「アキト、お帰りなさい」

 サレナから降りてきたアキトを出迎えるヨーコとラピス、それにリットナーの皆。
 アキトの左にはキヤルが、そして右隣には件の少女の姿があった。

あんっ! テメエは?!」

 キタンが少女に掴みかかろうとする勢いで距離を詰めるが、素早く前に出たキヤルの蹴りを喰らう。

「おいっ! 何しやがる、キヤル!!」
「兄ちゃん、サレナに手を出すなよ!!」
「何言ってやがる、コイツがそもそもの原因だろうがっ!!」

 アキトの隣で状況が今ひとつ理解できないのか、様子を伺っているサレナを大きく指差すキタン。

「それでも、ダメな物はダメだ!! それに、サレナは……」

 アキトの方を見て黙ってしまう、キヤル。
 その様子を見て、アキトは首を縦に振る。

「俺が話そう。まずはキタン、キヤルを危険な目に合わせてしまってすまなかった」

 キタンの前にでて、深く頭を下げるアキトに驚く一同。
 サレナもアキトの隣に出て深く頭を下げる。

「ごめんなさい……」

 さすがのキタンの怒りも、件の少女だけではなく、アキトにここまで謝られたのではどうして良い物か判らず徐々に落ち着いていく。

「彼女の名前はサレナ。俺の……」

 ヨーコの隣にいるラピスを見て、言い直すアキト。

「俺達の家族だ」




タイトル
紅蓮と黒い王子 第12話「ありがとう……キヤル」
193作





 時は少しさかのぼる。谷に囲まれた岩陰に場所を移し、アキトの治療をするサレナ。
 その様子を監視するようにじっとアキトの横で見守るキヤル。
 付着している血をふき取り、服を脱がせようと手を伸ばすが、サレナはキヤルの方を見てその手を止めてしまう。

「なんだよ?」
「すみませんが、少し向こうに行っていてもらえますか?」
「……なんでだよ?」

 再び険悪な雰囲気が辺りに漂う。

「いいんだ、サレナ。キヤルもすでに当事者だ。ここまで巻き込んでおいて何も見せない、話さないというわけにはいかない」

 そう言うと、顔にかけてあったバイザーをゆっくりと外すアキト。
 その肌には青白いラインが浮かび上がり、瞳はラピスと同じ金色の色を放っていた。

「アキト……それ……」
「キヤル、これから話すことは俺だけじゃない。ラピスにも関わることだ。だから、誰にも話さず胸にしまっておいて欲しい。そして、もしそれでもサレナが許せないというなら俺を罰してくれればいい。だから、二人には……うぅ」
「アキト、話は後です。先に治療を」

 アキトのはだけた胸の部分に手を当て、静かに集中するサレナ。
 するとその手からでた青白い光がアキトを包み。その傷が時間を巻き戻すかのように塞がっていく。

「す、すげえ……」

 サレナのその能力に感嘆の声をあげるキヤル。

「勘違いしないで下さい。これは相手がアキトだからできることです。あなた方が怪我をしても私では治せません……」

 キヤルの思ったことに釘を刺すかのように先に言うサレナ。

「アキト、大丈夫ですか? 体内のナノマシンの活動を調整して体内組織の修復、表面上の傷は塞ぎましたが、失った血までは取り戻せませんし……」
「大丈夫だ。まだ、少し痛みはあるがそれでも随分とマシになった。ありがとう、サレナ」

 サレナに礼を言うと、キヤルに向き直るアキト。

「キヤル、話をしようか、昔の……そして俺にとって始まりであるあの場所の」



 火星で生まれた一人の男の子と女の子のお話。
 少年の名はテンカワアキト。少女の名はミスマルユリカ。
 彼等は幼い時に地球と火星と言う長い距離を離れ、それぞれの道を歩むことになる。
 そして時は過ぎ、火星を襲った謎の兵器達の襲撃により、多くの火星の人々は殺され、テンカワアキト自身も事故により地球へと飛ばされてしまう。
 そこで出会った偶然の再会。
 幼い時に別れた彼女との再会により、少年の運命は動き出した。

 偶然乗ることになった最新鋭の戦艦ナデシコ。
 そこで出会った個性的なメンバーに囲まれながらも少年は少しずつ成長し、目的地である火星へと辿り着く。
 そしてそこから徐々に知る、この戦争の真実。
 父を失い、母を失い、そして友人を多く失った少年に突きつけられた真実は過酷な物だった。
 人による欲望、謀略、復讐、様々な戦争に関わった者達の思惑により戦乱の渦は広がり、何も知らない人達の命が消えていく。
 少年の憧れた正義は其処にはなく、少年にもまた、一つの決断が迫られる。

「アキト、アキトは私のことが好き! 私もアキトのことが大好きだよっ!!」
「お前、言い切ったなっ!!」

 どんな時も明るく自由奔放。悩んでいる時も彼女はそんな素振りも見せず、アキトの手を取り引っ張っていく。

「戦争は悲しいよね、辛いよね、痛いよね。だから、私は終わらせる為にも行きたいと思う」
「ユリカ……」
「アキトはどうしたいの? どこに行きたいの?」

 少女は人を殺すということの重さを知り、それが戦争だということを改めて知る。
 大きく成長した少女が初めて見せた涙。
 少年は、かつての友の事を、自分が信じた正義を信じて決断する。

 そして辿り着いた始まりの地。

 そこで長く続いた戦争が、一人の少女と少年の手によって終わりを告げた。



 話を聞いていたキヤルに驚きの声が上がる。
 アキトは確かに不思議な存在だったが、この世界とも違う別の世界から来たと聞かされ、しかも世界を救ったのが目の前にいるアキトだと言われ納得するも、どう答えて良いのか反応に困る。

「でも、アキトは世界を救ったンだろ? なら、それって誇れることなんじゃないのか?」
「英雄か……キヤル、これを見てもそれが言えるか?」

 肌に青白く浮かぶライン。金色の瞳。
 アキトのそれを見たとき、キヤルは何ともいえない冷たさと恐怖を感じた。

「あの戦争の後、俺とユリカは火星の後継者と名乗る木蓮の残党達に拉致され、ユリカはある機械の生体部品として、俺は人体実験の道具として扱われた」

 それを見て、聞かされ言葉が出ない。

「そして、俺はある組織の人間に助け出され、治療を受ける。だが、すでに事故で死んだことになっている俺に帰る場所などない。最愛の人を奪われ、かつては信じた正義からも見放され、俺に残された物は奪った物に対する復讐――ー」

 その言葉を聞いて、キヤルは自分がアキトに言った言葉の重さを知る。

「ラピスは俺のエゴの為に戦いに巻き込み、そして今も傍にいてくれる。サレナに乗った時から、今も俺の戦いは終わっていないんだ」
「サレナに乗った? どういうことだ? だって、彼女は……まさかっ!!」

 顔を真っ赤にしながら、立ち上がるキヤル。それを見てアキトは意味が判らないのか、首を傾げる。

「……?」
「……アキト、それじゃ誤解を招きます。キヤル、あなたが想像していることとは違います」

 そう言うと空に向かって手を掲げるサレナ、すると何もないはずの空間に歪みが生まれ、中から黒い巨人が姿を現す。

「ブラックサレナ。俺の愛機だ」
「え? え? ええぇぇぇ〜〜っ!!!

 突然、何もないところから現れた巨大なロボットを見て大声を上げるキヤル。
 その様子を見ながらもアキトは言葉を続ける。

「ブラックサレナと、彼女は実際には別物だ。だが、彼女は今やサレナと同じ物と考えて支障はない」
「それについては私からお話します」

 キヤルに向かって話し出すサレナ。

「私は人間ではありません。あなた方が知るガンメンと同種の物と考えてください」
ガンメン?!

 その言葉に一瞬身構えるキヤルだが、その少女がとてもあのガンメンとは思えず、自分の口から問いただす?

「ほ、本当にガンメンなのか?」
「正確には普通のガンメンではありません。私はあなた方で言うところのラガンタイプ。もっともそのラガンからしても私は特殊な存在になるのですが……」
「わ、わりぃ……もう少し判りやすく言ってくれない?」

 ?マークを頭につけながら、首を傾げるキヤル。

挿絵「実際にはこう言う事です」

 そう言うとブラックサレナに融合するサレナ。
 それを見て、キヤルは口をあけたまま固まってしまう。
 キヤルに見せると、融合を解き再びアキトの元に戻るサレナ。

「私はその心臓部にコアドリルを持っています。今の時代にはほとんど残されていませんが、かつての戦いで生み出された自立行動型のガンメンと言った所です……もっとも私は失敗作でしたが」

 悲しそうに俯くサレナ。

「獣人が乗ってなくても動けるガンメンってことか?」
「はい、そのように解釈をしてもらって構いません。もっとも普通のガンメンと違い、先ほどの様な特殊な力も持ってはいますが……」
「でも、サレナはどっちかって言うと、機械っていうより人間っぽいんだけど……見た目もそれに……」
「……本来は螺旋遺伝子を持つ生物しか持てない螺旋力、そしてコアドリルとガンメンとしての器。私は研究の末、生み出された最終兵器になる予定でした」

 かつてあった異星人との戦い。
 沢山の螺旋の戦士が死んでいく中で、研究者達が考えたのは新たな兵器を生み出すこと。
 人間の命令に忠実に従い、螺旋の戦士に代わり、戦うことが出来る自立型の究極兵器。
 だけど、その研究にも弊害があった。
 螺旋力を高める為にとった人の形と器。その結果、生み出された物は不完全な物となった。

「不完全?」
「兵器としてはあってはならない物――それは感情です。キヤルさん、あなたは子供を殺せますか? 家族を殺せますか? 大切な人を殺すことが出来ますか?」

 道具が言うことを聞かなければ、それはどれだけ強力な兵器であっても危険な物でしかない。
 研究者達は通常通りの兵器運用に切り替え、この研究を破棄。永久凍結することを決めました。
 そして、私は永い眠りにつくことになった。

「だけど、目が覚めたこの時代で私はこの機体、ブラックサレナと出会う」

 黒いボディに触れ、その瞳に様々な想いを宿すサレナ。

「サレナで見た記憶。それは私を作り変えるのに十分な想いの塊だった。私はサレナと融合することで、この機体が持つ記憶、そしてアキトの想いに触れ、人間という物をより深く知ることが出来た。だから、私は名を持たぬ実験体ではなく、アキトのサレナとして生きてみたいと願ってしまった」

 そっと上半身を起こし、サレナを見るアキト。

「彼女に胸を貫かれた時、不思議と痛みよりも懐かしい気持ちが溢れてくるようだった。貫かれた胸から入ってくる沢山の記憶。そして彼女の想い。それは一緒に戦ってきた俺だから分かる。君は実験体なんかじゃない、俺達の家族、サレナだ」

 手を差し出すアキトに応えるように握り返すサレナ。
 その様子を見て、キヤルは笑いながら言葉を続ける。

「ま、アキトやラピスのことも大体は分かったし、小難しい話は色々されてもわかんねえし、俺はそれでいいよ。兄ちゃんにも誰にも言わない」
「キヤル……」
「それにだっ! サレナ!!」

 ビシっ!と指を刺すキヤル。

「色んな理屈をつけても、ようはアキトのことが好きってことだろ? だから敵を裏切っても一緒にいたい、力になりたいって思う」
「私が……アキトを好き?」

 想像もしてなかったことをキヤルに言われ、うろたえるサレナ。

「サレナがアキトにしたことは忘れないし、みんなに迷惑を掛けたこともゆるせねえ。でも、サレナのことはその何ていうか嫌いにもなれない」
「……???」

 キヤルの言っていることが今一つ理解できないサレナは首を傾げる。

「だからだ! とにかく、みんなにあやまれ!! 悪いことしたなら心から頭を下げてあやまれ! そうすりゃ皆もきっと許してくれるよ」
「キヤル……うん、ごめん……ごめんなさい」

 両目に薄っすらと涙を浮かべながらキヤルに頭を下げるサレナ。
 そんな彼女に手を差し伸べるキヤル。

「ほら、泣き止めよ……なんか、俺が泣かしたみたいじゃねーか」

 そう言いながら、サレナの涙を拭くキヤル。

「ごめんなさい、キヤル……」
「バカ、こう言う時は違う。ありがとうって言えばいいんだ」

 照れくさそうに言うキヤルを見て、今までにない笑顔でキヤルに答えるサレナ。

「ありがとう……キヤル」

 それは世界に飛び出した少女に初めて出来た、友情という名の絆だった。

「ま、でもアキトはゆずらねえぞ」

 そう言いながらアキトに抱きつくキヤル。
 女の友情は意外と儚いのかもしれない……






 ――サレナは俺の親友だ! 兄ちゃんでも手を出したらぶっ飛ばすっ!! 女に手を上げるなんて最低だ!!!

 キタンは落込んでいた。倉庫の隅で落込んでいた。暗い雰囲気を背中からだし、如何にも近寄りがたいオーラを放っている。

「キタンの奴、大丈夫か?」
「ま、キヤルにあれだけ言われちゃあね」
「で、肝心のキヤルはどうしてんだ?」
「サレナと一緒にアキトのお見舞いだって」
「お前はいかねえのかよ?」
「いや、何ていうかあの雰囲気は入って行きにくくってね」
「「はあ……」」

 倉庫にカミナとヨーコの溜息が空しく響いた。



「アキト、食べさせてやるよ、ほら」
「アキト、お茶のお代わりはいかがですか?」

 ベッドの両脇にはキヤルとサレナが腰掛け、甲斐甲斐しくもアキトの世話を焼いていた。

「いや、もう十分だ。それに傷だってふさがってるんだし、ここまでしなくても……」
「ダメ」
「ダメです」

 二人に左右を固められ身動きの取れないアキト。
 その様子をドアの前に立ち、ジーっと眺めていたラピスが黒いオーラを放つ。
 妙な悪寒に襲われ、体を小刻みに震わすアキト。

「アキト寒いのか? なら、私が」
「アキト、寒いなら隣であたためてあげますね」

 二人してアキトにくっつくその様子を見て、ラピスのプレッシャーが更に強くなる。

「ラ、ラピスもこっちに来るか?」

 空気に耐え切れなくなったアキトが何とかしようと試みるが……

「私はオモイカネとユーチャリスのシステムチェックがあるから」

 それだけを言うと部屋から出て行った。



「はあ、キヤルの奴、まだ怒ってんかな? 俺はキヤルのことがただ心配でやっただけなんだが……」

 アキトの見舞いにでも行って、何とかキヤルと仲直りをしようと考えたキタンは医療室に向かっていた。

「ん? ありゃ、ラピス嬢ちゃんじゃねえか?」

 目の前から不機嫌そうに近づいてくるラピスに声を掛けるキタン。

「嬢ちゃん、どうしたんだ? 随分と不機嫌そう……」

 言葉を言い切る前にラピスのプレッシャーに圧され、言葉を詰まらせるキタン。

「ほうき頭、五月蝿いです」

 ――!!!



「あん? キタンの奴、またどうしたんだ?」
「何か、今度はラピスに何か言われたらしいわよ」
「案外、繊細だなあ、あいつも……」

 倉庫の隅で暗いオーラを放ちながら三角座りをするキタンを見るヨーコとカミナ。

「ほうき頭……五月蝿い……」

 キタンの呟きはその日、一日続いたと言う。






 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 今回は前回までの補足話みたいな感じですが、幕間なんで。
 現在のアキト争奪リレーは若干、サレナとキヤルがリードと言った所でしょうか?w
 てか、何時の間にそんな勝負が……
 ブラックサレナを再び取り戻したアキト。
 彼の行く末に待ち受けてる更なる試練とは?
 めげるなキタン! お前にも活躍の時はきっとやってくる……はず



 ※重要※
 少しお知らせです。仕事の方が相当に忙しい状態でして、かなり疲れてきております……
 毎週、休日返上の出勤体勢でして、しかも週末から出張も……
 しばらく落ち着くまで木曜の定期更新のみになるかもしれません。
 どうか、ご了承下さい。
 あと、他のことも余り出来そうにないのでレイアウト関連の要望もありましたが、しばらくはこのままで行きます。
 基本的にはIE準拠で製作していますので、ブラウザはIEをお使いいただくか、こちらで確認が取れいるブラウザ、FireFox、スレイプニルなどをお使い下さい。


 次回は、偶然発見された敵の本拠地への手掛かり。リーロンからもたらされたその情報にアキトとカミナが出した結論とは?
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。



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