#33 NO MERCY

 

 

 

side 千雨

 

「ダージリンティーです。ストレートでどうぞ。あ、もちろん毒物や自白剤の類は入れておりませんので、ご安心を。」

 

 

 目の前の男の胡散臭い笑みを睨みつけながら、ティーカップを口に運ぶ。爽やかな風を想わせるような清々しい香りが、鼻腔に心地良い。一口飲み込んだ瞬間、喉の奥に張り付いていた苦い滑りがあっさりと消え去った。そのまま二口、三口と飲んでから、ほぅ、と一息つく。

 

 

「さて、それでは改めて自己紹介を。私の名前はアルビレオ・イマ。この図書館島にて司書をさせていただいております。無論、魔法の方も少々嗜んでおりますが。本来はクウネルと呼んでもらいたい所ですが、どうせ今この場には私たちしか居ませんし、どうぞアルとお呼びください。」

 

 

 そう言って机上で恭しく一礼する。

 何が少々嗜んでる、だ。いくら動揺してたとはいえ、あの距離まで接近されて気付けなかったのだ。エヴァ並に腕が立つ事は間違いない。

 私の見定めるような睨みを察してか、「エヴァほど強くはないですよ?」と付け足してきた。その言い草もまた余裕たっぷりな様子で、やっぱり碌なやつじゃない、と再確認した。

 

 

「そのうちこちらから貴方に会いに行こうかと考えていたのですが、まさかそちらから訪れていただけるとは、いやはや、私も運がいい。」

 

「能書きは大概にしとけ。さっさと本題に入れ。そして帰してくれ。」

 

 

 きつい口調で返したつもりだったが、思った以上に声は小さく、張りが無かった。自分の醜態が嫌になる。さっさと寮に帰って、シャワーを浴びて寝たい。

 

 

「では、単刀直入に聞かせていただきましょう。」

 

 

 アルビレオの顔から笑みが消えた。細目が鋭く開かれ、睨み返すように私を見据える。つい数秒前までの気さくな様子はすでに無い。

 

 

「近衛詠春を―――――私の友を殺したのは、貴方ですか?」

 

 

 穏やかに、喉元にナイフを突き付けるかのような声。その殺意を伴った気迫を目の前に、思わず椅子ごと退いてしまいそうになるのを耐え、出来るだけ毅然とした口調と表情を保つ。

 

 

「断じて違う。私が来た時にはすでに死んでいた。犯人は関西呪術協会の幹部連中。反乱(クーデター)の槍玉に挙げられて、真っ先に殺されたらしい。」

 

「そう、…ですか…。」

 

 

 私に注がれていた圧がふっと消え去り、アルビレオは何かを堪えるように天を仰いだ。私は何も気付かない振りをしながら、紅茶とスコーンを頬張る。

 

 

「…詠春の事を、ご存知で?」

 

「あんまり。ウチのクラスの近衛木乃香の父親だとか、昔サウザンドマスター…だったっけ?英雄とか呼ばれてる魔法使いの仲間だったとか、その程度。

 …あ、てことは、お前も。」

 

「ええ、私もかつてサウザンドマスター―――ナギ・スプリングフィールドと共に、魔法世界を駆け巡った仲間の一人でした。」

 

 

 アルビレオの返事を聞き、色々と考えが巡る。

 最初私は、コイツも学園の手先かと疑った。しかしもしそうなら、さっさとネギ先生と接触してしまえば良い。コイツならエヴァの代わりにネギ先生の教師役となれるし、何よりネギ先生の父親の仲間なのだから、英雄について教え込むことも出来る。うってつけの人材だ。あのジジイがそうしていない以上、コイツとジジイが繋がっている可能性は薄い。

 ついでに、コイツがのどかに偽名を教えていた理由も分かる。英雄の仲間と言う事は、かなり名前が通っているはず。学園内の魔法使いに、自分の存在が知られるのは不味い、ということだったのだろう。

 

 

「…詠春が何故殺されたのかについては、ご存知ですか?」

 

 

 アルビレオの声で現実に引き戻された。すでに表情は和らいでいるが、その声は先ほど見せた気迫とは裏腹の暗さを覗かせていた。

 

 

「…まあな。学園長の義理の息子ってことで、関東の手先と見なされて反発を買った、ってな感じか?私自身、近衛詠春が事を中途半端に放置したせいで、あんな事態になったんだって思う部分が少なからずある。」

 

 

 随分蓮っ葉な言い方ではあるが、東西の因縁についてはあまりよく知らないし、そもそも興味が無かったため、こんな穿った見方しか出来ない。

 

 

「…けれど。」

 

 

 私が続けざまに口にした言葉に、アルビレオが片眉を上げて反応する。

 

 

「けれど、父親としては、立派だったと思う。…そりゃ、近衛を関東の本拠地に預けるなんてバカな真似はしたけどさ。きっと誰よりも、娘の平穏を願ってた。魔法が人生を良い意味でも悪い意味でも狂わせる力だと、誰よりも理解していたから、娘には平穏に過ごしてほしいって思ってたんだと思う。」

 

 

 きっと麻帆良に預けたのも、その辺のことが理由だ。もし関西に居続ければ、政争の道具、最悪人質にされるかもしれない。だからこそ、反発を覚悟して、義父の―――関東魔法協会の会長の許に預けた。もし魔法と関わる事態になっても、それがより平和的な邂逅となることを願って。

 

 

「…他ならぬ貴方にそう言っていただければ、詠春も本望でしょう。」

 

「何だそりゃ、皮肉のつもりか?」

 

「いいえ、そんなつもりはありません。ですが、詠春の敵を討ち、近衛木乃香を救ったのは貴方がたの尽力のおかげです。だからこそ、亡き友に代わって私からお礼を言わせてほしい。本当に、ありがとうございました。」

 

 

 そう言って机の上で頭を下げてきた。私はそれを直視することが出来ず、目を瞑ったまま紅茶を飲んでいた。しかし紅茶を飲み終えてもなお、アルビレオは頭を下げたままだった。

 

 

 ―――お前さえ居なければ―――

 

 ―――この疫病神―――

 

 

「…止めてくれ。私は別に、感謝されるような事は何一つしてない。」

 

 

 仄暗い感情と脳内に響く罵声に堪え切れず、懇願するように声を絞り出した。

 しかしアルビレオは、頭はあげたものの、その顔には優しげな微笑が張り付いていた。

 

 

「貴方にしてみれば、そうかもしれませんね。しかし貴方が武器を手に取ったことで救われた人も居るはずでしょう?エヴァ然り、相坂さよ然り、近衛木乃香然り。」

 

「圧倒的に切り捨てた人間の数が多いけどな。アイツ等自身が幸運を勝ち取ったのさ。私の手柄じゃない。」

 

「差し引きの問題ではないでしょう。ただ、認識すべきだということです。貴方は確かに多くの人間を傷つけているが、その一方で、貴方のおかげで救われた人間も居るのだということを。そして今、貴方を掬い上げてくれる人間が居ることを。

 ―――宮崎のどかは、貴方にとって誰より誇らしい、最高の相棒なのでしょう?彼女の尽力を無駄にするつもりですか?」

 

 

 思わず呆然とした表情で、目の前の優男を見つめてしまった。

 

 ―――千雨さんの帰ってくるべきこの日常を、平穏を、守らせてください。

 

 かつてのどかが私に言い放った、誓いの言葉。

 非力でひ弱な彼女が、小さな身体に込めた気高く尊い勇気。

 

 あの時ののどかが今の私を見たら、どう思うだろう―――――?

 

 

「貴方は、貴方自身が思っているような悪ではない。もしそうなら、宮崎のどかが貴方の戦いに殉じることは無いはずです。貴方が掲げたものを、貴方自身の想いを、もう一度、貴方自身に問いかけてみてはいかがですか?」

 

 

 恥ずかしげもなくそう言い切られて、思わず目を逸らしてしまった。

 

 

「…神父か何かか、お前?」

 

「おや、単なる老婆心からのアドバイスだったのですが、それ程に心動かされましたか?」

 

 

 代わりに口をついて出たのが、完全な負け惜しみだったので、ますます恥ずかしくなる。アルビレオも涼しげな面で生温かい視線をこちらによこしている。

 …ああ、手元に銃が無いのが口惜しい。あの小憎たらしいハンサムフェイスに、ありったけの弾を撃ち込んでやりたいのに。

 

 とはいえ、互いに話す事も尽きた。ここに長居する理由は無いので、さっさと帰ることにする。

 

 

「…紅茶とお菓子ご馳走様。そろそろ帰らせてもらうぜ。」

 

「いえ、こちらこそ貴重なお話、ありがとうございました。それでは…。」

 

 

 アルビレオが指を鳴らした瞬間、欄干の外に光る台座のような物が浮き上がってきた。

 

 

「それに乗れば地上まで出られます。宜しければまたいらして下さい。悩み相談も請け負いますよ?」

 

 

 遠慮しとく、と手振りで示し、台座に乗り込む。

 にこやかに手を振るアルビレオが目に入ったのも一瞬のこと、浮遊感と共に、音もなく急上昇した。瞬きする間もなく、気付けば図書館島を囲む湖の畔に着地していた。

 台座から降り、溜め息を一つ吐く。すでに辺りは暗い。綾瀬と神楽坂も、もう寮に帰っているだろう。

 

 ―――のどかを返せっ!この疫病神!

 

 綾瀬の罵声が、私が殺した人間たちの怨嗟と嘲笑と混じり合いながら、頭と鼓膜で反響(リフレイン)し続ける。湖畔の湿った地面は、まるで亡者を踏みしめているかのように柔らかい。

 だが。それでも。

 

 

「…私は…、私は、それでも…。」

 

 

 こんな歪な私のために、のどかは精一杯を尽くしてくれた。己が身を投げうって、私の想いを守ろうとした。楓も、さよも、私の想いを汲んでこの戦場に身を投じてくれた。

 

 のどかの献身を、犠牲を、無念に思うのならば。

 私が傷つけた人々の怒りを、嘆きを、受け止める気があるならば。

 

 今ここで、膝を折るわけにはいかない。

 引き返す事も振り返ることも出来ない道を、私は自ら望んで選んだのだから。

 

 すでに守るべき平穏が、級友たちが、取り返しの付かないほどに、傷ついてしまっていたとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、お待ちしていましたよ。遅かったですね?」

 

 

 千雨が去ってから数十分後。未だ同じ場所に留まっていたアルビレオと、綺麗に洗われたティーセットが、新たな来客を出迎えていた。

 彼女(・・)はゆっくりと椅子を引き、座るや否や切り出した。

 

 

間に合わない(・・・・・・)って、どういうこと?」

 

 

 剣呑な視線がアルビレオを真っ直ぐに捉える。アルビレオは紅茶を啜りながら、しかし真剣な態度と口調を崩さなかった。

 

 

「どうもこうも、お伝えした通りです。私の身体を治療してきた世界樹からの魔力供給が、ここ数日でほぼ途絶えています。このまま行っても、おそらく6割強から7割弱。そんな状態で近衛翁に挑んでも、到底勝ち目はありません。」

 

「話が違うっ!!」

 

 

 細い腕が力一杯机を叩く。カップが衝撃で倒れ、中身が机上にぶちまけられる寸前で、アルビレオの指先から放たれた風の渦が、一滴残らず掬い取った。

 

 

「違うも何も、私にとっても予想外です。貴方の計画がバレた、ということは有り得ないでしょう。…ですが、回復に世界樹の魔力を使用していた事が仇となりました。」

 

「…どういう事?」

 

 

 “彼女”の詰問に対し、掬いあげた水滴を一塊にして、滝の向こうへ吹き飛ばしながら、淡々と答えた。

 

 

 

 

「―――エヴァですよ。エヴァの身体は今、世界樹の魔力によって封印されています。」

 

 

 

 

「っ―――――――!!」

 

 

 “彼女”が息を呑むと同時に、アルビレオの顔が、彼らしくない苦々しい物へと変わる。

 

 

「エヴァ程の存在を半永久的に封印するには、莫大な魔力が必要です。例えナギや木乃香嬢が数十人いたとしても不可能な程に。だからこそ近衛翁は、世界樹を用いた。世界樹の魔力放出が活発化していることも要因の一つでしょう。それでも世界樹の放つ魔力のほとんどを用いざるを得ないのですから、さすがは真祖の吸血鬼といった所でしょうか。」

 

「でも、そうだとしたら、エヴァンジェリンはこの図書館島に居るはずでしょう!?ここは貴方の庭だ、エヴァンジェリンさえ見つかれば―――」

 

「無論探しています。しかし一向に見つかりません。おそらくは、世界樹の根の奥に隠されている物と思われます。しかし、どうやって根の奥に隠されたエヴァンジェリンを探すというのです?どうやって世界樹の根を払い除けます?そもそも、それほどまでに厳重なエヴァの封印を、どうやって解くのです?」

 

 

 反論する言葉を失い、力なく項垂れながらも、両拳は力一杯握り締められたままだ。論破した本人も、表情は辛そうに、悔しそうに歪んでおり、八方ふさがりの事態を誰よりも重く受け止めていた。

 

 

「…諦めろって言うの?近衛近右衛門を倒すのを?アイツを倒せる人間は、あなた以外には居ないのに?それとも、千雨に全て押しつけろ(・・・・・・・・・・)とでも?」

 

「さすがにそんな事を言うつもりはありません。それに…現状では、長谷川さんすら勝てるかどうかは怪しい。何せ彼女たちも追い詰められている。学園長は間違いなく、近い内に、長谷川一派に真っ先にトドメを刺しに来ます。」

 

 

 そこで言葉を区切り、もう一度、真剣な眼差しで“彼女”を―――協力者であり、敵でもある少女を見つめた。

 

 

「貴方と私は、目的は違えど利害は一致している。そしてそれは、長谷川さんたちにも通じることです。しかし状況は、学園長の一人勝ち目前。

 貴方の想いは理解しています。ですがもう、事態はのっぴきならない所まで来ているんです。

 

 

 

 大義を取るか、理想を取るか。決断の時ですよ―――ザジ・レイニーデイ。」

 

 

 

 

 

 

 金曜日の放課後。一週間分の授業が終わった安堵感と、週末の予定に心弾ませながら家路を急ぐ、そんな時間帯だ。

 3−Aの教室もその例外ではない。部活や買い物など、思い思いに休日の過ごし方を披露し合っている。この一週間ずっと陰鬱な空気に包まれていたので、この土日を待ち焦がれる想いも一入だった。

 

 その中でも夕映は、この週末を誰より待ち望んでいた。

 

 

「ネギ先生!今日の練習はどうするですか!?」

 

 

 帰りの挨拶を終え、職員室へと帰る途中の階段で、ネギ先生を呼びとめる。明日菜も夕映の後を追ってきた。

 

 

「あ、綾瀬さん!えっとですね、図書館島で昨日の座学の続きと初級魔法の練習をしようかと思ってます!えっと、予習の方はどうですか?」

 

「ばっちりです!というか、昨日渡された分はもう読み終わったので、今から続きを読みたいのですが!」

 

「えええっ!?もう読んじゃったんですか!?分かりました、それじゃああるだけ持っていきますので、綾瀬さんは図書館島の玄関で待っててください!」

 

「はいですっ!!」

 

 

 元気よく挨拶をして、夕映は駆け出していった。その背中を見つめるネギの顔も嬉しそうにほころんでいる。

 

 

「綾瀬さん、生き生きしてますね。普段あんまり勉強熱心じゃないのに、あんなに夢中になってもらえると、何だか僕まで嬉しくなります!」

 

 

 夕映が魔法の師事を仰いだ事情はよく分からなかったが、魔法を知りたい、という気持ちを無碍には出来ないと、さっそく教科書と練習用の杖を与えて、簡単な個人授業を開始した。

 夕映の上達は目覚ましく、たった数日の練習で大抵の初心者用練習魔法を物にしていた。なので昨日渡したのは少しレベルの上がった、魔法学校の高学年用の教科書だったのだが、それすらたった一晩で読み終えてしまったのである。

 

 勉強も運動も、興味や関心が無いものにはとことん無関心を貫いてきた夕映が、こんなにも分かりやすくやる気を出してくれたという事実が、担任の先生であるネギにとってはこの上もなく嬉しい事だった。

 

 

「…うん、そうね…。」

 

 

 そんなネギの笑顔を見る明日菜の表情は固い。夕映の思いを、歪みを、誰よりも知っているからこそ、喜ぶことなど出来るはずもなかった。

 

 

(…私が綾瀬さんに何を言った所で、火に油を注ぐだけ…。かといって長谷川さんとも話しづらいし、エヴァちゃんは居ないし絡繰さんは忙しそうだし、他の誰かに話せる内容じゃないし…。)

 

 

 ネギの喜びも分かる。夕映の想いも分かる。しかし分かるが故に、それが正しい事とは思えないでいる。分かってはいるが、復讐の炎に身を焦がす今の夕映を止めることなど、他の誰にも出来はしまい。

 

 

「姐さん、何か考え事かい?」

 

 

 知らず知らず暗澹とした気分になりながら思い悩んでいた時だった。ネギの肩に乗るカモが声をかけてきた。大丈夫よ、と返答しようとして、ふと気になることが浮かんだ。

 手招きしてカモを呼び寄せる。肩から重みが無くなったことに気付いたネギが振り返ったが、「先に行っててくだせえ。」というカモのフォローに促され、一人職員室への廊下を駆けていった。

 カモが足元から肩によじ登り、周囲に人が居ないことを確認してから、明日菜が切り出した。

 

 

「ねえカモ?あんた綾瀬さんに仮契約勧めようとしないわよね?何で?」

 

 

 カモは夕映に対して、一度たりとも仮契約の話題を口にしなかった。ネギから紹介を受け、すでに顔見知りなのにも関わらずである。

 

 

「…やだなぁ、姐さん。オレッチだって反省ぐらいしまさぁ。オレッチのせいで宮崎の嬢ちゃんがあんな目に遭ったのに、今更そんな真似しようだなんて、自分で自分を殺したくなっちまう。」

 

 

 カモの台詞が何処か自嘲気味に聞こえるのは、おそらく気のせいではあるまい。京都での一件を誰よりも後悔していたのはカモだったし、こっそり麻帆良を抜け出してのどかの元へお見舞いに行っていたことも知っている。

 

 

「…けどさ、本当の所、それだけじゃねぇんだ。」

 

 

 周りに人が居ないにも関わらず、さらに小さく潜められた声に、明日菜も思わずこそこそと耳をそばだてる。

 

 

「…兄貴にゃ言えねえが、綾瀬の嬢ちゃんが魔法を学ぶことに、俺は反対なんだ。理由を聞かれるとまた困るんだが…。その…、何と言うか、魔法を習ってる綾瀬の嬢ちゃんの雰囲気が、何かに取り憑かれてるみたいで…。」

 

 

 明日菜の目が驚きに見開かれた。カモも夕映の歪みに気付いていたのだ。

 自分だけが、今のネギや夕映、そして自分たちを取り巻く現状を、苦々しく思っていたわけではなかったのだ。

 

 

「ねえカモ、ちょっと聞いてほしい話があるんだけどさ…。」

 

 

 そう考えた時にはすでに明日菜の口は動いていた。

 関西呪術協会本山での出来事。夕映と出会ったこと。千雨が人を殺していたこと。修学旅行最終日に自分が見た物全てを、事細かに説明した。

 

 

「長谷川…千雨?」

 

「そう、私たちのクラスメイト。アンタも聞いた事あるでしょ?長谷川さんのサックス――――」

 

 

 明日菜が千雨について説明しようとした所で、カモの様子がおかしい事に気付く。

 カモの顔は真っ青だった。万の友軍に裏切られたかのように、その現実を認めたくないかのように、歯をカチカチと震わせていた。

 

 

 

 

「そいつはもしかして…“音階の覇者”サウザンドレインのことか?」

 

 

 

 

 

 

 それを千雨が知ったのは、午後九時過ぎのこと。

 放課後に茶々丸、楓、さよと会議を開き、週末に図書館島最奥部の探索を進めていくことで一致した。会議がお開きになった後、自室に戻り、サックスや銃器の手入れをしていた時だった。

 電子音の音色が千雨の耳を打つ。磨き布とサックスを傍らに置き、携帯電話の通話ボタンを押した。液晶に表示された番号と名前は、「ザジ・レイニーデイ」

 

 

「もしも―――」

 

「千雨、今すぐ麻帆良から逃げて!」

 

 

 繋がった瞬間、レインが叫んだ。2年間同じ部屋で過ごしてきた千雨が、一度も聞いたことの無いような、焦燥に満ちた声で。

 

 

「どうしたんだよレイン、ただ逃げろって言われたって、意味が分からな―――」

 

「いいから速く!荷物なんて後で構わない、今すぐ駅前に来て!説明もそこでするから!だから―――」

 

 

 死神の吐息のような悪寒が、千雨を襲う。

 事情は分からない。だが、レインがここまでうろたえるなんて、よっぽどの事でなければ有り得ない。それが自分に向けられた物ならなおさらだ。

 しかし、新たな異音が千雨の真後ろから聞こえてきた。FAX電話が受信を告げ、一枚の紙を吐きだしていた。

 見ると宛先は「超鈴音」となっている。

 

 

「どいつもこいつも、一体何だって―――――」

 

 

 少し苛ついたように髪を掻き毟りながら、届いた紙を取る。

 そして、そこに記されている内容を、見た。

 

 

 見てしまった。

 

 

「あ――――――――」

 

 

 膝から崩れ落ちる。紙も、携帯電話も取り落とし、茫然自失となる。携帯電話の向こうから、レインの声が聞こえるも、再度手にする気力など、微塵も起こらなかった。

 

 

 何故、千雨は学園長に直接手を下そうとしなかったのか。

 何故、学園長は天ヶ崎千草と千雨を接触させようとしたのか。

 何故、学園長は千雨に頭を下げてまで修学旅行に行かせようとしたのか。

 

 

 その答えが今、目の前の紙に記されていた。

 

 

 それこそが近衛近右衛門の“策”。

 進路も退路も完全に塞がれる、痛恨にして最悪の一手。

 

 それを理解した瞬間、千雨を支えていた何かが、根元からぽっきりと折れた。

 のどかの、エヴァの、茶々丸の、チャチャゼロの、楓の、さよの、そして3−Aのクラスメイトたちの顔が、次々浮かんでは消える。

 

 ―――――チェック・メイトだ。

 最早私に打つ手は無い。

 

 この戦い―――――私の負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メガロメセンブリア元老院の名において、以下の者を賞金首とし、全世界に指名手配するものなり。』

 

名前:“音階の覇者”サウザンドレイン・ザ・ホーンフリーク

推定年齢:15歳(虚偽の可能性高)

容姿:写真参照

出身地:日本、麻帆良学園都市

懸賞金:3,600,000$(生死問わず)

手配理由:関西呪術協会転覆、及び関西呪術協会会長近衛詠春殺害容疑

     京都連続テロ事件主犯格

     関東魔法協会転覆計画

     “英雄の息子”ネギ・スプリングフィールド殺害未遂

     “闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、“戦争屋”天ヶ崎千草、秘密結社“完全なる世界”と親密な関係

備考:学園都市にて学生として在籍しているとの情報あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 第33話。綺麗なアルビレオは好きですか?回。別に魔改造じゃないですけどね。単に、アルビレオの性格の悪さとか天の邪鬼っぷりを書ききれなかっただけです。次こそは、と思えども、書ける余地あったかしらと自問中。

 

 そんなわけで止めの一手、千雨の首に懸賞金です。罪状はほぼ事実です。

 

 ネギ殺害未遂については、エヴァ戦の前に衝撃波ブチ当てて飛行中の箒から落としてますし。学園長がエヴァと千雨の戦いを覗き見していたなら、録画くらいしててもおかしくないですし、証拠画像兼犯人写真として提出することも出来ます。

 詠春に関しては証拠不十分ですが、被疑者全員死亡(というか千雨と月詠が皆殺した)しているので、嫌疑をかけられるのは千草と千雨のみ。そして千草と千雨の間に一応の友好関係を作っておいて、京都の一連の事件を全部熨し付けれるようにした、という感じです。

 修学旅行に行かせたのは、京都で起こるであろう事件の罪を被せつつ、その間に千雨の手配手続きを進めるため。ただしやはり(しつこいようですが)、刹那の裏切り、のどかの負傷、詠春の死亡等は予想外でした。千雨にかける罪もさらに重くさせることは出来たものの。

 

 千雨がジジイ襲撃を躊躇っていたのも、これが原因。関東魔法協会会長たる権力者をいきなり暗殺すれば、間違いなく訴追されるのは千雨ですし。前話で感じた嫌な予感もコレです。

 

 ともあれこれで千雨を精神的にも現実的にも追い込む事が出来ました。3章はまぁ、ここまでが導入みたいなモンです。鬱展開は打ち止めですが、本番はこれからです。

 

 そしてレインさんついに本格的に介入。レインさんのターンも始まります。

 

 今回のサブタイは格闘ゲーム「ギルティギア」より、ソルVSカイのBGM「NO MERCY」です。直訳すると「無慈悲」。初めてポチョムキンを見た時、「うわっ、何て分かりやすい噛ませ系敵キャラ」と思ってしまいました。分かってない馬鹿は自分でした。猛省しております。

 

 来週から本格的にテスト期間が始まりますので、次回更新は遅れます。次回は色んな人たちが動きます。お楽しみに!

 

 …あ、そういやもう連載一周年だわ。さすがに後一年も続くってことはありませんが、これからもよろしくお願いします。

 

 余談ですが、TYPE−MOON Fes行ってきました!会場外で寄せ書きに書きこんだら、真下が磨伸映一郎先生でした(汗)な…何かスミマセン。

 

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