魔法世界流浪伝
第2話 伝えるべきこと
翌日の夕方遅く……。
いつものようになのはを送り届けた光司は、いつもの帰路に着く事はなく違う道を歩いていた。
行き先は、彼女の家族が経営している「翠屋」という喫茶店。
商店街でも少々評判の店だったと光司も記憶していた。
昼になのはと遊んでいた際、家族がどこで働いているのか聞いた際、光司は場所と店の名前を聞く事ができた。
そして、歩いてまもなく。
その翠屋に着く事ができた。
店の扉には「close」の立て札があったが、中から物音がしており、灯りもついている。
恐らく従業員、つまりなのはの家族はいるだろうと考えた光司は店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。すみませんが、今日はもう閉店で……」
店に入ってすぐ出てきたのは、茶色の髪にロングヘアーの女性が出てきた。
その表情はどこか疲れた顔をしている。
営業を終了した間近だったのだろう。
いや、もしかしたら心労も重なっているのかもしれない。
とりあえず、光司はすぐに返答をする。
「いえ、今日は客としてでなく、少しご相談が……」
「相談、ですか?」
「ええ、高町なのはさんの事で少し……。お母様はいらっしゃいますか?」
「!」
すると、女性が驚いた顔をした。
少々なのはの名前を出すのは良くなかったかと思う光司。
しかし、用件はすぐに話さないと客と間違われるため、やはりこうするしかなかった。
「えと、私がなのはの母の桃子です。失礼ですが、あなたはなのはとどういった……?」
「ああ、あなたがなのはちゃんのお母さんでしたか。僕は天城光司(あまぎ こうじ)、少し前からなのはちゃんと遊んでいる……いわゆる友達って奴です。よ
ろしくお願いします」
「こちらこそ。それで、なのはの事で相談とは?」
「……少し長くなるので、席をお借りしてもいいでしょうか?」
苦笑しながらそう言うと、桃子も察してくれたのかカウンターに案内してくれた。
光司がカウンターに座った後、彼女はお茶を出してくれ、同じく隣に座る。
「早速ですみませんが、単刀直入に言います。なのはちゃん……寂しそうにしていましたよ?」
「っ!?」
光司の言葉に一瞬驚いた表情を見せる桃子。
しかし、それで光司が事の次第を理解するには充分だった。
「その分ではご存知なかったようですね」
「……えぇ」
申し訳なさそうな表情で肯定する桃子。
対する光司はそれでも特に怒る事はなく続ける。
「恐らくあなたがご存知なかったのは、なのはちゃんが笑顔で遊んでいるなどと言っていたからではないですか?」
「……えぇ、その通りです」
そう、桃子は今光司に言われて初めて娘のなのはが寂しがっている事を知ったのだ。
いつも笑顔で「私は大丈夫だよ」、「うん、良い子にしてるね」、「公園で遊んでいるの」と言っていたから、なのはが寂しがっているという事にすら気づかな
かった。
桃子のその態度に自身が責めているのだと、光司は思ったのだろう。
苦笑してやんわりと話す。
「いえ、別にあなたや家族を責めている訳ではないんです。なのはちゃんからたどたどしくはありましたが、ある程度そちらの状況は聞いておりましたので。無
理もないと思います。僕自身も彼女が公園で寂しそうにブランコに座っているのを最初に見ていなければ、わからなかったでしょうから」
「……すみません、ありがとうございます」
そう言ってお礼を言う桃子に、光司はまた苦笑する。
「そういえば、なのはとはいつから?」
「一週間程前くらいですかね。たまたま、公園で寝落ちてしまった時に彼女が夜遅くの公園にいたのがきっかけです。それからはずっと彼女と遊ぶ事になって、
以降送り迎えする立場になってますが」
「そうでしたか。重ね重ねありがとうございます」
「いえ、私の意思でしている事ですので」
そして、ここで光司は本題に入る事にした。
それ程かける時間もある訳ではないのだ。
「……少々話が逸れましたね。戻しましょう。そのなのはちゃんですが、このままだと将来歪んでしまいますよ?」
「!?」
その言葉に目を見開いて驚く桃子。
光司はとりあえず続ける。
「数日間なのはちゃんと遊んで話していて気づいたのですが、彼女本当は寂しいのに何でもないように笑うんですよ。大丈夫だからって。まるで、他人に迷惑を
かける事を避ける……いや、僕には恐れているみたいに見えました」
「………」
「なのはちゃんの心理も無理はないと思います。恐らく、あなた達は本当は大変なのに彼女には大丈夫って言い聞かせていたのではないですか?」
「えぇ、その通りです」
「やはり、そうでしたか。僕なりに考えてみたのですが、これが近いだろうと思ってました。無論あなた達は彼女に甘えてほしいという事で、安心させるために
言ったんでしょう。そこに非はないと思います。でも、なのはちゃんはそれを別の意味に勘違いしてしまった」
「勘違い…ですか?」
桃子の言葉に、光司は頷いた。
「えぇ。何らかの形で手伝おうとした彼女はこう思ったのかもしれません。……自分はいらない子じゃないのかって」
その時、桃子は思わず立ち上がってしまった。
「そんな事は!!」
「えぇ、そんな事はありません。現に僕が話をしている間、あなたはなのはちゃんを心配する母親そのものだ。僕もあなたがそういう人間だとは到底思えない。
けど、なのはちゃんはそう解釈してしまったんでしょうね」
とりあえず桃子は自分を落ち着かせ、再び席に座る。
「どうして……そう思われたんですか?」
「そうですね……。理由はあります。1つは、彼女に出会った頃に言われた事が1つですね。単純に言われた事は、彼女といて僕が迷惑にならないか、というも
のだったんですが、その言葉をなのはちゃんは何故かひどく怯えた様子で言うんですよ。まるで、他人に迷惑をかけてはいけないと自分に言い聞かせるように。
別に僕がどうしようという意思に関係なく。そして、その返答で僕が迷惑じゃないと言った言葉にひどく安心した様子を見せたのは、よく覚えています」
「………」
「もう1つは……これはあくまで僕の推測なのですが、あなた方が思われているよりなのはちゃんの精神がずっと大人びていると思います。それが、この勘違い
を引き起こした。僕はそう思ってます」
「なのはの精神が…大人びている…ですか?」
光司の言葉がかなり不透明だったのだろう。
桃子はやや首を傾げている。
「ええ。普通の子供ならこんな解釈の仕方しないと思います。だって、なのはちゃんの年頃ならまだ親の言う事を素直に聞いて信じてしまうんですから。でも、
なのはちゃんはそうじゃなかった。それに、彼女色々な事に気づくんですよ?正直目ざといって思う時もあったくらいですから」
「………」
「だから、彼女の心理も無理はないと言ったんです。家族が忙しくしているのに、自分は何もできない。だから自分はいらないんじゃないかって。なら、迷惑を
かけてはいけない……そう思ったんでしょう」
「………」
光司の言っている事が100%ではないにしろ、説得力のある物に思えたんだろう。
口を開かず、黙って聞く桃子。
「一見それは良い事に見えるでしょう。しかし、なのはちゃんのそれは一種の脅迫観念だ。このままでは将来何もかも自分で背負い込んで、終いには抱え込みす
ぎてどこかで必ずそれが爆発するか精神が耐え切れずに不安定な人間になってしまう。あなたは、あなた達はそれでは良くないんでしょう?」
「えぇ、もちろんです」
「だから、こうして相談に来たんです。今は僕が遊んであげていますが、その内時が進めば彼女が僕に依存してしまいかねない。それでは遅いんです。そうなら
ないために、彼女の帰る場所はいつもでも家族であるあなた方の所にする必要があるんです。だから、こうして来ました。なのはちゃんの心の闇を救うのは僕
じゃない。あなた達なんです」
「……そういう事でしたか。……情けないですね」
少々悲しみの表情を見せる桃子。
「夫が入院して、店が忙しくなって……それを理由にあの子がどれだけ寂しがっていたのかをずっと気づいてあげられなかったんですから……」
確かに母親である桃子が気づけなかったのは良くない事だ。
一番近くにいた彼女達が気づかないなんて愚かな事はないだろう。
しかし、光司はそれをいけない事だとは思わなかった。
まだ、なのはの歪みは完成していないし、充分にそれは元に戻せる物だったからだ。
だから、言う。
「そんな事ないですよ」
「え?」
「なのはちゃんの歪みはまだ定着した物ではありませんから。これから充分に取り戻せる物です。ですから、私がこうして来たんですから」
「……本当にできるんでしょうか?」
「大丈夫。ですから、今から話す事に協力して頂けないでしょうか?それが続けば、彼女の歪みも徐々に治るはずですから」
「……わかりました。それで、それはどういった事なんですか?」
その言葉を待っていたように、光司は桃子になのはの歪みを戻す解決策を話していった。
そして、それを影で見ている人がもう1人。
その人物も光司が計らずとも協力してくれる事となる。
翌日、またいつものようになのはと遊ぶ約束をし、遊んだ光司は帰りはいつも通りではなく、翠屋に向かっていた。
「……ねぇ、光司お兄ちゃん」
「ん?」
「やっぱり…迷惑じゃないかな?その…お母さんもお姉ちゃんもお店大変なんだし……私が行ったら……」
そう言って不安そうにする彼女に、光司は笑顔で答える。
「大丈夫だ。ちゃんとなのはちゃんのお母さんの許可は取ってあるから問題ないよ」
「でも……」
「そんなに心配しなくても大丈夫。この時間なら店は終わってるから、なのはちゃんが帰っても特に問題はないさ。それに、僕もいるからね」
「……うん」
そう言って、とりあえず納得はしたもののやはり不安そうにするなのは。
しかし、光司にはこれ以上は言えない。
ここから後は、全て彼女の家族次第だ。
光司がでしゃばっても何の意味もないのだ。
そして、店に着いた二人はドアを開けて店内に入る。
すると、出てきたのは桃子さんではなく、なのはの姉らしき女性だった。
髪を三つ編みに結って、眼鏡をかけている。
「あ、なのは!おかえり」
「あ、お姉ちゃん。ただいまなの」
出迎えてくれた姉に先ほどの暗さは見せずに答えるなのは。
いつもならここでなのはに待たせるのだろうが、今回は違った。
姉の方が、なのはに近寄り屈む事で目線を合わせて、口を開いた。
「なのは、ちょっとお店の片付けで手間取ってて手伝ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「……え?」
遅く帰った事を怒られるのかと思っていたのか、なのはは唖然とする。
しかし、なのはの姉はそのまま続けた。
「だから、手伝ってほしいの。なのはは小さいからまだ全部とはいかないけど、食器運びなんかをしてほしいんだ。いい?」
すると、2回目でようやくなのはも姉の言っている事がわかったんだろう。
どこか不思議そうに、そして不安そうに姉に確認する。
「えっと……私がいても…迷惑じゃないの?」
その言葉になのはの姉は首を振った。
「ううん、そんな事ないよ。もちろん失敗したって、そんな事一切思わないから。それに思ってたらなのはに頼まないよ?」
「ほんとに?」
「うん。約束する」
「……じゃあ、手伝うの!」
少々なのはは考えた後、元気良くそう返事した。
それでなのはの姉も笑顔になる。
「そっか。じゃあ、厨房に行ってお母さんのところに行ってきて。お母さんに聞けば、何をしてほしいか言ってくれると思うから」
「うん!」
そう言って、なのははとてとてと走りながら厨房の方へと向かって行った。
「あんまり走ると危ないよ!」
「大丈夫〜!」
その言葉に、なのはの姉は苦笑した。
そして、なのはが行ったのを確認すると、今まで黙っていた光司の方に向く。
「えっと、あなたが光司さんですよね?」
「はい、そうです」
「私、高町美由紀といいます。なのはの事、色々とお世話してくださったみたいでありがとうございます」
「いえいえ、僕の意思でやった事ですから」
そこで、美由紀は下げていた頭を上げると、光司を覗き込む。
「あの、何か……?」
「えと、光司さんって年いくつ?」
「確か18です」
「あ、私より年上なんですね。その…随分と見た目以上に大人びてるから、びっくりしました」
その言葉に、光司は苦笑する。
「まあ、色々とありましたから……」
その言葉に、直感的にあまり詮索しない方がいいだろうと判断した美由紀は話題を戻す事にする。
「それで、光司さん。今回の事、お母さんから聞きました」
「そうですか」
「すみません。私達の問題なのに、あなたに解決の糸口まで出してもらうなんて……」
そう、今回の事は先日光司が言い出した事だった。
なのはの「迷惑をかけたくない病(仮)」は、他人に必要とされないと誤解し恐れている事が原因。
ならば、まず家族からなのはができる範囲で彼女を必要とする理由を作ってやればいい。
そこで、今回なのはをあえて店に来させ、軽い手伝いをさせる事でまずは自分がちゃんと必要とされる存在という事を認識させるようにした。
無論、これは1回で済む話ではないので、これ以降ずっと続けてもらう事になる。
そうすれば、少なくとも自分がちゃんと必要とされる存在だという事は認識できるようになる。
後、狙いは他にもある。
それは、家族となのはのいる時間を増やさせる事で必然的に今までおざなりだった家族の触れ合いをもう一度戻そうというものだ。
これがしっかりとできれば、少なくとも彼女が寂しさを抱く事はもうないだろうし、家族がバラバラになったりする事も将来的に少なくなるだろう。
そういった事を説明した上で、なのはの母である桃子に光司はお願いしていた。
もちろん、桃子はこれを快く受けてくれたので、今回のような運びとなった。
そして、もちろん彼女の家族にも協力してもらう事を言ったので、今回なのはの姉である美由紀が出てきてくれたのだろう。
「いえ、少しなのはちゃんを放っておくのはまずいと思ったからこうして行動したまでですので。気にしないでください。それに、今後はあなた達家族にかかっ
ているのですから、僕はそのきっかけを作ったにすぎませんよ」
しかし、美由紀はそれでももう一度頭を下げた。
「それでも、ありがとうございます」
ここまで感謝されると、さすがに光司も照れ臭かった。
しかし、顔を上げた美由紀はそれを気にする事もなく、光司を空いていたカウンターに案内する。
「少しここで待っててください。今、お茶を出しますから」
しかし、光司はそれを断ろうとする。
「いえ、僕にお構いなく。正直、このまま帰るつもりでしたので」
だが、美由紀はそれをやんわりとだが認めなかった。
「遠慮しないでください。ここまでして頂いていたのに、ここですんなり帰られたら私達の気が済みません。それに、なのはもいますから。今日はこっちで夕飯
を食べていってください。ご馳走しますから」
さすがにそうまで言われると、光司も弱い。
確かになのはへの処置はまだ始まったばかり。
別に自惚れているつもりはないが、少しばかり自分がいた方がいいかもしれないと光司は考える。
そうすると、断る理由もなかった。
「……わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます」
こうして、光司は高町家で夕飯を頂く事となった。
その食卓は、久しぶりに家族で和気藹々とした雰囲気が見られる良いものだったと後に高町家は語っている。
そして、光司はこれ以降時々であるが、高町家で夕食を一緒に取る事となった。
あとがき
まとめて第3話でします。
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