リットナー。そこが私が生まれ育った村だ。
 元は地下にあった村だったけど、代々守ってきた倉庫から漏れ出したガスが原因で、地上で暮らすことになった。
 しかし、 そこで待っていた物は安息でも楽園でもなく、地獄の始まりだった。
 地上に出た為にガンメンに襲われ、その原因となった倉庫が武器庫だった為に、武器があり、それを手に戦うことが出来る。
 どうにも皮肉な話だ。
 ガンメン――それが私達の敵。獣人――私達を脅かす存在。
 強力な武器を使っても、大勢で挑んでも、辛うじて追い返すことがやっとだったガンメンを相手に、あの黒服の男は一人で倒してみせた。
 ――アキト。彼はどうやってあんな力を手に入れたのだろう?
 とても強く、そしてとても優しい。
 だけど、私にはその力は悲しく、とても危ない物に思えて仕方なかった。




紅蓮と黒い王子 第4話「恋は突然! 愛に性別なんて関係ないのよ!!」
193作





「アっキト! 何してるの?」

 後ろから強引に抱き付きながら、その豊満な胸を背中に押し付けるヨーコに、アキトは少し動揺しながらも冷静に答える。

「艦の整備状況の確認だ。前のガンメンから拝借した部品を考慮しても、今のユーチャリスは完全動作には程遠い」
「え? この乗り物って、これで完全じゃないの?」
「ああ。今は高度200の位置を低空飛行しているが、本来は宇宙航行艦だ。それに武装もユーチャリスがこの状態では満足に使えない」
「ウチュウ? ウチュウって、あの月の浮かんでる?」
「そうだ。あの空の向こうのことだ」
「うそっ! そんなとこに本当にいけるのっ?!」

 ヨーコにとっては驚きの連続だった。自分達の持っている武器や装備だけでも、近隣の村々に比べたら格段に優れている。
 そして、その武器によってガンメン達と戦えていたと言う自信がある。
 だが、この艦を見た時にその自信や常識は崩された。
 アキトの非常識さも無茶苦茶だと思うが、この艦も異常と言っていい。
 空を飛ぶ乗り物なんて聞いたことがないし、ましてやこんな大きな物が空を飛んでいるなんて非常識極まりない。
 そして、この乗り物を飛ばしているのは、あのラピスと言う少女一人だというからもっと驚きだ。
 それなのに、これだけの物を持っていながら、まだ完全じゃないと言う。
 想像もしなかった、あの空の向こうに行く為の艦だと言うのだから、驚くなと言う方が無理な話である。

「言っておくが、ヨーコの村に協力するとしても、それはあくまで俺個人として、 傭兵として ビジネス の話だ。この艦やラピスに関して何らかの要求があった場合も、艦を調べさせるつもりはない」
「分かってるわ。アキトにとってこの艦とラピスがどれだけ大切なのか知ってるし、そこに私も触れるつもりはない。村の人たちにも触れさせない」

 助けてもらった恩。それ以上に、アキトにとってラピスと言う少女がとても大切な者だと言う事は、ヨーコにもよく分かっていた。
 助けてもらった上に、村に協力してもらえる。アキトが味方でいてくれる以上、アキトを困らせるつもりはヨーコにはなかった。

挿絵
「むう……ヨーコ、また抜け駆けしてんな」
「まったく抜け目がないんだから、ズルいわよね」
「……ズルいです」

 いつの間にかブリッジに来ていたキヤル、キヨウ、キノンの三人が三者三様に不満を口にする。

「ちっ! 違うわよ! 私はアキトのことなんて……

 顔を真っ赤にしながら言われている意味を悟ったヨーコは反論する。

「でも、ずっとアキトの後ろばっかりベタベタしてんじゃねぇか!」
「ちっ! 違うわよ!! そりゃ、アキトは強くって頼りがいがあって物知りで、それに格好良いけど……その何ていうか……」

 キヤルの一言に茹蛸のように顔を真っ赤にしてヨーコはブツブツと何かを話し始める。

「ア、アキトは頼りになるし、何だか……兄ちゃんみたいだなって、こんなお兄ちゃんがいたらいいなって……その……」
お、お兄ちゃん?! ×3」

 三人の姉妹の声が揃う。
 ――カアー! もう、爆発寸前の火山のように顔を真っ赤にしながら、自分の言ってしまった発言に気付くヨーコ。

「そ、そうよっ! 私、村の皆以外、家族いないし……アキトみたいなお兄ちゃんがいたらいいなって!! 悪いっ!!!

 開き直った。と言うより、その空気に耐え切れなくなった、ヨーコの大声が艦内に響く。

「あん? 俺のことよんだか?」

 そう言いながら、ブリッジに姿を現したキタンを見て、三姉妹は――

「いや、それはない(です)」

 同じ言葉を口にしていた。






「キタン達もいいのか? リットナーまで行っても……」
「まあ、俺達の目的はガンメンだからな。ガンメンが相手ならどこにでもいくぜ。それに、嬢ちゃんに燃える水の話したら、似たようなもん作ってくれたしな。これがあればガンメンなんて目じゃないぜ」

 そう言いながら手榴弾を手にするキタンを横目に、アキトはラピスの方を向く。

「大丈夫ダヨ。コノ位ノ武器ナラ、コノ星ニモ、アルミタイダカラ」

 ラピスの一言に、確かに手榴弾程度なら問題はないだろうと判断する。
 最悪、このユーチャリスの技術と、ラピスや自分の秘密さえ周りに漏れなければ、多少の力を持たせておいた方が危険も少ないだろうとアキトは考えた。

「アキト、村ガ見エテキタヨ」






「な、なんだありゃ……」

 リットナーの村がある渓谷に巨大な艦が姿を現した。
 村人達に緊張が走る。若い男達は各々に武器を取り、艦から距離をとって様子を伺っていた。

「おいっ! だれか降りてくるぞっ!」

 地上に降りた艦から降りてきた女の姿に、それまで緊張に包まれていた村人の表情は驚きへと変わった。

「ヨーコっ!!!」
「ただいま。皆、無事だったのね。よかったわ」

 そう言いながら何事もないようなヨーコの姿に村人達の緊張がほぐれ、安堵の表情を浮かべる者もでてきた。

「ヨーコ、お前こそ大丈夫だったのか? それに、あれは一体?」

 若者達の中で、リーダーと思われる大柄な男がヨーコに一番の疑問を問いかけた。

「逃げてる途中で、あの艦の人に助けられちゃってね。とにかく紹介するわ」

 ヨーコは艦に向かって合図を送ると、艦からアキト、ラピス、黒の兄妹の順番で降りてくる。

「紹介するわ。彼が私を助けてくれた……」
「アキトだ」

 そう、ぶっきら棒に答える、見るからに怪しい格好をしたアキトの様子に、男は表情を濁らせる。

「だ、大丈夫よ。そりゃ、ちょっと怪しい格好してるかも知れないけど、彼は誠実だし、それにガンメンだって一人でやっつけたんだから」
「――ガ、ガンメンを一人で倒した?!」

 村人達の間に驚きと動揺が走る。
 普段からガンメンと命がけの戦いをしている者達にとって、それは驚嘆する事だった。

「あ〜。もしかして私、余計なこと言った?」

 更に緊張と畏怖の表情を浮かべる人々を見て、ヨーコは自分の失言を悔やんだ。






 あれから数刻。ヨーコの必死の説明で村人達の理解を得たアキト達はリットナーの村で一時の休息を取っていた。

「ただいま……みんな」

 ヨーコの前には土の上に板が差し込まれただけの簡素な墓があった。
 先日のガンメンの襲撃で死んだ人々に黙祷を捧げながら、ヨーコの心にはある決意が生まれていた。

「この村は絶対に守ってみせる」

 自分に言い聞かせるように、ヨーコは墓に向かって、その言葉を口にしていた。






「あんた、物凄く強いんだってな」

 そう言いながらアキトに近づいて来たのは、先程、ヨーコと話していたリーダーらしい男だった。

「俺はダヤッカって言うんだ。これから、よろしく頼むな」

 そう言いながら手を出すダヤッカにアキトも握手を返す。

「しっかし、すごいもんだな。本当にあんた達、何者なんだ?」

 大きな広場に置かれたユーチャリスを前に、ダヤッカは疑問を思わず疑問を口にしていた。

「悪いが、それに関しては大したことは答えられない」
「ああ、悪い。そう言うつもりじゃなかったんだ。あんた達のことは詮索しない。そう言う約束だったしな」

 ダヤッカは自分の聞き方が不味かった事を謝ると、アキトの方を向いて礼を述べだした。

「ヨーコを助けてくれてありがとう。それにあの子があんなに嬉しそうに話をしているのを見たのは、何年ぶりだろうな。礼を言わせてくれ」

 そう言いながら頭を下げるダヤッカにアキトは首を振って返す。

「俺の力じゃないさ。この村の人達や、キタン達を見ていたら分かる」
「しかし、アキトはヨーコを助けてくれたんだろう? あんなに他人を慕ってるヨーコを俺は見たことがない」
「……俺は他人に好かれる人間じゃない。そんな物は、すでに置いてきた」

 そう言い残し、その場を立ち去るアキトを、ダヤッカは寂しそうな表情で見詰めていた。






「……やはり酷いな」

 アキトの前には崩れた断崖と、今も残る戦いの傷跡、ガンメンと村の人達が戦ったと言う場所の痕だった。
 獣人による人間狩り。その非日常的な生活を、この星に住む人々は日々送っている。
 この戦いでも多くの人間が死んだのだろう。そこら中に残る血の臭いが、アキトの脳裏にかつての自分を思い出させる。







『テンカワアキト! いや、復讐人よ! お前はその果てに何を望む』
『何も……俺は全てを奪った貴様達を許さない。妻を、友を、過去を。そして人である事を貴様達に奪われた』
『違うな。ぬしは自分で捨てたのだよ。人という皮を捨て、修羅となる為にっ!』
北辰っ!!

 サレナの前方に展開されたディストーションフィールドと、夜天光の錫杖が交差し、火花が飛び散る。

 ――殺せ! コロセコロセコロセコロセコロセ!!!

 アキトの頭に強力な殺意と、そして黒い感情が渦巻いていく。

『そうだっ! それでこそ我が宿敵!! 見せてみろっ! テンカワ・アキト!! ぬしの力をっ!!!』

 そこには何もなかった。殺意と駆り立てる力の衝動。
 我武者羅にもがき、ただ、奴らへの復讐だけを誓い、戦った。
 その果てに残されたものは、ただの殺し合い。戻ってきた物はなく、取り戻せた物は何もない。

 妻はその身を生体部品に変えられ、記憶を失った。
 自分は過剰投与されたナノマシンの影響により、五感をなくし、人ではなくなった。
 かつての友人と娘のような少女の手を振り解き、復讐に走った。

 その後に残されたのは人々の畏怖と恐怖。最悪のテロリスト。最凶の黒い悪魔。
 ――怖れられ、追われ、最後に行き着いたのは冷たい宇宙の果てだった。






挿絵
「私に戦い方を教えてっ!」

 アキトの元に来たヨーコが最初に口にしたのはその一言だった。

「私は村では一番射撃も上手いし、それに誰よりも上手くやれるって自信があった。でも、この間の戦いで、今のままじゃダメだって気付いたの」
「それは復讐の為か?」
「それは……」

 アキトの問いにヨーコの言葉が詰まる。

「復讐の為なら、やめた方がいい。その力はいつか、自分や周りの人を苦しめることになる」
違うっ! 私は村を守りたくて!! アキトみたいな力があれば私にだって!!」

 ヨーコの言葉を無視して、村の方へ歩き出すアキトは途中で立ち止まると、ヨーコの方を振り返らずに口にする。

「ヨーコが求めた力は、復讐の果てにある暗く濁った物だ。俺に教えられる事はない」

 そう言い残し立ち去るアキトの後姿を見ながら、ヨーコにはあの時に感じたアキトの強さと、その裏にある深い悲しみを感じ取っていた。

「アキト……」











 広大な荒野の下、ずっと深い場所にある大空洞に一人の青年の姿があった。
 上半身裸で、体中に青い炎の様な刺青をし、左右がつり上がったサングラスをかけた出で立ちの青年は、仲間と思しき三人組とよからぬ企てをしている最中だった。

明日だ! 明日やるぞっ!!
了解でさぁ! アニキっ!!

 親分と子分と思われる四人は、自分達がこれから起こす大事に興奮が冷め切らぬのか、大声で結束を確かめ合う。

こらっ! お前らっ!! とっくに夜だ!! とっとと休まないか!!!」

 大柄な体格の刀を持った男が怒鳴ると、一同は散り尻に逃げていく。

「明日だ! 明日、いよいよ、俺は地上に行く!! 親父、待ってろよぉ!!!

 逃げながら呟く青年の言葉は大空洞の闇に吸い込まれていた。






「ねっ? ねっ? ちょ〜っとだけでいいから…………ダメ〜?」
「ダメデス。諦メテ下サイ」

 ラピスと、オカマっぽいヒョロっとした体格の、ピンクのベストに青い服と派手な衣服を身に纏った男性が、ユーチャリスの前にいた。

「こんなピカピカした、美しいメカが目の前にあるって言うのに、ちょっとくら……」
「ダメデス」
「もう、まったくケチんぼね。いいわっ! あのもう一人のちょっと格好よかった黒い男の人に頼んでみるから〜」
「アキトニ近ズカナイデ下サイ」

 嫌な気配を察したラピスは、オカマに向かって黒いオーラを放ちながら威嚇する。

「恋は突然! 愛に性別なんて関係ないのよ!!」
「大有リデス。引ッ込ンデクダサイ」

 二人の背中には、黒いオーラを放つ愛らしいフェレットと、舌をきゅるきゅるとだす大蛇の姿が見えたような見えないような……

「何をやってるんだ? リーロン?」

 そこには不思議そうに二人を見詰めるダヤッカの姿があった。







 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 いつもありがとうございます。193です。
 今回は閑話みたいな感じですが、如何だったでしょうか?
 次はついにあの男達が登場するのか?

 次回は、少女は求めた。強くなりたいと。青年は憧れた。天井のない大地を。少年は手にした。そのドリルで未来への切符を。
 運命の出会いにより今、物語りは動き出す。
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。



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