オルニールは今日も平穏だ。
青年が戦場に駆り出されていることを除けば、であるが。
そんな平穏の中で、サイトは暇を持て余していた。
別に何もしていなかったわけではない。
きちんと軍務はこなしていたし、調練も怠っていない。
ただ、軍令部から都に進発せよとの命令が一向にこないのだ。
かれこれサイトがオルニールに来てから2週間も過ぎていることから、それが異例の事態であるのではないかと、兵達もにわかに騒がしくなっていた。
兵が騒ぐ度、マティアス中佐の怒号が鳴り響くのも、もはや日課となりつつなっている。
さて、そんな平穏の中、サイトは少年――イグナイト――のことを気にかけて何度か中佐に話を聞いていた。
中佐からの報告では、イグナイトは孤児院でよき子供達のまとめ役として働いているらしい。
そして、いつの間にか親しくなった兵士に調練をつけてもらっているとのことだ。
サイトとしてはイグナイトが前向きになったことを喜ぶ反面、調練をしていることに関しては納得しかねていた。
どうしても、ティファニアのことを考えるとイグナイトを戦場に立たせたくはないのだ。
そのことをふとした拍子に中佐にこぼしたところ「親馬鹿ですな」と笑われた。
サイトとしては甚だ、笑い事ではないのだが。
それでも、今はただイグナイトが元気であればいい。
サイトはそう考えることにした。
今日も軍令部からの通達はなかった。
午前だけ調練にあて、午後は皆自由にするように言った。
しかしサイトはその午後の時間を自室に篭り、ただ物思いにふけるために使っていた。
きっかけは午前の調練を、イグナイトが見物していたことだった。
単なる興味本位かもしれないが、それでもサイトは言い知れぬ恐怖を感じた。
サイトが恐れているのは、イグナイトがティファニアを殺されたことに対し復讐しようとしているのではないか、と思ったからである。
ティファニアは決して復讐など望みはしない。
それは短い間ではあったが、ティファニアと一緒にいたので分かる。
だからこそ、サイトとしは今、イグナイトをどうやって戦場から引き剥がそうか考えていた。
しかし、思いがけなくサイトは自身が戦う理由を、考えていた。
そもそも、サイトが5年前にハルケギニアに召喚された時にトリステインはある意味混迷を極めていた。
それは、アンリエッタの祖父にあたる先王のせいであった。
外征を繰り返し、多くの民に圧政を敷いた先王は、結果として北部地域の併合を成し遂げたことだけが評価されているが、逆に言えばそれ以外は全て酷い評価の王である。
先王は元々、即位したのが早かった。
しかし子宝には恵まれず、1人の男子しか生まれなかった。
その男、つまりアンリエッタの父にあたる人物であるが、この人は病弱でとても政務などできなかった。
それでも何とか結婚をし、アンリエッタと言う娘を持ったものの、その数年後には死んでしまった。
先王は悲しみにくれた。
そしていつしか鬱屈した心には飽くなき野心が大きく膨らみ、ついには何としても自分でハルケギニアを統一せんとしたのである。
その1歩として、トリステイン王国の北部地域に住まう北方民族の征伐、そして領土の併合であったのだが、ここで思わぬ苦戦を強いられた。
北の民族は皆、騎馬を有し、武力に優れていた。
魔法使いを投入しようとも、その機動力に翻弄され思わぬ敗北を何度も重ねた。
そして遂に業を煮やした先王は、北部地域の殲滅戦を命じたのである。
それから先は酷いものであった。
多くの村は焼かれ、畑には塩をまかれ耕作を不能とし、そこに住むものは女子供構わず皆殺しにした。
それでも北方民族は必死の抵抗をした。
しかし、その抵抗も虚しく、最終的に北方民族の頭であった部族のほとんどが殺されたことにより組織的抵抗ができなくなり、北方民族はトリステインに下ることとなった。
だが、北部地域の併合に多くの時を費やした先王に、もはやハルケギニア統一など夢のまた夢であった。
北方民族を征伐するために自国民にも多くの税を課し、それが元で内部でも反乱が発生したのである。
……反乱はことごとく鎮圧、参加した者の一族郎党は全て処刑されたが。
ともかく、先王の誤算は全て北の民のせいである。
そこで先王は国民の怒りの矛先を変えるためにも北の民を散々虐げた。
ようやく反乱も下火になった時には先王は病を患っていた。
そのまま先王は崩御、既に息子は死んでいる、アンリエッタの母は他国の出身であるため王位継承権がない。
かくして唯一トリステイン王家の血を引いているアンリエッタが即位する運びになったのである。
さて、アンリエッタの治世になって間もなく、サイトはハルケギニアに来たわけだが、アンリエッタの政治をサイトが一言で表すならば『弾圧』であった。
正確にはアンリエッタが弾圧を進めたわけではなく、宰相となったマザリーニ枢機卿の指示で行われていることであった。
ルイズ曰く、先王の時代以上にマザリーニがとった政策は苛酷さを増した。
何せ国民どころか、その上の領主である貴族まで場合によっては処断した。
かつての反乱の火がどこかで燻っていたのは確かで、いずれまた、国を分断させるようなことが起きるとも限らない。
それを未然に解決するため、王室による中央集権をマザリーニは目指していたのである。
結果、マザリーニの思惑は上手くいった。
アンリエッタが即位してからわずか一年で、トリステイン王国は先代の傷跡から完全に回復しようとしていた。
このままマザリーニの考え通りに国家再建が進められていればよかったのだが、現実にはそれが不可能であったことを既に説明した。
かくして盤石になりつつあった王室による中央集権態勢も、長らく続くガリアとの戦争により、揺らぎ始めていた。
今またトリステインの内部で反乱が起きれば、国自体が瓦解することになりかねない。
そうであるからこそ、いや、ルイズは元より王女であり親友であるアンリエッタのために戦う決意をしていた。
サイトもルイズと志を同じくして、王室に忠誠を誓って戦っていた。
またルイズの考えとは別に、王室が消滅することはすなわち、トリステイン王国が消えることと同義であるとサイトは思っていた。
思っていたが、ある出来事がきっかけでサイトは王室へ忠誠を誓い戦うことが本当に正しいのか疑問を持つようになった。
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