その日、一組のクラスメイトの視線は、なぜかごく一部を除いてある一点を注視していた。
その視線を辿っていくと……

「おはようございます、あかりさん」
「あ、おはよう、セシリア」

そこには先日までの険悪さなど皆無といった風に接するあかりとセシリアがいた。しかも互いに下の名前で呼び合っているというオマケつき。
セシリアの表情などからは、悪感情は一切感じられず、それどころか今までとは逆に、むしろあかりを尊敬しているかのような、そんな感情が伺えた。
それを見たクラスメイト達の間には年の差カップルか!? などと噂が飛び交ったが、先ほども言ったとおりセシリアにそのような感情は見られず、あかりは言わずもがな。
事のしだいが分からない一夏と箒は、まるで化け物を見たと言わんばかりの顔をセシリアに向けていた。
そしてしばらく見た後、今度はその顔をあかりに向ける。
その視線に気がついたあかりは、しかし何故そんな視線を向けられなければならないのかが分からず、多少首をひねった。

そんなあかり達の様子を、セシリアは微笑みを浮かべながら見ており、やがて一夏と箒がいるほうへと向き直った。

「あの、織斑さん」
「へ? あ、おう、何だ?」

いきなり話しかけられたことで、今までのこともあってか多少身構える一夏。
そんな一夏の様子も、さして気にしていないという表情で、セシリアはそのまま頭を下げ、

「先日はあなた方の祖国やあなた達を侮辱してしまい、大変申し訳ありませんでした」
「……へ?」

そう言い放った。

あのセシリア・オルコットが謝った!?
クラスメイトは、その事実にこれ異常ないほど驚愕してしまった。

そして、その光景を暖かい笑みであかりは見つめている。

「ホームルームをはじめるぞ、席につけ……何があった?」

当然、今来たばかりの千冬が教室の空気について行ける筈がなかった。


※ ※ ※


「へぇ、あの後そんなことがあったのか……」

グラウンドでの実習ということで、あかりと一夏は自分達が着替える場所として提供されているアリーナの更衣室へと向かっている。
その途中、あかりは先日のセシリアとのやり取りについてを説明していた。
ちなみにセシリアがあかりを兄のようだ云々と言ったのくだりはセシリアの名誉の為に説明していない。

「そういうこと。だから一夏、あまり一方的にセシリアを責める様なことはあまりしないで欲しいかな。 セシリアもそれぐらい大きな物を抱えてて限界だったんだ。もちろん、セシリアのあの発言を是としろというわけじゃないからね?」
「分かってるさ。それに、なんだかんだで俺もイギリス馬鹿にしたし……って、そのことまだ俺セシリアに謝ってねぇじゃん!?」
「後で謝りなよ? セシリアは謝ったんだから」

そんなやり取りをしながら、着替えを済ませた二人はグラウンドへと駆け出した。


※ ※ ※


「……目の毒だ」

グラウンドに到着した一夏がまず発した言葉がこれだった。
あまりにあまりな言い方ではあるが、彼のこう呟いてしまうことも無理は無かった。
彼の視界に納まっている女子達は皆ISスーツを着用している。
名称に『スーツ』とついてはいるが、その実態はワンピース水着……もっと言ってしまえば学校指定のスクール水着と大差が無いというデザインを持つ代物である。
そして、それを着ているのは妙にレベルが高い美少女達。
そんな少女達が、一夏やあかりと言う異性にこの様な服装を見られて、恥ずかしさゆえか身を捩ったり胸の辺りを腕で抱えたり。
そのせいでやれ強調されたくびれやら、やれ強調された胸やその谷間やら、やれ強調さr(ry
とにかく、そのような光景が一夏達の目の前で展開されているのである。
少量のならば美味な料理でもそれを大量に食べさせられればまずく感じてしまう事と同じように、ここまで大勢のこんな姿を見せられると、よほどのスケベ心を持った男で無い限り目の保養ではなく目の毒なのだ。
幸か不幸か、一夏はよほどのスケベ心は持ち合わせていなかった。

ちなみに、あかりはと言うとぱっと見た感じ平常運行と言ったところであったし、実際彼女達のISスーツ姿を見ても取り乱したりはしていなかった。

(まぁ、皆年下だしねぇ)

確かに、あかりも彼女らを可愛いなどとは思うが、それはドチラかといえば父が娘に向けるような『可愛い』であって、下心から来る感情ではないのだ。
そもそも、あかりは20歳、他の生徒は大体15歳。
邪な感情を向けたらほぼ犯罪である。
それに、あかりの脳裏にある女性の姿が思い浮かぶ。
その彼女がやってくる、あの過激とも取れるスキンシップを受けていれば、この程度で動揺したりはしないのだ。

閑話休題

「では、本日から実技の授業を始める。そうだな……織斑、東堂、オルコット、お前らは専用機を持っていたな、ならば手本というわけではないが、ここで展開してみろ」

千冬の指示に従い、三人が各々のISを展開する。
まず最初にセシリアが展開を終え、続いてあかりが、最後にかなり遅れて一夏が展開し終わるという結果となった。

「さすがは代表候補だ、オルコット。それと比べるわけではないが織斑、遅いぞ。IS展開は一秒以内……は素人には無理か、と言うわけで初めのうちは5秒以内に済ませろ。東堂も素人にしては早いが、より早く展開できるようにしろ」

姉からの厳しい駄目出しに、一夏はぐうの音も出ない。
とは言え、スタートラインは同じなはずのあかりが早く展開できているのに、出来てない自分が悪いのだと自己完結し、次からは早めの展開が出来るように意気込む。

(……たぶん、一夏は僕が自分と同じくらいしかISに触れてないと思ってるんだろうなぁ……ごめん、戦闘は実技試験とこの間の試合だけだけど、それ以外の事は貴文にやらされてたんだよ)

打鉄を改造する際、あかりの癖などのデータもつぎ込み、まさにあかり専用機にしようとした貴文は、入学までの期間であかりにISの基本動作を一通り叩き込んだのだ。それもかなりスパルタで、無駄に声帯模写を駆使して、IS開発者の声を用いながら。
それに先のクラス代表決定戦の際、一夏が箒と剣道の鍛錬をやっている中あかりは借りれるならばISを借り、アリーナで訓練をしていた。
だからあかりは素人にしては展開が速いなんてことになっている。
それ故、実際はそうではないのだが、何故だか自分が一夏をだましているかの錯覚に捕らわれ、やや罪悪感を感じているあかりだった。

「さて、次は武装の展開だ。三人とも、武装を展開しろ」

千冬からの次の指示に、三人はそれぞれ違ったポーズをとる。
一夏は両手を前に突き出すようにし、雪片弐型を展開し、あかりは腕を垂らした自然体のまま、右手にブレードを展開する。
そしてセシリアは左腕を自身の横に上げ、スターライトMk-Vを展開した。
そのセシリアの様子を見て、千冬はピクリと左眉を反応させ、口を開いた。

「織斑、東堂、武装程度の物なら0.5秒以内で展開できるようになれ。それに比べ、オルコットはさすが代表候補と言ったところか」
「ありがとうございます」
「だが、その構え方は直せ。そのまま東堂を撃ち抜くつもりか」

セシリアが上げ、スターライトMk-Vを掴んだのは左、そしてセシリアの左にいるのはあかりだ。
確かに、これではふとした拍子に引き金が引かれてしまったらあかりが撃ち抜かれる事となる。
いくら簡単にそんなことが起こらないとはいえ、100%起きないわけではないのだ。
それは分かっているが、納得はいかないセシリア。
今まで彼女はこの体勢を取ることにより己のイメージを強固な物としていた。
一種の自己暗示のような物である。
それをいきなり直せといわれても、そう簡単に直せる物ではない。

「で、ですが、これがわたくしのイメージを……「直せと言っているんだ」……はい」

当然、それに対して反論したが、バッサリと一刀の元に斬り捨てられてしまった。
後にセシリアはこう語った。

「あの時、織斑先生からは『理不尽な怒りの感情』を向けられていた気がしますわ」

どうやら、まだ千冬はセシリアの事を完全には許してはいないようだ。


※ ※ ※


「次はISの基本的な飛行操縦だ。その場から上昇し、上空15メートル地点でいったん停止。その高度を維持したまま飛行しろ」
「わかりましたわ、それではお二方、お先に」
「さすが代表候補、速いもんだなぁ。じゃ、僕も行きますか」
「へぇ……って、ちょっ、待ってくれよあかり兄!」

セシリアが千冬の指示と同時に上空へと向かっていき、それを見たあかりも倣って上昇していく。
一夏は何故かそんなセシリアとあかりを呆然と見ていたが、ふと我に返り、急いで二人の後を追いかける。
その上昇速度は、三人の中で一番遅い。

「何をしている!出力はブルー・ティアーズよりも白式の方が上だぞ!!」
「んな事言われても……第一、目の前に角錐描けったって、そう簡単には出来ないって」

地上から飛んでくる千冬の檄を背中に受け、一夏は既に12メートル地点で待っている二人にようやく追いついた。

「ようやく追いついたぜ。はぁ、どうして二人ともそんなに速いんだよ」

そして、その後は高度12メートル地点を水平飛行する三人。
やはり、三人の中で飛行速度が遅いのは一夏だった。

「まぁ、わたくしは代表候補ということで慣れていますから。それに、空を飛ぶ際のイメージもきちんと持ててますし。織斑さんはもしかして、未だに空を飛ぶ際のイメージを持てていないのでは?」
「いや、普通持てないってんなもん。それと、一応角錐を思い描いてはいるんだが……」

そこでふと気がつく。
セシリアと戦ったあの日、自分はもっとうまく動けていたはずだ。
あの時、自分は何をイメージした?
無我夢中でISを操縦していたあの日、何をイメージしていたかを思い出すことが出来れば、もっとうまく動けるかもしれない。
そう考え付き、一夏は必死に自身の脳を探っていく。

一瞬、ひどくノイズが交じったの映像が頭に映った。
それは、誰かが空を飛んでいる姿。
しかし、それが誰なのかがわからない。
その飛んでいる誰かは、自分には背中を向けていて顔が見えない。

ただ、自分はその人を知っている。

一夏はそう確信した。
だが、脳裏によぎった映像は確固たるイメージとは程遠い。

「……うん、やっぱ空飛ぶイメージってそう簡単につかめないな。第一、どうやって飛んでるかさえも分からないのに」

結局、一夏はそういう結論に至る。
まぁその内できるようになるだろうし、と言う楽観的な思考と共に。

「どうやって飛んでいるかですか? 原理について話すとなると、反重力力翼と流動波干渉の話をしなければなりませんが……一時間二時間で話せる内容ではありませんよ?」
「説明は遠慮する……」

……ほんとにその内出来るようになるかな〜? と早速不安になる一夏だった。

『一夏! いつまでいる気だ?! 早く降りて来い!!』

急に聞こえてきた大声にビクつきながら下を向くと、誰かが叫んでいるようだった。
誰が叫んでいるのかと思った瞬間、カメラのズーム機能が働いたかのように拡大される。

「うお! なんか視界がズームした!?」
「一夏……授業で習ったでしょ? ISのハイパーセンサーは視覚補正もしてくれるって」
「へ? あ、あ〜そういえば……」

実は、授業はほとんど分からなかったが故に意図せずも聞き流し状態になっていた一夏は、やけに冷や汗を流しながらも何とか同意する。
その様子を見たあかりは、小さくため息をつき、「先生、呼んだほうがいいかなぁ……僕も不安なところあるし」などと呟いていた。
そんなあかりの呟きが聞こえていない一夏はハイパーセンサーの視覚補正ではっきり見えるようになった地上を見下ろす。
すると、箒がインカムを使ってこちらに叫んでいたようだ。
箒の横にはやけに慌てふためいている真耶がいる。
その光景を見て、一夏は思った。

「箒さん……何やっちゃってるのさ……」

その後、しばらく上空を見て叫んでいた箒だったが、いい加減に堪忍袋の限界だった千冬の出席簿により合えなく撃沈。
撃沈した箒からインカムを取り返し、千冬は何事も無かったかのように新たな指示を与えた。

『では、その場から急降下し、地上10センチ地点で停止しろ。グラウンドに突っ込んで穴をあけるなよ』
「すごいですわね、あそこからさも何事も無かったかのように続けますか……」
「ま、まぁ、あれは箒も悪いしなぁ」

とりあえず、このまま上空で呆然と浮いている訳にも行かないという事で、セシリアが先陣を切り地上へと高速で向かっていく。
そのままぶつかるかと言う所で、セシリアは体勢を直し、停止。
セシリアの足元を見ていた千冬が満足気に頷いたところを見ると、きちんと10センチの範囲内で止まれたようだ。

「それじゃ、次は僕が行こうかな?」

あかりがそう言い、先ほどのセシリアと同じように地上へと向かっていく。
そして、ここだと言うタイミングで上体を起こし、体勢を直して停止。
あかりの目測では大体地上9センチから8センチの間で止まれていたと言ったところだ。
あかりの足元を見る千冬の表情もそれほど悪いものではないところを見ると、あかりの目測どおりといったところか。

「8センチか。まずまずだな」

千冬から言い渡された結果に、ひとまず満足し、そして次に降りてくるであろう一夏を見るために空を見上げる。

「……ん?」

そこであかりはふと気がつく。
確かに空から一夏が地上に向かってきているのだが、あれでは降りてくるというより……

「落ちて来てる……っ!?」

すぐさま一夏が落下してくるであろう場所を予想。
ちょうどその地点には一組のクラスメイト達がいる。
このままでは一夏はクラスメイトを盛大に巻き込んでしまう。
ISを装着している一夏は無事だろうが、それに巻き込まれたクラスメイトはどうなる?

「っ! 一夏、悪く思わないでよ!!」

空打を待機状態にし、そのままクラスメイトと一夏の間に割り込む。
そして、回し蹴りをするように脚を振るった。
それを補助するように空打作動。空打から炸裂音が響きわたる。。
瞬間、あかりの蹴りの速度は尋常ではない速度まで上昇し、そのまま吸い込まれるように一夏に打ち込まれた。

当然、そんな蹴りを喰らった一夏は思い切り横へと吹き飛んでいく。
そして、地面についたあともしばらく地面をすべり、やがて止まった。

「一夏! 大丈夫!? いろんな意味で!!」
「お、おう……あかり兄がいなきゃむしろもっと大惨事だったから大丈夫。大丈夫じゃないけどそういう事にしておいてくれ」

慌てて駆け寄ってきたあかりに、何とかサムズアップで答え、あかりの助けを借りて何とか立ち上がる一夏。
実際、外見上ではあれほどの蹴りを受けたとは思えないほど怪我らしきものは見当たらない。

「降りて来いとは言ったが、人に突っ込めとは言ってないぞ織斑」

当然、千冬が危険行為を起こした弟にかける言葉は安否を確認する言葉ではなく駄目だしの言葉。
千冬からすればあれぐらいでは大事無いと判断したため、教師としての職務を優先した為にこのような物言いとなり、それを重々理解している一夏だったが、少しぐらい心配して欲しかったと彼が思ってしまうのは無理の無い話である。

結局、危険行為の罰として、グラウンド10周を罰として言い渡された一夏だった。



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