朝日が昇る――テッペリン攻略戦が始まり丁度七日目の朝、その戦いは幕を閉じた。
 モクモクと舞う砂埃の向こう――テッペリンのあった場所には半径一キロ以上にも及ぶ巨大なクレーターが出来、摩天楼に残されていた獣人達と一緒に完全に姿を消していた。
 その行方不明者の中に、テンカワアキト、サレナ、カミナ、ヨーコ、そしてロージェノムがいた。

「みんな……」
「アキトは? サレナは? カミナもヨーコも、みんな帰ってこないの!?」

 いなくなった二人を心配する者、涙を流し膝をつく者、そしてダリーも戻ってこない四人のことを心配してシモンに声を荒げる。

「シモンは強いんでしょ……グレンラガンに乗って……みんなの希望なんだよね――
 だったら……」
「…………」

 シモンは何も答えない――いや、答えられなかった。
 あの時、本当にアキトの言うとおりに自分はあの場を離れてよかったのかと自分を責める。
 だが、あそこで急いで離れなければ、ニアだけでなく、ここにいる他のみんなも巻き込まれていただろうと思う。

「嫌だよ……アキトもサレナもいなくなるなんて……嫌だよっ!!!」

 両目を涙で真っ赤に腫らし、近くにいたニアの胸でダリーは泣き叫ぶ。
 悲しかった。本当は戦いに勝ち、喜んで迎えるはずだった戦いの結果は――
 四人の英雄が姿を消すことで幕を閉じた。





紅蓮と黒い王子 第37話「がんばれ、二人とも」
193作





 あれから一年――周囲の村々から集まった人々の協力もあって、かつてテッペリンがあった場所には人間達の街が築き上げられつつあった。
 ロージェノムの残した技術は、吹き飛ばされたテッペリンの地下部分に幾つか残されており――
 人間達はその技術を解析し、自分の物にすることで急速な成長を遂げていった。
 そんな中、シモンはニアと共に新政府の代表に就任。ニアの副官として着任したチミルフとアディーネ。
 そしてシモンの副官として政府の副代表に就任したロシウとともに、新しい時代を作っていくこととなる。

「もう、一年か……」

 世界を救った英雄の存在を称え、建てられたモニュメント。
 アキト、カミナ、そしてその傍らにはサレナとヨーコの姿がある。
 その記念碑の前で、アキトとの出会い、そしてあの戦いの日々を思い出しながらシモンは物思いにふけっていた。

「シモン、やはりここにいたのですね」
「ニア……」

 シモンを追って現れたニアは「仕方ないですね」と笑顔でシモンの傍に立った。
 僅かに背を伸ばし、少し女らしく成長したニア、上に立つ者としての貫禄も出て、落ち着いた雰囲気を身にまとっているのがわかる。
 政府の代表の一人として獣人達を束ねる『獣人の姫』、その立場が彼女を更に強くしたのかも知れない。

「ニア、オレは本当にこれでよかったのかな? 本当に世界を救ったのはオレじゃない。
 兄貴やヨーコ――それに誉められるべきはアキトにサレナだと思う」

 政府の代表に祭り上げられ就任してからも、シモンはそのことでずっと悩んでいた。
 本来ならば、この役目はカミナやアキトが追うべきことであり、自分には荷が重過ぎるではないかと――

「そんなことはありません」
「……ニア?」
「チミルフも、それにロシウも言っていました。あなたを選んだのは他ならないアキト自身なのですよ?」

 アキトは戦いが始まる前、自分がいなくなった時のことを考え、その後の人材配置や政府発足までの流れを綴ったデータを、ロシウに預けていた。
 ずっと地下に閉じ込められ大した教育を受けていない人間達では、新しい国家を発足したとしても、それなりの文明を築いていた獣人達との開きをそう簡単に埋められるものではない。
 それでなくても、人間と獣人の間にある溝は大きい。それがいらぬ差別を生み、争いを生むことをアキトは危惧していた。

「カミナの目指した世界、アキトに託された世界――あなたはあの二人の想いを裏切るのですか?」

 ニアはシモンの目を真っ直ぐに見て、問い掛けた。
 アキトはおそらく、自分が帰って来れないことを察していたのではないかとニアは思う。
 それほどに以前から用意周到に準備された計画書――残された者たちが困らないように、それは綿密に練られていた。

「ニア、オレは……」
「シモン――」

 シモンが何かを言おうとした時、後ろから二人に向かって声がかけられる。
 その声に応じて振り向く二人――そこにはラピスが立っていた。
 後ろにはヴィラルが大きな荷物を持って付き添い、ラピスの手にも大きなトランクが握られている。

「この一年でこの街も随分と安定に向かった――だから、私たちは旅に出る」
「――!? そんな、どこに」

 そんな話は聞いていないとばかりにシモンはラピスに声を上げた。

「アキトとサレナを捜しに――キヤルも一緒に来るって――
 他のみんなは新しい役職や仕事で忙しいから来れないけど、私たち三人だけでもきっと見つけてみせる」
「でも、ラピスにも役職が――」

 ラピスがロシウからの要請で、新しく設立される技術部の主任に推されていた事はシモンも聞き及んでいた。
 ラピスの持つ知識は人間達の中でも群を抜いており、これからの街造りにも大きく貢献出来るはずなのだ。
 リーロンと協力してやれば、以前のテッペリン以上の繁栄も遠くないうちに実現出来ると皆は思っていた。

「ごめん……でも、私にとってアキトは、国よりも世界よりも、どんなことよりも大切なの」

 アキトが自分のために色々と準備を進め、用意していてくれたことをラピスは理解していた。
 それでもなお、彼女はアキトといることを望む。
 助けてくれた人――名前をくれた人――大きな世界を見せてくれた人――
 ラピスにとってアキトとの絆は、切ってもきれない大切なものだった。

「シモン、あなたにはあなたのやるべきことがある。そしてラピスにも――」

 シモンの手を取り、ラピスの方を振り返るニア。そこにはあの頃に見た少女の素顔があった。
 政府の代表ではなく、父親を心配する一人の少女としてのニアの顔――

「ラピス、お願いします。どうか、お父さまのことも――」
「……うん」
「ヴィラル、二人のことをよろしくお願いします」

 そう言ってニアは、ラピスとヴィラルに頭を下げる。これにはヴィラルの方が驚いた。
 仮にも自分の上官であるチミルフとアディーネを従え、獣人の代表として皆を率いている彼女だ。
 政治的立場で言えば、自分などよりも遥か上にいる存在になる。
 その彼女が、身分も立場も捨て、父のために、そして帰らぬアキト達のために頭を下げていた。

「この命に代えても……必ず御守りします」

 深く膝をつき、ニアに答えるヴィラル。
 
 ロージェノムに対して反旗を翻したことで、ヴィラルはこの一年、夢にうなされ苛まれていた。
 武人として尊敬する上官、チミルフが決断したことに異を唱えるつもりはない。
 だが、人間達に協力し、同属を討ちことが本当に正しかったのだろうか? と言う葛藤がヴィラルの中にはあった。
 今でも、夢に見る――同属を討ち、テッペリンが崩れ去り嘆き叫ぶ獣人達の声が耳に届く。
 その手が血に染まり、たくさんの嘆きと悲しみ、恨みを背に自分が立っている夢を――

 そこまでして手にした新しい世界――

 チミルフが希望を見出したアキトはすでにいない。かつての主君だった男、ロージェノムもいない。
 この新しい時代に、人間と獣人がどんな未来に進んでいくのか、ヴィラルは不安で仕方なかった。
 だが、ニアを見るとそんな自分の考えや不安が、どれほど後ろ向きな考えだったかと思わせられる。

挿絵 彼女は諦めていない。あれだけの被害の中、姿を消したロージェノムの無事を未だ信じているのだ。
 それはここにいるラピスも、ユーチャリスで旅の準備を進めているキヤルも一緒だった。
 彼女達の想いの強さに、ヴィラルは心を打たれる。

「シモン……必ず姫様を……ニア様を守れ! 貴様はカミナとアキトが選んだ男だ。
 ――オレは貴様を信じる」

 そう言ってシモンを睨むヴィラルの瞳は真剣だった。
 新しい主君――それはニアしかいない。
 武人として新しい時代のため、その主君の願いを叶えるために力を奮えることを、ヴィラルは心から喜んでいた。

「ああ、オレはそのために……ここにいるのだから」

 ニアの手を強く握り返し、一年前の約束を思い出すシモン。
 ニアはシモンを守ると約束した。そしてシモンはそんなニアを守り、助けていくと約束した。
 それは二人の間で取り交わされた契約――

「じゃあ、いくね。バッタ達は建設作業用にユーチャリスの整備に必要な分を除いて置いていくから――
 それに何か困った事があれば、後のことはリーロンにデータを預けて頼んである」
「お気をつけて――」

 ラピスは最後に笑顔で答えると、そのまま振り帰らずその場を立ち去る。
 ヴィラルもその後に追従するようについて行く。
 シモンとニアの新しい生活――
 そして、ラピスとヴィラル、キヤルの旅はこうして始まった。






 街の西部――かつて戦いがあり、もっともその被害が酷かった場所。
 そこには戦いの爪痕として、半径一キロ四方にも及ぶ巨大なクレーターと草木一つ生えない乾燥した大地が広がる。

「やはり、この重力異常反応は……」

 リーロンは目覚まし時計ほどの大きさの機械を手に、その周囲を調査していた。
 その場所に残された重力異常――それが草木一つ生えず、生物が存在しないこの状況を生みだしていることは明白だった。
 あの時、この場所で何があったのか? リーロンはそれが知りたかった。
 通常、あの規模のガンメンが爆発したのなら、その質量から考えてもこの程度で済んでいる方がおかしい。
 下手をすればこの大陸だけでなく、世界規模の異常気象が起こるほどの爆発を引き起こしていただろうと、リーロンは残されたデータから推測していた。
 だが、現実に被害にあったのは、この半径一キロほどの重力異常地帯と、一緒に消えたアキト達四人とロージェノム――
 あの時、テッペリンから分離した摩天楼に残されていた獣人達だけだ。
 これでも相当な被害には違いないが、それでもあの爆発の被害とは思えないほど小さなものと言えた。

「一年経っても消えないほどの重力異常……なんらかの力で転移した?」

 考えられるのは爆発で消滅したのではなく、文字通り消えたということ。
 それもこの周囲すべてを飲み込んで、空間転移した可能性をリーロンは考えていた。
 ユーチャリスのグラビティブラスト、それにディストーションフィールド――

「サレナのボソンジャンプ……か」

 そこに思い至るとリーロンは笑みを浮かべ、消えた四人のことを思い浮かべる。

「ラピスは気付いてた。だから信じていたのね……アキト達が生きているって」

 そう言いながら、空を見上げるリーロンの顔は晴れ晴れとしていた。

「少しくらい頑張ったご褒美があってもいいと思うわよ。だから――」

 そう言って空を見上げるリーロンの瞳には、旅立っていくユーチャリスの姿が映っていた。
 最後にリーロンが何かを呟くが、それはユーチャリスのエンジン音にかき消されしまう。

「がんばれ、二人とも――」

 それは大切な人を想う。二人の恋する少女に向けられた言葉。
 ユーチャリスが消えた後も、その場に立ち止まり、リーロンは彼女達の旅の無事を祈り続けていた。






 ――太陽が照り、青い空が広がる。
 その下で白いシーツを広げ、洗濯をする赤毛の少女の姿があった。
 髪をストレートに下ろし、目元には伊達とすぐわかるメガネをかけている。

「こらっ! 遊ぶなら他に行きなさい。また、神父さんに叱ってもらうわよ」
「「「は〜い!!」」」

 洗濯物の側で遊んでいた子供達を叱りつける少女。
 言葉では怒っていても、そこには子供達への愛情が詰まっていることが見て取れる。

「いつも子供達のことをお任せしてすみません。
 そうだ、近所の農家の方から野菜を頂いたのですが、よろしければ如何ですか?」
「神父さん……こちらこそ、いつもすみません。ただでさえ、ご厄介になってるのに」
「いえいえ、あなた方がきてから、あの子達も随分と笑顔を見せるようになった。
 それに、この村には若い人が少ないから、あなた方にいてもらえて我々も助かってますよ」

 この村の人々もテッペリン崩壊の後、地上に移り住んだ人々の一部だ。
 未だ故郷である地下の生活を捨てられず残っている人々も多いが、やはり水や食料の問題は大きく、こうして村人全員で地上に移住してくるケースも少なくない。
 だが、大半の村では、テッペリン攻略戦などでレジスタンスとして大グレン団に参加するため村を出て行った若者が多く、この村のように年寄りや子供だけ取り残された村々が多く残っていた。
 建造作業や新政府の発足で忙しい首都の仕事にありつくためや、華やかな生活を求めて、首都に集まる若者が多い中、こうして子供、年寄りだけでは首都まで旅をすることも難しく、自給自足の生活を余儀なくされている人、ささやかでも生まれ育った土地で今の生活を送っていきたいと願っている人々もいる。

「では、遠慮なく、いただいて行きます」
「ああ、それで例の彼――まだ、目が覚めないのですか?」
「はい……でも、大丈夫ですよ。きっと目覚めて、また元気な顔を見せてくれるって信じていますから」
「そうですか。それでは、他の方々にもよろしくお伝え下さい。
 それと先生にも、農家のご夫婦がお礼を申していたとお伝え下さい」
「はい。それは神父さん、また」

 両手にたくさんの野菜を抱え、赤毛の少女は生活道路としてならされた土の上を歩き帰路に着く。
 家では今も目覚めない一人の男と、自分達の生活と村人のために狩りに出ている青い髪の男、それにこの村唯一の医者で寝たきりの彼の治療を続けている男性と、赤毛の少女が生活をしている。
 歳の離れた、とても家族に見えない四人が、一つ屋根の下で生活をしていることは、他人から見てとても奇妙に映るだろう。
 それは少女もよく理解していた。だが、この村の人々は行き場のなかった彼女達を何も言わず迎え入れてくれた。

「ただいま……まだ、みんなは帰ってないのか」

 家につくと台所に野菜を置き、薄暗い部屋の明かりを灯す少女。
 そのまま、人の気配がするベッドの方へと足を向ける。

「あの戦いから一年……眠り続けて、それだけの時間が経つのね」

 その少女の見る先には、茶色がかった黒髪の男がベッドで死んでいるかのように深く眠っていた。

「今日もね、たくさんお野菜をもらったのよ。
 それに一年前は想像もつかなかったけど、あの人が他人に感謝されることになるなんてね」

 眠り続ける彼に話しかけるのは少女の毎日の日課だった。
 朝起きて「おはよう」と語りかける。子供達の世話をして、教会の手伝いが終われば家に帰宅して、その日あったことを眠り続ける彼に話して聞かせる。
 いつ目覚めるとわからない彼のことを、少女はこうして待ち続けていた。

「いつか、あなたが目覚めたら会わせたい人達が一杯いるの。
 お世話になってる教会の神父さんに、それに元気一杯な子供達――」

 少女の言葉は止まらない。いつしか、その声が大きくなっていく。

「だから……だから……目を覚まして」

 絞り出すように声をだし、少女は大粒の涙を流していた。

「アキト……」

 そう呼ばれた彼が目を覚ますことはない。
 テッペリン攻略戦から一年――少女の願いも空しく、時は流れていく――



「満月か――」

 肩に抱えた今日の獲物を手に、青髪の青年――カミナは村に戻るため山道を走っていた。
 少し遠出をして獲物を狩っていたために遅くなり、空は暗くなっていた。
 そんな中、木々の間から見える白い月の光が、森と彼を照らし出す。

「シモンの奴、上手くやれてんかな?」

 月を見上げながら、ここにいない相棒のことを思っていた。
 だが、動けないアキトとサレナのことが心配でもあるし――
 自分達を迎えてくれた村人達への恩義もある。
 それに何よりも――あの男のことがあったからこそ、カミナはこの村に残り続けていた。

「まあ、アキトが信じたんだ。オレが信じねえわけにいかねえよな」

 そう言って、カミナは村へ向かって森の中を疾走する。



 ――時代は新たな幕開けを迎える。

 人間と獣人の共存、そして人間同士ですらまとまり合えない中、アンチスパイラルという脅威も数年先にはやってくる。
 まだ、はじまったばかりの新しい世界――
 混迷を極めるはじまりの中、それぞれの理想と想いを抱きながら、彼等は明日へと歩みを進めていた。





 第二部完





 ……TO BE CONTINUED






 あとがき

 193です。
 無事、みなさまの応援もあって、第二部終了しました。
 アキト達の失踪――そして最後の瞬間、テッペリンで何があったのか?
 それにサレナは? サレナが出てないんじゃ……という話は、この後まで持越しですw
 第三部は原作に完全にない時間軸、語られなかった七年にスポットを当てていきます。
 遠くない未来に、ロージェノムすらも恐れた圧倒的力を持つアンチスパイラルの襲撃があることを知っている彼等。
 そんな彼等に取れる選択とは――?
 そしてアキトは目覚めるのか?

 ――と、大層に言いましたが、んなにシリアスじゃないかもw
 次週はお盆と言うこともあるので一週休載させて頂きます。
 第三部開始は再来週の木曜日から、くれぐれもお間違えのないように。

 次回は、新しい生活――新しい立場――忙しい毎日に追われ、彼と彼女は擦れ違いを感じ始める。


 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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