チャイムの音で目が覚めた。のっそりと起き上がって時計を見ると、下校時刻だった。随分ぐっすりと眠っていたものだ。その割には目覚めがいい。安眠符のおかげだろう。効果絶大だった。マクダウェルに頼んで、あの安眠符3ヶ月分くらい融通してもらうか。
(…そういやサックスケース、教室に置きっぱなしだって言ってたっけ…。寮に帰る前に取りに行くか。)
そう考えて、寝る直前に干した制服を手に取った。何故か傍らに千羽鶴が吊るしてあった。間違いなくクラスメイト達だろう。あいつら、わざわざこんなの作ったのか?大袈裟すぎるだろ。…それだけ心配かけたってことだよな。ヤベ、ちょっと教室行きづらい。
保健室を出て、職員室へ寄って保健の先生にお礼を言い、教室へ向かった。途中で、ネギ先生とすれ違った。
「あ、長谷川さん!もう大丈夫なんですか!?」
「ええ、ご心配おかけしました。サックスはまだ教室にありますか?」
「ハイ!長谷川さんの席に置いてあります!よかったです、みんなで千羽鶴書いたかいがありました!」
―――――やっぱりいい子だよなぁ、ネギ先生。雪広の気持ちがちょっと分かる気がする。庇護欲誘われるんだよ。この子。年下だからか?
ネギ先生と別れ、そのまま教室へ歩き出す。あの角を曲がってまっすぐ行けば教室だ、と思っていたら、聞き慣れない声が聞こえた。
「チッ、もう教室から出ていたとは。早いとこ兄貴を見つけねぇと…。」
―――――厄介事のにおい!しかし身を隠す場所が無い!ならば目立たないようじっとしつつ、気配を消してやり過ごす!
そして目の前を――――――――
オコジョが走り去って行った。
「………………は?」
…オコジョ?何故こんなところに?というかアレだよなさっきの声出したの。オコジョが喋った?ということは、アレも魔法関係…なのか?でもひとつだけ分かることがある。アレに関わってはいけない。間違いなく厄介事を運んでくる。
…しかし何か妙に気になる。嫌な予感と言い換えてもいい。とりあえず「耳」を離さないようにしよう。
教室に入ると、やはり全員が自分のほうを向いた。
「長谷川さん!もう寝てなくていいの!?」
「大丈夫だった!?急に倒れたからみんな心配してたんだよ!?」
「過呼吸って聞いたけど、ホントに大丈夫?」
口々に心配してくれた。ありがたく思いながら自分の席に向かう。サックスケースは鞄と一緒に自分の席のすぐ後ろに置いてあった。蓋を一度開けてサックスの状態を確認する。特に異常なし。もう一度しまって、ケースと鞄を背負った。
「サックスありがとう。千羽鶴も。みんな心配し過ぎだって。大体―――――」
その時、聞こえた。あの、警戒していたオコジョの声が。
『あの、宮崎とか言う嬢ちゃんが、カツアゲされてるんだよ!!』
「――――――――――――――――!!!」
「どうされたんですか?長谷川さん?」
急に押し黙った私に、雪広が声をかけた。でも、そんなことより、
「綾瀬、宮崎はどうした?いないのか?」
「え…?の、のどかなら図書館に寄る用事があるとかで、10分ほど前に先に帰りましたが…。どうしたんですか?」
10分。靴を履き替えて外に出るには充分な時間だ。そしてあのオコジョがその様子を見ていて、急いで助けを呼ぼうとしていたなら、話の信憑性は高い――――――――!!
「あ、あれ?長谷川さん!?行っちゃうの!?」
「悪い、急用を思い出した!!みんな心配してくれてありがとう!じゃあな、また明日!!」
サックスケースを背負い、一目散に飛び出す。それと同時に、「耳」をフル活用して宮崎の現在地を探る。先ほどのオコジョはどうやらネギ先生のペットだったようだ。魔法使いに人語を話す動物のお供とは、よく似合ってんじゃねぇかオイ!
だがそんなことはどうでもいい。「耳」が宮崎の声を捉えた。北西に約400メートル、一つ向こうの校舎裏だ。急がないと―――――
(…急いで、『助けに行く』?君が?)
頭の中で声がした。明らかに侮蔑をこめた声で。
(今まで罪もない人間を散々殺してきたくせに?助けを求める人間を全て無視してきたくせに?今さら誰かを助けたいなんていうのかい?)
…分かってる、分かってるさ。
(結局君は忘れたいんだろう?過去の自分を、自分の背負う罪科を、怨嗟の声を。)
…それは違う。忘れようと思ったことは、一度も無い。
(偽善だとは思わないかい?前世であれだけ殺戮に手を染めておいて、生まれ変わったら人を助けるなんて。一体どれほどの人間が、あの世で君を恨んでいるか―――――)
「うるせえっっ!!!」
思わず声に出す。通りすがりの生徒が驚いてこちらを見るが、気にしないで走り続ける。
ああ、分かってんだよそんなことは。偽善だなんて百も承知だ。忘れようとしたことなんてない。忘れられるわけがない。確かに私は人殺しだ。救いようのない外道だ。そんな私が今さら誰かを助けようだなんて、ちゃんちゃらおかしい。笑い話にもならない。
でも、それでも、助けたいんだ。
あいつは、宮崎は、
私の奏でる音楽を、
(――――――ほ、本当に凄かったです!!)
心から、喜んでくれたんだ。
「見捨てて、たまるかっ……!!」
そうだ、たとえ偽善と言われたっていい。助けたいんだ、宮崎を。私の音楽を、嬉しそうに聞いてくれたあいつを。
この、麻帆良で過ごした15年が、全て間違いだったなんて―――――思いたくないんだ。
最後の角を曲がり、同時にサックスケースを放り出してサックスを取り出し、ストラップを肩にかける。そして、宮崎の声のするちょうど真上の窓を開け、大きく息を吸い込んで―――――
3−Aの凄惨な光景がフラッシュバックしてきた。
思わず肺の中の息を全て吐きだす。動悸が、目まいが、耳鳴りが、止まらない。蘇る前世の断末魔。足から力が抜けていき、窓枠に手をかけて倒れないようにする。こみ上げる吐き気に耐えられなくなりそうになる、その瞬間。
(――――――――――今までの人生で一番素敵な演奏でした!!)
脳裏によみがえる、あの夜の宮崎の嬉しそうな笑顔と言葉。
「――――――――――――――――ッッッッッーーーーーーーッ!!!!!!!」
ふらつく足をしっかり踏みしめ、上半身を大きく反らし、サックスに息を吹き込んだ。
side out
side のどか
…今、私は校舎裏でネギ先生に告白されています。
自分でもよく状況が分かってないません。下駄箱に手紙が入っていて、指定の場所で待っていたら、ネギ先生が息を切らせてやってきて、肩に乗せてるオコジョ (午前中にペットだと言って紹介してました)と会話?してたかと思うと、急にキスすることになって…。ああもう、やっぱりよく分からない。
…けど、なんでだろう?私は確かにネギ先生が好き。恋、してるんだと思う。いや、思ってたんです。なぜか、あんまりドキドキしないというか、なんというか、そう。
キス、したいと思えないんです。確かにネギ先生のこと、好きだったはずなのに。
ふと気付くと、目の前が薄暗くなっていて、ネギ先生の顔がすぐ近くにありました。
「し、失礼します、宮崎さん!」
「え、あの、ちょ、」
ネギ先生超接近です。すでに先生は目を瞑っています。どこからか「仮契約ゲット!」という声が聞こえますが、何なんだろう?
ええっと、えっと、どうしようどうしよう!?実際キスしたくない、というかイヤ!でもそんなこと言ったら傷つくだろうし、でもでも、このままじゃホントに…!
心の中で助けを求める。一番最初に思い浮かんだのは、やっぱり、
月明かりの下優雅にサックスを吹く、彼女の姿。
その瞬間。周囲に爆音が響き渡りました。
「えっ!?ええええっ!?何!?何ですかこの音!?一体どこから!?…えっ?カモ君、何?」
私も思わず耳を塞ぎました。かなり近くにいるネギ先生の声がほとんど聞き取れません。爆音は途切れることなく響いています。ネギ先生はオコジョと話していたかと思うと、慌てて走り去っていってしまいました。…ネギ先生はオコジョと会話が出来るんでしょうか?
ふと、校舎を見上げると、3階の窓が開いています。どうやらそこから爆音が聞こえているようです。
そして、その音には、とっても聞き覚えがありました。
「本屋ちゃーーーん!!何今の音!?」
振り向くと、そこにアスナさんがいました。こちらもここに来た時のネギ先生同様、すごく息を切らせてます。
「あ、そうだ、そんなことより!ネギとエロオコジョ見なかった!?」
「え…えっと、ネギ先生なら、向こうの方に、オコジョと一緒に…。」
「わかったわ、ありがとう!」
そう言ってアスナさんは駆けて行ってしまいました。2階の窓から、何の騒ぎだと覗く人がいましたが、もう何の音も聞こえません。私一人だけが残されてしまいました。
でも、ひとつだけ分かることがあります。
長谷川さんが、また助けてくれた。
――――――――――そうだ、こうしちゃいられない。午前中考えていたこと、実行しなくちゃ―――――!
side out
side 千雨
「―――――――…はぁ〜〜…。」
夜。寮に帰ってソファの上で溜め息一つ。当然、放課後の自分の行動全てに対して。
結果的に宮崎を「助ける」ことには成功した。やったことはただ単に、サックスで轟音を吹き鳴らし、この音で人をたくさん呼ぼうとしただけである。もしシ ルヴィアがあれば衝撃波なり何なり出来たが、生憎単なるサックスでしかないので、出来るのはそれぐらいだった。企みは成功し、即座に人が集まってきて、あ の生徒指導の「鬼の新田」までもがやってきた。
しかし問題が発覚したのはこの直前。轟音を奏でる中で、ネギ先生とあのクソオコジョの会話が聞こえた。
『兄貴、ヤベぇよ!逃げなきゃ!!』
『え、カモ君、どうして!?』
『おそらくだがこの音を聞いて人がたくさん集まってくるはずだ!そしたら魔法を使ってたことがバレちまう!そしたら兄貴、修行も中止でオコジョにされて強制送還だぞ!?』
『えええっ!!?そ、そんな!?』
…とか言いながら逃げてった。後でこっそり覗くと、魔法陣らしきもの。ネギ先生がこれを仕組んだとは考えづらい。つまり、この一件は全てあのオコジョがでっち上げた、なんらかの陰謀…。
思い出すだけで怒りがこみ上げてくる。次に会ったら皮剥いで微塵切りにして野良犬のエサにしてやる。
爆音を出した理由は、どうもサックス内に何か詰まってるような感じがしたので、思いっきり吹いて取ろうとした、という苦しさ満点のものとなった。とりあえず納得してくれたようだが、多くの人に迷惑をかけたということで、新田に叱られた。
…というか今日の私の行動は本当に冷静さが足りなかった。そもそも何でサックス使おうと思ったのか。消火器か何か使えばよかっただろうに。もしくは他の 先生呼ぶとか。というか、もっとよく耳をすませていれば、宮崎がカツアゲに遭ってなんかいないこと分かりそうなもんだったのに。結果的に宮崎がろくでもな いことに巻き込まれるのを防げたが、それならあのクソオコジョの方に耳をすませてればよかった。でも実際、幻聴とか耳鳴りとかで、まともに耳が機能してな かったよな…。ああもう、ホントに何やってんだ私はーーー!
「はぁ〜〜〜〜……。」
自分の情けなさにまた溜め息をついていると、キッチンから声が聞こえる。
「…あんまり溜め息ばっかりついてると、幸せが逃げるよ、千雨?」
「…ほっといてくれレイン。溜め息でもつかなきゃやってられないんだ。ところで、何か作ってるのか?」
「ミルクティー。ホットだけど、飲むよね?」
「もちろん。」
今日もレインは泊まりである。これで3連泊だ。そして晩飯もレインが作ってくれた。レインが作る時は大体聞いたことないような民族料理になるので、 ちょっと楽しみにしてたりする。ちなみに今日はグヤージュスープとかいうハンガリー料理だった。旨かった。あれだけ料理上手かったら、四葉とは仲良くなれ そうな気がするけど。
…しかし気になることが出来た。結局あのクソオコジョは何をしようとしていた?魔法関係のことであるのは間違いないが、わざわざ後で追及されやすいクラ スメイトを使ってまでやろうとするなんて、それも回りくどい手段を使ってまで。おそらくあのオコジョと、ネギ先生自身にも何かメリットのある行動だったの だろうが、一体それは何だ?そして、今朝桜咲と龍宮を見たときに感じたあの違和感。落ち着いて考えたら、何がおかしいのか分かった。アレは…。
思考に埋没しかけていた私の耳に、聞き覚えのあるメロディが届いた。私の携帯の着信音だ。今の時刻は21時半。両親かな?と思って携帯を開くが、見覚えのない番号だった。とりあえず電話に出る。
「ハイ、もしもし長谷川ですが?」
『あっ、はっ、は、長谷川さんですか?こん、こんばんは、みみみ、宮崎のどかですっ!』
想像だにしていなかった人物だったので、ちょっと不意を突かれた。こちらの返事がなかったせいか、電話越しに『あの…その…』という戸惑った声が聞こえた。
「…あー、すまん、ちょっと驚いてた…。えーとその…お互い落ち着こうか。」
『あ…ハイ…。』
深呼吸を2回。
「えーっと、それでだな、なんで私の携帯の番号知ってるんだ?教えた覚えは無いが。」
『雪広さん経由で那波さんから聞きました。』
ああなるほど。那波には保育園での演奏依頼とかあるから番号教えてたな。
『ほ、本当は直接会って話したいなって思ってたんですけど、こ、こんな時間になっちゃったし…。そ、それで電話させてもらったんですけど…。』
…まあ宮崎に『直接会って話する』なんて度胸あるとは思えないし、電話ってのは妥当な線だよな。今朝会った時は偶然っていう要素が大きかったし。「そうか」とだけ返事して、宮崎の次の言葉を待った。
『そ、それで…今朝言いかけたことなんですけど…。』
深呼吸する音が聞こえる。おそらく、かなり緊張しているんだろう。電話を耳に押しあてながら、私はリビングから自室に入った。
けどまぁ、大体何を言いたいかは分かる。今日の放課後の件だろう。確認と感謝といったところか。ひょっとしたら、ネギ先生との逢瀬を邪魔されたことを怒るかもしれない。綾瀬の話だと、宮崎はネギ先生のこと好きみたいだからな。
『あ…あの…長谷川さん…。』
『おっ…一昨日の夜は、助けてくれてありがとうございました!それに今日の放課後も!ホントにありがとう!』
―――――――そんな、予想外の言葉が飛び出した。
「えっ…と…、お、一昨日の…夜…?」
『ハイ。一昨日の夜、エヴァンジェリンさんと絡繰さんに襲われた時のことです。助けてくれて本当にありがとうございました!』
いや、今日の放課後の件なら分かる。でも、一昨日の夜、アレは、感謝される筋合いなんて無いだろう?
私は―――――人を殺そうとする姿を、見せつけたんだぞ?
「…悪いが、感謝される理由が分からない。お前も見ただろう?私はあの時―――――」
『ハイ、見てました、全部。長谷川さんが絡繰さんの首を振り回して、エヴァンジェリンさんに襲いかかっているところも。ずっと、笑ってたことも。全部見てましたし、全部覚えてます。』
「だったら感謝なんておかしいだろうが!怖かったんだろう!?悲鳴あげて逃げてったじゃないか!」
気付けば声を荒げていた。電話越しに宮崎が身を竦ませるのが伝わる。
「お前も分かっただろう、私がまともな人間じゃないって!感謝される筋合いなんてないんだよ!私は、あの時、人を殺そうとしていたんだぞ!?事実、絡繰は 完膚なきまでに壊した!壊した後でああいう使い方をした!本当に人を殺したこと験だってある!ああいう人間なんだよ私は!お前が私に感謝する理由なんて ―――――」
『あります。』
それは静かな、それでいて力強い、おおよそ普段の宮崎とはかけ離れたような声だった。
『確かに怖かったです、すごく。部屋に戻ってからも、ずっと震えてましたし、次の日も学校に行けませんでした。』
『けど、休んでる間に考えてたんです。楽しそうにサックスを吹いていた長谷川さんと、楽しそうに人を殺そうとしていた長谷川さん、どっちが本物なんだろ うって。確かに長谷川さんが笑いながらエヴァンジェリンさんに切りかかる姿は、とっても怖かったです。でも、その直前にサックスを吹いていた長谷川さん の、あの綺麗な姿が忘れられませんでした。』
『それで決めたんです。どっちか分からないなら、自分が信じる方にしようって。だから、あの、綺麗な姿でサックスを奏でていた長谷川さんを信じることにしました。』
『それでですね、今朝、倒れたじゃないですか?その後エヴァンジェリンさんに話しかけられたんです。話がしたい、時間はあるか、って。それで2時間目から 仮病を使って、保健室で休むって名目でエヴァンジェリンさんとお話したんです。授業サボったのなんて初めてなんで、ちょっとドキドキしました。』
『その時私たちが話してた場所、実は長谷川さんの枕元だったんです。エヴァンジェリンさん――――その時にマクダウェルじゃなくて名前で呼ぶようにって言 われたんですけど――――に、魔法のこととか麻帆良のこととか、色々聞かせてもらいました。ネギ先生も魔法使いだって聞きましたし、エヴァンジェリンさん や高畑先生とかもそうだって聞きました。』
『で、その後なんですけど…実はエヴァンジェリンさんの提案で、長谷川さんの夢を覗くことになったんです。』
「はあぁっっ!!?」
そこで久しぶりに声を出す。というか、人の夢を覗いた!?オイそれプライバシー侵害にならないのか!?いやそういう問題じゃなくて、私の夢とか、R指定ぶっちぎりのヤバい映像しか無いぞ!?
「ど、どこまで見たんだ!?ていうか何を見た!?」
『お、落ち着いてください!そ、そんな沢山見たわけじゃないですから!あの、青い髪のすごく怖い人と、3−Aの皆が血まみれになってる光景だけです!』
「充分すぎるぐらいヤバいもん見てんじゃねぇか!!何が『だけ』だ!?」
コイツ今普通に会話してるけど大丈夫なんだろうな!?実はすでに発狂してるとかじゃないだろうな!?
『ええ、私もその場で吐きましたし、エヴァンジェリンさんも顔が真っ青でしたよ…。さすがにあんな自分の死体を見せられたら、ちょっと…。その後あの青髪の人が出てきた時点で、エヴァンジェリンさんが強制的に見るのを止めました。言ってましたよ、『夢の中で死を覚悟したのは初めてだ』って。本当に地獄のようでした。』
当たり前だ。あんなもん見たら普通は気が狂う。ホントに大丈夫だろうな宮崎。そして、あの時マクダウェルが妙に優しい理由も分かった。
『でも…それで確信できました。私の信じたことは間違いじゃ無かったって。』
「……………。」
『夢の中で、長谷川さんの葛藤が伝わってきました。長谷川さん、ずっと自分を責めてたんですよね?私に怖い思いをさせた、自分は外道だ、殺人鬼だ、って。』
『違いますよ。長谷川さんはそんな人じゃない。そんな人が、大好きなサックスを吹こうとして、クラスメイトの死に様を幻視して、失神するなんて、あり得な いです。みんなのことを大切に思ってる人じゃなきゃ、そんな光景も見ないし葛藤もしない。あんなに綺麗な音を奏でられるわけがない。私は、裏のこととか魔 法のこととか全然分からないし、長谷川さんのこともよく知らないです。けれど―――――』
『長谷川さんは、何も間違ってなんかいないです――――長谷川さんは外道なんかじゃない、みんなに音楽を運ぶ、優しい人です。』
その言葉は、不思議なほどすぅっと胸に染み込んで行き、心にのしかかる重たい物を綺麗に取り除いていった。
気付けば、静かに涙が溢れ出ていた。袖で拭うが、とめどなく溢れだしてくる。
「…でも、私は、幸せになっちゃいけない人間だぞ?」
どうしても涙声になってしまうのは避けられなかった。
『そんなことありません!人を幸せにする人が、不幸せになっていい道理なんてありません!』
断言された。力強く、嬉しそうに。
「そうか、ありがとう。宮崎。――――――知らなかったよ。お前が、こんなにいい女だったなんてさ。」
精一杯の照れ隠し。目元をぬぐいながら、ベッド横に置いてあるサックスケースを見る。長年使い込んだそれは、私の麻帆良での歴史そのもので、私が演奏し続けてきた数々のメロディと、それを聞いて喜ぶ人たちの声を思い出させた。
吹きたくなった。無性に吹きたくなった。今すぐサックスケースからサックスを取り出し、夜空に向けて何時間でも吹き続けたかった。この胸に溢れる感情を、音に乗せて奏でたかった。
――――――でもまずは、仕返しするのが先かな。
泣かされっぱなしじゃやっぱり悔しい。涙をぬぐって、部屋のドアを開けてリビングに出る。途端に、レインから何かを投げ渡された。ハンカチだ。
「…そんな真っ赤な目じゃ、逆に恥ずかしいだけだよ?」
そう悪戯っぽく微笑みながら、机の上に人数分のティーカップを並べていくレイン。どうやらコイツも分かってるらしい。全く、どうして私の周りにはいい女ばっかりなのか。なんだか負けた気分になるじゃないか。
『あ…あの、どうしたんですか、長谷川さん?さっきから何もおっしゃらないですけど…。』
「ああ、気にするな。ただ―――――」
話しながら玄関に向かう。まったく、この私の近くで隠れたつもりでいるとは。
ドアノブをひねり、一気にドアを開ける。そこにはもちろん―――――
「きゃあっ!!?」
「…客が来てたみたいだからな。ドア開けて応対しようかと。」
宮崎のどかが、驚きの表情をばつの悪そうな顔に変えて立っていた。
ドアの前まで来てたなら、直接話せばいいものを。大方、直接話そうと思ってたが、ドアの前まで来て緊張でノック出来なくなったんだろう。それで保険として聞いておいた電話番号にかけることにした、と。勇気あるんだか無いんだか分からないな。
携帯の通話を切り、笑顔で話しかける。のどかも笑顔だ。目が真っ赤なのがばれてないといいな、と思った。
「ちょうど一曲吹こうと思ってたんだ。暖かいミルクティもあるぜ。入るかい?」
「ハイ、お邪魔します!」
嬉しそうに返事する。私も嬉しかった。
「オーケー、曲のリクエストは?」
「アップテンポで楽しげな曲を!」
「承った。最高にハイなやつを聞かせてやるよ、“のどか”」
「よろしくお願いします、“千雨さん”♡」
中学3年、始業式直後の、月の綺麗な春の夜。
恥ずかしがりやで頼りがいのある、親友が出来た。
(後書き)
前後編に分けた第6話。千雨とのどか、二人はプリ(以下略)回。今何代目になるんでしょうねアレ。
そんなわけで千雨さん鬱脱出。あんまり鬱展開にはしたくないですので。…とか言いつつ2章から3章にかけてはブラック展開まっしぐら…。だけど話自体はハッピーエンドで終わらせます。
以前に「レガートそんなに恐れてる?」というご指摘をいただきましたが、このレガートさんはあくまで千雨の相反する思考の片割れです。恐れてるとかじゃなく、一番分かりやすい形をとって千雨を糾弾する存在ってことです。その上で、ナイブズよりはレガートの方が適任だと考えました。ナイブズはバレイにとってもそういうキャラでは無いですし。
今回のサブタイはグレンラガンでお馴染「Libera me from hell」です。ヴィラル覚醒シーンはゾクッと来る。
ではまた次回!
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