――――PM5:00――――

 

 

 

「“音界の覇者”…!?」

 

「ああ、今日出たばかりの最新賞金首情報だ。懸賞金は生死問わずで360万$の超大物さ。この麻帆良で学生やってるっていうから、朝から気を付けてたんだが…。」

 

 

 明日菜とカモは校内のパソコンから、件の最新賞金首の情報を見ていた。

 自室に帰ってから繋げた方がよかったのだろうが、その手間が惜しかった。一秒でも早くその情報が見たくて、学校のパソコンルームに潜入し、カモの手引きで魔法界のインターネットシステムに繋げたのである。

 そして出てきた、最新の賞金首情報。そこに記されていた情報は、明日菜の知る事実とほぼ一致していた。

 

 

「…今姐さんが語った話が事実なら、長谷川千雨の正体は間違いなく、サウザンドレイン・ザ・ホーンフリーク…。京都の事件を裏で操ってた張本人って事になる。そして、兄貴も狙ってるって事に―――」

 

「で、でもおかしいわよ!あの時長谷川さんは、木乃香を私たちに託したのよ!?木乃香を頼むって言って、私たちを何度も庇ってくれてた!それってどう考えたって辻褄が合わないわよ!?」

 

「それなんだよな…。考えられる線としては、首謀者が天ヶ崎で、サウザンドレインは友人のよしみでその計画に付き合った、って所か?だけど、自分のクラスメイトが巻き込まれてると知って、慌てて…。駄目だ、論理が無茶苦茶だ…。」

 

 

 自説を途中で放棄しながら頭を悩ませるカモの横で、明日菜は千雨との思い出を脳の片隅から引っ張り出して来ていた。

 

 

 クラスメイトの催促に応じ、サックスを吹いたり。

 土日に街を歩いていて、路上演奏しているところに出くわしたり。

 朝の新聞配達の途中で練習しているのを見かけたり。

 

 

 思い出しながら、胸が疼いた。

 どれもこれも、今の冷徹な眼差しを湛えた彼女とは、似ても似つかない。

 

 

「…やっぱり、信じられないよ…。長谷川さんが…。」

 

「…姐さんの気持ちは分かるけどよ。長谷川千雨とサウザンドレイン・ザ・ホーンフリークが同一人物であることは間違いねぇ。」

 

 

 カモが慰めるようにかけた言葉も、ほとんど耳に入らなかった。千雨の思い出だけでなく、3−Aで過ごしたこの2年間の思い出まで、黒く塗り潰されていくような気がした。

 次第に明日菜の頭が下へ下へと向いていく。視界が潤み、自分の足がよく見えなくなってきた。カモは気付いているだろうが、気付かない振りをしてくれていた。

 

 その時だった。

 

 

「―――――――っ!!オイ待て!待ってくれ!!」

 

 

 突如カモが叫んだ。涙を拭い顔をあげると、カモがパソコンルームの扉に向かって手を伸ばし、呆然としていた。

 

 

「だ、誰かいたの!?」

 

 

 そう問い質しながら、カモの発言の違和感に気付く。カモは今、待てと叫んだ。つまり、魔法かカモの存在を知っている者、ということになる。しかしカモの存在を知る者など、両手で数えられる程しか居ない。自分、ネギ、エヴァ、茶々丸、そして―――

 

 そして、明日菜が勘付くのと、カモが膝から崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

「今、綾瀬の嬢ちゃんが…こっちを見てた。多分、俺たちの話を…。」

 

 

 

#34 凶夢伝染

 

 

 

 ――――PM6:00――――

 

 

 

「失礼します、学園長。」

 

 

 学園長室の扉を開けて入ってきたのは、壮年の凛々しい男性だ。その顔には、焦りと不安が渦巻いているのが見て取れる。

 

 

「ふむ、突然どうしたのかね、明石君?」

 

「ハイ、実は学園長に見ていただきたい物がありまして…。」

 

 

 男性―――明石教授は、卓上に一枚のプリント紙を出した。

 それは、千雨の手配書だった。

 

 

「おお、これか。勿論知っておるよ。サウザンドレイン・ザ・ホーンフリーク…。まさか、京都の一件の黒幕が、我が学園内に潜んでおったとはな…。もっと早く見つけられておったら…。」

 

 

 そう語る様子は、近右衛門が千雨の存在に気付いたのが、本当につい最近の事であるかのようで、真実を知らぬ人ならば皆信じ込んでしまう程に自然だった。

 だが、明石教授はそれには反応せず、代わりに一枚の写真を差し出した。それを見た近右衛門が感心したように声をあげる。

 

 

「ほう、これは…。」

 

「ハイ、去年娘と買い物に行った際、偶然彼女に出くわし、一緒に撮影したものです。娘は、彼女と同じクラスらしく…。よくストリートライブをしているそうでしたが…。手配写真を見て驚きました。」

 

 

 そこには、明石教授の娘、裕奈と肩を組み、互いに満面の笑みを浮かべる千雨の姿が映っていた。裕奈の隣には明石教授が、さらに後方には世界樹の幹が見えている。

 

 近右衛門はその写真と、手配書に写った千雨の姿を見比べた。

 顔立ちだけ見れば間違いなく同一人物だが、片方は年相応の少女らしい柔らかな眼差し、もう片方はありとあらゆる負の感情を宿したようなぞっとする眼差しだ。全てを知る近右衛門の目からしても、とても同一人物とは信じられない程だった。

 

 

「…学園長、もし彼女を捕らえるための部隊を編成するなら、私を先陣に置いていただけないでしょうか。…そしてもし叶うことなら、彼女が本当に残虐極まりない犯罪者なのか、見極める機会をいただけないでしょうか?」

 

 

 他の魔法教師はどうか知らないが、彼は千雨と直接会い、写真を撮り、話もしている。娘も彼女の曲が好きで、食卓でも幾度となく話題に上っている。

 詰まる所身内びいきなのかもしれないが、それでも彼は、千雨が悪逆非道の犯罪者だとは信じ切れないでいたのだ。

 

 

「…ふむ、それでは、明石君に任せようかのう。」

 

「は?」

 

 

 学園長の思わぬ一言に、断られるだろうと踏んでいた明石教授が呆けた声を出す。学園長は口元を覆う白い髭を揺らして軽く笑った。

 

 

「うむ、実はの、明日ここにメガロメセンブリア元老院直属の魔法戦士部隊―――“セントエルモの火”の方々がいらっしゃるのじゃよ。用件は勿論、“重犯罪者サウザンドレイン・ザ・ホーンフリークの捕縛”、すでに学園の敷地には、彼女を逃がさぬよう結界を張ってある。少なくとも明日、部隊の方々がいらっしゃるまでは、彼女が学園内から逃げることはないじゃろう。」

 

 

 そこで一度言葉を切り、両手を顎の前で組む。

 

 

「じゃが儂は明日、京都に行かねばならん用事が出来てしまって、学園内に居れんのじゃ。本来なら高畑君か葛葉君に頼む所じゃが、生憎二人共都合が付かんで、困っておった所なのじゃよ。」

 

 

 明石教授はふいに、それが(このか)に関わることだと直感した。ただし学園長の声にも表情にも何の変化もないので、それを口にはしなかった。

 

 

「なので明石君、明日の騎士団の方々の出迎えと案内を頼めないかね?君はサウザンドレインの顔と名前も知っておる。ぜひ彼らを案内してやってほしい。騎士団の方に事前に相談しておけば、安全に彼女と話すことも出来よう。」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 その場で深々と頭を下げる明石教授に、近右衛門は笑って応じるが、余計な事を考えおって、と思わなくもなかった。

 

 この騎士団は近右衛門が、千雨の手配前に本国と示し合わせて送り込ませてきた腕利きたちである。

 近右衛門にとっての勝利条件は、千雨がネギに干渉出来なくすることであり、同時に千雨を「ネギや3−A全員を騙していた極悪人」にして、批難の視線を集中させることを狙ったのだ。残る千雨派の数名は、ネギとの仮契約には応じないだろうが、彼らに危害が加えられるのはそれ以上に嫌がるはずだ。故に、ネギたちに迎合し、歩調を合わせていかなけれならない。

 

 しかし今更自分の部下から彼女たちを擁護するような意見が出るとは、思いも寄らなかった。とはいえ彼の要望を断れば、騎士団を千雨の元へ案内出来る人間が居なくなってしまう。

 

 

(本当は儂が出迎える予定だったんじゃが…まさか木乃香が、関西呪術協会の名を使って呼びだしてくるとはの。)

 

 

 明石教授が部屋に来る直前、机の棚にしまった一枚の手紙を思い出す。

 

『今後の魔法の秘匿、関西呪術協会会長職の後任、及び重犯罪サウザンドレイン・ザ・ホーンフリークの処遇について、関東魔法協会会長、近衛近右衛門殿との会談を設けたく思います。付きましては、京都にお越し願いたい―――』

 

 そう書かれた手紙の最後には、『関西呪術協会神祇官代行 近衛木乃香』という文字があった。

 近右衛門にしてみれば、首を傾げざるを得ない。神祇官、というのは分かる。神事・祭礼を担当する役職で、関西の中ではかなり有力な地位になるが、そもそも次期会長の座に最も相応しい木乃香に、その役職が与えられるのは妙な話だ。

 

 とはいえ、向こうから来訪を促されたのを断るわけにもいくまい。ただでさえ東西の融和は破滅的となってしまったのだから。

 

 失礼します、と言って部屋を出ていく明石教授を見送り、窓の外に目を向けた。空には雲が分厚くかかり、胸中の不安感を駆り立てるような鈍色に染まっている。

 

 

(明日は、雨かの。)

 

 

 そう考えて溜息を吐く。

 見上げた曇り空よりさらに曇る心が、小さく軋んだような気がした。

 

 

 

 

 ――――PM9:00――――

 

 

 

「“セントエルモの火”ですか?」

 

「ああ。メガロメセンブリア元老院直属の魔法使い集団。およそ数十名からなる武闘派魔法戦士集団で、実力は全世界でも十指に入る。統率力も個々のレベルもかなり高い。某国の内乱の鎮圧、巨大人身売買組織の摘発、大戦期には首都防衛も任されていた戦闘部隊さ。」

 

「そ、そんな凄い連中が、長谷川千雨を捕まえるために来たんですか…!?」

 

 

 京都のとある一軒家―――を装ったアジトで、フェイトと調が情報を行き来させていた。

 東京周辺にて魔法使いの一団を発見、という情報が入った事に端を発し、画像を解析した所、彼らが魔法界屈指の実力派集団“セントエルモの火”である事が判明したのだ。

そんなエリート部隊が、犯罪者一人のために極東まで赴いた事に調が驚きを隠せないでいると、フェイトが肩を竦めながら問いかけてきた。

 

 

「…調。逆に聞くけど、彼らがあの長谷川千雨を捕らえることが出来ると思う?」

 

「あー…。確かに、あの人が負ける所とか想像つかないな…。むしろ、傷一つなく全滅させちゃいそう…。」

 

 

 フェイトの指摘に少し顔を引き攣らせながら同意した。調の脳裏に蘇るのは、京都事変での千雨の悪鬼もかくやという暴れっぷりだ。その実力を身を以て知っている調にしてみれば、彼女と敵対するなど自殺行為以外の何物でもない。

 

 

「…まぁ、心配しなくても良さそうですね。じゃあ私たちは―――――」

 

「そうだね。明日の事を進めないと―――ああ、帰ってきたみたい。」

 

 

 ちょうどその時、玄関から転移反応が感じられた。足音は3人分。間違いなく、買い出しに行っていた千草たちだろう。

 

 

「ただ今。フェイトはん、ハイこれ珈琲。銘柄まで指定しよってからに。見つけるの面倒やったで?」

 

「近衛木乃香たちは?」

 

「現場で段取り確認中。」

 

 

 帰るなり文句を言いつつ、珈琲缶を投げ渡してきた千草は、そのままソファに腰掛け、煙草を口にした。後から入ってきた栞と環が、調と共に買い揃えてきた物資を並べていく。

 

 

「…ん?フェイトはん、何やのその写真?」

 

 

 千草が煙を吐き出しながら、フェイトの手元にある写真を見つめる。

 

 

「長谷川千雨の討伐に来た魔法使いの集団。本国の仲間に確認を取ったら、“セントエルモの火”だってさ。まあ、彼らにどうにか出来るとは思えないけど。…調たちも飲む?」

 

 

 そう事もなげに答えて、お返しとばかりに写真を投げ渡して、早速珈琲を淹れようとする。調たちも全員首を縦に振り、早速マグカップとお湯を用意していた。

 

 

「“セントエルモの火”…やと?」

 

 

 と、千草が怪訝な声をあげた。

 全員の動きがピタリと止まる。千草がこういう声を発する時は、大抵碌でもない事実が浮き彫りになる時だと、短い付き合いながらもすでに知っていた。

 

 そしてそれを裏付けるかのように、千草が不気味な笑い声を上げ始めた。聞くに堪えない甲高い哄笑に、全員が顔を顰める。一頻り笑った後、目元に浮かんだ涙を拭いながら、件の写真を摘まみ上げ、愉悦を噛み殺しきれないかのような笑顔を浮かべた。

 

 

「ハハハッ、よりにもよってアイツ等とはなぁ!ええように仕事しとるみたいやないけ!ああ、ホントに―――こないな連中まで引き寄せるんか、あの疫病(アマ)は!つくづく運命に嫌われとるんやなぁ!アハハハハハハ!」

 

「…僕らにも分かるように説明してくれる?その“セントエルモの火”がどうかしたの?」

 

 

 再び大声で笑い始めた千草に、呆れ顔のフェイトが尋ねた。正義の魔法使いの集団であるはずの“セントエルモの火”と、千雨と同じく指名手配犯のはずの千草に繋がりがあることが、少なからず気にかかったのだ。

 しかし千草は、その質問を待っていたと言わんばかりに、口元を大きく歪めた。

 

 

 

 

「“セントエルモの火”はな、ウチが壊滅させてん。2年前に。」

 

 

 

 

 

 

 ――――PM10:30――――

 

 

 

「学園の外に出られない?」

 

『…うん、多分学園が、先手を打ってたんだと、思う…。』

 

 

 携帯電話の向こうのレインの声が、尻すぼみに小さくなっていく。

 千雨はそれを聞きながら、大きく息を吐いた。まるで、何かを受け容れる覚悟を決めたかのように。

 

『何とか誤魔化せる手段はあるけど、準備にかなり時間がかかると思う。…何とか、明日中には…。』

 

「…ああ、ありがと。ゴメンな。」

 

 

 レインからの返答は無かった。千雨はそのまま携帯電話を切り、慣れ親しんだ自室を見回した。

 

 自身の手配書を見てから、千雨は簡単な荷造りと、楓たちに託す手紙の執筆を済ませた。

 最早千雨がこの学園内に居られないのは明白だ。300万ドルを超える賞金首を狙い、ここにやってくる者も多いだろう。無論千雨が負けるとは考えづらいが、千雨を狙う以上、クラスメイトに被害が及ぶ可能性は充分有り得る。

 

 それは、千雨が武器を手に取った理由に抵触するものだ。

 

 自分のせいで級友に危害が及ぶのなら、例え学園長(ジジイ)の策略であろうと構わない。潔く身を引こう。

 

 

「―――ああ、当たり前だ。本気でそう思ってるわけないだろ。」

 

 

 締め付けるような胸の痛みが、千雨の本心を絞り出す。

 後を託した楓たちに、不安があるわけではない。アイツ等ならきっと立派にやり遂げてくれる。のどかや近衛、桜咲、龍宮も、助力は惜しまないだろう。エヴァだってきっと大丈夫だ。

 

 でも、だからこそ。

 全て終わった後の喜びを、一緒に分かち合いたかった。

 

 そして、3−Aの皆と共に、騒がしくも楽しい学園生活を続けたかった。

 

 

「…我ながら、未練がましいな。」

 

 

 自嘲気味に息を吐きながら、荷物を置いて台所へ向かう。逃げるついでにのどかの所へ寄っていきたいな、と考えてながら、珈琲を淹れる準備を始めた。

 すると、固定電話の音が鳴り響いた。まさか楓と茶々丸にバレたか、と警戒するも、軽く耳を澄ませて聞こえた音から、誰がかけてきているのか判明した。

 

 

「もしもし、長谷川です。」

 

『あ、もしもし長谷川?早乙女ハルナだけど。』

 

 

 電話をかけなれない相手に戸惑っている様子のハルナの声が、受話器の向こうと寮内の彼女の部屋の2方向から聞こえた。

 

 

「何か用か?」

 

『あ、うん、その…。」

 

 

 妙に歯切れが悪く、言葉を探すように口ごもっている。その様子に眉を顰めながら、ハルナの言葉を待った。

 

 

『えっと、さ…。今日まだ夕映が帰ってきてないんだけど、知らない?』

 

 

 千雨の体が小さく強張った。無論夕映の居場所など知っているはずもない。だが千雨は直感的に、その理由が間違いなく自分にあると思い至った。

 

 

『あのさ、その…実は最近夕映の様子がおかしくって。それに、のどかも、その…あんな事になっちゃったじゃない?だから、ちょっと不安でさ…。』

 

 

 言葉に迷い迷いながら、普段見せないようなオドオドした様子で話し続けるハルナだが、おそらくハルナも、夕映の変貌や不在の理由が千雨にあると直感的に悟ったのだろう。のどかの事もある。急に親友の親友の位置に収まったクラスメイトの存在に、多少なりとも不審感を抱いているのだ。

 

 

「…知らないって。今日は教室以外で綾瀬の姿は見てないからさ。」

 

『あー…そっか。うん、ゴメン、変な事聞いちゃって。夜遅くにゴメンね?』

 

 

 明らかにほっとした様子だった。それが、千雨が関わっていないことに対するものなのか、話を切り上げられることに対してなのかは、さすがに分からなかった。

 お休み、とだけ言って電話を切り、そのままベランダに出た。湿っぽさを含んだ夜風が、千雨の髪を靡かせる。軽く耳を澄ませていたが、夕映の居場所は分からなかった。聴力圏外に居るらしい。

 

 

「…明日は、雨かな。」

 

 

 明日とは言わず、今にも泣きだしそうな曇り夜空を見上げながら呟く。

 

 ベランダを後にし、ペンと紙を取る。

 明日のどかの所へ行こう。そして、のどかに綾瀬の事を任せよう。

 

 人任せ極まりないけれど、今の綾瀬が落ち着いて話を出来る相手は、間違いなくのどかだけだ。だから、綾瀬を止められるのも、のどかだけなのだ。

 

 

「悪いな、相棒―――辛い役割、押し付けてばっかりで。」

 

 

 でも、これで最後だから。

 そう呟いて、親友に宛てる手紙を書き始めたようとした時、またしても電話がかかってきた。

 

 

「ったく、次から次へと…。」

 

 

 苛立たしげに髪を掻きながら、少し乱暴に受話器を取る。

 

 

「ハイ、長谷川です。」

 

『あ、もしもし長谷川?明石裕奈でーす!今時間いいかな?』

 

 

 

 ――――AM0:30――――

 

 

 深夜、静まり返った図書館島の内部に、一人の人影が蠢いていた。

 いや、蠢くというよりは白く、仄明るく揺らめいており、何かを求めて彷徨っている。誰がどう見ても心霊現象そのものだった。

 そんな、どんな強者も裸足で逃げ出す恐怖の光景は、しかし。

 

 

「ううう…。暗いよぅ、怖いよぅ…。やっぱり一人で来なきゃよかった…。」

 

 

 当の本人が一番怖がっている様子を見た瞬間、雲散霧消してしまうこと請け合いだった。

 

 さよは放課後の会議の後、すぐにこの図書館島に潜り、エヴァの捜索を開始した。その噂に違わぬ広大さは、魔法に疎いさよをして、間違いなく魔法関係の建物だと確信させる程であり、同時に、エヴァがここの何処かに居ると信じるに足るものであった。

 そうして意気込んで探し始めたはいいものの、すぐに自分の居場所を見失い、気付けば数時間迷っていた。

 

 

「でも、絶対ここの何処かにエヴァさんが居るはず…!私が探さないと…!」

 

 

 エヴァが封印されたことに誰よりも責任を感じていたのは、間違いなくさよだ。手も足も出ずただ逃げ惑うばかりだった自分を、他の友人たちの足を引っ張ってばかりの自分を、強く恥じていた。

 だからせめて、エヴァだけは自分の手で探し出したかった。自分でも皆の役に立てるのだと、自分の存在を証明したかった。

 

 よし、と自分に気合いを入れなおし、真っ暗闇の図書館をまっすぐ見据えた。

 と、その時だった。

 

 

「ほう、エヴァをお探しですか?」

 

「ヒャうぁあぁッッ!!?」

 

 

 突如後ろから話しかけられ、無いはずの心臓が飛び出さんばかりに驚いた。

 すわ、幽霊か、と混乱する頭で考え、逃げ出そうとするも、腰が抜けて力が入らない。さよの頭の中を、死神だったり魂だったり三途の川だったり閻魔大王だったり、様々な画像が駆け抜けていく。

 

 

「はっはっは。まさかそんなに驚かれるとは。申し訳ありませんでした。腰が抜けてしまっているようですが、大丈夫ですか?」

 

 

 しかし、そんなネガティブな想像をかき消すような優しい声に、少し冷静さが戻ってきた。

 恐る恐る振り向いた先に居たのは、一人の男性だった。

 

 

「今晩は。この図書館島で司書をしております、クウネル・サンダースと申します。よろしければお茶でもいかがですか、お嬢さん?」

 

 

 

 

 


(後書きは後編に回します)

 

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