♯3 長谷川千雨の消失
「―――――――なあ、マクダウェル、絡繰?」
四本後ろの桜の木に向かって声をかける。すでに視線も合っているのだ。応じないはずがない。
そして、一人が木の後ろから姿を現し、もう一人が木からすぐそばの街灯の上に飛び移った。腰まで届く金紗の長髪が、街灯の上で風にたなびいていた。
「―――――ほう、こちらの気配に気が付いたこともそうだが、誰かまで特定するとはな。侮っていたよ。長谷川千雨。」
あまり付き合いのない級友が、聞いたこともないような尊大な口調で語りかけてきた。その態度に若干イラッとするが、表情には出さず、演奏を盗み聞きした不届き者共をもう一度見る。
街灯の上にたたずむ金髪、出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。特定のクラスメイト以外とは滅多に話さないが、「小耳」に挟んだ限 りでは、彼女も魔法使いらしい。ただ、会話している時はほぼ必ずと言っていいほど「闇の福音」だの「最強の悪の魔法使い」だのというワードが混じってお り、ちょっとイタい子なのかなーと思ったこともなくもない。しかし今こうして見てみると、見聞きしてきた麻帆良の魔法使いの誰よりも隙がなく、雰囲気にも 強者の余裕が感じられる。
そして街灯の下で黙して何も語らず、無機質な目でこちらを見つめている、出席番号10番、絡繰茶々丸。どこからどう見てもロボットである。こちらもあま りクラスメイトと会話しているところは見たことがないが、ほぼ間違いなく超とハカセの製作だろう。だとすれば、ろくでもない武装をたっぷりと積んでいると 考えられる。
「さて長谷川千雨、貴様いつから私たちがいることに気が付いていた?」
「最初っからだ。正確に言えば曲が始まって1分17秒後、Bメロ入った辺りだな。あんだけ熱い視線注がれたら、嫌でも気づくぜ?」
「ほう…。」
「盗み聞きだけなら許してやろうと思ってたんだが、襲うだの襲わないだの、不穏当な会話が聞こえたもんでな。思わず声掛けちまった。ひょっとしなくても、お前らが噂の「桜通りの吸血鬼」ってやつなのか?」
「ああ、その通りだよ長谷川千雨。今日も獲物を探し求めてこのあたりをうろついていたんだが、ふと美しい音色が聞こえたものだからな。ゆっくり聞かせてもらったよ。素晴らしかったぞ長谷川千雨。ここ数十年で聞いた中では最高の演奏だった。」
パチパチパチ――――と渇いた拍手の音が響く。マクダウェルはうすら笑いを浮かべているが、その表情からこちらを小馬鹿にするような印象は見受けられない。褒めているのは間違いないのだろうが、こちらとしては素直にそのお褒めを受け取るわけにはいかない。
「―――――悪いがお褒めの言葉ならすでに宮崎から特上のものをいただいている。盗み聞きしてたやつに褒められたところで嬉しくないな。」
そう言いながら宮崎をもう少し強めに抱き締める。宮崎は黙ったまま何も言わないが、震えているのが分かる。もう大体の状況を把握しているのだろう。こい つは普段の綾瀬との会話を聞く限り、何かあったらすぐ自分のせいだと考える傾向にあるようだ。だが今回のことは、間違いなく私に責がある。少なくとも、寮 の近くまで行ってから演奏するようにすれば、巻き込まずに済んだはずだ。
そう―――――すでにこの場にいる全員が分かっているのだ。マクダウェルは、私たちを逃がす気が無いと。
「それに何が数十年だ同級生。吸血鬼だの何だの、そういう妄想は自分の心の中だけに留めておけ。」
「別に妄想ではないさ。お前たちの知らない世界があるというだけだよ。
まあもっとも――――――――」
マクダウェルがにやりと笑う。その三日月状に裂けた口から、鋭くとがった犬歯がのぞいていた。
「―――――――貴様はある程度裏世界に通じていそうだけどな?なぁ長谷川千雨?」
―――――――――やはりメインターゲットは私か。
「なんだそりゃ?裏世界?私は小中と平凡なサラリーマンの家庭に育った、音楽が好きなだけのごく普通の女子中学生だぜ?お前の妄想の世界に無理やり巻き込まないでくれよ。」
「とぼけるな。さきほど貴様は「不穏当な会話が聞こえた」とか言ってたな?残念ながら私たちはそんな会話はしていない。していたとしても聞こえるようなヘマを犯すわけがなかろう。
―――――――――貴様は、私が視線にこめた殺気に反応したんだろうが。そんな芸当ができるやつが、単なる女子中学生であるはずがない。」
…いや、実際に聞こえたんだけどな。確かに普通の人間が聞き取れるような声じゃなかったかもしれないが、生憎と私の耳は普通じゃない。殺気に反応したの も間違いじゃないが、声出すのと視線向けるの同時だったじゃないか。茶々丸の「どうなさいますか?」って声が聞こえた時点までは無視してたんだよ。
しかしそうなると、宮崎は完全にとばっちりだ。せめてこいつだけでも逃がしてやらなければ。
―――――――平穏に過ごしたかったんだけどな。今夜のことは完璧に私の失態だ。とりあえず宮崎を逃がして、ギリギリまで交渉して、最悪一撃もらうことも覚悟しておこう。
(…宮崎。私が時間を稼ぐ。全速力で寮に駆けこめ。)
(えっ…!?でも長谷川さんは…!?)
小声で宮崎につぶやきかけると、予想通り私を心配する言葉が返ってくる。ありがとう、そして巻き込んで本当にごめん、宮崎。
(私のことは気にするな。それで今夜のことは全部忘れろ。マクダウェルのことを告げ口しようなんて絶対に考えるな。)
(そんなのダメです!それにこんなことになったのは―――)
(私のせいだ。全部な。寮の前まで行ってから吹けばよかったんだ。全部私が悪い。だから、早く逃げろ。)
「会議は終わったか?」
マクダウェルから声がかかる。向こうもある程度しびれを切らしているようだ。ひょっとしたら巡回中の警備員か、それこそ魔法関係者に見つかるかもしれないからな。
「…まぁ普通の人間とはちょっと違うかもしれないな。とりあえずここは見逃してくれないか?お前たちのことは黙っておくし、私のことについてはあとで説明させてもらう。何より宮崎は無関係だ。せめて宮崎だけでも見逃してやってくれないか?」
「…ふむ、確かに宮崎のどかは無関係のようだな。しかし、悪いが逃がすわけにはいかん。正体が知られたこともそうだし、こちらにも事情がある。それに何より、そいつは裏の世界の存在を知ってしまった。」
「良く言うぜ。お前が教えたようなもんじゃないか。」
「確かにな。だからこそ、記憶の処置を施させてもらおう。宮崎のどかは今夜のことについてはきれいさっぱり忘れる。無論明日の朝にはちゃんと学校にいける ようになっている。長谷川、貴様もこれ以上宮崎を巻き込みたくないのだろう?ならば、この件について全て忘れるようにすればいいのではないか?そうすれ ば、裏の世界のことなど知らなくて済むからな。」
「む…。」
マクダウェルから出された条件に思わず唸る。確かに、これなら宮崎が余計なゴタゴタに巻き込まれたことにはならないし…。後日マクダウェルに私自身のことについて話せばいいだけだ。誰も不利益は被らない。
「ああ、分かっ「…嫌、です。」……え?」
それまで沈黙を保っていた宮崎が初めて口を開いた、と思ったら、マクダウェルの提案を拒絶した。私は思わず宮崎を胸から離し、まじまじと見つめた。マクダウェルの方は分からないが、多分私と同じく、驚きの表情を浮かべていることだろう。
「私は…嫌です。今夜のこと…忘れたく…ない。」
宮崎の声は恐怖で震えていた。それでも、決して譲れないと、意を決して口に出したのだろう。
そしてその言葉で分かった。宮崎は、今夜の演奏を忘れたくないのだ。今夜の記憶を忘却させようとした場合、おそらくこの桜通りで私と出会ったことから無 かったことにするのが一番安全策だ。しかしそれは、私が宮崎のために奏でたメロディをも忘れ去るということに他ならない。宮崎にとって、それは絶対に耐え られないことだったのだ。
不謹慎だが、嬉しかった。こんなにも私の音楽を大切にしてくれることが。殺人者として、何百、何千という人間の命を奪ってきた自分の音楽を、心から愛してくれる人がいることが。目の前にいる少女が、自らの身の安全よりも、私の演奏を優先させたことが。
宮崎はまだ震えていた。私は、そんな優しい少女の手をそっと握った。
「…マクダウェル、この場合はどうなる。」
それは分かり切った問いだった。これからどうなるかも。
「決まっている。交渉決裂だ――――――貴様らの血、吸わせてもらうぞ。」
「―――――走るぞ宮崎ィッ!!」
「――――――――――――ハイッ!!」
「茶々丸ッ!!」
「ハイ、マスター。」
間髪いれずに絡繰が追いかけてきた。距離はおよそ10メートル弱。間違いなく数秒以内に追いつかれる。だが―――――――
「オラァッ!!」
「ッ!!?」
追いつかれる直前で、背負っていたサックスケースを肩から降ろし、後ろに投げた。絡繰は避けきれずにケースと正面衝突した。
「長谷川さん、サックスが!!」
「うるさい!黙って走れ!!」
寮まで残り20メートル。絡繰がすぐに体勢を立て直して追ってきた。しかしマクダウェルは追ってこない。絡繰一人で充分だと考えているのだろうか。
いいさ、ならその余裕、逆に利用させてもらおう――――――!!
絡繰はさすがに速く、もうすぐ後ろまで迫ってきていた。茶々丸の右手が宮崎に伸びる。そして私は――――――
宮崎の手を握っていた左手を振りほどき、絡繰に体当たりをかました。
私の不意打ちを喰らった絡繰は、私もろとも道の左側にある園芸部の花壇に背中から倒れ込んだ。無論、絡繰を完全にホールドすることも忘れない。
「長谷川さんっ!!」
「馬鹿野郎、立ち止まってんじゃねぇ!!走れ!!」
宮崎の悲痛な声に罵倒で返す。こうしなければ宮崎も私も捕まっていたはずだ。ならば、確実に宮崎を生かす方策を取るべきだ。幸い追ってきたのは絡繰一人なのだから、絡繰さえ封じてしまえばどうにかなる。
そう思い、マクダウェルの方を見て――――――
マクダウェルが、人差し指を宮崎の背中に向けているのを見て、全身が凍りついた。
何て失策。やつが魔法使いであることは明白だったのだから、遠距離攻撃の手段を持っていることを考えるべきだったのに。
「―――――魔法の射手、氷の一矢。」
「伏せろぉぉぉぉぉ宮崎ィィィィィィィィィィィ!!」
それはあまりにも遅い警告。
マクダウェルの指先から延びる青い光の玉は、一直線に宮崎の無防備な背中へ吸い込まれていった。
バン、という破裂音。光弾が直撃した宮崎は、そのまま倒れ込んだ。
―――――と同時に、私の視界がグルリと反転し、絡繰に押さえつけられた。全身を地面に叩きつけられ、一瞬息が止まる。口の中が腐葉土の味と匂いで満たされる。
「…マスター、少々やり過ぎでは?」
「最大限手加減はした。茶々丸、そいつを決して逃がすな。そいつにはまだ聞きたいことがある。」
そう言って、マクダウェルは宮崎の方へ近づいていく。駆け付けようにも、絡繰の拘束が解けない。見れば、宮崎は気絶しているわけではなさそうだった。起き上がり、また走りだそうとしていた。マクダウェルはそんな宮崎の背中の上に腰掛け、動きを封じた。
マクダウェルが、宮崎の耳元でつぶやく。
「―――――これが裏の世界の一端というやつだ。曲がりなりにも、お前のような一般人が関わっていい世界では無い。分かったなら、長谷川の温情に感謝しつつ、一夜の夢に別れを告げろ。」
マクダウェルが冷たく言い放つ。ああそうだ、マクダウェルの言っていることは何も間違いなんかじゃない。宮崎、お前はこっちに来ちゃいけないんだ。
でも、あいつは、絶対に―――――――――
「嫌です…!忘れたくない…!」
ああ、くそっ。そんなにも、そんなにも私の音楽を好いてくれたのか。こんな外道の奏でる音楽を、そんなにも大切にしてくれるのか。ちくしょう、すっぱり 諦めておけばよかったのに。そうしたら、私もお前も、痛い思いをせずに済んだのに。そんな涙声で未練がましく抵抗しないでくれよ宮崎――――――私も、諦 められないじゃないか。
「このっ…!離せ絡繰…!」
「申し訳ありません。マスターのご命令ですので。」
うるせぇ、何がマスターだ。さっさとどけ。目の前で私のファンが酷い目にあってるんだよ。
「このっ…ポンコツが…!さっさと離せ!このっ!マクダウェル!宮崎に手ぇ出してみろ!ただじゃ済ませねぇぞ!」
身をよじり、体全体をばたつかせて抵抗する。しかし絡繰の拘束は一向に緩む気配がない。
「―――――静かにさせろ、茶々丸。」
「分かりました。長谷川さん、申し訳ありません。」
右腕の関節を外され、背中に強烈な蹴りを見舞われた。
「―――――――――――――――――――――――っ!!」
激痛が全身を奔りぬける。声も出せない、息もつけない。抵抗する力も失せていく。
ああ―――――ちくしょう。こんなに悔しいことは、あの砂の星で、狂信者に殺されて以来だ。せっかく、せっかく人生をやり直せたのに。私の、俺の音楽で、人を喜ばせることが出来たのに。私の音楽を聴いてくれた級友が、それを本当に大切にしてくれたのに。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。
何も―――――何も、出来ない。
何も――――――出来ない?本当に?これで終わり?
ふざけるな。このまま終わっていいわけないだろう。やられたらやり返す。殺られる前に殺る。それが普通だっただろう?そうだ、舐めてくれるな小娘共。 「俺」を誰だと思っている。潜ってきた修羅場の数なら圧倒的に上だ。この程度の状況で何を諦めることがある?ああそうだ。私は誰だ?仮にもあの規格外の化 物に、人類を滅ぼす「ナイフ」の一本として選ばれた男だ。それがこんな小娘共のいいようにされる?とんだお笑い種だ。下らない。この程度の連中に。
絶対に許さない。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し―――――――!!
―――――――――――さあ可愛らしい自称裏世界の住人のお二方。これより一手、ご教授して差し上げましょう。
本当の闘争を。血生臭い殺し合いを。
side out
静かになったか、とエヴァンジェリンは思う。先ほどまで必死で抵抗していた長谷川千雨は、茶々丸の攻撃を喰らい完全に沈黙した。目の前でもがく宮崎を見ると、目に涙が浮かんでいた。長谷川の身に何が起こったか、察したのだろう。それでも、必死で逃げようとしている。
胸が痛んだ。いくら裏世界に巻き込ませないためとはいえ、後で記憶から消去されることとはいえ、少々酷過ぎたようだ。もともと非難されるべきは間違いなく自分だ。自らの封印を解くためとはいえ、これはいくらなんでもやり過ぎだったかもしれない。
(…この2人から血をもらうのは止めておこう。)
そして、記憶を消し終わったら、宮崎はちゃんと寮に帰して、長谷川は私の家に招き、しっかり謝罪する。そうしようと決めた、その時――――――
「僕の生徒に何するんですかーーーーーーっ!!」
少年が、空から急降下しながら突進してきた。宮崎の背中の上から素早く退き、それを避ける。
それは、間違いなくこの場にいる彼女たちの担任、ネギ・スプリングフィールドであった。
「あっ―――――ああっ!?あなたは僕のクラスのエヴァンジェリンさんと茶々丸さん!?どうしてこんな酷いことを!?」
「ふっ―――――世の中にはな、悪い魔法使いもいるんだよ。ボーヤ。」
「え…あ…ネギ…先生…?よか…った……長谷川さんを………。」
解放され、頼りになる担任教師が駆け付けてきてくれた安堵感からか、のどかはゆっくりと気を失った。あとはネギ先生が長谷川さんを助けてくれる――――そう思いながら。
一方のエヴァンジェリンは、大本命が現れてくれたことに内心で歓喜しながら、このままでは宮崎の記憶の消去が面倒なことになると、内心で歯噛みしてい た。明日以降に回そうとすれば、向こうはこちらを避けるだろうし、なにより明日以降だと魔法が使えなくなってしまう。やるなら今夜中しかない。そのために は、ここから宮崎のどかを逃がさないようにしないといけない。ならば――――
「―――――茶々丸。」
「ハイ、マスター。」
茶々丸がネギに襲いかかった。いきなりのことだったので、ネギには対処しようがない。
「えっ!?うわっ!?」
「茶々丸。私が宮崎に記憶消去をかけている間、ボーヤの相手をしてやれ。」
「茶々丸さん!?なんでこんなことを!?」
「フッ、茶々丸は私のパートナーだ。私のような魔法使いが術を使う間、無防備になるのを守る存在。パートナーのいないお前では、勝ち目はないぞ。」
「そ、そんなぁ〜!」
ネギを茶々丸に任せ、エヴァンジェリンはゆっくりとのどかのほうへ向かっていく。しかしそこへ―――――
「ウチのクラスメイトになにしてんのよーーーーー!!」
「ガフッ!?」
駆けつけてきた神楽坂明日菜の飛び蹴りが決まり、エヴァンジェリンは数メートルほど吹っ飛ばされた。明日菜はのどかを踏まないように華麗に着地した。
「あ、アスナさん!?どうしてここに!?」
「アンタが空飛んでるのが見えたからよ!!他の人にそんな姿見られたらどうする気!?ていうかこのかに見られてたわよ!?本人はCGか映研の撮影としか思ってなかったけど!!」
明日菜の怒鳴り声を聞きながら、エヴァンジェリンは冷静に今の状況を分析していた。真祖の自動障壁を破ったことも驚きだが、ネギの助けとなる人物が来て しまった。このままでは、本当にのどかの記憶を奪えなくなってしまう。そうなれば色々と本格的にまずいだろうし、あれだけのことを二人にしておいて結局何 もしないのでは、下種な通り魔と変わらない。それは、自らの悪の誇りを貶めるものだ。
しょうがないので、エヴァンジェリンはある命令を茶々丸に下した。
「茶々丸!二人を家まで連れて行け!ここから逃がすな!私はこいつらの相手をする!」
そう言いながらエヴァンジェリンは空中に浮き、その場から退避した。ネギは「ま、待てーーー!」と言いながらそれを追いかける。
「えっ、ちょ、ネギ!?待ちなさいよ!あ、でも宮崎さんと長谷川さんが…!ええっと…!」
「どうしたんやー?アスナー?急に走り出してー?」
「あっ、コノカ!ちょうどいいところに!宮崎さんと長谷川さんお願い!」
「え?ちょ、ちょっと待ってえな〜!」
それだけ言い残すとアスナはネギを追いかけ爆走していった。取り残された木乃香は一瞬茫然としていたが、傍らで気絶しているのどかを見つけ、起こそうとして、
「申し訳ありません。近衛さん。宮崎さんを引き渡していただけますか?」
茶々丸が音もなく隣に立っていたことに驚く。
「え…ひ、引き渡すってどういうことなん…?」
「そのままの意味です。宮崎さんはこちらでお預かりいたします。悪いようにはいたしませんので、ご安心を。」
「えっと…。」
正直この状況が全くつかめていないので、どうしていいのか木乃香には分からない。せめて状況説明してから行ってくれと、心の中でルームメイトに文句を言った。
「――――――絡繰に預けるな。近衛。宮崎を連れて寮まで走れ。」
突然、背後から声がかかった。
そこには、長谷川千雨がいた。左手に園芸部のスコップを持ち、だらんと垂れさがった右手を庇うこともなく、そこに立っていた。
いや―――――彼女は本当に長谷川千雨なのだろうか?街灯に照らされているはずなのに、彼女の周囲だけ光が失せているかのように見える。目つきもいつも と違い、獲物を狙う鷹のような剣呑な視線を茶々丸に浴びせている。見慣れたクラスメイトのはずなのに、怖くてしょうがなかった。一瞬、本気で彼女が桜通り の吸血鬼なのだと考えた。
「もう一度だけ言うぞ。近衛。宮崎連れてここから立ち去れ。」
その声に宿る殺気に、ビクリと身を竦ませる。木乃香は何も言わず、のどかを肩に抱えてその場を立ち去ろうとした。
茶々丸は、動かなかった。
「―――――へぇ、てっきり後を追うかと思ったが。」
「問題ありません。すぐに追い付けます。今の長谷川さんでは、時間稼ぎにはならないかと。」
その言葉を聞き、千雨はくつくつと笑い出した。だんだんと笑い声は大きくなっていく。ひどく不快感を煽る嘲笑だった。
「何勘違いしてんだ?俺は別に宮崎のために時間稼ぎをしてるわけじゃない…。お前たち二人に用があるんだよ。」
顔に笑顔を張り付けたまま、千雨は茶々丸に視線を向けた。
その瞬間、茶々丸に言いようのない悪寒が走った。蛙が蛇を目の前にするような感覚。背筋に直接氷の塊を入れられるような寒気。先ほど演奏していた時とはまるで別人のような雰囲気。全身を舐めるような濃密な殺気。
改めて、目の前のクラスメイトの顔を見た。その笑顔を、直視した。
それは嘲笑ではなく、狂笑だった。
「―――――――死ね。絡繰。」
(後書き)
第3話。おそらく一番の戦犯は明日菜回。なお当作品内で、ネギや明日菜を貶めるような展開にはしないつもりです。だけど出番は当分ありません。
今回のサブタイは「初音ミクの消失」より。ボカロってやっぱり食わず嫌いな人が多いんじゃないかなーと思うんです。かく言う私がそうでしたし。
なお、次回は茶々丸フルボッコです。残虐な描写が苦手な方は閲覧をお控えください。
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