魔法世界流浪伝




















第7話 お約束の悪党の所作



翌日。
光司が病院に担ぎ込んだ時、クイントは既に意識を失っており、かなりの重体だった。
先日の戦闘で消耗していた体力と魔力に加え、体の至るところに重傷。
失った血の量もかなり多く、正直光司が医師に容態を聞いたところ光司が駆けつけていた時点で戦えていたのが奇跡だと思えるものだった。
だが、その手術も無事に終わり、今は命に別状はないという事でクイントは今は病室で寝ている。
そして、現在光司は病院のロビーの一角で、クイントの家族であるナカジマ一家と面会を果たしていた。
クイントの旦那さんであるゲンヤ・ナカジマ。
そして、2人の娘であるギンガ、スバルである。
そして、ゲンヤが開口一番頭を下げながらお礼を言ってきた。

「妻を助けて頂いて、本当にありがとう。何てお礼を言ったらいいか……」

「お母さんを助けてくれて、ありがとうございます!」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

しかし、助けた光司はあまり良い顔をしていなかった。

「顔を上げてください。僕はお礼を言われるような事まではしていません」

「しかし──」

「僕は、他の生き残っていた皆さんを見捨てる事でしか彼女を助ける事ができなかったのですから」

そう、今日クイントが所属していたゼスト隊はクイントを残して全滅との報道がされていた。
つまり、生き残ったのは彼女のみで、あの状況で助けられたのは光司の予測通り彼女だけになってしまっていたのだから。
嫌な予感だけは的中する。
これを聞いた時には本当に勘弁してほしいと思う光司だった。

「……そうか、すまない」

「いえ……こちらこそすいません。わざわざこうして来てくださったというのに……」

そう言うと、しばし黙ってしまった2人だったが、この空気はどうもいけないと思ったのかゲンヤが再び口を開いた。

「妻の命を救ってもらった恩人にこんな事聞きたかないんだが、おまえさんはどうしてあの研究所に?」

光司が管理局に所属していない人間だとゲンヤには既にわかっていた。
管理局でもない、ましてやゼスト隊との関わりもない人間が何故あの場にいたのかゲンヤには局員としても知っておく必要があったからだ。

「はっきり言ってしまえば、偶然です」

「偶然?」

ゲンヤの横にいたスバルが可愛く首を傾げる。
その言葉に光司はスバルを見て、笑顔で頷いた後、すぐにまじめな顔に戻る。

「えぇ。あの研究所には転移魔法で間違って転移してしまいまして……。だから、あの研究所にいたのも、クイントさんを助けられたのも…全て偶然です」

「……そうか。恩人のあんたが言うんだろう。そうなんだろうな」

ゲンヤはしばらく光司の表情を見ていたが、彼は嘘は言っていないと判断し追及はしなかった。
単純に長年管理局に勤めている人間からしても、彼の瞳が嘘をついているようには見えなかったからだ。

「ただ……」

「ただ?」

「その偶然で、クイントさんの命やあなた達家族の笑顔が守れた。というのであれば、それはそれで良かったのかもしれません」

そう言ったところで、初めて光司が少し笑顔になった。
それに釣られてゲンヤも笑顔になる。

(あぁ、そうだな。あんたのその偶然で、俺達は助かったんだからな)

言葉に言わず、心でゲンヤはそう呟いた。
彼には言葉で言っても、先程のように遠慮される可能性がある。
だから、自身の心に刻み付けるようにゲンヤはその言葉を心で言ったのであった。
とりあえず、言葉だけでなく、しっかりとしたお礼もしたいと考えていたゲンヤは話を変える。

「そういえば、おまえさんどこかに住んでいるのか?話を聞く限りそうでもないように思えるんだが……」

「はい、ゲンヤさんのおっしゃる通りです。僕、流浪の旅人な物で……」

ゲンヤの問いに、光司は苦笑するしかなかった。
世間では流浪の旅人というのは、評価が低いからである。
だが、対するゲンヤはそれで何故か笑顔になった。
まるで何かを釣り上げたかのような……。

「なら、おまえさん少しの間家に泊まっていかないか?」

「へ?」

呆気にとらわれる光司に、ゲンヤは構わず続ける。

「正直、妻を助けてもらった恩人にこのまま何もせずに終わるのはどうしたところかと思っていたところなんだ。どうだ?折角だし、家に泊まっていかないか? 色々とこっちもお礼したいしな」

「いや、しかし……」

すると、ここでスバルが便乗してきた。

「わあーい!お兄ちゃん、家に泊まっていくの?」

「ああ、そうだ。こうなったら今日からしばらくはご馳走だな!」

「わーい!」

「ちょっと待ってください……おろろろ」

喜ぶスバルに、進む話におろおろする光司。
すると、ここでギンガが進言してきた。

「光司さん、折角ですし泊まっていってください。私もお父さんと同じ気持ちですから。気にしないでください」

そうまで言われてしまうと、こちらとしても断りにくくなる。
加えて、ギンガの隣では既にゲンヤとスバルが既に泊まらせる方向でわいわいと話を進めている。
これでは、もう断る事もできないだろう。

「わかりました。しばらくお世話になります」

「はい」

笑顔でそう頷くギンガ。
すると、ゲンヤはしっかりと話を聞いていたのか立ち上がった。

「さあ、そうと決まれば早速準備を……」

なんかお祭りムードになりつつあるゲンヤ。
あんたまだ妻退院どころか目覚めてすらいないだろう。

「ゲンヤさん、ちょっと待ってください」

「ん?何だ?不服か?」

「いえ、そうではなくて少しお願いがあるんです」

「お願いか……。何だ、言ってみてくれ。恩人のあんたが言う事だ。基本それなりの事であれば聞こう」

ゲンヤは座り直して、話を聞く姿勢を見せる。
光司は、早速お願いを言う。

「泊めて頂けるのはありがたいんですが、しばらくクイントさんの病室に泊めさせてもらえないでしょうか?もちろん看護士さんからの許可は取ります」

「ふむ……。それは、またどうしてだ?」

光司が頼んだ事自体はそれほど難しい事ではない。
家族である自分達が許可して協力して看護士に頼めば、すぐにでもできるだろう。
だが、助けたとはいえそれ程親しくもないクイントの病室に泊まらせてほしいというのは些か変な頼みごとでもあった。

「そうですね。あえて言うなら、悪党の所作は今も昔も大して変わらない…といったところでしょうか」

「「?」」

光司の言葉によくわからないといった風にギンガとスバルは首を傾げた。
だが、長らく管理局に勤めているゲンヤにはそれで光司のお願いを言い出した理由がわかった。

「……わかった。そういう事なら、看護士には俺からも頼んでおこう。最後まで、世話かけてすまないな」

「いえ、それは音沙汰がなくなってから言ってください」

「……そうだな。俺も忙しい身だ。すまないが、妻の事少しの間頼む」

「わかりました」

こうして、少しの間、光司はナカジマ家にお世話になる事とクイントの病室に泊まる事が決定したのであった。


























そして、その夜……。
クイントの病室で軽く目を閉じて、座り込んでいた光司は気配を感じて目が覚める。

「……来たか」

ガシャ…ガシャ……

機械独特の無機質な気配に、金属のこすれる音。
光司は焦る事なく、ゆっくりと病室の扉を開けた。
すると、通路の先には研究所でも見たガジェットが数機。
光司は鋭い目でガジェットを睨みながら、ゆっくりと扉を閉める。
そして、デバイスとバリアジャケットを瞬時に展開。

「サブオプション、モード『サテライト』」

〈オプション転換(コンバート)〉

光司はそう唱えると、デバイスもそう応じる。
しかし、外見に変化はない。
だが、光司はそれを気にせず、右手にある者を生成する。
それは、小さな機械にも見える物だった。

(サテライト射出、1つはこちらに、もう1つは病室に)

すると、その小さな機械は1つは光司の上に、1つは病室へと消えていった。
これは、光司が使う一般的で言うサーチャーと同質の物。
だが、その精度はあのクアットロの幻術さえ見抜くものを持っている。
それを光司は敵のステルスと万一侵入されたための警戒用レーダーとして使った。
病室に張ったのは、敵を感知すると同時に光司に警報として対象に危機が迫っている事を知らせるようになっている。
サテライトの情報は光司の脳に直結し、ダイレクトでその情報を共有する事でより正確に収集した情報を光司は知る事ができる。
サテライトが感知した敵情報が頭に流れてくる。

「……敵は10機。増援が来るかはわからないが、今のところはこれで全てか」

だが、こちらが視界に捉えているのは前後合わせて5機程。
つまり、残り5機は壁の向こう側かもしくは窓側の方に向かっているという事になる。
なるほど。
襲撃者もこちらがある程度護衛を用意している事は想定していたらしい。
だが……。

「機械相手に、容赦はしない。消えろ」

その言葉を皮切りに、光司がデバイスに組んだ結界を展開する。
展開した結界は、封鎖結界の1種。
それは、対象を1機たりとも逃がさないという意思の表れだった。
そして、それと同時に光司が鞘に付いていたチャクラムを後方のガジェットに飛ばす。
ガジェットはAMFを展開するが、チャクラムには無意味だった。
チャクラムは勢いを落とす事なくガジェットに飛翔し、瞬く間に後方にいた2機のガジェットの動力部を切り裂く。
光司の操るチャクラムは魔力制御で成り立っている物ではない。
あくまで、デバイスによる自動制御をして自律行動している独立した武器だ。
魔力で切り裂くのではなく、武器そのもので切り裂く。
それが光司の使用するチャクラム、そしてデバイスであった。
二機の停止を確認し、壁の向こう側にいるガジェットを殲滅するべく、レーダーに反応のあるガジェットを対象にし、チャクラムを追尾及び攻撃に入らせる。
それと並行して光司は前方のガジェットに向けて飛び出す。

ピピピ!

ガジェットが迎撃行動に入り、レーザーを光司に向けて一斉に掃射してくる。
しかし、光司はそれを飛び上がって回避。
さらに回転を加えたその体で天井に着地すると、すぐに天井を蹴って、今度は壁に。
壁に、天井に、床に、縦横無尽に駆け抜ける光司。
並みの人間の、いや例え魔導師でもできない3次元の動きにガジェットの動きが止まる。
いや、正確には止まっている訳ではない。
単純に、縦横無尽に飛ぶ光司を照準に捉え切れないのだ。
そうしてる間に、光司とガジェット3機との間は瞬く間に縮まっていた。
天井を蹴った光司は逆さまになったまま、抜刀する。

“連閃抜刀術 光爪閃 三連”

瞬間、ガジェットの3機の間を光司が通過。
そして──。

……カチン

スパン、スパン、スパン!!

光司が刀を納刀した瞬間ガジェットが真っ二つ。
胴体ごと真っ二つにされたガジェット3機はすぐにその機能を停止する。
その直後、視界外のレーダーにおさめていた敵もチャクラムが撃破。
残るガジェットもチャクラムで撃破できるだろう。
そう思っていたところだった。
光司の後方にガジェットがまた数機現れる。
光司が抜刀し、背後に一閃。
撃たれたレーザーが振るわれた刀に当たり、弾かれる。

「……増援。やはり、波状攻撃でくるか」

敵はやはりクイントの護衛が少なく、またその対象がいる事を上手く取り、波状攻撃を仕掛けてきた。
定石にして効果的な戦略。
だが、そんな事は光司も承知の上だった。

「……いくらでも来い。俺が、全て鉄くずにしてくれる」

口調だけでなく、自分の呼称も変化した光司は再びガジェット群へと身を躍らせた。
長い夜はまだ始まったばかりであった。


























そして、光司が戦闘を始めて1時間半。
総勢送られてきたガジェットは50を超える。
光司はそのことごとくを殲滅。
辺りにはガジェットの残骸が至るところに捨てられていた。
1時間程で殲滅後、光司は30分間ずっと警戒を続けていたのだ。
もう後続はないようだ。
そう判断した光司は鋭い目でガジェットを睨みつけたまま刀を納める。
すると、視線の色も元に戻る。

「……これは、後片付けが大変そうだ」

辺りのガジェットの残骸を見ながら、光司はそうぼやき、デバイスとバリアジャケットを解除し、戦闘態勢を解くのだった。
クイント・ナカジマは無事に無傷で守り通す事に成功した光司であった。


















そして、その様子をある者が観察していた。
ガジェットごしであったため、今は既にその観察は終わらせられている。
それを観察していた白衣の男は磁気嵐の流れる映像を見て、ほくそ笑んでいた。
そこへ、女性がコーヒーを持ってやってくる。

「どうでしたか、ドクター」

コーヒーを男の前に置きながら、尋ねる女性。
その言葉に喜々としながら男は答える。

「ああ、それだがね。クイント・ナカジマに差し向けたガジェット総勢60機。全て破壊されたよ。ククク、全くやってくれるね」

「全て、ですか!?波状攻撃で仕掛けたアレを全て?」

男は頷く。

「そう、全てだ。しかも、たった一人の男にね。いやはや、彼は素晴らしい。是非とも一度会ってみたいところだ」

それで、女性にもこの男が喜々としている理由がわかった。

「……もしかして、例のクアットロとセインを退けた?」

「ああ、あの男だよ。ガジェットからの映像だと、襲撃される事を既に読んでいたようだね。全く、素晴らしい!1人でガジェットを退ける、目には捉えきれな い 程の速さとAMFすら物ともしない圧倒的な戦闘力!何より、戦闘だけでなく私の戦略すら読んでしまったその洞察力が素晴らしい!!いや、ただの人間にここ まで興味をそそられるとは……全く、これだから世の中は面白い!!」

「………」

(……あぁ、またドクターの悪い病気が)

女性は、男の言葉に黙ってため息をつく。
この男、自分達の生みの親でもあり、非常に優秀な頭脳を持っているが、困った事に興味を持てる対象があると振り切る程のハイテンションになる悪い病気みた いな癖がある。
つまりは、この男知識フェチというか欲望に忠実な馬鹿でもあるのだ。
天才と馬鹿は紙一重とはよく言ったものである。
とりあえず、女性はオホンと咳払いをして本題を進める。

「それで、どうします?明晩もガジェットを差し向けますか?」

その言葉で高笑いしていた男も笑いを止め、真剣な表情で少し考えた後、口を開く。

「いや、やめておこう。恐らく彼の事だ。クイント・ナカジマが目覚めるまではずっと病室に張り付いているはず。ならば、ガジェットをどれだけ差し向けよう と無駄さ」

「しかし、よろしいのですか?」

女性が言うのは、彼らの上の指示もあるが、単純にあの研究所に関して何かばらされないかということである。

「何、問題はないよ。あの研究所に関して重要な情報を持っていたのは、隊長のゼスト・グランガイツだ。クイント・ナカジマは隊として優秀な魔導師ではあっ たが、恐らく大事な事は何も知らない。あの時点ではまだゼスト・グランガイツも内定を進めていた途中だっただろうからね。ならば、生かしておいたところで 問題はないさ」

この言葉に女性は特に反対する事もなかった。
それならば、刺客は男の言うとおりもう無用だと結論にも賛同する。

「……わかりました。では、最高評議会の方には戦術面、戦力面、情報面からそのように提示して伝えておきます」

「ああ、頼むよ。ウーノ」

そう言うと、ウーノと呼ばれた女性は一礼して部屋を出て行った。
その後、男は録画していたガジェットの映像を再度再生させる。
と言っても、映像先の青年が映っていたのは最初の方だけで後はほとんど彼の姿を捉えられてはいなかった。
単純に何か横切ったという程度でしか見えないのである。

「……高速移動魔法を使用せずにこの速度、さらにはあのデバイスの硬度と切れ味。通常の魔導師ではまず見られない装備に戦法だね。……こちらでも色々と調 べさせてもらうとするか」

そう1人男は呟くと、目の前のモニターに向かい、キーを叩き始めた。










これ以降、クイントが目覚めるまでガジェットや刺客が差し向けられる事はなく、これより3日後。
彼女は入院した病院で目覚め、再び改めて家族と再会を果たすのだった。



















あとがき

どうもこの作品を見て頂いている読者の方々、約1週間ぶりです。
さすがに以前のようなテンションとはいきませんでしたので、少々遅くなってしまいました。
まあ、私からすればこれでも充分早いんですけどね。
普通は1ヶ月に1話というかなりのスローペースですから。

今回の第7話ですが、よく悪のお代官様とかそういう立場の人がよくやる暗殺を阻止するお話です。
今回新たに主人公のオプションというモードが顕になりました。
単純に武器の形態を担当するメインとは違って、こちらは機能的にサポートするいわばサブの役割を担うモードですね。
つまり、サテライトは索敵に富んだモードという訳ですね。
他にも少々機能もあったりします。
主人公も今回戦闘しまくりでしたが、それで熱かった!と思ってくだされば私としてはそれで満足です。
後は、ナカジマ家との対面ですね。
ギンガ、ちょっと大人すぎたか?などと考えたりもしましたが、まあしっかりしたお姉さんという立場でいいかなという事でこれに落ち着きました。
何か違和感などあれば、このキャラはこういう人だよ!って言ってくだされば、修正します。
キャラクター性は大事にしていますので。

次回は、一転してほのぼのした感じの話となります。
と言っても、ナカジマ家のお話は次回で最後なんですけどね(苦笑)
という事で、最後まで読んで頂いてありがとうございました!
また次回もよろしくお願いしますね!



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