【Side:太老】
俺は今、使用人達と一緒に晩飯のバーベキューの準備をしていた。
鉄串に一口サイズに切り分けられた肉や野菜を通していく。
「あの……太老様、何をされているのですか?」
「ん? バーベキューの準備を」
俺が軽快なテンポで黙々と作業をしていると、後から俺の名を呼ぶ女性の声がした。声を掛けてきたのはマリエルだ。
どうやら風呂を上がったようで、石鹸の良い香を体にまとわせながら、マリアとユキネの二人をを引き連れて、庭に設けたバーベキュー会場にやって来た。
何故か、三人とも訝しげな表情で、俺の行動を観察している。
三人が注目しているのは、俺の手元にある肉と野菜の刺さった鉄串だ。
そんなに腹が減っているのだろうか?
「それより、温泉どうだった?」
「はい、とてもいいお湯で……太老様、ちゃんと私の話を聞いてくださってますか?」
どうやら、違ったらしい。何だか、マリエルが怖い。
単に鉄串に肉と野菜を通すことが、そんなにしてはいけないことだったのだろうか?
何か手順を間違ってるとか? いや、こんなの間違いようがないし、さっぱり理由が分からない。
俺が首を傾げていると、マリアが助け舟を出してくれた。
「タロウさん、どうして、使用人に混ざって夕食の用意をしているのか?
それを、マリエルは気にしているのですわ」
なるほど、マリアの説明で合点がいく。
おそらくは、この夕食の準備も、昼間に頼んだ能力査定のテストに含まれていたのかも知れない。
それは悪いことをした。だけど、悪気はなかったんだ。
マリエル達の仕事を少しでも労ってやろうと、このバーベキュー大会≠企画した。
屋敷の使用人達も、俺の言い出したことが切っ掛けで、丸一日テストなどを受けさせられて、色々と疲れているだろうと思ってのことだ。
それに、公爵のやってきた横柄な行いの所為で、貴族に対して、不信感や警戒心を抱かれているのは分かっている。
こうして皆で一緒に食事をすることで、少しでも打ち解ける切っ掛けになればと考えていた。
温泉の件といい、多少、強引に色々と進めてしまったため、マリエルは一言も相談されなかったことを怒っているのだろう。
確かに、これは俺の不注意だった。
「ごめん、マリエル。一言も相談しなかったことは謝るよ。
でも、仲良く出来る切っ掛けにでもなればと思って」
『――!』
三人は俺の話を聞いて、何かに驚いた様子で息を飲み込んだ。
特にマリアは、潤んだ瞳で俺のことをジッと見詰めている。マリエルに謝ったんだが、何でマリアが過剰に反応するんだ?
「――タロウさん! ごめんなさい!」
何だか、よく分からないまま、マリアに泣いて抱きつかれる。どう言う訳か、ユキネも俺に頭を下げていた。
さっぱり理由が分からず、マリエルに助けを求めるが、首を横に振って笑顔を俺に向けて来るだけで、助けてくれる様子はない。
(な、何がどうなってるんだ?)
女心は分からない。
結局、マリアを泣かせてしまった原因が分からず、俺はずっと頭を悩ますことになった。
【Side out】
異世界の伝道師 第44話『涙の理由』
作者 193
【Side:マリア】
また、タロウさんが何か突拍子もないことを始めた様子で、マリエルも何も聞かされていなかったようで首を傾げていた。
白いテーブルクロスが掛けられた机が、庭に所狭しと並べられている。
鉄の大きな入れ物に木炭が敷き詰められ、その上に金網が設置されていた。
一口サイズに切り分けられた肉や野菜が、使用人達の手により次々に鉄串に通されていく。
その様子から察するに、バーベキューでも催すつもりなのだろう。
「あの……太老様、何をされているのですか?」
「ん? バーベキューの準備を」
マリエルがタロウさんの姿を発見したようで、私とユキネもその後に続く。
何をしているかと思えば、タロウさんは使用人に混ざってバーベキューの準備をしていた。
手馴れた手つきで、鉄串に具材を通していく様は、なかなか様になっている。
「それより、温泉どうだった?」
「はい、とてもいいお湯で……太老様、ちゃんと私の話を聞いてくださってますか?」
もう、私とユキネは諦めたが、マリエルは少し拗ねた様子でタロウさんの奇行を咎めていた。
彼に仕える侍従として、主人に使用人の真似事をさせたくはないのだろう。
言って聞くような人でもないのだが、案の定、マリエルが注意してる最中だと言うのに、作業の手は止まっていない。
「タロウさん、どうして、使用人に混ざって夕食の用意をしているのか?
それを、マリエルは気にしているのですわ」
先程の件の借りもある。私はマリエルに助け舟を出す。
遠回しに言っても、タロウさんは言う事を聞いてくれない。そのことが嫌と言うほど、よく分かっている。
この辺りは、タロウさんとの付き合いの長い、私達の方が彼女達よりも詳しい。
同じような経験を、私達もすでに幾度となく経験させられているからだ。
「ごめん、マリエル。一言も相談しなかったことは謝るよ。
でも、仲良く出来る切っ掛けにでもなればと思って」
『――!』
私は驚きから、口元を両手で覆い、息を呑んだ。
このバーベキューに、そんな意味があるとは思いもしていなかったからだ。
ユキネも驚いた様子で目を見開き、呆然と固まってしまっている。
先程の温泉の件といい、やはりタロウさんはすべてを察していたらしい。
その上で、私達と侍従達の仲を取り持とうとしてくれたのだ。
「――タロウさん! ごめんなさい!」
私は居ても断っても居られなくなり、泣き叫びながら、タロウさんに抱きついていた。
何度も、何度も、謝罪の言葉を述べながら、彼に必死に謝る。
ユキネも、私の後に続くように、深く、彼に頭を下げていた。
そうだ。同盟を作ろうとした切っ掛けは、言うまでもなく彼のこの優しさ≠知っていたからだ。
何よりも、彼は争いを好まない。そんな彼が、私達の諍いを見て、どう思うか?
分かっていたはずのことなのに、マリエル達への嫉妬から、大切なことを見失っていたようだ。
やはり、言うしかない。
このままでは、私はタロウさんに顔向け出来ないまま、ずっと前に進めない。
嘘偽りのない、私の本当の気持ちをタロウさんに知ってもらう。同盟の話はそれからだ。
その上で、結果に関係なく、マリエル達に自分の気持ちを伝え、今までのことを謝罪しよう。
「タロウさん、大切な、お話があります」
私は、そう固く心に決め、タロウさんとの約束≠交わした。
【Side out】
【Side:太老】
訳が分からないまま、マリアに、『皆が寝静まる時間になったら、部屋に来て欲しい』と言われた。
やはり、何かあるようだ。俺は一体、何をしてしまったのか分からないが、何か理由がなければ、マリアが泣くはずもない。
正直、困った。また、知らず知らずの内に、何かをやってしまっていたようだ。
最近、やることなすこと裏目にばかり出ている気がしてならない。
「もぐもぐ……」
しかし、肉と野菜は美味かった。このバーベキューソースも絶品だ。
この世界にもバーベキューがあることには驚いたが、それもどうせ異世界人が広めたのだろう。
マリエル達には悪いことをしてしまったが、皆も楽しんでくれているようだし、一先ず、この企画自体は成功と見て良さそうだ。
「太老様、ご報告が遅れてしまったのですが、侍従達から連絡がありまして」
「ん?」
マリエルの後に、メイド隊の侍従が三人並んでいた。どうも、気まずそうな様子で、俺の顔色を窺っている。
マリエルが態々連れて来るくらいだから、何か失敗したのかも知れない。
「何か、やらかした?」
「いえ、実は森で遭難していた女性≠保護したらしいのですが――」
どうやら森で遭難していた女性と、ばったり温泉で出くわしたらしく、行く当てもなく泥だらけだった様子を見兼ねて、風呂に入れて服を貸してやったらしい。
そして、その女性を屋敷に連れて来たまではよかったが、マリエルと俺が捕まらず、自分達の判断で客室を用意して留めてしまったのだとか。
結局、そのことで事後承諾になってしまったことを、マリエルと一緒に俺に謝りに来たみたいだった。
「いや、人助けだったんでしょ? 別にいいんじゃ……」
「太老様まで、そんな事では困ります!」
どう言う訳か、俺まで侍従達と一緒になって、マリエルに説教される。軽率なことを言うのではなかった。
マリエルは言う。客を迎えるとなれば、何を置いても主人にまずは話を通すのが筋で、それを怠ってはいけないということ。
その上、その客に自分達の仕事を手伝ってもらっていたらしく、相手から言い出したこととは言え、それが一番不味かった。
どんな理由があれ、一度、客として迎えた以上、それは屋敷の主人である俺の客になる。
その客に仕事をさせるなど、使用人として、一番やってはならないことだと、マリエルは三人を叱りつけた。
厳しいようだが、侍従としての立場に立った場合、マリエルの言っていることは正論だ。
特に、マリエルは真面目だし、余計にそうした部分が気になって仕方ないのだろう。
しかし、三人とも善意でやったことではあるのだし、余り叱りつけてやるのも可哀想だ。
マリエルを怒らせると怖いことは、先程の一件で実証済みなので少し嫌なのだが、俺は三人の侍従のために助け舟を出してやることにした。
「もう、いいんじゃないか? どちらにせよ、見捨てるような真似は出来なかったでしょ?
俺だって、そんな薄情な真似を、マリエル達にして欲しくない」
「太老様……」
ルールは確かに大事だが、ルールばかりに縛られていては、大切な物を見失ってしまう。
そう言う意味では、三人は良くやったと褒めてやりたい。
その場に俺が居たら、間違いなく放って置けなかったはずだ。そして、マリエルも。
「そうですね……私も言い過ぎました。ですが、これから報告はきちんとしてください。
何かあってからでは遅いのですから、太老様にご迷惑をお掛けしたくはないでしょう?」
『はい。申し訳ありませんでした』
三人に謝られて、逆に恐縮してしまう俺は、やはり主人失格なのだろうか?
まあ、落ち着くところに落ち着いたようなので、蒸し返すような真似はやめておこう。
「ところで、その人は?」
「やめてくださいとはお願いしたのですが、『自分の使わせてもらう部屋くらいは、自分で掃除させて欲しい』と仰って」
マリエルが俺の質問に、渋い顔をして答える。
随分と律儀な人のようだ。真面目と言うか、何と言うか、まあ、それだけ感謝してくれているってことかな?
知っていれば、バーベキューにも招待したのだが、随分と報告も遅くなった所為で、もう終わりかけだ。
さすがに、客に残り物を出すような真似は、俺もしたくはない。
「まあ、好きにやらせてあげるといいよ。その方が向こうも気が楽だろうし。ところで食事の方は?」
「それは、ちゃんとお出ししました。料理長に事情を説明して、別に用意して頂きましたので」
さすがはマリエル。俺が心配する必要などなかったようだ。
なら、後のことは彼女達に任せておくか。一度助けたのなら、最後まで面倒を見るのも、また助けた者の役目だ。
「じゃあ、後のことは三人に任せるよ」
「よろしいのですか?」
「助けた人が、ちゃんと最後まで面倒を見る。後のことは任せるから、自分達の好きにやってみな」
『――え!』
三人は驚いた様子で、声を上げた。ま、本当は面倒臭いだけなのだが……。
公爵の所為で、まだ色々と頭の痛い問題が残っている。それにマリアを泣かせてしまったこともある。
ゆっくりと出来そうにもないので、今は出来るだけ、余計な問題を抱えたくない。
解決できる問題は、そちらで解決して欲しいと言うのが本音だった。
それに、森で遭難していたと言う話だから、近くの村の娘か、旅人のどちらかだろう。
宿と食事を与えてやったのであれば、疲れが癒えれば自然と、何処かに行くに違いない。
「太老様の配慮を無碍にしないよう、三人でしっかりと、お客様の御世話をしてください」
『はい!』
マリエルにそう言われ、元気よく返事をする三人の侍従達。マリエルも、すっかりメイド長が板についてきたようだ。
彼女達は何かと優秀だし、遭難者の件は任せておいても問題はないだろう。
それよりも、まずはマリアを泣かせてしまった件の方が、俺にとってはかなり重要な問題だ。
この後のことを思うと、憂鬱でならなかった。
(泣かせてしまったんだもんな……)
一体、どんな話をされるのか? 気になって仕方ない。
何れにせよ、もう一度泣かれるくらいの覚悟は、決めておいた方が良さそうだ。
見知らぬ迷子のことよりも、目の前のお姫様の機嫌をどうとるかと言う方が、今の俺には切実な問題だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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