【Side:太老】
『お帰りなさいませ! ご主人様!』
「……は?」
屋敷に着いた俺達を出迎えてくれたのは、嘗て公爵家に仕えていた屋敷の使用人達だった。
凄い数だ。ざっと見渡しただけでも百人ほどはいるか?
広大な敷地に、城のように大きな屋敷だ。皇宮と比べても決して見劣りするものではない。
あの公爵の屋敷と言う事だから、もっと悪趣味な物を想像していたのだが、そんな事は全然なく、木の温もりがある落ち着いた感じの洋館だった。
ここに来るまでに目にした庭園も悪くない。
イギリス式の自然美を残した美しい庭園で、荒れている様子もなく、手入れもよく行き届いている様子だ。
これだけの屋敷を維持するには、このくらいの数の使用人は必要不可欠なのかも知れない。
「皆、タロウさんの指示で屋敷に残した使用人ですわ」
「あ……そういや」
マリアに説明をもらって、ようやく自分のやったことを思い出す。
公爵がいなくなって問題となったのは、公爵家に雇われていた使用人達の行く末の問題だった。
さすがに急に職を失うのも可哀想だ。それで路頭に迷われるのも困る。
中には、無理矢理、屋敷に連れて来られた侍従達もいると言う話だったから、その話を聞いた後では、放っておくことなど出来るはずがない。
だから、取り敢えず屋敷の管理をしてもらう名目で、使用人達を個人的に雇い入れ、その場に据え置いたのだ。
(あの金額って、マリエル達に支払ってる給料の総額と、変わらない程度だったんだけど……)
彼等を雇い入れるのに必要な予算を提示されて、別に大層な額でもなかったので、多く見積もっても二十名そこそこの人数を想定していた。
それがまさか、こんなに人数がいるとは思いもしなかった。
メイド隊十人の雇用経費と、こっちの百人ほどいる使用人達の雇用経費が同じくらいなどと、正直信じられない。
(一帯、公爵はどれだけケチってたんだか……)
単純計算で、マリエル達の十分の一の給料。とてもじゃないが、まともな生活が送れていたとは思えない。
「しかし、何で、全員で大層なお出迎え?」
「それだけ、タロウさんに感謝してるのでしょう」
(いや、俺の方こそ、あんな低賃金で働いてもらって、申し訳ない気持ちで一杯なんですが……)
マリアの言いたいことは分からなくないが、公爵のやってきた現状を顧みるに、とてもそれだけとは思えない。
やはりまずは給金の問題だな。どれくらい仕事が出来るのか、テストを実施した上で、ちゃんと見直すことにしよう。
バカ公爵のせいで、また仕事が増えてしまった。この調子だと、マリエルの村の方も相当に酷いことになってそうだ。
爵位剥奪の上、領地と私財一切を没収されて縛り首≠ニ言う話を聞いていたので、少し同情していたのだが、どうやら因果応報だったようだ。
(こんな事を繰り返して、私腹を肥やしていたんだ。完全に自業自得だな)
何れにしても早期に取り組むべき問題は多そうだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第42話『頂神と太老』
作者 193
【Side:水穂】
「ここは、どこなの?」
私は現在、見知らぬ森の中を彷徨っていた。
地球の柾木家に向かったところは覚えている。しかし、人参畑に差し掛かったところで、突然、何者かの襲撃を受け、昏倒されられた。
そして、プッツリと意識が途切れたかと思うと、目が覚めた時には、この森にいたのだ。
「瀬戸様のことだから、絶対に何かあるとは思っていたけど……」
私に何をさせたいと言うのか? ハッキリと視認することは出来なかったが、あの影は見覚えのある相手だった。
私の推測が正しければ、あれは間違いなく――鷲羽@lだ。
瀬戸様と通じて、何かよからぬことを企んでいることは知っていたが、その計画の対象に私も含まれているとは思わなかった。
今の瀬戸様のお気に入り≠ヘ言うまでもなく、太老くんだ。そのことで周囲の皆が、助かっているのは語るまでもない。
そのことから、てっきり犠牲になるのは、太老くんだとばかり思っていた。
「何れにせよ、ここがどこだか分からないことには……」
そう、地球ではないようだが、だとしたら、ここがどこなのかまでは分からない。
鷲羽様が関わっている以上、別の惑星、下手をしたら異世界なんて可能性も否定が出来ない。
あの方なら、そのくらいのことは平然と遣って退けそうだ。
あの二人が、一体、何を企んでいるのか分からないのが、一番不安で仕方なかった。
「はあ……まずは森を抜けることね」
私は思案することを諦め、ガックリと肩を落とし、トボトボと人気のない森の中を歩いていく。
この森は、相当に深そうだった。
【Side out】
【Side:マリエル】
太老様は、屋敷に着くなり書斎に篭もられて、過去数年分の屋敷の帳簿に目を通されていた。
この屋敷の維持に掛かっている費用を、事細かにすべて知りたいと仰られたからだ。
総出で出迎えをした使用人達も、その新領主の第一声に驚いた様子だった。初めての指示で、『帳簿を出せ』と厳命されたのだ。
しかし、主人の命令に逆らえるはずもない。慌てた様子で過去数年分の帳簿を探し集め、書斎で待つ太老様の元に持って来た。
「…………」
今、太老様は物凄い速さで、目の前の帳簿に目を通されている。
見る見る内に、積み重なっていく帳簿の山。この速さで、すべての帳簿に隈なく*レを通されていると言うのだから、やはり太老様は凄い。
扉の前に控えている使用人達も、主の前だと言うのに、驚きを隠せない様子で呆然と固まってしまっている。
「マリエル」
「はい!」
僅か一時間ほどで、すべての帳簿に目を通され、フウッと一息入れられたかと思えば、鋭い声で私の名前を呼ばれる太老様。
太老様が口を開かれると、ピリピリと肌を差す緊張感が部屋全体を覆う。
呆けていた使用人達も、その空気を感じ取り、慌てた様子で背筋をピンと伸ばし直していた。
彼等の内心からすれば、何か粗相があったのではないかと、気が気ではないのだろう。
何がいけなかったのか? 庭の手入れか? 屋敷の様子か? 使用人達の態度か?
何れにしても、帳簿を出せと言われたのだ。太老様が一目見て、問題があると判断されたからこその判断に違いない。
恥ずかしながら、私には何が悪いのか検討がつかなかった。
こうして私ですら、これほどの緊張に見舞われているのだ。当事者である彼等は、生きた心地がしないに違いない。
「屋敷で働く使用人の能力査定≠行って欲しい。その上で、今後の配属部署や給与額も決めようと思うんだ」
「それは、全員≠ナすか?」
「当然、そうでなくては意味≠ェない」
太老様の指示に、背筋に冷たい汗が流れるの感じる。私は、思わず息を呑みこんだ。
能力査定を行うと言う事は、その結果次第では、使用人達の解雇も検討すると言う事。
しかも、全員と言う事は、この屋敷に古くから勤める執事や侍従長も、対象外にはならない。
文字通り、すべての使用人達をふるい落としに掛けると、そう仰っているのだ。
「……分かりました。直ぐにでも取り掛かります」
話を聞いていた使用人達は、全員が呆然とした様子で、蒼白な表情を浮かべている。
まさか、新領主を迎えて早々、そんな立場に、自分達が立たされるとは思ってもいなかったはずだ。
私も、太老様の指示とはいえ、すべてに納得できている訳ではなかった。
しかし、意味のないことされる方ではない。
今回の指示も、何か深い考えがあってのことに相違ない。今は、そのことを信じるばかりだ。
メイド隊の侍従達に連絡を取り、早速、彼等の能力査定の準備に取り掛からせる。
これまでにない、気が重い仕事になりそうだった。
【Side out】
【Side:太老】
こちらに滞在できる時間も限られている。
あのバカ公爵の負債のせいで、色々とやるべきことが多い分、さっさと済ませられることは片付けて置きたかった。
使用人達に持って来させた屋敷の帳簿≠ノ目を通していく。確かに、過去数年分ともなると、それなりの量になる。
しかし、面倒そうなところは全部流し読みでカットして、必要な部分だけを抜き出していくので、それほど時間の掛かるものではない。
必要なのは、この屋敷の維持に掛かっている人件費の詳細だ。
(こいつは……酷いな)
案の定、使用人に支払われている給金の額が圧倒的に少なすぎる。
まだ、執事や侍従長など肩書きがある者はマシだが、それでもマリエル達と比べれば、半分にも満たない安い賃金だ。
末端の使用人の中には、殆ど無償奉公を命じられているような者達もいた。
税金の代わりに、村から無理矢理連れて来られた、村の若者達だ。割合的に若い女性が多いのは公爵の趣味に違いない。
(はあ……こりゃ、警戒されてるはずだ)
マリアは『使用人達が感謝しているから』と言っていたが、俺は違うと思う。
使用人達全員で出迎えたのは、新しい領主がどんな人物か、気になって仕方なかったからだろう。
俺に自覚はなかったとは言っても、屋敷の維持のために何気なく支払った彼等の給金は、公爵と同じ最低なものだった。
それでは、公爵のやっていたことと何一つ変わりはしない。知らなかったでは済まされないミスだ。
彼等が領主に対し、貴族に対し、強い不信感と警戒心を抱くのは無理もない話だ。
「マリエル」
「はい!」
俺は、すべての帳簿に目を通し終わり、マリエルの名前を呼ぶ。
とてもじゃないが、後回しに出来るような内容ではなかった。早急に、正当な報酬を彼等に支払えるよう、手続きを行うべきだ。
色々と金の掛かる話だが、ここで彼等を見捨てられるはずもない。
俺には、公爵のように暴力や権力を振りかざし、言う事を聞かせるような真似は出来ない。
知ってしまった以上、出来るだけ働き甲斐のある環境作りをしてやるのも、上に立つ者の務めだ。
「屋敷で働く使用人の能力査定≠行って欲しい。その上で、今後の配属部署や給与額も決めようと思うんだ」
「それは、全員≠ナすか?」
「当然、そうでなくては意味≠ェない」
マリエル達なら、安心して任せられる。
使用人の仕事は、その道の専門家に聞いて任せるに限る。彼女達なら、的確な査定を行ってくれるはずだ。
着いて早々、面倒な仕事を押し付けてしまうことになるが、こればかりは俺では判断のしようがない。
「……分かりました。直ぐにでも取り掛かります」
彼女達に任せきりと言う訳にもいかない。俺は鞄の中から数冊の資料を取り出す。
以前に、マリエル達にまとめて置いてもらった資料だ。
俺は屋敷の設備などの欄に目を通していく。
給金の問題はもちろんだが、使用人達の生活環境の改善も重要な課題の一つだ。
「これは……」
予想通り、幾つか面白いものを発見した。
【Side out】
【Side:マリア】
「タロウさんも相変わらずですわね……」
「太老らしいと言えば、それまでですけど……」
ユキネと二人、肩を落とし、大きく嘆息を漏らす。
まさか、屋敷に着いて早々に、書斎に引き篭もって仕事を始めるとは思いもしなかった。
いや、ある意味で予想通りの行動と言えるかも知れない。
せめて、今日、明日くらいはゆっくりとすればいいものを、実にタロウさんらしい。
船の中でも体調が優れなかった様子だし、本当はもっと自分を労って欲しいのだが、それを言っても聞いてはくれないだろう。
「ところで、温泉の方はどうなってますか?」
「はい、いつでも使えるように準備は整えてもらっています」
当初の目的も忘れてはいない。温泉で彼にゆっくりしてもらおうと計画していたのだ。
何故か、仕事を始めてしまったタロウさんだが、そこはこの際、諦めるしかない。
しかし、まだ夜がある。仕事で疲れた彼を温泉に誘い出し、そこで心身ともにリラックスしてもらう。
侍従達のことが気に掛かるが、幸いにも彼に何か仕事を言い付けられたらしく、忙しそうに屋敷の中を駆けずり回っている。
こっそりと彼を誘い出すチャンスは、十分に有りそうだった。
「ユキネ、夜が勝負よ!」
「はい。マリア様」
これ以上、彼女達に後れを取る訳にはいかない。今晩、必ず、タロウさんと一緒に温泉に入る。
私達は決意を胸に、闘志を燃やしていた。
【Side out】
【Side:鷲羽】
「えっと……何だって?」
「だから、余所見をしていて落っことしたのだ。何度も言わせるでない。姉様」
私は訪希深の話を聞いて、眉間に皺を寄せる。この子が、どうしてもと言うから水穂≠フ件を任せたのだ。
それを落とした≠ニ、そのことにより予定していた座標から大きくズレた場所に転移させてしまった≠ニ、しれっとした顔で訪希深は言った。
「そうか、そうか……余程、私の実験台にされたいようだね」
「まて、姉様! 我とて、決して態とではなくだな!」
私の妹、訪希深。この世界を創った創生の女神の一人で、三命の頂神の末妹。
次元を管理する役目にある彼女は、普段は何かと多忙なはずなのだが、あの一件以来、よく天地殿の家に顔を出すようになった。
彼女の目的は間違いなく天地殿。そして――
「姉様が我に内緒で、太老で遊ぼうとするからいかんのだ。
いつも、太老を貸してくれとお願いしても、『駄目だ』と言って、姉様ばかり太老で遊んで――」
何度も耳にした同じ話を、クドクドと語り始める訪希深。そう、訪希深は何故か、太老にご執心だった。
その理由は教えてくれないのだが、太老のフラグメイカー≠フ能力は、私達、頂神にも効力があることは実証済みだ。
また、知らず知らずの内に、太老が要らぬフラグを立てたのだろうと、私は諦めていた。
こうして顔を合わす度に、訪希深に太老のことを尋ねられるのは、もう定番と成りつつある。
太老を貸してくれと言う訪希深に対し、私の返す答えは決まっていた。
「駄目に決まってるでしょうが! アンタも分からない子だね?」
太老の能力は、私達、頂神の理解すら追いつかない未知の力だ。
フラグメイカーとは言い得て妙な能力だが、私はその能力ですら、太老に科せられた力の一端に過ぎないと言う仮説≠立てていた。
天地殿に見た、私達の希望=B無限の時の中、ずっと追い求めてきた可能性=B
光鷹翼を生み出せる人智を超えた存在。
高次元に干渉することが出来、この世界で唯一、私達を超える可能性を持つ存在、それが天地殿だった。
しかし、太老は違う。確率変動値を無意識に操作する特異な力を持ってはいるが、肉体的には極普通の人間だ。
だが、私にも訪希深にも、そして津名魅にも、頂神の何れにも解析できない、理解不能の部分が彼の中には存在した。
そう、生命の存在に関わる根源――魂の力だ。
その気になれば、記憶や肉体、魂すらも生み出し、完全に復元することが出来る私達が、太老だけは自由にならなかった。
彼が死ねば、私達に彼を生き返らせることは出来ない。彼の存在に干渉すること自体が、私達には出来ないのだ。
こんな事は初めてのことだ。データ的には、極普通の人間。しかし、高次元からの干渉を彼は一切受け付けない。
故に、私は彼の存在を保留として、観察対象とすることで、その行く末を見守ることにした。
彼の存在は危険すぎる。
彼の力で作り変えられた世界は、私達の力を持ってしても二度とは元に戻らない。
すでに、この世界も影響を受けつつある。そして、私達も――
訪希深に太老を委ねれば、この世界ばかりか、あらゆる次元世界に太老の影響が出る危険性もある。
私は、そのことを危惧していたからこそ、訪希深に彼を委ねようとはしなかった。
今回のことを、訪希深に内緒にしていたのも、そのためだ。
「グダグダ言うなら、実験台になっていくかい!?」
「ね、姉様の卑怯者!」
私が巨大な注射器を掲げると、捨て台詞を残し、脱兎の如く逃げだす訪希深。
しかし、あの様子では諦めてくれそうになかった。
「やれやれ……」
訪希深を追い返し、ここ最近、ずっと掛かりきりになっている研究に戻る。
モニタに映し出される計画書の内容。
そこには『正木太老ハイパー育成計画』と、そして小さく『ver.2』の文字が記されていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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