俺は手を伸ばす。
果て無き雲霧に差し込む、幽き一筋の光に向かって。
淡く儚いその光がこの手をすり抜け離れていこうとも、俺はそれを追い続ける。
だけど手繰り寄せたその光が虚構に塗れた絶望でしかなかったとしたら、
俺は一体どうすればいいのだろう? どうするのだろう、俺は?

…本当は、分かっている。
きっと、それでも俺はこの血に塗れた手を、伸ばし続けるのだろう。
例え幾千万の銃弾がこの身を蹂躙したとしても。
例え姿なき無限の悪意が心を、魂を踏みにじったとしても。
光を求める俺の心は、この歩みを止めることはない。

だって、どれだけ汚れていたとしてもこの手を伸ばし続けなければ、
夜の帳の中に煌く君に触れる事さえできないのだから。
































まだ完全に陽は昇りきっていないが、雲一つない青空から降りそそぐ柔らかな光は
俺たちの歩く長い廊下を照らし、窓から見える海面はキラキラと眩いほどに輝く。
清涼な初夏の風は薄っすら潮の匂いを含んでいて今すぐにでも泳ぎたいという欲求を
くすぐってくるが、それに反して俺たちの間に流れる空気は緊張で引き締まっていた。

俺の横を歩くセシリア、鈴、シャルロット、ラウラの表情は険しい。
皆いつもの女子高生の顔ではなく戦士のそれだ。
俺はそんな彼女らのプレッシャーに気圧されないよう少し体を固くして、しっかりと
前を見て歩く。

事の発端は朝食時、嵐のように乱入してきた束さんが千冬姉、シン、箒を伴って
出て行った後のことだった。
朝食を終えた俺たちは今日のテスト稼動の準備のため一旦自室に戻ろうとしていた。
そこに現れたのが四組担当の早乙女先生だ。
今年三十路を迎える彼女は事あるごとに俺にモーションをかけてきて、二言目には
『婚期』というワードが口から飛び出す困った女性だ。
その性格から部活棟の管理をしている榊原先生とも仲が良く、よく二人で自棄酒を
飲み交わしているらしい。
また最近いつもカリカリしているのでひょっとしたらカルシウムが足りてないのかもしれない。

そんな彼女が今日に限っては普段とは別物の強張った口調で声を張り上げた。
曰く緊急事態発生。
教員は特殊任務行動へと移行、今日のテスト稼動は中止。
生徒は自室で連絡あるまで待機。
俺たちは流れるような先生の言葉についていけず、顔を見合わせるばかり。
しかし先生が次に放った一言が、俺たちに事態の深刻さを知らしめた。


「専用機持ちは全員こっちへ。一夏クン、セシリアさん、鈴ちゃん、シャルロットさん。
 ……それからラウラさんも来てちょうだい」

「! ……分かりました」


ラウラはスッと目を細めて静かに席を立つ。
シンと話していた時とは全く違う冷徹な兵士の目をした彼女は俺たちと目配せし合い、
一緒に大広間を出た。
俺たちが先生の言葉に気を引き締めたのには訳がある。

去る一ヵ月半ほど前か、『学年別トーナメント』にてラウラは専用機『黒い雨』を纏った状態で
暴走し、結果トーナメントは中止に追い込まれた。
千冬姉がその際記録した映像から『黒い雨』に規格外の装置が取り付けられていたことが判明。
アラスカ条約違反によりドイツ軍は国際警察の捜査を受けることになった。
しかし、問題が一つあった。

『黒い雨』が原因不明の誤作動を起こしはじめ、ついには待機状態であるレッグバンドの
状態から展開できなくなってしまったのだ。
ドイツ軍は現状この原因を究明する態勢がとれないため、IS学園がこれを引き継ぐ事に
なったんだけど……。
判明したことはコアがその機能を完全に停止していること。
初期化しようにもこちらの操作を全く受け付けないこと。
展開できないから量子変換されていた武装をはずすこともできないこと。
結論。『黒い雨』は現時点においてISとして成立しているとはいえず、その原因が解明
されるまで「凍結」するしかない、ということだった。
しかもドイツ軍にはラウラに新しい専用機を用意する余裕もない。
つまりラウラは代表候補生であるにも関わらず、専用機を持たない状態になってしまったんだ。
でも意外なことにラウラはこれを取り乱すこともなく受け入れた。ラウラ曰く


「専用機がなくとも戦うことはできるし、今は傍に布仏たちもいる。
 それに…本当に一番大切にしたいと思えるものを、見つけられたからな」


そう話すラウラの艶やかな視線を赤面しながらかわすシンには笑わせてもらった。
あいつも大概もてるよな。
さっさと誰かと付き合ってしまえばいいのにな。
そうすれば少しは体にかかる負担も減ると思うんだけどな。
…おっと、今はそれはどうでもいいよな。

話を戻すと専用機を失っているラウラをも召集する。
それはつまり専用機を持たない代表候補生の力までも借りなければならない非常事態ということだ。
事実それを尋ねた時の先生の返答は、


「腕の立つIS乗りは一人でも欲しい時だからね」


というものだった。
などと回想しているうちに俺たちは宴会用の『風花の間』に辿り着く。
先生に促されるままに入るとそこには既に引率の先生数人が待機していて、大座敷の
真ん中にはなにやら機材が運び込まれていた。
そこを見回して、気付く。千冬姉たちがいない。


「先生、千冬ね……織斑先生と山田先生たちはまだ来てないんですか?」

「もうすぐアスカ君と篠ノ之さんを連れて到着するはずだけど、それを待っている時間はないわ。
 皆そこの辺りに座って。すぐに現状を説明するわ。
 織斑先生たちには端末で情報を送ってるから―――――――――」

「え? シンはともかく何で箒まで……」


しかし先生は俺の質問には答えず無言で他の先生たちとアイコンタクト。
照明が落とされ、目の前に大型の空中投影ディスプレイが表示される。
そこからの説明は俺の予想を遥かに超えたものだった。

三十分前ハワイ沖で試験稼動していた軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が暴走。
制圧に向かったラファール・リヴァイヴをたったの十分で返り討ちにし、さらに離脱。
衛星による追跡をしていたらしいのだが……。


「停止した?」

「そう、ここから三十キロ先の太平洋沖、海上四百メートルの位置で停止したまま
 動かなくなってしまったの。つい五分ほど前の話よ」


どういうことだ……?
追手のかかっているこの状態でわざわざ停止するなんて不自然すぎる。
搭乗者が意図的に? いや、ISが暴走した時点で搭乗者は意識を失っているらしいから
有り得ないんじゃないか?
先生たちの話だと自身の翼に包まって胎児のように漂う姿は、まるで誰かを待っている
ようにさえ見えるらしい。
ともかく『銀の福音』が未だ目立った動きを見せてない以上、その制圧方法もかなり
変わっているはずだ。だが懸念事項はそれだけではない。
さらに厄介な問題が一つ。


「この銀の福音、ラファール撃墜時に第二形態移行を果たし、その脅威度が230%増大。
 アメリカ・イスラエル両国から受けていたスペックデータが意味をなさなくなって
 しまったわ」


な……第二形態移行!?
これには流石のセシリアたちも困惑している。
ラファール三機を一蹴するほどのISがさらに進化して手がつけられなくなってしまったのだ。
どれだけスペックが向上したのかも不明。
決して口外しないようにと念押しされた上で今目を通している目標のスペックデータは
役に立たない。
このスペックカタログには実弾兵器は搭載していないとされているが、それも分からなくなった。
ただISとしての基本的なコンセプトは変わってないはずだから、このISが広域殲滅を目的とした
特殊射撃型というのはかろうじて分かるけど。
攻撃と機動に特化しているのか……ますます厄介だな。


「それで本作戦の分担はどうなりますの?
 目標が動きを止めているのならその隙に精鋭でもって集中攻撃するのが
 一番効率的ですわ」

「そうだね、目標が離脱する可能性もあるから周辺の海域と空域を封鎖する必要性も
 考慮すると、制圧に回せる人数はごく限られるね」

「奴の機動力は第二形態移行したことでさらに強化されているはず。
 奴がどこに離脱するかなんて予想できないわけだから、その全域をカバーする必要があるわね」

「しかも相手は代表候補生クラス三機をたった一機で圧倒するデタラメ野郎なんだろ?
 なら全域をカバーするにしても一箇所に最低でも二人以上いないと不味い気がするんだが、
 どうかな?」


俺の控えめな発言に皆首肯する。
良かった、的外れなことは言ったなかったみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
と、ここでスペックデータを確認していたラウラが挙手する。


「先生、本作戦の方向性は理解しましたが、詳細を決める前に目標の戦闘能力を直に
 見ておきたいと考えます。
 制圧部隊を編成する上でも必要なことです。
 目標がラファール三機と交戦した時の映像があるはず。それを要求します」

「ええ、了承するわ。ただしこの映像は第二形態移行する前のもの、現在は少なくとも
 これより強くなっていることを忘れないでね」



頷く俺たちを横目に先生が機械を操作する。
やがてディスプレイの映像が変わり、そこに全装甲銀一色で統一された天使の如き
様相のISが映し出される。
頭部に備え付けられた一対の巨大な翼を羽ばたかせながらラファールを纏った代表候補生たちの
放つビームの驟雨を、まるで踊るようにすり抜ける。
しかし流石に彼女らもその程度では慌てない。
訓練中だったため基本武装しか搭載していないハンデをものともせず、巧みな連携で
銀の福音を追い回す。

と、次の瞬間画面から銀の福音の姿が消える。
衛星がその姿を捉えた時には一番手前にいたラファールの手にあったライフルが半ばで
断ち切られ、大きく開いた翼から砲口が顔を出し、零距離にて獲物を紅蓮に包んだ。

堕ちていくラファールの姿を目の当たりにし激昂した一機がしゃにむに向かっていく。
手には近接レーザーブレードを構え、同じくブレードを持ち微動だにしない銀の福音と
急加速にて交差する。
距離が数メートルほど離れると同時、ラファールのレーザーブレードが爆発四散し、
そのシールドバリアーを無数の斬撃が削り取る。
まるで時代劇の殺陣でも見ているかのような鮮やかさ。
しかし感動などない。
あるのは凍るようなうすら寒さだけ。

きりもみしながら水面に落下していくラファールを残りの一機が受け止め、そのまま
全速力で離脱を図る。
その直後だった。
水面をさらに加速しながら滑空する二機に貼りつくように銀の福音がその直上を捉えた。
ゆっくりと荘厳に光り輝く翼が開いていく。
対称的にラファールを駆る二人の少女の顔が暗い絶望に歪んでいく。
そして死の天使は無慈悲にその砲口を彼女らに向け、全てを白亜に染め上げた。



「これは………」

「なるほど、確かに相当厄介な相手のようだな」


ラウラの一切の余裕が消え去った声に、誰もが口に出さずに同意する。
確かにスペックデータを見る限り量産ISでは不利なのは分かっていたけど、それを抜きに
しても力の差がありすぎる。
全く違う、その技量が。
操縦者の意識はないはずなのに、あの舞うような軽やかな動き。
とても暴走しているようには見えない。操縦者に意識があって故意に動いているとしか思えない。
そこに追い討ちをかけるような先生の言葉が。


「ちなみに今の銀の福音、映像から解析すると機体性能の70%も発揮してなかったみたい。
 代表候補生の娘たちを、相当侮っていたってことなのかしらね?」


これでフル性能じゃない……!?
愕然とする俺を他所にセシリアたちは渋面で相談を始める。


「これは不味いですわね…。私たちのISの最高速度を軽く上回っていますわ。
 本国から送られてきている強襲離脱用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を
 用いても追いつけるかどうか……」

「それだけじゃないよ。あの特殊兵装の攻撃力、桁違いだ。
 至近距離で受ければ専用機でもほぼ一撃……。僕の防御パッケージ『ガーデン・カーテン』
 でも長くは持たないだろうね」

「そもそもこれだけの相手に私たちだけでやり合うのは無謀だわ。
 悔しいけどアイツの能力、私たちを遥かに上回っている。
 戦いが長引くほどに不利になっちゃう」

「であれば一瞬の隙をついて一撃必殺の攻撃力で叩くのが理想的だが……」

「一夏クンの『零落白夜』しかその条件に合致する能力はない。
 でも、ほぼ100%かわされるわ。
 しかも全てのエネルギーを攻撃に回さないと一撃での撃破は難しいしね。
 成功率が10%を下回っているんじゃ、それはもう作戦とは呼べないわ」


先生の言葉は一切の遠慮も虚飾もなく、ただ真実を語っている。
悔しい、俺にしかできないことがあるのに、俺自身の力不足でそれを果たせないなんて…。
IS学園に入学してから、ずっと自分なりに特訓を続けてきた。
出来うる努力はしてきたつもりだった。だけど、現実はこうだ。
誰かを、大切な人を守るってことは、本当に大変なことなんだと痛感する。
ずっとシンを見てきて分かっていたことなんだけどさ。


「一夏、別に悔しがることはないわ。アンタよりもずっと訓練を積んでいる私たちにだって
 無理なんだもの。しかし、問題は誰が制圧部隊になるかよね。
 あそこまで実力差があるんだもの、生半なことではラファールの二の舞になるわ。
 そう、アイツと互角に渡り合える実力者でもないと……」


鈴の言葉が終わると、皆黙して考え込む。
でも実のところ皆その人間については見当がついてるんだ。
真っ先に思い浮かぶ群を抜いた実力を持つ二人。
そのうちの一人は立っているのもやっとの状態なので除外される。
つまり残った一人というのは……。
そこで唐突に後ろの襖が開く。


「遅くなってすまない。だが端末ごしに今までの議論は聞いていた」

「千冬姉……!」

「ここでは織斑先生だ、馬鹿弟」


銀の福音の圧倒的な力を前に尻すぼみになっていた空気が、再び一気に張り詰める。
山田先生、シンと箒も続いて入ってくる。
これで作戦参加者が揃ったことになるけど、何で箒まで……?
千冬姉はディスプレイ前まで颯爽と歩いてくると、俺たちを見回して高らかに告げる。


「今作戦の目標の制圧は私と山田先生が行う。
 他の教員方、代表候補生は周辺の海域及び空域の封鎖を担当。
 何か質問はあるか?」


皆千冬姉の言葉に一瞬止まるが、すぐに納得したように頷いている。
確かにあの化け物と互角に渡り合えるのは世界最強の実力者である千冬姉をおいて
他にいないだろう。
それはいいんだけど…作戦を始めるにあたってまだ不明な点がいくつかある。
聞いておかないと安心して作戦に望めない。


「なあ千冬姉、箒がここにいるってことは作戦に参加するんだろうけど、ISはどうするんだよ?
 訓練機か? でもそれじゃ仮に銀の福音が離脱して箒に向かったらやばくないか?」

「それは問題ない。篠ノ之はつい先ほど束から専用機を受領した。
 代表候補生のISすら上回るスペックだ。まあ初稼動もまだだが、そこいらの
 訓練機よりかは戦えることは保障しよう」


俺たちは唖然として箒を見る。
箒はといえば体を揺らすシンの肩を支えながら寄り添うように座っている。
箒に、専用機!?
今朝束さんが連れて行ったのは、その新型の受領が目的だったのか!?
さらに聞きただそうとする俺たちを千冬姉は片手で制する。


「言っておくがこの質問についてこの場でこれ以上問答するつもりはない。
 今は非常事態だ、後でその質問にゆっくり答えてやる。他には?」

「うっ…、これ以上の追究は無理のようですわね。
 でしたらシンさんは?
 彼はこの作戦に参加できる状態ではありません。
 というか参加させるなんて言ったら先生といえど実力で止めさせていただきますわ」


セシリアの険のある物言いにシャルロット、ラウラが首肯する。
俺や鈴も同意見なんだけど…、三人ともやけに怖いぞ。
対する千冬姉は面倒くさそうにやれやれと溜息。
そして三人の視線をどこ吹く風で答える。


「息巻くな小娘共。そんなことは百も承知だ。
 アスカにはここに来るまでにきっっっっちりと話をつけておいた。
 今作戦でのアスカの役割はここで早乙女先生とともに参謀として留まることだ。
 何かあればアスカには代表候補生であるお前達に指示を出してもらう」


ホッと胸を撫で下ろす俺たち。
対して物凄い膨れっ面でそっぽを向いているシン。
どうやら相当ごねたらしい。シンらしいけど何か小学生みたいで笑みがこぼれてしまう。
おいおいそんなに睨むなよ、怖いなぁ。


「旦那様が無茶しないでくれると分かって一安心だな。
 では教官、私からの質問なのですが、私の搭乗ISはどうなるのでしょう?
 訓練機ですか? であれば武装はどういったものを搭載しているのでしょうか?」

「ああ、無論用意してあるとも。…早乙女先生」

「分かりました」


先生は素早く機械を操作する。
切り替わった画面に映し出されたのは何の変哲もない『打鉄』……いや?
同時に表示されているそのスペックは普通の打鉄よりも……。


「IS学園には有事の際教員が搭乗するための指揮官機が二機ほど配備されている。
 現在それを任されているのは私と山田先生だな。
 この打鉄はその一機、私がいつも使用しているものだ」

「教官の……?」


ポカンと口を開けるラウラ。
俺たちも普通に訓練機に乗るものだと思っていたから意表を突かれた。


「まあ指揮官機といっても性能は通常の打鉄に毛の生えた程度、
 拡張領域を僅かに広げただけだ。
 あとは、そうだな。過去の私の戦闘データを参考にして調整したくらいか。
 まあとどのつまり普通の打鉄とほとんど変わらない。
 実際普段の授業でこれを使っているくらいだしな。
 ISの数にも限りがあるわけだからな……ラウラ」

「は、はいっ!」

「今回この打鉄にはお前の戦闘データを元に調整し直し、さらに基礎性能も底上げしてある。
 さらにアサルトライフル、追尾型グレネードランチャー、ビームナイフなど、いくつかの
 追加武装を量子変換しておいた。お前には今回これに搭乗してもらう」


淡々と言っているけどそれってつまりこの打鉄は……。
『ラウラ専用打鉄』っていうことになる。
で、でもそれって千冬姉の独断で調整し直したりしていいものなのか!?


「こういった非常事態において戦闘に関する全指揮権、決定権を任されている。
 有能な者に高性能のISを回すのは当然だ。
 それに何も専用機というわけではない。それは学園の保有するISであるし、
 この作戦が終了したら元通りに調整し直す。
 …いや、有事の際に一々調整するのも面倒ではあるか。
 どうしたものかな……」

「し、しかし教官はこれから銀の福音に挑まれる身!
 何故後方支援の私にカスタム機を…!?」

「こら、あまり私を舐めるなよ小娘」


そう口に出すと同時に千冬姉から溢れ出るプレッシャー。
すくみ上がるほどの力の波。
ラウラでさえ「ヒッ」と小さく悲鳴を上げるほど、千冬姉はそのまま微かに口端を
つり上げ、凄絶に笑んでみせる。


「IS学園の総指揮を預かる者としてただ暴走するだけのIS如きに遅れを取るつもりはない。
 指揮官機を使えないことなど私にとっては些末な問題に過ぎん。
 私にはブレード一本さえあれば事足りるからな。
 ならばお前のように腕の立つ者にそれを任せた方が遥かに良いということだ」

「で、ですが………」

「…正直なところ真正面からアレに挑んでも負けるとは思わん。思わんが…逃げられる
 可能性はあると、そう考えている。
 目標は確かに未知数の強さを有しているが、そこに心はない。
 ならばそんなものに負ける道理はないが…機体の性能差がありすぎるのも事実。
 だから万が一の時の為に最善の布陣を敷いておきたいのだ。
 全ては勝つため、護る為だ。だからこそお前達も奮起してほしい」


千冬姉は考えていることをありのまま俺たちに伝えた。
その真摯な要請を受けて、俺たちは弱腰になっていた自分自身を蹴っ飛ばして力強く頷く。
そう、全ては勝つため。皆を護るため。
だからこそ俺たちはそれぞれの役割を全うする。
千冬姉の言葉によって、俺たちは今こそ一致団結する。
…でもいい雰囲気のところ悪いが、蛇足ながら個人としてはまだ疑問が残っている。
こんな短時間でよく打鉄をラウラ仕様にできたな。


「はーい! その仕事はジョバンニ……げふんげふんっ! 
 この天才科学者美少女が十五分でやってしまったんだよっ!!」


天井板がパカリとはずれ、溜まったホコリと共に束さんがひょっこり顔を出す。
その無邪気に振りまかれる満面の笑みを見ながら、俺は乾いた笑いを漏らす。
ハハハ……もう驚かない、驚かないさ。
彼女に俺たちの常識が通用しない。そんなのは昔から分かっていたことだ。
頭痛を我慢するようにこめかみを押さえていた千冬姉は、束さんを無視して早乙女先生を見る。


「作戦内容は以上だ。もう質問はないな?
 では今から十分後、稼動テストを行う予定だった浜辺に全員集合。
 各自速やかに行動を………」

「っ! 報告!
 空中で停止していた目標に動きあり!」


千冬姉は言葉を切って素早く翻し、ディスプレイを注視する。
俺たちの間にも再び緊張が走り、高まっていく。


「銀の福音か…。そういえば俺たち、まだその姿を確認してなかったな」

「携帯端末は織斑先生が持っていたからな…。ああ、アスカ。もうちょっと私に
 寄りかかれ。その体勢では辛いだろう?」


シンと箒がヒソヒソと囁き合っている。
あの二人、もしかして付き合っているのか?
二人の間に流れる空気、もはや友達のそれじゃなく恋人の……。
と、ディスプレイに衛星からの映像が映し出される。
そこには第二形態移行を経て新たに背に八枚の青みがかった翼を現出させた
天使のようなISがゆっくりと顔を上げたところだった。
さっきの話だとその翼で自身を包み込み蹲るように停止していたらしいけど、
どうして今になって………。

画面の中の銀の福音はゆったりとした動作でそのまま身を起こし、こちらに視線を向けた。
直後背中に冷たいものが走り、一気に冷や汗が噴き出す。
な、何だ今の感覚は……!?
ディスプレイ越しにも関わらず、まるで俺の生存本能が全力で警鐘を鳴らしたような……!
他の皆を窺う。
やはり俺と同じように顔中に脂汗を浮かべ、体を強張らせている。
千冬姉までもが表情をより険しくして、画面の先で直立する銀の福音を睨みつけている。


「…どうやら監視していることはとうの昔にバレていたようだな。
 しかもどうやら、我々のことを誘っているらしい。
 …小憎らしい奴」

「そのようですね。未だこちらを見たまま動きませんし、我々を挑発するのが目的だったのかも」

「…諸君、一層気合を入れてかかれ。
 この作戦はおそらく苛烈を極めるはず。
 一人ひとりが自分の役割を遵守して………」


唐突だった。
唐突に千冬姉の粛々とした声が響く中、誰かが立ち上がった。
シンだ。箒を押しのけて、目を見開き、口を半開きにしたまま、ディスプレイを凝視している。


「アスカ………?」


体勢を崩しながらもシンのことを心配そうに見つめる箒。
俺たちもだ、ディスプレイににじり寄っていくシンの事を何事かと見る。
でも声はかけない、かけられない。
まるで幽霊でも見たかのように体を震わせ、酸欠のように口をパクパクと開閉させるシンには。


「…………………は……………………?」


かろうじて口をついて出た言葉は呼吸音とも似つかない掠れた呟きで。
部屋の半ばにさしかかったシンは、ふとディスプレイを投影する機械に目をむけると、
何かに取り憑かれたようにそれをいじり出す。
するとまもなく俺達が先ほど見た対ラファールの映像が映し出される。
画面の中をまるで泳ぐように飛ぶ銀の福音の動きを、血走った目で食い入るように見続けるシン。
その一動作さえも見逃すまいと瞬き一つせずに。


「まさか…………そんな……………何で………………」


次第にその顔が、直視できないほどに歪んでいく。
信じられないとばかりに首を振り、唇をわななかせ、声を震わせながら。
ふと気付く。
シンの右手、強く握りすぎて爪が食い込み、血が滴っている。
口の端からも血が一筋、流れ落ちる。
唇を噛み締めたことで切れたのだろう。
俺たちはそんなシンをただ見つめることしかできず。
そしてその映像が全て終わる。
この場を支配していた静寂も、終わりを告げた。



「何で、アンタがいるんだよっ!!!???
 フリーダムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!?????」



部屋中に響き渡る悲鳴のようなシンの叫び。
むしろ絶叫と形容してもよい奇声を上げながらシンは一直線に入り口へと駆け出す。


「っ! 一夏、アスカを止めろっ!!」


千冬姉の鋭い声が飛び、ハッと我に返って反射的にシンに向かって手を伸ばす。
しかし俺が手を掴む前に縋りつくように箒がシンにしがみついた。
シンは目を剥いて箒を睨みつけるが、箒はそんなシンを悲しそうに見つめ返す。
次いでシャルロット、セシリア、ラウラも飛び出しシンに抱きついた。
シンはまるで飢えた猛獣のように体を振り乱し、暴れる。


「離せぇ!! 篠ノ之ぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「嫌だっ!! 今のお前を行かせるわけにはいかないっ!!
 一体どうしたというのだ!? 何故そんな顔をする!? 何故そんなに、苦しそうなのだ!!?
 銀の福音に関係があるのか、アスカっ!!??」

「銀の福音っ!? 何を言っている!? あれは『フリーダム』だ!!
 俺よりも強い、最強のモビルスーツ!!!
 奴の動き、俺の目に! 脳に!! 心に焼き付いている!!!
 見間違えるはずがないっ!!!!!」


シンは喚き散らしながら尚も前に進もうともがくが、ただでさえ弱りきった体。
しかも女の子とはいえ軍人さながらの訓練を受けている代表候補生が三人もいる。
結果シンは彼女らの肢体に絡め取られて身動きが取れない。
しかもそれによってシンはさらにヒートアップ、堂々巡り。
その間にもシンは意味不明な単語を叫び続けるが、繰り返されるその言葉の中に一つ聞いた事が
あるものがあった。

…『フリーダム』。以前シンが千冬姉と模擬戦闘を行った際漏らした言葉だ。
直訳すると「自由」。何とも響きがいいけど、今のシンの言葉を聞くに敵っぽいというか。
シンはその『フリーダム』っていうのと戦っていたらしいけど、それがどんな奴なのか想像もつかない。
モビルスーツって何なんだよ?
と、今まで静観していた千冬姉が一歩前に出てシンと向き直る。
シンは歯を剥き出しにして威嚇する。


「アスカいい加減にしろ。今こうしている間にも時間は過ぎていく。
 銀の福音が次のアクションを起こす可能性もある。
 いつまでもお前の駄々に付き合っている暇はない。
 お前はその『フリーダム』とやらに執心しているようだが、今回の目標は銀の福音だ。
 『フリーダム』ではない」

「違うっ、違うっ!! あの動きはフリーダムが、キラ・ヤマトが本気を出した時の動きだ!!
 あの敵さえも魅了する圧倒的な機動! こちらの攻撃を嘲笑うかのような回避!!
 煌くような攻撃!!! 全てがフリーダムそのものだ!!!
 なあ織斑先生そうなんだろ!? あの機体に乗っているのはキラ・ヤマトなんだろ!!?
 そうなんだよな!!!???」

「キラ・ヤマト……? 期待に添えなくて悪いが銀の福音の操縦者はナターシャ・ファイルス。
 米軍のISテストパイロットだ。
 暴走前に送られていたバイタルデータも本人のもの。
 そもそも銀の福音は専用機だ。登録されている者以外には動かす事はできん。
 断言してもいい。あれに乗っているのは、キラ・ヤマトではない」

「っ…………そんな、馬鹿な………………」


あまりに明確に、論理的に言い返され、狂気に渦巻いていたシンの瞳に動揺の光が浮かぶ。
未だ身じろぎするものの、視線を落としてまるで呪詛のように何かを呟き続けている。
それを間近で見守る箒たちは一層シンのことを強く抱きしめた。
千冬姉はシンが落ち着いたのを確認すると、先ほどとは違う柔らかな口調で話し始めた。


「それで、アスカ。お前はどうしたい?
 ここで一夏たちの指揮を執るか、それとも…」

「…俺も制圧隊に加わりたい。奴がフリーダムかどうか、確かめたい……」

「駄目だ」


有無を言わせぬ威圧、質量を込めた一言をシンにぶつける。
シンは一瞬呆けたように顔を上げ、再び喚きだす。


「何故だ!? 奴の正体を確かめないと、俺は……!」

「この作戦に、お前は邪魔だからだ」


なっ………………。
その場にいた俺たち、生徒全員、千冬姉の言葉に固まる。
シンが、邪魔!?
今まで散々戦闘で俺たちを守ってくれていたのに、そんな言い方って………!
でも先生たちは厳しい顔をしながらも、誰も異を唱えない。
かくいう俺たちも、何も言えなかった。
当人である、シンさえも……。


「目標の戦闘能力は強大にして未知数だ。その戦いに怪我人が出ることは妨げにしかならん。
 さらに言えば目標に強烈な個人的感情を持っている者に指揮を任せるわけにもいかん。
 …アスカ、今回の作戦、お前にははずれてもらう。
 早乙女先生、アスカを私の部屋に。残りの者はただちに件の浜辺に…」

「待って…待ってくれ! フリーダムがいるのに、皆がフリーダムと戦うのに、
 俺だけが出られないなんてそんなの……ぐっ!?
 ガハッ!? ごほっ! ごほっ!! うぐぐぐ………!!?」

「っ!? シンさん!? シンさんっ!!?」

「シンッ!? 大丈夫!!?」

「旦那様ぁ!!??」


泣き出しそうな顔で千冬姉に手を伸ばそうとしたシンは突如その表情を苦悶に歪ませ、
激しく咳き込みだす。
箒たちも血相を変えてシンを介抱し始める。
そんなシンの前まで歩み寄った千冬姉は腰を下ろし、シンと目線を合わせる。


「そんな状態で激しく興奮するからだ馬鹿者。
 …今回は諦めろアスカ。お前にとっても譲れないのだろうが、ここは私たちに任せろ。
 目標を制圧したらお前と面会の場を設けることも……」

「……フリーダム、キラ・ヤマト……。絶対に行く……何故アイツがここにいる……。
 分からない………もう、何も………」


息も絶え絶えながら尚も虚ろな瞳に暗い闘志を燃やすシン。
俺はその狂気さえ感じさせるシンに、わずかに怯んだ。
だけど矛盾するようだけどその時のシンは今までで一番、小さく見えて。
そんなシンを見つめていた千冬姉は冷酷とさえ言えるほどに目を細める。
何の感情も宿していないような、深い闇。
「仕方ないな……」と呟いたと思うと流れるような動きでシンの首に下がっている貝殻の
ネックレスをはずしてしまった。


「………? ……………………っ!!?? 
 ヴェ、『ヴェスティージ』!!! 力……俺の、力!!!
 返せっ!!! 返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「言っただろう、私は有事における作戦の全指揮権及び決定権を一任されていると。
 作戦に支障をきたす可能性のある者のISの所持を認めるわけにはいかない。
 本作戦が終了するまで、これはこちらで預からせてもらう。
 …では早乙女先生、頼みます。
 残りの者はすぐに浜辺へ! 現時刻をもって銀の福音制圧作戦を開始する!!」


作戦の開始が宣言されてもなお、俺たちはすぐに動けなかった。
早乙女先生に肩を支えられながら部屋を出て行くシンがとても不憫で哀れに感じて。
その後姿が見えなくなるまで、その場から動けなかった。


「くそぉぉぉぉぉぉ!!!!! 千冬っ!! 千冬ぅぅぅぅぅ!!!!!
 俺の力を、守る力を返してくれぇぇぇぇぇ!!!
 頼むから、お願いだから………千冬ぅぅぅぅぅ…………!!!!!」































『織斑先生、このままの速度で飛べば約百八十秒後には目標と接触します。
 目標に動き、依然ありません』

「海域及び空域の封鎖は?」

『既に完了しています。各員はポイントに配置済み。
 目標がどこへ離脱しようが、死角はありません』

「了解した、目標の監視は怠るな」


オープンチャネルを閉じ、速度を維持しながら前を見据える。
私の五メートル後ろを山田先生のラファールがぴたりとついてくる。
私たち制圧隊は午前九時三十四分をもって合宿地の浜辺を飛び立ち、目標に向かって接近している。
その間目標に目立った動きはない。
私たちの事を脅威に感じていないのか、それとも……いや、それは今はいい。
いずれにしろ一度目標と衝突してしまえば熾烈を極める戦いになるだろう。
今回ばかりは私としても必ず勝てるとは言い切れない。
それほどの相手だ、気を抜かずにいかねばな。


『…織斑先生、ちょっといいでしょうか?』


そんな時オープンチャネルが開いて話しかけてきたのは山田先生だ。
もうすぐ目標と戦闘状態に入るというのに、その表情は沈んでいる。
何を落ち込んでいるのだ馬鹿者、そんな調子では勝つ勝負も負けるぞ。


「どうした山田先生。もうすぐ目標と接触する。私語は慎め」

『……アスカ君のこと、あれで良かったんでしょうか? もっと他に、言い方があったんじゃ……』

「っ………………」


一瞬波一つなく落ち着いていた心が揺らされる。
表情には出していないつもりだったが、山田先生は少しトーンを上げて続けてくる。


『アスカ君のあの取り乱し方は異常でした。
 普段の彼からは想像もできないくらい。
 もしアスカ君の言う通りあの銀の福音が全く別の敵なのだとしたら……』

「山田先生、それが有り得ないことは君も分かっているはず。
 それにあの時はああでも言わなければアスカを止められなかった。
 それでも勝手に飛び出すようなことを言っていたから、ISを没収したのだ。
 今回の作戦、皆がアスカを気に掛けすぎたら、そこを突かれて必ず失敗する。
 そうならないために、今回の判断は妥当だと思うが?」

『ですがっ………いえ、すいませんでした。閉じますね……』


小さくそう言って山田先生はチャネルを閉じた。
なるべく平静になろうと努めるが、それでも彼女の言葉はいつまでも頭を離れなかった。
……これが正しい判断だったはず。
何故ならあんな状態のアスカをこの作戦に駆りだせば、彼は最悪の場合、より深く傷ついたかもしれないから。
でもそれでなくとも、私は彼に嫌われたかもしれない。
あれほどきつく、突き放してしまったのだから。
必要だったと心では確信しているが、どうしてもまとわりつく靄は消えてくれない。

…私だって初めてだったんだ。一夏以外の男と唇を合わせたのは。
その男がより傷つくところなど、私だって見たくはない。
そんなことを考えてしまう自分が、信じられなかった。
今までの自分なら決して考えなかったろうから。

そう考えているうちに目標との距離はぐんぐん縮まっていく。
もうまもなく接触する。
再び心を凍らせる。後悔ならこの作戦が終わった後いくらでもすればいい。
今はアスカを傷つけてまではずしたこの作戦を、完遂することだ。
ブレードを展開し、さらに加速。
後ろの山田先生も大型ビームライフルを展開し、構える。
視認できる距離で銀の福音を捉えた、その時だった。




「目の前の敵にだけ集中していてよいのか? ブリュンヒルデよ」




――――――――――――っ!!!?
瞬時に体が反応する。振り向きはせずブレードのみ背に背負うように構え、
盾代わりにする。
そこに襲い来る凄まじい圧力。
金属と金属がぶつかり合う音が耳につんざき、衝撃で吹き飛ばされる。
体勢を立て直す最中視界の端で山田先生がどこからか降りそそぐビームの雨を
回避するのが見える。
すぐさま体勢を整え山田先生と合流し、いきなり強襲してきた襲撃者を見て、衝撃を受ける。

私たちと相対するようにたたずむ二機のIS。
一機は一夏の白式を彷彿とさせるような白一色のIS。
その周りにはフワフワと二つの、サッカーボールを一回りほど大きくしたような
白い球体が浮かんでいる。
白い球体には真ん中に大きな砲口がある。どうやらあれも武装らしいがあんな武装は
見たことがない。
何よりこのISの異質なところは、その色にあった。
白式の白よりもさらに白い、無機質な白。
まるでそこにいるはずなのに存在感を感じない、空虚な白。
今にも消えてしまいそうなほどの透明感に、一瞬目が奪われる。

もう一機は対照的に黒が基調で、それがすすや油染みで汚れているよう。
白いISよりもさらに大きい。それは搭乗者の体躯ががっしりしているからだろうか。
その手には血錆で汚れたような大剣が握られている。
それ自体まるで何人もの人間を切り倒してきたかのような禍々しさがあるが、
それを肩に担ぐISの所作は威圧感に満ちていて、その大剣がまるで唸り声を上げているかのような錯覚を受ける。
しかし驚いたのはそんなことではなかった。

正体不明のISの操縦者。
両者ともその顔は深くバイザーで隠されていて分かりづらいが、少なくとも右の機体。
薄汚れたISに乗っているのは男だ。
口から下のみしか見えないがまるでライオンのような豊かな金髪の髭。
ISスーツを纏うその体つき、間違えるはずもない、奴は男だ。
ISを動かすことができる三人目の男。
それがどういった理由か、私たちを攻撃してきた。
私は一層警戒しながら、言葉を選びつつ口を開く。


「……私はIS学園教員、織斑千冬だ。
 お前達は私たちがIS学園所属の人間だと知らずに攻撃してきたのか。
 それとも、『この』タイミングだからこそ攻撃してきたのか。
 いずれにせよ所属不明のISに乗って封鎖されているはずの空域で特別任務中の
 私たちを攻撃するなど重罪だ。
 まずは所属と名を名乗れ。そして目的もだ」
 
「目的? ふん………確かに目的はある。
 しかし、今はそんなことはどうでもいいと儂は考えている。
 男の世界最強と女の世界最強が、こうして顔を合わせたのだからな」

「世界最強……お前が?」


まともな答えが返ってくるとは思っていなかったが、それを上回る突飛な答えが
返ってきた。
それと同時に私たちの間にあった空気が、その密度を急速に高めていく。


「ああ最強だ。噂に聞くブリュンヒルデと戦えると楽しみにしていたが、なかなかどうして。
 初撃をああも鮮やかに受け止められるとは驚いた。
 今からその伝説ともいうべき実力を、存分に見せてもらうとしようか」

「どうやら話が通じないようだな。
 私たちは非常事態に伴い作戦行動を展開している。
 貴様らの相手をしている暇など……」


言い終わらないうちだった。
今まで無言を決め込んでいたもう一機、金髪の少女がその右手を前に突き出す。
その手首に粒子が集まり腕輪のような武装を展開する。
それは瞬時に大きく広がり三つの砲口が顔を出す。
腕輪が回転する。それと同時に砲口から圧縮されたビーム弾が吐き出され、さらに
後ろに浮かんでいた球体からもビームが発射される。
狙いは山田先生だった。彼女はすぐさま反応しそれを回避しつつビームライフルで反撃する。
しかしユラユラと揺れるような動きで漂う白いISには一発も掠らない。
山田先生は距離を置きつつさらにライフルを射掛ける。
それを追うように白いISも加速した。
…山田先生が完全に押さえられている、アイツも相当の手練か……!


「小娘、貴様はそのままラファールの相手をしろ。肩慣らしには丁度いい相手だ。
 儂は無論、ブリュンヒルデとやる。久々に全力で、抑える必要もなく戦えそうだ。
 ………ああ、忘れとった。それからもう一つ………」


大男はふと気付いたように後ろで私たちの事を注視していた銀の福音に目を向ける。
そしてその騒音のような野太い声を響かせた。


「ここは儂らが引き付けてやるから貴様もさっさと自分の獲物を喰らいにいけぃ死の天使よ!!
 身の内に溢れ出る圧倒的な力の奔流のまま全てを引き裂き、取り込んでみせぃ!!
 貴様の獲物………シン・アスカをなぁ!!!!!」

「っ!!?? アスカだとっ!!?」


大男が叫んだその言葉に、一瞬動きを止めてしまった。
それが隙だった。
銀の福音はその言葉に呼応するように八枚の翼を広げ、瞬く間に私たちの間を
すり抜けていく。
もはや私たちなど眼中にないとでも言うように、一直線に。
そしてその加速する先には確か、一夏と篠ノ之が待機していたはず。
私は血の気が引くのを感じながらチャネルを開き、叫んだ。


「早乙女先生、すぐに封鎖部隊を全員一夏と篠ノ之の元へ向かわせろ!!
 奴の目的はアスカだ!! 奴はおそらく一夏たちを餌にアスカをっ!!?」

「他人の心配などしている暇はないぞブリュンヒルデよ」


殴られるような殺気に晒され、反射的にブレードを構える。
直後襲い来る圧倒的な質量、衝撃。
大男の大剣がギシギシとブレードに圧をかけてくる。
それを力で押し返しながら、一気にスラスターを広げた。
奴の動きを予測して必殺の一撃を放ち続ける。
それを嬉々として捌き、斬り返し、打ちかかってくる大男。
強い……ここまでの相手はいつ以来だろうか。
自身を世界最強と形容したことも頷ける圧倒的武力。



「くく……ガハハハハハハハ!!!!!
 良い、良いぞブリュンヒルデよ! 貴様はやはり最高の獲物だ!!
 予想した通りの人間離れした強さよ!!
 さあさあ、まだこの宴は始まったばかりだ!!
 どちらかが朽ち果てるまで、付き合ってもらおうぞ!!
 一丁、大盤振る舞いといこうかぁ!!!!!」



大笑いをしながら向かってくる正体不明のISを迎え撃ちながらも、
私の意識は遥か彼方の一夏たちに向かっている。
まさかこんな事になるとは。一夏たちに銀の福音の相手は……。
しかしこちらも大男の相手で手一杯だ。
瞬き一つの間に両断されてしまう使い手との一騎打ち、気を抜けるはずもなく。
山田先生も白いISとビームの撃ち合いによる多重奏を奏でている。
私も山田先生も、完全に押さえられて動けない。
最悪のシナリオだった。




だがそのシナリオも、打ち破られることになる。
血の涙を流しながら銀の福音と対峙する、黒い炎に包まれる傷だらけのISによって。
私が生涯ただ一人の伴侶と定めた、あの男によって。




























― そろそろだなぁ、予定よりかなり早かったが、俺様の力も十分に溜まった。
  あと一押しで、俺様は自身の体を手に入れることができる ―


― それは大変喜ばしいことですね旦那様。
  しかしどうするおつもりですか、その最後の一押しとは。
  生半なことでは、宿主様は…… ―


― 簡単さ。奴はもうほとんど壊れている。
  あとはたった一回、耐え難い苦痛でも与えてやれば、それで俺様は完成する。
  それが可能なのはたった一つ、俺様の俺様たる俺様だけの力。
  さあご主人サマよ聞かせてくれ。アンタの絶叫を、断末魔を。
  引き出してやるよ、それを。極上の苦痛を。終わりのない痛みを。俺様の………… ―









―      『最後の力』でな        ―



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