マクロスフロンティア新統合軍作戦司令部。
 そこに軍の将官に交じって、ハワードとレオンの姿もあった。
 モニタには、先行していた軍の偵察機から送られてきたバジュラの映像が映し出されている。
 そこにはデフォールド(フォールドアウト)してきたギャラクシー船団所属の空母、カイトスとダルフィムが、バジュラに取りつかれている姿があった。
 先行している新統合軍が、バジュラの進攻を食い止めているとは言っても、以前、二艦が危機に晒されている事には違いない。
 故に大統領はSMSに対して、カイトス並びにダルフィム、ギャラクシー所属艦の救援命令を出した。
 ギャラクシーの安否が不明である今、ここであの二隻を失えばその足跡を完全に見失うことになる。



「艦長、大統領府より最優先です」
「まわしてくれ」

 マクロス25で座して時を待っていた、SMS所属ジェフリー・ワイルダー大佐は、大統領から送られてきた緊急要請を見て渋い顔をする。
 そこに書かれてあった内容はカイトスとダルフィムの救助≠する為に、SMSに出動を要請するものだった。
 一緒に添えられてあったデータを見て、相当数のバジュラが進攻してきている事を知ったジェフリーは、この決断が相当に重い事を悟った。
 マクロス25の最終調整もテストもまだ済んでいない。
 その段階での出動となれば、クルーにかける負担も相当な物になると考える。しかし、事態は一刻を争う。

「一級の管制免許をお持ちだそうですな? グラス中尉」
「キャシーとお呼び下さいっ!! 千三百時間の実務経験もあります」
「では、キャシー。早速、働いてもらう事になった。よろしいかな?」

 バジュラとの本格的な戦闘。万全の準備で挑めないことは否めないが、ジェフリーは彼等を信頼していた。
 SMSの隊員は優秀なクルーであると共に、信頼できる家族でもある。

「はいっ!!」

 新統合軍の命でSMSに出向してきていたキャサリンもまた、返事に迷いがなかった。
 彼女もまた、複雑な事情を抱えてはいるが、新統合軍から命令を受けた正式な軍人だ。
 軍人である彼女に、その命令の拒否権はない。

「総員起こし! コンディション2を発令っ!! 本艦はこれより、発進準備を開始する」






歌姫と黒の旋律 第6話「エンカウンター」
193作





「動き出したようだな……」
「うん。軍も、それにSMSも動き出したみたい」

 ギャラクシーから逃げ延びた護衛艦の救助。
 確かにギャラクシーの安否を知る意味では、彼等を助ける為にフロンティアが動くことはおかしくない。
 現に大統領は先の会見で、ギャラクシーを救援する姿勢を市民に示した。

「だが、おそらく狙いは……」
「……バジュラだね」

 いくら、ギャラクシー救援の姿勢を示したとは言っても、フロンティアを危険に晒してまで政府がそれを行うとは考え難い。
 フロンティアとて、バジュラの度重なる襲撃を受け、兵力にそこまでの余力も、水などの資源の余裕もないはずなのだ。
 その中での、これだけ大規模な戦闘を再び起こせば、防衛のみならず、生活ラインにまで少なからず影響が出てくることが予想される。

「猫に鈴……だが、彼女では些か役不足を否めないな。だとすると囮か?」
「どっちでも関係ない。キノコの仲間は敵……アキト!?」

 回線を使って、何者かが盗み見しようとしていた事を察知したラピスが、侵入者を撃退する。
 すでにオモイカネを通じて、フロンティア内のネットワークはラピスの制御下にあった。

「犯人は特定できたか?」
「ごめん……逃げられた。でも、多分、彼女で間違いないと思う」
「……そちらの監視はラピスに任せる。こちらの事は任せた」
「……うん。アキトも気をつけて」



「きゃっ!!」
「――グレイスっ!!」

 ライブを控えたステージの裏側、準備を進めていたシェリルの前で、グレイスが突然、悲鳴を上げて倒れる。
 そんな、倒れこむグレイスを心配して、シェリルは傍に駆け寄る。
 青い顔をして、壁に寄りかかるように姿勢を崩すグレイス。
 いつもの凛とした覇気はなく、生気を失ったかのような、疲れきった表情を浮かべていた。

「どうしたの? グレイス、本当に大丈夫?」
「ええ、ごめんなさい……少し立ちくらみをしたみたい」
「もう……しっかりしてよ。そんなに疲れてるなら、グレイスも、たまには休みをとってもいいのよ?」
「あなたが、アキトくんや私の言う事を聞いて、大人しくしていてくれるなら、心配も少しは減るんですけどね」
「うっ……」

 グレイスから返ってきた嫌味に言葉がでないシェリル。彼女も、その辺の自覚はあった様子で、言葉を飲み込む。
 彼女の心労が自分絡みだと言われても、言い返せないほど思い当たる節がシェリルにはあった。
 苦い顔をするシェリルを見て、グレイスはまた物思いにふける。

「(あれが、白き妖精の力か……この私が電脳戦で遅れをとるなんて……)」

 ラピスの力を自身で体験し、グレイスは、その力に畏怖を覚える。
 アキト達の能力の高さは、ここ数ヶ月でかなり理解していた。
 しかし、いくら彼等が優れたインプラントであると言っても、グレイスもまた、政府や軍の回線を盗み見出来るほど、優秀な能力をもったインプラントだった。
 ――にも関わらず、彼等に関する全てのハッキングをグレイスは失敗していたからだ。
 それどころか、今回のように逆探知されないように、逃げ出すことで精一杯な始末だ。
 軍の目にも、ユーチャリスやアキトの戦闘能力ばかり目立ち、陰に埋もれているが、「真に恐ろしいのはラピスではないか?」と、グレイスは感じてきていた。
 少なくとも彼女がいる限り、これ以上、アキト達のことを探るのは危険すぎるとグレイスは思う。

「本当に……何者なの? あなた達は……」

 幾度となく繰り返した問いかけ。だが、彼女のその質問に答えられる者は、誰もいなかった。






 「SMS、マクロスクォーター発進っ!!」

 フロンティアの空に幾つもの光の筋が浮かび、消えていく。
 マクロス25艦長、ジェフリー・ワイルダー大佐の号令と共に、発進するSMSの母艦。
 彼等は想う。
 故郷に残してきた、最愛の家族の事を――
 大切な友人のことを――
 フォールドした先に待つものが、天国か? 地獄か? それは、今の彼等に知る由もない。
 だが、一つだけ確かなことがあった。
 それは――

「誰一人、死なせはしない。必ず生きて、フロンティアに帰って来るぞ」

 オズマのその言葉は、仲間達のことを心配する純粋な思いからくるものだった。
 フロンティアで待つ人を守りたいと言う意志。
 そして、仲間を死なせたないという思いで、彼等は旅立つ。



「アルトくん……」

 空に消え行く光を見届けながら、ランカは戦場に旅立ったであろうアルト達のことを考えていた。
 正直に言ってしまえば怖い。アルトも、オズマも、誰にも傷ついて欲しくない。
 パイロットなどして欲しくないし、戦場になど行って欲しくなかった。
 だが、ランカは彼等を止められなかった。

「ここで待ってるよ……だから、必ず、必ず帰ってきて」

 自分を励ましてくれた人に、夢を応援してくれた大切な人に、命をかけて戦っているかけがえのない人達の為に、少女は空に向かい祈りをささげた。






 マクロスフロンティアから十二光年離れた宙域では、今も激しい戦闘が繰り広げられていた。
 バジュラの猛攻に晒されながらも、辛うじて応戦するカイトスとダルフィム。
 フロンティアからの先行部隊の協力もあって、どうにか凌げている現状ではあったが、すでに艦の消耗率は限界と言ってよいほどに達していた。

「くっ……!? これまでなのか」
「艦長――っ!! バジュラがっ!!」

 カイトスの艦橋に取りつき、レーザー砲を発射しようとするバジュラ。それを見たクルー全員に、死の予感が過ぎる。
 迫る恐怖に耐えかねて、オペレーターの女性が悲鳴を上げた瞬間だった。
 艦橋にその凶刃が振り落とされることはなく、代わりにバジュラが奇声を上げ、弾き飛ばされていた。
 先ほどまで、死の恐怖に怯えていたカイトスのクルーがその目で見た物は、宇宙の闇に溶けてしまいそうな漆黒の機体。
 VFとはまた違う、その不思議な輝きを放つその機体に、一瞬そこが戦場であることも忘れて見入ってしまう。

『何をしている? ここはオレが時間を稼ぐ。今のうちに戦線を離脱しろ』
「え……はいっ!」

 有無を言わせない、そのパイロットからの言葉に、思わず頷くカイトスのオペレーター。
 そこから、死神の裁きが始まった。






 目的の宙域にデフォールドしてきたSMSが最初に目にしたものは、予想以上に傷ついたカイトスとダルフィムの姿だった。
 すでに、先行していた軍の機体は、ほとんど見受けられない。それほどに切迫した事態だった。
 だが、それ以上に、彼等の目を驚かせたのは、カイトスとダルフィムを守るようにバジュラと戦闘を繰り広げる例の黒い機体だった。
 そのフォルムは以前とは違い、まるで巨大な戦闘機のようであったが、その圧倒的なまでの動き、忘れられるはずもない漆黒の色を見て、誰もが例の機体である事を確信していた。

「なぜ、あの機体が……」

 バジュラをその動きと火力で圧倒するブラックサレナを見て、自分の仕事も忘れ、呆けるキャサリン。

「あれも大統領の差し金ですかな?」
「ち、違いますっ! 軍も政府も、このことは何も知らされていませんっ!!」

 ジェフリーの問いに、真っ向から否定するキャサリン。
 このことにはキャサリンだけでなく、その映像を同じくリアルタイムで見ていた軍の将官やハワード、レオンもまた驚き隠せない。
 自分達の要請を蹴ったアキトが、まさか戦場に出てくるとは思わなかったからだ。

「どういうことだ!? あの艦がでているというのか?」
「いえ、出向した形跡はありません。それに出撃したと言う報告も受けてませんが……」
「なら、何故、あの機体があそこにいるっ!?」

 将官達に困惑の声が上がる。それもそのはず、ユーチャリスが港から出た形跡は全くなかった。
 しかも、軍の監視のある中、ブラックサレナだけが見つからずに出撃できるはずがない。
 なのに、その機体が自分達よりも先に戦場に現れていた事実に疑問が浮かぶ。

「……なんにしても、彼が協力してくれるのなら、それを拒む必要はない」

 ハワードは冷静だった。
 方法や理由はわからないが、アキトの協力が得られるのならば、被害を減らせるかも知れない。
 そう、彼は考えた。






 その頃、フロンティアではシェリルのファイナルライブが幕を開けていた。
 シェリルの記者会見と、ギャラクシーの報道を見たファン達は、それでも懸命にステージに立とうとするシェリルを励まそうと集まっていた。会場は、いつも以上の熱気に包まれる。
 ファンの前に姿を現し、一曲目を歌い終えたシェリルが、そんなファン達を前で挨拶を交わす。

「ようこそ、私のさよならライブへ」

 シェリルの声が会場に響くと、先ほどまで騒いでいた人々も一斉に静かになる。
 一字一句、彼女の言葉を聞き逃すまいと、その言葉に耳を傾ける観客の姿がそこにあった。

「短い間だったけど、フロンティアの人々に出会えて、とってもよかったわ。色々会って、皆にも心配をかけちゃったみたいね……」

 そのファンの中に、会場に遅れてきたランカの姿があった。
 彼女は宇宙に飛び立つ戦艦を見送ったあと、会場に姿を見せていた。
 アルトの告白や、携帯に入っていたオズマからのメッセージで、彼等がどれだけ危険な戦いに向かったのか、ランカにも想像はついた。
 いくら大好きなシェリルのライブとは言っても、素直に楽しむ気分になれなかったランカだったが、結局は会場に足を運んでいた。
 それにはアルトの励ましの言葉もあったが、それ以上にシェリルのことが気になっていたからと言うのも大きい。
 会見で語るシェリルの胸の内を聞いた時、彼女もまた、「アルトくんが、戦場にいることを知ってるんじゃ?」と、そんな気がしていた。
 そんな時に、彼女がどんな思いで最後のライブに挑んでいるのかはわからない。
 だけど、アルトと同じく、自分を応援してくれたシェリルだからこそ、応援したい。
 そんな気持ちが、今のランカには芽吹いていた。

「シェリルさん……」

 駆けつけてくれたファンを前にして、感慨にふけるシェリル。
 彼女の思いも複雑だった。こうしている間にも、アキト達があの空の上で戦っていることを自分は知っている。
 そして、おそらくはこの後、自分はすぐにギャラクシーに帰ることは叶わないだろうと言うことを、彼女はわかっていた。

「でも、大丈夫、今夜もいつも通り、マクロスピードで突っ走るよっ!」

 しかし、彼女は歌手だ。自分の成すべき事を、しっかりと理解していた。
 自分の我がままを聞き遂げ、こうして集まってくれたファンの為にも、そして、こうした日常を守ろうと戦ってくれている人達に応える為にも、歌手としての自分は、その役割を果たさなくてはいけないと自分に言い聞かせる。

 パイロットの仕事が戦うことなら、歌手の仕事は歌うことにあるのだから――

「私の歌をきけぇ――っ!!」

 いつものシェリルに戻り、人々の声援にその歌を持って応える。
 そこには、ファンが待ち望んでいた、銀河の妖精が舞い降りていた。






「と、とにかく、本艦の任務は残存艦の救援もありますが、それ以上にバジュラに関するデータ収集も重要な任務であることをお忘れなく」
「それは、新統合軍からではなく、大統領からのオーダーと考えてもよろしいのですかな?」
「そう、とって頂いて結構です」

 キャサリンの要求や、ブラックサレナの介入に不審な点を感じないわけではなかったが、ジェフリーはそんなことよりも、先に任務を優先することを考える。
 ブラックサレナの活躍もあって、戦線はかなり盛り返しているように見えるが、多勢に無勢であることに変わりはない。
 ジェフリーにとっても、ブラックサレナの介入は予想外ではあったが、むしろ状況的には悪いものではなかった。
 ただでさえ、不利な状況には変わりないが、その代わりブラックサレナが敵でない以上、自分達にとっても有利に働く可能性の方が高い。

「全艦戦闘準備っ!!」

 ジェフリーの号令で、戦場に向かって前進するマクロス25。
 そして、次々に発進していくVFとクァドラン。――その中に、アルト達の姿もあった。

「スカル1から各機へ。俺達は軍の露払いだ、バジュラのデータ収集もある」

 オズマの任務確認に答えるように、ルカが機体の状態を報告する。

「試作のフォールド通信誘導システム良好。これなら、バジュラに撹乱されずに済むはずです」

 バジュラは特殊なECMを仕掛け、ゴーストなどの無人機や、その他の誘導兵器を無効化する能力が確認されていた。
 その為、SMSは対バジュラ用のECM対策を準備していた。
 ルカの機体に取り付けられている探査用ゴーストも例外ではなかったが、フォールド通信誘導システムの登場により、バジュラのECMに惑わされることなく、無人での誘導が可能となっていた。
 主にルカの役目は、ゴーストを用いた情報分析と電子戦にある。今回も、バジュラのデータ収集という大任は、彼に任されていた。

「了解だ。それとアルト、お前は出来るだけ下がってろ」
「ふざけるなっ!! オレもやれるっ!!」

 初めての大規模戦闘を前にアルト達の緊張をほぐしてやろうと、オズマはわざと軽口を叩いて、怒らせるような素振りを見せる。
 当然、アルトも挑発に乗ってくるが、だが、そこにはオズマが予想していたような緊張の色は見えなかった。
 モニタに映し出されたアルトの眼には、予想に反して強い意志が宿っていたからだ。

「……ひよっ子が、随分とマシな顔をするようになったじゃないか」
「オレは約束したんだ……絶対に生きて帰るって」
「なら、オレの尻の臭いが嗅げる位置から、絶対に離れるなよっ!」

 戦闘宙域に近づいたことを確認すると、気を引き締める一同。

「全機、プラネットダンス!!」

 オズマの号令で、散開するスカル小隊。
 苦しくも、アルトにとって正式な隊員になって始めての任務は、非常に過酷なものとなった。






 宇宙に吹き荒れる一陣の風、まさに嵐となって、全てを薙ぎ払うブラックサレナ。
 現在、ブラックサレナに装備されているのは、この世界に来てから改修されたブラックサレナ用のオプションユニット、対軍を想定されて作られた重武装タイプ高機動ユニットだ。
 ユニットにはミサイルポッドとビームキャノンを搭載している他、この世界で改修されたブラックサレナにもまた、手が加えられていた。
 動力部にVFと同じ熱核タービンエンジンと、小型の相転移エンジンが組み込まれ、以前のエステバリスのようなエネルギー切れの心配をすることがなくなっている。
 各種ユニットと連結すれば、単体でのフォールドも可能になっていることから、ブラックサレナはユーチャリスに頼らずとも、無限とも呼べる稼働時間と、翼を手に入れたことになる。
 そしてまた、アキトの能力も並みのエースパイロットと比べて驚異的であった為、その戦闘能力の高さは際立っていた。

「す、凄い……」

 ルカは初めて実物を目にするが、その機体の動きを改めて観察して、なお、驚きを隠せなかった。
 最新鋭のVF−25でも不可能な動き。ましてや、あれだけの戦闘機動を行えば、強化服であるエクスギアを着ていても人間の身体で耐えられるはずがないと思う。
 だが、現に、その有り得ない事が目の前で起こっていた。
 その好奇心から、バジュラだけでなく、ブラックサレナにもコンタクトを取ろうとするルカだったが、どのチャンネルで応答を呼びかけても返答はない。

「ルカ、今はその機体に構うなっ! 任務を優先しろっ!!」
「す、すみません」

 オズマに叱責され、ルカはブラックサレナから離れる。

「カイトスの方はそいつに任せて、ダルフィムに向かうっ!! アルト、遅れるなよ」
「抜かせっ!!」

 オズマの機体は、鈍重な重火器使用のアーマードのはずなのに、アルトのVFを圧倒する機動でバジュラを倒し、押し進む。
 アルトも必死について行こうと食らいつくが、その力量の違いをまざまざと見せつけられるだけで、何も出来ない自分に苛立ちを感じる。

「くそっ!! アーマードであんなっ!!」

 オズマの放ったミサイルの嵐が前方のバジュラを薙ぎ払い、ダルフィムまでの道が開ける。
 その隙を突き、カナリアの駆るVB−6、通称ケーニッヒモンスターがダルフィムの甲板に降り立った。

「死にたくないものは、私の視界からされっ!!」

 ダルフィムの甲板にその機体を固定して、カナリアは全砲門を前方のバジュラに向けて開く。
 VFの武装とは一線を画す、まさに動く砲台といったイメージを持つその鈍重な機体。
 だが、左右に搭載された巨大なミサイルランチャーと、背中に背負った長大な四門のレールキャノンがその存在感を増す。

「ケーニッヒモンスター!!」

 アルトが驚くのも無理はない。パイロットならずとも、その怪物の恐ろしさは嫌と言うほど知らされていた。
 第一次星間戦争の時に、その大きさと圧倒的な火力で猛威を振るったデストロイドモンスター。
 それを、機動力を補いつつ、その火力を最大限に発揮する為に開発されたのが、局地戦用の可変爆撃機、ケーニッヒモンスターである。
 その愛称は、モンスターの開発者であるケーニッヒ・ティーゲル博士の功績から取られ、就役から二十年以上経った今でも、その圧倒的な火力から、怪物の異名で恐れられている。
 現在、その使用を銀河条約により凍結されている反応兵器を除けば、間違いなく最強に位置する火力を持つ機体の一つだった。

「くたばれっ!! 化け物どもっ!!!」

 カナリアの怒声と共に放たれる凶弾の嵐。着弾したその弾丸は瞬く間に爆散し、周囲のバジュラを巻き込み消えていく。
 数百とも言えるバジュラが一瞬で消え去るその光景を見て、思わずアルトも喉を鳴らす。

「ぼさっとするなっ!! 残ったバジュラを殲滅しつつ、デカブツを逃がすぞっ!!」
「りょ、了解」

 オズマに注意され、アルトは再び周囲のバジュラを警戒する。
 まだ、戦いは始まったばかりだった。






「……やはり、出てきたか」
「……いくのか?」

 リアルタイムで送られてきている戦場の映像を眺める老人。
 その後ろには同じくして、傘を被り、マントを羽織った痩せ型の中年の男性が立っていた。

「……挨拶を済ませてくる。奴とは、他には言い知れぬ縁があるのでな」

 その一言を残し、姿を消す男。
 老人は手にした指輪をカチャカチャと弄りながら、男の向かったであろう戦場を見る。
 どんなことにも、人の命や、自分の存在にすら興味を全く抱こうとしなかった男が、あれほど他人に関心を持っていることに、少なからず驚いていた。
 そこにあるのは、憎しみか? 愛情か? 執着か?
 老人には知る術もないが、それだけの興味を抱かせる男に、嫉妬さえ浮かばされる。

「楽しい宴が見れそうだ……」

 死神の対峙の時が、迫っていた。






 ライブも折り返しに入り、小休憩を挟んで衣装を着替える為に、シェリルが舞台裏に姿を現す。
 そこで、シェリルを出迎えたのは、いつもと同じ、ラピスとグレイスの二人だった。
 一つだけ違う事があるとすれば、アキトの姿がそこにないということだけ。

「まあ、いつだってアキトはいないことが多かったけど……」
「お姉ちゃん……やっぱり、アキトが心配?」
「心配じゃないって言えば、嘘になるわ。でも、私はアキトを信頼してるから大丈夫よ」

 このくらいのことで、死ぬようなアキトではないと彼女も信じていた。

「それに、あのバカ、去り際に私になんていったか知ってる?
 アルトは無事に連れて帰るから、心配するな≠ナすって、自分の心配をするなと言ったら殴ってやろうかと思ってたら、こんな時にまで他人の心配なんて……本当、バカよね」
「アルトが死んだら……ううん、誰が死んでも、アキトはお姉ちゃんが悲しむと思ってるから、だから、守ろうとするの」
「本当、嫌ってほど、お節介な奴だわ……」

 アキトがどこか無理をしているように見えたのも、生き急いでいるように感じていたのも、間違いじゃないとシェリルは確信していた。

「でも、それなのにどうして、アキトのことを私は……」
「……シェリル」
「……グレイス?」

 グレイスが差し出したペンダントからは、戦場のリアルタイムの映像が流されていた。

「って言うか、また回線に割り込んで盗み見してたのね?」
「あなたも気になってたのでしょう? この黒い機体、アキトくんよね?
 彼の奮闘で、戦線はかなり盛り返してきてるわ。それに、フロンティアの軍隊はかなり優秀みたいね。
 今のところ、優勢よ」
「そう……」

 ブラックサレナがカイトスを守りながら、奮闘する様子が映し出されていた。
 圧倒的な物量で迫るバジュラに一歩も退かず、逆にその戦闘力で圧倒してみせるアキトに、思わずシェリルも笑みをこぼす。

「アキトなら心配ない。このくらいで、アキトは負けないし、やられない」
「ち、違うわよっ!! ラピスも、グレイスも誤解しないで!!
 私が心配してるのはギャラクシーよ……」

 ギャラクシーを心配しているというのに嘘はないだろうが、未だアキトのこととなると、素直になれないシェリル。
 あの告白だって、キスだって、シェリルにとっては、かなり勇気を振り絞っての行動だった。
 だが、アキトから返ってきた答えは大切な家族だの、アルトは無事に連れて帰る≠セの検討外れも甚だしい内容だっただけに、苛立ちを隠せない。
 ここまでくると、「わざと気が付かないフリをしているのではないか?」と、思えるほどに鈍感極まりなかった。

「アキトくんも……悪気はないと思うわよ」
「悪気があったら、なお、悪いわよ」
「……アキトがお姉ちゃんの思いに応えられないのは、多分、昔のことがあるからだと思う……」
「ラピス、あなた、何かしってるの?」
「……ごめんなさい。私の口からは何も言えない。でも、アキトを嫌わないでっ!!
 アキトがそれでも、お姉ちゃんのことを大切に思ってることに嘘はないから……だから……」
「ラピス……」

 アキトのことになると、ラピスは女性のシェリルから見ても、嫉妬してしまうくらい必死になる。
 そんな二人の絆がわかっているから、アキトにちゃんと思いを告げられなかった自分が居たことも否めない。
 シェリルは、アキトが好きなのと同じくらい、ラピスを愛しいと感じていた。
 そして、そんなラピスがアキトに抱いているであろう、ほのかな思いにも気付いていた。
 だが、遠慮をして距離を置こうとしているラピスを見て、シェリルは常々不思議に思っていたことがある。
 最初は、自分への遠慮からラピスがそんな行動を取っているのかと思ったが、シェリルが自分の気持ちに気が付く前から、出会った頃の二人はこんな感じだった気がする。
 そこに、ラピスの言う理由があるのかも知れないが、無理にそのことをラピスから聞き出すわけにもいかず、ましてやアキトから話してくれるまではシェリルも聞きだすつもりはなかった。

「そうよね……うじうじ考えてても仕方ない」

 アキトにどんな理由があったとしても、そのことが原因で黙っていられるほど、彼女は大人しくもなかった。
 シェリルは、ラピスの手を取ると宣言する。

「今日から私とあなたは姉妹である前に、ライバルよっ!!」
「……ライバル???」
「アキトのことが好きなんでしょ?」
「……うん」
「なら、恋敵と書いて、ライバルよ」

 ラピスにライバル宣言をすると、ステージ衣装に颯爽と着替るシェリル。

「自分に嘘をついたり、うじうじ悩むのは私らしくないわっ!!
 真っ向からぶつかって砕けるっ!!」
「お姉ちゃん……砕けたらダメ」
「こ、言葉のあやよ」

 顔を真っ赤にして、シェリルは、ラピスの冷静なツッコミを切り返す。

「アキトの過去に何があったなんて私は知らない。
 でも、今の私の気持ちに嘘はない。だから――」

 シェリルは、観客の待つステージに向かって歩き出す。

「私は、私の舞台で、アキトを振り向かせて見せるっ!!」

 ――私らしく。

 そう言った人物を、記録としてラピスは知っていた。
 モニタに映し出されたブラックサレナを見て、ラピスは思いふける。
 もう一人の金色の少女が慕った女性のように、また、自分もアキトに惹かれ、同じようなことを言うシェリルを姉と慕っている。
 おかしな偶然ではあったが、そのことをラピスは不快には感じていなかった。
 結局、辿る道は変わらないのだと、自分も運命という歯車の中で回る、ただの人間なのだと気付かされたのだから――

 そのことにより、気付かされたことの方が多い。

 自分は人とは違うのだと、ただの人間ではないと思っていた少女にとっては、そちらの方が衝撃的だったに違いない。
 ラピスは、この世界にきて気付いてしまっていた。
 アキトへの感情に、そしてルリがどんな思いでアキトを追ってきていたのかを――

 だからこそ、アキトの前では素直に笑えなかったのかも知れない。

「うん、お姉ちゃんにならできるよ……きっと」

 少女は複雑な思いを抱きながら、その歌姫の背中を見送った。






「カイトス、戦闘宙域から離脱中。フォールド安全圏まで、あと、450」

 オペレーターの報告を受けて、カイトスの後方を守る為、護りにつくスカル小隊。
 すでに、カイトス、ダルフィム周辺の敵も駆逐され、戦況はフロンティアにとって優勢な方向に傾いていた。

「く……こんなフォールド断層がなければ、もっと早く逃がせたのに」

 ルカの焦りも無理はない。
 この宙域に幾重にも張り巡らされたフォールド断層の影響で、カイトス、ダルフィムともに離脱が遅れていた。
 フォールド航行は便利な反面、惑星などの大きな質量を持つ物の近くでは行えない他、フォールド断層と呼ばれる力場の壁を突破して移動することは出来ない。それに大量のエネルギーを消費する為に、距離と質量に応じてチャージにも大きく時間がかかる為、決して万能の技術という訳ではなかった。
 少なくとも、フォールドが可能な宙域まで、二隻を逃がすことが必要とされる。

「は――っ!? 回避して、ペテロ!!」

 突然、観察していたルカの目の前で、フォールド断層を飛び越え、ルカのゴーストを巻き込んで現れる巨大な戦艦。
 バジュラと同じく、生物的な禍々しさを放つその艦の姿に、ルカならずとも、それを見た人々は嫌悪感を抱く。

「そんな、フォールド断層をダイレクトに越えてきたって言うの!?」

 モニカの声が艦橋に響く。
 バジュラの戦艦を見たマクロス25のクルー達は、表情を驚愕の色に染めていた。
 そして、そんな彼等を嘲笑うかのように、バジュラの戦艦はその巨大な口を開き、他のバジュラの数十倍はあろうかという巨大なビーム砲をカイトスに向けて放つ。

「――くっ!!」

 カイトスの近くで護衛にあたっていたアキトも思わず退く、迫るビームに狙いを定められ、もはやカイトスの命運はそこまでと思われた。
 だが、そのビームはカイトスに到達する事無く、前方に突然現れた巨大なバリアによって弾き飛ばされる。

 一時の静寂。
 巨大なエネルギーの衝突により、白く染まった世界で、人々は再び静かに目を開ける。

「どうなったの……?」
「大丈夫です。カイトス……健在」
「何……あの戦艦は……」

 キャサリンの疑問に答えられる者は誰もいない。
 突然、カイトスとバジュラの戦艦の間に割って入るように現れ、そのビームを弾いたその戦艦は、その真っ白な姿を堂々と晒していた。

「間に合ったか……」

 多少の形は違っていても、アキトにとっては見慣れたその戦艦。

『アキトさん、お待たせしました。それと、おひさしぶりです』
「……ひさしぶり、ルリちゃん」

 撫子商会所属、クォーター級新造艦、ナデシコM。

 すでに戦闘が始まっている事を予期していたルリは、フォールドを行わず、あえてディストーションフィールドを張ったボソンジャンプに切り替えて戦場に姿を現した。
 本来なら、もう少し断層から離れた場所にデフォールドして救援に向かう予定だったが、緊急を要した為、ボソンジャンプによる長距離移動を敢行したのだ。

「助けてくれたのは嬉しいが……こんな面前でボソンジャンプを行ってしまって大丈夫なのか?」
『ご心配なさらずとも、まあ、大丈夫でしょう。言い訳や、誤魔化しなどはこちらにお任せ下さい』
『それよりも、アキトっ!! おめえ、すでにそのユニットの弾薬も尽きかけてるんじゃないか?』
「ああ……ってセイヤさん??」
『まかせろ――っ!! こんなこともあろうかと、ブラックサレナ用の装備もしっかりと準備してきておいたぜっ!!』
「いや、はあ……」

 そう言えば、ナデシコとはこんな感じだったなと懐かしく感じるアキトだった。
 そんな、アキトの横を通り過ぎ、バジュラ目掛けてすっ飛んでいくエステバリス隊。

『ハハハ――ッ! 野郎ども、ひさびさの戦場だっ!! いきなり全開でいくぜっ!!』
『げげぇ〜、この気持ち悪い虫みたいなの相手なの〜?』
『ククッ……虫だけに無視……』
『ひさしぶりの登場っ!! タカスギ・サブロウタ見参っ!!』
『って、お呼びじゃないから』
『ひでえっ!!』

 質の悪いコントのような漫才を繰り広げながらも、アキト顔負けの腕前でバジュラを次々に片付けていくエステバリス隊。
 リョーコを中心として、ヒカル、イズミ、サブロウタの三人は分散して、カイトスやダルフィムの周辺に群がり始めたバジュラの増援の動きを完全に止めていた。
 その見事なまでの連携に、戦場であることも忘れ、SMSの隊員達も思わず見入ってしまう。

『ここはリョーコさん達に任せて、アキトさんは補給を済ませて下さい』

 弾薬の尽きたブラックサレナを回収したナデシコMは、宙域に存在する全艦隊に向かって通信を取り始める。

『はじめまして、みなさん。撫子商会所属ナデシコM艦長のホシノ・ルリです。
 マクロスフロンティア所属の新統合軍の皆さんにご連絡します。
 カイトスはこちらで保護させて頂きましたので、残る艦の保護を優先して、この宙域からの避難をお願いします』
「――なっ!?」

 ナデシコを名乗る戦艦は、突然現れたばかりか、新統合軍に他の艦を連れてとっとと逃げろと言っているのに他ならない。
 さすがに、これでは通信を聞いていた軍の将官達も頭に血が上る。

「ふ、ふざけるなっ!! 何様のつもりだ!?」
『あら? これでも親切に忠告してあげてるのに……』
『ルリさん、イネスさん、軍の皆さんを煽らないで下さい……』

 通信の内容を見て、プロスは冷や汗を流す。ことも簡潔に物事を伝えるルリに、最初から挑発するつもり満々なイネス。
 結果は明らかだった。たしかに、SMSを除く新統合軍がここに居座ったところで、戦況が覆るわけでもないのだが、それを言ってしまっても見も蓋もない。

『では、素直に引き下がってくださるつもりはないと?』
「当然だっ!! カイトスとて、こちらの管轄だっ!! すぐに引き渡してもらおう」
『ああ、それは出来ません。この艦にはうちの社員を含め、ギャラクシーから脱出した民間人が幾人か乗られている様子ですので、こちらで保護した後、新統合軍所属の方のみ、カイトスとともにお返しさせて頂きます』
「バカなっ!! そんな権限がどこにあってっ!?」
『大変、申し上げにくいのですが、当艦はギャラクシー政府の後見、ひいては地球統合政府の承認も得ています。
 文句がおありでしたら、後日、交渉の場でと言うことで』
「ば……ちょっと待てっ!!」

 一方的に切られる通信。その通信の向こうには、怒りで声を荒げる将官と、またも訪れた難問に頭を抱えるハワードがいた。
 レオンもまた、あまりの急展開な状況に頭がついていかないのか、幾分、放心状態であった。



「ククッ……随分とおもしろい連中のようだな」
「ですわね、艦長。それで、どうします?」
「おもしろいではすみませんっ!! 艦長、大統領のオーダーをお忘れですかっ!?」
「ミス・キャシー、忘れてはおりませんよ。
 ただ、カイトスをあの艦に持っていかれた以上、我々はダルフィムの保護を優先すべきと考えますが?」

 艦長のジェフリーと、操舵のボビーのナデシコに対する印象は、軍のそれとは違い、むしろ好意的だった。
 ここまでうろたえるキャサリンもそうだが、軍や政府を手玉にとって立ち回れるあの器量と度胸には目を見張るものがある。
 それがまさか、風の噂には聞いていたが、撫子商会の会長まで出てきたと言うのだから驚き以外の何物でもない。

「あれが、噂に名高い天才少女、電子の妖精≠ナすか?」
「そう、みたいね。それよりも、艦長が笑ってるところなんて、はじめて見たわ」
「ああ、やっぱり素敵……」

 SMSのオペレーター三人娘は思い思いの感想を述べる。
 一人、モニカだけは、意外なジェフリーを見て、ラブラブモードが発動していた。






「スカル3、ルカ、出過ぎだっ!!」
「わかってます。でも、こいつをもっと……」

 オズマの制止を振り切り、バジュラの戦艦に近づいて、情報収集を進めるルカ。
 確かに危険である事は理解していたが、それ以上にフォールド断層を飛び越えてきた、この戦艦に対する興味の方がルカの中で勝っていた。
 ナデシコMもフォールド断層を飛び越えて現れはしたが、デフォールド反応を感知できなかったことからも、あれは全く別の何かだということはわかっていた。
 それよりも、バジュラがフォールド断層に穴を開けて現れた事実の方が、ルカの関心を引くこととなる。

「これは、ビーム発信機? いや、こんなフォールドエネルギー反応は……
 まさか、フォールドリアクター!?」

 ルカの興味は、現実の物となった。
 フォールドリアクターはルカの親父さんの会社である、総合機械メーカーLAIが開発を進めているプロジェクトの一つだ。
 それを一早くバジュラが完成させて実用化していた事実に、ルカの表情も驚愕に歪む。

「ルカ――っ!!」

 アルトの呼びかける声に反応し、意識を取り戻し振り返るが――遅かった。
 ルカはVFごとバジュラに捕らえられ、そのまま戦艦へと連れ去られてしまう。

 ――油断した。

 ルカは、自分の未熟さを呪うとともに、オズマの忠告を聞かなかった事を悔やむ。
 だが、それはすでに遅かった。エクスギアの耐久限界を超えた機動でバジュラに振り回され、意識を失うルカ。
 通信越しに叫ぶアルトの声が、彼の耳に再び届くことはなかった。

「スカル3、ロストっ!!」
「スカル1、一体、何が!? 撃墜されたの?」
『違う、あの艦がルカを捕獲して、飲み込みやがった』

 オズマの報告を聞いて、次々に起こる衝撃的な出来事に、対応に頭がついて来ないキャサリン。
 突然のバジュラの戦艦の増援、そしてナデシコMの介入に、バジュラによるSMS隊員の捕獲。
 そこにいる誰にも予測のつかない未来へと、事態は駒を進めていく。






 フロンティアでは、残る曲はラストナンバーを残すのみとなったシェリルのライブが佳境を迎えていた。
 ここに来るまで、シェリルは思いの丈を全て歌に込め、応援してくれるファンの為に歌いきった。
 その滴る汗の一つ一つから、彼女の気迫が伝わってくるのを観客達も感じていた。

「いよいよ、最後のナンバーね。みんなとも、これでお別れ。
 あっと言う間だったけど、すごく良い思い出になったわ」

 そう、ここにはたくさんの思い出がある。
 ランカやアルトとの出会い、アキトやラピスと心が近づいて、本当の家族のように成れたのも、ここフロンティアでのことだった。
 ギャラクシーと同じくらい、シェリルはフロンティアに対して強い思い入れを抱いていた。

「広い銀河の中、また、会える日が来るかわからないけど……」

 最後の別れを言おうとした瞬間、シェリルの言葉が詰まる。
 最後の最後になって、シェリルはステージの上で涙を流していた。
 今まで、表舞台では一度も弱音を見せることをしようとしなかったシェリルが、そこで、確かに泣いていた。

「シェリルさん……」

 ランカだけでなく、ライブにきていたファンにも動揺が走る。
 だが、彼女の気持ちを考えれば当然のことと言える。
 ギャラクシーの訃報に始まり、大切な人が、愛する人が命をかけて、今もあの空の上で戦っているのだ。
 彼女をこんなにも弱くしてしまったのは、仮面を剥いでしまったのは、他ならぬアキトと、フロンティアの人々だった。

 シェリルはフロンティアに来て、アキトやラピスだけでなく、アルトやランカと言う友達を手に入れた。
 彼女を色眼鏡ではなく、シェリル個人として向き合ってくれる人達に出会うことが出来たのだ。

 ――その出会いは、仮面の中に隠れた、彼女の本当の姿を引き出す切っ掛けとなっていた。

 そして今、最後のライブを迎え、自分の為に掛け値なしに集まってくれた多くのファンを前にし、シェリルの心は大きく揺れ動いていた。

 一気に有名になり、その頂点を極めた彼女にとって、ファンとは一つのステータスだった。
 悪く言えば、少し天狗になっていたのかも知れないと、シェリルは思う。
 ファンを大切にしているつもりで、結局、自分は自分を見てくれている多くの人を見ようとしていなかったのではないか?
 そう、考えていた。
 銀河の妖精というブランドは多くの人を魅了する。
 だから、シェリルと言う個人を見てくれてる人はどのくらいいるのだろうと、そんなことを考えていた。
 でも、ここに集まってくれたファンを前にして、自分がどれほど愚かだったのかと、今頃になって気付かされる。

 ――何を勘違いしていたのだろう。

 銀河の妖精という色眼鏡も、シェリル・ノームという個人も、全て、自分なのだ。
 アキトも、ラピスも、グレイスも、そしてここに来てくれている多くのファンの皆も、私を本当に心配してくれている。
 例え、そこに色眼鏡や脚色があったとしても、ここにいる人達が自分のことを愛してくれてないなんて、誰が言えるだろう?
 そのことが、最後の最後になって、ようやくわかってしまった。

「シェリルさ――んっ!!」

 静まり返った会場で、一際大きくランカの声が響く。その声に、ランカの方を見て振り返るシェリル。
 そこにいたランカは出会ったあの頃のような夢見る幼い少女ではなく、覚悟を決めた一人の対等な女性として立っていた。
 その真剣な表情に、シェリルはランカもまた、アルトが戦場に向かったことを知っているのだと悟る。

「ねえ、みんな……ちょっと我がまま言わせてもらってもいいかな?」

 それは、皆に弱音を見せた、シェリルのはじめてのお願いだった。
 そこには、以前のようなガラスをイメージさせる鋭い女性の姿はなく、歳相応の恋する女の子の顔があった。
 きついイメージがあったシェリルだったが、ここにきて仮面が剥がれることで、ひと際大きく成長していく。

「この最後の曲だけは、ある人の為に……ううん、ある人達の為に歌いたいの。
 今、遠いところで、命をかけている人達の為に」

 その一言でランカもまた、アルト達が戦いに出ていることをシェリルも知っていたのだと確信した。
 だからこそ、シェリルの涙のわけを知りたいと思う自分もいた。

 その涙は、ギャラクシーのために? それとも――

「そして、あなたにも……あなたにも一緒に歌って欲しいの」

 その言葉は、観客席にいるランカに投げ掛けられた物だった。
 ステージに立ち、銀河の妖精として立った舞台で、初めてシェリルが言った我がまま。
 それは、愛する人を思っての、ラブソングだった。

「ありがとう、みんなっ!! 愛してる――っ!!」

 シェリルは思う。自分はこんなにもたくさんの人達に愛されている。
 それに気付かせてくれたのは、他ならないあの人だから――

 ランカにもある。その夢に向かう切っ掛けを、向き合うため勇気をくれたのは、他ならない彼だった。

 シェリルは、ランカは、あの空の向こう――
 かけがえのない大切な人の為に、心を込めてラストソングを歌う。

 人の心と心を繋ぐ、想いをその歌にのせて――






「やめろっ! お前一人で何が出来るっ!!」
「アルト、相手はハリネズミみたいな艦なんだぞっ!?」

 オズマとミハエルの制止を無視して、バジュラの戦艦に突っ込むアルト。
 まるで遠い空の向こう、ランカの歌に後押しされるように、アルトは気合を入れ、その攻撃を縫うように敵の懐に飛び込んでいく。

「いくら、ハリネズミだって……中に入ってしまえばっ!!」

 ルカを助けたいという思いを胸に、アルトは操縦桿に込めた力を緩めなかった。

「まったく、無茶を――っ!! ミハエル、カナリア」
『いんや、こっちはあたしらに任せなっ!!』
「お前達は……」

 ダルフィムの護衛から離れ、アルトの救援に向かおうとするオズマを制止するリョーコ。
 その言葉に嘘はないとばかりに、アルトの周りに群がるバジュラを次々に駆除し、その突破口を広げていく。

『腕はまだまだだけど、その無鉄砲さは嫌いじゃないぜっ! 友達を助けるんだろ?
 譲ってやるから、早く行って来なっ!!』
「すまない……」

 エステバリスによって開けられた道を進み、バジュラの戦艦に突っ込むアルト。
 アルトが進入した事を確認すると、露払いとばかりにエステバリス隊は散開して、周囲のバジュラを片付けていく。

「なんて、奴らだ……」

 さすがのオズマも、ただ、溜息しかでてこなかった。
 ブラックサレナの仲間だと分かっていた時点で、あのパイロット達も、あの機体も普通ではないと思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
 機体性能の差はあるだろうが、そこにいる誰もが、アキトに劣っているとはオズマには思えない。
 それ程の実力と、確実な戦果を彼等は示していた。自分達がダルフィムの周囲を制圧するのに精一杯な状況だったにも関わらず、彼等はたったの四機でカイトスを逃がしたばかりか、あの巨大な戦艦とバジュラの大群を相手に圧倒しているのだ。

「だが、今は味方なら、これほど心強い援護はない。ダルフィムを逃がし次第、俺達もアルト達の救援に向かう」
「「了解」」

 敵の増援で傾くかと思われていた戦況も、ナデシコMの登場で、すでに盛り返し始めていた。






「なんて、無茶な……」

 アルトの特攻を見ていたキャサリンは、頭を抱える。
 SMSの実力は認めるが、先のナデシコMのように勝手に行動されては、軍としての指揮にも関わる。
 だが、それは軍としての面子の問題であって、民間軍事プロバイダーである彼等には関係がなかった。
 彼等に要求されるのは、規律でも、階級でもない。歴然とした結果なのだ。

「艦長っ!」
「……勝算は?」

 アルトが突入した事を確認したボビーは、ジェフリーに突入するなら未だと言わんばかりに答えを求める。
 ジェフリーも、ボビーがそう言うことはわかっていた。
 アルトが進入に成功した時点で、ルカを必ず救出できると彼等は信じていたのだから。

「奴はのろまです。でしょ、ラム」
「はい、スカル3が収集したデータからシミュレートしました。最大船速なら、こちらの勝ちです」
「うむ、ミーナくん」
「改装後、初となりますが、いけると判断します」
「うむ、モニカくん」
「砲撃パターンから、回避プログラムを組みました。ナビゲートはお任せ下さい」

 この状況が出来る事を想定して、すでに万全の準備を進めていたオペレーターの三人。
 SMSの隊員は何もパイロットだけが優秀なわけではない。
 操舵士、オペレーター、そして整備士など、それを取りまとめる艦長に至るまで、皆が一流の能力と技術を持って一つのチームを組んでいる。
 従来、規律の厳しい軍では彼等の能力を活かしきれる物ではなかったが、SMSでの彼等は活気に満ちていた。
 一流ではあるが癖のある人材、それをまとめられるジェフリーの手腕は、さすがであるとしか言えない。

 だが、それに声を荒げたのはキャサリンだった。

「待って下さい、艦長っ!! でるのは危険すぎます。パイロットが敵艦内にいるとはいえ……」
「それだけではない。我々が逃げたら、ダルフィムだけでなく、後続の艦も全て狙い打ちされることになる。
 それとも、新統合軍はそんなことまで、彼等に責任を押し付けるつもりなのですかな?」
「あれは、彼等が勝手に……っ!?」
「なんにしても、我々が彼等に助けられた事実は変わりませんよ。
 それに、我々にはまだ、大統領のオーダーに応える手段が残されている」
「え……?」

 自分自身で言った任務の重要性を、再度、理解することになるキャサリンだった。






『アキト、その武装はさっきまでの重武装ユニットとは別物だ。急場だから、あれほどの火力は望めねえ。
 従来のA2とそこまで大差ないから、無茶するなよ』
「すまない。恩にきる」

 ナデシコMでの補給を終え、戦線に復帰するアキト。
 だが、再び戦場に立ってから、アキトは言い知れぬ不安に駆られていた。

「何か……嫌な予感がする」

 少なくとも、バジュラから感じるものではない。アキトはそう思う。
 だが、その気配の正体がわからぬ以上、目の前のバジュラを倒す以外にアキトに取れる行動はない。

『うわっ! なんだ、こいつ……!?』
『赤いバルキリー!? 嘘、早いっ!!』
「リョーコちゃん、ヒカルちゃんっ!!」

 あの二人が慌てるほどの相手であると言うことも驚きだが、アキトは、先ほどまで感じていた不安がそれだと言う確信も持てない。

『あの野郎、バジュラの戦艦に向かいやがった。すまねえ、すぐに追い掛ける』
「いや、ここからならオレの方が近い。リョーコちゃん達は、外の敵の駆逐を頼む」
『……わかった。気をつけろよ、アキト』

 謎のVFを追いかけ、弾幕を掻い潜って、アキトは戦艦に突入する。
 先の報告で、アルトが先に仲間を助ける為に中に進入していた事を知っていたアキトに、焦りが生まれる。
 少なくともリョーコとヒカルが取り逃がした相手に、今のアルトが遭遇して勝てる可能性はほとんどゼロに近い。

「どっちだ……」

 分かれ道で、探査レーダーを広げ、VFの発する熱源反応を追うアキト。
 内部も生物的なイメージをしていたが、どこか機械と生物的な物が混ざり合った異質な雰囲気を放っている。
 中にはそれほど敵がいないのか? ほとんど、妨害を受けることなく奥へと進むアキト。
 だが、大きく空けた場所にでたところでアキトが見た物は、触手のような物に巻きつかれたルカの機体と、先行していたはずのアルトのVFの残骸だった。

「な――っ!?」

 すでに、半壊して動きも取れないであろうVFが横たわっているのが見える。
 アルトの生死は不明だが、ここからでは生きているのか死んでいるのかすら、判断がつかない。

「遅かったな……復讐人よ」
「ま……まさか」

 その声に、アキトは喉が渇いていくのを感じる。押し込めていたドス黒い感情が、呼び起こされる。

「ぬるま湯に浸かりすぎて、ふぬけたか? まさか、我の声を忘れたわけではあるまい」
「きさま――っ!! 北辰っ!!!」






 その頃、SMSの母艦、マクロス25はトランスフォーメーションに入っていた。
 マクロスの名を持つその機体の正体は、ただ大きな戦艦であると言うだけではない。
 VFや、過去のマクロスシリーズと同じく、バトロイドへ変形する事を可能とした、大型の可変戦闘艦だった。

「ボビー、このクォーターが四百メートル級でありながら、何故、マクロスの名を冠されているのか?
 いや、マクロスでありながら、何故、このサイズなのか? 思い知らせてやれ」
「はい、ボス」

 飛ばされないように、せり上がって来たベルトでガッチリと固定されるクルー達。
 キャサリンは悲鳴を上げ、必死の抵抗を試みるが、その言葉も空しく宙を切る。

「話してると、舌を噛みますよ」
「……え?」

 ラムの助言に、なんのことか今ひとつ理解できないキャサリンだったが、そのことを知る機会はすぐに訪れた。

「いけぇぇ――っ!!」

 ボビーの怒声と共にその巨大な艦体を変形させながら、物凄い速度で前進を始めるマクロス25。
 身体が後ろに引っ張られるような衝撃を身体に感じ、ただ、キャサリンは悲鳴を上げるしかなかった。






 目の前にある、その錫杖を手にした赤い機体。そして、その男の声を忘れるはずがない。
 ラピスを辱め、妻を、過去を、アキトの全てを奪った男が、その目の前にいた。
 かつて、その手で殺したはずの人物が何故、生きているのかはわからない。
 だが、あの後、崩れた機体から死体が出て来なかったという報告を受け、薄々気付いてはいた。
 こちらに来る切っ掛けとなった、木星圏で起こったあの事件も、とある筋から得た北辰の生存≠促す情報があったからに他ならない。
 そして、こうして北辰が生きていたと言う事実を前にし、アキトの中で否定し続けてきた物が、確信へと変わってきていた。

「そうだ、気付いているのだろう? あの時、あそこにいた者は、火星の後継者を始め、全てこの世界に渡って来ている」
「やはり……貴様はあの時に、確実に殺しておくべきだった」
「そうだ。所詮は、貴様の甘さが招いた結果に過ぎん。だが、今はそのことに感謝すらしている。
 再び、貴様と死合える機会を与えてくれた――――宿命というものをっ!!」

 北辰の夜天光が、アキトのブラックサレナに迫る。
 目映い火花を放ち、競り合う二人。漆黒と、紅が、まるで再縁のダンスを楽しむかのように交差する。

「あの赤いVFも、貴様の仲間かっ!! 貴様がアルトをっ!!!」
「アルト? ああ、そこの小僧か。そやつをやったのは我だが、VFと言うのは……」
「シラを切る気かっ!?」
「……いや、待て、なるほど。ネズミが一匹まじっていたか」
「――!?」

 突然、北辰は向きを変えると、ブラックサレナとは逆の方向に向かって、持っていた錫杖を投げつける。
 不意をつかれながらも辛うじて、投げつけられた錫杖を受け流す機影。
 そこには、リョーコ達が見かけたと言う、謎の赤いVFの姿があった。

「無粋な。我らの邂逅を邪魔するとは、それなりの覚悟が出来ておるのであろう」
「…………」

 緊迫した空気が周囲に張り詰める。
 少しでも動きがあれば、北辰は瞬く間に目の前の赤いVFを切り刻んでしまうだろう。
 それほどの殺気を放っていた。

「――ぬっ!?」

 だが、その緊張を解いたのは、目の前のVFでも、北辰でもなかった。
 背を見せていた北辰の隙をついて、倒れていたはずのアルトのVFが頭部のレーザー機銃で狙いを定める。
 だが、ディストーションフィールドを展開した夜天光は傷を負うことなく、その場から距離を離していた。

「バカな……何故、動ける?」
「オレは、ルカを連れて帰るっ!!」

 確かにアルトは北辰にやられ、気を失っていた。
 だが、傷ついたアルトの耳に聴こえてきたものは、ここにいるはずのない、ランカの、シェリルの歌声だった。
 シェリルに返せないままになっていたそのイヤリングから、たしかに伝わる彼女達の想いが、気を失っていたアルトを呼び覚ましたのだ。

「これは、歌か……」

 北辰は、どこからか聴こえて来るその歌声に反応する。
 アルトだけでなく、そこにいた全員が、その歌声に反応して動きを止める。
 赤い機体のパイロットも例外ではなかったが、そのチャンスを逃すほど甘くはなかった。
 北辰の隙を突き、レーザー機銃を無差別に散弾すると、素早く撤退に踏み切る。

「ぬ……ネズミめ、逃したか」

 一瞬の隙をついて姿を消した赤いVFに、北辰は僅かに苛立ちを浮かべる。
 だが、すでにタイムリミットは迫っていた。こうしている間にも、アキトの仲間だけでなく、SMSも迫っていた。

「興が冷めた。テンカワアキト、貴様の命、しばし預けておく」

 今回は、ほんの挨拶と考えていた北辰は、その苛立ちを隠せないまでも、大人しくその場を退く事にする。

「まてっ!! 北辰っ!!!」
「跳躍――っ!!」

 アキトの制止も空しく、ボソンジャンプで姿を消す北辰。
 ここに来てから感じていた不安が現実の物となった。
 何も出来なかった悔しさと、北辰に対する怒りでアキトは表情を歪めていた。






「うおおおぉぉぉっ!!!」

 ボビーのかけ声とともに、バトロイドへと変形したマクロス25がバジュラの戦艦の口をこじ開ける。
 それに一早く気がつき、正気を取り戻したのはアキトだった。

「アルト、その機体で飛べるかっ!?」
「いや、難しいと思う……って、あんた……」
「なら、そちらの機体に乗り移って脱出しろ、でかいのがくるぞ」
「え……」

 トランスフォーメーションを完了したマクロス25から、スカル3、4に対して通信が入る。

『いきやがれっ!! お姫様――っ!!』

 ボビーから入った怒声に後押しされ、アルトは自分の機体を捨てて、ルカの機体で一緒に脱出する。
 アルト達が脱出したことを確認すると、マクロス25は手にした巨大な砲身を構え、後方へと大きく下がる。

「マクロスキャノン、エネルギーチャージ」

 その砲身に巨大な質量のエネルギーを溜め、バジュラ戦艦に向けて銃口を向くマクロス。

「これが、マクロスクォーターの……」

 アルトも、その圧倒的な存在感に驚き、脅威を感じる。

「ぶちかませえぇぇ――っ!!!」

 ジェフリーの号令と共に放たれるマクロスキャノン。別名、重量子反応砲。

 ――ゴオオオォォォ!!!

 腹に響くような轟音を上げ、巨大な質量から放たれたその主砲の威力は、周囲の空間もろともバジュラを飲み込んでいく。
 どんな攻撃でも、蚊に刺された程度のダメージしか受けていなかったバジュラの戦艦が、そのたった一撃で破壊され、この宇宙から姿を消していた。






「どう? これがSMSの戦いよ」
「戦果は確かに評価します。ですが、アルト准尉の勝手な行動や、クォーターの強引な運用に関してはあとで問題に……うぅ」

 両手で口を押さえ、慌てて艦橋を後にするキャサリン。デスクワークを主としていた彼女が、その乱暴な操縦に耐えられるはずもなかった。
 バジュラの一掃された宙域で、ようやく安堵の表情を浮かべる一同。

「艦長、ダルフィムから電文です。貴艦並びに、SMSの奮闘に感謝する=v

 モニカが読み上げた電文を聞いて、ようやく激しい戦いが終わったことを彼等は実感していた。



「たく、無茶しやがって。後でたっぷりと絞ってやる。だが、よくやったアルト」

 無事にルカを連れて脱出したアルトを労うオズマ。
 そこには小隊の皆が誰一人欠けることなく、生還を果たせたことに対する喜びの色があった。
 だが、そんなオズマとは裏腹に、アルトには気がかりな事があった。
 ブラックサレナや、夜天光、そしてあの赤いVFのことだ。
 夜天光と対峙した時、アルトは、バジュラに感じた物以上の圧倒的な恐怖を感じていた。
 アルト自信、今でも、夜天光と対峙して、生きているのが不思議なくらいだった。

「それに、あの人は……」

 通信越しに呼びかけてきた声。自分を助けてくれたあの声に、アルトは心当たりがあった。
 アルトの見詰める先には、先ほど助けてくれたエステバリス隊と、ナデシコMの姿がある。

「あんた達は一体、何者なんだ?」






「ただの、民間企業ですよ。ナノマシンからフォールドシップまで、撫子商会をどうぞよろしく。
 ああ、私、こう言う者です」

 “プロスペクター≠ニ書かれた名刺を受け取るSMSの面々。
 政府から、フロンティアに戻るまでのナデシコMの警備と監視を言いつけられたSMSは、僅かな航海をプロスペクターと共にしていた。

「申し訳ありません。艦長はあちらを離れる訳にはいきませんもので」
「いえ、こちらこそ、無理にお呼び立てしてしまって申し訳ない。それに、先の戦闘ではご協力感謝します」

 警備などに関する基本的な交渉は終わり、軽く会釈するプロスペクターとジェフリー。

「いやはや、こちらの艦長さんのように、皆さん紳士的でいらしたのなら、こちらとしても交渉しやすいのですが……」
「……それは、フロンティア政府が野蛮だとおっしゃりたいのですか?」
「いえ、ミス・グラス中尉。ただ、少しばかり軍の方が高圧的でしたので、我々としてはちゃんとしたテーブルについて頂ければ、交渉をしないこともありませんと申し上げたい次第でして」
「ビジネスの話は、フロンティアについたら担当の者が伺います……。
 それと、くれぐれもフロンティアに戻るまで問題を起こさないようにお願いします」
「はい、心得ておりますよ」

 不機嫌そうな顔をしながらも、どこかやり辛いのか、飄々とかわすプロスペクターの物言いに毒気を抜かれるキャサリン。
 だが、彼女は知らなかった。フロンティアで、更なる大きな事件が待ち受けているであろう事を――






「やはり、彼は危険すぎる……」
「でも、結構ハンサムだし、わたしはあのアルトって子より好みだけどな――って、もう何よ」
「オマエは暢気過ぎるんだよ。それに、あの撫子商会ってのも、結構やばいぜ」
「だが、彼等にはギャラクシーでの一件もある。しばらくは慎重に動かざる得ないだろう」

 グレイスの意識の中で、複数の人物のやり取りが聞こえる。
 彼女がインプラントというだけでは、理解できない光景――
 だが、グレイスは彼等の会話に参加する気持ちが起こらなかった。

 今まで見てきたテンカワアキトとラピス・ラズリの存在――
 そして、シェリル・ノームが抱くアキトやラピスへの想い。

 どれだけ思考を巡らせても、彼等の話し合いが実を結ぶようにはグレイスには思えない。

「テンカワアキトのことは保留にし――まずは撫子商会に探りをいれる」

 それが彼等の決定だった。






 ……TO BE CONTINUED

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