【Side:フローラ】
「え……もう終わったの?」
太老に割り振った仕事は決して少なくはなかった。優秀な文官でも一週間は掛かりきりになる仕事量だ。
私が現在、請け負っている仕事に比べれば少ないが、それでも二日でやり切ってしまえる量ではない。
彼のずば抜けた執務能力に、私は素直に驚きを隠せなかった。
次々に独創的なアイデアを生み出す深い知識。他者の追随を許さない高い聖機師としての資質。
そして、マスターレベルの武人すら凌駕する卓越された高い戦闘能力。
その能力の多彩さは、稀代の天才や、歴代最高の女王などと持てはやされた私でも敵わない。
「いや、彼女が手伝ってくれたから助かりました」
それは過小評価と言うものだ。謙遜も甚だしい。
確かに私が彼の補佐に付けた侍従は、彼に負担を掛けまいと出来るだけ優秀な子を選んだつもりだったが、彼女を文官の補佐につけたとしても、僅か二日でこれだけの仕事を終えることなど出来はしない。
これは間違いなく、太老の能力があってこその成果だ。
「そう言えば、計画書の方には目を通してくれました?」
「あ、新事業の件だったわね」
これも彼から話をもらって目を通していたものだったが、思わず仕事の手を休めて見入ってしまうほど、それはよく出来た計画書だった。
コンビニと言うらしいが、非常によく出来た商売方法だ。
以前のファーストフードや、スケートも感心させられたが、これはそれと比べても一線を画すほどのアイデアと言える。
行政を司る立場からも言わせてもらえば、このアイデアはただ商売のやり方が上手いと言うだけの評価では量れない。
商売としての効率性=Aそして利用者の利便性≠追求するばかりか、治安維持をも目的とした立派な治安対策≠セった。
昨今、ハヴォニワは急速な経済発展を遂げてはいるが、そのため、仕事を求める難民や他国からの商売人などが多く出入りするようになり、治安の悪化は難しい問題の一つとなっていた。
人が増えれば、それだけ犯罪の芽が増える。特に国が豊かになればなるほど、その裏で楽をして儲けよう、悪いことをして金儲けしようと考える輩は後を絶たない。
街の中でさえ、スリや追い剥ぎ、窃盗などが後を絶たない世情だ。
現状、東西南北に分けて詰所を配置しているが、それだけでは迅速な対応は取れない。
ハヴォニワの治安は経済発展を遂げる裏で、徐々に悪くなる一方だった。
しかし、この方法は確かに素晴らしい。
急に詰所の数を増やすこと自体は難しいが、確かに二十四時間で開いている店があれば、それだけでも犯罪の抑止力になる。
人の目があると言う事は、目撃されることを恐れ、犯罪の足を鈍らせるからだ。
それにこれなら各店に一人か二人、衛兵を常駐させるなり警備の巡回ルートに店を加えることで、犯罪の防護策としての副次効果も十分に期待できる。
単純に商売の収支以外にも、国が得られるメリットは大きい。私が反対する理由はなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第31話『貴族と平民』
作者 193
【Side:太老】
あの侍従の美少女と楽しく仕事をしていると、いつもよりも作業効率がよかった。
彼女の補佐の的確さもあるのだろうが、やはり俺のやる気も関係しているだろう。彼女に良いところを見せようと、いつになく張り切っていたのは否定しない。
元々、この体は色々とあってハイスペックだ。その気になれば、ちょっと疲れはするが常人の何倍もの身体能力を発揮することが可能だ。
書類整理に関しても、このチート能力を使えばビデオの早送りのように何倍速で作業をすることも出来る。
生体強化とは肉体の強化だけに留まらず、精神強化、思考速度の向上など、多岐に渡る。そうしなければ、人間の精神構造では、肉体だけを幾ら強化しても心が耐え切れなくなってしまうからだ。
俺が一週間分の仕事を溜めても、余り焦っていなかったのはそのためだ。
俺でそんなのだから、基本スペックの高いマリアやフローラが生体強化を受ければ、それは恐ろしいことになるに違いない。
実際、水穂は凄かった。全力を出した俺の倍以上の仕事を普段からこなしている彼女だ。伊達に樹雷情報部の副官、艦隊司令官などを兼任していない。『瀬戸の盾』と言う二つ名も伊達や酔狂ではない証拠だ。
それに、俺が普段この体のスペックをフルに使わないのは、目立ちたくないと言うのもあるが、余程切羽詰った状況でもない限り、その必要性も見出せないからだ。
能力があると分かれば、それに見合った仕事量が割り振られることになるに違いない。
そんな面倒で疲れること、やりたくないと言うのが俺の本音だった。
しかし、今回は憧れの可愛いメイドさんと仕事が一緒だったと言う事もあり、思わず張り切ってしまった。
こんなに頑張って仕事に取り組んだのは、こっちの世界に来て、初めてのことじゃないだろうか?
「太老様、追加のお食事お持ちしました」
「ん、悪いね」
「しかし……よく食べられますね」
侍従に追加で持ってきてもらった食事に手を付ける。
目の前のテーブルの上には、空になった皿が高く積み重なり、軽く十数人前はあろうかと言う食事が綺麗になくなっていた。
やる気のない理由はここにもある。無茶苦茶疲れると言うのもあるが、全力で能力を使った後はとにかく腹が減るのだ。
何倍もの速度で動けると言う事は、常人の何倍ものカロリーを消費すると言う事と同じらしく、食事の量も半端なく増える。
個人差はあるらしいが、俺の場合はフルに能力を使った後はいつもこうだ。大体二十人前は食べてると思う。
だが、水穂はそこまで大量の食事を取っていた訳じゃない。それでも、甘い物は別腹とばかりに平らげていたが……。
この個人差と言うものが厄介で、おそらくは生体強化の種類によるものだと俺は考えていた。
生体強化にも色々とあるらしく、水穂の場合は単純に生体強化と言うよりは皇家の樹≠フサポートを受けていると言った方が正しい。
彼女の樹≠ェどんなものかは俺も知らないが、最低でも第三世代にせよ、第四世代にせよ、船を持っていなければ樹雷の艦隊司令など務まるはずがないので持っているのは確実だろう。ちなみに鬼姫こと、瀬戸の水鏡≠ヘ第二世代の船だ。
皇家の船はその気になれば、惑星一つを簡単に消滅させるほどの力を秘めているので、樹雷が銀河最強の軍事国家と呼ばれる所以はそこにある。
光鷹翼を持つ皇家の船に対抗できるのは、同じく光鷹翼を持つ皇家の船か、鷲羽の作った魎皇鬼と福くらいのものだ。
俺は樹選びの儀式≠受けてはいないので、当然だが皇家の船は持っていない。
それに正木≠ヘ分家筋だし、直系の柾木≠ニは違い、実際に儀式を受けたことのある人間など数えられる程しかいない。
正直、正木≠フ俺には縁のない話だ。
しかし俺の場合、幾ら思い起こしても、生体強化を受けた記憶はないのだから、やはりいつの間にか改造されていたと考えるべきだろう。
皇家の樹と契約をしていないのだから、それ以外に考えようがない。
考えられるのは鷲羽のあの怪しげな色をしたドリンク=Bあれが如何にも怪しい。
それに、寝ている間に研究室に拉致られたことなんて、数え切れないほどあった。機会はいくらでもあったはずだ。
俺が違和感を感じないよう、徐々に体が慣れるように調整していくこと位、あの白眉鷲羽≠ネら造作もないことだ。
やはり、俺の平穏を乱す最大の敵は奴≠フようだ。
「あの……太老様? どうかされましたか? お食事が口に合わなかったとか……」
「ん、いや、美味しいよ。よかったら、一緒に食べない?」
危ないところだった。どうやら、あの辛い日々のことを思い出して、黒いオーラが出ていたようだ。
こんな事を話せるはずもないし、ましてや異世界人だとバレると更に面倒なことになるのは目に見えている。
「い、いけません! 使用人如きが、貴族の方とご一緒に食事を取るなど……」
「何で? 一人で食べてても素っ気ないだけだよ?」
可愛い侍従に世話をされながら食事を取ると言うのも悪くはないが、どうせなら楽しく食事をしたい。
後ろで畏まって控えられていると言うのも、慣れていなければ色々と気遣いのするものだ。
ただでさえ、普通の食堂でいいのに、普段フローラが利用している貴賓用の別室で食事を取らされている身にもなって欲しい。
食事は確かに美味しいのだが、これでは息が詰まる。
「た、太老様!?」
「ほら、座った、座った」
無理矢理、侍従の肩を掴み、隣の席に座らせる。仕事熱心なのはいいが、今回の功労者の一人は彼女だ。
これが仕事の報酬だと言うのなら、彼女も受けるべきだ。
「まあ、殆ど俺が手を付けちゃった後だけど、足りなかったら追加で注文するから」
余りに腹が減っていたので、かなりの勢いで平らげてしまったが、それでもまだ数人前は残っている。
食が細そうだし、普通の女性ならこれでも多いくらいだろう。
「で、ですが……」
「今回の功労者の一人はキミなんだから、遠慮する必要なんかないと思うよ?
それとも、俺と一緒に食事をするのは嫌……とか?」
そうだったら泣ける。この二日間で、彼女とは結構仲良くなれたと思っていただけに、それが勘違いだったと思うと悲しい。
まあ、そんな子ではないと思うので、おそらくは真面目なだけだろう。
少し卑怯ではあるが、こう言えば彼女も無碍には出来ないはずだ。
「そ、そんな事ありません!」
いや、そこまで勢い良く否定してくれなくてもいいんだけど……。
逆に勘繰ってしまい、悲しくなってしまう。まあ、テンパってるだけだよな?
渋々ではある様子だったが、俺の言い分も分かってくれたようで誘いを受けてくれた。
「太老様は、他の貴族の方と随分と違います。
私みたいな一介の使用人にも、誰に変わることなく同じように優しく接してくださいます。
それはどうしてなのですか? その理由を、出来れば聞かせてください」
「信念≠ニ生き方≠ゥな?」
「信念≠ニ生き方=c…」
「それを失ってしまったら、きっと俺は俺でなくなる。
俺が貴族らしくないと思うのなら、それは俺が正木太老≠セからだよ」
こちらの人は、どうもお堅い人が多いようだ。生真面目と言うか、仕事熱心と言うか、こうして誘っても遠慮をする人が多い。
皇宮の使用人達も今では気さくな感じだが、それでも最初の頃は彼女と同じような反応だった。
俺が貴族になってからは、周囲の反応はより露骨に態度に表れていたと言っていい。
貴族と言うだけで偉いと言う考え方は間違っていると思うのだが、やはり文化の違いと言う奴か? そこだけは、いつまで経っても馴染めない。
まあ、無理に合わせてやる必要もないのだし、俺は、俺のやり方とペースで行くつもりだ。
郷に入っては郷に従え――と言う言葉があるが、この場合は信念≠竍生き方≠フ問題だ。納得行かないものは納得できない。
「あ、あの太老様!」
切り分けた肉をフォークに突き刺し、それを俺の口元にプルプルと振るえた手で差し出してくる少女。
どうやら、食べさせてくれるらしい。食事に誘っただけで、まさかこんな嬉し恥ずかしの特典が付いてくるなんて。
フッ――しかし、甘いな。ユキネとマリアの苦行を乗り切った俺に怖いものなど何もない。
このくらいのイベント、平常心で乗り切って見せるさ。
と、俺が言いたいのはこう言う事だ。
貴族だと威張り散らかしていては、こうやって可愛い侍従と楽しい食事も出来ない。
貴族らしく振舞えば、マリアを近くで愛でることも憚られるはずだ。それは俺の信念≠ノ反する。
俺らしく生きる≠ニ言う事は、そういう事だ。変なプライドで可愛いものを可愛いと言えない生き方≠ネんて、全然楽しくない。
そう、俺はこの世界で俺だけのハッピーライフ≠実現して見せると心に決めた。
だからこそ、今更、俺の信念≠ニ生き方≠変えるつもりはない。
それが俺、正木太老の理想≠ネのだから――
【Side out】
【Side:名も無き侍従】
太老様は、やはり凄いお方だ。
フローラ様の普段の仕事振りを知っている私でさえ、太老様の能力の高さには感服してしまう。
ハヴォニワの女王、フローラ様は本当に凄い御方だ。稀代の天才と言われるその能力は歴代の女王の中でも随一と噂されているのは嘘ではない。だが、そのフローラ様ですら一目を置くほどの御方、それが太老様だった。
彗星のように突如ハヴォニワに現れ、貴族の方々に意識改革を促した『ハヴォニワの改革』や、商会を自ら興しハヴォニワに多大な利益を生み出した『市場の革命』を成し遂げた偉人。
国民の評判も素晴らしい。彼の行った領民税の廃止や農地開拓は、貧困に苦しむ多くの国民を飢えから救った。
常に下々のことを考え、皆が少しでも良い暮らしを出来るようにと、身を削りながら頑張られていると言う話を私も耳にしている。
今や、ハヴォニワの『英雄』や『救世主』とさえ国民に讃えられている素晴らしい御方だ。
私のような一介の使用人からすれば、雲の上の存在に等しい。
しかし、彼は決してそのことを誇ろうとはしない。他の貴族の方のように自らの立場を誇示しようともしない。
皇族にも、貴族にも、そして私達のような一般の民にまで、皆、平等に接してくださる――それが太老様だった。
今まで、私はこのような貴族の方に出会ったことがない。フローラ様も皇族らしくない変わった御方だが、太老様はそれに輪を掛けておかしな御方だ。
太老様に初めて出会ったのは、私が城に勤めるようになって、まだ日が浅かった時のこと。
貴族の方の機嫌を損ねてしまい、罰として男の方でも大変な力仕事を言い付けられた日のことだった。
貴族の方の誘いを断ると言う事が、どういった意味を持つのか、その時の私は知らなかった。
結果、厨房から部署の配置換えを突如言い渡され、力仕事が多く人気のない書庫整理に回されてしまった。
かと言って、弱音を吐き、逃げ出すような真似は出来ない。城や皇宮の仕事は他の仕事に比べ給金がよく人気も高い分、審査も厳しく、勤められるだけでも栄誉なことだ。
貧しい中、私を学校に行かせてくれた両親。そして家で待つ妹達のためにも、ここで逃げ出す訳にはいかなかった。
私の実家は決して裕福とは言えない。ここの給金の殆どは貯蓄に回したり、実家に送っているのが現状だ。
ここを辞めて、ここと同じだけの仕事が見付かるとは限らない。私が仕事を辞めてしまえば、きっと実家で私の仕送りを待っている家族にも迷惑を掛けることになる。だから、私は何があっても弱音を吐かない。頑張ってみせると心に固く誓っていた。
しかし、頭は多少回れど、所詮は女の身。私は他の人と比べても小柄で、力仕事に向かないことは自分が一番よく理解できている。
回された仕事は、ぎっしりと書類や書物の入った重い木箱を、決められた場所に持って行き整理する仕事。
重い箱になると成人男性が三人掛りで運ぶような物もあり、体力的にも大変厳しい仕事だった。
普通は書庫整理のそんな大変なところに、女性が配属されるなんてことは、殆どないらしい。
その上、通常であれば数人でグループを組んでするような仕事も、貴族の方の言い付けで、私はたった一人でやらされていた。
案の定、そんな状態で仕事が捗るはずもない。軽い荷物から徐々に済ませていき、少しずつでも仕事をこなしては見たが、手の豆が潰れ血まで滲むほど頑張っても、どうにもならない現実と言うものがある。
一人の力ではどうやっても動かせない箱。中身を出して少しずつ運ぶなどすれば、その日の内に仕事など、とても終わるはずもない。
城の仕事は人気が高い。幾らでも成り手には困らないのだ。ここで役立たずだと言われれば、暇を出されるかも知れないと私は焦っていた。
だけど、そんな時だった。
「ああ、こんなに手を血だらけにして……」
「え……あの、貴族さま! 私は大丈夫ですから!」
「ほら、動かないで」
そう言って、私の手を持っていた水筒の水で洗い流し、綺麗な卸し立てのハンカチを包帯代わりに巻いてくださった御方。
その方が、太老様だった。
その後、私の力ではピクリとも動かなかった箱を持って、残りの仕事を手伝ってくださったばかりか、太老様の口利きで辛い書庫整理の仕事から、同じ部署内の女性でも出来る仕事へと配置換えをしてもらうことが出来た。
今、フローラ様や文官の方々に御仕え出来ているのも、すべては太老様のお陰だ。
あの時、『返さなくていい』と仰ってくださったハンカチは、今では私の宝物になっている。
「太老様は、他の貴族の方と随分と違います。
私みたいな一介の使用人にも、誰に変わることなく同じように優しく接してくださいます。
それはどうしてなのですか? その理由を、出来れば聞かせてください」
あの時から、私の中で太老様の存在は、より大きなものとなっていた。
いつか聞いてみたいと思っていたこと――
太老様の優しさの理由。何故、そこまで私達のことを気に掛けてくださるのかを知っておきたかった。
無遠慮な質問だとは思うが、きっと太老様なら答えてくださる。そう、信じていたのかも知れない。
「信念≠ニ生き方≠ゥな?」
「信念≠ニ生き方=c…」
「それを失ってしまったら、きっと俺は俺でなくなる。
俺が貴族らしくないと思うのなら、それは俺が正木太老≠セからだよ」
太老様の言う言葉はとても重く、強い意志が籠められたものだった。
信念≠ニ生き方=\―言うのは容易いが、それがどれほど難しいことか、私にはよく分かる。
太老様が皆に優しいのは、単に心が御優しいからだけではない。この御方の心が、とても強いからだ。
太老様の過去に何があったのかは分からない。そこまでの決意をさせるに至った理由は、きっと私には理解できないほど、重いものだったに違いない。
だが、この方の理想を追い求める信念=Aそして自らの生き方≠ノ対する真摯なまでの向き合い方。それは、まさしく本物だ。
貴族ではなく正木太老だと、自分のことを語られる太老様の御言葉は、私の胸に強い衝撃を与えた。
きっとそれは、太老様の想いのすべてを、一言で表現した言葉なのだろう。
フローラ様が認められ、民のことを誰よりも思い、私達に希望≠ニ言う名の未来を提示してくださった御方。
この国の、いや、この世界の未来を背負っていかれるのは、きっと彼のような方なのだと、私は思った。
このような方に仕えられる喜び。それは、使用人にとって、最上の喜びであるに違いない。
「あ、あの太老様!」
緊張した手つきで肉を切り分け、フォークに肉を突き刺すと、それを太老様の口元へと差し出す。
少し恥ずかしかったが、私に出来ることはこのくらいのことだ。まだ、私はこの方に何の恩も返せていない。
そのようなことを気にされる方ではないと言う事は理解しているが、それでは私の気が済まなかった。
少しでも太老様の御役に立ちたい。彼が望むこと、必要とされることであれば、何でもする覚悟が私の中にはある。
「ありがとう」
私の差し出した料理を口にされ、礼を言い、微笑まれる太老様の顔を見て、胸が激しく高鳴るのを感じた。
使用人と貴族。それも現在、国民に英雄≠ニまで讃えられ、この国で一番有名な御方。
身分が余りに違い過ぎる。きっと、私の想いは叶うことはない。
(でも……せめて、あなたさまを想うだけでも御許しください)
恋人になどと贅沢を言うつもりはない。侍従として、こうして太老様に尽くせるだけでも、私にとっては最上の喜びだ。
太老様のために何かをしたい。いつまでも太老様の御味方でいたい。この御方の作る未来を傍で見てみたい。
そんな事を思うことの浅ましさ、愚かしさを私は知っていながらも、願わずにはいられない。
それが、私の夢≠ナあり、理想≠ナもあるのだから――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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