それはもしかすると、分岐点(ターニング・ポイント)だったのかもしれない。


― なぁレドよぉ。結局お前、俺とベローズのどっちと組むんだよぉ ―


戦うためだけに生まれ、そのように生きてきた人類銀河同盟所属の少年兵レドは
複雑に絡み合った数奇な運命に絡め取られ、翠の海に覆われた辺境の惑星に降り立った。


― そうだよ、一気に二つも仕事の誘いがくるなんてそうそうあることじゃないんだ。
  目の前にぶら下がった好機は逃さない。
  そんな判断力もサルベージ業には必要な事なんだよレド ―


人類の生存を脅かす群体宇宙生物『ヒディアーズ』との戦いのみに明け暮れていた兵士であるレドは、
ヒディアーズとの一大決戦にて撤退する空母『ラモラック』のティレモシー・スウィングにともない
そこにもたらされた次元の断層に呑み込まれた。
死を覚悟したレドだったが、奇跡的に不時着したその場所は太陽系第三惑星・地球。
人類銀河同盟の悲願である人類が移住することのできる豊かな世界だった。

現在位置が特定できず同盟に帰還できないレドはやむを得ず不時着した『ガルガンティア船団』に身を寄せることになる。
しかしそこは同盟と比べ『異世界』と呼べるほどに何もかもが違っていて。
社会構成も、その価値観・倫理観も、言葉さえも……。
そこでの生活は戦うこと以外知らないレドにとって何もかもが初体験で、苦労の連続で、だけれども新鮮で。
またレドはそれに原住民の少女らを介して少しずつ携わっていって、理解していって。
遥か過去に滅びたとされた惑星にて初めて、社会で生活することの厳しさ、労働の楽しさを知り、その少女らとも交流を深めていく。


― 俺と来りゃ美味い飯喰い放題、綺麗な姉ちゃんの尻触り放題っ! ―


同胞たる人類を守り戦う事でのみ自身の存在意義を達成してきた少年にとって、
誰かに戦闘以外の事で必要とされ、それに対して自分の力で、時には誰かに支えられながら取り組んで。
そしてその結果として感謝されるなど全く未知の体験で…。


― だからあんたは誘い文句が下品過ぎるんだよピニオン!
  レド、あたしと来ればまず泳ぎを教えてあげる。
  その後本格的にサルベージを教えてやるよ ―


なのにそれは不思議と、心地良かった。


― で、どうすんだよレド! ―

― オレハ……ベロ ―

― いっ!? ま、待て待てレド! 
  俺と来ればホント良い事があるんだって! えっとだな、え〜っと…… ―

― ふふっ、往生際が悪いよピニオン ―


ガルガンティア船団に来て約一ヵ月。
数々の失敗を経てようやく昨日の正午過ぎ、少年の愛機であるマシンキャリバー『チェインバー』と共に
魚の捕獲の仕事を完遂することができた。
自分の力で初めて一人前に仕事を成功させることができたのだ。
えも言われぬ喜びと達成感に口元を緩めるレド。
滞在しているガルガンティア船団との橋渡し役を買って出てくれている少女エイミーにも手放しに褒めてもらい、
兵士として在るために長らく凍てついていた心が、徐々に温もりを思い出していく。

そして次の日の朝、今現在の話だ。
船団でサルベージ業を営む女性ベローズと、同じく船団で機械の整備業を営む青年ピニオンが
レドを尋ねてねぐらである格納庫へとやって来た。
用件は昨日のお祭りにて設置された場外宴会場での話の続き。
ベローズとピニオン、どちらの元でサルベージの仕事に携わるのか。
それをレドに決めさせるために訪れたのた。

レド自身定職に就くことを希望していたし、この船団に滞在して以来何かと世話になっている
二人からの誘いはまさに渡りに船だった。
しかし誘いは二件、一件は断らなければいけない。
レドは考える。ベローズとピニオン、二人が自分に提示した言葉のどちらが有益であったかを。
どちらの元でサルベージ業に就きたいかを。


― 飯! 姉ちゃん! 尻! 尻!! 尻ぃ!!! ―

― まずは泳ぎを教えてあげる。潮の読み方も。筋は良いんだ簡単だよ ―


…考えるまでもなかった。
レドは自分の中の常識に照らし合わせごく自然に……いや。
まるで見えない何かに導かれるように、彼女の名を口にしようとした。
その先に確かな絆を育んだ人々との別れが待っているとも知らずに。
自身の存在意義を根底から揺るがす残酷な真実が待っているとも知らずに。
運命とはかくも非情で、少年に心を決める暇すら与えず、その背後に死神の如くぴたりと貼りつく。
あくまでお前は兵士なのだと、そこに意味などないのだと宣告するその時を、淡々と窺っているのだ。

抗いがたい運命の奔流。
しかしその複雑怪奇に折り重なった運命さえも強引に捻じ曲げる一言が、彼の口から発せられた。
旗色が悪いと察知したピニオンの、起死回生の一手。



― ぐ、ぐむむむ……もうやけくそだ……!
  俺と来れば、う、美味いワカメパン喰い放題っ!!! ―

― ッ!!!??? ナン………ダト…………? ―



あまりに呆気ない結末だったのかもしれない。
しかし現実、こうして運命は打ち払われたのだ。
十六年という長い人生の中で初めて自分の欲望に忠実に行動した少年兵は、
その定められた過酷な宿命から抜け出すことができたのだ。
そしてここからはもう、上へ上へと昇ってゆくのみ。

さあ往けレド! 負けるなレド!
人類銀河同盟に帰れなくたって、ヒディアーズとの戦いに戻れなくたって!
君にはエイミーがいる!ベベルだっている!
そして何より、美味しいワカメパンだってあるんだ!!
君の行く先には輝かしいワカメ色の未来が待っている!!

これは戦うことしか知らなかった少年兵が宿敵ヒディアーズとの戦いにも戻らず、
ピニオンと共に霧の海でクジライカ退治などして要らぬ真実を知ったりすることもせず。
翠の星の大船団の中でワカメパン屋を開き、慎ましいながらも逞しく生きていく物語。


「君もワカメパンを食べて、一日元気に働こう!」

『有為提言。一日の労働を可ならしめる為、ワカメパンの摂取を推奨する』


宇宙からのまれびとであるレドとチェインバーの生み出すふわっふわの魔法は、
滅びたはずの世界に暮らす人々に何をもたらすのか――。



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