♯2 月夜のピエレット
「「「「「「「3年!A組!ネギ先生ーーーーーー!!」」」」」」」
いつも通り、いや、いつも以上にテンションの高いクラスメイトたち。先ほどいいんちょこと雪広あやかは私のことを「クラスの雰囲気を明るくしてくださっ ている」とか言ってたけど、私が何もしなくてもこのクラスは十分すぎるぐらいに明るい。私がもたらす明るさなんて、せいぜいナイター照明の中の電球1個分 くらいだろう。
で、そんなナイター照明こと3−Aの級友たち。よくもまあこんな濃い面子を一か所に集中させたものだと思う。外人4人に天才2人、忍者にシスター etc、挙句の果てにはロボットである。そして各人が持つ途方もないバイタリティー。若さって素晴らしいなぁ。いや私も若いけれど。心は四十路でも、体は 15だ。まだまだ若い。若いったら若い。
…話がそれた。そしてそんな多国籍軍を率いる我らが担任教師は――――――――
「改めまして、正式に担任になりました、ネギ・スプリングフィールドです。これから1年間、よろしくお願いします。」
――――――――――年下、である。
いやもう、労働基準法違反だろとか10歳の中学教師とかありえないだろとか何で誰も疑問に思わないんだよとか、ツッコミどころが多すぎて逆に声も出ない が、誰も(他の教師でさえも)ツッコまないので、こちらも何も言わないことにする。いずれにせよ、ベテランの教師ですら匙を投げ出すであろう奔放さを誇る 3−Aを、新任の年下教師が仕切れるはずもなく、むしろ教育実習生として赴任してきた3学期以来、我がクラスメイト達のバイタリティーはうなぎ登りに増加 し、ますます騒がしく、奔放になった。まぁ平和といえば間違いなく平和だが。
だが、とりあえず分かっていることがある。
(魔法使い――――――――なんだよな)
そう、魔法、である。どうやらこの麻帆良学園は魔法使いたちの巣窟らしいのである。
初めて魔法使いの存在を知ったのは6~7年前、すでに自分が「ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク」であることを自覚していた時のことである。ある日何気 なく道を歩いていたら、ふと聞こえてくる「音」に違和感をおぼえた。大人2人の他愛ない会話であるのだが、何か雑音が混じっているような、噛み合っている のに噛み合っていないような、妙な感覚だった。その際はまぁいいかと思ってそのままやり過ごしたのだが、さすがにそんな感覚に何度も直面するようになれ ば、さすがに気になってくる。屋外で野花のスケッチをするふりをして、立ち止って会話している二人に近づき、「耳」をすましてみた。そうしたら、出てくる わ出てくるわ機密情報の数々。曰く、先週の侵入者だとか、関西呪術協会の差し金だとか、新任の魔法教師だとか、立派な魔法使いだとか。
思わず頭を抱えてしまった。せっかくあの化物から逃げ出し、平穏な生活を送れると思ったのに、ここでも厄ネタに遭遇するのかと。一応ヤバいネタには鼻が利くつもりでいる。その勘が、かなりヤバい厄ネタだと叫んでいるのが聞こえた。
それ以来、もしもの時のためにと、最低限体を鍛えておくことにした。幸いなことに、砂の星で培ってきた聴力はあまり衰えておらず、しばらく鍛えていたらすぐに昔の力を取り戻した。無論、その後も訓練は欠かさなかったので、現在ではさらにパワーアップしている。
が、問題は武器だ。当然仕事道具であった愛用のサックス「シルヴィア」がこちらの世界に来ているはずはない。とはいえアレは通常を遥かに超える音域を出 せる特注品なので、こちらの世界で売っているようなサックスで、かつての技を使えるとは思えない。改造して作りだすことは出来なくはないが、そんなことを していたら確実に親に怪しまれる。それにサックス内に仕込む銃とかを手に入れられる伝手もない。では他の武器、または武術を学んでみるか?一時期剣道を始 めてみようかと考えたこともあったが、性に合わないし、何よりあの辻斬り侍モドキと同類になる気がして止めた。よく考えたら、学園内でそんなの学んで関係 者に目をつけられたら本末転倒だ。
というわけで達した結論が、「常日頃から耳をすませ、厄介事に巻き込まれそうになったら逃げる」というものだった。これなら余計な手間もかからないし、 誰かに目をつけられることもない。実際、夜に出歩いている時に、魔法関係者と思われる声を聞きつけ、猛ダッシュで寮に駆け込み事なきを得たことがあった。 あの時は心底ホッとしたものだ。
このまま平穏に、何事もなく卒業まで過ごしていければいい――――――――そう思っていた。
なのに、それなのに。
目の前でクラスメイト達がはしゃいでいる。その中心でもみくちゃにされている年下教師。それを見て、深く深く溜め息をついた。
「どうかしましたか?長谷川さん。溜め息をつきたくなる気持ちも分かりますが。」
「いや、あいつらに呆れてるのも確かなんだけどさ…。教師が生徒の大半におちょくられてるっていう現実が、な…。アレ、私らの担任なんだぜ?」
「まぁネギ先生いじりは今に始まったことではありませんし…。このクラスならば当然の帰結といえるでしょう。」
「飢えたライオンの群れの中に生肉放り込むようなもんだよな…。なんでよりにもよってこのクラスに…。教師陣は何考えてんだ?」
隣の席に座る綾瀬と溜め息交じりの会話をしつつ、件の担任から視線を外し、窓の外の青空を見る。
3学期、あの子供が教育実習生として赴任してきた瞬間、全速力で逃げ出そうと思った。正確に言えば、あの子供が落ちてくる黒板消しを空中で止めた瞬間 に。ずっとずっと避け続けてきたと思っていたのに、気づけばコーナーに追い込まれていたらしい。しかも子供である。今まで会話を盗み聞きしてきた限りで は、魔法使いたちは自分たちの存在を秘匿していたし、そうしてくれるに越したことはなかったのだが、この子供はその辺の意識に疎いらしい。小耳にはさんだ だけでも、魔法関係のワードがつらつらと出てきていた。本当に勘弁してほしい。これではいつ巻き込まれるか分かったものではない。
そして彼に対する3−A内の魔法関係者の反応も気になる。「聞いた」限りで関係者だと判明しているのは、桜咲、龍宮、超、ハカセ、それにマクダウェルや 絡繰などだ。桜咲と龍宮はそれほど興味なさそうだが、マクダウェルや超あたりは、会話から察するに、だいぶご執心のようだ。………頼むから、私の聞こえな いところで話してくれ。
しかし予想に反して、これまでのところ大きな問題は起こっていない。学年末試験もなんだかんだで乗り切っていたし。わざと悪い点とって最下位になる手助 けをして、帰国してもらおうと思ったんだが。まさかバカレンジャーを矯正するとは思わなかった。おかげで無駄に親に心配されたじゃないか。
まぁこれから1年どうなるか分からない。マクダウェルあたりも不穏な空気を出してるし。とにかく私は、私の周りが平穏であればそれでいい―――――――
「はっせがーわさん♡」
「ん?」
鳴滝姉妹が近寄ってきた。視線を戻すと、一同が私の方を見ている。いや、鳴滝姉妹をか。
「1曲お願いできないかな?私たちとネギ先生の久しぶりの再会を祝って!」
全員の視線が私に注がれるのを感じた。
クラス内では私はミュージシャンとして知られている。1−Aで初めて自己紹介する時、挨拶代わりにと持ってきていたサックスで1曲吹いた。それが大好評 で、アンコールに次ぐアンコールで、気づけば私の自己紹介だけで15分取っていた。今思えば血迷ったことしたなーと思うが、今ではほぼ毎日学校にサックス 入りのケースを担いで通っている。土日に路上演奏を始めたのもその頃で、今では毎週3000円ぐらいの収入がある。時々那波の働く保育園に演奏しに行くこ ともあるし、いいんちょの頼みで雪広財閥主催のパーティに出演したこともある。あまり目立つのは好きじゃないが、かつて人を殺す術でしかなかった自分の演 奏技術を、人を喜ばせるために使えるというのは、存外気持ちのいいものだった。
閑話休題。残念ながら今日はそのサックスを持ってきていないのだ。朝一緒に登校してきたので、その理由を聞いている雪広は苦笑いを浮かべている。
「悪いな。サックスは昨日メンテナンスに出しちまったもんだから、今日は持ってきてないんだ。」
えええーーーーっっ!?と落胆の声が広がった。聞きたかったーとか、楽しみにしてたのにーとか、そういった声が聞こえてきて、ちょっとうれしくなった。
「悪いな。今度持ってきたときは、今日の分も含めて思いっきり演奏させてもらうからさ。」
むーそっかーじゃーしかたないなーという声と共に、行き場を失ったテンションのベクトルがまた子供教師に向けられようとしていたちょうどその時、ドアが開いて源先生が入ってきた。
「ネギ先生、3−Aの皆さん、これから身体測定をしますので準備してくださいね?」
「あっ、そうでしたね。では皆さん、服を脱いで準備してください。」
「「「「「「「キャーーー!!ネギ先生のエッチーーーーーー!!!」」」」」」」
「すすすす、すみませーーん!!」
そういって教室の外へ駆け出していくネギ先生。悪戯が成功したかのようにケラケラ笑うクラスメイト達、「ネギ先生になら見られても…」とかつぶやいてウットリしている雪広。
「………アホばっかです。」
「………ホントにな。」
「そういえば聞いたことある?桜通りの吸血鬼の噂?」
前の方の席からそんな話が聞こえた。曰く、満月の夜に桜通りを一人で歩いていると吸血鬼が現れ、血を吸われるとかなんとか。軽く聞き流しながら体重を測ってもらっていた。
「はーい、長谷川さん■■sね。」
「んなっ……!!?」
ヤバい、ちょっと太った。元男だからいいじゃんとか言われそうだが、もう15年も女性やってるのだから、とうに精神まで女性である。赤飯炊くアレも迎え たし、毎月の生理にも苦しめられている。まさか女性が日常生活でこんなにも苦労するものだとは思わなかったが。女尊男卑バンザイである。そんなことより、 明日からの筋トレの量を増やすことにして、とりあえず今は現実逃避させてもらおう。あーあー、桜通りの吸血鬼がどうしたって?
「―――そう、桜通りの吸血鬼はお前のような若い娘が好みだそうだ。お前も気をつけた方がいいぞ、神楽坂明日菜。」
―――こりゃ珍しい。マクダウェルが絡繰や四葉以外に話しかけるなんて。たぶん何か知ってるんだろう。件の吸血鬼とやらも、おそらく魔法関係の何かだろうし。まぁ関わり合いになることもないだろうが――――――――
「せんせーーっ!!大変やーーーっ!!まき絵が、まき絵がーーーっ!!」
――――――――あ、ヤベ、厄介事のにおい。
side out
夜。
宮崎のどかは寮への道を歩いていた。先ほど友人たちと別れ、満月と街頭で明るく照らされた道を進んでいた。奇麗な夜空ではあるのだが、やはり一人歩きは気味が悪い。もともと怖がりでもあるし、昼間教室で吸血鬼なる通り魔の話を聞いたのでなおさらだ。
のどか自身は別に吸血鬼が本当に存在するとは思っていないが、それでも怖いものは怖いのである。現に、クラスメイトの佐々木まき絵が襲われたのだし。吸 血鬼はいないかもしれないが、通り魔はいるかもしれない。そう思うだけで寒気がする。やっぱりみんなと一緒に帰ればよかったなぁ…とビクビクしながら歩い ていた。
そして気がつけば、目の前に満開の桜の木が見えた。
「あっ、桜通り……。」
今日は満月。まさに吸血鬼が出るというシチュエーションそのままだった。引き返そうかと悩んだが、ここを通って行くのが一番寮に近いので、勇気を振り絞って歩き出した。
「こ…怖くない〜♪怖くない〜♪」
即興の歌を歌いながら、身を縮めてオドオドと歩いていた。
そこへ――――――――
「よう、宮崎じゃねぇか。」
「ヒィやぁあっ!?」
突如後ろから声をかけられ、思わず悲鳴をあげて前のめりに倒れ込んだ。
「…そんなにビビらなくてもいいだろうが。悪かったよ。ほら、立てるか?」
「え…あ…は、長谷川さん……?」
振り返ると、そこにはクラスでも人気な級友がいた。友、というには付き合いがほとんどと言っていいほど無いが、教室や路上でサックスを吹いている姿を何 度も見ていて、素敵だなぁと思っていたのは確かである。親友の綾瀬夕映は席が隣なこともあってよく話しているようだが、自分との接点はほとんどなく、一度 話してみたいなとずっと思っていた。とりあえず、差しのべられた手を取って立ち上がった。
「こんな時間にこんな場所で会うなんて珍しいな。綾瀬とかは一緒じゃないのか?」
「い、いいえ…。さっきまで木乃香ちゃんたちと一緒にいたんですけど、ちょっと用事があって先に帰ることにして…。夕映は部屋にいるかな…。は、長谷川さんはどうして?」
「いや、昼間にサックスをメンテに出してるって話しただろ?終わったから取りに来いって店から電話あって。で、そのあと店長と話してたらこんな時間になっちまった。」
背中に真っ黒なサックスのケースを背負いながら答えた。ケースは千雨の背丈ぐらいあり、のどかくらいならすっぽり入ってしまいそうだった。しかしよく見ると、ケースは若干色が剥がれ落ちており、長年使っていることが分かった。
のどかは知らず知らずのうちにそのケースを見つめていた。自分や夕映が本に愛情を注いでいるように、彼女は自らの演奏道具に惜しみない愛情を注いでいる。何となくだが、それが感じ取れた。
その視線を感じた千雨が言った。
「そういや店長との話に夢中で、試し演奏してなかったな。ここで会ったのも何かの縁だ。宮崎。お前のために一曲奏でよう。なんかリクエストあるか?」
「ええっ!?い、いや、いいですよそんな勿体ない!わ、私なんかのために…。」
「演奏する本人がいいって言ってるんだからいいんだよ。それとも、私じゃ不服か?」
「いっいえ!そんなことないです!全然!!」
「じゃあ弾かせてもらおう。どんな曲がいい?」
千雨はそう悪戯っぽく笑った。それを見てのどかは赤面し、しばらく考えてからリクエストした。
「そ、それじゃあ……勇気の出るような曲を…。」
「オーケー、承った。それじゃあ宮崎のどか、。今宵のギグは、貴方のために。」
そういってうやうやしく一礼すると、背負っていたケースを降ろし、中からサックスを取り出した。サックスは月の光を浴びてその黄金の体を燦然ときらめか せ、一瞬のどかの目を眩ませた。千雨はストラップを右肩にかけ、一度大きく息を吐きだしてから、マウスピースを加え、息を吹き込んだ。
途端、世界が音で満たされた。サックスが奏でる重厚なバリトンが建物に反響し、一瞬で静かな通りを染め上げ、支配し尽くした。先ほどまで風に流され散っ ていた桜吹雪も、今はまるで千雨の奏でる音楽に合わせて舞い踊っているかのようであった。千雨はメロディに合わせて体を前後左右に動かしており、サックス に反射された月光もまた、千雨のオンステージを彩る照明となり、風はまるで拍手喝采のように聞こえた。
綺麗だった。奏でる彼女も、紡がれる音楽も、音で満ちるこの空間も。
普段から彼女の演奏には心揺さぶられていた。どんなに教室内が騒がしくとも、一たび彼女が演奏を始めれば水を打ったように静かになった。時に悲しげなメ ロディを、時に弾むようなリズムで、時に荒々しく、時に優雅に。そのどれもが、人の心を捉えて離さない、極上の音楽だった。
そして今、その演奏がただ自分ひとりのために捧げられていた。それは間違いなく、これまでの人生で聞いたいかなる音楽よりも、遥かに美しいものであった。
(凄い…)
踊るように奏でる千雨の姿は、まるで天女のようで、
(凄い…!)
千雨の背後で輝く満月は、彼女を照らす照明に過ぎなくて、
(凄い…!!)
今まさに、この桜通りは、千雨とのどか、2人だけのコンサートホールになっていた。
千雨が最後の1小節を、充分な余韻を残しつつ吹き終えた。
「…っと、いい仕上がりだ。パーフェクトだ、店長。」
満足そうにつぶやく千雨。ここにその店長がいたら「感謝の極み」とでも返しただろうか。
「さて、どうだった?宮崎?………宮崎?おーい?」
感想を聞こうとしたが、目の前のたった一人の観客は茫然としたまま反応しなかった。
「宮崎ー?みーやーざーきー?」
「…………はっ!?ははは長谷川さんすいません!つ、ついボーっとしちゃってて…。」
「あ、ああ…。大丈夫か?なんかボーっとっていうより茫然としてた感じだったけど…。」
「そ、それは長谷川さんの演奏が凄すぎたからで…。あっ、ほ、本当に凄かったです!!な、何というか、綺麗で繊細で静かで激しくて眩しくて、それでそれであの…!!」
「ハハハ、気に入ってくれたみたいで何よりだよ。」
「そっそれはもう!!最高でした!!今までの人生で一番素敵な演奏でした!!」
感動と興奮冷めやらぬ様子で話しかけるのどかと、それを嬉しそうに聞く千雨。満面の笑みで話す二人は、まるで10年来の親友のようであった。
――――――――――瞬間、空気が変わった。
千雨の目が鋭く光り、一方向を睨みつける。のどかも急に千雨の雰囲気が変わったことに気づき、戸惑う。
千雨が、のどかを胸の中に引き寄せた。
「へうっ!?は、長谷川さん…?」
のどかの声には答えず、睨みつけている方向に対して、声をかけた。
「…今夜は宮崎のためだけのギグだ。盗み聞きとは無作法だな。
―――――――――――――なぁ、マクダウェル、絡繰?」
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