『ヒュウガ・ヒナタ』VS『ヤクシ・カブト』

 電光掲示板に名前を表示された二人は、試合場の中心で10m程距離を置いて対峙していた。

 片方は余裕そうな表情で、片方は緊張で固まった表情で、両者それぞれで今から己が戦う相手を見ている。

「…まさか貴女がここまで残るとは思いもしませんでしたよ…ヒナタ様」

「あ!そう言えばあの人は日向宗家の……相手は僕達の先輩だそうですけど、ネジはこの試合どうなると思います?」

「ふん…精々日向の名に傷がつかないようにしてくれれば、俺はあの人が勝とうが負けようがどうでもいい」

「ネジ…君はまだ……」

 ヒナタとカブトのその様子を上の階から見て話すのは、日向ネジとロック・リーの二人。

 リーは手摺から身を乗り出すようにして下にいる二人を見ているが、ネジは腕を組んで見たくもないモノでも見るかのような顔をして、下にいる自分の従妹を見ていた。

(……出来損ないは出来損ない。それは絶対に覆せないのですよ。ヒナタ様…)

 ネジは胸中にてそう吐き捨てる。父を亡くして早十年…未だ消えない憎しみは今も尚変わらず、ネジの心を蝕んでいた。

▼ ▼ ▼ ▼

「では、始めて下さい!!」

 審判の人にそう言われて、私は直ぐに後ろに下がって白眼を発動させた。白眼を通して試合の相手カブトさんを見る。

 ナルト君には気をつけろって言われたけど、そんなに怖い人には見えない…と思う。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。日向のお姫様に怪我でもさせたら、僕が日向の当主様に殺されてしまいますからね」

「…お父様は関係ないです……」

 …まただ。またお父様が私の前に現れるんだ。

「う?ん…関係ないって言われても、実際はめんどくさい事になるんですよね。だから、この試合を棄権してくれませんか?手加減しながら戦うのって、僕出来ないんです」

「……え?」

 棄…権……?何で?どうして?カブトさんのその言葉に頭の中が混乱してしまう。

「あれ?聞こえませんでしたか。棄権して下さいと言ったんです。僕が棄権してもいいんですけど、そろそろ中忍になれって担当の人がうるさくて」

 カブトさんの口から出てくる言葉に、私はどうしたらいいか分からなくなってしまう。

「それから……失礼ですけど、僕があなたに負ける要素って何一つないんですよね。この塔にいる下忍24名中、確実にあなたが一番弱い。僕は親切心で言っているんですよ?今なら怪我もせず、綺麗な顔のまま帰れるんですから」

「わ…たしは……」

▼ ▼ ▼ ▼

(ヒナタ……)

 紅は心中で自分の教え子の名前を呟いた。カブトの言葉に怯んでいるのがここからでも分かるほど、ヒナタの体は震えている。

「ありゃ、駄目だな。すっかり相手の空気に呑まれてやがる」

「………」

 隣にいるアスマの言葉に答えることなく、紅はただ黙って自分の教え子を見続ける。そして、紅はヒナタが自分の担当になる事になった旨を伝えに、日向宗家へと足を運んだ時の事を思い出す。

『ハナビ…今日の修行はこれで終わりだ』

『ハァハァ…はい、父上…』

 その日、日向宗家を訪れた私の目に入ってきたのは、木刀を手に持ったヒアシ様が、ヒナタの妹であるハナビに修行をつけている光景だった。ハナビは荒い呼吸を繰り返し、道場の床に座り込んでいる。

『ヒナタはこれから私の下につきます。ですが、本当によろしいのですか?ヒナタは日向宗家の跡目の筈……下忍としての仕事は常に死がついて回ります』

『好きにせい……アレが自分から言った事だ』

 木ノ葉で最も優秀な名門『日向一族』。その長女として生まれたヒナタは本来なら大事な後継者であり、可愛い自分の子どもである筈だ。

 下忍の任務で万が一死ぬ事になったら大変な事になる。だから、代々一族の跡目には現当主自らが修行を課すのが通例。しかし、ヒナタは…。

『アレは戦う事が嫌いな子だ。小さな頃から修行を付けさせていたが、今では妹のハナビの方が実力が上だろう。それに……アレが私を苦手にしている事も知っている。だが、そんなアレが「忍者アカデミーに入学して、下忍になりたい」…最初で最後の我が儘と、私に頭を下げてきた』

 自らが修行を課す筈だった娘…。だが、その娘は父親という非常に優れた師よりも、アカデミーに入り下忍となる道を選んだ。

 ヒアシ様の思いとしては、自らが修行を課すことで自分以上の当主にしたいというモノがあった筈だ。でも、今私の目の前にいるヒアシ様の顔には笑みがあった。

『あの気の弱いヒナタが、この私の眼を真正面から見据えて言ったのだ。……無下に断るわけには行くまい?』

『しかし……』

 それでもヒナタが宗家の姫である事は疑いようもない事実。本当にそれでいいのか?私は再度ヒアシ様に問いかけようとしたが…。

『娘は変わろうとしておる……。親としては静かに見守ってやりたいのだ』

 ヒアシ様は持っていた木刀を壁に掛けて、ここに来てはじめて私を真正面から見てきた。

『紅よ…娘を頼む……』

『……はい』

 ヒアシ様の真剣な眼差しに、私はただ頷くしかなかった。そして、ヒアシ様に一礼して道場を出たところで私は足を止める事になった。なぜなら…。

『!!』

 道場の戸から二歩いくか、いかないかの所に1人の少女が立っていたからだ。

『……ヒナタ…』

 妹のハナビと同じ修行着を身に纏ったヒナタがそこにいた。先のヒアシ様と私の話を全て聞いていたようで、ヒナタの双眸には今までにない強い意志が宿っているように感じた。

 アカデミー生の時とは違う、忍びとして生きていく覚悟を持った、そんな強い意志が宿っているかのように。

▼ ▼ ▼ ▼

「あなたがどうしても戦うと言うのなら、僕は構わないですけど……その時は怪我をしても知りませんよ」

「…お父様とか怪我とか…そんなの関係ない!私は、自分の意志でここにいるんです!!」

 か細い声を張り上げて、ヒナタは自分の意志をカブトに伝える。戦える。自分は戦えると己を鼓舞しているのかもしれない。

「あぁ?ムカつくッ!!ヒナタ!そんな奴ブッ飛ばしちゃいなさいッ!!!」

「確かにあの何もかも全部決め付けてる感じ、気にいらないかも」

 カブトの言い分に、俺の隣で観戦しているいのは声を荒げ、テンテンはいつも笑みを浮かべている顔に嫌悪を浮かべている。

 ムカつくはムカつくが、俺はヒナタに棄権してもらいたかった。カブトの奴がただ試合をするとは思えないし、何よりヒナタの事が心配だからだ。

 原作でもネジとの試合で、一歩間違えれば死んでしまうような怪我を負ったんだ。ヒナタの気持ちを考えれば応援してやりたい。だが、相手はあのカブトだ。

「はぁ……強情なお姫様ですね」

 メガネの位置を直し、やれやれと肩を竦めるカブト。手を腰のポーチへと突っ込み、メスを取り出してそれを弄びはじめる。

「僕は棄権するように勧めましたからね?審判さんも、皆さんも聞きましたよね?」

 カブトはメスを左手でペン回しの要領で弄りながら、ハヤテとそれから『俺』を見て笑みを浮かべてきやがった。

 ビシッ……。

 手摺に置いていた手が知らず知らず、コンクリートの部分を掴んでいたようで軋みを上げた。

 ヒナタはカブトのその様子に少しだけ身体を震わせるが、左手をやや前方、右手を少し下に引いて構えた。

「やはり同じ『日向流』……ネジとそっくりだな…」

「『日向流』?」

「木ノ葉で最も強い体術流派ってことだ。ま、見てれば分かるよ」

 ガイ、サクラ、そしてカカシが話をしているのを聞き流し、目の前で始まる試合に全神経を集中させる。

 でも…その前に一言だけ。原作のナルトが言ったように、俺も一言だけヒナタに勇気を与える言葉を……。

「ヒナタぁああ!頑張れぇえええ!」

「ナルト!?」

「金髪君!?」

 隣にいるいのとテンテンが吃驚したようだが、俺はもう試合に集中している。ヤバいと感じたら、絶対に飛び出してカブトを殺す。それまで…それまでは……頑張れよヒナタ。

▼ ▼ ▼ ▼

 ナルト君!!

 私が今一番聞きたかった声が、上から聞こえた。

 大丈夫。ナルト君はちゃんと『私』を見てくれている。だから……大丈夫!

「はぁあああああ!!!」

 純白の双眸に強き意志を携え、一気に前に跳び出し私はカブトさんに向けて掌底を突き出した。

「わっと…」

 そんな声を出して、軽々と私の掌底を回避するカブトさん。顔には変わらず笑みを浮かべて……私はそれが悔しくて、歯を食い縛って連続して掌底を突き出す。

 一つ一つに力を、チャクラを込めて、急所を的確に……。でも、その全てをカブトさんは体をずらすことで回避していく。

 受け止めることもなく、ただただ体を右に左にずらすだけで……。

「やぁあああああ!!!」

「これは…少し…面倒です……ね!!」

 攻め続ける私の掌底に合わせるように、カブトさんは手に持つメスのような忍具で攻撃してきた。狙いは……今突き出した私の左手!

「はっ!」

 突き出した左手を下げることでメスの攻撃をやり過ごし、直ぐに下げた手を上げて左手の甲でメスを持つ手を打つ。メスはその攻撃でカブトさんの手を離れた。

 今だッ!

(へぇ?前情報よりやるようだね…)

 カブトさんの顔に、今まで浮かべていた笑みじゃないモノが浮かんだ事に気付いた私はここで勝負に出た。

 メスを持っていた右手が上に弾かれた事でガラ空きとなった水月。そこに、溜めた右手の掌打を打ち込む!!

「やぁあああッ!!」

「ぐッ!」

 私の放ったその一撃は、狙い通りカブトさんの水月に当たった。顔を上げて見れば、カブトさんの口角から一筋の鮮血が流れているのが目に入ってくる。

 初めてダメージが通った事が分かって、それだけで嬉しくなるけど、まだカブトさんの目は死んでない。腹部を押さえながらカブトさんは後方に跳んで、私と距離を取った。

 少し前までの私には絶対に打てなかっただろう一撃。私…少しは成長してるかな…ナルト君。

▼ ▼ ▼ ▼

「入ったな…」

「スピードは速かったけど、威力があるようには見えなかったわ。それでも入ったって言えるのカカシ先生?」

 カカシの呟きにサクラが反応して言葉を返す。サクラの言う通りヒナタの掌打を客観的に見た場合、威力があるとは到底思えないモノだ。だが、あの一撃はただの一撃じゃない…。

「いや、威力はある。しかも、ただの掌底のそれよりも、な。あれこそ日向一族が木ノ葉の名門と呼ばれる所以だ」

「どういうこと?」

「日向には代々伝わる特異体術がある」

 今度のサクラの疑問に答えたのはガイ先生。ガイ先生は腕を組んだ状態で、下で戦っている二人を見たまま言葉を続ける。

「私やリーが得意とする体術。敵に骨折や外傷と言った、つまり外面的損傷を与える攻撃主体の戦い方を『剛拳』と呼ぶのに対し、日向は敵の体内のチャクラが流れる『経絡系』にダメージを与え、内蔵…つまり内面を壊す『柔拳』を用いる一族なのだ」

「見た目の派手さはないけど…後でジワジワ効いて来るってわけね」

「ま、内臓だけは鍛えようがないからな。どんな頑丈な奴でも喰らったら致命傷って事だ」

「でも、『経絡系』を攻撃だなんて…何者なの日向一族って」

 カカシにガイ…サクラ相手にそんな事教えてないで黙って観戦してろって。

 でも確かに、今の一撃は絶対に効いた筈だ。この場で手札を見せたくないカブトがヒナタを甘く見ていたお陰だけど…。

「でも、何でそんな事ができるの?だって『経絡系』って身体の中にあるんでしょう。どうやって攻撃すんのよ?」

「いや、ヒナタのあの目…『白眼』にはそれが見えている。そして柔拳の攻撃は普通の攻撃と少し違う。自分のチャクラを放出して相手の体内にねじ込み、敵の『経絡系』に直接ダメージを与えるんだ」

 下ではカブトが口から出た血を拭っている。そのまま、カブトが負けてくれたらいいんだが…。あの様子からその可能性はないだろうな……。

 けど、あのヒナタが放った一撃はダメージが重いか低いかっていう話じゃないんだ。あの一撃は…ヒナタが今まで頑張ってきた事を証明する、そんな思いの籠った一撃なんだ。

 それに気付いている人間がここに何人いるか分からないけど、俺にはちゃんと伝わったぞ、ヒナタ。お前の、強い思いがな。

▼ ▼ ▼ ▼

「…正直言って、少々驚きましたよ。まさか、日向のお姫様がここまでやるとはね」

「……」

 私のあの一撃を貰った筈なのに、カブトさんは直ぐにさっきまで浮かべていた笑みをその顔に浮かべて私を見ている。それが不気味に感じて、嫌な汗が私の背中を流れているのに気付いた。

「どうやって勝つか考えていたんですけど、貴女がここまでやるんですから、僕も少しだけ遊んでもいいですよね?」

 そう言って笑うカブトさんは両手を前で交差して構えると、そこからメスが8本飛び出してくる。

「!?」

 その芸当にビクっと固まってしまった私に、カブトさんは8本全てのメスを投擲してきた。『白眼』を発動しているお陰で6本は避ける事が出来たけど、2本を左腕と右腿に貰ってしまう。

「う…」

 また、それによって怯んでしまい体の動きが止まってしまう。同時に目を閉じてしまった一瞬の間に、私はカブトさんの姿を見失ってしまった。

 どこに行ったの!?

 キョロキョロと周りを見渡してみるけど、見つけられない。そして、それが隙となったみたいで、私はカブトさんのその一撃を防ぐことは出来なかった。

「ヒナタ後ろだぁ!!」

 ナルト君のその声で、後ろに振り向く。私の白眼はまだ後ろを見る事が出来ない。それが私の隙となって、カブトさんの攻撃を許してしまう。

「残念。ちょっと遅かったですね」

「あ…」

 カブトさんのその言葉が私の耳に届いたのと、キラッとライトに反射したメスが、私の体を斜めに切り裂いたのは同時だった。

「ヒナタぁあああああああ!!」

「う…あ……ああ…」

「これは失敗してしまいましたね。一撃で倒すつもりがあそこの彼のせいで、浅く入ってしまいました」

 膝を折って体に走った切り傷に手を添えるけど、血が止まってくれない。痛い…痛いよ…。

「まぁ、僕がさっき受けた一撃のお返し、と思ってくれれば幸いです」

▼ ▼ ▼ ▼

「おいおい、ありゃヤベぇぞッ」

「ナルトッ!!ヒナタが…ヒナタが死んじゃうッ!」

 シカマルが焦ったような声を上げ、いのが俺の肩を掴んで震える声を出し、反対側のテンテンは目を伏せてしまっている。

 そんな事を確認する時間も惜しいのに…何だってんだよこの手はッ!!

「……何だよカカシ先生…」

 俺が跳び出そうとしたのが分かったのか、カカシの野郎がいのが掴んでいない逆側の俺の肩を掴んで離さない。

「まぁ、待て。殺すような事は奴もしないだろう。それに、危なくなったら俺達上忍が助ける。だから、お前は動くな。さっきお前が勝手に動いたのも、本来なら許されないんだからな」

「……そんな事知ったこっちゃねぇんだよ先生。邪魔すんな…」

「……ナルト、担当上忍に向かってその言葉遣いはないんじゃないか?それから…俺をあまり怒らすな」

 俺は後ろに顔だけを振り向かせ、カカシへと殺気を込めた目を向ける。カカシはその俺の殺気を込めた目を受けても、頑として俺の肩から手を離してはくれない。

 …時間が惜しいって事に気付かねぇのかよ、この遅刻魔は…。

「…だが、カブトとか言う奴はなぜ動けるんだ?奴はあの子の一撃を受けた筈だが…」

 ガイが何か言ってるようだけど、そんな事知ったことじゃない。…もう無理だ。カカシの馬鹿を振り払って行くしかねぇッ。

「…『カカシ』その手今すぐを離せ。…じゃなかったら、俺はあんたをブッ飛ばしてでも行くからな」

「だから、待てと…ぐッ!」

 カカシのその言葉を待つ事なく、俺は左足を後ろに振り抜きカカシの手を肩から無理矢理外して、階下のヒナタとカブトの所に瞬身の術で移動した。

▼ ▼ ▼ ▼

「上にいる方達が何やらうるさいですね。おそらくは僕がなぜ動けているのか、というところなんでしょうけど…」

「あぁ…あぁ…」

 あまりの痛さで身体が動かない。カブトさんが何か言っているみたいだけど、それを聞く余裕は今の私にはなかった。痛い…助けて…ナルト君。

「簡単な事です。この『出来損ない』のお姫様が攻撃の瞬間に手を抜いたんですよ。争いが嫌いなのか、変な優しさなのか知りませんけど、そんな態度で臨んでいる時点で僕に勝つ事は出来ませんね。というか、イライラしますよ」

「グッ…」

 カブトさんが何を言ったのか分からないでいたところに、急に私の身体を衝撃が襲った。

「全く…試合中ですよ?痛がってばかりじゃ駄目じゃないですか。だから、言ったんです。棄権して下さいと」

 身体を襲った衝撃で倒れてしまった私は、顔をカブトさんがいるだろう所に向ける。既に私の目は霞んでしか見ることが出来ない。

「はぁ…本当にイライラしますね。……いっそのこと殺しましょうか?」

「ッ!?」

 カブトさんのその言葉は聞こえた…。聞こえてしまった…。

 私はビクっと身体を震わせてしまう。殺されるの?まだ、何も…何もしていないのに…。霞んだモノしか映していない私の両目は既に百眼は発動していない。

 試合の途中なのに…戦っている途中なのに…目からは涙が溢れてくる。ナルト君に強くなったよって、まだ自信を持って言えないのに…。

 カブトさんの手にライトが反射されて光るモノがあるのに気付くけど、私の体は動いてくれない。

 死んじゃう事より、その事の方が何倍も悲しくて涙が溢れた。

 そんな一瞬のようで、私には長く感じられた時間が過ぎたと思ったら、私の体は温かいモノに包まれていた。

 それはとても安心出来るくらい温かくて、私の心の中を占めていた暗い感情が消えていった。

 その温かさを与えてくれる人が誰か、私は知っているよ。

「………ナルト君?」

「よっ!悪かったな、ヒナタ。中々カカシ先生が行かせてくれなくてよ。でも、もう大丈夫だ。お前は頑張った。それから…強くなったなぁヒナタ。よしよし。今はゆっくり休んでろ」

 ふわっと私の身体を包んだ優しい温もりは、やっぱりナルト君だった。

 霞んだ景色の向うに見える金色の髪と優しく微笑む顔。それが徐々に鮮明に見えてきて、私の目からはさっきとは違う涙が溢れる。

 それは安堵の涙であり、私が言えない言葉を逆に言って貰えた嬉しさからの涙だった。

「そんな怖い目で睨まないで下さいよ。本気で殺すつもりなわけないじゃないですか」

「………糞野郎が…」

▼ ▼ ▼ ▼

 カブトの振り下ろしたメスを左手で掴んで止めた俺は、ヒナタに笑みを見せてから目の前にいる糞野郎に殺気を込めた目を向けた。

 こいつ…本気で、ヒナタを殺そうとしやがった。

「それに…僕は悪くないと思いますよ。こうなったのは全て、その出来損ないのお姫様が棄権しなかったからです」

「黙れよ。今度は俺が相手になるぜ?お前の四肢から何から全て潰して、森の中の動物の餌にしてやる」

 メスを握る手に更に力を込めて、刃を砕く。

「おやおや、穏やかじゃないですねぇ」

 メガネの奥の目は獲物を取られた者の目をしていた。だが、こっちはもっとキレてんだ。覚悟しやがれッ!!

「……試合はヒナタの負けでいい。……ただ、お前はここで俺が潰す」

「そこまでにして下さい。これ以上やればお二人を失格にします」

 ハヤテが俺とカブトの前に出張ってくるが、既に俺と奴は戦闘態勢に入っている。

「ナルト、ハヤテの言う通りだ。これ以上は止めておいた方がいい」

「そうだ。今はこの子を医療班に見せる方が先決だ」

 そこに、ガイとアスマの二人もやって来て俺とカブトを止めに入ってくる。俺が3人を無視してカブトを睨んでいたその時。

「カハッ…」

 俺の腕の中にいるヒナタが急に激しく血を吐き出し始めた。胸から腰まで続く切り傷と相まって、血が流れ過ぎているのに今更ながらに気付いた。

「ヒナタッ!!」

 ヒナタの担当上忍の紅先生が駆け寄って来ると俺からヒナタを奪い、ヒナタの上着を破って傷の具合を確かめた。次の瞬間、紅先生の顔色が険しくなったのに気付く。

(血が止まらない…これは毒!?)

 紅先生はキッとカブトを睨み付ける。

「どうかしましたか?あ、そうそう。僕のメスにはある毒が塗ってありまして…その毒は血の流れを早くするモノなんですけど、早くしないと本当に死んじゃいますよ?お姫様が♪」

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるカブトに完全にブチ切れた俺は、瞬身の術でカブトの直ぐ横へと移動し、その頭に蹴りを叩きこんでやった。

 こんなもんじゃ怒りは収まらないが、今はこの一撃で勘弁してやる。次はねぇぞ糞メガネ!!!

「医療班何してる!早くこっちに来いッ!!」

 紅先生の言葉から、医療班が来ない事に気付いた俺は上着を脱いでヒナタに被せる。

「絶対に助けてやる。だから、死ぬんじゃねぇぞヒナタッ」

 そして俺は再びヒナタを抱き抱えると、医務室に向かって駆けだした。

▼ ▼ ▼ ▼

 ナルトがヒナタを抱いて走り去った試合場ではガイとアスマ、紅にハヤテの四人が神妙な顔で、ナルトの走り去った方向に顔を向けていた。

「あぁ…痛い痛い。あ、審判さん。試合は僕の勝ちですよね?」

 そこにヒビ割れたメガネを掛けたカブトが、頭に手をやりながら歩いてきた。

「……ゴホゴホ…勝者、薬師カブト」

「ありがとうございます。いやぁ、楽な相手で良かった良かった」

 そう言って、笑みを浮かべるカブトは紅に頭を少しだけ下げて、階段を上がって行った。

「……」

「抑えろ、紅。今は試験中だ」

「……分かってるわよ」

 アスマの言葉がなかったら、紅はカブトに幻術を掛けていた。それくらい、紅もまたキレていたのだ。一方で階段を上がって、大蛇丸のところに来たカブトはというと…。

(すみません、少し遊んでしまいました)

(フフフ…いいわ。私も少しだけスッとしたからね)

(それは、良かったです)

 通り過ぎざまにそのような会話を二人はすると、カブトはその場所から直ぐに移動する。表上、今のカブトは木ノ葉の忍びで、大蛇丸は音の里の担当上忍として潜り込んでいるからである。

▼ ▼ ▼ ▼

「ヒナタ…ナルト……」

「大丈夫だっつの。ナルトが付いてんだ、ヒナタは絶対助かる」

 シカマルがいのの肩に手を置いて慰めるが、シカマルもさっきの試合内容に驚きを隠せていなかった。

 そしてナルトがこの場にいない中で、次の予選の組み合わせが発表される。




あとがき
にじファンの時には、クリスマスイベント企画としまして、三話程クリスマス関係の話を掲載しましたが、今回はまず本編の方から掲載させてもらいました。
クリスマスの三話は、手直しどころかファイルを開いてもいないので、番外編を掲載しようとなった時に、乗せようと思います。
それではまた次回の更新で。



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