暗く、雲一つない空が広がっている。
激しい戦いが繰り広げられたことを裏付けるように、たくさんのガンメンの残骸が地上を覆いつくし、血と油の混じった異臭が鼻につく。
先程までと違うのは、その静けさだった。激しかった戦闘が今は完全に沈黙し、不気味な静けさを放っていた。
「……終わったのか?」
周囲の動かなくなったガンメンを見てキタンはそう呟く。
あれほど激しく自分達を攻め立てていたガンメン達が完全にその動きを止めていた。
だが、それは彼等がすべてのガンメンを破壊したから、戦いに勝ったからというわけでもない。
文字通り、突然動きを止めたのだ。
空中を飛び回っていたガンメンはすべて地上に落下し、また地上にいたガンメン達も完全に動きを止めていた。
「ハハッ! アイツらがきっとやってくれたんだよっ」
ゾーシィーが笑いながら嬉しそうに言う。だが、誰もがそうであれば良いと思っていた。
動かなくなった敵のガンメンを見て、他の面々からもちらほらと歓声が上がってくる。
だが、その中でただ一人、ユーチャリスでその状況を静観していたラピスは気をゆるめていなかった。
最初に感じたのは嫌な予感――
経験からくる危機感だ。
「ラピス? どうかしたんですか?」
『キノン……気をゆるめないで……何かおかしい』
敵のガンメンは完全に動きを止めた……これで終わった。
そのはずなのに、どこからか感じられる巨大な威圧感は未だ姿を消していないのだ。
ラピスは何かに気がついたように、すぐさま目の前のデカブツに目を向ける。
「まさか――!?」
その頃、ダイグレンから無事に脱出したロシウ達も地上から動かなくなったガンメンを見上げていた。
自分達の決死の突撃が身を結んだ。誰しもがそう思い、抱き合いながら勝利を喜び合う。
その時だった――
「なんだ……あれは……」
ロシウ達の――大グレン団の目の前で突然動きを見せるデカブツ。
その巨大な身体が、まるで何かの意思によって導かれるようにその姿を変えていく。
彼等が目にしたのは巨大な悪魔の姿。
そう、まさに天にも届くほどの大きさを持った――漆黒のグレンラガンだった。
紅蓮と黒い王子 第35話「ロージェノム!! ニアはどこだ!?」
193作
「カミナ、無事か!?」
「め、面目ねえ……」
全身に破片を突き刺したまま、至るところから血を噴き出したカミナが、コクピットに横たわっていた。
どう考えても重症――下手をすれば以前に大怪我を負ったヨーコよりも酷いかも知れない。
出血の影響ですでに目は見えないのか、アキトの姿すらその目で追えないようだった。
「喋るな! すぐにユーチャリスへ連れてってやる!!」
ここからユーチャリスまでの距離を考えれば、ブラックサレナで運ぶよりサレナに頼んでボソンジャンプで向かった方が早いとアキトは考える。
このままブラックサレナでアキトも戻ることをサレナは提言するが、アキトは首を縦に振らなかった。
カミナが危ないことに変わりはないが、ここにはまだ、シモンとニアがいる。
二人を見捨てて自分達だけが逃げ出すことをアキトは良しとしない。
「わかりました……無理をしないで下さい。カミナを送り届けたらすぐに戻りますから」
カミナを動かすことは危険と判断したサレナは、ブラックサレナとの融合を解き、グレンと一緒に跳ぶ決断をした。
ここで判断を鈍らせれば、それだけシモンとニアが危険になり、そしてアキトの状況も悪くなる。
僅かにアキトの方を振り返ると、そのままグレンに融合してサレナは姿を消した。
無事にグレンがボソンジャンプしたことを確認すると、すぐさま向きを変え、アキトはデカブツの更に奥へと捜索の範囲を広げていく。
二人の無事を祈りながら――
「ラガンの反応は見当たらない……だが、必ずどこかにいるはずだ」
巨大な縦穴を下へ下へと降りていくアキト。だが、その途中で何かを見つけ動きを止める。
「なんだ? このエネルギー反応は……」
表示されたエネルギー反応を見て、アキトの表情が険しいものに変わる。
それは、グレンラガンやブラックサレナでは決して出せないほど大きな物だった。
少なくとも数値だけを見れば、通常のガンメンの数千倍以上――
ユーチャリスやダイガン級すらも寄せ付けない巨大な反応に、次第とアキトの目もそちらの方に向く。
「あの光のする方か……」
ラガンの反応を計測できないのも、グレンの反応が微弱だったのも、すべてはこの巨大なエネルギーが計測器を狂わせているからだとアキトは判断する。
なら、ラガンの反応が特定できないのも、その反応の近くにいるからかも知れない。
そう考えたアキトの行動は早かった。すぐに思考を切り替えると、光のする方へと移動を始める。
「シモン、ニア……無事でいてくれ」
シモンには、その場所がなんなのかわからなかった。
ただ、そこにあるのは、変な液体に入れられ死んだように眠る獣人と、ニアに似た幼い少女の姿。
薬品の匂いが辺りに充満し、見たこともない機械が所々に置かれている。
「なんだよ、これ……ロージェノムはなんでこんなことを」
それがなんなのかはわからない。だが、それがただの研究ではないことをシモンは直感で悟っていた。
ここがおそらくチミルフやアディーネ、そしてヴィラルたち獣人を生み出した場所――
そして――
「こんなのって……」
ニアに似た少女が入れられた水槽の前で、シモンは歯を食いしばる。
この目の前にいる少女が、ニアの妹……いや、ニアの身代わりだと言うことを悟っていた。
だとしたらニアは? 捨てたから次のものを……ニアはもういらないと言うのか?
シモンの中に怒りにも似たどす黒い感情が湧き上がる。
許せなかった。ニアの必死な呼びかけにも答えようとしなかったロージェノムが、命を道具のように扱うあの男が――
シモンはラガンを使いその水槽を叩き割ると、中に入れられていた少女を引っ張り出しラガンへと乗せる。
「よかった……生きてる」
見た目にはダリーくらいの歳だろうか?
ニアを幼くすれば、こんな姿をしているだろうと思う少女は、スヤスヤと安らかな寝息を立てていた。
少女の身体を身に着けていたマントで包むと、シモンは老人の方へと向き直る。
何を思っているのか、その老人はシモンのそんな行動を見て、ただ頷く。
そして奥の扉がある前まで歩き出すと、その前で動きを止め、扉を指差した。
「この先にニアがいるの?」
「……」
ただ、無言で頷く老人。シモンは覚悟を決め、その扉へと手をかける。
ここにニアがいる。そして、扉の向こう側から感じられる威圧感――
それはシモンもよく知るものだった。
「兄貴もいない……グレンもない……アキトもここにはいない」
ラガンでその重い扉を押し開いていく。
ギシギシと音を立てながら、少しずつ開き始める巨大な扉。
「でも、オレは――約束したんだっ!!」
ドン――ッ!! と大きな音を立て、勢いよく開け放たれる扉。
その向こうには巨大な螺旋状のコンピューターの姿とラゼンガン――
それに、ロージェノムが立っていた。
シモンを見送ると、老人は煙のようにそこから姿を消していた。
まるで幽霊のように――ただ、最後にその表情には優しげな微笑が残されていた。
「きたか……螺旋の戦士」
「ロージェノム!! ニアはどこだ!?」
『シモン――っ!!』
ニアの声がした方を見上げるシモン。そこには先程の少女と同じように、緑色の液体に閉じ込められたニアの姿があった。
どういう仕組みかはわからないが、水の中にいるのにスピーカーのような物を通してニアの声が外に聞こえてくる。
だが、いくらシモンが呼びかけても、外からその声がニアに届いている様子はなかった。
「ニアを、そこからだせ!!」
「ふんっ、もう遅いわ」
ロージェノムが腕を振り上げると巨大な地鳴りが起きる。
「な――っ!?」
体勢を崩し、地面に這いつくばるラガン。
大きく揺れる中で、なんとか体勢を立て直そうと、シモンは操縦桿を握る。
「貴様らは確かによくやった。人間の力を見せてみろと言ったが、たしかにそれはこの螺旋王すら驚愕させるものだった。
だからこそ、ワシはすべてを投げ捨ててでも、その力を止めさせもらうっ!!
その力は不幸しか生みださん!! そして、その先に待っているのはただの滅びだけだ!!!」
「勝手なことを言うな……そんなの誰が決めた? やってみる前から負けるって逃げてるだけじゃないか……」
「……なに?」
「オレは逃げないっ! オレは穴掘りシモンだ!!
そこにどんなデッカイ壁が立ち塞がろうと……
かならず、オレのドリルがその先まで貫いてやる!!」
それは、シモンが最初に誓ったこと――
目の前にどれだけ大きな壁があろうと、自分がその道を掘り進む。
シモンに出来ることは、カミナのように先頭に立つことでも、アキトのように強くなることでも、リーロンやロシウのように何かを作り出したり、みんなをまとめあげることでもない。
シモンはよくも悪くも凄い才能を持っている訳じゃない。頭が良いわけでも力が強いわけでもない。
でも、ただ一つだけ、誰にも譲れない、負けない特技があった。
それは――
「オレを誰だと思ってやがる!! オレは穴掘りシモンだ――っ!!!」
穴を掘ること。掘って掘って、突き進むこと。
どんな逆境でも、どんな絶体絶命な場面でも諦めないで掘り続ける漢(オトコ)。
それが、穴掘りシモンだった。
シモンの気合に呼応するように傷つき壊れていたラガンの各部が息を吹き返し、自動的に修復されていく。
「ぬうっ!! だが、すでに遅い!!」
この土壇場で巨大な螺旋力を放ち立ち上がったシモンに一瞬驚きを見せたロージェノムだったが、すぐに冷静さを取り戻すと、ラゼンガンに乗り込み、ニアごとその巨大な螺旋コンピューターに取り込まれていく。
いや、周囲の壁、天井とあらゆるものがニアと螺旋王を中心に集まっているのだ。
崩れ去る瓦礫を足場にし、飛び跳ねながらニアのもとに向かうシモン。
「ニア――!!」
『シモン――!!』
だが、二人の手が届くことはなかった。
そのまま完全に陥没した地面と共に、成す術もなく落下していくラガン。
二人はお互いの名を呼び合い、引き離される。
「くそ!! くそっ!!! もうちょっと、もうちょっとなのに!!」
落下していくラガンの中で空に手を伸ばしながらシモンは悔しさから涙を流していた。
あるいはグレンラガンであれば届いたかも知れない。
だが、それはない物ねだりと言うものだ。
シモンの目の前で、デカブツはその姿を変え、先程までシモン達がいた場所は完全に巨大な黒い塊で覆われていた。
このまま飛び上がったとしても、あれではニアがどこにいるかもわからない。
「まだだ!! まだっ!!!」
ブーストを噴かせ、先程の場所に向かって飛び上がるシモン。
ラガンの先端をドリルに変え、その黒い塊を貫こうとする。だが、ラガンではやはりパワーが足りないのか切っ先一つ入らない。
弾かれてはまた、弾かれてはまた、シモンはなんども繰り返し突撃していく。
「くそっ、なんで、なんで入らないんだ……!! オレのドリルはこんなもんじゃ……」
「…………」
操縦桿を血が滲むほどに強く握り締めるシモンの手に、小さな温もりが被さる。
それは先程の少女の手だった。
「……ダメ。それじゃ、お兄ちゃんが傷ついちゃう」
悲しげな表情をシモンに向け、その行動を制止する少女。
ニアを奪われたことの悲しみと怒りから我を忘れていたシモンも、その少女の思いがけない行動で冷静さを取りもどす。
「ごめん……」
少女の手を取り、心配させまいとシモンは笑顔を作ろうとする。
こんな幼い少女にまで心配をされるほど、冷静さを欠いていたことに恥じる。
グレンを敵から奪った時、あの時と同じ失敗を自分は繰り返そうとしていた。
それを今度はカミナではなく、助けた少女に教わったことに自分の不甲斐なさを感じる。
「シモン、無事か?」
「アキト……アキトっ! ニアが、ニアがまだあの中に!!」
「――!?」
あの後、シモン達を追ってコンピューター室に向かったアキトは異変を察知し、シモンと同じように崩れ去った床下から脱出していた。
ラガンを発見した時は、ニアも一緒に乗っていると思っていただけに、アキトもショックを隠し切れない。
そして、ラガンに乗り合わせているニアに似た幼い少女を見ると、アキトはシモンにその少女のことを聞く。
「研究室みたいなところで変な液体に入れられてたんだ。それで、多分、この子は……」
「そうか……ニアに似ていると思ったが……やはり、ここではそう言う研究も行われていたと言うことか」
アキトの表情が怒りに歪んでいく。
ラピスのことを、ルリのことを思い出し、その命の尊厳をもて遊ぶような研究をアキトは一番許せなかった。
獣人達のことを知った時に真っ先に思い立ったのは、その手の研究のことだ。
そしてニアがわずかながら遺伝子を操作されていることがわかり、普通の人間とは少し違うと知ったとき、アキトのその予感は確信へと変わっていた。
「……アキト?」
アキトの様子がおかしいことに気がついたシモンは、そんなアキトの様子を伺うように声をかける。
「いや、なんでもない。それより、シモン……ラガンだけではどうやってもこいつは倒せないし、ニアは助けられない。
だから、ユーチャリスに戻ってグレンを取って来い。そして、その少女もラピスに預けてくるといい」
「――兄貴も助かったんだ……よかった」
グレンがユーチャリスにあると聞き、カミナが無事だと思ったシモンは安堵の表情を示す。
だが、そこでアキトは何も言わなかった。あの怪我だ、助かる見込みはかなり低いと言わざる得ない。
ヨーコの時にとった処置も、すでにあの時に使用したものと同じサンプルは存在しないため、同じことを用いることは出来なかった。
現状はユーチャリスでの治療と、カミナの回復力、精神力にかけるしかない。
それがわかっているだけに、アキトは今のシモンには何も言えなかった。
ニアを奪われ、そしてまた、カミナも命の危機に晒されていると知れば、シモンがどれほどのショックを受けるか容易に想像がつく。
「だからシモン……早く行って来い」
「う、うん……アキトは?」
「今すぐにこのデカブツが動くかはわからない。シモンが戻るまで様子を見るさ」
「わかった。アキト、絶対に無茶しないで」
少女を乗せたまま、シモンはアキトに背を向けて飛び立つ。
今の自分に出来ることは一刻も早くグレンラガンを持って戻ること――
そう自分に言い聞かせ、シモンはユーチャリスへと急いだ。
徐々にその姿を変え、巨大な黒いグレンラガンのような形状に変化を見せるデカブツ。
大きさはデカブツの時に比べて幾分かコンパクトになってはいるが、間違いなく大きくしたラゼンガンだった。
例えるならそれは、世界を貫く巨大な大螺旋――
大螺旋ラゼンガンとも呼べる黒い巨人の降臨だった。
「アキト、やっぱり一人で無茶をするつもりでしたね?」
「お見通しか……」
「でも、あんなのを相手にいくらアキトでも普通のブラックサレナじゃ勝てませんよ? と言うか無謀です」
「なら、どうすれば勝てると思う?」
カミナをユーチャリスに送り届けたサレナは急いでアキトの元へと跳んだ。
アキトのことが心配だったからに他ならないが、アキトが何をしようとしているかも自ずとわかっていた。
きっと、アキトは――
「私とアキトの二人なら勝てます」
大螺旋ラゼンガンの咽喉下に普通のラゼンガンの姿を見つける。
そしてラゼンガンの腹の部分、大きな顔がある箇所にその巨大な口に挟まれた球体が見えた。
その中にはアキトの予想通り、ニアの姿がある。
「サレナどう見る?」
「おそらく、ニアがこのシステムの核になってるのだと思います。
これだけの質量を変形させるとなると、相当量の螺旋力が必要なはず。
そのパイプ役、増幅器のような役目をニアが補っているのではないかと」
「同感だ。ロージェノムがただの人質と言うだけでニアを攫ったとは思えない」
「やはり気付いていたのですね……だからシモンを……
アキト、一つ聞きますが、ニアを……殺すつもりですか?」
「…………」
ラゼンガンの一部にされ、意識を失っているニアを見てアキトはふと昔のことを思い出していた。
それは状況は違うが、遺跡の生体部品として組み込まれた最愛の妻に似ていた。
あの頃の苦い記憶がよみがえる。
そしてそれは、二度と引き起こしてはいけないと固く誓った、アキトにとっては忘れられない忌まわしい過去でもある。
「必要ならばな……」
それは本来であればあってはならないこと――
シモンに同じ思いを味あわせたくない。それはアキトの偽善なのかも知れない。
だが、それでもあえて、そのエゴを貫こうとアキトは決意していた。
だからこそ、最後の切り札を口にする。
「パスワード黒百合≠発動」
「……了解。ブラックサレナ高機動ユニットファイナルモード魔王≠起動します」
最後の片鱗を見せるアキトとサレナの切り札にして、ブラックサレナの最終兵器。
背中に巨大な悪魔のような翼が生え、その無骨な機械的なイメージから禍々しい生物的な姿へと変貌していく。
それはアキトの歪な心を、その中になりを潜める狂気を具現化したかのような姿をとっていた。
「ここからは人の戦いではない。王と、王の戦争だ」
お互いに完全に変形を完了し、巨大で禍々しい力を放ち対峙する二人。
白く輝く月が見守るなか、魔王と、螺旋の王の世界の命運をかけた戦いがはじまろうとしていた。
……TO BE CONTINUED
あとがき
193です。
王と王の戦い。お互いに切った最後のカード。それは未来にどのような影響を与えるのか?
そして、シモンは間に合うのか? ニアの運命は?
決着も後僅か!
次回は、彼は本当の強さがなんなのかを私に教えれくれた。
冷たいけど温かい人。怖いけど優しい人。そんなあなたに、たくさん助けられました。
名前をくれた。自由をくれた。私に、私たちに空を、未来にあるその無限の可能性を見せてくれた人――
それは、少女の願い。少年の想い。人々の感謝の気持ち――
光の指し示す向こう――そこに彼は――
紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。
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