけで頭が痛くなる思いだ。クロノに訳を話したうえで、尚且つ母親でもあるリンディにも協力を仰げるだろう。
別に問題があるとすれば、現地に降り立った調査団の残存メンバーらである。彼らは今もなお仮設研究所にて待機し、トコヨの解析に当たっている。
管理局上層部がトコヨに対する対処を決める間にも、彼ら調査団残存メンバーはトコヨに残留する羽目になってしまうのだ。
  既に研究者らの間ではトコヨで発生した一件を巡って退避したいとの声も多かった。

「こんな危険な星に居座り続ける事など出来る筈も無い」
「安全があってこその調査だ。今の状態で調査など不可能だ」

口々にそう訴える残存メンバー達に、時空管理局側も対応せねばならなかった。何よりも人命優先として、どの道、トコヨからの一時撤収は認める事となる。
調査団が拉致されたとあって、ここでさらなる被害者を出してしまっては、危険を認知したうえで残存調査団を放置したと世間から非難されかねないのだ。
ましてJS事件における管理局の失態から数年経過したとはいえ、その様な体裁の悪い噂が付きまとうのは御免被りたかった。
  現地での指揮権を託されていたテロネザは、元々からトコヨからの一時撤収を望んでいた身であった為、現地で活動中の残存調査団から撤収要望を受け取った際に、それを蹴とばす道理は何処にも存在していなかった。

「だから言わんことではない‥‥‥。さっさと引き揚げるようにすれば良かったものを」

――と口に出して言いたかったが、流石に彼自身の立場と管理局の立場があるので発言は心中に留めておくことにしたものだ。
  無事に生還したユーノの協力もあってか、残存調査団メンバーは必要な機材だけを揃えて早々と引き揚げを行った。
が、その最中にてユーノはとある人物から謝罪の言葉を承る事となる――無論、彼自身が望んで受けた言葉ではなかったが。

「すまん、スクライア君! 私もしっかり止めなかったばかりに、こんな事になってしまって‥‥‥」
「ちょ、ちょっと、何を言ってるんですか、イチノタニ博士!?」

残留メンバーだったイチノタニ博士が、他の博士達の先頭にあってユーノに謝罪を申し出て来たのである。
ユーノからすれば、今回の一件で危険な目にあったこそすれイチノタニを責め立てる気は毛頭なかったのだが、彼の良心がそうは許さないようだった。
しかも謝罪の気持ちを最大限に表したかったのか、一般世間での謝罪形式ではなく、その場に跪き首を地べたに押し付けるという形式――即ち土下座をしていた。
  これも彼の中に流れる日本人のDNAの影響下は知る由も無いが、謝罪の気持ちを一杯に表現した土下座は、文字通りユーノを怯ませるに十分な威力だった。
それどころかユーノの傍にいたティアナとミシェルですら、イチノタニの土下座には一歩や二歩も引いてしまう程に呆気に取られてしまう。

(これが‥‥‥なのはさん達の言うところのDOGEZAというものなのね。初めて見たわ)
(何でカタコトなんですか、ティアナさん)

念話でやりとりする2人を他所に、ユーノに精一杯の謝罪するイチノタニ。これでは、どちらが悪いのか判別が着かなくなりそうだった。

「わ、わかりました、わかりましたから、頭を上げてください!」
「何なら、私の先祖から伝わる切腹でもって‥‥‥!」

というや否や、何処から取り出したのか見るからに年代物な短刀を自身の目の前に置き、迫真どころか本当に命を絶つ気で腹を切ろうとするイチノタニに驚愕する。

「時代錯誤にもほどがありますよ!? 私はそんな事は望んでいませんし、それは収めてください!!」

そんなひと悶着が仮設研究所の中で繰り広げられた次第である。イチノタニの意外過ぎる一面に面食らったユーノ、ティアナ、ミシェルの3人だった。
  時空管理局は増援として駆けつけたクロノの指揮の基で、全艦艇がトコヨの宙域から撤収を開始した。ユーノから明かされたトコヨに纏わる歴史と、今現在、トコヨに残されている調査団と魔導師の安否を考慮したうえでの判断であった。
1隻でも監視の為に残すべきではないか、との声も他の艦長から挙げられたものの、クロノの判断で1隻も残さずに撤収する事を厳命で完全撤収となったのだ。
それにトコヨは管理局の知らぬところで動向を把握している可能性もある。魔導師とは異なった文明を有するトコヨを甘く見るべきではないと判断した故だった。

「しかしだ、ユーノ。お前さんの一族にそんな過去があったとは驚きだな‥‥‥にわかに信じがたいが」
「それは僕が一番に驚いたことだよ。スクライア一族は皆が家族としての関係があったから、僕としても一族の過去を隈なく知ろうとはしなかった」
「けど、今回の一件が無かったら、ユーノさんは一族の過去を知ることも無かった訳ですよね?」
「まぁ、それは‥‥‥そうなんだけれどもね、ティアナ」

  XV級次元航行艦〈クラウディア〉の提督執務室にて、クロノ、ユーノ、ティアナ、そしてミシェルの4人が集まり、ユーノ自身の事で話が進んでいた。
この話を聞いた途端に、誰しもがユーノに纏わる一族の過去と彼自身について知ると、驚いて二の次が出てこなかったものだ。
トコヨを信じる人々を護るだけでなく、実はスクライア一族が彼らの史跡や遺跡なども護る使命を帯びていたとの真実。
ユーノは元々からして、そういった使命を帯びていたからこそ、幼いころから進んで遺跡の発掘業務を学び、現在に至るということ。
無論、ユーノは血のせいではなく自身の意思によるものだと、今もなお信じている。

「兎も角だ、この事は他言無用と然るべきだろうが‥‥‥なのは達にも、知らせるのか?」
「うん。彼女達は信頼できるからね。勿論、帰った後に会うリンディ提督にも、今回の一件を処理するうえでも話しておかなければならないけど‥‥‥」
「? どうしました、ユーノさん」

  ふと黙り込んでしまったユーノに、ティアナが気になって尋ねる。

「いや、こうして、君達に僕の身体の中に流れているスクライア一族の事を話した訳なんだけど‥‥‥なのはは‥‥‥彼女たちはどう反応するのかなって」
「何を言ってるんだ? ユーノ、なのはがそんな事でお前との縁を切るとでも思っているのか」
「何というか‥‥‥」

煮え切らず消沈するユーノに呆れ顔を作るクロノは、一つ溜息を吐いた。長年の親友以上恋人未満の付き合いをしているくせに、なのはを信用できないというのか。
とはいうものの、自身の出身の秘密が衝撃的だったのは確かなのだろう。単なる発掘専門の一族ではなくトコヨの分派であるというのだから。
  だが、なのはのことだ。ユーノの一族について知ったからと言って忌避するとは到底考えられなかった。

「安心しろ、なのはは、お前さんの過去を知ってどうこう言わんさ。いや、はやても、フェイトも‥‥‥皆がいつも通り接してくれる。気にするな」
「‥‥‥そう、だね」

腐れ縁のクロノから励まされ、ユーノも何とか笑みを浮かべようとしたが、どこかぎこちないものになっている。それでも空元気でもあればまだ良いだろう。
  ふと、ティアナが話題を切り替えてクロノに質問する。

「それで、トコヨを去った後は、本当に何もしないままなんですか?」
「あぁ。一時撤収は変わらないが‥‥‥何か、あるのか」

何かを言いたそうな彼女に、クロノは聞き返す。

「私達がこの星を去ったとして、その後が問題だと思うんです。‥‥‥殺害されたトレジャーハンターの一件がありますので」
「怖いもの知らずが、我々の居ない間を狙ってくる、か。あり得ないとは言わんが‥‥‥」

確かに金目の物を探し求めるトレジャーハンターが足を踏み入れる可能性は否定できなかった。
  だが正直なところ、監視の目を潜ってまで危険地帯に足を踏み入れる輩にまで目を光らせる事はできなかった――というより、自己責任と突き放したかった。
それに完全撤収を約束した手前があり、下手にトコヨの近隣空間へと止まっていては疑われる可能性が出てきてしまうからだ。
よしんば違法に侵入しようした盗掘集団を摘発したとして、トコヨからは「約束を破った」と言われては元も子もないものである。
クロノとしても約束を無下にする訳にはいかず、まして調査団の引き渡しの事もあった。

「死者が出ている星へ乗り込む者にまで、我々としては責任を持てない。管理局上層部としては、トコヨへと渡航禁止令を全管理世界へとしているがね」
「その事については、調査団を引き渡してもらう際に、改めてトコヨ側と話し合う必要性がありますね」
「そうだな。その為にも、急ぎ帰還して対応を練らねばならない。ユーノにも、母さんに事情を直接話してもらう必要があるしな」
「分かってるよ」

もとよりそのつもりだったのだ。
だが、彼女らが危惧したことが、よもや早い内に起こる事になろうと想像だにしていなかったに違ない。




〜〜〜あとがき〜〜〜
どうも、第3惑星人でございます。ようやく第4章を書き終えましたが‥‥‥まだ終われない(涙)。
記念作品として短編で終わらそうとして訳ですが、あぁだこぅだ考えている間に、気づけば4章分も書いてしまっている現実。
しかも手を伸ばしたのがウルトラQという、万人がそうそう手を出さないであろうジャンルに、リリカルなのはを投入したのだから尚更のこと大変なことに。
無論、完結させるのは勿論なのですが、考えれば考えるだけ複雑になり、それだけ文章量も増えてしまう悪循環。
次章で完結できるか‥‥‥もしかすれば、第6章まで伸びるやもしれないという恐怖に苛まれるこの頃(自業自得である)。

因みに八神 はやての前所持者らに関しては、完全に私の妄想ですのでご注意くださいませ。



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