魔法世界流浪伝
第1話 流浪の旅人
管理局が設立される前の数年間
現在から言えば100年程前
様々な思惑から始まった多数の次元世界を巻き込んだ動乱の時代があった
そして、その中心世界及び都市であったミッドチルダに「人斬り」と呼ばれた魔導師がいた
修羅さながらに人を斬り
その血刀を以って管理局の設立及び新時代を切り開いたその男は
動乱の終結と共にその世界から姿を消し去り
時の流れと共に「最強」という名の伝説と化していった
そして、非殺傷という理念が管理局の中心となっている今
その伝説は既に人々の記憶の中からは消え、その伝説を知る者は極僅かとなっていった
そして、始まりは第97管理外世界「地球」の「海鳴市」から────
「地球…は初めてだな」
春先のまだ肌寒い気温の中、金髪の青年が街中を歩いていた。
黒いジャケットにTシャツ、灰色のズボンを着ており、背には小さめなリュック、そして首には刀の形をしたアクセサリーを首から提げている。
そして、その青年が見渡す視界の中には賑わう商店街があった。
「この世界は、平和なんだな……」
人々が活気付くその風景を見て、青年は呟く。
だが、青年にはこれでいいと思えた。
自分のいた世界は視界に広がるこの世界が想像できない程、血で血を洗うものだったからだ。
「お、そこの兄ちゃんできたてのコロッケ、買ってかねえかい?今なら特売でできたて!お買い得だぜ?」
すると、通りがかった店で声を店員に声をかけられた。
どうやらこの店はコロッケとやらを販売しているようである。
勧められているのは、カレーコロッケだ。
どんな食べ物かはわからないが、漂う匂いからは上手そうな物だと容易に窺える。
「そうですね……。なら、1つ頂けますか」
「へい、まいどあり!」
この世界用に換えたお金を払い、コロッケを1つ頂く。
店を後にしながら、青年はそれを一齧り。
「……上手い」
思っていた以上の味に青年は笑顔になると、そのまま商店街を進んでいくのであった。
あれから数時間。
既に太陽は傾き、夕方となっていた。
「どうやらこの街は特にこれといった問題もなさそうだ。数日滞在したら、次の世界に行こう」
買った食品を手に青年は街中を歩いていく。
青年は、世界を旅する旅人であった。
そして、今回はこの地球という世界に訪れたのだが、この地域は特に問題はなかったようだ。
平和という中で人々が穏やかに暮らしているというのであれば、自分ができる事も特にないだろうと考えたのだ。
そうして考えていると、公園の近くに差し掛かった。
「少し休憩するか……」
この世界に特定の住居を持たない青年は、別に急ぐ事もないと思い公園で休憩を取る事にした。
公園の中に入り、近くにいたベンチに腰掛け、隣に荷物を置く。
そして、青年はゆっくりと目を閉じた。
それから30分ほど。
軽く寝入ってしまった青年が目を覚ました頃には既に辺りは暗くなっていた。
「いけない。うっかり寝てしまったか」
そう思い、姿勢を正して帰ろうとした時だった。
暗くなった夜の公園にいるはずのない人が視界に入ったからだ。
それも大人ではなく、まだ年端もいかない少女。
髪はツインテールで、茶色の髪をしている。
まるで、寂しそうに俯きながらブランコを揺すっていた。
夜になってもまだ子供がいた事に驚きながらも、さすがに見過ごせない青年は少女に声をかける事にした。
荷物を持ってベンチから立ち上がり、少女の近寄ると屈んで尋ねる。
「お家に帰らないのか?」
「ふぇ?」
俯いていた少女は気づかなかったのだろう。
少々間抜けな声と共に青年を見上げる。
「こんな夜までいると、危ないよ?君のお家へ帰らないと」
そう優しく青年は言ったのだが、少女の答えは予想外の物だった。
「……いいの。お家に帰っても、誰もいないから」
そう言うと、少女はまた俯いてしまった。
青年は少女の言葉に内心驚きながらも、さらに言及したりする事はせず隣のブランコに座った。
少女の言葉に何か深刻な物をうっすらと感じたからだ。
「………」
そして、黙って少しだけブランコを漕いだ。
キィキィ……とブランコを揺すった際の音が辺りに響く。
それから互いに何も言わずに佇んでいてしばらく。
少女がいつまで経っても帰らない青年の事が気になったのか、顔を上げ青年に尋ねてきた。
「……お兄ちゃんは、帰らなくていいの?」
その問いに青年は笑顔で答える。
「僕か?僕はいいんだ。帰るところもないし、ずっと公園にいても問題ないから」
「でも、お父さんやお母さんに怒られるよ?迷惑がかかっちゃうよ?」
少女はどうやらこちらの心配をしてくれているようだ。
一瞬いつも通りの答えをしそうになるが、相手は少女だと再認識した青年はすぐに答えを変えて口を開く。
「大丈夫だよ。僕の父さんも母さんもそれはわかってるから。迷惑だとは思ってないよ」
(……僕の父さんも母さんももうこの世にはいないんだからね)
本当の事は口に出さず、そう言うと青年はさらに続けた。
「だから、君とこうして公園にいても僕には問題ないんだ」
「!」
すると、少女は何故か驚いたような顔になり、一瞬俯いたかと思うとまたこちらを見上げてきた。
「……迷惑じゃない?」
「?」
「なのはといても……迷惑じゃない?」
どこか光を見出したような、うっすらと希望がある、しかし不安で揺れている瞳で少女が尋ねた。
言葉はたどたどしく、容量を得ない部分はあったが、それでも青年には少女の意思がしっかりと伝わってきた。
「ああ。迷惑なんかじゃないよ。お兄さんは、いつも1人だからね。少し一緒にいてくれると嬉しいな」
そう笑顔で告げると、少女の顔が明るくなった。
「うん!じゃあ、なのはここにいるね!」
そう満面の笑顔で告げた少女の言葉に、青年もまた笑顔になるのであった。
もちろん、その少し後その少女を家まで送って行ったのは当たり前の事である。
それから5日後。
「あ、光司お兄ちゃん!」
青年がまた同じ公園を訪れると、すぐに聞き慣れた声が耳に入った。
そして、声のした方向に視線を向けるとそこにいたのは5日前知り合った少女がいた。
「こんにちは、なのはちゃん」
「うん!こんにちは!ねえ、今日も遊ぼ!」
「うん、いいよ」
少女の名前は高町なのは。
初めて会った次の日にまた会った際、名前を教えてと言われ互いに自己紹介をした時教えられたものだ。
だが、教えられたのも聞いたのもそれだけ。
青年「光司」は少女の事情を一切詮索するような真似はしなかった。
それから、毎日会う約束をしてはこうして彼女の相手をしていた。
この平和な世界にする事がないとある程度見切りを付けていた光司だったが、力になるのであれば少女の願いが果たされるまでこの世界にいようと思ったのだ。
そして、いつも通り公園の砂場でお城を作ったりして遊ぶ。
何てことのない遊びだったが、会った際とても寂しそうな表情をしていたとは思えない程、なのはの表情は笑顔で輝いていた。
そして、空も暗くなってきた夕方。
そろそろ小さい頃は家に帰る時間になったため、光司はいつものようになのはに告げた。
「なのはちゃん、そろそろ帰ろうか。遅くなると、家族に心配かけるからね」
しかし、いつものように頷くなのはの答えはこの時だけ違う物になった。
「嫌!」
「え?」
「ここでまだ光司お兄ちゃんと遊ぶ!」
この言葉に光司は驚いた。
なんと今まで寂しそうにしながらも従っていた少女が初めて我侭を言ったのだ。
無理もない。
それにこちらから見えるなのはの瞳に宿った、その頑固な意思がそれを如実に示していた。
「……わかった。じゃあもう少し遊ぼうか」
「うん!」
なのはの我侭を聞き入れた光司はそのまま、またなのはと遊び始めた。
初めて自分に言った我侭、それを光司が受け入れた結果だった。
しかし、春先の夜は暗くなるのが早い物。
30分を過ぎれば、もう辺りは暗くなっていた。
「なのはちゃん、もう帰ろう。いつも通り、僕が送っていくから」
「……うん」
さすがにこれだけ暗くなると、まずいというのがわかったのだろう。
光司となのはは立ち上がると、互いに手を繋いで歩き、公園を出た。
暗い夜道を2人で歩いていく。
そろそろいいかもしれない。
そう思った光司は口を開いた。
「ねえ、なのはちゃん。1つ聞いてもいいか?」
「ふぇ?」
「どうして、なのはちゃんはいつも暗くなるまで公園にいようとするんだ?」
すると、その問いになのはの顔が曇った。
もちろんこうなる事はなんとなくわかっていたため、光司は努めて優しく続ける。
「別に言いたくないなら、構わないよ。僕は気にしないから」
「………」
光司が言うも、なのはは黙ったまま。
光司は言いたくない事なのだろうと判断し、この件については今日はもう言わないと判断しかけた時だった。
ぼそぼそとなのはが言い始めたのだ。
「……なのはね、いい子でいないといけないの」
「………」
光司は黙って耳を傾ける。
「お父さんが怪我して入院して、お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、凄く大変そうだったの。だからね、なのはいい子でいないといけないの。迷惑かけちゃ
いけないの」
なのははそう答えた。
言いたい事はなんとなくだが、光司にもわかる。
要は、親や上の兄弟に迷惑をかけたくないのだろう。
しかし、それでは先の光司の答えとしては実は矛盾した物になってしまっている。
何故なら、それでは逆に親に迷惑になってしまうからだ。
しかし、短い期間ではあったものの、人の心を読む事に長けている光司にとってなのはの本当の心理を理解するのはそう難しくはなかった。
だが、それを言及する事も、訂正する事も光司はしなかった。
「そっか……。そうだったんだな」
「光司お兄ちゃんは、その…迷惑じゃない?」
「ん?迷惑じゃないよ。毎日言ってる事だけど、これは僕が好きでしてる事だから。なのはちゃんが気にする必要はないし、僕自身迷惑だなんて思った事は一度
もないよ」
本心のまま答えると、なのはの表情が一気に明るくなった。
それと同時に光司の握る手も強くなる。
この質問で、なのはの抱える事情がなんとなく見えた光司はそれ以上彼女に質問する事なく、互いにくだらない話をしながら歩いていった。
そして、彼女の家に着くと、案の定家に灯りは付いていなかった。
ここずっと彼女を家に送る度ずっとこれが目に付く。
まるで彼女には家族がいない。
そんな風にさえ見える光景だった。
「ここで、大丈夫か?」
「うん、じゃあ光司お兄ちゃん。また明日なの」
そう言って、やや暗い声で彼女は家に入っていった。
それを見届けた光司はある決断をこの時決め、それから自身も泊まっている宿への帰路へと着くのだった。
流浪の旅人、光司の地球でのちょっとした人助けがここから始まる。
あとがき
第3話でまとめてします。
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