「………………………」
カツン、カツンと鉛筆で机を叩く音だけが空虚に部屋に響く。
その音は時を追う程にせわしなくなり、ときおりグシャグシャと頭を掻き毟る音まで
聞こえてきて、耳障りな不協和音を奏でている。
と、その一切が突如ピタリと止まったかと思うと、その不協和音の主は頭をグルングルンと
360度フル回転させたのち、ゴトンと目の前の机に突っ伏した。
その一部始終を入り口のドアノブに手をかけたまま見ていた私は、冷や汗を一筋垂らしながら
ゆっくりと伏して動かないアスカの元へと歩み寄った。
そしていつも通りに彼の事が心配になって、労わるように声をかける。
「……アスカ?どうしたのだ一体?物凄く疲れているというか、若干朝よりも老け込んだ
ように見えるが……。体の調子が悪いのか?ならひとまずベッドに………」
「ん………。ああ篠ノ之か、お帰り……。いや、別に体の方はどうということはないんだけどさ……」
椅子を少し引いて振り向いたアスカの顔は、心なし昨日よりもやつれて見えて。
目の下のクマも日に日に濃くなっているし、血色も悪いまま。
しかしやっぱりアスカはこう言うんだ、「大丈夫だから」と………。
私は内心で「また嘘をつくのだな……」と悲しく思いながら、しかしそんな状態のアスカが
珍しく机に齧り付いて一体何をしているのか若干興味に駆られて。
私はアスカの横から顔を出し、机の上を覗き込んだ。
今までアスカが向かっていた机の上には一枚の紙と鉛筆消しゴムが置かれていて。
意味が分からずにそれを見つめていると、アスカは何かを諦めたように息を吐いて私と向き直る。
しかしここで思わぬプチハプニングが。
アスカは私の方に振り向いたわけだが、机を覗き込んでいた私の顔は彼の顔のすぐ近くにあって。
私とアスカは吐息がかかるほどの近い距離で数秒間見つめ合う形になり……。
凄まじい陶酔感と酩酊感に囚われた私はじっと彼を見つめていて。
彼が目を逸らすと同時に我に返り、サッと私もそっぽを向いた。
でも心の中はまるで嵐でもやって来たかのように荒れ狂っていて、どうしていいか分からなくて。
ぐっ………何をやっているのだ私は!!
今はアスカの心配をする場面であって、こんな感情に囚われている時では………!
混乱の中恥ずかしいながらもアスカをチラッと窺うと、アスカは顔を赤らめながらも
ゴホンと咳払い一つ。
次の瞬間にはいつもの商店が定まっていないような目で私を見つめていた。
……何か私だけが狼狽していたみたいで悔しいのだけど、今は気にしては駄目か。
「本当は俺一人で何とかしようと思ってたんだけど……。
でもいつまで考えても何のアイデアも出てこないし、仕方ないか……。
それに、どのみち篠ノ之にも協力してもらうんだしな……」
「……?何のことかよく分からないが……、お前のために私にできることがあるのだな?
なら何でも協力させてもらうぞ。教えてくれ、アスカ。
私はどうしたらいい?どうしたら、お前の力になれる?」
「そんな大げさなもんじゃないよ。お前に手伝って欲しいのは………これだ」
そう言うとアスカは机の上にあった紙を、バッと私に突きつけてきた。
そこには『デュノアとボーデヴィッヒの熱烈歓迎会・内容』とだけ大きく書かれていて、
私はやっぱり意味が分からず、またしても首をかしげるしかなかった。
・
・
・
・
・
「……と、いうわけなんだよ、篠ノ之。ボーデヴィッヒにまたしても迷惑かけちまったみたいでさ。
それの償いを何とかしたいと思って………」
アスカがちぐはぐながらも身振り手振りを交えて話してくれるのを、私は黙って聞いていた。
それはアスカが今朝ラウラに蹴り飛ばされるまでの経緯、そしてその後の出来事について。
曰く織斑先生とラウラが話しているのを偶然とはいえ立ち聞きしてしまったこと。
それに責任を感じてラウラの部屋に行き、良かれと思って渡したサンドイッチがラウラを
さらに追い詰めてしまったらしいこと。
何とか許してもらおうと学食まで追いかけて謝ったけど、その怒りは深く仲直りできなかったこと。
意気消沈して教室に戻ってきたら、女子たちがシャルルの歓迎会について話をしていて、
それに食いついてラウラの歓迎会も一緒にするように提案したこと。
しかし………。
「皆全く乗り気じゃなかった、と………」
「まあ、な……。初対面がそもそもアレだったし、ボーデヴィッヒは
今日まで教室の誰とも話してなかった。
放課後遊びに誘われても断っていたし、部活にも入ってない。
社交的なデュノアとはまるで正反対だから、皆が歓迎会に難色を示すのも
分かるんだ。だけどそれじゃ駄目だから……」
「自分で歓迎会を成功させようと考えることにしたけど、何も思いつかなかったというわけか……」
私の言葉を受けてアスカはガックリと項垂れた。
私はチラッとアスカが向かっていた机に目をやる。
そこには消しゴムのカスが散らばっていて、タイトルしか書かれていない紙には
文字を消した跡がビッシリと残っていた。
( アスカなりに、相当考えたみたいだな。
でも、それでも全く良いアイデアが出なかったのか…… )
本人曰く、デスクワークというか、こういった戦闘はからっきしみたいだとアスカは苦笑していた。
その笑みはいつも以上に力がなくて、私は無意識にアスカの傍に寄り添っていた。
アスカは少し目を見開いて私を見ていたけど、すぐに表情を柔らかくして、困ったように頬をかいた。
「俺が思いついたことっていったら、皆で学食あたりにでも集まって、飯食いながら話をしたりする、
ぐらいのものでさ。
それじゃあボーデヴィッヒも白けちまうんじゃないかと思ってさ」
まあ、今日まで皆のどんな誘いにも乗ってこなかったラウラのことだ。
仮に歓迎会を開いたとしても、ラウラが好感触を得るとは思い難い。
逆に「くだらん」とか言ってせっかく開いた会も滅茶苦茶にしそうだし。
大体の事情を把握した私は一息ついて、アスカに向き直る。
アスカの目を見れば分かる。
この人の想いは本物だ。それに力添えすることは私にとっても望むところなのだが……。
「話は分かった。私は協力する……させてくれ。
でも、どうするつもりだ?
私たち二人だけでは歓迎会について考えるにも限界があるし、その準備だって
手間取ってしまう。せめてあと数人協力者がいないと……」
「それについては明日一夏とセシリアに話してみようと思うんだ。
あいつらならボーデヴィッヒの悪印象関係なしに協力してくれると思うから。
あと秋之桜さんも。彼女もそういったイメージは関係なく力を
貸してくれそうだし。凰は……違う教室だから今回はいいかな。
余計な手間をかけさせる必要もない」
「他の教室の皆は?どうするんだ?」
アスカは少しだけ顔を伏せて逡巡して、口を開いた。
考えながら話しているのか、ゆっくりと。
「皆にも参加してくれるように言うつもりだけど、もし拒否されたら
俺たちだけで歓迎会を開こうと思う。
そもそもこの計画は教室の女の子が練っていたそれに便乗しただけだし。
歓迎会を開く理由は、俺の私情もかなり含まれているし、無理強いはできないから。
篠ノ之もボーデヴィッヒには良い印象は持ってないだろう?
もし本当は協力するのが嫌ならそう言ってくれ」
なんて口では言っているが、その実アスカは私のことを横目でチラチラと窺っている。
本当は私に手伝って欲しいのがバレバレだった。
まあさっきまで何にも思い浮かばなくて途方に暮れてたみたいだから当然なのだろう。
でも、そんなに心配しなくていいのだぞ?
だって私の助けを必要としているのにまだそんなことを言うお前を、
私はとても愛おしく感じているのだから。
「そんな目をしなくてもいいぞ。さっき言っただろう、手伝わせてくれと。
私は一度唇の外に出した言葉は、引っ込めないんだ。
…ほら、アスカ。今はそんなにしょげている時じゃないぞ?
明日から忙しくなるのだから、もっとしゃんとしろ」
「………!お、おう!分かってるよ、もちろん!
……サンキューな、篠ノ之。
本当なら俺一人でやるべきなんだろうけど、本当に申し訳ないけど……。
お前の力、俺に貸してくれ」
「っ………………………………」
そう言われた瞬間、私の胸の中を言い表しようのない感情の奔流が埋め尽くす。
『お前の力、貸してくれ』、それはアスカが私に初めて面と向かって助力を乞うてきた言葉。
いつもどんな時にも助けを求めず一人で戦ってきたアスカが、私に協力を求めている。
その事に気付いた瞬間、私の体は今まで味わったことのない幸福感に包まれていた。
目の前の彼に、この人に私の力を必要とされたことへの嬉しさ、喜びが、まるで
媚薬のように全身を駆け巡る。
目の前の傷だらけの男の人に対する愛おしさがまるで湯水のように溢れてきて、
瞬く間にそれに溺れてしまう。
気が付いたら私は、この身に滾る熱に突き動かされるようにアスカに寄り添っていって、
そこで突然、扉が開いた。
「ううっ………。皆が集まってきて離れてくれないからこんな時間になっちゃったよ。
毎日こうじゃ体がもたないね………って、シン?いるの?
……………どうしたの、二人とも?随分慌ててるみたいだし、顔も真っ赤だよ」
「シ、シャルルか、お帰り!って、いやいや何もないぞ!?
私たちは普通に健全な話をしていただけで、やましいことなど何も!
なぁ、アスカ!?」
「あ、ああ!そうなんだよデュノア!
俺たちは何も計画してないし、お前はそれを気にしなくても全く無問題さ!」
アスカは机の上にあった紙を慌ててグシャグシャに丸めて、ゴミ箱に突っ込んでいた。
……何か私とアスカ、慌ててる理由が違うような。
それは、この歓迎会はラウラ以外にシャルルのためでもあるから、アスカがそれを
隠すために慌てるのも分かる。分かるのだが………。
「……?お、おい篠ノ之?
何で服の裾を引っ張るんだ?
何でそんな目で俺を睨みつけるんだよ?」
「……………………別に」
私は自分でも分かるくらい頬を膨らませて、精一杯の抗議の視線を彼に向ける。
私は自分でも混乱していた。
この人と接する内に日に日に大きくなっていくこの感情に、私自身も翻弄されていて。
………でもこの気持ち、嫌いじゃない………。
「………………ふぅん?」
その時の私はその熱に浮かされていて、シャルルが探るような視線を私たちと、
部屋の隅のゴミ箱に向けていることに気付かなかった。
◇
翌日の昼休み。
俺は篠ノ之と一緒に一夏、セシリア、秋之桜さんに声をかけて屋上まで
足を運んでいた。
もう季節は梅雨から夏へと移ろいゆこうとしていて、日差しで少し汗ばむけれど。
肌を優しく撫でるように初夏の風が吹き抜けていって、とても気持ちが良い。
噴水から湧き出す水の音が柔らかいBGMを奏でる中、俺は三人に歓迎会を催したい
ことを打ち明けていた。
最初は三人とも目を丸くして聞いていたが、話を聞き終えた三人は快諾してくれた。
「そういうことなら、もちろん協力させてもらうぜ!
ラウラのことは俺も気になってたから、むしろこっちからお願いするよ、シン」
「私も協力させて頂きますわ。シャルルさんには日頃からお世話になってますし。
それにエリートたる私は、ラウラさんの初対面時の悪印象など全く気にしませんのよ?」
「わ、私も…………………。
微力ながら、お手伝いさせていただきます。
教室内で誰とも打ち解けられずに孤立しているなんて、可哀想ですし…。
それにお兄様が直接私にお願いして下さったことですし。
是が非でもお力添えさせて頂きます」
皆がにこやかにそう言ってくれたので、俺はひとまず息を吐く。
承諾してくれると信じてたけど、やっぱり一寸の不安が残っていたのも
事実なので、本当に良かった。
俺は皆を見回して、続ける。
「サンキューな、皆。それで早速なんだけど、デュノアとボーデヴィッヒの
歓迎会はどんな風にやればいいと思う?
俺じゃ学食にでも集まって飯食いながら話したりってくらいしか、
思い浮かばなかったからさ」
俺は本当に申し訳なく思いながら、言った。
昨日も思ったことなんだけど、俺はこんな誰かを祝ってあげたりパーティの
立案をしたりっていうことには向いてないのかもしれない。
だって今皆に言ったこと以外、何も思いつかなかったのだから。
自分が戦闘以外にはからっきしの男だと自覚はしていたけど、畑が違うと
こうも無力なのかと打ちのめされた。
だからこそ「自分の問題は自分だけで解決する」っていう決意を捨ててまで
皆に助力を頼んだわけだけど……。
と、俺の言葉を聞いていたセシリアは目を伏せて何か考えているようだったが、
すぐに俺を見据えて口を開いた。
「私はシンさんのおっしゃった案は悪くないと思いますわ。
というか、むしろ基本はその路線でいくことになると思いますけど……」
「え?そうなのか?でもそれじゃあまりにありきたりじゃないか?」
そんな俺の疑問に答えてくれたのは一夏。
絶妙なタイミングで会話に入ってくる。
「今回はシャルルとラウラの歓迎会なんだから下手に凝ったことはしなくていい
と思う。シンの歓迎会の時みたいに直前まで当人たちに黙っておいてサプライズ
してみたりプレゼントを用意するくらいは良いと思うけど……。
セシリアの言った通り、基本的には旨い飯を並べて、皆で楽しくワイワイやるってのが
本道だと思う。ただ、一番の問題は……」
「教室の他の皆にどうやって会に参加してもらうか、ですよね……」
続きを引き取った秋之桜さんがそう締めくくって、皆一様にうーんと唸って考え込む。
しかし俺は何で皆がそんなに悩んでいるのかが分からず、オタオタするばかりだ。
だって………。
「なあ、篠ノ之には言ったんだけど、もし他の皆が歓迎会に参加したくないって言ったら、
今のこのメンバーだけで開くのも仕方ないんじゃないかって思うんだけど……」
「え?駄目ですわよそんな事」
セシリアが俺の言葉をスパッと一太刀の下に切り捨てる。
二の句が告げずに呆然としていると、一夏もセシリアの言葉に賛同する。
「ああ、歓迎会ってのは皆でやってこそ意味があるんだ。
ラウラが教室で孤立しているなら尚更だ。
皆と打ち解けるためにも、教室の皆全員で開いてやらないといけないんだ」
力説する一夏を見て、「ああなるほど」と得心する。
確かに歓迎会ってのは元来出会ったばかりの人同士が相手のことをより良く知るために
催す行事のはず。
仲間内だけでそれをしては、本来の効果も激減するじゃないか。
その時俺はそのことに感心するよりも、むしろそのことにさえ気付けなかった自分を
恥ずかしく感じて。
思考の海に囚われそうになるのを頭を振って遮り、身を乗り出した。
「あ………じゃあさ!俺が皆に会に参加してもらうように頼んでみるよ!
歓迎会の具体的な内容には俺はあまり力になれそうにないし、これくらいはさ……」
勢いあまって唐突にこんな事言って引かれてるんじゃないかと思ったけど、
皆驚いた顔をしていたのは一瞬だけで、すぐにそれは爛々と輝く笑顔に変わっていく。
まるで興が乗ってきたとばかりに、皆力強く頷きあった。
「そうか?じゃあシンには他の皆い参加を呼びかけてもらうとして……。
俺たちも早々に動き出さないとな」
「ええ、鉄は熱いうちに打て、ですわ。あまり編入から時が経ってしまうと
例え歓迎会を開いてもラウラさんと皆さんの溝が埋まらなくなってしまいますわ」
「…も、もちろんシャルル君の事も考えないと…。
お二人に喜んでもらうためにも、この歓迎会はサプライズパーティにしようよ。
その方が絶対、楽しいよ………」
ワイワイと皆で歓迎会について話し合う様子を、俺は感極まるといった感じで見ていた。
俺がボーデヴィッヒに対する償いのために他の人の計画を間借りして、あまつさえそれを
関係ないはずの皆に相談したことなのに、皆むしろ乗り気で了承してくれた。
それが俺には、とても嬉しくて………。
「では私はお料理を担当しますわ!メニューは何がいいかしら?
ゴージャスに牛フィレ肉のステーキとか舌平目のムニエルとか……。
いえ、パーティなのですからおにぎりとか野菜スティックとか、
手軽につまめるものの方が」
「「「却下ーーーーーーーーーー!!!!!」」」
そしてとても、暖かかった。
「………………っ!!!???」
「……ん?どうしたんだよ篠ノ之。そんな顔して?
…何かあったのか?」
今まで俺たちの話を黙して聞いていた篠ノ之が、突如顔を上げて屋上の入り口を見やる。
その目は驚愕で染まっていて、どうやらただ事でないことだけは窺えた。
篠ノ之は乾いたような声を震わせながら、ゆっくりと答える。
「あ、いや……その………。今、あそこに確かに………。
………………いや、どうやら見間違いだったみたいだ。
そうだ、こんな所にあの人がいるはずがない、ないんだ……」
それはまるで自分自身に必死に言い聞かせているようで、俺は不審に思って
篠ノ之が見つめる入り口にもう一度目をやった。
でもやっぱりそこには別に何もなくて………………いや。
その時俺は入り口からほんの少しピョコっと飛び出た何かを見た……気がした。
それが何なのかは分からなかったんだけど、俺の脳裏には何故か、金属製のウサ耳を
つけた女性がピョコピョコと跳ね回る様が思い浮かんでいた。
◇
「よーし、では本日は予定通り、一組と二組合同で実戦訓練を開始する。
これは格闘及び射撃を含んでいるため、皆気を抜かないように!
では出席番号順に八人グループを作れ!各グループリーダーは専用機持ちだ。
ここでもたつくようなら容赦なく出席簿を食らわせる。
では分かれろ!」
「「「「「 はい!! 」」」」」
艶かしいパツンパツンのISスーツを纏った麗しい乙女たちが、まるで軍隊然とした
掛け声とともに各グループに散らばっていく。
しかし規律が取れていたのはそこまでで、一夏やデュノアがリーダーのグループからは桃色の
フェロモンが撒き散らされ、逆にボーデヴィッヒがリーダーのグループからは、寒々とした
木枯らしが物悲しく吹いている。
それを俺は織斑先生や山田さんと一緒に、少し離れたところで見ていた。
屋上で歓迎会の助力を皆に取り付けてから三日後。
授業一時間目のISを使っての実戦訓練、場所は第二アリーナ。
そこは約二ヶ月前、俺が重傷を負ったあの戦いが起こった場所。
でもそこは既に修復作業が完了していて、あの戦いの爪痕はどこにもない。
地面に出来たクレーターも、グシャグシャに破壊された観客席も、完全に直されていた。
………考えないようにしよう、あの時のことは。
また『アイツ』が出てきて鬱陶しいことを喋り出してしまう。
と、そんなことはどうでもいいんだ。
今は皆がそれぞれ用意された訓練機を囲んで、リーダーに手伝ってもらいながら装着の
練習をしている。
山田さんも言っていたが、設定でフィッティングとパーソナライズを切っているので
自分でISに乗り込んで自分で装着を解除しなくちゃならない。
俺はいつも専用機を使っているから呼び出した時には既に装着された状態だ。
装着解除も念じるだけで終わってしまうので、こうした訓練は本来なら俺もやる意義がある。
……まあ俺は怪我の関係で、こうした実戦訓練に参加することはできないのだけど。
まあ、俺が織斑先生や山田さんと一緒にいるのは、詰まるところ見学しているというわけで。
本当なら観客席で見学するのがベターなんだろうが、今回の訓練は別にドンパチする
わけではないし、俺も一応専用機持ちなので、装着・起動・歩行くらいなら口出しできるって
ことで、ここに身を置かせてもらってるわけだ。
でも今の俺はそんなことに思考を割いている場合ではないので、遠巻きに彼女らを見つめる
だけになっている。
目下俺の目の上のたんこぶは、どうやって教室の皆にデュノアとボーデヴィッヒの歓迎会に
参加してもらうか、ということなんだ。
あれから俺は何度も皆に歓迎会に参加してくれるよう頼んでみたが、デュノアに関しては
皆乗り気なんだけど、ボーデヴィッヒの名前が出た途端、皆敬遠するんだ。
「皆でやればすぐに打ち解けられる」といっても、いつものボーデヴィッヒの態度がアレ
だから、やはり皆尻込みしてしまうんだろう。
今現在、皆から歓迎会を催した際に参加することにOKをもらってはいなかった。
でも、全く前に進まなかったわけじゃない。
俺が皆の説得に奔走していると、一人の女の子が話しかけてきたんだ。
― ねぇねぇ、お話聞いてたんだけど、ラウラさんとシャルル君の歓迎会するんだってねー。
あ、私は布仏本音だよー。同じクラスだけど、こうやってお話するのは初めてだからー。
よろしくねーアスカくん〜 ―
やけにのほほんとした雰囲気の女の子だったけど、彼女は俺が二人の歓迎会を計画している
ことを知るや、目を輝かせて俺に詰め寄ってきたんだ。
― ラウラさんが皆と仲良くなるための歓迎会かー、いいねぇ〜。
アスカくん、私もそれ、協力させてもらっていいかな〜。
私の大事なお友達のことだから、力になりたいんだ〜 ―
ボーデヴィッヒに友達がいたなんて初耳だったけど、これは正直渡りに船、かなりの
戦力になった。
何せ彼女………布仏さんは交友関係が大分広くて、俺が説得しても乗り気じゃなかった
女の子たちが、彼女の話なら多少興味を持って聞いてくれたんだ。
少し悔しかったけど、それ以上に助かった。
このまま彼女が説得に力を貸してくれれば、皆を歓迎会に誘うことはできるんじゃないかって
ようやく思えてきたんだ。
それからあの話から翌日、俺のところに凰が殴り込んできた。
どうやら歓迎会についてセシリアから聞いたらしく、自分が誘われなかったことに
憤慨して抗議しに来た、らしい。
俺は他教室のことだから余計な手間をかけさせたくなかったのだと伝えたが、それでは
全然許してくれず……。
― アンタねぇ!シャルルとは一緒にお昼ご飯食べた中だし、あの眼帯の女は専用機持ち
なんだから、私とも全然関係あるわよ!
ていうか、アンタが私をのけ者にしたことに怒ってるのよ私は!
こうなったら私もその歓迎会、手伝うからね!
そうね……二組にもシャルルのファンは一杯いるし、その歓迎会、一組と二組の
合同で執り行おうよ!そうすれば絶対楽しいから!
そうと決まれば私も早速皆に話しに行くわ!アンタは一組の方、何とかしなさいよ! ―
そう言って凰はまるでロケットのような加速で二組へと戻っていった。
何ていうか、まるで台風みたいだったけど、その時はその気持ちがとても嬉しくて、
そして何も言わなかったことに罪悪感を抱いたもんだ。
でもそのお蔭で、俺は心強い仲間を二人も得ることができて、一夏たちが歓迎会の内容も
考えてくれているし、一組の皆のこと以外は順風満帆というわけだ。
そう、一組の皆のこと以外は。
いくら布仏さんが協力してくれてるとはいっても、未だ皆参加に対して「うん」と
言ってくれないのが現状だ。
やはりボーデヴィッヒの初対面の悪印象、そして今日に至るまでの彼女の態度がそれを
硬化させているのは間違いない。
時間をかければ参加してくれるかもしれないけど、そもそも俺たちの計画の最重要課題は
「迅速に、速やかに」だ。
時間が経てば経つほどボーデヴィッヒと皆との間には溝が広がっていく。
そうなる前に、何とかしないと………。
せめて皆とボーデヴィッヒが少しでも、仲良くしてくれたらな………。
俺は小さく溜息をついて再び皆の訓練風景に目をやろうと顔を上げる。
と、その視界の端で、小さな異変が起こっていた。
「あ、あれ?打鉄の調子がおかしく……あれ?あれれ?」
「ちょっと、何やってるのよ?最初は歩行するまでなんだから、
そんなにジタバタ動く必要は………」
「り、鈴ちゃんそうじゃなくって……。私は何も、打鉄が勝手に……って、
きゃあああああああっ!!??」
いきなりガグンッ、ゴグンッというどこかで聞いたような不吉な音が聞こえてきた
かと思うと、歩行の訓練をしていた凰のグループの打鉄を装着した女の子が
あろうことかスラスターを噴かせながら、地面を抉りつつ滅茶苦茶に暴れまわっていた。
どうしたことだと身を乗り出す。
よく見ると搭乗している女の子自身も訳が分からないといった感じで必死にコンソールを
いじっている。
本人が操縦しているわけじゃない………!?
まさか………………。
その時俺の脳裏には数ヶ月前の出来事、対セシリア戦で自分の身に起きた出来事が
フラッシュバックしていた。
あの音といい、まさか…………暴走!?操縦不能になったってのか!?
と、すぐ横から織斑先生の緊迫した声が響き渡る。
「凰!織斑!すぐにその打鉄を取り押さえろ!!
他の者はすぐに退避しろ、急げ!!」
織斑先生は打鉄の近くにいた凰と一夏に制圧を指示し、他の専用機持ちは
ISを纏っていない子たちの保護、護衛を任せる。
俺もいてもたってもいられずヴェスティージを纏おうとするが、突如体に
激痛が走り、一瞬もたついてしまう。
と、悲痛な叫び声が聞こえてきて、反射的に顔を上げる。
「布仏さん、逃げてぇ!!早く!!」
「あ、あう………………」
そこには転んで足を捻ったらしい布仏さんと、それに迫る打鉄の姿。
一夏と凰もそこへ急行しようとするが、距離がある。間に合わない。
俺はゾッとして、ヴェスティージを展開。
フルバーストで地面を滑るように飛ぶ。
でも、間に合わない。間に合わない。間に合わない。間に合わない。
「くそっ………くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
必死にヴェスティージを動かす。でも、何故だ。いつものような加速が出ない。
俺は確かにスラスターを最大出力にしているはずなのに。
と、スラスターのメーターを見て、気付く。
ど……どういうことだよ、最大出力になってない……!?
馬鹿な、確かに俺は………ぐっ!!?
そこまで考えて、気付く。俺の視界、その全てが、グニャグニャと頼りなく揺らめいていることに。
そして、気付く。手に力が入っていない。
浮かんでいるモニターを操作する手も、フラフラとおぼつかない。
それらが導く答えは、ただ一つ。
「ちくしょぉ!!!こんな時にぃぃぃぃぃぃぃ………!!!」
約二ヶ月前、あの大怪我を負って以来、俺は一度もヴェスティージを完全装着していなかった。
それはいくらISには搭乗者保護機能があるからといって、俺の今の状態では通常運行すら
ままならないだろうという織斑先生の言葉があったから。
でも怪我は一応塞がっているし、体力も多少ながら戻っているし、普通に飛ぶ分には
問題ないんじゃないかと思ってたのに………甘かったってのかよ……!!
でも、いくら後悔してももう遅い。
打鉄は布仏さんの目前まで迫っていて、その華奢な体を押し潰そうとした、その時。
暴走していた打鉄が、いきなり、突っ込んだままの体勢で、止まったのだ。
なっ………、どうなってるんだ、一体!?
俺も皆も、訳が分からず呆けていると、打鉄の後ろから張り裂けんばかりの凛とした
声が響き渡る。
「布仏本音っ!!早くそこから離脱しろ!!私が押さえている間に、早く!!」
「ら…ラウラちゃん……!う、うん!」
そこには漆黒のISを身に纏い、右手を前に突き出した状態で叫ぶボーデヴィッヒの姿があった。
何をしているのかは分からなかったが、ヴェスティージが教えてくれる。
― ISネーム『シュヴァルツェア・レーゲン』
特殊兵器『AIC(慣性停止結界)』発動中 ―
慣性停止結界?
何のことかは分からないけど、とにかくそれがあの打鉄を食い止めてるってわけか!
だったらその間にすることはただ一つだ!!
「一夏、凰!!お前ら二人であの打鉄を押さえこめ!!
俺は布仏さんを安全な所に!!」
「シンっ!!?アンタ、まだISを動かせないはずじゃ……」
「鈴、そのことは後だ!!任せたぞ、シン!!」
一夏と凰は頷きあって身動きの取れない打鉄と組み合う。
俺は足を挫きながらも這いずりながら必死に逃げようとする布仏さんを
担ぎ上げて、一気に離脱する。
チラッと端を見ると、尚もボーデヴィッヒは苦悶に満ちた表情で
打鉄を押しとどめている。
でも、何でアイツまであんなに辛そうなんだ?
表情から分かる。かなり無理をしてISを動かしてるんじゃ………。
と、その一触即発の緊張状態は、唐突に収束することになる。
「あ、あれ?」
「い、一夏。打鉄の動きが…………」
今まで停止結界の中で散々身じろぎしていた打鉄が、いきなりギュイイイン……という
不気味な音を立てたかと思うと、スラスターの噴射が止まり、そのまま空中で停止した。
一夏たちも警戒はしていたが、本当に停止したと分かると、ボーデヴィッヒが停止結界を
解き、地面に倒れこもうとする打鉄を二人で支え、搭乗していた女の子を無事に回収した。
その一部始終を見ていた皆の間に安堵の空気が流れる。
と、今まで右手を突き出したまま肩で息をしていたボーデヴィッヒがISを解除する。
そしてそのまま倒れそうになるのを、傍まで来ていた織斑先生が受け止めた。
「全く、そんな状態でISを起動するなど自殺行為だ馬鹿者。
しかし………良くやったなラウラ。
お前のお蔭で、一人の人間の命が救われた」
「教官………いえ、私はただ……。あの者には世話になって、だから……。
無我夢中で、気が付いたら…………」
自分でも自分のとった行動が信じられないのか、ボーデヴィッヒはまるで夢虚ろのように呟いた。
と、そんな彼女に駆け寄る影が。
さっきまで俺の側にいた布仏さんだ。
彼女はほとんど全速力の勢いでボーデヴィッヒに飛びつき、ワンワンと泣き始めた。
ボーデヴィッヒはそれに戸惑いながらも、ぎこちなくそれを受け止めて。
やがてそんな二人の周りを、一組と二組の面々が取り巻いて。
俺はそんな暖かな一枚絵の景色に、地面に膝をつきながらも見入っていた。
そんな俺を篠ノ之とデュノアが支えてくれて。
俺もその輪の中へ、ゆっくりと歩いていったのだった。
「………打鉄が二度も暴走するなんて、そんなことがあるのか?
調節は完璧だった。そんなことが起こるはずがない。
………しかし、起こった。そんなことが可能だったのは………」
皆の元へ向かう時、織斑先生がそう呟いていたのが、やけに耳に残った。
織斑先生は今まで見たことの無いような厳しい目つきで、澄み渡る空を見上げていた。
◇
「布仏のやつ、こんな時間に私を学食に呼び出すとは、一体どういうつもりだ……?」
私はふらつく体を何とか動かして、学食へと足を運んでいた。
今は八時、もう皆食事を終えている時間だ。
私も体がだるいので早々に食事を終えようと学食へ足を運ぶ途中、ここのところ
よく一緒に過ごしている布仏に呼び止められた。
「ねぇねぇラウっち〜。今日はちょっと大事な話があるんだー。
だから夜の八時になったら、学食まで来てくれるかな〜。
あー、ご飯は食べちゃだめだよー。
とっておきのが用意してある………ゲフンゲフンッ。
とにかく、待ってるからねー」
なんて言うから、わざわざ食事を取るのも布団に入るのも我慢して足を運んでいるんだ。
大したことの無い用だったら、あいつの尻を叩いてやる。
そんなことを考えながらフラフラと歩いていると、途中で声をかけられた。
「やあ、ラウラさん。君も学食へ行くのかい?
じゃあ一緒に行こうよ」
「…………貴様は確か、シャルル・デュノアか。
別に、勝手についてくればいい。私の目的地とお前のそれが同じなら
どうせ一緒に行くことになるのだから」
どこか貴族めいた飄々とした表情で話してくるそいつに、私はすげなく返事をして
また歩き出す。
シャルルは苦笑したように噴出すが、すぐに私と並んで歩き出した。
……何なのだこいつは?大して仲が良くもないのに、親しげに話しかけてきて。
まるで布仏のようなやつだな………。
そんなことを考えながら歩いていると、すぐに学食が見えてくる。
やれやれ、やっと飯にありつける……。
そう思うと少し歩幅が大きくなるが、ドアノブに手をかける寸前でシャルルに肩を掴まれた。
な、何だ一体、お前は!?
「……なんだ、まだ何か用なのか?」
「ううん、ただ少し気を落ち着けてから入った方がいいと思ってさ」
そう言って穏やかに微笑むシャルルは、思わず私が見とれてしまうほどに可愛かった。
…………ん?可愛い?こいつは男だろう、何故そう思ったのだ……?
と、尚も柔らかく微笑むシャルルは閉じられた食堂の扉を見つめて、言った。
「ラウラさん。僕たちは、幸せ者だよね……。
きっと、誰よりもさ……。
……さあ、入ろう!
きっと楽しいことが待ってるはずだよ!」
「あ、ああ………って、押すんじゃない!」
そんなやり取りをしながら私とシャルルは中に入る。
そこは電気が消えていて真っ暗だったが、……人の気配?
しかも多数……どういうことだ?
と、少し警戒しながらも中ほどまで進む。
その時いきなり電気が辺りを明るく照らし、同時にパカラッパカラッと
銃声よりもさらに軽快な音が響き渡る。
いきなりのことで目を白黒させていると、まるで合唱のように綺麗にハモった
それが聞こえてきた。
「「「「「「 シャルル君とラウラさんの熱烈歓迎会〜〜〜〜〜!!! 」」」」」
「…………………っ!!??」
訳も分からずすぐに慣れた目で周りを見回す。
するとそこには私のクラスの連中と隣のクラスの連中が揃って私とシャルルを囲んでいて。
皆一様に笑みを湛えて私たちを見ながら拍手をしている。
良く見ると私たちを囲むように配されたテーブルにはたくさんの料理が並んでいて、
端にはリボンなどで可愛く包装された箱も山積している。
そして後ろの壁には『熱烈歓迎!シャルル君、ラウラさん』とでかでかと書かれた布が
張ってあって。
私が混乱しながらキョロキョロしていると、私の前に見知ったのんびり娘が歩いてくる。
私はとにかく事情が知りたくて、そいつに詰め寄った。
「の、布仏っ!何なのだこれは!?熱烈歓迎って、一体どういう……」
「そのままの意味だよラウっち〜。ラウっちとシャルル君が転入してきたから、
その歓迎会。前々から秘密裏に私たちが計画していたのだ〜ブイッ!
どう?驚いた〜?だったら嬉しいんだけどな〜」
「か、歓迎会って、私たちの…………?」
そう呟いて改めて周りを見回す。
すると堰を切ったように皆が私たちの側まで寄ってきて、口々に声をかけてくるのだ。
とても暖かい言葉を……。
「そうだよ、歓迎会!いや〜二人にばれない様に準備するの大変だったんだよ〜?
あ、これジュース!今日は二人が主賓なんだから、ジュースも高級品だよ?
バヤリースだよバヤリース!ポンジュースもあるけど、どっちがいい?」
「見てみてよこの料理!凄いっしょ〜。皆でメニュー考えて作ったんだよ?
あ、安心して!セシリアには料理に関しては指一本触らせなかったから。
せっかくの歓迎会をバイオテロ会場にしたくないもんね〜」
「あ、あなたたち!何てことを言うんですの!?全く失礼な……。
コホン、ラウラさん、シャルルさん見てくださいまし!
この食堂に絶妙に配された色とりどりの装飾を!
全部私がデザイン、製作の指揮、そして配置まで担当しましたのよ!
納期が短くて苦労しましたが、どうです素晴らしいでしょう!
私の美意識が存分に発揮されたそれらは」
「セシリアうるさい。いくらなんでも説明冗長になりすぎでしょ。
あ、ラウラ!そこのテーブルの料理見なさいよ!
中華料理ばっかりでしょ?あれ私が陣頭指揮をとって作ったのよ!
アンタ食堂ではいつもドイツ料理ばかり食べてたみたいだから、
せっかくIS学園に来たんだし、私の国の料理も食べて欲しくてさ。
あ、酢豚がおすすめだから、まず食べてみなさいよ!」
「あ、あの………。歓迎会の途中で、プレゼント渡しもあるんだ。
料理係と会場係、計画の立案本部の娘以外は、プレゼント選びしてたんだ。
ラウラさんが何貰ったら嬉しいか分からなかったから苦労したけど……。
楽しみにしててね、皆精一杯選んだんだから……」
「あ、こんな時間に五月蝿くしちゃって心配かもしれないけど、大丈夫だよ。
織斑先生にちゃんと許可とってあるから。
先生も残業が早く片付いたら来てくれるってさ。
あと、ラウラさんに織斑先生から伝言。
『せっかくなんだから何も考えずに、ただ楽しめ』だってさ」
その暖かい奔流が、まるで雪崩のように私の中に流れ込んでくる。
でも私には分からない。
私はそこまで皆と話したりはしていないし、特別仲が良かったわけじゃないのに……。
何で皆は『そんなこと』で……。
『私がこの学園に来たこと』なんかで歓迎してくれるのか、分からなかった。
そう考えていたら、後ろから声をかけられた。
その声は、私にとっては因縁極まりない相手。
少し生意気そうな、でもとても優しい声。
「不思議そうな顔するなよボーデヴィッヒ。皆お前がこの学園に来たことが
嬉しいから、心からお祝いしたいと思って、この場を設けてくれたんだからさ」
「……シン・アスカ……」
「まあ俺はほとんど役に立たなかったけどさ。
……だけど、俺からも一つだけ言うことがあるとすれば。
お前がどれだけ苦しい目に遭っているんだとしても、ここにいる
皆がいれば、多分大丈夫だって………。
お前にもそう思って欲しいんだ。だってアンタは………」
俺に似ているから。
そう言って、シン・アスカは人ごみの中に消えていった。
それを皮切りに皆は私とシャルルを一番大きなテーブルへと引っ張っていって。
そこで食べたことの無いような美味な料理を沢山食べて、今まで話したことのなかった
娘ともぎこちないながらも話をして、皆がアカペラで最近流行だという歌を歌うのを
聞いて、私も生まれて初めてそんな歌を歌って。
私の十五年間の人生で全く初めての経験を、その数時間で体験して。
皆と、一緒に体験して。
私は人前で、生まれて初めて、大声で泣いた。
だけどそれは今まで流したどの涙よりも暖かく感じて。
そして傍には私の背中をさすってくれて、ハンカチを差し出してくれて。
何より一緒に泣いてくれる、『友達』がいて。
私はシャルルと一緒に、その輪の中で夜が更けるまで笑い続けた。
私はここに来て良かったのだ。
今私は、やっとそう思えるようになったんだ。
そんな私を皆、そして教官が、優しく見守ってくれていた。
私は今、心から、満たされていた。
どんな闇も怖くないと、初めて、そう思えたんだ。
そう、思ってたんだ………。
……………馬鹿ガ………………
……何ヲ甘ッタルイ三流ノメロドラマミタイナコトヲシテヤガル……
……貴様ニソンナモノハ必要ナイ……
……貴様ニ必要ナノハタダヒトツ、無明ノ絶望ダ……
……スグニソンナ甘イ気分ニハ浸レナクナル……
……貴様ハドコマデイッテモ救イヨウノナイ戦士ナノダト分カラセテヤル……
……ダッテ貴様ニハ、ソレ以外ニ何ヒトツ価値ナドナイノダカラナァ、お前様……
……マッテイロ、スグニ、味ワワセテヤル……
……絶望ヲ、スグニ……スグニダ……
……ナア、お前様?……
……キャァーーーーーーーーーーハハハハハハハハハハハハハハァァァ!!!!!!
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