【Side:マリア】

「晩餐会の招待状?」
「ええ、商会宛に私とタロウさんの二人分、届けられてましたわ」

 タロウさんに商会宛に届いていた、もう一通の招待状を手渡す。送り主は公爵≠ノその名を連ねる大貴族だった。
 私の家、ナナダン家とも血縁関係にある親族だ。

 式典などの席で幾度か顔を合わせたことがあるが、私は彼の公爵に良い印象を持っていなかった。
 表立って口にはされていないが、お母様や他の貴族にも嫌われているほど、悪い噂の絶えない人だ。
 それが単に噂なのであれば良いのだが、そうとも言えない理由が幾つかある。

 貴族と言う名を、悪い意味で体現されているような人だ。
 プライドが人一倍高く、同じ貴族であっても家柄や格式の低い者を、自然と蔑むようなことを平然とされる人だった。
 ある意味で、太老さんの対極に居るような人と言える。

「ん? こいつって」
「知っておられるですか?」
「ん、まあ……以前、こいつが侍従の子に酷い嫌がらせしててね」

 ああ、なるほど、その言葉だけで理解できた。
 そういう事を見て見ぬ振りの出来ない人だ。その侍従の子を、見捨てては置けなかったのだろう。

「それで、どうされたのですか?」
「抱き込んだ」
「は?」
「いや、そのまんまの意味だよ?」

 侍従に言い寄って断られたことに腹を立てた公爵が、その侍従の少女を男でも辛い書庫整理の仕事に回したのだとか。
 たまたまそのことを知ったタロウさんは、公爵に侍従の監視を言い渡されていた監視役の人間を脅し、その部署の人間全員を丸め込んだらしい。

「別にあのおっさんが自分で見張ってる訳じゃないんだし、下の人間を抱き込んでしまえば、只のおっさんだしね」
「はあ……公爵を只のおっさん呼ばわりするのは、タロウさんくらいですわ」

 公爵はお世辞にも人望があるとは言えない人だ。監視を言い渡された人も、内心では嫌々だったはず。そこを突いたのだろう。
 爵位こそ伯爵と公爵よりも低いが、太老さんは政治的な価値で言えば、彼の公爵よりもずっと有用な存在だ。
 お母様の覚えもよく、商人や貴族からの支持も高く、国民の人気もある彼と、権威を振りかざすことでしか立場を誇示できない公爵。
 どちらに付く方が利口か、少し頭の回るものならすぐに分かる。

 今や、どちらかと言えば、彼の公爵は孤立してしまっているような状態だ。
 タロウさんに領民を奪われ、取引のあった商人との商談もいくつか御破算になっていると言う噂を耳にしている。
 既得権益を傷つけられ、相当に参っているに違いない。
 プライドの高い公爵のことだ。商会や彼のことを妬ましく思うだけなら良いが、相当に恨んでいることだろう。
 そんな時に、私やタロウさんへの晩餐会の招待状。何かあると言っているようなものだった。

「懲りないおっさんだな。まあ、十中八九、何か仕掛けてるんだろうね」
「ですが、相手はこの国でも有数の大貴族です。ただ断るだけと言うのも……」

 そこが厄介だった。能力はないが、権力だけは無駄にある。
 ハヴォニワも貴族至上主義≠フ古い体制から脱却してきたとは言え、未だ貴族社会であることに変わりはない。
 面倒なことだが、誘いを無碍にすれば、それを理由に今度はどんな言い掛かりをつけられるか分からない。
 私は立場があるので、いざとなれば何とでも言い逃れは出来る。
 しかし、公爵よりも身分の低いタロウさんは、確実に標的にされるだろう。

「狙いはタロウさんでしょうね……」
「面倒臭いな。もう、適当に返事返して、後は無視でいいんじゃない?」
「…………」

 彼なら本当にやりそうだと、私は思った。

【Side out】





異世界の伝道師 第32話『暗躍する影』
作者 193






【Side:太老】

「知っておられるですか?」
「ん、まあ……以前、こいつが侍従の子に酷い嫌がらせしててね」

 マリアから手渡された招待状の送り主の名前は実に見覚えのあるものだった。
 それは先日、俺の仕事を手伝ってくれた侍従の少女。彼女を書庫整理なんて仕事に回した陰険貴族の名前だった。
 俺が嫌いなバカ貴族の代名詞とも言うべき公爵だ。

「それで、どうされたのですか?」
「抱き込んだ」
「は?」
「いや、そのまんまの意味だよ?」

 あのバカ公爵に人望などあるはずもない。ちょっと脅しを掛けてやるだけで、下の人間を抱き込むことは簡単だった。
 誰も、あんな奴のために、身を犠牲にしてまで働きたいなどと忠誠心は持っていないだろう。
 鬼姫直伝の交渉術で少し脅してやって、どちらに付く方が利口かを教えてやっただけだ。

 彼女の仕事先に関しても考慮しておいた。文字の読み書きや計算も問題なく出来るようだったので、文官補佐に推薦したからだ。
 後で、あの公爵がその事実を知ったところで手の出しようがない。
 あそこは女王直轄、フローラの管轄になっているため、同じ部署内とは言え、権限が大きく違う。
 彼女を辞めさせよう、移動をさせようとした場合、必ず女王の認可を得なくてはいけなく、フローラが正当な理由もなしに応じるはずもない。

「別にあのおっさんが自分で見張ってる訳じゃないんだし、下の人間を抱き込んでしまえば、只のおっさんだしね」
「はあ……公爵を只のおっさん呼ばわりするのは、タロウさんくらいですわ」

 むしろ、他のおっさん≠ノ失礼かも知れないと思っていたのだが、そのことはマリアには言わない。
 公爵と言えば、マリアとも親類関係に当たるかも知れないし、身内のことを余り悪くは言われたくはないだろう。
 まあ、この様子だとマリアも嫌っているようだが……。実際、碌でもない貴族だしな。

「懲りないおっさんだな。まあ、十中八九、何か仕掛けてるんだろうね」
「ですが、相手はこの国でも有数の大貴族です。ただ断るだけと言うのも……」

 しかし、それを考えると、この招待状は怪しいことこの上ない。
 向こうも俺のことは知っているはずだ。だったら、警戒されているか、嫌われていることは間違いない。
 にも関わらず、『果たし状』とかなら合点がいくと言うものだが、今回は『招待状』と来たものだ。

 文面が色々とおかしい。要約すると『仲良くしたいので、晩餐会にお越しください』ってことだ。
 こちらは全然仲良くなどしたくない。むしろお近付きにもなりたくない。
 大体、この手の封建主義の貴族には、俺は嫌われていることくらい自覚している。
 その俺と仲良くしたいなんて、白々しいにも程がある。

 だが、マリアの言うように相手は公爵だ。
 マリアならともかく、爵位で劣る俺がその誘いを無碍に断れば、相手を煽ることにも繋がる。
 きっと、それを理由にあれこれと言い掛かりをつけてくることは間違いない。マリアも、そのことを心配してくれているのだろう。
 でも、晩餐会とか苦手だし、明らかに罠と分かっている場所に行きたくなどない。

「狙いはタロウさんでしょうね……」
「面倒臭いな。もう、適当に返事返して、後は無視でいいんじゃない?」

 実際、それで済むなら、それでもいいと思っていた。
 別に多少言い掛かりをつけられるくらい、公爵のおっさんに何を言われようが俺は気にしない。
 仕事を言い訳にすれば説得力は持たせられるし、無理に鬱陶しい奴の相手をする必要もないだろう。

 色々とメリット、デメリットを比べて考えてみたが、やはり行かないことにした。
 マリアも乗り気じゃない様子だし、俺も行きたくない。だったら、答えなど最初から出ている。
 さっさと断りの返事を出して放っておこう。極力、面倒臭いことには関わらないに限る。

【Side out】





「こ、断ってきただと!?」
「は、はい……商会の仕事が忙しいとかで、マリア様からも同様の理由で断り状が届いております」
「バカにしおって!」

 太老に招待状を送りつけた主である公爵は、送られてきた二通の断り状を手に怒りに震えていた。
 断り状を送りつけた送り主は言うまでもなく、太老とマリアだ。

 公爵は、まさか自分の催す晩餐会への出席が断られるなどと思ってもいなかったのだろう。その表情は怒りに満ち溢れていた。
 貴族階級で最も上に位置する公爵≠ゥら送られてくる招待状と言えば、女王の次に栄誉なものだ。
 下の爵位にいる貴族であれば、喜び勇み、二つ返事で駆けつけて来ると言うのが普通だった。
 これまで、自分が出した招待が断られるなどと、殆ど経験したことがなかったに違いない。
 にも関わらず、『仕事が忙しいから』と言う理由で、その誘いを無碍にされた。そのことが公爵のプライドを傷つけた。

「儂が暇だとでも言う気か!? この男は!」

 太老にそんな気は毛頭ないのだが、公爵は怒りから我を忘れていた。
 公爵は、断り状をくしゃくしゃに丸め、地面に叩きつける。
 こんなのは、太老からすれば言い掛かりも甚だしい話なのだが、公爵にとっては決して理不尽な怒りではない。
 風習や伝統、そして家柄や格式を重んじ、貴族としてのプライドが人一倍高い彼にとって、自分よりも身分の低い者に仕事を理由に£fられたことが許せない。そのことで、バカにされたとさえ感じていた。

「少し女王の覚えが良いだけで、付け上がりおって! 小僧が!」

 公爵はこの晩餐会の席に太老とマリアの二人を誘き寄せ、それを口実に太老の良くない噂を吹聴するつもりでいた。
 晩餐会に呼ばれている他の貴族は、すべて公爵の息の掛かった貴族ばかり。
 口裏を合わせ、太老がマリアによからぬことをしようとした、と言う噂を立てることくらい造作もない。
 普通に噂を流しただけでは効果は薄いが、それが公爵家の晩餐会で行われたとなれば信憑性が増す。しかも、多数の貴族が目撃している訳だ。
 それが真実か嘘かなど問題ではない。太老はそれが原因で、女王からの信用を落とし、そして国民の不評を買う。逆に公爵は王女を不届き者から護ったとして賞賛される。
 浅はかとも言える謀略ではあったが、それさえ出来れば、計画は成功したも同然だと考えていた。
 どちらにせよ、計画が成功すれば太老の疑惑の芽は巻かれるので、公爵にとっては都合が良かったからだ。

「次の案だ! あれをやる! 連中にも連絡しておけ!」
「ですが、公爵さま。あれは、余りにも……」
「儂がここまで虚仮にされたのだ! このまま黙っていられるか!」

 地団駄を踏み、怒り狂う公爵。もう、そこに理知的な考えなどなかった。
 ただ、太老への怒りを晴らしたい、復讐したいと言う思いばかりが先走りする。
 それに彼が焦っている理由は、もう一つあった。
 最近、城の使用人や貴族達の間で噂されている話だ。その噂が真実だとすれば、彼等に時間は余り残されていない。
 太老がこれ以上、大きな力を手にする前に、何とかしなくてはと言う焦りがあった。

 その焦りが、身の破滅を招くとは考えもせずに――





【Side:フローラ】

「予想通り、太老ちゃんは断ったみたいね」

 マリアから、太老が仕事を理由に公爵の誘いを断ったと言う連絡を受けた。
 あの公爵のことだ。今頃は癇癪を起こしているに違いない。だとすれば、確実に次の行動を起こしてくる。
 普通の方法では、太老を誘い出せないことは理解したはずだ。
 なら、普通ではない方法で次は来るだろう。そう、私は考えていた。

「ですが、本当にこれでよかったのですか?」
「ええ、上出来よ。相手が予想通りのバカなら、必ず食いついてくるはずよ」

 こうなることを予想していた私は、彼女達侍従の協力を得て、ある噂を流してもらっていた。

『太老伯爵が、近々、西方一帯を治める辺境伯≠フ位を授かるらしい』

 こう言う噂だ。その噂の信憑性の高さは、太老のこれまでの実績が保証してくれる。
 私が公言した訳ではないが、ここ一週間で、その噂は貴族達の間で様々な憶測を交えながら囁かれるようになった。
 当然、公爵の耳や、彼を取り巻く貴族達の耳にも入っているはずだ。

「ですが、こんな噂を流せば、太老様が余計に不評を買うだけなのでは?」
「まあ、彼等からしたら面倒なこと、この上ないでしょうね」

 侯爵、それも辺境伯ともなれば、その領土の広さや権限も、これまで以上に強いものとなる。
 ただでさえ、政治的な価値で言えば太老の存在は、どの貴族よりも高い。
 そこに加え、王位継承権を持つ公爵家以外では、最も位が高いとされる辺境伯に任命されることになれば、ハヴォニワ最大勢力の商会を牛耳、西方全土を治める大貴族が誕生することになる。
 そうなってからでは、例え、公爵に位置する大貴族でも、彼に危害を加えることは愚か、意見することすら難しくなる。
 これまで以上に、太老に手が出し辛くなると言う事だ。

「小者だけど、臆病だから面倒なのよ。自分は安全なところに居て、表に出てこようとしない」
「だから、焦らせて表に引き出すと、そういう事ですか? 太老様が、その餌だと」
「そうね、否定するつもりはないわ。太老ちゃんの行動を見るに、彼も同じ考えのようだけど」

 あんな断りの入れ方をすれば、相手が激昂することは目に見えている。
 だとすれば、太老の狙いも、またそこなのだろうと私は考える。
 焦った公爵は、太老に必ず直接的なアプローチを掛けてくるに違いない。太老が動かざる得ない状況を作り出すために――
 暗殺などすれば、自分達が真っ先に疑われるのは分かっているだろうから、彼等が取れる行動など限られている。
 おそらくは――

「招待状の件で言い掛かりをつけて、太老ちゃんに決闘≠ナも申し込むってところかしら?」
「決闘ですか?」
「そう、太老ちゃんが受ければそれでよし、受けなければ臆病者と罵り、評判を落とすことも出来る」

 更にはその決闘を利用して、事故死に見せ掛けるつもりなのかも知れない。
 姑息な手だが、使い古された手であるが故に、その効果もある程度は期待できる。
 風習や伝統に凝り固まった、プライドの高い貴族ならではのやり方だろう。

「まあ、太老ちゃんのことは心配いらないわ。彼が負けるはずもないしね」

 どんな相手が出て来ようと、太老を倒せるなどと私は思わない。相手が何人いても、結果は同じことだ。
 そもそも、大陸中を探したところで、太老に勝てる者を見つけてくることなど可能かどうか。
 太老をよく知る者からすれば、彼と決闘など、一番間抜けな方法としか思えない。
 かと言って、人を雇い入れ、彼を襲撃するなり暗殺しようとしても、それは失敗に終わるだろう。
 逆に、そうしてくれることを太老は待っているのかも知れないが……。

「あなたには他の侍従達と協力して、引き続き調査≠お願いするわ」

 太老が自ら囮になってくれるのなら都合がいい。
 彼等を摘発するためにも、確実な証拠固めをしておく必要がある。
 彼等が言い逃れ出来ないほど確かな証拠を集め、それを武器に国の膿を出し切ってしまう。

 彼等は知らない。甘く見過ぎていたと言ってもいい。
 太老の存在が、どれだけハヴォニワの民に影響を与えているのかを、国民に目を向けていない彼等は知らな過ぎた。

 それこそが自分達の敗因だと、彼等が気付く時は遠くはない。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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