【Side:太老】
俺は今、商会の花壇に水をやっている。実はこの辺りの花壇は、頻繁に俺が面倒を見ている。
仕事の息抜きに丁度いいので始めたことなんだが、最近は暇で花壇の手入ればかりをしていた。
その暇の原因を作ってるのは言うまでもなく、あの優秀すぎるうちの侍従達≠セ。
「タロウさん、捜しましたよ。何をされてるのですか?」
「うん? 普通に花に水をやってるんだけど?」
こう見えて、ガーデニングは結構好きだったりする。
樹雷に居た時も、丁度、たくさんの小さな樹が生えている手頃な場所を見つけ、そこに生えてる苗木の手入れなどは俺がやっていた。
忙しく仕事をする瑞穂や、鬼姫に代わって、水鏡の世話を定期的にやっていたのも俺だ。
樹雷の皇家の樹は、世話をしてやると返事をして答えてくれるので、結構可愛かったりするんだよ。
さすがに、ここの植物達とは意思を通わすことは出来ないが、こうして草木の匂いを嗅いで、土を弄っていると自然と癒される。
「何もタロウさんがなさらなくても、そういう事は使用人達にやらせれば……」
「皆、忙しく働いてくれてるのに、邪魔をしちゃ悪いよ。俺も息抜きにやってることだからさ」
仕事もなく、暇な俺がやるならともかく、忙しく働いている侍従達や、職員をこんな事で扱き使うのは忍びない。
それに、これはこれで楽しんでやっているので、別に苦でもなんでもない。
と言うか、これまで取り上げられたら、本当に俺は何をすればいいのか? 正直、分からなくなる。
今でだって、随分と手持ち無沙汰で困っていると言うのに。
「分かりました……タロウさんが、そう仰るのでしたら」
マリアも分かってくれたようで一安心だ。しかし、ここ最近、俺のやっていることは末端の使用人のような雑務ばかりだ。
花壇の手入れにせよ、庭の草むしりやゴミ出しなんかも、ここ数日、俺がずっとやっている。
そのくらい、手持ち無沙汰になっていると言う事なのだが、ここの管理人のように成って来ている気がしなくもない。
商会の代表だし、管理人でも間違ってはいないのか?
(でも、やっぱり、このままじゃ駄目だよな)
何か、マリアにせよ、侍従達にせよ、彼女達に頼りっ放しで情けないことこの上ない。
俺が始めたはずのコンビニ事業の方も、準備は殆どマリアとフローラが進めてくれているし、何か俺も仕事を見つけないと。
「タロウさん、準備は出来てますか? お昼にはここを出発しますよ?」
「……あ!」
すっかり、そのことが頭から抜け落ちていた。今日、マリアや侍従達と一緒に領地の視察に行くんだった。
船の手配は済ませてくれているらしい、それで俺を呼びに来てくれたのだとか。
(まったく……言ってる傍からこれじゃ、駄目だな)
気を引き締め直し、シャキッとしないとダメだと反省した。
【Side out】
異世界の伝道師 第40話『侯爵の船出』
作者 193
【Side:マリア】
船の準備が出来たことを知らせようと、部屋にタロウさんを尋ねて行ったが、そこには侍従達以外、誰もいなかった。
侍従達の話によれば、風に当たりに外に出たと言う話だったので、わたくは彼の姿を捜しながら、中庭の方へと向かっている。
「あ、見つけましたわ」
丁度、中庭に着いたところで、タロウさんの姿を発見した。
如雨露を片手に、花壇の前に立って、土塗れで何かをされているようだ。
「タロウさん、捜しましたよ。何をされてるのですか?」
「うん? 普通に花に水をやってるんだけど?」
花に水をやっていると言われ、私は周囲に目をやる。
結構な広さがある中庭の花壇のどれもに、すでに水を与えてある形跡があった。その上、細かに手入れもされているようだ。
御自身も仕事で疲れていると言うのに、使用人がやるような仕事まで、誰に言われることもなく率先してやるなんて……。
商会の仕事が忙しく、皆、手が回らなくなっているのは承知している。だから、彼がそうした現状に見兼ねて、動いてしまったのだろう。
このことは、後で使用人達にも注意しておく必要がありそうだ。
「分かりました……タロウさんが、そう仰るのでしたら」
ここで、タロウさんに文句を言うのは御門違いだ。彼は厚意で、皆の嫌がる仕事を率先してやってくれているのだから。
しかし、いつも彼のこう言う細やかな気配りには頭が下がる。
民達に好かれている大きな要因の一つは、間違いなく、こうした彼の普段の行動と性格によるものだ。
その度に、自分の仕事で精一杯になり、周囲に目が行き届いていない自分の不甲斐なさを思い起こし、情けない気持ちで一杯になる。
何とか追いつこうと、もがけばもがくほど、彼の器の大きさと、強さを思い知らされているようだった。
「タロウさん、準備は出来てますか? お昼にはここを出発しますよ?」
「……あ!」
彼も、こうして、うっかりすることがある。
その理由の大半は、今日のように誰かのために頑張った結果なのだが、もう少し自分のために何かをして欲しいと、その度に私は考えてしまう。
それを彼に言ったところで、素直に聞いてはくれはしないのだろうが、願わずにはいられなかった。
【Side out】
【Side:マリエル】
私達も一緒に領地に連れて行ってくださると言う事で、船に乗船すべく、太老様、マリア様、そしてユキネ様と一緒に港まで足を運んでいた。
侍従達も皆、こうした大きな港に訪れるのは初めてのことで、たくさんの船を前にキョロキョロと周囲を見渡し、目を輝かせている。
「凄い! 凄いね!」
「はい。見たことがない、大きな船が一杯です」
亜法結界炉を搭載し、エナを動力に動く飛行船。荷を運ぶ貨物船や、人を運ぶ定期船など、幾つも種類はあるが、定期船一つをとっても、私達には早々と支払える額の船代ではない。
今まで船に乗船したことがある子は、実際、この中にはいないと思う。
確かに船で行けば早いが、平民が支払える金額からすると乗船料が高過ぎる。私達の交通手段と言えば、街と街を繋ぐ運行バスを乗り継ぐか、徒歩で何日も掛けて目的地に移動するのが常だ。
里帰りともなれば、往復で十日余りの日数を費やすことになるので、滅多に帰ることは出来ない。
船が利用できれば、それも可能ではあるのだが、そんな贅沢が出来るはずもない。
だからこそ、彼女達からすれば、そのどれもが珍しい物で一杯なのに違いない。しかし――
「貴方達、そんな風にはしゃぐと、みっともないでしょ?」
やはり、マリア様に怒られた。皆、反省した様子で肩を落とし、俯いてしまっている。
私達は太老様の侍従としてここにいる。私達がバカをやれば、そのことで恥を掻かれるのは太老様だ。
気持ちは分かるが、そのことを自覚し、自重しなくてはならない。
「うおー! 本当に大きな船ばっかだな。うあ……あの金色の船、成金丸出しじゃないか」
「タロウさんまで……」
『…………』
マリア様が太老様の奇行を見て、呆れた様子で嘆息を漏らされた。
侍従達も驚いている様子だが、私には太老様の行動の理由を、直ぐに察することが出来た。
商会の代表をやっておられる太老様が、今更、このくらいの船を見たところで、驚かれるはずもない。
ならば、何故? 周囲の失笑を買ってまで、そんな真似をされたのか? 答えは簡単だ。
すべては侍従達のため、彼女達が怒られないよう、笑われないようにと、自らが矢面に立ち、庇われたに違いない。
後は、侍従達の緊張を解こうとされたのかも知れない。
こうした場所に連れて来てもらったのは、皆、初めてのことだ。
故に、興奮して抑えが利かなくなっていたのも、今日のことを思って昨晩から眠れず、緊張していたためだ。
そのことを察しておられたのだろう。だから、太老様はあのような行動を取られた。
「――!」
太老様がこちらを見て、僅かに微笑まれた。『心配するな』、そう言われているような気がした。
やはり、私の推測は間違っていなかったようだ。いつでも、太老様は皆のことをよく考えてくださっている。
それは私がよく知る、あの、どこまでも御優しい太老様、そのものだった。
例え、主人と使用人と言う立場になっても、この御方の本質は何も変わりはしない。
貴族から助けてくださったことも、私達のために自ら悪役を買って出てくださったことも、黙って私達を受け入れ、そっと給金を上乗せし、憂いなく仕事が出来るようにと気遣ってくださったことも、すべてはこの御方の御優しさ故のことだ。
皆も、先程のように騒ぐようなことはなくなっていた。私のように太老様のお気遣いに気付いたのだろう。
今回、領地の視察に同行させてくださったのも、早く仕事に慣れるようにと、配慮してくださったからに違いない。
私達は、その太老様の気遣いにお応えしなくてはならない。
いつまでも太老様に甘えて、頼り切っていては駄目なのだから――
【Side out】
【Side:太老】
首都の港に足を運んだのは、実は初めてのことだったりする。
と言うのも、皇族用の船の離発着所は、城に程近い、軍の施設に隣接しているため、通常の港を使用することはない。
俺が船に乗ったことがあるのは、避暑地への行き帰りと、国境に行く時に乗った定期便だけだ。
だから、これだけ、たくさんの色々な種類の船を目にするのは、初めてのことだった。
(おお! すげえ!)
赤、緑、黄色、色取り取りの大小様々な船が、港には停泊していた。
貿易用の貨物船から、一般人が利用数する定期船、そして商人や貴族達が保有する個人船。多くの船が行き来するその様は、圧巻と言って良いほど、迫力ある素晴らしい光景だった。
「うおー! 本当に大きな船ばっかだな。うあ……あの金色の船、成金丸出しじゃないか」
「タロウさんまで……」
『…………』
思わず、興奮しすぎてしまって、声が漏れ出てしまった。しかし、あの金色はどうかと思う。
俺の聖機人も確かにそうだが、俺は好きで黄金の聖機人≠ネんかに乗ってる訳じゃない。
しかし、やはり不味かったか。ここには俺達だけでなく、他にも多くの人達がいる。今ので結構な注目を集めてしまったようだ。
田舎物とでも思われたかな? 一緒にいるマリア達にはいい迷惑だろう。
(ど、どうしよう……)
侍従達の方を振り向くと、マリエルと目が合ったので、取り敢えず誤魔化すべく、笑い掛けておいた。
我ながら格好悪い。出来るだけ自重しようとは思うのだが、この口が、この口が悪いんだ。
そろそろ本気で自重しないと、彼女達に見捨てられそうだと、俺は思い始めていた。
【Side out】
【Side:マリア】
まったくタロウさんは、突然何を始めるかと思えば、衆目の前であんな事……。
しかし、それも侍従達のためだと言う事は、直ぐに分かった。私が叱り付けたことで、行き交う人達の目も、自然と彼女達に向いてしまっていたからだ。
そのことで、彼女達が嘲笑されないようにと配慮したのだろう。
寧ろ、あれは私のミスだ。もう少し、注意をするにしても、やり方があった。
幾ら、彼女達に敵愾心を持っていたとは言え、あのようなこと……恥知らずもいい行動だ。
(最近、ずっとこんな調子ですわね……)
あの侍従達が来てからというもの、タロウさんに顔向け出来ないようなことばかりをしている気がする。
自分が、こんなにも嫉妬深い女だとは思いもしなかった。
彼にそのような気がないと言うのは分かっていても、どうしても焦らずにはいられない。
「マリア様、気を落とさないでください」
「ユキネ……」
「大丈夫。太老はそのことで、マリア様を卑下したりはしないと思います」
ユキネの言うとおりだ。彼はそのようなことはしないだろう。
だからと言って、私が自分のことを許せるかと言えば、話は別だ。したことが無かったことに出来る訳でもない。
やはり一度、タロウさんと正面から向き合って見るべきなのかも知れない。
同盟のこともある。時期を見て、彼にそのことを話そうとは思っていたが、先に自分の気持ちを正直に伝えて、心に整理を付けて置くべきなのかも知れない。
ユキネやラシャラさんに同盟の話を持ち掛けておいて、抜け駆けするようで申し訳ないが、今のままでは一歩も前に進める気がしない。
「マリアちゃん、ユキネさん、何してるの? 行くよ」
「あ、はい! ユキネも!」
「はい」
タロウさんが手を振っている。彼のすぐ傍に立つマリエルを見ると胸が痛んだ。
ユキネと手を繋いで、タロウさんのところに走って向かう。一人では彼の顔を、まともに直視出来そうになかったからだ。
(覚悟を……決めましたわ)
この旅行中が勝負だ。小細工など抜きに、タロウさんに、正面からこの想いを伝えよう。
そう、私は胸に固く誓った。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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