Fate/BattleRoyal
39部分:第三十五幕


皆様お待たせしました。それと初めに謝罪しますが、今回もオリキャラが出る上に贔屓もしている回です。それと文章力も拙く稚拙だと言うのも認めます。認めますが……これは殆ど私が書いていて楽しいから書いているような小説です。それが皆様をご不快にさせたと言うのなら申し訳もありませんが、その場合はもう回れ右をして読んで頂かなくて結構です。勝手なことをお書きして恐縮です。
それと僅かながらこの作品を評価して下される皆さん応援ありがとうございます。それだけでも胸に染み渡りこの作品を続ける勇気が湧いてきます。では。
第三十五幕


 深夜…遠坂邸の居間。

「それでは璃正神父、貴方の元にも御子息からの連絡は…」
時臣が頭を抱えて宝石通信越しに璃正に問うと璃正も重苦しい声で答える。
『ええ。先日アサシンを伴い諜報活動へ行ったきり何の音沙汰すらも…』
そこで璃正と共に控えている袴田が嘴を入れた。
『丁度と言っては何ですが、先日、アインツベルンの森で行われた戦闘と被りますねえ…』
その言葉に時臣と璃正はハッとなって声を上げる。
「それでは綺礼はアインツベルンの諜報を行っていたと…?」
時臣の剣呑な問いに璃正もまるで寝耳に水だと言う声音で言う。
『さ、さあ…私にしてもどういう事だか…息子は何も申さずに行きました故』
その要領を得ない返答に時臣は内心で焦らつくも一つだけ思い当たる節を思い出した。

そう言えば…綺礼はアインツベルンに雇われた衛宮切嗣に関して随分と執着していたような節があった。それ程に危険視に値する男だと認識しているのか?だとしても何故それを私に申告しない?いや、それ以前に諜報ならアサシンを通してでも出来るものを何故態々自らが動くのだ?

時臣が弟子の不可解な行動に思考を空回りさせる中で袴田が進言する。
『何れにしても綺礼さんの行方を早急に掴む必要がありますし何より戦略上の諜報の事もあります。そこで私が単独で綺礼さんの捜索を行い綺礼さんに代わり他陣営の戦力を諜報して参ります。下手に大勢で動けば我々と時臣氏が密約している事を他の参戦者達にも勘付かれかねませんからね』
それに時臣は熟考するように顎鬚をなでるとやがて頷いた。
「ええ…頼みます」
『うむ。この件は袴田…君に一任する』
璃正も時臣に追随して首を縦に振る。それに袴田はいつもの底抜けに明るい声で応じる。
『はーい!お任せあれですよー!』
そこで宝石通信は途切れた。時臣は座していた椅子に背凭れ沈鬱な顔で嘆息をついた。

計画は何の瑕瑾もなく完璧であったはずだ…。少なくとも当初は!それがいざ蓋を開ければ、全てが番狂わせだらけだ!七騎だったはずのサーヴァントは今や百を超え、序盤では在ろう事か伏せるべきだった英雄王の真名が暴露され、死徒などと言う下郎の集団までもがマスターとなって暗躍する始末…。
その上、事も在ろうに対城宝具を都市部で発動し大きな被害まで出すとは…!これでは一般の人間にも何事かと勘付かれ最悪の場合、神秘の秘匿をも脅かしかねない事態だ、断じて許し難い!そんな中で綺礼が単独行動をとった挙句に消息が途絶えるなどと…何故こうもイレギュラーばかりが起こるのか!?イレギュラーと言えば、桜の事にしても―――!

そこに思考が行きかけて時臣は咄嗟に首を横に振り自身を叱咤する。

このような時に何を考えている!?今はそのような些事を気に掛けている場合ではない!今、私が考えるべきは戦略を立て直すどころか今や破綻しかけているこの状況を如何に脱するかだ。遠坂の悲願が懸かった、この戦いで私事を気に掛けている余裕などない!今だからこそ家訓を実践しろ、遠坂時臣!!

時臣はそう己の肝に命じると椅子から立ち上がり如何にも平静を装った足取りで居間を後にする。



その数秒後、主が居なくなった居間に前髪を下ろし現代相応の服装をしたギルガメッシュが実体化した。ギルガメッシュは毒々しい赤眼を珍しく満足げに綻ばせていた。どうも上機嫌らしい。
「綺礼よ…漸く貴様も遊び心とやらを解し始めたか。中々に良い傾向だ。この戦争もようやっと面白くなって来たわ。それに…」
そこでギルガメッシュはどこか懐かしげな笑みを浮かべる。

エルキドゥ…我が友よ。よもやお前もこの狂宴に招かれようとはな。お前と会うのは何星霜振りの事か…?まあ左様な些事はどうでも良い。お前と今一度会えると思えば、久方ぶりに心躍る思いよ。あの広場での続きでもするか?それも一興ではあるが、それよりも面白き事を携えて(オレ)はお前の元に馳せ参じよう……。

主のいない居間に黄金の王の嘲笑だけが尾を引くように響き渡っていた…。












明けて翌朝…柏木道場の母屋。

神威は結局セイバーの彫刻を撤去できず寝るスペースをそれにほぼ埋められ仕方なく彫刻に寄り掛かって眠ったが、当然寝心地は良いはずもなかった。神威は寝たり起きたりを繰り返し眼下には薄っすらと隈ができている。
「結局……殆ど眠れなかったなあ〜」
神威はげんなりとした顔で力なく呟く。
「奏者よ、遅いぞ。余はお腹が空いた」
一方セイバーは、神威の貯金から購入した紅い天蓋付きの寝台で自分は寝転がって置きながら神威を急かした。神威は何とも言えない顔で溜息を付き聞こえない程に小さい声で呟く。
「…本当に黙っていれば可愛いのにな…」

僕はセイバーと出会って行動を共にして行く内に真名の他にも幾つか分かった事がある…。一つは、ダントツで彼女は金遣いがこの上もなく荒い!初めて出会って日には、高級マンションを丸ごと買わされた。他にも高級なケータリング・サービスを頼んだり、はたまた数字が七ケタにも昇る壺を買わされたり、この彫刻の材料費や今彼女が寝ている天蓋付きの寝台にしたってそうだ。どう考えても…魔術にしても戦争にしても素人でしかない僕から見たって不必要としか思えない出費だ。だけど、押しも我も強いセイバー相手に僕が大した抵抗ができるはずもなく結局は僕が折れて終わる。
そして、二つ目…彼女はこの上もなく目立ちたがり屋だ。初めて会った時にしても話し方や身振り手振りが芝居がかっていたし、この前の倉庫街の戦闘で征服王の挑発に上機嫌で乗った事にしたってそうだ。多分…いや絶対にアレはお祭り事があれば、自分が一番の中心でなきゃ我慢できない性質だろう。
最後に三つ目…彼女はとても寂しがり屋だと言う事だ。普段は我が儘で上から目線な彼女だけれど時折どこか哀しげな眼をしている事が多い気がする。でもまあ、こればっかりは僕の気の所為だったりするのかも知れないけど…。

「奏者ー!何を一人また黄昏ておるか?早くしないと涼香(こむすめ)の飯を食いそびれるぞ!」
「はあ…うん。今行くよ」
神威は溜息をついて身を起して先を行くセイバーに続いた。


神威とセイバーが涼香やディートリッヒと同盟を組む事となり涼香の家に居候するようになって三週間が経った。因みに彼女の両親には神威とセイバー、ディートリッヒの事を学友と言って誤魔化し三人ともわけあって家を出たとし暫く居候すると言う旨を了承して貰っている(神威などはそんな理由で赤の他人の居候を認める事に面食らったが)。
そして、柏木家の食卓には現在、神威にセイバー、涼香とディートリッヒの四人のみが座って朝食を取っていた。涼香の両親は早朝から仕事の関係で疾うに家を出ているとの事だった。
尚、セイバーもディートリッヒも念の為に英霊としての服装ではなく、この時代相応の服装に着替えている。セイバーは赤を基調にしたブレザーにネクタイ、ミニスカートに身を包み、ディートリッヒはボーダーにカジュアルなズボンを穿き上に黒いジャケットを羽織った服装となっている。
そして、朝食を取りながら話している議題は無論の事現在討伐対象となっている死徒の集団の事だった。ディートリッヒは揚げ豆腐を食べながら今し方、戦争の監督者である聖堂教会から送られた羊皮紙の報告書を手に取って読み進み皆を見やって口を開いた。
「先程送られた、この聖堂教会とやらの通達によれば冬木市郊外にあるアインツベルンの森でそこを拠点にしているアインツベルンと死徒の集団が大規模な戦闘を行ったらしいな。逃がしはしたが、相当に深刻なダメージを連中に与えたのだそうだ」
「アインツベルン?どこかで聞いたような…」
神威が首を傾げて呟くとネロも思いだしたように言った。
「そう言えば、ロシアの大帝も騎士王のマスターを装っておった女をアインツベルンのホムンクルスと言うておったが、あ奴らの事であろうか?」
「お前達、その者達と面識があるのか?」
ディートリッヒが怪訝な声で問う。
「いえ、面識って程じゃないんですけど。一目会っただけと言うか…」
神威が何とも言えないような声で返すと涼香が口を挟んだ。
「それは、ともかく私達の急務はその残党が力を盛り返す前に討伐する事だと思うのだが…皆はどう思う?」
ディートリッヒは主の言にすぐさま頷く。
「同感だ。敗残兵は例え一人でも放置すれば後々になってどのような禍根となるか知れた物ではないからな。何より、この報告書によれば連中は統率が取れた集団とは到底言い難い。そう言う連中の中には雌伏の為に雲隠れする者もいれば、自棄になって軽挙を起こす輩とている。何れにしても、この町の住む人々への危険度は甚大と言わねばなるまい」
それにセイバーも同意の声を上げる。
「うむ。余も異論はない。奏者そなたはどうだ?」
「うん。僕もそれが良いと思う」
神威も頷く。
「それでは動くとしよう」
ディートリッヒは意を決して食卓の椅子から立ち上がり皆を促した。



その三十分後、四人は早速、死徒との戦闘があったと言うアインツベルンの森に向かった。そこで何がしかの手掛かり…例えるなら僅かな魔力の残滓でも残ってはいまいかと言う考えからだった。とは言え…。
「そんな魔力の残滓とか言われても俄魔術師の僕らに分かるわけないしな…」
神威は嘆息をついて頭を抱え涼香もディートリッヒとセイバーを見て問う。
「あなた達サーヴァントはどうだ?そう言うモノがその…多少なりとも分かるのではないか?」
だが、サーヴァント達の返答も芳しい物ではなかった。
「それは勿論お前が言うように多少なりともだが…」
ディートリッヒは困惑した表情で言葉を濁しセイバーも腕組をしながら答える。
魔術師(キャスター)のサーヴァントならまだしも、生憎と我らはそれらを辿るような追跡魔術なぞ元より有してはおらぬ故な。そも熟練した魔術師ならば、そう言った痕跡は徹底した隠蔽魔術を施し、まず残さぬとも言う…」
涼香と神威は互いに顔を見合わせて難しい唸り声を上げた。
「やっぱり素人の片手間でどうにかなるものじゃなかったですかね…?」
「うむ…。正直私からして専門外な事ばかりで…」
涼香もお手上げだと言う顔で頷く。
「むぅ…。早くも行き詰ったな」
「さて、どうした物か…ッ!?」
セイバーとディートリッヒは嘆息を付いた瞬間に突如として英霊としての服装に早変わりし共に剣を抜いて互いのマスターを囲むように円陣を組んだ。
「な、何?どうしたの二人共!?」
「せ、セイバー、どうかしたのか!?」
サーヴァント達が取った突然の行動にマスター二人は面食らうとセイバーが剣呑な声で答える。
「敵襲だ。サーヴァントの気配を感ずる…。それも二騎」
「「!?」」
その言葉に神威と涼香は顔を緊張で強ばらせる。


一方、神威達より30m離れた森の茂みに隠れた人影が四つ…。一人は黒いジャンパーを羽織った、紫色の長髪にケロイド化している左眼の下部分から頬にかけて火傷の痕がある少年。そして、その少年の後ろで控えているのは、この国の戦国時代特有の甲冑を纏い、緑色の蛇の鱗のような装飾が一面に張ってある柄に紫色の蛇の牙を模した穂先を持った独特な長槍を携え、三鍬形の前立て兜を被り、その双眸は毒々しい黄金で顔立ちは端正だが、そこから滲み出る殺気は獰猛な肉食獣を思わせる若武者であった。
更にその二者の横にもう一組が佇んでおり、一人は長い黒髪を後ろで三つ編みにして纏め蒼いコートを羽織った少年で日本刀とトーラス・レイジングブルを携帯している。その隣には、至る所に突起物が見られる神々しい光を放つ黄金の甲冑と一体化したような身体に蝋よりも白い胸元がはだけており、その中心には赤石が埋め込まれ髪も肌と同じ様に白く無造作に伸ばされている。顔立ちはこちらも若武者同様に耽美でこそあるが、空のように澄んだ瞳は剣の如く鋭い。耳には甲冑と同じ黄金の耳環を着け赤い毛皮のようなマントを羽織っている異様な出で立ちの青年が黙し立ったまま佇んでいる。
「標的を捕捉…これより作戦行動に移る」
ケロイドの少年が機械的な口調で言うと三つ編みの少年が頷いた。
「了解…」
一方、ケロイドの少年のサーヴァントである若武者は待っていたと言わんばかりに伸びをした。
「ようやっと鈍っておった身体を動かせるのう…。戦争が始まったと言うのにここ最近は地下活動が主であったからな。これで少しは退屈も紛れようて…」
「任務に退屈も何もない。与えられた指令を忠実に執行するだけの事だ」
少年がにべもなく答えると若武者は詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「ふん、まったく以てお主には遊び心がないのう。何事も生真面目だけでは躓こうと言うものぞ?」
「…その遊び心とやらが生前にお前の首を絞めたとは考えないのか?」
少年がそう言うと若武者はやれやれと首を横に振った。
「まあ、良いわ。仮初とは言え、こうして儂に血肉を与えてくれただけでもお主には感謝しておるぞ。こうして今一度、戦場を馳せる事ができるのだからな」
それに対し少年は少し眉を顰めて答える。
「感謝…か。それならそれで『暗殺者(アサシン)』として応じてくれた方がこちらとしては、もっと有難かったのだが?何せ私の性能を鑑みれば、気配遮断を有するアサシンの方が戦略上齟齬が起こらずに済むし何より組み易い」
それに対し若武者は不敵な笑みで返した。
「まあ、そう腐るでないわ。第一、儂は生前に忍びだったわけではない。そりゃ確かに“暗殺者”として召喚される謂れはてんこ盛りだがのう…。だが、それらはどちらかと言えば謀略による所が大きい。到底お主が当てにしておる気配遮断の能力は期待値には達しまいて。精々良くてC、悪くてDと言った所じゃろう」
少年は無表情ながらどこか不機嫌な色を残る青紫の右眼に湛える。それに若武者は獰猛な光を帯びた黄金の瞳を滾らせて言う。
「案ずるでない我が主よ。寧ろお主は儂を十二分の状態で招いたのだぞ。何しろこの槍は『槍兵(ランサー)』のクラスでなければ十全の力を引き出せんからな。それに儂とて槍働きの逸話を持つ英雄故な。儂にしてみれば、このクラスの方がしっくり来る。故に憂いなど無用だ」
手にした長槍を巧みに振り回し周囲の木々を瞬く間に切り刻んで見せながら、若武者…ランサーは絶対の自信を込めて断言した。それに対し少年は眼を冷徹に細めて己の従者に念を押した。
「その言葉…裏切るなよ」
「応とも。言うまでもなくお主は儂の命綱ですらあるのだ。裏切ろうにも裏切りようがないであろうが」
ランサーは冗談めかした声音でのたまったが、その眼は笑っていなかった。尤もそれはマスターである少年も同様であったが…。
「それと今回の任務は連中の戦力の把握が主な目的だ。故に真名開放など必要ない、いや間違ってもするなよ。ともかく…以後は私語を慎め。これより任務を執行する」
少年が唯一光がある右眼で補足した標的を射竦める。それを受けランサーが―――。
「承知した…」
そう応じた瞬間に彼の姿は消えた。否、疾風よりも速い速度で獲物目掛けて駆けたのだ!ケロイドの少年もそれに続いた。そして、後に残された三つ編みの少年にこれまで黙していた彼のサーヴァントが初めて口を開いた。
伯斗(はくと)、オレ達も行くか?」
三つ編みの少年…伯斗は肯き二人も先駆けた二人に続いた。


「むっ!」
「チッ!」
セイバーとディートリッヒは迫り来るサーヴァントの気配を察し身構えると数刻もしない内に、そのサーヴァント二騎が茂みより躍り出て各々の得物を二人に突き出した!
セイバーとディートリッヒはそれを紙一重で塞き止めた。
「ほお…見かけによらずやるのお、小娘」
若武者のサーヴァント・ランサーは自身の長槍による穿撃を赤い大剣で受け止めたセイバーを見て賞賛の言葉を贈る。それに対しセイバーも不敵な笑みで返して見せる。
「そう言う、そなたも相当な英霊よな。今のはかなりギリギリであったぞ…!」
一方、ディートリッヒは“黄金の甲冑”のサーヴァントが繰り出して来た彼の身体より遥かに大きく穂先が1メートルはあろうかという長槍の穿撃を受け止めるのみならず逆に押し返して見せた。
「クッ…!」
「ほう…」
ディートリッヒの剣戟に“黄金の甲冑”のサーヴァントは感歎の声を出す。
「オレの一撃を受けるのみならず押し返すか…。早速楽しめそうだな」
その賛辞にディートリッヒも驚嘆の声で応える。
「貴様こそ中々…いや相当な(つわもの)と見た。その得物から察するに貴様らは二人共ランサーだな。死徒共の残党か?」
「その問いに関しては“否”と答えさせてもらう」
「では、どういうつもりだ?今は休戦中のはずだ。下手をすれば、監督者からペナルティを受ける事とて…」
だが、その疑問に対し“黄金の甲冑”のランサーはあっけらかんな返答をした。
「知らぬよ。ただオレ達のマスターがそれを望んでいる、それだけの事…そしてオレ達は契約上それに従うより他ない」
「そうか…ならば是非もないッ!」
ディートリッヒは距離を一気に詰めて白銀の刃を振るう。
「然り。我が槍の暴威、受けてみよ…ッ!」
“黄金の甲冑”のランサーは自身よりも遥かにスケールのある大槍を天に翳し縦横無尽に振り回す。その武技は幾多の戦場を馳せたディートリッヒの眼から見ても“破格”と言う一語に尽きた…!それにディートリッヒは戦慄と共に戦者としての昂ぶりを抑えきれず揚々とした態度で白銀の剣を構えて応える。
「応とも!我が剣戟を以て打ち破ってくれようッ!」
そうして二騎のサーヴァントは人外の速度を以て打ち合い始めた!その剣が、槍が振るわれる度に苛烈なまでの余波が周囲の森林を引き裂く!!勿論、ディートリッヒは背後のマスターの存在を忘れる愚は犯さず、それなりの距離を量り配慮してだ。


一方、鍔迫り合いから一転、互いに距離を取り間合いを量るようにジリジリと対峙しているセイバーともう一騎のランサーとの本格的な衝突も時間の問題だった。
「さて…儂らも本腰を入れて始めるか小娘?」
「…付かぬ事を問うが、そなたらはもしや死徒どものサーヴァントか?」
セイバーの問いを若武者のランサーは侮蔑も顕に一蹴した。
「はっ!儂らの主があのような醜悪な害獣かだと?反吐が出る事を申すでないわ。今回の挙はあくまでも私闘!言わば“純粋な尋常なる果し合い”と言う奴よ。そも儂ら英霊がこうして再び生を受け対峙したからには、それ以外の何がある?」
しかし、それに対しセイバーは素直に頷かなかった。
「はっきり言うが、嘘臭いな。生憎とそなたからは余と同じ匂い…いや、もしかすれば余以上の“謀略と暗殺”の匂いがプンプン漂ってくるわ。余のくせっ毛がそう告げておる」
すると、若武者のランサーは獰猛な双眸をニンマリと綻ばせて豪快な笑い声を上げた。
「ガッハハハハハハハハハ!!中々に奇っ怪な言をのたまう小娘よな…。お主を見ておると嘗て儂を前にして大法螺を吹きおった小僧を思い出すわ。ともあれ、お主の言は大正解よ。然り儂は真っ向勝負などとは、ほど縁遠き英雄よ。暗殺者(アサシン)として呼ばれてもおかしくない程のな。だからこそ此度の戦では生前には経験できなんだ“真っ向勝負”をしに馳せ参じたのよ」
だが、セイバーはそれでも油断なく若武者のランサーを見据える。
「余の経験則から言わせて貰えばそうして、そなたのように人を煙に巻く物言いをする輩こそが最も危険極まりないわ。口では当たり障りの無い言を吐いて置きながら、その心底では下種な企みを吟じる奴輩どもを余は腐る程に見て来ておるでな」
「ほお…これまた奇遇じゃのう。儂もそのような者共は呆れ返ると言う程に見て来ておるわ…。何より儂がその筆頭格故な!!はッ!」
そう言うが早いか若武者のランサーは先程以上の強烈な突きを最短の時間と最速の速度を以て繰り出して来た!だが、セイバーも然る者。飛び上がって槍の柄を足場に疾走し若武者のランサーの喉元目掛けて赤い大剣を振り上げるが、彼もそれを許すほど甘くはない。迫り来る刃を寸前にして首を傾ける事で躱すとそのまま彼女の懐に入り兜を被った頭で頭突きを繰り出した。セイバーはそれをまともに受ける寸前で身体を仰け反らせ受身を取り構える。
「…随分と品のない戦い振りよの。余の近衛隊にもそのような戦い方をする者なぞ見た事もないぞ」
セイバーが息を切りながら毒を吐くも若武者のランサーは鼻を鳴らして嘲笑う。
「ふん、生憎とこれが戦国の世に置ける儂らの流儀よ。生き馬の目を抜く乱世を渡る為ならば、打てる手や使える物は、何でも打ち何でも使う…。我が槍技こそその体現。それを今から小娘…お主の身体にタップリと知らしめてくれようぞ…ッ!!」
獰猛…それでいて腰を据えた忍耐をも合わさった殺気にセイバーは冷や汗を掻きながらも不敵な笑みを浮かべて見せる。
「そちらこそ大層な高説よな…。だがな、下郎これも覚えておくがいい。打てる手や使える物なら何でも打ち使って来たのは、貴様ばかりではないわ!余とて治世を為す上でこの手を幾らでも血に浸しておるッ!!」
そう言うやいなや、セイバーは己が鍛えた赤い大剣を手に駆けた。


そんなサーヴァント達の凄まじいと言う言葉すら生温く思える程に人知を超越した死闘に二騎のセイバーのマスターである神威と涼香は何れも二の句が告げず棒立ちする他なかった。
「先日の戦闘で既に分かっていたが…やはり次元と言う物が違い過ぎるな」
涼香が何時になく呆然と呟くのを神威も生唾を呑み込んで頷く。
「はい…。僕も何度かサーヴァント同士の戦闘を間近で見ていますけど、未だに足が竦みます…ッ!」

そうだ。普段から忘れがちになっていたけど、彼女は英霊(サーヴァント)。人を遥かに超えた戦士なんだ。傍から見れば時代錯誤と謗られるであろう剣と槍を手にその実、現行の最新鋭兵器以上の戦果と爪痕を刻み得る時を越えて現代に甦った超越者達…!
本来なら僕のような子供が従える事すらおこがましい…いや、手に余り過ぎる存在。時々思うことがある…。そんな彼女の隣に僕なんかがいてもいいのかと―――。

「戦場で物思いとは良い度胸だな」
そんな声が背後からしたと思うと自分の首元に鋭利な刃が突き立てられていた…!
「!?」
神威は途端に硬直して絶句し涼香もそれに気づいてすぐに駆け寄ろうとするが、彼女の首元にも同じく小太刀の刃が突き立てられ阻まれた。瞬く間に行動を封じられた二人に神威を後ろから押さえているケロイドと化した左眼と火傷が特徴的な少年が極めて機械的な声で言う。
「温い。こうもあっさりと後ろを取られるとは、兵士として十二分に失格だ」
「き、君は…ッ!?」
神威の呻くような問いに対してケロイドの少年は冷淡に、そして無慈悲に答える。
「答える義務はない。私のプログラミングにそのような内容は含まれていない。」
それだけ言うと首に当てたナイフに力を入れる!
それを見た涼香は身を乗り出そうとするも彼女の首に当てられた小太刀にも力が入れられる。彼女を押さえているのは三つ編みが特徴的な少年だ。表情はケロイドの少年同様乏しいが、こちらは機械的と言うよりも“無関心”そんな言葉が似合う無表情を浮かべていた…が、涼香を拘束する腕は緩む事なく堅い。
「私のプログラミングが命じるのは唯一つ貴様の抹殺だ―――」
そう淡々と告げると首に当てたナイフを捻ろうとするが、その瞬間に神威は全身から魔力の超音波を放出しケロイドの少年を弾き飛ばした!
「なに!」
これにはケロイドの少年も流石に面食らうが、神威はすかさず涼香を押さえている三つ編みの少年に自分でも信じられない俊敏さを以て、その後ろに回り超音波を纏わせた拳を繰り出す。だが、如何に速くとも所詮は素人が滅茶苦茶に繰り出した物、三つ編みの少年は涼香を突き飛ばして彼女の首に当てていた小太刀に魔力を込め超音波の拳を塞き止めるのみならず神威が纏っていた超音波そのものを打ち消した!
「!?」
必然的に小太刀は神威の拳を切り裂き中指と人差し指の付け根を深く抉った。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!?」
神威は激痛に手を抑え声にならない悲鳴を上げる。三つ編みの少年はその機を逃さず小太刀を振り上げるが、そこへ開放された涼香が家から持って来た木刀を上段に構え振り上げてきた。三つ編みの少年はそれを人間離れした跳躍を以て躱す。
「紫之寺君、無事…とまでは行かないようだね…!傷は大丈夫か!?」
涼香は神威の前に出て彼の負傷を気遣う。それに神威は痛みに呻きながら答える。
「…は、はい。少し…切っただけで…ッゥ!!」
「奏者!!」
「涼香!!」
一方、二人のサーヴァントもマスター達の危機に気づいて駆け付けようとするが、無論…。
「おっと何処へ行く?小娘」
「ここは通さん」
二騎のランサーがすかさず行く手を塞ぐ。それにセイバーもディートリッヒも焦燥に駆られた表情で咆哮する。
「「その方ら…(貴様ら…)そこを退けええええええええええええええええええええッ!!!」」
そうして再び激突するサーヴァント達。こちらはほぼ互角の打ち合いを演じているが、マスター達の戦いは明らかに神威と涼香が一方的に追い込まれていた…!
神威は切られた手の痛みに耐えて眼前の敵を真っ直ぐに見据えながら自分なりに分析していた。

こいつら…あのリオンと比べても桁違いだ…!魔術師としての実力は元より、多分だけど…“戦闘”と言う分野に特化した連中なのかも…!!それに三つ編みの人は僕の魔術を一瞬で消し飛ばした…!一体どんな魔術なんだ!?

だが、眼前の刺客達は彼らに時間を与えてくれる程甘くはない。三つ編みの少年が今度は太刀を抜いて斬りかかって来た。それを涼香が木刀で居合の構えを取り間合いに入った三つ編みの少年目掛けて抜いた―――!

ガキンッ!

そんな金属音が響いた後、三つ編みの少年は少し目を見開いた。何故なら自らの太刀を塞き止めているのは木の刀身ではなく紛れもない真剣の刃だったからだ…!
「仕込み刀?」
「ああ、実戦に赴くのに何の用意もしていないわけがないだろう…!」
涼香は三つ編みの少年の太刀を塞き止めるのみならず押し返そうとしながら気焔を吐くも彼の刃は巌のように微動だにしない。涼香はその技量に心胆を寒からしめられるも後ろの神威に叫んだ。
「紫之寺君!この者は私が引き受けた。君はもう一人を頼む!!」
その言葉に神威は痛みに呻きながらも力強く頷き残るケロイドの少年に向き直った。
「手傷を負ったコンディションで私と交戦するか?天文学的確率から見ても『愚か』と『無謀』の二語に尽きる行為だな。この女を囮にして自分は即時撤退すると言う選択肢はないのか?」
ケロイドの少年は嘲るでもなく、あくまでも機械的な声音で指摘するが、神威は息を切らしながらも彼の言葉を無視して再び自分の全身に超音波を纏わせ、それによって向上した機動力でケロイドの少年目掛けて突撃をかける。
「捨て身か?下策の極みだな」
ケロイドの少年は嘆息するでもなく冷徹に事実を吐き捨て自分は懐から六本のメス大の小型ナイフを両手にそれぞれ三本づつ指の付け根に挟む形で取り出し神威に狙いを定めた。
電管接続・捕捉(lightning collect sacrifice)
一小節の詠唱を唱えると全てのナイフを神威に投擲した。だが、神威は今強力な超音波を放出する事で身を守っている。故にそのナイフは弾かれるのが道理ではあるが、そうはならなかった。
「!?」
ナイフは神威に直撃しないでも超音波の防壁に浅く刺さり同時に神威は身動きが一切できなくなった事に気づく!
(か、身体が石みたいに…動かない!?)
だが、その理由を悟る間すら与えられる事はなくケロイドの少年は容赦なく次の詠唱を唱えた。
電管接続・放出(lightning collect burst)
淡々とした詠唱が聞こえるやいなや神威は頭が灼けるような灼熱を感じた。否、それだけではなく身体全体に一言では説明の付かない苦痛が一瞬で通り過ぎていった…!そして、それらが通り過ぎたと理解できぬまま神威の意識はそこでプツンと言う間抜けな音が聞こえて来そうなくらい余りに呆気なく途絶えた。


涼香は三つ編みの少年と剣を交えながら、その光景を愕然と見ていた。神威が身体中に張り巡らせた超音波の防御壁に六本のナイフが突き刺さった後にその切っ先から凄まじい電流が放出され神威を一閃するのを…!時間にして恐らく1秒程もないのではないだろうか?それ程の刹那によってその事態は起こり、後には身体から煙を出し黒焦げになった神威が残り、彼はそのまま崩れ倒れた。
「そっ、奏者ああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
涼香が叫ぶより先にセイバーの悲痛を通り越した咆哮が響き渡る。
「小僧…ッ!」
ディートリッヒも唸るような声を上げる。
「貴様らああああああああああああああああああああああッ!!」
セイバーは顔を憤怒に染め上げて剣を振り上げる。それを若武者のランサーも槍で応戦するが、激昂しながらも怒涛の嵐の如き剣戟を振るうセイバーに圧倒される。
「ぐぬぅ…!!」
「そこを退けい!痴れ者がああああああああッ!!喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウセルン)!!!」
セイバーの細かく鋭い剣戟に若武者のランサーは大きく体勢を崩した。そして、体勢を立て直す時間すら与えまいとセイバーは一気に畳み掛ける!
「死して贖え、奸賊がああああっ!!天幕よ、落ちよ!花散る(ロサ・)…ッ!?」
だが、そこでセイバーは石像のように停止したのみならず身体が徐々に光の粒子を帯びて分解されていった…!これに涼香はギョッと眼を剥くが、二騎のランサーや彼らのマスター達は元よりディートリッヒ、そして当のセイバーですら驚いた顔はしていない。
この場合何故と言う問いは余りに馬鹿らしい。この聖杯戦争に置いてマスターを仕留められたサーヴァントならば、自明の現象だ。サーヴァントの姿と能力を保っていた魔力供給源(マスター)が途絶えた事に加え、その直後の猛攻により現し世に現界できるだけの魔力が潰えたのだ。
それに若武者のランサーは一筋の冷や汗を垂らしながらもニンマリと笑みを浮かべる。
「危うかったわ…。その一撃が入っておったら宝具の真名すら明かす事なく儂は討たれておっただろうて。だが、魔力供給のパスが途絶えた、その身体での無理が祟ったのう…」
「ぐぅ…ッ!!」
セイバーは翠緑の双眸を悔しさと憤怒に滾らせるも最早為す術がない事も確かだった。
「ランサー、女のセイバーはもういい。すぐさま男のセイバーの方にお前も回れ。そいつは最早指一本動かす余力すらない、放って置いても間も無く消滅する」
マスターであるケロイドの少年に命じられ若武者のランサーは些か不機嫌な顔になる。
「それは確かにそうだがのう…。儂としてはやはり確実に止めを刺さねば気持ちが悪い上に安心できんわい。小僧、お主はまだ若いから分からんだろうが、死兵となった者以上に最後まで厄介且つ油断できん奴輩はおらぬぞ?何しろ退路が断たれておる分それだけ捨て身の覚悟で挑んで来おるからのう」
だが、ケロイドの少年は首を縦に振らない。
「女のセイバーを見てみろ。その覚悟を果たすだけの余力すら残っていないではないか。何よりそいつの魔力供給源を潰した今、蟻ほどの抵抗もできまい」
その言葉にセイバーは眼で射殺さんばかりの殺気をケロイドの少年に放つが、少年は意にも介さず淡々と続ける。
「そもそも先程も言ったが、捨て身などと言う概念は下策の極みだ。戦闘とは緻密な計画の元に行われ勝つべくして勝つ…そういう物だ」
その言葉に若武者のランサーは溜息をつきながら頭を掻いて尚も苦言を呈した。
「まあ間違っとりゃせんがな…。何事も筋書き通りに事は運ばぬものぞ?もっと柔軟性と言う物をだなあ「黙れ」分かったわ…。すぐさま儂ももう一人のセイバーの方に回るとしよう」
若武者のランサーはやれやれと言う仕草でディートリッヒと打ち合っている“黄金の甲冑”のランサーの横に並んだ。これにディートリッヒは明らかな焦燥の色を双眸に湛え歯軋りする。
(くぅ…!このランサーだけでも決定打を中々に打てぬと言うのに更にもう一騎!!その上この日本武者のランサーも相当な遣い手だ。いくら俺でもこの二人を同時に相手取るのは…!認めたくはないが、形勢はあちらへと傾いたか…!!)
「二対一で多少は気が引けぬ事もないが…これがオレ達のマスターの意向なのでな。これで殺りに行かせてもらう」
“黄金の甲冑”のランサーは淡々と述べ大槍の切っ先をディートリッヒへと定める。
「そういう事よ…。これも“武運”とやらの采配と思い諦めるのだな」
若武者のランサーも獰猛な眼を鋭く研ぎ澄まし眼前の獲物を逃すまいと威圧を放つ。


その光景をセイバーは間も無く消え行く身ながら歯痒く見ていた。そして何より己の身の不甲斐なさを恥じ怒り謗っていた。

何たる事ぞ…!この身は奏者の剣とのたまわっておきながら、その肝心の奏者を守護する事も能わず、剰え、その仇を討つ事すら叶わぬなどと何たる盆暗かッ!!奏者よ…済まぬッ!!






ここ…どこだ?随分と眠ってたような気がする。今まで何をしていたんだっけ?

神威は一人心地でそんな事をボンヤリと考えていた。

なんだか色んな事が何処か遠い出来事のように思えてくる…。まるで今まで長い夢を見ていたかのようだ。酷く頭が重い…。力が入らない…。平衡感覚が歪んでいる…。意識にも霞がかかっているようだ…。徐々に…何もかもが消えていく。自分も、周りも、世界も、全て…。
いっその事このまま…ずっと眠ってしまおうかな?

そうして彼は自らの眼を瞑ったが、次に訪れたのは安楽な眠りとは程遠い苦痛だった。


死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死…。


どこまでも続く死…。果てがない連鎖…。いつ止むのか知らぬ夥しい慟哭…。

ああ…足が、手が、身体が、絡め取られていく。死に、怨嗟に、骸になりゆく人々に…。正直言って頭がどうにかなってしまいそうなくらいなのに何も考えられない…!

神威はそれから逃げ出さんとするも足掻けば足掻く程に深みへと嵌っていく感覚に襲われた。

止めてくれ…!僕に縋られたって僕にはどうする事もできない。僕だって、もうすぐ死の仲間入りを果たそうとしているのに…。自分の事すら助けられない僕がどうして他人を助ける事などできる!?頼むから僕も休ませてくれ…。

懇願しながら神威は再び瞼を閉じようとするが、それより早く誰とも知らない声が飛んだ。

――― 許さない ―――

!?

――― お前に安息などまだ許されない ―――

誰…?

――― 思い出せ、お前が…… ―――







ディートリッヒは涼香を背に二騎のランサーと打ち合っていたが、唯でさえ一騎のみでも一騎当千に値する槍兵二人を相手に追い詰められていた。
「ぐっ!まだまだアアアアアアッ!!抉り裂け、『不尽の巨剣(エッケザックス)』!!」
ディートリッヒは宝具の真名を解放し白銀の剣は瞬く間に“黄金の甲冑”のランサーの大槍すら優に超える巨剣へと姿を変えた。
「うおおおおおおおおおッ!!!」
それを横薙ぎに振るい二騎のランサーを後方へと押し飛ばした。
「ぐっ…!」
「ちぃっ…!」
二騎のランサーはどうにか受身を取り、すぐに体勢を持ち直す。
「とうとう宝具を使ったか。我らを一度に相手取って、流石に追い詰められたと見える」
「じゃが、これで真名は多方絞れたのう…。そのような馬鹿みたいにデカい剣を持つ英雄など早々いないだろうて…」
若武者のランサーの言葉にディートリッヒは舌打ちするも同時に仕方がないとすぐに割り切る。元より宝具の真名解放するという事は、自らの真名を暴露する事と同義なのだから。だが…!
「それがどうした?真名を悟ったからといって俺を即刻討てるなどと早合点しているのではあるまいな?だとしたら了見違いも甚だしいぞ!!」
そう言って巨剣を振るい凄まじい剣圧を飛ばす。二騎のランサーは最速のサーヴァントに恥じぬ速度で難なく躱す。若武者のランサーはディートリッヒの技量を手放しで賞賛する。
「うむ。あの小娘もそうだが、このセイバーも百戦錬磨の猛者よのう…。のう、アルベール…「却下だ」まだ何も申してはおらぬぞ?」
若武者のランサーが些か不機嫌な調子で問うと彼の主であるケロイドの少年…アルベールはにべもなく返答した。
「お前の言いたい事などすぐに分かる。お前も宝具の真名を解放したいとでも言うのだろう。もう一度言うが、これはあくまでも諜報だ。連中の討滅はあくまで二の次…連中の力量を量るのが主な任務だ。それが、こちらの手の内を晒してどうする?」
すると、若武者のランサーはあっけらかんと答える。
「じゃが、もう一騎のセイバーはお主の言うように沈黙したも同然。こ奴も儂ら二人掛りであれば、討ち取れよう。さすれば何の問題もないではないか」
「くどい。仮にこいつらを屠った所で他の陣営も使い魔を通して見ているかも知れん。その程度の事をお前ほどの謀略家が思い至れないはずがないだろう」
アルベールの指摘に若武者のランサーは溜息をつきながらも同意する。
「まあ、それは確かにそうだがのう…。そこの印度神話の英雄はともかく儂は真名が知れた所で大した弱点なぞありはせんでなあ。寧ろバレた方が一興よ。それに小娘のセイバーにも言ったが、儂は生前にできなんだ“真っ向勝負”をしに来た…半分は真のつもりぞ」
「…では、もう半分はどう言うつもりなわけだ?」
アルベールが不意に問うと若武者のランサーはニンマリと獰猛且つ貪欲な笑みを浮かべる。
「知れた事よ…。イザともなれば、形振りは構わぬ。何事も命と結果があってこその物種よ」
「…分かっているのならいい。伯斗のランサーと連携し確実にこのセイバーを殲滅しろ」
「ふー…承知した、主よ」
若武者のランサーは最後に大きく溜息をついて再び異様な長槍を構え、ディートリッヒもそれを受けて身構える。

一方、セイバーは既に魔力が尽き消え行く身だったが尚も立ち上がらんと剣を握り締める。

ぐぅぅぅぅッ!動け、我が身体よ!せめて奏者の仇に一太刀浴びせずして何がサーヴァントか…ッ!?こ、これは!?

その瞬間セイバーは己の身体に変化が起きた事を感じた。断たれたパスが再び繋がり魔力供給が正常に機能しだしたのだ。
「な…!こ、これは?奏者…!?」
セイバーはすぐに倒れた神威を見ると、そこには倒れていたはずの神威が悠然と立ち上がっていた…!
「ば、馬鹿な…ッ!?」
これにはアルベールも愕然と息を呑んだ。
「紫之寺君!!」
「小僧、無事だったか!?」
涼香とディートリッヒも安堵の声を上げる。だが、セイバーは立ち上がった神威にどこか違和感を感じていた。
「奏者…?」
一方、アルベールはいつになく強ばった顔と眼で神威を凝視していた。

有り得ん…!手加減などした覚えはない。奴に流した電流値は少なくとも200mA以上…どう考えても人間が耐えられるものではない!奴は…一体!?

アルベールは唇を真一文字に結んで己のサーヴァントに命じる。
「ランサー、お前は復活した女のセイバーの方に回れ。私はそのマスターを。伯斗達は引き続きベルンの大王を抑えてくれ」
「承知した」
若武者のランサーはセイバーの方へと駆け、三つ編みの少年…伯斗と“黄金の甲冑”のランサーは肯いて返答する。
「了解…」
「諒解した」
そして、アルベールは神威に向き直り再び礼装の小型ナイフを六本取り出した。そして同時に自身へと言い聞かせる。
(落ち着け。この程度のイレギュラーなど微々たる誤差だ。幾らでも修正は利く。何より偶然やビギナーズラックなぞ二度も続きはしない!!)
アルベールは自分でも気づかない激情を迸らせナイフを投擲する。それを受け神威はまたも超音波を身体に纏わせる。
(無駄な足掻きを…。ワンパターンと言う言葉すら知らんと見える)
アルベールはそう内心で冷徹に嘲り事実また彼のナイフは弾かれる事なく超音波の防壁に突き刺さった。そして、彼は動きを停止させる詠唱を唱える。
電管接続・捕捉(lightning collect sacrifice)
それにより神威は再び石のように止まるはずだった。しかし、止まるどころか悠然とした足取りでアルベールに一歩一歩近づいて来た!アルベールは今度こそ、その顔を驚愕に染めた。
「なっ…!ば、馬鹿な!?確かに脳へと電気信号を発したはず…!」
しかし、現実に神威の足は止まる事はなく真っ直ぐにアルベールへと歩んでくる。アルベールは舌打ちしながらも次の行動へと移った。
「止むを得ん…!早急に止めを刺す。電管接続・放出(lightning collect burst)ッ!!」
攻撃の詠唱を唱え防壁に突き刺さったナイフの切っ先から電流が迸る。
「今度こそ、これで終わりだ…!」
アルベールは確信を以て宣言するが、またも事態は彼の予想通りには運ばなかった…。
ナイフから迸った電流は神威へと放出される事はなかった。それは超音波の防壁に絡め取られるように吸収され突き刺さっていた礼装のナイフも一つ残らず砕け散った…!
「な、なんだとぉ…ッ!!?」
アルベールは一つしかない眼を剥く。
「奏者…!?」
「電流が…!?」
「なんと…!相手の魔術を取り込んだのか!?」
一方、セイバー達も神威の離れ業に驚愕を隠しきれなかった。だが、これだけでは終わらなかった。
やがて、神威を包んでいた超音波は神威の右手に集まる、吸収した電流も共に…!それを見たアルベールは全身に悪寒を感じた。それは豊富な実戦経験を積んで来た戦者としての直感だった。そして、それに気づいたのはアルベールだけではない。彼のサーヴァントも彼以上に戦場を渡って来た経験則から主に迫りつつある敵の危険性を察知しアルベールの前に出んと駆けた。
(いかん…!小娘のマスターのアレが何なのかは皆目解らぬが…とにかく()()は拙すぎる!小僧(アルベール)が迎え撃つには余りにリスクが高い…。ここはサーヴァントである儂が…ッ!!)
「おっと余を無視して何処へ行く気だ、日の本の武者よ」
「!?」
だが、そこで行かせる程、神威のサーヴァントも甘くはない。十全に戻った身体と剣でアルベールのランサーの行く手を遮る。
「ぐぅぬ!小娘が…!其処を退かぬかッ!!」
アルベールのランサーは何時になく焦燥が入り混じった顔で咆哮するが、セイバーも退かない。
「戯け。奏者(マスター)への害威を二度も許しては、奏者の剣は名乗れぬわ!ここは一歩たりとて通さぬ!!」
一方、伯斗らもこの事態を黙って見てはいない。
「…ランサー」
伯斗が目線で自らのサーヴァントに命じサーヴァントも言われるまでもなく行動を取る。
「承知している」
だが、涼香とディートリッヒが彼らの前に塞がった。
「悪いが、同盟を組んでいる手前見過ごすわけには行かん」
ディートリッヒは自分の身体を遥かに上回る巨剣を手に凄み涼香も仕込み刀を伯斗へと向ける。
盟友(とも)の元へは行かせない!!」
「…ッ!」
立ちはだかる彼らに伯斗は焦れったそうに低く舌打ちした。

そして、アルベールは迫り来る未だ嘗てない脅威と対峙していた…!絶対の死神が自身の電流を吸収した超音波を纏った右手を自身へと翳す。
アルベールは再び礼装のナイフを取り出すが、彼は戦場で磨いて来た本能で誰より確信していた。全ては無駄であると。分かってしまった、悟ってしまった、冷徹に、無慈悲なまでに。

なんなんだ、こいつは?私は一体()()と戦っている…!?ただ…これだけは言える。こいつは断じて“真っ当な人間”では有り得ない!否、それよりも“生き物”であるかどうかすら…!これはもっと大きな―――。

そう何時になく物思いに耽っていると事態は加速する。アルベールに翳された右手を纏う超音波と電流が渦巻き状に回転し矛のような様相を形作った。

く、来るッ!!

アルベールは先手必勝とばかりにナイフを投擲した。それに対し神威は極めて静かな声で呟いた…。

「哭け」

そう呟いたかと思った瞬間に矛が一閃した。



それは轟音というよりも喇叭の音のようであったかも知れない。ともかく結論としては、その音が響いた途端にアルベールは後方へと吹っ飛ばされていた。電流を纏った超音波に喰らって…。
最終的に森林を深く抉るように遠くへと飛び、やがて止まった。
その惨状に敵味方とも何の言葉すら発する事はできなかった。だが、彼のサーヴァントはすぐさま主の元へと馳せ参じる。
「アルベール!!」
彼の後に伯斗や彼のランサーも続く。セイバーはそれを追撃しようとしたが、途中で思い止まった。逃げゆく敵よりも今はマスターの安否を確かめるのが先決と判断したからだ。
「奏者アアッ!!」
セイバーはすぐさま神威の元に駆け寄り抱きついた。
「莫迦者!余は心臓が文字通り止まりかけたのだぞ!?余の奏者たる者が余を置いて死に掛けるとは何事か…ッ!?」
セイバーは半泣きで喚くが、不意に神威の様子がいつもと違う事に気づいた。表情は能面のように無表情で黄金色の双眸はどこか近寄り難い畏怖を湛えていた。
「奏者、どうしたのだ?いつもと様子が…なっ!?」
すると、神威は不意に顔をセイバーに近づけて来た。それにセイバーはアタフタと慌て始める。
「ななななな、何をする気だ!?こここっ、このような場で接吻などと!!た、確かに余としては吝かではないが…かと言ってここには涼香やベルンの王とているのだぞ!!それを…え?」
だが、すぐに間の抜けた声を出す。何故かといえば、神威は顔をセイバーの肩に乗せる形で眠りこけてしまったからだ…。
「なんだ、眠ってしもうたのか…。ま、まったく紛らわしい事をするでない!」
セイバーはどこか安堵したような落胆したような声で拗ねた。
そこへ涼香とディートリッヒも駆け付ける。
「紫之寺君は?」
涼香の問いにセイバーは憮然と答える。
「…見ての通りよ。眠っておるだけだ」
「やれやれ…戦闘後に安眠とは見かけによらず図太い事だ」
ディートリッヒは呆れたような声で息を付く。
「しかし、先程の紫之寺君の力は一体?恐らく魔術…には違いないのだろうが」
涼香が難しい顔で神威の力で薙ぎ倒され抉られた森林を見て呟く。
「うむ…。よもや、この小僧がこれ程の力を秘めていたとはな。もしかすれば、我らサーヴァントにも並ぶのではないか?」
ディートリッヒも驚きを隠せない表情で呟く。
「それより我らも早々にこの場を去った方が良い。如何に冬木市の郊外とは言え、これ程の惨状だ…。教会にも勘付かれよう。この場に長居をすればペナルティを受ける可能性とてある。それに何より奏者の身を休めたい…」
セイバーがそう促すと二人もそれに頷いた。
そして、セイバーは神威を背に抱えふと大きな息をつく。

此度の戦い…誰が何と言おうとも余は奏者を守りきれなんだ。更に有ろう事か自らの危機をもマスターに救われる始末…!何と情けない、それで何の英雄かッ!
出会った当初は、その柔弱さに先が思いやられもしたが、なんの奏者はこの戦いを通して日々、成長し着実に力を着けてきている。余もその剣として負けてはおれんな!
だが、気に掛かる事がないと言えば、嘘になるが……。涼香達が言っておったように今日、奏者が見せた(チカラ)は一体―――?

セイバーは主の成長に主の剣としての決意を新たにすると同時に、その主が示した驚歎の才に不可解なものを感じていた。



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