【Side:太老】

 正直に告白しよう。俺は戸惑っていた。
 マリアからは、商会の船で現地に行くとだけ聞かされていた。だから、てっきり貿易に使っている商船だとばかり思っていた。
 ところが、その予想は大きく外れていた。良い意味でなのか? 悪い意味でなのか? 正直、判断がつかない。
 ただ言えることは、これは夢だと、冗談だと言って欲しい。俺が言えるのは、それだけだ。

「本当に凄い船ですね……でも、さすがは太老様の船≠ナす」

 マリエルが感激した様子で、そう言ってくれるが、今の俺には、マリエルの優しい声は同情の言葉≠ノしか聞こえない。
 だって――あのバカにしていた金色の船が俺の≠セったなんて!
 文字通り、商会の船ではなく、俺の船≠セった。正確には、俺の公務用≠フ個人船だった。
 これから領地に行くことや、国外の諸侯に呼ばれ、式典に参加することも増えるだろうと、マリアが気を利かせて密かに俺専用の船を(こしら)えてくれていたらしい。
 ご丁寧に、俺の聖機人のカラーである金色、キラキラと目映く輝く黄金の船を。
 もう、冗談だと思いたい現実だ。気を利かせるのなら、もっと別のことに気を利かせて欲しかった。
 俺はどこに行っても、この色から逃れられないようだ。

「あの……タロウさん、お気に召しませんでしたか?」

 俺の様子が気になったのか? 気落ちした様子で肩を落とし、不安と心配が入り混じった悲しげな眼を向けてくるマリア。
 気に入ったか、気に入らないかと問われれば、答えは出ているのだが、まさかそんな事正直に言えるはずもない。
 マリアは俺のためを思って、誠意でこの船を用意してくれたのに、その気持ちを無碍にして、裏切るような真似は出来ない。

 やはり、逃れることは出来ないのだろう。
 この色と、俺は一生付き合っていく覚悟を決めなくてはいけないのかも知れない。

「す、凄く気に入ったよ。ありがとう、マリアちゃん」
「本当ですか! よかったです! 港ではあれほど元気でしたのに、船に乗ってから気分が優れないご様子でしたから、心配致しましたわ」
「ははは……」

 もう、どうにでもしてくれ。この件に関しては完全に諦めた。
 これから、『黄金侯爵』などと呼ばれることになるのだろうか? もう、逃れられないなら、いっそ自分で名乗るか?
 いや、それは余りに自虐的過ぎる。しかし、これで色に関しては、完全に吹っ切れた気がする。
 聖機師と言う事がバレたのだし、あの聖機人ともこれからは付き合っていかなくてはいけない。
 そう言う意味では、マリアに感謝するべきなのかも知れない。

「でしたら、タロウさん……どうして? まさか!」

 俺に急接近して、突然、額を合わせて来るマリア。
 これは、以前にも体験したことがある。熱がないかどうか計ってくれているようだ。
 おそらくは、先程からの様子を、体調が優れないとか、勘違いしてくれたのだろう。
 とは言っても、本当のことは言えないし、非常に困った。正直、前の騒ぎのようなことは勘弁して欲しい。

「熱は……ないようですわね」

 俺も成長しているようだ。しかし、男としては少し悲しかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第41話『黄金の船』
作者 193






【Side:マリア】

 タロウさんの様子がおかしい。船に乗ってからと言うもの、ずっとこの調子だ。
 この船は、ハヴォニワでも一番の技師に依頼して設計をしてもらった、タロウさんのための船だ。
 色はもちろん、彼のイメージカラーにもなっている黄金≠ナ統一してもらった。
 さすがに、すべて純金製とまではいかなかったが、外壁に使われている装甲は、タロウさんの聖機人のデータを元に、工房の技師達が開発した新素材が使われている。
 従来の物に比べ、耐久性に優れているばかりか、亜法などによる攻撃を僅かながら弾く効果も含まれているらしい。
 彼の聖機人に比べれば、微々たる性能に過ぎないが、現行の船としては何処に出しても恥ずかしくない、最高の船が出来上がったと、この船の製作に携わった技師達は声を揃えて言っていた。
 だから、彼にも気に入ってもらえるとばかり思っていただけに、この反応は予想外だった。

「あの……タロウさん、お気に召しませんでしたか?」

 もし、そうなら、私の責任だ。
 前もって、彼に相談してから船の製作に掛からせるべきだった。
 彼を驚かせようとしたばかりに、気に入らないものを贈ってしまったのでは、何の意味もない。

「す、凄く気に入ったよ。ありがとう、マリアちゃん」

 しかし、彼の答えは、私の予想していたものとは全然違っていた。
 そうなって来ると、船に不満がないのに、何故? そんなに暗い顔をしているのかと、疑問が次々に浮かんでくる。
 船に不満がなく、顔色が悪い理由。嫌な予感が頭を過ぎり、私は直ぐに、彼の額に自分の額を押し付けた。

「熱は……ないようですわね」

 熱はないようなので、一先ず、胸を撫で下ろす。以前のように、タロウさんが倒れてはいけないと心配したからだ。
 ここ最近の彼は、働き過ぎと言っても過言ではないほど、その仕事振りには目を見張るものがあった。
 幾ら、私達が仕事を肩代わりしても、彼は次から次へと新しい仕事を探してきてしまう。彼は止まることを知らなかった。

 それは(ひとえ)に、私たちが頼りないからだ。

 自分達では頑張っているつもりでも、タロウさんに追いつこうとすれば、やはり難しい。
 そう簡単に、彼に代わることは出来ない。それは、私達も理解していた。
 彼に楽をしてもらうためには、私達がもっと頑張らないといけない。それは分かっているのだが、それも、そろそろ限界だと、私達は気付き始めていた。
 そもそも、彼と私達では、根本的に能力に差があり過ぎる。
 常人はもちろん、お母様のように才能に恵まれた人であっても、彼には遠く及ばない。悲しいが、それが私達の限界だ。
 そんな彼に追いつこうとすること自体、到底、到達など不可能な、無謀な挑戦だと言える。

 人々に尊敬され、称えられる、『天の御遣い』と言う名は、伊達や酔狂ではない。
 それは文字通り、数百年に一度、いや数千年に一度と言えるほど圧倒的な、天に祝福された天賦の才。
 ただの才能と言う言葉で済ませられるものと、これは大きく違う。持つ者と持たざる者、その差は歴然だった。
 だとすれば、質の向上はもちろんだが、何よりも、彼の能力を補えるだけの数≠ェ必要だと、私は考え始めていた。
 でなければ、根本的な解決にはならないだろう。

 彼が、自分の片腕となる侍従達を、自分で育て上げようと考えたように、私達も能力に長けた精鋭部隊を作り、彼を補佐するしかない。
 一人で足りないのなら二人、二人で足りないのなら三人、能力が足りないのであれば、数でその分をカバーするしかない。
 それぞれの分野で最高の精鋭を集め、彼の手足になり、理想を成し遂げることが出来る優秀な人材を育成する。
 しかし、それはハヴォニワだけでは難しい。少なくとも幾つかの国の協力と、出来れば大国シトレイユの力も借りたいところだ。
 そこは、ラシャラさんに頑張ってもらう以外に手はないだろう。

「タロウさん、到着するまで、まだ少し時間があります。それまで、ゆっくりとお休みください」

 今は、こんな事しか出来ない。でも、いつかきっと――

【Side out】





【Side:太老】

 マリアに本当のことを言う訳にもいかず、俺は仕方なく船室のベッドで休ませてもらっていた。
 船の中とは言っても、そうは思えないほど中はしっかりとした作りで、とても豪勢だ。
 この船室にしても、俺の部屋よりずっと広く、調度品も高そうなものばかり置いてある。
 ただ、唯一の救いと言えば、内装は絢爛豪華ではあるが、至って普通≠ニ呼べる範疇だったところか。
 これで内装まで金ピカだったら、きっと俺は立ち直れなかったに違いない。

「太老様、お加減は如何ですか?」
「大丈夫だよ。マリエルも、少し休んでおいたら?」
「いえ、私は大丈夫です。せめて、太老様の御傍に居させてください」

 マリエルが付き添いで看病をしてくれているので、具合が悪いはずもない。
 そもそも、精神的にはショックだったが、体は至って健康なんだし。
 他の侍従達は、皆、向こうに着く前に色々と準備や、船内の見回り、点検などを行ってくれているらしい。
 この船自体、これから利用する機会も多くなると言う事で、今のうちに色々と船のことを把握しておきたいのだそうだ。
 仕事熱心なばかりか、勉強熱心なのだから、本当に頭が下がる思いだ。

 俺も手伝いたいのだが、マリアに嘘を吐いてしまった手前、ここを抜け出す訳にもいかない。
 罪悪感はあるが、あの場では、ああするしかなかった訳で、正直、本音と建前の間で揺れ動き、良心との板挟みにあっていた。

「あ――太老様、外を御覧ください」

 マリエルが何かに気付いたようで、部屋の窓から外を覗き込んでいる。
 俺もベッドの脇にある窓から、外の様子を眺めてみた。

「これは……」

 広大に広がる平原。そう思ったのは、すべて俺の領地で開拓が進んでいる農地を空から見下ろした姿だった。
 大分、開発が進んでいると言う話は聞いていたが、報告書として渡された数字を見るのと、実際に現地を見るのとでは大きく違う。
 人の数が増え、急速に開発が進んでいると言う話は、どうやら本当だったようだ。
 幾ら人手があるとは言っても、これだけの農地を切り開くのは、大変だっただろう。現地の人の苦労が窺えるようだった。

「この調子なら、後、半刻ほどで到着しますね」
「分かるの?」
「はい、この辺りは、私の故郷も近いですから」

 マリエルの故郷の話は聞いたことがなかったが、どうやら彼女達の何人かはあの公爵領の出身らしい。
 実際、厳しい領民税が敷かれていたらしく、彼女の家も相当に貧しかったそうだ。
 彼女が城に勤めようと考えたのも、そうした暮らしから少しでも家族に楽をさせてやりたかったかららしく、その話を聞いた俺は、涙が込み上げて来るのをグッと我慢していた。
 まったくもって許せない奴だ。爵位は剥奪され、領地も没収されたとはいえ、あの公爵のやってきたことは決して許されることではない。
 だとすれば、ここの領民達は領主に対し、相当の不信感を抱いているに違いない。
 それは、当然だろう。彼等からすれば、俺も公爵も何も変わりはない。彼等にとって一番重要なのは、これからの生活がどうなるかだ。

「マリエル、作成してもらった領地運営の計画書なんだけど、あれに少し手を加えても構わないかな?」
「え、はい……手をですか? 何か、至らないところでも……」

 言い方が不味かったようだ。彼女達の計画書に不備など何もない。非常によく出来た計画書だと言うのは俺も認めている。
 俺が実施した領民税の廃止案や、公爵が領民の度重なる要請を無視して手を加えて来なかった、治水工事や街道整備の方も進めるよう計画書には記されている。
 それだけでも、随分と領民の生活は楽になるだろう。しかし、それではまだ足りない。

 これまで不当に搾取され続けてきた彼等が、平均的な生活を送れるようになるには、少なくとも後数年、いやもっと掛かる可能性がある。
 マリエルの話から推測するに、彼等には蓄えというものが一切ない。その余裕すらない中で、ギリギリの生活を余儀なくされていたからだ。
 そう言う意味では、その中でマリエルを学校に通わせたと言うその両親は、それだけ大したものだったのだろう。
 俺には想像もつかないほどの苦労をされたに違いない。マリエルが、家族のために何かをしたいと言う気持ちも十分に理解できる。

「向こうに着いたら、一度、マリエルの育った村にも案内してくれるかな?
 その上で決めて、ちゃんと計画書に手を加えたいんだ」
「太老様、自らですか!? で、ですがそれは……」

 そんな状態だったのだ。マリエルが、俺に故郷を見せたくないと思うのも無理はない。
 しかし、これは成り行きとは言え、領主になった俺の責任だ。
 これから、領地を良くして行こうと本気で考えているのであれば、彼等の置かれている現状を、しっかりとこの眼に焼き付けておく必要がある。
 これは俺のエゴ≠ゥも知れない。しかし、マリエル達とは短いながらも生活を共にし、家族≠フように接してきたと思っている。
 その彼女達の故郷が置かれている現状を、ただ指を銜えて見ているだけなんて、俺にはとても出来そうにない。

「分かりました……必ず、ご案内致します」

 俺の真剣な頼みに納得してくれたようだ。
 彼女達に、ようやく恩返しするチャンスが出来たと思えば、それで俺としては満足だった。

【Side out】





【Side:マリエル】

「太老様、お加減は如何ですか?」
「大丈夫だよ。マリエルも、少し休んでおいたら?」
「いえ、私は大丈夫です。せめて、太老様の御傍に居させてください」

 この御方は、いつも頑張り過ぎなほど、真剣に何事にも取り組んでおられる。
 マリア様があのように動揺する姿など、滅多に見られるものではない。それほど、太老様のことを心配なされていると言う事だ。
 そして、その理由は私も痛いほど、よく分かっていた。それが太老様の美点であり、唯一の欠点でもあるのだから。

 太老様は、自分が傷つくことを厭われない御方だ。
 そのことで多くの人が助かるのであれば、平然と地位も名誉も、そして自らの命さえ天秤に懸けられてしまう。
 私達も、そんな太老様に助けられた一人だから分かる。マリア様があれほど過剰に心配されているのは、そのことで太老様が倒れられると、命を落とされるのではないかと危惧されているからだ。
 私達も、それは望むところではない。しかし、今の私達の力では未だ役不足で、太老様の支えと言うには程遠い。
 マリア様が不安を抱くように、私達もまた、自分達の不甲斐なさを実感していた。

「あ――太老様、外を御覧ください」

 領地の姿が見える。船から見下ろし、眼下に目にすることが出来るのは、太老様が推し進めていらした農地開拓の成果だ。
 この事業により、どれだけの人が救われたか分からないと、フローラ様や、マリア様も言葉を漏らしておられた。
 その意味も、この光景を見れば、よく理解できる。

「この調子なら、後、半刻ほどで到着しますね」
「分かるの?」
「はい、この辺りは、私の故郷も近いですから」

 太老様はご存知だろうが、この辺りのこと、私の育った村のことを掻い摘んで話して差し上げる。
 今でこそ、太老様の御力で、この辺りは立派な農業地になりはしたが、その昔はこの辺りには何もなかった。
 私の村は嘗ての公爵領に位置する、村人二百名ほどの小さな村だが、麦などの収穫物には恵まれていることもあって、高い領民税を支払っても、何とか食い繋いでいけるだけの余裕はあった。

 しかし、周辺の村の幾つかは、高い税を支払うことが出来ず、村人総出で夜逃げをしたり、それに腹を立てた公爵に女子供は売り飛ばされ、見せしめのように村は焼き討ちされると言った被害もあったと言う。
 文字通り、あそこでの生活は希望も何もない、地獄のような生活だった。
 今とは、とても比べられるものではない。

 だからこそ、私は喜んでいたのだ。
 太老様が領主になってくだされば、必ずこの領地は豊かになると、皆の暮らしも必ず良くなることを固く信じていた。

「マリエル、作成してもらった領地運営の計画書なんだけど、あれに少し手を加えても構わないかな?」
「え、はい……手をですか? 何か、至らないところでも……」

 背筋に嫌な汗が走る。あの計画書は、太老様に色々とお聞きした上で、皆で相談をして必死になって築き上げた物だった。
 太老様の承認も得て、一安心していたのだが、それに手を加えると言われると、何か不備があったのではないかと不安を駆り立てられる。

「向こうに着いたら、一度、マリエルの育った村にも案内してくれるかな?
 その上で決めて、ちゃんと計画書に手を加えたいんだ」
「太老様、自らですか!? で、ですがそれは……」

 驚いた。領主様自ら、村の視察をしたいなどと、それにお世辞にも綺麗な村だとは言えない。
 雨風を凌ぐことを目的とした、ただ板を繋ぎ合せただけの継ぎ接ぎだらけの家に、街道整備も、治水工事も行き届いていないため、あの辺り一帯は荒れ放題となっている。
 とてもではないが、太老様をお招きするような場所ではない。
 しかし、太老様の眼は真剣そのものだった。

「分かりました……必ず、ご案内致します」

 先程の私の話と、計画書の見直しの件。太老様のことだ。きっと、何か深い考えがあるに違いない。
 この御方のやることだ。決して、私達を裏切るような真似はしないと、私は信じている。

 そう、私達はすでに、太老様に何度も救われた身の上なのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.