アスカお兄様………。
私は初めて逢った時から、あなたをお慕いしていました。
今までお父様に言われるままに生きてきた私が。
自分の気持ちなどまるで存在しないかのように
扱われてきた私が。そのように強いられてきた私が。
ただの人形としての生に興味を抱けなくなっていた私が。
生まれて初めて、自分の生きてきたことに意味があるのだと、
実感することができた。
私はあなたを好きになるために、今まで生きてきたのだと、
心からそう思えるようになった。

私は、あなたのことが好きです。
あなたを初めて見たあの日から、寝ても覚めても、
あなたのことしか考えられなかった。
あなたの子供っぽいところが好き。
あなたの少し生意気そうな声が好き。
あなたの燃えるような紅い瞳が好き。
あなたのふんわりした笑顔が好き。
あなたの悲しそうな顔は嫌いだけど、でもその後
あなたは誰にも心配をかけないように柔らかい微笑を浮かべる。
その、優しい心が、堪らなく愛おしくて、大好き。

そう、たとえこの気持ちが、お父様に初めから運命づけられた
ものなのだとしても。
いつか私とあなたが、離れ離れになる運命なのだとしても。

それでもいい。
その時まで、あなたと共にいられるのなら。
あなたの姿を、私の目で、体で、追いかけていられるのなら。
あなたを好きでいるこの心を嘘偽りなく、持ち続けていられるのなら。

たとえ、私の歩む道の最後が破滅なのだとしても。
私は、何も怖くはない。

これは、そんなどうしようもなく救いようのない女と、
そんな私を、そして全てを救おうとする王子様との、始まりの物語。






























「じゃあ私が代表して………、アスカ君!クラス代表決定おめでとうっ!」

「「「おめでと〜〜〜」」」

「す……素敵です、アスカお兄様っ………(超感激)」


パカパカとクラッカー音が鳴り響き、そこから発射された紙テープが、まるで
生き物のように空中でひらひらと舞い踊る。
その切れっ端が俺の持っていた、コーラが注がれたコップにポチャンと落ちて。
そこで、俺は小さく溜息を吐いた。

蘭さん達からの荷物を受け取った日の翌日の夕方。
あの思い出したくもない大ハプニングが起こった翌日の夕方。
俺はそのショックで一向に食欲が戻らないので、冷やっこ定食をお茶で無理やり
胃袋に流し込み、ヨロヨロと部屋に戻ろうとしていた。
……ところを、クラスの女子数人が呼び止めてきた。

蘭さん達の贈り物の件で少しは持ち直していた気分もその後に起こった
ハプニングのせいで絶賛下降中だった俺は、その誘いを丁重に断ろうとしたのだが。
あの子、……名前なんだっけ。
確か妙な名前の子だったけど……まあいいや。
あの「アスカお兄様」のあの子が、俺の服の裾を弱弱しく掴んで、上目遣いで
こう言ってきたのだ。


「お、お願いですお兄様っ。私……いえ私たち、お兄様のためにお祝いの席を
 仕立てたんです。お兄様がいないと、その意味が全くなくなってしまいます……。
 だからっ。だか………ら………(泣)」


そんな風に言われてしまったら。
しかも今にも泣き出しそうな目で見つめられながら涙声で言われたら、
断れるわけ、ないじゃないかよ。
俺のナーバスな気分など一瞬で消し飛ぶくらいの破壊力が、あの目にはあった。
あれを断れるのは、よほど女に慣れた奴か、あるいは外道か鬼畜か。
いずれにしてもその有無を言わせぬ迫力に抗えず付いてきてしまったが、
まさかこんなパーティだったなんて………!
俺の席の後ろには「アスカ君、クラス代表就任パーティ」なんて書かれた、
紙細工の花飾りで可愛らしくデコレーションされた張り紙が。
な〜〜にが、「お祝いの席」だよ!
俺にとっては「お祝いの席」どころか「処刑場の断頭台」てな感じだ。

結局そのあと会場(ていうか食堂の一角)で待ち構えていたクラスの皆と
ジュースの入ったコップを掲げて盛大に乾杯したあと、俺は席の真ん中で
縮こまりながらチビチビとコーラを飲んでいる。
今は、そういう場面だ。

正直、かなり居心地が悪い。
そう思う理由はいくつかあるが、まずこの食堂、無駄に広いし無駄に
インテリアだし。
席だって円形だし五・六人は座れる丸椅子は、ピンクに近い赤色だし。
そしてそこにひしめく色とりどりの女、女、女。

俺はこんなこじゃれた雰囲気でわいわいできるような、軟派な性格は
していない。ただただ居心地悪いだけだ。
それに………。
俺を祝うパーティのはずなのに、横の席の真ん中で一夏が俺と同じように
女子に囲まれながらジュースをお酌してもらっているのは何故だ。
別にそれ自体に不満はないし羨ましいとかはないのだが、これでは
誰を祝うパーティなのか分からないじゃないか。
男なら、誰でもいいのかと。
そういうわけでどうにも釈然としない思いを抱えながらチビチビと
コーラに口をつけていると、突如パシャッという音と共に、
視界が光に包まれた。
な、何だよいきなり!?


「突然のシャッターチャンス失礼しました!私、新聞部の部長やってる
 二年の黛薫子!あっとこれ名刺、以後よろしくねアスカ君!」


ずかずかとカメラを構えながら俺の前に現れたのは、少し紫がかった
茶髪と、小さめの眼鏡が印象的な女の子だった。
頭の高いところで髪をまとめて短いポニーテールを作っている。
その髪型もサバサバした雰囲気の彼女によく合っていて。
快活でとても元気そうな感じの美少女だった。
その美少女がギラギラした肉食獣のような目をして、こっちに
カメラを向けている。
……これが世に言う「ギャップ萌え」ってやつなのか?
………いや、違う。
ギャップ萌えという言葉の意味は今いちよく掴めていないが、
これは何だか違うと思う。

と、その俺解釈肉食系女子・黛さんはおもむろにカメラを引っ込めると、
そのふくよかな胸元からボイスレコーダーを取り出し、こちらに向けてくる。
……どこかの正義的な日記のように、「デッドエンド」とか聞こえて
きそうな形………不吉だ。


「ほらほらアスカ君!何渋い顔してるのよ!とりあえず………クラス代表
 になった感想を、一言っ!」


俺を置き去りにして勝手に話を進める黛さん
何が「一言っ!」だよ。
俺には何も言うことなんて…………うっ!?
チラッと横目で周りを伺うと、野次馬と化した皆さんが、キラキラとした目で
俺が何か言うのをじっと待っている。
……この空気からは………。
皆が俺に期待を込めた視線を向けるこの場からは、到底逃げられそうもないな。
………こうなっては、仕方ないよな。
とりあえず、何か言わないと話が進まない。


「……え、えっと……。一組の誰か、俺の代わりにクラス代表に
 なってみないか?こんな俺でもクラス代表になれたんだし、皆なら
 もっとその実力を発揮できると思うぜ?
 俺はいつでも待ってるんで、皆がその気なら、どうか………………」

「「「「「…………………………」」」」」


場が一気に白けた。
皆じと〜っとした半目で、こちらを見つめている。
この視線の意味はおそらく「おいおい、こんな盛り上がっている場面で
そんなこと言うなよ」と、こんなとこだろう。
……仕方ないじゃないか!
ほとんど考えずに、心の中の願望をそのまま吐露してしまったんだから!
俺に何の前準備もさせず、こんな話を振ってくるお前らが悪い!


「……ま、いっか。どうせつまんないこと言ったら適当に
 捏造するつもりだったし。
 じゃあ次はセシリアちゃん!君もコメントくれるかな。
 アスカ君と戦った時の感想とかさ!」


半目で俺を見つつ、溜息一つ。
そしてすぐに何事もなかったかのように、オルコットに視線を向ける黛さん。
その行動の一つ一つが俺の心をズタズタにしていっていることに、
はたして彼女は気付いているのだろうか?
と、長々と話し始めたオルコットに適当に切り上げさせ、再びこちらに
視線を向ける黛さん。
オルコットは黛さんを怒り心頭で睨みつけているが、彼女は全く
気付いて………いや。
あのすまし顔は、気付いてないフリをしているだけか。


「あ〜もうっ!これじゃ良い記事なんて書けないじゃないのさ!
 こうなったら私が自前の文才でもって、百人読んだら百人が
 『良いっ!』と太鼓判を押すくらいの名記事を一からこしらえる
 しかないわね。
 でも、せめて新聞に載せる写真だけはまともなのを用意しないと!
 ということで、アスカ君とセシリアちゃん、二人とも並んで。
 ツーショット写真を撮るから」


え。
………えぇ〜〜〜、ツーショット写真?
……面倒くさいなぁ。
何であそこまで好き勝手に言われた挙句、そんなものを撮影するのにまで
協力しなくちゃいけないんだよ?
記事のためとか言っても、俺には何の関係もないし。
そもそも今こんなパーティに出てること自体が、俺にとっては
不本意なんだ。
それなのにそんな面倒くさいことにまで付き合ってられるかよ。
その旨をここにいる全員に言ってやろうと口を開いたところで……。


「あら、ツーショット写真ですか?まあ私は代表候補生で専用機持ちですし。
 シンさんもかなり異質なISではありますが、専用機を持っていますし。
 さぞ見栄えのする写真が撮れることでしょうね。
 そういうことでしたら、私もそれに相応しい服装に………」

「駄目だよ時間かかるから。別に普通のツーショット写真を
 撮りたいだけなんだから。
 ほらさっさとこっち来て、二人とも」


何かやけに写真撮影にノリノリのオルコット。
自分の写真を撮ってもらえるから、気を良くしたらしいな。
くっ、単純な奴め!
見方を変えれば、ただ見世物にされるだけじゃないかよ。
しかし、二人ともいつの間にか俺たちの立ち位置や撮影する角度、
ポーズまで真剣に話し合っている。
……もう、俺が何を言っても無駄だよな、ちくしょう。

と、今までオルコットと熱い議論を交わしていた黛さんが
こちらにやってくる。
ちょこんと座っている俺の手を引いて、オルコットの前へと向かう。
……やっぱり女の子なんだな。
ものすごく華奢で柔らかい手で、しかも髪からふわっと良い匂いがして。
ちょっとドキッとしてしまう。


「やっぱり私の睨んだとおり、セシリアちゃんはいいセンスしてるよ。
 流石にプロのモデルをしてるだけあるよね。
 とりあえず、今回は服装を変えずに撮影するんだから、やっぱり
 見栄えのある写真を撮るにはポーズを変えるしかないんだよね。
 てなわけで、アスカ君とセシリアちゃんが熱い握手を交わしている
 写真を撮ることにしたわ。
 クラス代表決定戦を戦い抜いた二人が互いに健闘を称えて握手を
 する図!まさに新聞の表紙を飾るに相応しいわ!!」


目を子供のようにキラキラさせながら、トクトクと語る黛さん。
そんな彼女を見ながら俺が考えていたこと………今の握手の図って意見と
オルコットがモデルであること、何か関係あるのか?
ていうか、オルコットの奴モデルなんてやってたのか、全く知らなかった。
ISの国家代表候補生にしてプロのモデルか。
色々と多才な奴だな。

だがどうやらツーショット写真についてはその路線で決定らしく、
周りの野次馬たちも俺とオルコットを囲んで、お菓子をつまみながらの
観戦モードに突入している。
俺はそれを眺めつつ溜息をついて、オルコットに向き直る。


「……面倒なことになっちまったな、オルコット。
 でも、一枚だけでも撮らないと黛さんも納得しないみたいだし、
 ……握手だっけ?そのポーズでさっさと……ぎゃあ!?」


メリッと。
俺の右足を何の脈絡もなく、容赦もなく踏みつけるオルコット。
い、痛いぃぃぃぃぃ………!!
な、何しやがるんだこの女は!?
しかし怒気を含ませた俺の視線を、冷ややかなそれでもって
受け止めるオルコット。
な、何だ?
なんでこいつはここまで怒っているんだ?


「シンさん?何度も何度も言いましたわよね、私のことは、
 セシリアと呼んでくださいと。でないとあなたに名前を
 呼ぶことを認めた私が、馬鹿みたいでしょう?
 『オルコット』などと他人行儀な呼び方はそろそろ
 止めてくださいませんこと?
 流石に、そろそろ我慢も限界ですわ」


額に青筋を浮かべながら、淡々と話すオルコット。
その威圧感に少しだけたじろぐものの、しかし冷静に
どうしたものかと考える。

……確かにオルコットには再三にわたって名前で呼ぶようにと
言われていたけど、俺は頑なにオルコットと呼んでいた。
だってなぁ……。
俺とオルコットはまだ知り合って間もないし、そりゃ蘭さんたちは
名前で呼んでるけど、彼女たちは俺の大恩人であって特別だし……。
……それに、俺はいずれこの世界を去るつもりでいる。
今はまだその方法すら分からないが、あんまりこの世界の人間と
仲良くなってしまうと、別れのときが辛い。
だから篠ノ之も苗字で呼んでるんだし……まあ、一夏は普通に
名前で呼んでるけどさ。
とにかくそういう理由もあって、あまり他人を馴れ馴れしく呼ぶのは
控えていたのだが。

……オルコットのあのキレぶりを見る限り、そうも言ってられない
かもしれない。
今までオルコットがキレるところは何度も見てきたが、あんなに静かに
怒っているオルコットは初めて見る気がする。
どうやら体から発せられているオーラを見る限り、いつもよりはるかに
怒っているらしい。
……そんなに不満か?俺に名前で呼ばれないことが。

くっ、こりゃいずれこの世界を去るとか、そんなカッコいいことを
言っている場合じゃないな。
次また『オルコット』と呼ぼうものなら、即座にISを展開し、ビームを
撃っちらかしてくるかもしれない。
……って、いくらなんでもそんな非常識なことはしないだろうが、
でもとりあえず今のオルコットは怖いので………。


「……あ〜〜、分かったよ。……セシリア!これでいいんだろ!?
 ほらっ、さっさと手ぇ出せよ!写真、撮っちまおうぜ!?」

「っ!……ふふ、よろしい、ですわ。では少し恥ずかしいですが、
 固い握手を交わすとしましょうか。でも痛いのは嫌ですので、
 なるべく優しくしてくださいな」

「あ、ちょっと待ってよ青春白書真っ最中のお二人さん。
 良い雰囲気のところ悪いんだけど、現場監督兼責任者の
 私から、もう一つオーダーをつけさせてもらってもいいかな?」


何故かすっかり機嫌を良くしたセシリアと握手しようとしたところで、
どういうわけか黛さんから待ったが入る。
……ていうか、アンタの注文通りにポーズつけてやろうとしてるのに
その上さらに何か注文つけるつもりか?
どこまで図々しいんだよ、アンタは。
妥協しない性格と言えば聞こえはいいけど、付き合わされる方としては
たまったものではない。
しかもこちとら半強制的に巻き込まれているわけだし。
……まあ、それはもういいさ。
何か注文があるなら、さっさと言ってくれと思いながら黛さんを見るが、
よく見ると彼女は何故か俺をじっと見て動かない。
いや、正確には俺の手元をじっと見て動かない。
……何か嫌な予感がする。


「さっきから思ってたんだけど、どうにもアスカ君の黒い手袋、
 絵的に邪魔なのよね。
 セシリアちゃんは素手なわけだし、何かコントラストも悪いんだよね。
 しかも今回は握手してる写真を撮るわけだから、皆握手している
 手を見ると思うんだよね。
 てなわけで、アスカ君。その手袋とってくれる?
 とったらソッコーで撮影するからさ」


ちょっ、ええぇ!!?
な、何言い出すんだよ黛さん!?
黛さんの突然の無茶注文に唖然呆然とする俺。
くっそぉ……黛さんめ!
別にこんな写真、適当に撮ってしまえば済む話なのに、無意味に
こだわりやがって!こっちの迷惑も考えてくれよ!
いや、それは普通は手袋をただとるだけの話だから、他人の迷惑とか
考えないんだろうけど、俺にとってそれは、かなりデリケートな
問題なんだよ!

なんてグルグル考えていると、俺たちを見ていた野次馬たちが、
「それもそうかも………」とか呟きながら、じっと俺の手を
凝視し始める。
……………どうしよう、この状況?
いや、普通に考えてこの空気では手袋をとるしかないんだが……。
でも手袋をとったら、手の醜い傷が白日の下に晒されてしまう。
それは俺にとっても嫌なことだし、何よりそれを見る周りが
嫌な思いをしてしまう。
それは、絶対に駄目なことだ。
なので、どうやってそれを断ろうか考えていたのだが、
助け舟は思わぬところからやってきた。


「先輩、そこまで細かくポーズを指定しなくてもいいのではないですか?
 さっきからパーティも中断したままですし、写真を撮るくらい
 さっさとしてほしいのですが」

「へっ?で、でも新聞に載せる写真なんだし、発行部数を伸ばすためにも
 良い写真を撮りたいというか………」

「私たちは学校の新聞など、さほど気にしませんよ。
 それにこんなことでいつまでも騒いでいたのでは、他の
 利用者に迷惑ですし」

「そ、それって私のせいじゃ……。
 う、うう………、そんなに睨まないでよ、誰だか知らないけど……」


突然場に割り込んできた篠ノ之に圧倒されて、タジタジになる黛さん。
確かに毅然とした篠ノ之の雰囲気は、泣く子も黙らせるというか……、
そんな重みを帯びた威圧感がある。
……ひょっとして、篠ノ之の奴、俺の手の傷のこと知ってるから
こんな行動に出てくれたのか………?
だとしたら、本当にありがたいことだ。
現に黛さんはそのプレッシャーに耐え切れず、スゴスゴと引き下がったわけだし。
とりあえず、助かった………。
どうやら手袋はとらなくてもいいようだ。
このままこの件をうやむやにできれば………。


「ちょっとお待ちなさいな篠ノ之さん。
 この写真撮影の被写体は私とシンさんなのですし、
 私が被写体となっている以上、適当に撮影するなど、
 到底認めることはできませんわね。
 より良い写真を撮って皆さんに私の美しさを
 知ってもらうためには、まず皆さんに目に留めて
 いただけるような、良い写真を撮らなければなりません。
 そのためにシンさんの手袋をとる必要があるのだとしたら、
 私はシンさんに手袋をとっていただくようお願いしますわ」


ぐぅ…………セシリアぁ!!
せっかく全てが丸く収まろうとしていたのに、何で爆弾を
投下するようなことを言うんだ!
こいつのプライドの高さは知っていたが、まさかこの場面で
そんなことが足枷になるだなんて思いもしなかった。
と、とにかく篠ノ之とセシリアが互いを睨み合ったまま動かなくなって
しまい、何とも気まずい微妙な雰囲気になってしまった。
……これ、俺のクラス代表就任パーティだよな?
とりあえず俺も途方に暮れてしまい、溜息を吐いていると、
またしても思いもよらないところから援護射撃が入った。


「あ、あの………セシリアさん。わ、私如きがなに言ってるんだって
 思うかもしれないですけど………。
 もうそんな細かく考えないで、普通に写真撮っちゃったほうが
 いいと思います………(萎縮)。だってア、アスカお兄様
 とても困ってるみたいですし……手(でも、頑張る!)」

「あ、秋之桜さん?え、シンさんが困ってるって、別に私は
 そんなつもりでは………。
 ああ、そんな涙目にならないでくださいな!
 わ、分かりましたわ!手袋はとらなくていいですし、
 余計なことも言いませんから!
 ほら、シンさん!そんなところでボ〜ッとしてないで
 こっちに来てください。ほら、握手ですわ!」

「あれ、セシリアちゃん?……あ〜も〜しょうがないなぁ。
 じゃあもう普通の握手してる写真でいいよ。 
 ほら、撮っちゃうよ?こっちに目線向けて………、
 はい、チーズっ!」


何だか分からないうちにセシリアに強引に握手させられて、
あれよあれよという間に写真撮影が終わってしまった。
……何だかよく分からないけど、つまりこれで手袋をはずす
必要はなくなったわけだな?
お、おおぉぉぉぉ………助かったぁぁ!!
一時はどうなることかと思ったが、何とか場を切り抜けられたらしい。

……でも、篠ノ之と「アスカお兄様」の子がいなかったら、どうなっていたか
は分からない。
…………これは、やっぱりお礼を言っておかないといけないよな。
篠ノ之には後で部屋ででもゆっくり言えるからいいとして。
彼女には今、礼を言っておかないとな。

……しかし、いつまでも「アスカお兄様の子」っていうの、面倒だな。
確か苗字が「秋之桜」とかいう変なのっていうのは覚えてるんだけど。
下のほうは、未だに知らないんだよな。
自己紹介の時は考え事してて、他人の自己紹介なんて聞いてなかったし。
他の女の子は彼女のことを「秋之桜さん」としか呼ばないし。
だったら俺も「秋之桜さん」と呼べばいいんだろうが、どうも俺の中で
彼女は「アスカお兄様の子」という印象が強すぎる。
なので意識してなければ、自然とそう呼んでしまうのだ……もちろん
心の中でだけど。
面と向かってじっくり話したこともほとんどないから、彼女のことを
呼ぶこともしたことないしなぁ。

……でも、それじゃいけないよな。
今回のことを機に、彼女のことも普通に名前で呼ぶようにしてみるか。
クラスメイトなんだし、今回俺を助けてくれた恩人だしな。
俺は意を決して、彼女の隣まで行って、腰を下ろす。
彼女は俺に気付くや否やビクンッと体を強張らせ、フルフルと
震えだした。
……何か、少し罪悪感さえ感じるんだが、気にしちゃ駄目か。


「あ、アスカお兄様!?え、な、何で!?アスカお兄様が、
 私のすぐ傍に?自分から近づいてきて………?
 え、これは夢?それとも幻?それとも天国(パライソ)
 それとも……………………きゅう(昇天)」

「…………って、おい!秋之桜さん!?いきなり気絶すんなよ!
 何なんだよ、一体!?」


凄まじい速さで何かをボソボソ呟いていたと思ったら、
いきなり顔を真っ赤にして、目を回しながら気絶してしまった。
な、何だよこの子は!?
そりゃかなり近くに座ってるけど、だからってそんなに
緊張しなくても………!
とにかく俺は彼女の頬を軽くペチペチと叩いてやる。
すると白雪姫が王子の口付けで目を覚ますが如く、ゆっくりと
その瞼を開ける。
うっすらと開いた彼女の瞳と、俺の目がばっちり合う。


「ぁう………?あ、あれ、私………?………って、ええ!?
 お、お兄様!?お兄様が私を介抱してくれている!?
 え、ここは、まさに………桃源きょぅぅぅぅ…………(即身仏)」

「ちょっ、おい!また寝るなよ秋之桜さん!俺、アンタに
 話したいことがあったから、わざわざ隣に座ったんだ!
 起きて聞いてくれよ!」

「ふぇ………?あ、アスカお兄様が、私に………(???)」


きょとんとしながら、俺を見つめる秋之桜さん。
うっ………、こうしてじっくり向かい合って見てみると、
凄まじく可愛いな。少なくとも、篠ノ之やセシリアと同レベルだ。
まるで人形のようにさらさらとした長い黒髪。
とてもおとなしそうな雰囲気なのに、パッチリとした目で。
その目を見ると、何故か快活そうな印象を受ける、なんとも
不思議な感じが……………………………………………………
………………………………………………………………………
………………………………………………………………………
………………………………………………………………………
………………………………………………………………………
………………………………………………………………………





っ!!!!!!!!?????????





そこで俺は、まるで落雷にでも打たれたかのような衝撃を受けた。
だって………だって、秋之桜さんの……彼女の、顔。
……似ている、ていうか、瓜二つだ。
髪の色や今までのぶっ飛んだ言動、それに面と向かい合ったことが
ないってことに惑わされていたけど。
彼女の顔って、どう見ても…………!!

……い、いや。
何を考えてるんだよシン・アスカ!
顔がかなり似てるからって、それがどうしたってんだよ!
世の中には似た顔の人間が三人はいるらしいし、別に
驚くことじゃあないだろ!
と、一人で冷や汗をダラダラ流す俺を、心配そうに見つめる秋之桜さん。
そ、そう言えば俺、彼女にさっきのお礼を言うんだったな。
俺は努めて冷静になりながら、彼女と再び向き合った。


「あ、あの……お兄様?どうしたんですか?何か、とても苦しそうですけど、
 何かあったんですか………(心配)?」

「い、いや何でも………。そ、それよりさっきはありがとう。
 セシリアに手袋をとらせるのを諦めさせてくれて。
 お蔭で助かったよ。この手袋は、ちょっとした理由で
 はずせなくてさ」

「えっ?あ、ああさっきのあれですか?そんな、お礼なんて……。
 私はただお兄様が困ってるように見えたので、何とかして
 あげなくちゃって思って………。
 あ、あの図々しい女だと思いました……(不安)?」


思うかよ、そんなこと。
その親切心のお蔭で、俺は九死に一生を得たんだから。
でも、そんなことで申し訳なさそうにしている彼女を
これ以上見ていたくなくて。
俺はもう一度、心の底からのお礼を言う。


「いや、そんなことちっとも思いはしないよ。
 さっきも言ったように、俺凄く助かったんだからさ。
 だから、もう一度言わせてくれ。
 ……ありがとう。秋之桜さんは、俺の恩人だ」

「え………ぇひえぇぇぇぇ!!?あ、アスカお兄様が、私にそんな
 頭を下げてまでお礼を!?…………あ、うぁぁ……………(泣)」


な、何ぃ!?
い、いきなり泣き出したぞ!?しかも本格的に!
何故だ!?俺は今、別に何も変なことは言ってないはずなのに……うっ!?
ま、周りの視線が痛い!
皆犯罪者を見るような目で、俺を見ている!
そんな視線、クラスメイトに送るなよ!完全な誤解なのに!


「ちょっ、何で泣くんだよ!俺、何かアンタを傷つけるようなこと言ったか!?」

「い、いえ……嬉しいんです、とっても……。憧れだったお兄様とこうして
 普通にじっくりお話できるだけでも嬉しいのに……。
 私のおせっかいでお兄様が助かって、しかもそのお礼を言ってもらえるなんて……。
 マユ、マユ………。嬉しくて、胸がはち切れそうです………(感涙)」


な、何でおれの役に立っただけで、そんなに嬉しそうなんだよ……!?
憧れっつーか、もはや信仰に近いレベルなんじゃ………………は?
いま………今、何て?


「…………なぁ、秋之桜さん。今更で失礼なんだけど、アンタの名前って………」

「え、え?わ、私の名前ですか?マユ……秋之桜真結(あきのおうまゆ)ですけど……。
 でも、どうしてって……あ!も、もしかして私、さっき自分のことマユって
 言ってましたか?す、すみません!子供の頃からの癖で…………。
 感情が高ぶると、自分のことを下の名前で呼んじゃうんです。
 子供っぽいですよね、は、恥ずかしい………。
 ……?お兄様?どうしたんですか、お兄様………(心配)?」


彼女の言葉も、周りの言葉も、俺の耳には全く入っていなかった。
だけど、心配して俺の顔を覗き込む彼女の顔が、一瞬マユと重なって。



― お兄ちゃん……… ―



マユから、そう呼びかけられたような気がして。
俺は持っていたコーラ入りのコップを、知らず落としてしまっていた。
コーラでびしょ濡れになった太ももが、やけに冷たかった。
































「ねぇ、織斑くん、アスカ君聞いた?何でも代表候補生の子が
 転校してきたんだって。しかも同じ一年生!」

「へぇ?この半端な時期にか?しかも代表候補生って、どこのだよ?」

「何でも、中国の代表候補生らしいですわよ。まあ、大方この
 イギリス代表候補生セシリア・オルコットの存在を危ぶんでの
 転入でしょうが、私にとってはいささかのプレッシャーにも
 なりませんわね……って、シンさん?
 やけにお疲れのようですけど、どうかしたんですの?」


分かるか、セシリア。
分かるならほっといてくれるか?
昨日秋之桜さんをマユと重ねてしまい、悶々とした思いを
再燃させてしまった俺は、それが尾を引いたのか、父さん、
母さん、マユが死んだあの最初の悪夢を、一晩の間に十回
近く見てしまった。
……頭が重い。目まいがする。
せっかく蘭さんたちからの贈り物で少し晴れた心が、また
一気にどす黒い雲で覆われてしまった。……はぁ。


「……アスカ、本当に部屋で休んでなくてよかったのか?
 今も辛そうだし、何なら今からでも……」

「だから大丈夫だって。それより篠ノ之の方が寝不足だろ?
 俺に付き合って何度も目を覚ましちゃったんだから。
 俺のことは、気にしなくていいからさ」

「……大丈夫そうに見えないから、言ってるのだ。
 とにかく、なるべく無理はするなよ。
 少しでも不調を感じたら、すぐに医務室に行くのだぞ?」


他の皆に聞こえないようなボリュームで話しかけてくる篠ノ之に、
心配をかけさせまいとそう答える。
でも納得していない様子の篠ノ之は、何度か俺に視線を向けながらも
談笑している一夏たちの方へ向かった。

……本当にすまないな、篠ノ之。
昨日も俺が飛び起きるたびに自分も起きて、介抱してくれていたし。
今だって心から心配してくれている様子だった。
それを見るたびに申し訳ない気持ちで一杯になるけど……大丈夫。
それも、もうすぐ終わる。
あと一か月くらい待ってくれよ。
織斑先生の話だと、それくらいで俺の監視が緩和されるらしいし、
そうしたら………。
俺からお前に、とびっきりのサプライズプレゼントを渡してやるからさ。

……で、さっきの一夏たちの話だけど、なんだっけ?
中国の代表候補生?全く興味ないな。
このクラスに転入してくるわけじゃないらしいし、だったら別に
気にすることでもない。
俺はそんな話題でわいわいできる性格じゃない。
そんなことを考えながら机に突っ伏していると、入り口の方から
遠くまで聞こえるくらい溌剌とした明るく生意気そうな声が聞こえてきた。
………ん?この声って………?


「―その情報、古いよ。二組も専用機持ちがクラス代表になったの。
 そう簡単には優勝できないから」


……この、聞いてるだけで先日のトラウマが蘇ってきそうな……。
と、一夏がやけに驚いたような声を出す。


「鈴……?お前、鈴だよな?……てか、何でそんなに恰好つけてるんだよ。
 正直に言うが、軽く引いたぞ?」

「ちょっ……!何つーこと言うのよアンタは!それが丸一年ぶりに会った
 幼馴染に言う台詞!?」

「「お、幼馴染!!?」」


何か篠ノ之とセシリアが同時に素っ頓狂な声を上げているが、そっちは
正直どうでもいい。それより、この声は……。
俺の聞き間違いでなければ……。
少し震えながらも、俺はゆっくりと顔を上げる……と、げぇ!?
あ、あいつは凰!?
俺の最新バージョンのトラウマの元凶じゃねぇか!?
な、何でアイツがここに……!?
あ、ちなみに俺と凰は先日の一件の時に、一応自己紹介は済ませてあるので
あしからず。


「ああ、こいつは凰鈴音。俺のセカンド幼馴染だ。ちなみにファースト
 幼馴染は箒な。ほら、鈴。前に言ったことあるだろ?
 小学校からの幼馴染で………」

「うん、覚えてるよ。……あなたが、箒さんね。私、凰鈴音。
 中国の代表候補生。これからよろしくねって………。
 あ、ああっ!!アンタ、風来のシ○ン!?
 このクラスだったの!!?」

「「「「「風来のシ○ン?」」」」」


ほ、ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?
こちらと目が合うなり大声でそんなことを叫んでくる凰。
ば、馬鹿野郎っ!!
公衆の面前で何てことを口走りやがる!?
見ろ、一夏を始めとした全員が何事かと、俺と凰を見比べているじゃないか!
俺は慌てて立ち上がり、凰の前まで行って、その手を力一杯掴む。
凰は嫌がっているようだが、今はそんなこと知ったこっちゃない!


「ちょっ、何するのよ!痛いじゃないのよ、シ○ン!」

「黙っとけ!一夏、悪いけどこいつ借りるぞ。すぐ返すから」

「え?あ、ああ……でもいきなりどうしたんだよ?
 お前ら、知り合いだったのか?」


俺はそれに答えず、凰の手を引いて廊下に出る。
周りの野次馬をあしらいつつ、凰に小声で話しかける。


「何で大声でシ○ンなんて言うんだよ!先日のアレは黙っておいてくれって
 言ったじゃないかよ!速攻で約束破りやがって!
 それに俺はシ○ンじゃない!シン・アスカって名前があるんだ!
 それもこの前言っただろう!?」

「うっさいわね!そんなのいちいち覚えてないわよ!
 あんなショッキングな映像見せられて、胸糞悪くなってるのは
 こっちなんだからね!それにアンタの名前だって別に知りたくないし!
 ていうか、あんな訳の分からない恰好しておいて黙っておけってのが、
 どだい無理な話なのよ!」


何だと!?
この自分の都合のいいように行動するフリーダム女め!
他人のことも少しは考えろ!
だが、ここでそのことをうやむやにしたまま引くわけにはいかない!
このまま凰に気の向くまま喋らせたら、明日には俺は誰もいない個室で
風来坊のコスプレに興じていた変態野郎というレッテルを貼られてしまう!
それだけは、何としても………!


「とにかく!そのシ○ンってのはやめてくれ!それからあの時のことは
 絶対秘密にしておいてくれよ!?」

「だ、だから手、痛いって!分かった、分かったから!
 言わなきゃいいんでしょ!?
 だから手、離しなさいよ!」


その言葉を引きずり出して、ようやく俺は凰の手を離す。
ふぅ、まあ今の言葉だけで完全に信用したわけじゃもちろんないが、
とりあえずは一段落だな。
凰がまるで警戒した猫のようにフーッ、シャーッと唸っているが、
見て見ぬフリをする。でも、横目でチラリ。
まるで「かみまみた」のあの子を彷彿とさせる姿に、微笑ましい
気持ちにさえなってしまう。

と、いきなり後ろからツンツンと肩をつつかれる。
ん?誰だよいきなり?
俺は頭に「?」マークを浮かべながら振り向く。
そしてどうやら凰も同じように肩をつつかれたようで、俺と同じように
振り返っている。
そして、硬直。
でも、仕方ないだろう?
振り向いた先に炎の如きオーラを纏った織斑先生がいたら、そりゃ
誰だって考えることをやめるさ。


「……織斑先生?な、何でしょうか?」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ凰。それはいい。お前たち二人はもうSHRの時間がとっくに
 過ぎているにも関わらず、何故廊下でこそこそと話をしているのだ?」


な、何てプレッシャーだよ……!
その重みに耐えるので、俺はもう精一杯だ……!
チラッと横を窺うと、凰は冷や汗を滝のように流しながらも、歯をカチカチと
鳴らしながらも、震えながらも、立っている。
ほぅ、流石は中国の代表候補生。
このプレッシャーの中、気をやってないだけでも大したもんだ。
そういえば凰は織斑先生のことを最初から「千冬さん」呼ばわりしてたな。
さっきは「何て無謀な……」とか思ってたけど、何のことはない。
一夏の幼馴染何だから、織斑先生と面識があってもおかしくは………。


パァン!!スパァァン!!!

「「ぴ」」


なんて考えている場合じゃなかった!
痛い……痛いぃぃぃ………!!
頭の中にユニバースが突如として出現し、間髪入れずにビッグバンが起こったような、
そんなよく分からないほどの衝撃。
俺も凰も、ただ無言で頭を押さえ、うずくまる。


「さっさと教室に入れ、馬鹿ども」

「「は、はい………」」


結局この光景を見ていた皆も肝を冷やしたのか、凰のことで盛り上がっていたのが
嘘のように、皆席で背筋を正して座る。
そして凰もよろめきながら二組へと帰り、俺がなんとか席に座ったところで、
ようやくSHRが始まったのだった。































「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!」


翌日の放課後の第三アリーナにて、俺はヴェスティージを纏い、
ISバトルを行っていた。
対戦相手は、一夏だ。
白銀のIS、「白式」を纏い、近接特化ブレード『雪片弐型』を
手に向かってくる一夏。
それと俺の『蒼い絆』がぶつかり合い、火花を散らす。


「どうした一夏!?もう息が上がったのか!?勝負はまだまだ
 これからだぞ!!」

「ぐぅ…………、まだまだぁ!!!」


一夏は時々フェイントも混ぜてくるが、基本的にその太刀筋はまっすぐだ。
ISの動きにしても、どこか直線的で、いともたやすく読めてしまう。
予想はしていたけど、やはりセシリアよりもまだまだ弱い。
まあ、それは当然と言えば当然だけど。
でも一夏が振るっているブレード『雪片弐型』、こいつの攻撃力が
半端じゃない。
今は難なく受け流しているが、まともにその斬撃を受け止めたら、
最悪『蒼い絆』では折られてしまうかもしれない。
あのブレードは、それほどの威力を誇っていた。

まあ聞いた話だと、「白式」には『雪片弐型』以外の武器はないらしく、
「拡張領域」も『雪片弐型』で埋まっているというし、「白式」自体が
攻撃特化のISなのだろう。
どこか「器用貧乏」という言葉を連想させるヴェスティージとは、
やはり違うのだろう。
まあいくら威力が高くても、それを使っているのが今の一夏なら、
大した脅威でもない、かといって手を抜いてなどやらないが。

と、それまでただ突っ込んでくるだけだった一夏が、急にその動きを変える。
右から左へ。下から上へ。
アリーナの空を縦横無尽に駆け回り、こちらに動きを読ませないようにしている。


(この動き、何か狙ってる…………?)


一夏が何を狙っているか、計りかねていたが。
白式が俺の視界から一瞬消えた瞬間に、凄まじい加速音が聞こえてくる。
すぐにその音が聞こえてくる方を向くと、スラスターから物凄いエネルギーを
放出させ、まっすぐこちらへ向かってくる一夏と白式の姿が大写しになる。

ちっ、何てスピードだ!?
今までの白式のスピードとはだんちだぞ!
だけれども、いくらスピードが桁違いでも、その動きは今までよりもさらに
直線的。……ていうか、もはや突進に近い。
これならいくら虚を突いたとしても、躱すことはできる!

そう思って身構えるが、そこで白式の、いや正確にはその手に握られた
雪片弐型の変化に目を見張る。
突如その刀身が光り始めたかと思うと、その刀身よりも一回り大きい
エネルギー状の刀が瞬時に形成され、より強い輝きを放ち始めた。

な、何だあれは?
あの刀身に、とてつもないエネルギーが集中している……!?
と、すぐ目前まで迫っていた一夏が、その刃を俺めがけて振り下ろす。
蒼い絆では到底受け止められないと判断し、体を後ろへと倒すように
仰け反らせることで、その刃を避ける。

と、そこで俺は目を丸くする。
俺のすぐ上を通り過ぎて行ったその刃が、通り過ぎる際にズバッと
何かを切り裂いていったのだ。
それは…………。


(なっ……!?あの光の刃、ヴェスティージのシールドバリアーを
 切り裂いていっただと………!?)


馬鹿な!
たとえISのブレードがシールドバリアーと激突したとしても、
そのままシールドエネルギーを削って、それで終わりのはず!
シールドバリアーをそのまま切り裂く能力なんてあるのかよ!?
って、今はそんなこと考えてる場合じゃないか!
一夏は今、俺に攻撃を避けられたことに驚いて、動きを止めている。
今が、絶好の好機!

俺は瞬時にディザイアを呼び出し、全ての砲門を最大内角にて撃ち出す。
確かに砲門の間隔が開いているディザイアだけど、ここまでの
近距離で撃ち出せば!
そんな俺の予想通り、ディザイアのビームは全て一夏へと
吸い込まれて、大爆発。
と同時に俺はスラスターを逆噴射して、その爆発で起きた風圧に
押されるように、離脱を図る。
ディザイアのビームをまともに受けた一夏の白式は凄まじい勢いで
地面に落下し、そのまま停止した。
言うまでもなく、俺の勝利で終わった。



































「……シン、今日はありがとうな。特訓に付き合ってくれてさ。
 お蔭で少しスッキリしたよ」

「いや、別に練習に付き合うくらい構わないんだけどさ。
 一体どういう風の吹き回しだ?
 いつもはISの特訓は、セシリアとやってるのに、今日に限って
 俺を誘ってさ」

「ああ……ちょっと、さ。昨日の夜にちょっとしたひと悶着があって。
 どうにもモヤモヤが晴れないもんだから、それの発散のためにさ。
 相手が男だと、遠慮なく全力でやれるしさ」


そう、今日一夏とISバトルをしたのは一夏に誘われたからだ。
最後の授業が終わって、篠ノ之のいる剣道場に行こうかと
教室を出たところで、一夏に呼び止められたんだ。
一体どうして俺を、とは思ったけど。
一夏の様子がいつもと違う気がして、それが気になったので
付き合うことにしたのだ。
でも……ひと悶着?
一夏、昨日の夜になんかあったのか……?
少し落ち込んだ様子の一夏。
そんな一夏を見るのは初めてだったので、少し控えめに聞いてみる。


「……何か、あったのか?やけに落ち込んでるみたいだけど」

「………ははっ、そう見えるか?
 でも……そうだな。少し堪えてるかもな。
 …なあ、シン。よかったら、聞いてくれるか?
 多分、完全に俺が悪い……んだと思うんだけどさ」


少し躊躇いながらもそう切り出す一夏の話を聞かないなんてことは、
俺にはできない。
なので近くの自販機でジュースを買って、アリーナの控え室の
ベンチに腰掛けて、話を聞くことにする。
一夏は昨日の出来事をゆっくりと話し始めた。
それをたまに相槌を打ちながら聞いていた俺は、次第に頭痛を
感じるようになり。
しまいには頭を抱えて唸ってしまった。

曰く、昨日の夜一夏の部屋を凰が尋ねてきて、二人はしばしの間
昔話に花を咲かせたそうな。
それがひと段落ついた頃、ふと凰が「ところで一夏、昔の約束
……覚えてる?」と振ってきたらしい。
その約束とは………。


「鈴が俺に毎日タダメシを奢ってくれるって約束だよ。
 今日の朝正確にそれを思い出したけど、確か
 『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』
 だったと思う。
 あ、鈴の家って中華料理屋なんだよ。まあ、それはいいとして……。
 それってつまり、毎日俺にタダメシを食わせてくれるってことだよな?」


違う。
……まあ、いい。とりあえず、話を全部聞いてからだ。
何か言うのは、その後でも遅くはない。
俺は一夏に話の続きを促した。

とにかく、一夏が「タダメシを毎日食わせてくれるってやつだよな?」
と言ったら、凰はいきなり一夏に平手打ちを浴びせたらしい…………
目に涙を溜めて、体を震わせて。
そして一夏に散々罵声を浴びせた挙句、部屋を出て行った……と。

話を全て聞いて、とりあえずどう答えたものか真剣に考える。
もし凰が言った「昔の約束」とやらが一夏の言った通りのものなら、
一夏はその意味を完璧に取り違えている。
それって、つまり「毎日俺に味噌汁を作ってくれ」ってやつの、
逆告白バージョンだろう。
……てか、中学生の女の子からそんな台詞を言わせるなんて。
一夏のやつ、どんだけモテ男なんだよ。

凰が一夏に好意を持っていることは、一日凰の様子を見ていたら
容易に分かったけど。
その「約束」を聞く限り、凰の奴、俺の想像以上に一夏に
ベタ惚れだったってわけか。
で、その「約束」……いや「告白」を、一夏はあろうことか
「タダメシ食わせてくれるぜイェア!」と勘違いしていたわけだ。
そりゃ、凰が怒るのも無理はない。

……しかし、しかしだ。
凰も一夏の幼馴染なら、一夏がどれだけ鈍感かなんて、俺よりも
よく知っているだろうに。
いくら直接「好きだ」というのが勇気のいることだとしても、
そんな曖昧な言い方をすれば、一夏には伝わらないに決まっている。
それにいくら一夏が「告白」を勘違いしてたからって、
問答無用で平手打ち、さらに罵声はやり過ぎだろう……気持ちは
分からないでもないが。
しかも今日は一夏と一言も口を聞かずに、無視し続けていたらしいし。
こりゃあ……どっちもどっちだ。


「……まあ、俺から言えることは、何とかして凰を捕まえて、
 二人でじっくり話をしてみろってことだけだ。
 この件に関しては、二人ともが悪いし」

「えっ?シン、鈴が怒った理由、もう分かったのか?
 一体何なんだよ?」

「それは、俺からは言えない。
 お前が直接凰から聞くしかないよ」


もう、そう言うしかない。
こんなデリケートな話、俺の口から一夏に言うことはできない。
最悪、話が余計にこんがらがる。
それに結局今の話をまとめると、青春真っ最中の高校生にありがちな、
些細なすれ違いってだけのことだ。
これ以上真剣に考えるのも馬鹿らしい。
一夏は俺の言葉に真剣に頷いている。
……まあ、当人たちにとっては、それはそれは大問題だろうしな。


「……そうだよな。俺だって鈴がしたことに納得なんて
 してないし、ちゃんと話をして、俺が悪いと自分で
 判断したら、誠心誠意謝る。もう、それしかないよな。
 ……サンキューな、シン。
 こんなこと、女の子には相談できないからさ。
 やっぱり持つべきものは男の友達だよな」


何か吹っ切れた感じの一夏が、ものすごく爽やかで
格好良く見える。
流石に超高校級の女たらしは、こんな些細な仕草までが違う。
と、場の空気が適度にほぐれた所で俺たちは他愛ない
話を始めた。
その中で俺はさっきの戦闘で気になったことを聞いてみる。


「ところで、一夏。さっきの戦闘のことなんだけど。
 白式が物凄いスピードでこっちに向かってきたことが
 あっただろ?あれって白式の特殊能力か?
 それとも、そういう能力の武装を装備してたのか?」

「ん?ああ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)のことか?」


イグニッションブースト?何だそれは?
一夏曰く、ISの後部スラスターからエネルギーを放出。
その内部に一度取り込み、圧縮して放出する。
その時に発生するエネルギーで爆発的に加速する技なのだそうだ。


「ただイグニッションブーストはその凄まじい加速ゆえに、
 途中で軌道を変えることができないから、直線的な
 動きになることが難点だな。
 まあ、全部俺にイグニッションブーストを教えてくれた
 千冬姉の受け売りだけどさ」


……へぇ、でも話を聞く限り、弱点はあるらしいけど。
使いどころさえ間違わなければかなり強力な技なんじゃないか?
上手く使えば、一発逆転だって狙える大技とみた!
………よし。


「なあ一夏。よかったらそのイグニッションブースト、俺にも
 教えてくれないか?」

「へ?ああそれは別にいいけど……。
 でも、俺なんかに教わっていいのか?
 千冬姉に言えばもっと詳しく………」

「お前に教えてほしいんだよ………友達だろ?」


だって織斑先生にマンツーマンで教わるなんて、怖くて怖くて
とてもじゃないが………。
鬼に金棒の振り方を教わるようなものだ。
一夏なら、下手なりにも丁寧に教えてくれそうだしな。
……と、そういえばもう一つさっきの戦闘で気になったことが
あったっけか。
俺は照れくさそうに鼻の頭をかいている一夏に、何気なしに
聞いてみる。


「そういえばもう一つさっきの戦闘で気になったことが
 あるんだけど………。
 お前の雪片弐型が、何か物凄い光を放ってただろ?
 しかもその状態の斬撃を受けると、シールドバリアーが
 いともたやすく斬り裂かれちまったし。
 あれは一体何だったんだ?」

「ああ、あれか?いや、俺もよく分からないんだけど、
 いきなり画面が現れて、
 『唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー):零落白夜』
 て文字が浮かび上がって。
 それを使ったら、何か雪片の形が変わったんだ」


ワンオフ・アビリティー?
……それって、確か授業でちょっとだけ習ったっけか。
確かISが自己進化を果たす過程で生まれる特殊能力。
しかもISごとにその力が全く違っていて、同じ能力は
二つとして存在しない。
ゆえに、「唯一仕様の特殊能力」だったよな。

……あれ、でもおかしいな?
確かワンオフ・アビリティーってのは、
ISが第二次移行(セカンドシフト)した後の第二形態から
初めて発現する能力のはず。
なのに、何でまだ第一次移行(ファーストシフト)したばかりの
第一形態の白式で、それが出せるんだ?
……まあ、考えたって仕方ないか。俺はISが進化するって
いうこと自体、未だに信じられないのだから。
もしモビルスーツがその経験値に応じて自由に進化したら、
それは痛快なことだろうさ。

とりあえずその零落白夜とかいうカッコいい名前のワンオフ・
アビリティーだけど、もしシールドバリアーを切り裂いて
操縦者を直接攻撃することができる能力なのだとしたら、
ちょっと危険な感じもする。
もともと攻撃特化の雪片弐型。
それがさらにシールドバリアーを切り裂いて本体を
直接叩けるんだとしたら、もはや半端ない攻撃力だ。
使いどころを間違えれば、大惨事に発展する可能性もある。
とりあえずそのワンオフ・アビリティーについては
織斑先生に詳しく聞いておくように一夏に言っておいた。
と、そこで一夏がおもむろに口を開いた。


「……でもさ、シンってやっぱり凄いよな」

「……あ?何だよいきなり」

「さっきの特訓でも思ってたけど、お前本当に強いよ。
 動きも全然ついていけなかったし、攻撃も全部
 かわされ避けられ。
 有効打なんて、一撃も入れられなかったしな。
 ……こんなんじゃ、俺の夢を叶えることなんて
 夢のまた夢だよな………」


何かいきなりベタ褒めされてしまった。
あまりに突然だったので、かなり恥ずかしい。
でも、一夏は本気でそう思ってくれているらしい。
それはとても嬉しいんだけど………。


「一夏の夢?何だそれ?ISで強くなることと、
 何か関係あるのか?」

「……俺さ、今までずっと千冬姉に護ってもらって
 ばかりだったんだ。この歳になるまで、ずっとずっと。
 それ自体には、とても感謝してるんだけどさ。
 でもさ、そろそろ護られるだけの関係は終わりに
 したいんだ。俺も、俺の家族を護りたい……」

「……一夏の家族?織斑先生と、お前の両親か?」


そう尋ねると、一夏は何故か少し俯いて黙ってしまう。
……何だ?何か不味いこと言ったか、俺?
沈黙が続くこと十数秒。
ポツリと一夏が「まあ、シンにならいいかな」と
漏らした。そして、俺を真正面から見据える。


「俺の両親は、俺が物心つく前に、俺と千冬姉を捨てて、
 家を出ていっちまったんだ。だから俺は、両親の顔も
 覚えてない」

「……え?そう、だったのか……わ、悪い。
 そういうつもりじゃなかったんだが………」

「いいよ、分かってるから。それに、俺は両親のことなんか、
 もうどうでもいいんだ。
 俺の家族は千冬姉だけだ。今も、昔も。
 そして、これからもずっとな」


そうきっぱりと言う一夏。
でもその顔は、少しだけ翳っているように見えて。
俺はとんでもない失言をしていたことに、頭を抱えた。
何てこった………。
まさかいつも明るい一夏が、そんなヘビーな過去を
抱えていたなんて、知る由もなかった。
だが、それでも一夏は力強い目で、続ける。


「俺さ、いつも千冬姉に護られてて、ずっと
 その姿が格好いいって思ってたんだ。
 千冬姉は、俺の憧れだ。
 いつか俺も千冬姉のように、自分の力で、
 自分の全てを使って、千冬姉を護れたらって、
 ずっと思ってた」


そう言う一夏の目は、とても輝いていて。
織斑先生のことを語る一夏は、とても誇らしげで。
何というか、俺は一夏に、完全に引き込まれてしまっていた。


「千冬姉だけじゃない。箒や、鈴や、セシリア。
 そして……シン、お前も。
 関わる人全てを護れるくらい強くなりたいって、
 ずっと思ってたんだ。
 自分がISを扱えるって分かる前からずっとさ」

「……!もしかして、お前がISが扱えるのが分かって、
 IS学園に入学したのって、誰かを護れる力が
 欲しかったからか?」


気にはなってたんだ。
一夏はISが扱えると分かったからって、その力で
有名になりたいとかチヤホヤされたいとか。
そんな下らないことを考える奴じゃない。
それに一夏は誰か強いやつと戦いたいとか、そんな
戦闘狂ってわけでもない。
それが、ずっと引っかかってたんだ。


「もちろん、俺の立場を考えると、IS学園への入学は
 当然だったんだけどさ。
 ……思ったんだ。これを機に、俺も誰かを護れる
 男に成長できるんじゃないかって。
 少なくとも、それに向かって頑張れるんじゃないかって。
 だから、セシリアに特訓に付き合ってもらって、
 やってきたんだ」


一夏はものすごく真剣な表情で話している。
……本気、なんだな。
本気で、誰かを、家族を護れる男になりたいって。
自分の全てで誰かを護れるようになりたいって思ってるんだな。
と、一夏が照れくさそうに笑いながら、口を開く。


「シン、お前はどうなんだよ?
 お前の戦い方を見る限り、素人ってわけじゃないんだろ?
 多分、俺なんかよりもかなり訓練してるって感じだったし。
 大変だったんじゃないのか?それだけの力を身につけるのは。
 お前は、どうしてそんなに強くなったんだ?
 俺も、それがずっと気になってたんだ」


一夏に何の気なしに聞かれたそれに、思わずビクッとする。
……それは、俺だって守りたかったから、ザフトの
アカデミーに入学したんだ。
たくさん訓練もしたし、たくさん、命を懸けた戦いをした。
……守りたかった、全てを。
父さんを、母さんを、マユを、全てを失ったあの日から、
俺の両の足を支えてきた、俺の願い。
……でも、俺のそれは、一夏のそれと比べて、圧倒的に
純粋じゃない。
結果も、伴ってない。

……この世界に来てから、ずっと考えていた、あの時の自分を。
最初に全てを失ったあの日から、俺は、ずっと怒っていた。
いつまで経っても戦争が終わらない世界に対して。
いつまでも戦いを繰り広げる人間たちに対して。
戦いの象徴である、モビルスーツに対して。
俺の家族を守れなかった、アスハに対して。
そして、マユたちを守れなかった、ただその肉塊を前にして
泣き叫ぶことしかできなかった、自分に対して。

でも、全てを失ったのは俺だけじゃないし。
その日を生きることにさえ必死にならなければならない
人たちもいて。
そんな世界を変えたくて。
ただ泣き叫ぶだけだった自分が、この上なく情けなくて。
何かに責任を転嫁しなければ立っていられない、自分が情けなくて。
そして、家族を守れなかった自分が、許せなくて。
俺は忌み嫌うモビルスーツのコックピットに座ることを決意した。

訓練の成績が良かったお蔭か、俺はデュランダル議長の目に止まって、
最新鋭のモビルスーツであるインパルスのパイロットに抜擢された。
……嬉しかった。今までの自分の頑張りが認められた気がして。
自分のこの思いが、認められた気がして。
そして、戦った。
俺の世界を戦争に貶める奴らを、根絶やしにするために。

でも、世界は一向に変わらなくて。
むしろ、どんどん混迷を極めていって。
そして戦いの過程で、大切な人たちがどんどん死んでいって。
守るべき人たちが、どんどん死んでいって。
俺は悲しんで、そして、怒った。
俺から大切な人たちを奪っていった戦争に。
戦争を引き起こそうとする奴らに。
そして、力を手にしたにも関わらず、相変わらず何も守れず、
ただ泣き叫ぶだけの自分に。

だから、余計に我武者羅に戦った。
戦って戦って戦って………。
戦い続けた果てに、俺はまた、全てを守れずに、敗北した。
そして、俺が戦うべき場所からもはじき出されて、
今俺は、別の世界にいる。

……そんな俺と、一夏。一体何が違うんだろうな。
一夏は、強い。
表面的な強さなんて、訓練しだいでいくらでも追いついてくる。
でも一夏は、俺にはない、絶対的な強さを持っている。
それを、さっきの話で気付かされた。

誰かを自分の全てで守りたいって気持ちは同じなのに、
どうしてこんなに将来結果に差が出てくると感じるんだろうな?
一夏は多分、全てを守れるくらいに強くなる。
そして、実際に、全てを守っていくだろう。
予測じゃない。直感で、そう感じる。
でも何でそんな風に感じるのか。
自分でも、もう良く分からないや。

でも、たとえ結果に差が出てくるのだとしても。
俺が戦う道を選んだ最初の気持ち。
今も変わらない気持ちは、確かに俺の心の中にある。
それをないがしろにするのは、今までの自分を否定してる
みたいで、嫌だった。
なので一夏の質問に対して………。


「……お前と、同じだよ。
 俺も、守りたかったんだよ、全部な」


とだけ、ない胸を気力で張って、そう答えた。
そう言う自分を、やけに空しく感じた。
























翌日、一夏が凰と仲直りできたと、嬉しそうに
話しかけてきた。
その時のことを話しながら歩いていると、
生徒玄関前廊下に大きな紙が張り出されていた。

……『クラス対抗戦日程表』
一回戦の相手は、凰だった。

次回、俺にとって忘れようもない戦い。
クラス対抗戦が始まる………。



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