【Side:マリア】

 タロウさんから手渡された新しい事業の企画書に目を通している。
 やはり、彼は天才だ。それは、ユキネが絶賛するのにも頷ける内容だった。
 ずっと部屋に篭もって何をやっているのかと、心配と期待を胸に大人しく待っていたが、良い意味で彼はいつも裏切ってくれる。
 準備は大変そうだが、十分にやる価値がある商売だと私は確信した。

「すぐに幹部会を召集して協議を進めましょう。どうせなら支部にも話を持っていってもよいと思いますわ」
「え? 本部から試験的に始めるんじゃないの?」
「この案ならその必要性はないかと、むしろ必要なのは予算と時間です」

 何事を始めるのにも新鮮さとスピードが命だ。これだけの商売をしようと言うのだから、当然、物真似をしてくる輩もいるだろう。
 シトレイユ支部にも同時に攻勢をかけさせれば、そうされる前に今の商会なら組織力でカバー出来るはずだ。
 それに予算の問題もある。この店が必要なのは人の多い、それも深夜作業を多く強いられているような人々が住む開発都市部≠ネどだ。
 そうした場所はハヴォニワ国内だけでも、かなりの数がある。限られた予算の中で、さすがにすべてにと言う訳にもいかない。
 だとすれば、必要な場所を絞って、徐々に増やしていくしか手はない。

「それなら、前みたいにフランチャイズを行えばいいんじゃない?」
「え……」
「まだ様子見をしている商人や、乗り遅れて苦い思いをしている貴族なんて腐るほどいるでしょ?」

 タロウさんの言葉に、当時のことを思い返すようにハッと気付く。
 そうか、あの商売のやり方は、何もタクドナルドに限ったことではない。以前よりも、ずっと商会の知名度が高いことも有利に働くはずだ。
 彼に領民や市場を奪われて困っている貴族や商人は決して少なくない。市場の波に乗り遅れ、難儀している者達は実際のところかなり多い。
 正木商会がここまで大きくなるものと、誰も当初は予想していなかったからだ。
 彼が店を出した時点で気付くものは気付いていたようだが、そうしたものは機会を逃さずしっかりと食い付いて来ている。
 だからこそ、この話を持ち込めば、食いついてくる輩も少なくはないだろう。

「では、その案でいきましょう」

 こうして、ファーストフード、スケートに続く、正木商会の柱≠ニなる新事業が産声を上げた。

【Side out】





異世界の伝道師 第30話『憧れの侍従』
作者 193






【Side:太老】

 マリアにも認めて貰えたことで、俺の思惑通りコンビニ事業を始められそうだ。
 正木商会の建て直しと言う理由もあるが、コンビニの実現は目的の一環≠ニして何とかしたかったことでもあるので正直に嬉しい。
 ユキネだけでなくマリアも随分と乗り気のようだったし、この世界の人々の目から見ても、やはりコンビニは便利な物のようだ。

「た、太老様! お久し振りです。フローラ様に御用ですか?」
「ご無沙汰してます。んと、フローラさんは居るよね?」
「は、はい」

 城に着いた俺は侍従の案内で、フローラの執務室に通された。俺がここに来たのは、フローラにも話を通しておくためだ。
 フローラは商会の一番の出資者でもあるので、大きな事業をする以上、必ず説明責任がこちらにはある。
 マリアはコンビニ事業の準備を進めてくれているので、特に仕事もなく暇な俺が説明しに出向いたと言う訳だ。
 しかし、事前にこちらに来ると連絡は取ってあったはずなのだが、フローラから侍従に連絡が行っていなかった様子。
 普段なら連絡の不備など、まず有り得ない。フローラにしては珍しいミスだった。

「フローラ様、太老様をお連れしました」
「う、これは……」

 侍従の様子がおかしかったはずだ。俺はその部屋の様子を見て、直ぐに事情を察することが出来た。
 最近、以前にも増して、フローラが忙しいとは耳にしていたが、これほどとは思いもしなかった。
 フローラの居るはずの頑丈な木製の執務机の周囲には、大量の書類の山が積み重なっていて、部屋の入り口からでは本人の姿すら確認できない。一体、どのくらいの書類があるのか、検討もつかないような状態だ。
 ハヴォニワの革命とか噂されているあの一件以来、人手も増えたはずなので、皇宮に帰れないほど忙しいと言う話を耳にして、何かおかしいと思っていた。
 この様子なら、その話が真実だと事情を察することは出来るが、そもそも何でこんな事になっているのか理由が分からない。

「あら、太老ちゃん、態々来てもらってごめんなさいね」
「いや、それは別にいいですけど……」
「ああ……これ?」

 俺の言いたいことが分かったのか? 困った顔を浮かべるフローラ。
 ここ最近、活性化している市場への対応や、盛んに行われている開発事業が大きな原因らしい。
 その原因の一端は俺が進めている領地の農地開拓も含まれているらしく、この有様を見てしまった後では少し申し訳ない気持ちになっていた。
 あれは土地を遊ばせておくのは勿体無いと思う、俺の貧乏性な気質も理由にあるのだが、そもそもの一番の理由は鬱陶しい貴族連中に嫌がらせをしたかったからだった。

 どこの世界でも、高い税金に悩まされるのは弱い立場にいる民達だ。しかし、領民税を無料にして農地を貸し出せば、そんな彼等の生活の助けにもなる。それに安い労働力が手に入ると言う意味では、俺も助かる。
 それに高い税金を貪って、私腹を肥やしている貴族連中を痛い目に遭わせることも出来るだろうと、一石三鳥を狙っての作戦だった。

 まさか、その弊害がフローラを苦しめる結果になるとは思いもしなかった。
 嬉しい悲鳴ではあるのだろうが、これは確かに色々と困った状況だ。

「……少し、手伝いましょうか?」
「遠慮しておくわ。そんな事を太老ちゃんにさせたら、マリアちゃんに怒られるもの」
「?」

 何でマリアが怒るのだろう?
 理由が良く分からないが、もしかして以前のことをマリアはまだ根に持っているのだろうか?
 いや、もしかしたら、そのことでフローラに相談したのかも知れない。

(くっ! 俺の恥部がフローラに知られてしまっていると言う事か……)

 内緒にしてくれていると思っていたが、それは甘かったようだ。
 俺がユキネやマリアの看病で欲情していたなんて話が噂されれば、俺の身は完全に破滅だ。
 マリアのことだ。あの子はたまに抜けていることがあるから、今回も悪気があってしたことじゃないだろう。

 こんな人でも、マリアの母親だ。普段は何かとフローラのことを嫌っているマリアだが、本当に嫌いな訳じゃない。
 フローラのことを誰よりも認めているからこその、あの態度だ。それは見ていればよく分かる。
 今回のことも大した思惑などなく、単にフローラに相談しただけに過ぎないのだろう。
 マリアはまだ十一歳だ。男性に欲情されるなんて経験はないだろうから、実際はかなり困惑していたに違いない。
 原因を作ってしまったのは、間違いなく俺だ。

 出来れば、あんな恥ずかしい過去はすぐにでも忘れて欲しいのだが、フローラのことだ、素直に忘れてくれるとは思えない。
 俺からすれば、最も最悪の相手に弱みを握られてしまったと言う事だ。

「出来れば、内緒にしておいて欲しいと言うか、忘れて欲しいんですけど……」
「……駄目よ。いくら太老ちゃんの頼みでも、これだけは駄目」
「そこをお願いします! これだけは絶対に譲れないんです!」
「太老ちゃん……」

 もう形振りなど構ってはいられない。俺は侍従が居ると言う事も忘れ、フローラに土下座をして頼み込む。
 これ以上、あのことを広めないためにも、フローラには黙っておいてもらうしかない。
 主に俺の未来のために――

【Side out】





【Side:フローラ】

「……少し、手伝いましょうか?」
「遠慮しておくわ。そんな事を太老ちゃんにさせたら、マリアちゃんに怒られるもの」

 この状態を見れば、太老ならそう言い出すだろうと言う事は分かっていた。
 だけど、ここで彼に仕事を手伝って貰う訳にはいかない。
 猫の手も借りたいほど忙しいのは確かだが、私だって彼にまた倒れるような目にあって欲しくはない。
 まだ、彼は病み上がりなのだ。マリアからも、太老を出来るだけ休ませて欲しいと、頼まれたばかりだ。
 ここで私が仕事を手伝って貰うようなことがあれば、娘の気持ちすら裏切ってしまうことになる。

「出来れば、内緒にしておいて欲しいと言うか、忘れて欲しいんですけど……」
「……駄目よ。いくら太老ちゃんの頼みでも、これだけは駄目」

 案の定、中々に太老は折れてくれない。
 一度言い出したら、素直に言う事を聞いてくれないことは分かっていたが、いつになく真剣な様子だ。
 それだけ、私の身を心配してくれていると言う事なのだろう。
 そう言えば、以前にもこんな事があった。太老が城に乗り込んできた時のことだ。
 マリアのためとは言っていたが、あの時もこうして私の身を案じてくれていたのかも知れないと思うと、胸が熱くなる思いだった。

「そこをお願いします! これだけは絶対に譲れないんです!」
「太老ちゃん……」

 頭を下げるばかりか、土下座までするとは私も思わなかった。太老の行動を見て、侍従の少女も驚いている。

 それも当然だろう。彼は何も悪くない。

 本当なら、こちらから頼んで仕事を手伝って貰うところを、彼は何が何でも手伝わせて欲しいと自分から頭を下げたのだ。
 ここまでされて断れるはずもない。それほどに、私の身を心配してくれた太老に感謝こそすれ、拒む理由はない。
 マリアには後で事情を説明し、ちゃんと謝っておこう。
 せめて、彼に無茶だけはさせないように気をつけなくては――

「分かったわ……太老ちゃんの思い、しっかりと受け取ったから」
「あ、ありがとうございます!」

 礼を言うのはこちらの方なのに、まったく本当におかしな青年だと、私は笑みを零した。

【Side out】





【Side:太老】

 フローラも、どうやら分かってくれたようだ。
 彼女は頭が実に良く回る。そのことを周囲に広めれば、俺がどうなるかと言う事が分かっていたのだろう。
 当分、彼女に頭が上がらなくなってしまったが、身の破滅を招くよりは遥かにいい。
 それに、色々と悪い癖はあるが、フローラはそれほど悪い人でもない。
 鬼姫や鷲羽(マッド)のことをあれこれ言ってはいても、心の底から嫌いになれないのと同じ理由だ。

 自分達が楽しむ範囲では色々と無茶もするが、本当に相手が困るようなことになる無茶は決してしない。
 敵にはとことん容赦ないところがあるが、基本的に身内には甘いのだ。
 気になるから、可愛いから構いたくなると言ったところだろうか?
 それが一番の迷惑なのだが、それを言っても改善が見られないので俺は諦めている。

(そう言えば、水穂もそれでよく愚痴を漏らしてたな)

 水穂のことを思い出す。
 そう言えば、今頃は何をしているのだろうか? また、いつものように鬼姫に困らされてるのかな?
 と、彼女のことを思い出しながら懐かしんでいた。

 水穂は優秀なのだが、余り要領が良いとは言えないので、少し心配だったりする。
 あの破天荒な天地の母親の清音≠ナさえ結婚できたと言うのに、美人でスタイルも良く、あの中では唯一の常識人とも言える水穂が、相手もいないと言うのは何か作為的なものを感じて仕方がない。
 何度か鬼姫やアイリに促され、お見合いをしたことはあるらしいのだが、どれでも気乗りするような相手ではなかったのだとか。
 まあ、あの二人だしな。水穂のことを心配していないと言う事はないのだろうが、どこかで楽しんでやっているのだろうし。
 彼女はいつも、鬼姫やアイリの悪巧みに翻弄され、神経を磨り減らしていた。

 それに『瀬戸の盾』と言う二つ名は、海賊相手には効果的だろうが、他には逆効果だと俺は思う。
 鬼姫の名を耳にしただけで、大抵の奴は身を縮こまらせ、卑屈になる。それだけ、鬼姫の名が恐れられていると言う事だ。
 当然、水穂もその例外ではない。そんな状況で、彼女と正面から堂々と向き合える男など、実際のところ殆ど皆無だろう。
 俺は原作を知っている分、水穂へのそうした偏った悪印象は持っていなかった。同じ鬼姫に振り回される同志として、彼女には同情していたくらいだ。
 彼氏いない歴、数百年って、もう童貞とか処女とか、そう言うレベルの話じゃない。そりゃ、同情もするさ。

「太老様、どうかされたのですか?」
「いや、ちょっと昔のことを思い出しててね」
「昔にこと……ですか?」
「うん、まあ……故郷のこととかかな」

 俺は今、執務室の一室を借りて、フローラの仕事を手伝っている。
 あのことを黙っておいてもらうのだ。このくらいの仕事を手伝うくらいで、文句を言うつもりはない。
 それにあのまま放っておいたら、フローラが過労死しそうだしな。そうなったら、マリアが悲しむ。
 助手と言う事で、俺を案内してくれた先程の侍従の少女が、仕事を手伝ってくれていた。
 こちらの仕事には不慣れなので、実際、彼女がいてくれて助かっている。

「太老様の故郷ですか、一度、お話を聞かせて欲しいです」
「ん、そんなに面白い話でもないけどね。機会があれば、いつでも話してあげるよ」

 実際、本当に面白い話ではない。前世でもそうだが、基本的に俺の苦労話ばかりだ。
 他人が聞いても、愚痴ばかりで面白い話とはとても思えない。

「太老様、一息入れられては如何ですか?」

 そう言って、紅茶を差し出してくれる侍従の少女。しかし、本当に良い子だ。
 そんな子をフローラが態々付けてくれたのだろうが、仕事も出来るし気配りも利く、非常によく出来た侍従だった。
 こんな侍従が、俺にも居ればなと本当に思う。

「あの……太老様、覚えていますか? 前に私の仕事を手伝ってくださった時のことを」
「ん? ああ、荷物を運んだ時のこと? あのくらい気にしなくていいのに」
「いえ、本当にあの時は助かりました。改めて御礼を言わせてください。ありがとうございました」

 律儀な子だ。俺は美少女の顔は忘れないので、彼女のことはよく覚えている。
 とは言っても、本当に感謝されるほどのことをした訳じゃない。
 大きな書類の入った木箱を、一人で運べず難儀していた彼女の代わりに運んでやっただけだ。
 彼女は見た目からして、俺よりも少し年下だろう。そんな女の子に、あんな重い物を一人で運ぶように指示した奴が悪い。

「太老様のような方に御仕え出来れば、きっと幸せだと思います」

 社交辞令だろうが、こう言われて嬉しくないはずがない。それも、こんなに可愛らしい侍従の少女が相手なら余計だ。
 一時期、俺も専属の侍従を雇おうかと考えたことがあったのだが、そもそも皇宮に住んでいる限り必要ない。
 今の商会の俺の部屋など、薄汚れてて書類や荷物で溢れてるせいで狭苦しく、侍従を雇うなんてレベルの話ではない。
 もっと大きな屋敷に住んでるのなら考えてもいいが、俺自身がそう言う屋敷に住みたいと思っていないから特に必要性を感じず、今に至る。
 しかし、実際にこうして可愛らしい侍従に仕事を手伝って貰うと、本当に良いものだと思う。
 メイドさんって、ある意味で男の理想だしな。今は色々とやることがあってあれだけど、落ち着いたら真面目に考えてみようかな。

「キミみたいな子の主人になれたら、幸せだろうね」
「そ、そんな……」

 これは本音だ。雇うなら、やはり彼女のような気配りが利いて仕事も出来る美少女の侍従だよな。
 気を良くした俺は心が弾み、作業をする手はいつになく軽快に動いていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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