【Side:太老】
「決闘状ですか?」
「うん……ただ、普通に決闘状なら良かったんだけどね?」
目の前の机の上に、山のように詰まれている封筒の山。これ、全部が決闘状だったりする。
晩餐会の招待を断られた腹いせに、どんな嫌がらせをしてくるものかと思っていたが、あの公爵、俺に反感を持っている貴族全員と徒党を組んで、全員分の決闘状を同時≠ノ送りつけてきた。
しかも、ご丁寧に日時や場所も、まったく同じと来たものだ。
「こ、こんなの決闘じゃなくリンチじゃないですか!?」
マリアが驚いている。まあ、その通りなんだけど。
数は全部で百通ほど、思ったよりも数が多い。男爵なんて名前もあるから、公爵に逆らえなくて、無理矢理、悪事に加担させられた奴も大勢いそうだ。
しかし、まあ……こんな事をすれば、どうなるか分からないのかね?
普通に考えて、やってることは小悪党丸出しだ。こんなリンチ決闘、見世物にはなっても評判は良くないだろう。
例え、俺に勝っても、世間の不評を買うのはどう考えても向こう側だ。
「それだけ形振りを構ってられないってことかな?」
この決闘を利用して、俺を再起不能、もしくは殺害しようと考えているとしたら、十分に有り得る話だ。
思慮浅はかとしか言いようのないバカさ加減だが、実際問題、どうしたものか?
「こんなの受ける必要ありません! 断固抗議しましょう!」
マリアはそう言うが、断ったら断ったで、そのくらいで諦める輩ではないだろう。
今はまだ頭に血が上って正面から来てくれているから助かるが、闇討ちや、下手をすれば人質を取るなどして、俺の周囲の人間に害を及ぼす危険性もある。この手の悪党ってのは、諦めが悪いってのが相場だ。
数が数だが、多分、普通に戦えば俺が勝つ。バカ貴族百人程度に負けるほど、この体はスペックが低くない。
こっちは海賊相手に大立ち回りしたことだってあるんだ。まあ、殆ど兼光のおっさんが一人で片付けてたんだが……。
ああ、ちなみに兼光ってのは、平田兼光≠ニ言う気の良い苦労性のおっさんのことで、天地の爺さん、遙照こと柾木勝仁のアカデミー時代の親友だ。
今は水穂と同じく、鬼姫の下で『瀬戸の剣』などと二つ名で呼ばれ、神木家の艦隊司令をやっている。
勝仁の親友と言うだけあって、剣の腕は勝るとも劣らず凄いおっさんだった。海賊相手には、まさに無双って感じだ。
ただ、水穂や鬼姫、それに奥さんの平田夕咲≠ノは頭がまったく上がらなかった。
「樹雷の女には気をつけろ」
と、常々口にしてたくらいだ。余程、辛い過去があったに違いない。
よく一緒に飲みに行ったり、色々と連れてってもらったんだが、その度に奥さんと水穂に怒られて小さくなっていたのが記憶に久しい。
何れにせよ、ここで決闘を断ることは簡単だが、そのことが原因でマリア達に迷惑を掛けるのは本意じゃない。
となると、面倒だが相手をしてやるしかないのだろう。しかし、勝てば勝ったで、また逆恨みされたのでは同じことだ。
やはり、色々と手は打っておくべきだ。二度と俺に関わりたくないと思わせる一手を、奴等に味合わせてやる必要がある。
「マリアちゃん、面白い話があるんだけど、一口乗らない?」
「……はい?」
俺に喧嘩を売ったんだ。なら、何をされても文句は言えまい。
道化には道化の、悪党には悪党に相応しい舞台がある。
精々、道化の舞台の上で、滑稽に踊ってもらうとしよう。
【Side out】
異世界の伝道師 第33話『太老の陰謀』
作者 193
【Side:マリア】
タロウさんに見せられた大量の決闘状を見て、開いた口が塞がらなかった。
一対一で敵わないと悟り、集団リンチをしようなどと、誇り高い貴族とは思えない暴挙だ。
彼が負けるなどとは思っていないが、出来るだけ危険な目に遭って欲しくはない。
お母様に話をして、徹底的に抗議するべきだと私は考えたのだが――
「それだけ形振りを構ってられないってことかな?」
タロウさんは暢気なもので、歯牙にも掛けていない様子だった。
余裕の表れなのだろうが、余り無茶をして欲しくない。
「こんなの受ける必要ありません! 断固抗議しましょう!」
こんなのは決闘ですらない。なら、受ける必要性など皆無だ。
ここで彼が受けなかったとしても、そのことで彼のことを悪く言う者はいないだろう。
むしろ、こんな決闘を持ちかけた貴族が嘲笑されるだけだ。
「マリアちゃん、面白い話があるんだけど、一口乗らない?」
「……はい?」
しかし、タロウさんの反応は予想外のものだった。
何か、黒いオーラのようなものが、彼の背後に見える気がする。
「それじゃ、悪巧み、いや計画なんだけど――」
彼から聞かされた計画を耳にして、私は彼に喧嘩を売った貴族を憐れに思った。
自業自得とは言え、余りに惨い。勝とうが負けようが、損をするのは相手ばかりだ。
プライドの高い貴族であればあるほど、精神的苦痛は計り知れないだろう。
しかも、この計画の悪どいところは、彼等の性格を逆手にとって、退路を完全に奪っていることだ。
「あの……本当にやるのですか? これ……」
「もちろん!」
もう、何を言っても無駄だと悟った。彼等には自業自得と諦めてもらうしかない。
鼻歌を交えながら、楽しそうに計画書を作るタロウさん。
その計画書のタイトルには――
『正木太老vs封建貴族連合』
内容には入場料や会場案内、賭けのレートまで明示されている。
彼はこの決闘を、商売にする気、満々だった。
【Side out】
【Side:フローラ】
「さすがと言うか……何と言うか……太老ちゃん、ただでは転ばないわね」
決闘状がたくさん送られてきたと言う話を聞いた時は、正直どうなることかと心配したが、太老の行動はいつも予想の斜め上を行ってくれる。
その決闘を見世物にして、商売を企画するとは思いもしなかった。普通の貴族であれば、まずそんな事を思い付きはしない。
現在、急ピッチで決闘会場を指定場所に建設中だとか。入場券の売れ行きも好調だとかで、そのことに気付いた時には、相手の貴族も退路を完全に失っていた。
ここで逃げ出せば、大勢で決闘状を送りつけた彼等は大恥を掻くことになる。
すでにこの決闘は貴族だけでなく、国民にも知られている一大イベントだ。ハヴォニワの全土がこの決闘に注目している。
嫌でも、この見世物イベントに参加せざるを得ない状況に追い込まれたと言う事だ。
有利な条件で決闘を送りつけた側が逃げ場を失うと言う、前代未聞の状況が作り上げられていた。
「フローラ様、本当に頂いてもよろしいのですか?」
「ええ……『侍従の皆さんでどうぞ』って、太老ちゃんから送られて来たものですしね」
会場案内のパンフレットと一緒に、私の入場券だけでなく使用人達の分まで送ってくるのは実に太老らしいと思った。
侍従達も入場券を握り締め、手を取り合って喜んでいる様子。この入場券、実は貴重な物らしく、首都の入場券売り場では徹夜組まで出る大騒ぎで、即日完売してしまったらしい。
今や、ハヴォニワの英雄とまで噂される太老を、直に一目見てみたいと思う人は少なくない。
その上、国民の不評を買っている嫌われ貴族達が相手だ。太老にコテンパンにやられる貴族達の姿を期待して、入場券を買っている人々も少なくはないだろう。
「太老様が勝つのは当然として、何分持つと思う?」
「十分、いや五分かな?」
「あ! 会場の売店で、タックの限定バーガーも販売されるらしいよ!」
『――嘘!?』
この侍従達は、ここが女王の執務室だと言う事を忘れてはいないだろうか?
案内パンフレットを片手に、当日の予定などを話し合う侍従達。随分と太老に毒されて来ている気がしてならない。
しかし、限定バーガーとは聞き捨てならない。これは是非に食べてみないと。
とは言え、商売根性逞しいと言うか、太老を敵に回すことの恐ろしさを垣間見た気する。
彼にとって、本来なら何のメリットもない決闘だったはず。しかし、それを使って商売を企み、メリットへと変えてしまった。
自分が楽しむ口実を得ながら、相手に精神的苦痛を与えようと言う、その極悪非道な精神。
悪党ですら、骨の髄まで利用してやろうと言うそのやり方は、私も見習うべき点が多いかも知れない。
「どちらにせよ。太老ちゃんを敵に回したのだから自業自得よね」
確かに惨いとは思うが、彼等に同情の余地はない。
それに、囮としては最高と言っても良いほど、太老は目立ってくれている。
こちらの仕事も、これで随分とやりやすくなったと言うものだ。
「さあ、あなた達、浮かれるのはいいけど、仕事はちゃんとしてね」
『はい! フローラ様!』
余程、嬉しかったに違いない。皆、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
しかし、想像以上に彼女達は優秀だ。これなら、あの件も進めておいて問題ないだろう。
今から、決闘当日が待ち遠しくて堪らなかった。
【Side out】
【Side:太老】
これは我ながら、相手の決闘を逆手に取った、実に上手いアイデアだった。
アイデアの元となったのは、『天地無用! GXP』で登場した山田西南vs天南静竜の決闘騒ぎの一件だ。
実に鬼姫とアイリらしい、当事者にとっては最悪この上ない、素晴らしいアイデアだと俺は感心していた。
自分が嵌められるのは嫌だが、嵌める立場になると、これほど楽しい計画はない。
そもそも、貴族との決闘なんて、俺には何のメリットもない。それなら、楽しまなければ損と言うものだ。
そう言う意味では、俺も、水穂も、鬼姫に良い具合に毒されていると言う自覚はあった。
鬼姫の悪癖に対抗するためには、こちらも同じような思考で動かなくては対抗できないからだ。自然と影響されるのも仕方ない。
だが、今回のアイデアなら、商会の利益にも繋がるし、仕事で溜まった鬱憤を晴らすのにも役に立つ。
最近、犯罪の件数が増え、治安が悪化していると言う話をよく耳にしているが、外国の商人や、仕事を求めてやって来た難民が増えたことばかりが原因とは俺は思っていない。開発事業など盛んに進んでいるのはいいが、そのことが原因で、仕事のストレスを抱えている者も少なくないのではないかと考えていたからだ。
一般的なところでカラオケにボーリング、兼光が奥さんに内緒でよく行ってたキャバクラなど、人生に娯楽は付き物だ。
タクドナルドは娯楽とは言えないし、スケートも仕事疲れの体で遊ぶようなものとは少し違う。
たまにはガス抜きをする意味で、こう言うバカ騒ぎも必要だろうと俺は考えていた。
まあ、普段から他人のストレスを無意識に溜めているような連中だ。
自分達がガス抜きの材料に使われたところで、文句など言えないだろう。
「お、準備進んでるな」
「首都に三台、他の街に一台ずつ、全部で計十二台。設置を進めてもらってる。
でも、太老……これって……」
「当然、こいつで決闘の様子を全国放送するんだ」
ユキネも準備を手伝ってくれているので、非常に助かっている。
現在、商会で手が空いているものは皆、イベントの準備に借り出されている状態だ。
今やってもらっているのは、街の中央に大型スクリーンを設置する工事だ。今回の決闘は会場での観戦だけでなく、各街に設置した大型スクリーンでの全国放送も企画していた。
亜法機械ってのは実に便利だ。設備さえちゃんと用意してやれば、地球で言うところのラジオやテレビも可能だろう。
大型スクリーンに関しては工房の手を借り、費用は趣味を兼ねているので、俺の実費で賄っている。普段、余り金を使うようなことはないので、そのくらいの出費であれば全然痛くない。
むしろ、『より住みよい世界に』の目的実現のために、これは是非に打って置きたかった手なので、今回の件は良い機会だった。
そのうち、冗談ではなく、テレビなどもやってみたいものだ。
「太老、信じてはいるけど……その、本当に大丈夫?」
「ん? 決闘のこと?」
確かに、ユキネが心配するのも無理はない。相手は百人、こっちは一人だ。とは言っても、何の策もなしに決闘に挑む訳じゃない。
何のために態々、特設会場を用意したのか? それは、イベントとして金を取るためだけじゃない。ある秘策のためだ。
元々、百対一とか考えるような卑怯者が相手だ。そちらに関しては、俺も遠慮をするつもりはない。
別に決闘の方法とか書かれてた訳じゃないしな。どうせ、向こうも卑怯な手で来るんだろう。
なら、こっちも正々堂々とやり合う必要などないのだし、俺流のやり方で相手をさせてもらうさ。
「うん、問題ない。ユキネさんもお祭り気分で楽しんでよ」
「……太老がそう言うなら信じてる。でも、無茶はしないで」
「それ、マリアちゃんにも言われた」
どうも俺は頼りないと思われてるのか? 皆が心配してくれる。
まあ、頼りないところばかり最近は見られてるし、それも無理はないと思うが……。
(フッ――しかし、これは決闘ではない。粛清なのだよ)
俺は勝てない勝負はしない。嫌いな奴には容赦しない。バカな貴族なんて問題外だ。
侍従の件でも、実は相当に頭にきてたんだ。奴等には相応の報いを受けてもらう。
俺の平穏な生活を乱す奴、俺の大切なもの≠ノ手を出す奴、俺の理想≠阻む奴――
「フハハハッ! ハハハハ――ッ!」
「た、太老!?」
正木太老を敵に回したこと、必ず後悔させてやる。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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