【Side:太老】
「太老、街に出掛けたいのじゃが、護衛をしてくれぬか?」
「ん? 別に構わないけど……」
「ちょっと、タロウさん!? ラシャラさんも、タロウさんは私の従者ですのよ!」
最近では、この光景も随分と見慣れてきた。
恒例となりつつある、俺を挟んでのラシャラとマリアの口論がはじまった。
侍従達も仕事の手を止め、いつものことかと言った感じで、微笑ましそうにその様子を見守っている。
相変わらず、仲が良いのか悪いのか分からん二人だ。
まあ、喧嘩するほど仲が良いと言うし、心配はしていないが。
「退屈で仕方ないのじゃ」
ラシャラが、ハヴォニワに滞在を決めてから、そろそろ五日が過ぎようとしている。
しかし、さすがに五日も皇宮に引き篭もっていては、暇を持て余すのも頷けると言うものだ。
「それじゃ、キャイアを連れて行けばいいじゃないですか。あなたの護衛なのでしょう?」
「太老が先日の件の罰≠ナ、ここにいる間、キャイアを護衛の任から解き、侍従にしたではないか。
我には今、専属の護衛なんぞおらんのじゃし、別に太老を借りてもよかろう?」
「う……ですが、それとこれとは話が……」
まあ、確かにキャイアにメイド服を着せて、侍従にしたのは俺だ。
そのことでラシャラの専属護衛がいなくなったのも事実だし、彼女の言い分も納得は出来る。
護衛と言うだけなら皇宮の衛士を数人連れて行けば事足りるだろうが、それでは確かに羽も伸ばせない。
しかし、マリアは気に食わない様子だ。自分の従者が他人に扱き使われるのが気に食わないのだろうか?
マリアって結構、独占欲が強いところがあるから、おそらく理由はそんなところだろう。
このまま放置して置いても、話の決着はつきそうにないと思った俺は、折衷案を二人に提案してみることにした。
「それじゃ、四人で出掛けよう。ユキネさんも、それでいいよね?」
「……はい。マリア様がよろしければ」
会話に参加せず、黙々と一人、本を読み耽っていたユキネに話を振って同意を求める。
ユキネが了承すれば、マリアも渋々だが、その案を呑むだろうと思っての提案だ。
「……仕方ありませんわね」
予想通り、マリアは渋々ではあるが、それで妥協してくれた。
しかし、俺とユキネは同じマリアの専属従者同士ではあるが、最近、そのことで上手くやれているのか、疑問を抱くことがある。
マリアの扱いは年季がある分、ユキネの方が随分と慣れているようだ。
俺もそのことで、先程のように頼りにさせてもらっている。
そのことは別にいい。ここまでなら、同じ従者同士、仲良くやれているように思える。
だが、最近では、俺の扱いに慣れてきたのか、ユキネの俺に対する対応が容赦なくなってきている気がしてならない。
具体的には先日のキャイアとの一件。
ユキネは、忠告はそれとなくしてくれるのだが、基本的にいつも不干渉。
俺が危なくても、助けもしてくれなければ、協力もしてくれない。
取り敢えず、自分とマリアの安全を確保して、後は俺を平気で囮にするような真似を彼女は平気でする。
マリアと俺では優先順位が違うのはよく分かる。
確かに護衛としての役割分担で考えれば、悪くない方法ではあるのだろう。
しかし、何か納得が行かない。
「幾ら俺でも剣で斬られれば死ぬんだよ?」
と聞いてみても――
「太老なら大丈夫」
と何の根拠もない理屈を、無表情で答えてくれました。
信用されてるのか? 本当にどうでも良いと思われてるのか?
正直、ユキネの考えていることは、まったく俺には分からない。
まあ、嫌われてはいないようなので、今はこれで納得して置くしかないのだろう。
異世界の伝道師 第12話『ロリコン伯爵』
作者 193
先日のぬこマリア≠フお披露目以降、マリアの国内での人気は留まる所を知らない勢いを見せていた。
あれから、まだ数日しか経ってないと言うのに、皇宮内で密かに存在した『マリア様ファンクラブ』はその姿を変え、首都を中心に民の間で急速な広がりを見せている。
あと一ヶ月もすれば、国内全土にマリア信奉が浸透しているのではないか? とさえ、俺は思っていた。
そして、その考えは、おそらくは間違いではないだろう。
彼等の固い血の掟の前には、貴族も一般人も関係ない。
一つ――マリア様に迷惑を掛けない。
二つ――マリア様の嫌がることは決してしない。
三つ――マリア様を怖がらせてはならない。
と、ようは俺の意図をちゃんと汲んでくれたようで、基本的に彼等は遠巻きからマリアのことを愛でることはあっても、あちらから直接的に接触を取って来るようなことはない。
逆に、そんな不埒なものがいたら、マリア至上主義を掲げる連中に、連れて行かれるのが関の山だった。
そう言う意味では、国内でマリアの護衛は必要ないのかも知れない。
言ってみれば、民衆の殆どがマリアの護衛のようなものだからだ。
彼等は相手が貴族でも容赦はしない。
例え、特権階級にある男性聖機師であったとしても、マリアを困らせる、泣かせる相手には容赦しないだろう。
(俺も気をつけないと……)
自分で彼等を扇動しておいてなんだが、例え俺であっても、マリアを泣かせるようなことがあれば、彼等は黙ってはいないと思われる。
俺とて、さすがにハヴォニワの民すべてを、敵に回すような愚かな選択はしたくはない。
幾ら、俺に人間離れした身体能力があろうと、個人では、数の暴力に敵うはずもない。
さすがにハヴォニワの民、全員が相手では、分が悪いにもほどがあると言うものだ。
「しかし、同じ街でも、ハヴォニワには随分とおもしろいものが多いようじゃの」
「それは、シトレイユと比べて?」
「まあ、我の国の首都の方が、規模自体は比べ物にならぬほど大きいがの。
しかし、我にとっては、こちらの方が目を惹く物が多いのも事実じゃ」
なるほど。まあ、文化や風習も国によって随分と違うと言うし、ラシャラが物珍しく思うのも無理はないだろう。
「一度、行って見たいな。大陸随一と言われる国の首都を見てみたいし」
「その時は我が案内しよう。何じゃったら、我と一緒にそのままシトレイユに来ぬか?」
案内してくれるのは嬉しいが、さすがにシトレイユに永住する気はないしな。
ハヴォニワで貴族になったってのもあるし、そんな事したら、フローラやマリアが世界の果てまででも追い掛けて来そうで怖い。
ほら、予想通り。マリアが凄い形相で、こっちを睨みつけている。
「ちょっと、ラシャラさん!? タロウさんはハヴォニワの貴族なのですよ!」
「別に構わぬではないか。何じゃったら、シトレイユに婿入りしてもよい訳じゃしの。
我でも別に構わぬぞ。太老ならば、相手としては不足はないしの」
「な――っ!?」
いや、確かにラシャラは可愛いけど、マリアと同い年の少女に手を出すほど、俺は落ちぶれてはいない。
将来的には美人になること間違いないと確信はしているが、それでもまだ五年は早い。
マリア……ラシャラの冗談を真に受けて、俺を涙目で睨まないでくれ。
案の定、周囲の眼が痛かった。
このままではマリア信奉者の連中に、どんな目に遭わされるか、分かったものではない。
「――ないない。と言うか、ラシャラちゃん、まだ十一歳だぞ?
それじゃ、俺はロリコンになってしまうし」
『ロリコン?』
ユキネまで……まさか、美少女三人に声を揃えて、『ロリコン』の意味を問われるとは、俺も思いもしなかった。
しかし、そのまま意味を説明すると自滅するような気がする。
かと言って、言葉を濁していい加減なことを言っても、三人は納得しないだろう。
ここは当たり障りのないことを言って、回避するしかないか。
「ロリコンってのは……マリアちゃんや、ラシャラちゃんみたいな美少女のことが大好きな男の人のことかな?」
「……太老のこと?」
「……いや、ユキネさん?」
ユキネの予期せぬ突っ込みに、俺は一瞬、固まってしまう。
行き成り何を言い出すかと思えば、その返しはないんじゃないかな?
「タロウさんは、私のことが好きじゃないのですか?」
「太老……我のことが嫌いなのか?」
(マリアとラシャラも何か誤解しているしっ!)
背中に影を落とし、暗い表情で不安そうに、俺に答えを求めてくる二人の美少女。
もっとも当たり障りのない答えをしたつもりだったのだが、あれでも薮蛇だったらしい。
しかも、何故か周囲から殺意のようなものが……。
ここで変なことを言って、マリアを泣かせるようなことをすれば、明日の朝日は拝めないような気がする。
退路は完全に断たれていた。
「す、好きだよ」
「それじゃあ、タロウさんはロリコンなのですね」
「ロリコンじゃな」
「……ロリコン」
マリア、ラシャラ、ユキネの順に『ロリコン』と連呼されて、さすがに俺もへこみそうになった。
分かっててやっているじゃないかと思えるほどのコンビネーション。
何で、こんな時だけ、マリアとラシャラは息が合うのだろう?
周囲で様子を窺っていた観客も――
「あの人、ロリコンなんですって」
「ロリコンってなんだ?」
「美少女が大好きな男性のことらしい」
「あの人、マリア様の従者だろ? 凄い功績挙げて貴族になったって言う」
「じゃあ、あれか――」
『――ロリコン伯爵さまっ!』
ブ――ッ!
ちょっと待て待て、その二つ名はないわ。そんなのが広まったら、俺はリアルで引き篭もっちゃうよ?
何で、俺がこんな目に……不用意なことを口走るんじゃなかった。
しかし、何でマリアは嬉しそうなんだ? 俺は、もう泣きたい気分なんですが……。
「しかし、それじゃと……この国の男性は、殆ど、その『ロリコン』とか言うのになってしまのではないか?」
そう、その通りだ。ラシャラの言うように、現在、この国では急速にマリア信奉が広まりつつある。
その理屈が通れば、マリア信奉者の男達は皆、ロリコンと言う事になる。
ロリコンの国か……ロリコン王国。かなり、嫌な国だ。
大抵の異世界文化は許容できるが、これだけは色々と危険すぎる。
後に来た異世界人に、後ろ指を差されるようなことだけは勘弁して欲しい。
やはり、ここは念入りに釘を刺して置くべきなのだろう。
「取り敢えず、その『ロリコン』と言うのは禁止だ。非常に危険だ。
下手をしたら、国家存亡の危機にまで発展しかねないので、今後、絶対に口に出してはいけない」
鬼気迫る表情で『ロリコン発言禁止令』を出した俺の言葉を聞いて、彼女達は素直に首を縦に振ってくれた。
【Side out】
【Side:マリア】
「取り敢えず、その『ロリコン』と言うのは禁止だ。非常に危険だ。
下手をしたら、国家存亡の危機にまで発展しかねないので、今後、絶対に口に出してはいけない」
タロウさんの鬼気迫る表情が、その言葉の危険性を顕著に表していた。
まさか、『破滅の呪文』だったなんて――
最初に気付くべきでした。
「それじゃ、俺はロリコンになってしまうし」
あの最初にタロウさんが言った言葉は、彼がロリコンを恐れていた証拠に違いありません。
彼が恐れるほどの呪文です。国が滅びると言うのも嘘ではないのでしょう。
それなのに、私はタロウさんに『好き』と言ってもらえたことが嬉しくて、そのことに気付くことが出来なかった。
これでは王女として失格です。
タロウさんは、この国のことを常に考えていて下さったのに……。
しかし、ロリコンとは恐ろしいものです。
今後、こう言う事がないように、国を挙げて『ロリコン』の危険性を後世に伝えていく必要があります。
お母様にも相談して、この国の歴史書にも、その危険性を詳しく書き加えて頂かなくては――
「タロウさん、申し訳ありませんでした」
「すまんかったのじゃ……」
「……ごめんなさい」
ラシャラさんも、ユキネも、事の重大さを理解したようで、タロウさんに深々と頭を下げて謝罪しています。
私達の不徳が、このような事態を招いたにも関わらず、彼はいつものように笑って許してくれました。
しかし、彼に甘えてばかりもいられません。
私も王女らしく、もっと立派に成長しなくては――
彼のようにとは、贅沢を言うつもりはありません。
ですが、彼の横に並び立っても恥ずかしくないくらいには、誇らしく思える自分になりたいものです。
高い目標を持ち、私は立派な王女≠ノなるため、今まで以上に努力を怠らないことを心に誓った。
【Side Out】
◆
その後、『ロリコン』――
それは、世界の終焉を告げる災厄の言葉として、人々に恐れられ、語り継がれることになる。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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