【Side:瀬戸】
「水穂はそちらに休暇と言う事で向かわせましたわ」
『じゃあ、こっちの方も準備を進めておくことにするよ』
現在、私は樹雷から、地球に居る白眉鷲羽≠ニ連絡を取っていた。用件はもちろん、太老、そして水穂の件だ。
水穂には休暇を言い渡し、多少強引ではあったが地球に帰省させることに成功した。
幸いにも太老のお陰で、水穂が必要なほど大きな仕事はしばらく見当たらない。
彼が残していった功績は、それほどに大きなものだったからだ。
僅か一年ほどであれだけの戦果を上げるとは、私と鷲羽殿でも想像もしていなかった。
太老のフラグメイカー≠ニしての才能≠ヘ、西南殿や美星殿と比肩しても決して見劣りする能力ではない。
いや、事象の起点≠ニ言う意味では、彼以上の能力者は他に類を見ないだろう。
これもやはり、彼が特殊な存在であることの証明なのかも知れない。
鷲羽殿の診断でも、頂神の方々でさえ、分からないと言わせるほどのイレギュラー。
彼のことを知りたくて宇宙に連れ出したはいいが、それすらも彼のフラグメイカー¢ォる才能に、私も気付かないうちに影響されていた可能性が高い。
そう思わせる原因となったのは、彼が宇宙に上がってから挙げた戦果にある。
当初の私の予想を大きく超えて、その存在を広く人々に認知されてしまった太老。
いくら樹雷の情報局を使って情報統制を敷こうとしても、何か見えない力のようなものが働き、すべては裏目裏目にへと出てしまう。
そのせいで樹雷の情報局が四苦八苦し、数ヶ月に渡り麻痺する事態に陥ってしまった。
幸いにも鬼の寵児≠フ正体が広まることは未然に防ぐことが出来たが、それも単に運がよかったからとしか言えない。
これ以上、こちらに太老を置いておいて隠し続けることは出来ない。それが情報局の出した結論。私達の限界だった。
『しかし、まさかこんな結果がでちゃうなんてね。ここまでとは、私も完全に想定外だったよ』
太老を地球に送り返してから半年、鷲羽殿より『正木太老の観察日記』と言う名のレポートが送られてきた。
そして、その内容に私は驚きを隠せなかった。
彼の才能≠ェ、まさかこれほどのもの≠セったとは、誰が予想できただろう?
正木太老の才能≠『確率の天才』と同質のものだと思うこと自体が、そもそもの間違いだった。
彼の才能は――伝染≠キる。それも、物凄い勢いで。
正確には、彼のフラグメイカーとしての才能が伝染するのではない。
彼の行動により発生した事象の起点≠サのものが、人の繋がりや因果を伝って広がっていくのだ。
これは、個人が持つ能力の度を遥かに越えている力だ。
最悪の場合、一人の人間の手によって、気がつかないうちに世界が創り変えられてしまっている♂ツ能性さえあると言う事を示唆していた。
それほどの危険性を、彼、正木太老≠ヘ有していると言う事になる。
今、彼の正体を世間に知られる訳にはいかない。
それほどに、彼の存在は危険なものだと言うのが、鷲羽殿の出した結論だ。
彼を地球の天地殿の下で匿うことも考慮されたが、それでもまだ、彼の能力を考えた場合、安心とは言い難い。
そこで私は鷲羽殿と相談し、彼を誰の目も手も届かない場所≠ノ、一端その身を隠すことを決めた。
だが、そこでもまた、問題が起こり始めているとのこと……。
「それで、水穂が太老の確率変動値≠抑えることが出来ると言うのは本当なのですか?」
『完全じゃないけどね。飽くまで緩衝材になるってだけだけど……実際、瀬戸殿も目にしたはずだよ』
鷲羽殿は、偶然にも鬼の寵児≠フ正体だけが、何故か広まるのを未然に防ぐことが出来た理由を指摘していた。
彼女の見立てでは、樹雷の情報局がどれだけ優秀であろうとも、そもそもあれは最初から防ぐことなど出来るはずもなかった出来事なのだと、そう結論付けていたからだ。
そして防げるはずもないものが防げた理由。それは身近なところに原因があったことを示していた。
――柾木水穂。彼女の存在が、太老のフラグメイカーの能力を抑制し、確率変動値を調整したのだろうと言う事だ。
『今のままじゃ、あっちも後一年ほどで完全に太老に染め上がってしまう』
「それほどですか……」
太老の存在ばかりを気にしすぎ、彼を匿うつもりであちら≠ノ送ってしまったはいいが、事態は別の意味で深刻な状況を迎えていた。
それすらも、知らず知らずのうちに、彼に影響されて取ってしまった行動かも知れないと言う事が否定出来ない。
あちら¢、に、とんでもない爆弾を放り込んでしまったことに気付いた時には、すでに色々と遅すぎた。
鷲羽殿も、私も、今の心境は実に複雑なものに違いはない。
ただ、今は祈ることしか出来ない。
残された可能性――そして、唯一の希望。水穂に、すべてを託して。
【Side out】
異世界の伝道師 第25話『負の連鎖』
作者 193
「くそっ! 女王も他の貴族達も何を考えておる!」
「まったくだ! あんな平民上がりの新参者に好き放題、大きな顔をさせるとは――」
薄暗い部屋で大きなテーブルを囲み、十数名の貴族達が集まって話し合いを行っていた。
いや、これはやり場のない怒りを思い思いに怒鳴り散らかしているだけで、話し合いにすらなっていない。
それほどに彼等は追い詰められ、焦っていたのだ。
そう、ここにいる貴族達は、正木商会の登場により、急速な進化を続ける市場の波に乗ることが出来ず、利権を取り溢した頭の固い連中ばかりだった。
現状の既得権益にしがみつき、古い伝統や風習を重んじる余り、時代の変化に取り残されてしまい、彼等はここハヴォニワでも少数派として孤立を余儀なくされる状況に追い込まれていた。
挙句にはその既得権益すら、正木商会の登場により徐々に奪われつつある現状に大きな不満を抱いていた。
それも無理はない。ここにいる貴族の大半は領民に対し、七割、八割と言った重税を課している頭の悪い連中だ。
一方、太老の伯爵領は、無税を掲げ、農地開拓をする労働力を確保することで、急速に人口を増やしつつあった。
それに、噂は更なる人を呼び込む。
領民税を廃止し、無料で農地となる土地を貸し与えてもらえると言う話は、国中を駆け巡り、民達の間で大きな話題となっていた。
民衆の心は当然のように太老の方へと傾いていく。
彼等の領地の人口は、そうした太老の試みのせいで徐々に人を減らしていく。
それでは満足な税収が得られず、彼等の税収は減っていくばかり、かと言って自分達も太老の領地を見習って無税にするなり、減税するなり対策を取れればよいのだが、他に補填の利くような収入源を彼等は殆ど持ち合わせてはいない。
更に追い討ちをかけるように、今まで彼等と取引のあった商人達も、より条件の良い方にと傾き、皆、正木商会へと足を向けているのが現状だった。
しかも現在、正木商会で働いている優秀な人材の多くは、癖が強く、反抗的だ、平民だからとか、そんな理由でまともな待遇を与えてもらえず厄介払いをされた人材ばかりだ。
そのことが余計に彼等に苛立ちを募らせる。
自分達が『無能』だと蔑んでいた者達が、それだけの成果を上げている現状に不満を抱かないはずがない。
「こうなったら、奴を殺してはどうだ?」
「ダメだ。奴は女王の覚えもいい。暗殺などすれば、真っ先に我らが疑われる」
「では、どうしろと? このまま手を拱いておれば、我らはどの道、共倒れになるぞ」
良い案が浮かばず、頭を抱える貴族達。
太老に頭を下げ、商会から仕事を分けて貰うなり、口利きして貰うなりすれば、よい話ではあるのだが、それでは彼等のプライドが許さない。
いくら伯爵とは言え、太老は元々は平民。しかも、新参者の貴族に自分から頭を下げるなど、プライドの高い彼等にそんな事が出来るはずもなかった。
頭の良い柔軟な貴族達などは、頭を下げないまでも話し合いで解決し、商会から生まれる利益の一部を享受させて貰っている。
太老のように無税≠ニいった方策を執らないまでも、商売による賢いやり方を正木商会から学び、旨味を知った貴族達の大半は自主的に自領の税を軽くし、時代にあった方針転換を上手く模索し始めていた。
それにより、現在のハヴォニワの経済成長率は二十パーセント前半をマークしていると言われており、これは年一、二%と言う成長率が通例となっている各国の現状に置いて、羨ましい限りの成果とも言えた。
それ故に、その原動力となっている正木商会=Bそして、その中心人物である正木太老≠ヘ嫌でも大きな注目を集めることになる。
そのくらいのことは彼等も分かっているはずなのだが、伝統や風習を重んじる精神、それに貴族としての沽券が邪魔をして視野狭窄に陥っていた。
「奴はマリア様との仲が噂されておる。それを利用してみてはどうだ?」
「なるほど……奴の信用を地に落とし、女王の信頼を裏切らせる訳だな」
下卑た笑い声を上げながら、よからぬ企てを計画する貴族達。
太老の知らないところで、彼を引き摺り下ろそうと画策する者達の、邪な思惑が動き始めようとしていた。
【Side:太老】
「――ハックション!」
急に鼻がむず痒くなった。
どこかで美少女達が、俺の噂でもしてるに違いない。そう言うプラス思考が大事だと最近悟った。
でなければ、この現状を素直に享受することが出来なかったからだ。
もう、何をしても、何を言っても逆効果。
俺の思惑の斜め上を突き進み、正木商会は手が付けられない規模に発展し、今も成長を続けている。
提携している商人、傘下に入っている商会の数を考えるだけでも、すでにハヴォニワ最大の勢力と言って間違いではないだろう。
立ち上げから僅か半年でここまで大きくなるなんて、いくら国の後ろ盾があるとは言っても、魔法を使ったとしか思えない異常な大躍進だ。
「……風邪?」
ユキネが心配して、俺の額に自分の額を重ね合わせてくる。
息の届く距離にユキネの顔が近付き、俺の心臓はその興奮からドクドクと音を立てて跳ね上がる。
「あの……ユキネさん? 何を?」
「ちょっと熱ぽいかも……」
それは、こんな真似をされたら熱くもなる。
ユキネの場合、無自覚にこう言う事を平気でするから色々と心配だ。
外でもこんな真似をやっていなければいいが……。大抵の男は、ユキネにこんな事をされればイチコロだろう。
俺の場合、中身はあれだが、外見はピカイチの女性には免疫があるため、自制心をどうにか働かせることが出来る。
それでも、油断をしているところに、無警戒にこんな事をされるとグラッとくるのだが――
って、ユキネが俺の腕を強く引っ張り、どこかに連れて行こうとしていた。
「あの……ユキネさん、どこに? 俺、まだ仕事が残ってるんだけど」
まだ、仕事が残ってるんだが……しかも、昨日サボったから二日分。
いや、すみません。見得を張りました。
実は、色々と悩んでたら仕事が手につかず、遅れまくってて一週間分くらい溜まってます。
これ以上、仕事を溜めるわけにはいかないので、今日は出来るだけ進めておきたいのだが、ユキネは話を聞いてくれず、グイグイと俺の腕を引っ張る。
「ダメ。太老が病気になったら、マリア様だけでなく、皆が悲しい思いをする」
さっきの熱のことを勘違いしているのだろうか?
しかし、こんなに悲しそうな声で、悲哀に満ちた潤んだ瞳で見つめられては、今更誤解だとは言い難い。
大体、どう説明しろと? 心配してくれたユキネに欲情して、体を熱くしてましたって?
無理無理! そんな事を言える訳がない。
「ここで休んでて、氷水をもらってくるから――」
連れてこられたのは、マリアとユキネが仕事が忙しく帰れない時に、寝泊りするのに使っている角部屋だった。
元々あった二つの部屋を一つの部屋に繋げて作った部屋なので、俺の部屋よりもずっと広い。
さすがにマリアを、俺と同じような場所に寝かせる訳にもいかないので、急遽用意した部屋だ。
皇宮の部屋に比べれば質素かもしれないが、機能的にまとめられており、広さも申し分ない。この商会の部屋の中では一番良い部屋だ。
それに、マリアの侍従が定期的に掃除をしているだけあって、埃一つなく綺麗に整頓されている。
言ってて悲しくなるから比肩する気はないが、俺の部屋とはとても比べ物にならない。
それと言うのも、せっかく申し出てくれた部屋の掃除も、俺は自分で出来るからと断ってしまい、今のあの部屋の現状があるのだから、今更言い訳の一つも出来ない。
いつも、俺の部屋に入ってくる度に、マリアとユキネが難しい顔をしているのは、それが原因だろうと俺は考えていた。
思い返してみれば、あっちの世界でも、砂沙美やノイケが家事万能過ぎて頼りっ放しだったし、宇宙に上がってからも水穂が色々と気に掛けてくれていたから問題なく生活を送れていただけで、認めたくはないが、俺に真っ当な生活能力はないのかもしれない。
まあ、極端な家事音痴と言う訳でもないし、最低限、人間が生活していける環境にはある。
程々≠ノ、掃除も整理整頓もやっているつもり≠セ。
さすがにこの部屋と比べると、如何に自分が駄目かを思い知らされるが……。
「ちゃんと横になってて……」
そう言いながら、俺をベッドに寝かせつけ、厨房で貰ってきたのであろう氷水でタオルを湿らせ、額に乗せてくれるユキネ。
冷たくて気持ちいい。こんな風に誰かに看病してもらうなんて、いつ以来だろうか?
生まれ変わってからは、この体のせいか、病気らしい病気などしたことがなかったので、余り記憶にない。
甘く、良い香りがする。ユキネの匂いだろうか? それは、とても安心する香りだった。
その心地よさに段々と抗えなくなり、自然と目蓋が閉じ、意識が遠のいていく。
「――タロウさん!」
マリアの俺を呼ぶ声が聞こえた気がするが、俺の意識が保ったのはそこまでだった。
【Side out】
【Side:マリア】
タロウさんが倒れたと連絡を受け、私は取る物も取らず大急ぎで本部へ向かった。
ずっと危惧していた事態。いつかはこうなることが分かっていたはずなのに、嫌な予感が現実となってしまった。
本部に到着し、慌てて車から飛び降りる。挨拶を交わしてくる職員達にも受け答えせず、私は階段を駆け上がり、足早に廊下を駆け抜けた。
「――タロウさん!」
ノックも忘れ、扉を勢いよく開け放つ。いつもの私ならば、こんな事はない。それだけ、焦っていたのだ。
すぐに、私のベッドの上で横になっているタロウさんと、看病に付き添っているユキネの姿を見つける。
タロウさんのあの部屋では、ゆっくりと休ませることが出来ないと判断して、ユキネがこちらに運んだらしい。
スヤスヤと寝息を立てて眠るタロウさんを見て、思ったよりも深刻な事態ではない様子で安心した。
「お医者さまは?」
「フローラ様の担当医の方に連絡をしました。すぐに来てくださるそうです」
「そう……」
お母様が懇意にしている医者なら腕は確かなはず。安心も出来る。
しかし、何故もっと早く、こうなる前にタロウさんを止めることが出来なかったのだろうと、そのことばかりが悔やまれてならなかった。
本当ならば、無理にでも休ませるべきだった。しかし、それを私は出来なかった。いや、しなかったのだ。
彼の体を心配しながらも、どこかで彼に頼り切りになってしまっている自分がいたのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「マリア様……」
私は彼の手を握りながらポロポロと涙を零す。
謝って済まされることではないのかも知れない。
しかし、今はただ、彼の回復を祈りながら謝り続けるしかなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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