とある魔術の未元物質
SCHOOL40  I am You


―――禁欲主義というやつは、矛盾を秘めた教えで、いわば、生きていながら、生きるなと命ずるようなものである。
人間の中には欲望というものが必ず存在する。金欲、性欲、食欲、睡眠欲、数えればキリがない。人間だけではなく動物もそう。動物にも食欲は性欲や睡眠欲はある。だがもし欲望が全てなくなれば、生きる欲望すら失った生物は生きることを止めるだろう。なんでも0と100で分けるのは良くない。40や50、60をよく認識し実行しなければ。








 垣根帝督は学園都市の闇に属する暗部組織『スクール』のリーダーである。いや学園都市から逃亡し追われる身となった現在は元『リーダー』というべきだろう。
 長く暗部に属する、という事はそれだけ学園都市の裏の事情にも詳しくなるということでもある。

 ロベルトもまた同様だ。
 垣根帝督や麦野沈利などといったLEVEL5は暗部に属している為、表の一般人がその能力の詳細や容姿などを知る事は殆どないが、それでもLEVEL5はLEVEL5。暗部の中でも目立つのは避けられない。特に今や逃亡者の垣根など暗部組織に属するほぼ全員がその詳細を知っているだろう。

 孫子の兵法書の中に、彼を知り己を知れば百戦危うからず、というものがある。垣根にとってみれば謂わば暗部組織の全員が『彼を知り』な状態なわけだ。
 対する垣根帝督はロベルトの名前こそ知っているが、その能力までは知らない。孫子的に言うと『彼を知らず己を知られた』状態だ。

 普通なら垣根帝督の圧倒的不利。とはいえその仮定はもしもロベルトと垣根が同等の強さだったならばの話だ。LEVEL5であり第二位の超能力者にして、魔術という異なる法則までも学び始めた垣根と、学園都市の常識的な能力者であるロベルトとでは子供と大人、狗と狼ほどの差がある。ロベルトが垣根帝督のことを知っていて、ある程度の対策をしたとしても両者の間にある断崖絶壁を超えることは不可能だ。
 そう垣根は考えていた。

「俺も暇じゃねえ。五秒で縊り潰してやる」

 垣根の十八番である烈風攻撃がロベルトを襲う。
 迫りくる烈風。それを見たロベルトの行動は単純明快。風に向かっての突進であった。

「血迷ったか?」

 垣根が呆れるように言う。だがロベルトの行動は垣根でなくとも頭に?マークを浮かべるだろう。烈風と一口に言ってもその威力はまるで小さな台風といってもいいほど。人間の軟な体で突っ込めば全身の骨と言う骨が粉砕し、内臓という内臓が潰れ、潰れた心臓を下呂することになるだろう。
 だがそうはならなかった。烈風の直撃を受けて数メートルを飛ばされたロベルトは、服が薄汚れ髪が乱れているものの肝心の体は無傷で立ち上がった。

「どうした? LEVEL5の攻撃も案外に大したことがない」

「………………失敗した。そうだよな、保身の得意そうな顔してやがるテメエが、んなカミカゼアタックみてえな真似するはずねえ、か」

 聖人なんて例外中の例外を除いて、ただの人間があの烈風の直撃を受けて生きているわけがない。なのに無傷で生きていることは、ロベルトの能力によるものなのは間違いない。
 問題なのはロベルトが一体どのような能力者なのかということだが。

(俺相手に『電撃使い』や『発火能力』なんてメジャーな能力が殆ど意味ねえってのは学園都市側も理解してるはずだ。現に狙撃手にしろ無口野郎にしろ俺の『未元物質』に干渉され難い能力者だった。ま、狙撃手はし難いだけで干渉出来ねえ訳じゃなかったが)

 予め大気中に散布していた『未元物質』を利用した逆算によると、ロベルトが烈風に干渉した訳じゃない。かといって烈風を能力で作り出した壁などで威力を減衰したというわけでもない。ならば考えられるのはロベルトがロベルト自身に能力を作用させたという可能性。

「どうした? 来ないのなら、こちらから!」

「………………はぁ」

 こちらに走ってくるロベルトを垣根は多少冷めた目で見つめ、再び烈風攻撃を喰らわした。ロベルトは躱すことも出来ず直撃を受ける。そして立ち上がる。先程と全く同じ動作を繰り返した。

「何度やろうとも無駄だ。その攻撃では私を」

「倒せねえ。俺も烈風でテメエを倒そうなんざ考えてねえよ」

「なら時間稼ぎか?」

「その必要はねえよ。もう、終わったぞ」

「終わった? 一体何が終わった。私の心臓はまだ鼓動を続けているぞ。私の体は問題なく動く」

「それを終わらせるか終わらせねえかはテメエの態度次第だ。俺が終わったって言ったのはテメエの能力の逆算だ」

 ロベルトの顔が驚愕に歪む。
 戦闘開始からまだ五分程しか経過していない。互いの能力が交差したのはたったの二回しかない。なのに垣根帝督は能力を暴いたと言ったのだ。

「わりと単純だったな。『未元物質』の烈風に混ざった数千のベクトル。そのインパクトの衝撃の情報を二度も頭に叩き込めば、テメエの法則を暴くのは俺には難しいことじゃねえ。最初に頭に叩き込んだ時は感心したけどな」

「馬鹿な。幾ら『未元物質』による逆算とはいえ、たったの二回で」

「二回で十分なんだよ、この俺には。まさかテメエ。お前如きと俺の頭の出来が同じ、だとか思ってんじゃねえよな。だとしたら、とんだお花畑だ」

 茶髪っぽい髪を掻き上げながら、目を擦る。どうも目が痛いと思ったら汗が目に入っていた。

「テメエの能力は物の硬度を変える、だ。その対象が自分の体限定なのか他の物にも通用するのかはまだ知らねえけどな。どっちにしろ俺の能力の敵じゃねえよ」

「随分な言いぐさだ。私の『硬度変換(ソウルイーター)』をこうも簡単に暴いて見せたのは驚き桃の木だが、未だお前は私にダメージを与えられていないと言うのに」

「粋がってんじゃねえよ。テメエの能力、物理攻撃にはかなり有利な能力だ。体ァ柔らかくして衝撃を吸収するのも、どんな金属よりも体を硬くして弾丸弾くのも楽勝だろうさ。だが幾ら柔らかかろうと硬かろうとテメエの体は人間のものでしかねえ。銃弾は弾けても炎や雷は無効化出来ねえだろ? こういうような」

 『未元物質』による赤黒い閃光。
 この世には存在しない未知の物質で編まれたそれだが、この世の温度でいえば六千度℃に達する。
 ロベルトにこの赤黒い閃光を防ぐ術はない。あくまでロベルトの能力が有効に作用するのは物理攻撃のみ。徹甲弾は防げても原子崩しは防げない。超電磁砲は無効化出来ても電撃は無効できない。欠陥だけの防御能力。その欠陥を突かれれば容易く崩壊する。

「どうする? 大人しく降伏するんなら、お前は五体満足で学園都市に帰れる。だが白旗あげねえなら、腕や足の一本が弾けるかもしれねえぞ」

 汗を拭いながら垣根が最後通牒を告げる。
 ロシアの大地の寒い風が吹く。時間にして三秒、ロベルトは応えた。

「降伏は拒否だ」

「そうかい」

 直接は喰らわせない。アックアの水を蒸発させるほどの攻撃を人間に喰らわせれば、明らかなオーバーキルになってしまう。ロベルトから聞きたい事が山ほどある垣根としては、その選択肢は正解とはいえない。
 狙うのは地面だ。幾ら体が硬かろうと柔らかかろうと立っている地面が吹き飛べば必ず体勢を崩す。その隙に適当な未元物質でロベルトを眠らせてしまえばいい。

「喰らっとけ!」

 赤黒い閃光がロベルトの立っている地面を破壊する。すると垣根の狙い通りロベルトの体勢が崩れ隙が生まれた。

「仕舞いだっ」

 地面を蹴り走る。
 だがその歩みは、最初の一歩で躓いた。

「――――――――――――あっ」

 似つかわしくない間抜けな声をあげる。
 何の脈絡もなく足から力が抜けた。後少しで戦闘終了というところで、垣根は躓き倒れた。
 
「どうなって……」

 瞬間、凄まじい疲労が垣根を襲う。
 足が手が、思うように動かない。全身が鉄のように重かった。汗が止まらない。息が苦しい。一日中走り続けたような、饒舌に尽くしがたい疲労。
 どうにかして首を挙げる。垣根が見たのは、鋼鉄よりも固くなった拳を自分の脳天に振り下ろすロベルトの姿であった。




楽勝展開……と思った次の瞬間には逆転されてる。
これがKAKINE MUST DIE。魔術が使えなかったらとっくに負けてたような気もしますが……頑張れ、帝督。お前が……ナンバーツーだ。



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