【Side:太老】
「た、助けてくれ!」
「もうしねえ! だから許してくれ!」
帰って来てからもガタガタと震え、叫び続けている変質者二名。
エアバイクにロープで括りつけて、ほんの少しアクロバット飛行を体験させてやっただけで情けない。
シンシアなどは目を輝かせて喜んでいたと言うのに、グレースも泣き言一つ言わなかった。
違法改造されたエアバイクだったらしく、思ったよりパワーがあって乗り心地も悪くなかった。
連中、金だけは持っているようで、使っているパーツも良い物ばかりだったし、センスも悪くないようだ。変質者という点を除けば。
「あの、お兄様それは……」
「ああ、マリアただいま。この変質者共を拷問……もとい尋問してくるから――
シンシアちゃんとグレースちゃんを、お母さんのところに案内してあげてくれる?」
「それは構いませんが、一体何が?」
それは疑問に思うだろう。
走って出掛けたと思ったら、帰りはエアバイクに乗って、しかも子供達ばかりか変質者二名を捕獲して帰ってきたのだから。
マリアに事情を掻い摘んで説明する。
変質者二名が姉妹を襲っていたこと、それに制裁を加えここまで連れてきたこと、今から背後関係を洗い出し徹底的に掃除するつもりでいることを。
「ぎゃああぁぁ!」
「うああぁぁ!」
マリアに説明を終えると、俺は泣き叫ぶ変質者二人をズルズルと引き摺り自分の船へと向かう。
あそこなら囚人用の檻もあるし、外に悲鳴も届かないだろう。たっぷりと拷問≠ナきる訳だ。
「ククク……俺の大切なものに手を出したんだ。ただで済むと思うなよ」
俺は少女の敵を許さない。俺の大切なものを傷つける奴は尚更だ。
たっぷりと調教してやる。
骨の髄まで、鉄の掟、この世の鉄則、少女の尊さというものを教えてやる必要が、こいつらにはある。
どう体に教え込んでやろうかと、俺は色々と拷問の内容を考えながら船に向かう。
終わる頃には、こいつらも改心していることだろう。
俺の誠心誠意、真心の籠もった愛の鞭を受けて――
【Side out】
異世界の伝道師 第59話『山賊の苦悩』
作者 193
【Side:グレース】
太老だけは絶対に怒らせないでおこうと本気で思った。
私達を襲った山賊達だが、ほんの少しだけ同情したくらいだ。
シンシアは喜んでいたようだが、あのバイクの運転はない。さすがの私も、声を発しないようにと我慢するので精一杯だった。
行き成りの急上昇から一気に急降下、ぐるぐるとキリモミしながら回転したり、地面すれすれに飛び出してそこから一気にまた急上昇。
山賊達は何度か地面に体を擦りつけながら、何度も何度も泣き叫び、やめてくれるように嘆願していた。
とても生きた心地がしなかったに違いない。
「た、助けてくれ!」
「もうしねえ! だから許してくれ!」
到着した今も、泣き叫んでいる山賊達。膝を抱えてガタガタと小刻みに体を震わせている。
心に大きなトラウマを負ったに違いない。
太老が迎えに出て来た一人の少女と何やら会話をしていた。
太老にマリアと呼ばれた少女は、山賊達を見て驚いた様子で、困惑した表情を浮かべている。
どうやら太老は、私達を案内するようにと、マリアと言う少女に頼んでいるようだ。
その親しげな様子から、私は少女のことを太老の妹か何かだと推測した。
「ぎゃああぁぁ!」
「うああぁぁ!」
ズルズルと太老に地面を引き摺られ、連れて行かれる山賊の二人。
これから、まだ彼等を拷問するつもりなのだと思うと、私の背筋にゾクッと悪寒が走る。
身内にはとことん優しい奴のようだが、自分の大切なものを傷つける奴、敵には一切の容赦が無い。
ある意味で、最も敵に回したくない恐ろしい奴だと、私は太老の評価を改める。
(でも味方なら、アイツほど頼もしい奴はいないだろうな……)
それは認めていた。太老なら間違いなくマリエルを大切にしてくれる、守ってくれると。
シンシアがキョロキョロとマリアと太老の間で視線を行き来し、悩んだ末、太老の後に付いて行こうとする。
私から離れて自発的に行動するなど、今までになかったことだ。
「シンシア――」
私は慌ててシンシアを引き止めようとするが、シンシアは一度こちらを振り返っただけで、太老の後に迷わず付いていってしまった。
それだけ太老に懐いていると言う事だろうが、ずっと一緒だった姉妹としては少し複雑な心境だった。
とは言え、太老ならシンシアのことを任せておいても大丈夫だろうと、私は大きく溜め息を吐きながらも自分を納得させる。
「えっと……」
「ああ、シンシアのことなら大丈夫だよ。私はグレース、アンタは確か――」
「マリア・ナナダンですわ。マリアとお呼びください」
私はそのフルネームを聞いて驚いた。ナナダンと言えばこの国の皇族の姓だ。
太老のことを『お兄様』などと呼んでいるから、てっきり妹か何かだと思っていたので、さすがに驚愕した。
(アイツ、本当に何者なんだ?)
この国の王女と親しげ様子といい、あの黄金に輝く巨大な船といい、とても一介の貴族とは思えない。
そして私はハッと一つ思い当たる噂を思い出した。
(そうだ――天の御遣い!)
そう、村を以前に訪れた物資の配達員がそんな事を話していたことを思い出す。
村人達は誰もそんな眉唾物の話に耳を貸そうとはしなかったが、実際にハヴォニワがここ一年で大きく変わっていると言う話は私も耳にしている。
ここの前領主である公爵が皇家に粛清され、爵位を剥奪されたのにも天の御遣いが関わっていたと言う話があった。
この村は外の情報が入って来にくい。その真偽を確認する術は今のところないが、私の推測が正しければ、新しくやって来たという領主も太老なのだろう。
(マ、マリエルの奴、そんなとんでもない相手とそんな仲≠ノなっちまったのか!?)
普通に考えれば貴族と平民が恋愛をするだけでも問題になると言うのに、相手は皇族の覚えもよい、公爵家の土地を与えられるほどの大貴族だ。
しかも噂通りの人物なら、ハヴォニワの英雄、救世主とまで言われている大人物。
平民上がりの使用人が一緒になれるような相手じゃない。普通であれば、口を利くことですら憚られる相手だ。
しかし、太老はそうと知りながらも、私やシンシアを決死の思いで助けてくれた事実がある。
その上、母の医者の手配までしてくれたようだし、正直本気で何を考えているのか、私には分からなかった。
【Side out】
【Side:マリア】
お兄様のことだから、また何か余計なことに首を突っ込んでいるのではないか、と心配していたら予想通り、今度は双子の姉妹、シンシアとグレースと言う可愛らしい少女達と一緒に、ガラの悪い男二人を連れて帰って来た。
お兄様の話から直ぐに察したが、最近ハヴォニワを騒がせている山賊の一味のようだ。
シンシアとグレースの二人を攫おうとしていたところをお兄様に見つかり、捕まるなんて、本当に運のない山賊達だ。
とは言え、シンシアとグレースに何事もなくてよかった。
そんな事になれば、マリエルも悲しむだろうし、間違いなくお兄様が黙ってなどいない。草の根を分けてでも必ず探しだすだろう。
寧ろ、ここで捕まっておいた方が、彼等にとっては運がよかったのかも知れないと、私は愚考した。
「ククク……俺の大切なものに手を出したんだ。ただで済むと思うなよ」
泣き叫ぶ山賊達を引き摺って、悪辣な微笑を浮かべて立ち去るお兄様。
あれは間違いない。本気で怒っている時のお兄様の顔だ。
以前にも何度か目にしたことがあるが、ああなったお兄様は誰であっても止めることなど出来ない。
悪党とはいえ、私には彼等の冥福を祈ることしか出来ない。
殺されることはないと思うが、相当に酷い拷問を受けた上で、洗い浚い全て吐かされるに違いない。
「シンシア――」
お兄様にグレースと紹介された少女が、お兄様の後を追いかけて走って行くもう一人の少女、シンシアを呼び止めようと大声で叫んでいた。
しかし、一度振り向くものの、迷わずお兄様の後についていくシンシア。
どうやら、お兄様は彼女に余程懐かれてしまっているらしい。
シンシアに置いていかれたことで、ガクッと大きく肩を落とすグレース。
相手がお兄様では仕方ないとはいえ、双子の姉妹に置いていかれた彼女の心情を思うと少々不憫だ。
「えっと……」
「ああ、シンシアのことなら大丈夫だよ。私はグレース、アンタは確か――」
「マリア・ナナダンですわ。マリアとお呼びください」
少し励ましてあげようと声を掛けると、こっちの言おうとしていることを察せられてしまった。
子供ながら、状況の機微を実に上手く察している。随分と頭の良い子のようだ。
さすがはマリエルの妹と言ったところかも知れない。
彼女も、こうした勘の鋭さは、バカに出来ないほど冴え渡っていた。よく周囲の状況を見ている証拠だ。
グレースと自己紹介を交わし、握手をする私。シンシアのことはお兄様に任せておいて問題ないだろう。
私はグレースを案内して、マリエルの家へと向かった。
【Side out】
【Side:太老】
実に困った。シンシアがいつの間にか俺の後を付いて来ていた。
そこまで懐かれることをした記憶はないのだが、俺の上着の裾をしっかりと掴んで放してくれない。
さすがにシンシアを連れた状態では、この変質者二人を拷問する訳にもいかない。
そこで俺が頭を悩ませていると、シンシアが思いがけない行動にでた。
「嬢ちゃん、アンタ……」
恐る恐る変質者二人に近付き、変質者にポケットから出した小さなハンカチを差し出すシンシア。
それで汚れた泥を拭けと言っているのだろうか?
自分を襲った変質者を相手を気遣うなんて……俺は怒りに任せて大切な何かを見失っていた気がする。
「シンシアちゃんに感謝するんだな。本当なら拷問するところだが、彼女に免じて勘弁してやる」
「ううぅ……」
差し出されたハンカチを握り締め、号泣する変質者達。シンシアの優しい心に打たれたようだ。
根は悪い奴等じゃなかったのかも知れない。ただ、少し魔が差しただけだったのだろう。
本当なら色々と拷問の内容を考えていたのだが、この様子なら必要なさそうだ。
とは言え、こいつ等の背後関係だけは洗っておいた方がいい。
美少女ファンクラブのようなものが存在する可能性が高い以上、今後このようなことがないよう、監視下に置いておくべきだ。
「素直に全て話してくれるなら悪くするつもりはない。
出来るだけ手を尽くすことを約束する。だから、協力してくれないか?」
先程と一転して、俺は変質者二人に丁寧に協力を求める。
何やら戸惑った様子で顔を見合わせ、相談を始める二人。
仲間を売るようなことはしたくないのか? 迷っている様子だった。
「ずっと気になってたんだが、この船といい、アンタが噂の天の御遣い≠ゥ?」
「天の御遣い? なんだ、そりゃ?」
随分と恥ずかしい二つ名が庶民達の間で噂されているようだ。
天の御遣いって、どっかのエロゲーの主人公じゃあるまいし、これと言うのも、やはり先日の黄金の聖機人が原因らしい。
二人の説明を聞いて、どうやら俺のことのようなので肯定するが、その呼び方だけはやめてくれるように否定しておいた。
「御頭がアンタだけには関わるなって言ってた理由がよく分かったよ……」
「ああ、こんなヤバイ奴だったなんて……」
二人の御頭と言うのには会ったことがないのだが、どうやら向こうは俺のことを知っているような素振りだった。
何だか色々な噂がハヴォニワ全土にバラ撒かれているようだし、どうせ噂を真に受けただけだろう。
もしくは商会の件や、公爵の粛清の件で結構な恨みを買っているみたいなので、そっち関係かも知れないと俺は考えた。
「まあ、話す気ないならそれでもいいけど、大体の潜伏場所には予想が付くし」
これは本当だ。二人の軽装から考えれば、遠出をしていたとは考え難い。
あの周辺でエアバイクを使って手軽に移動出来る範囲と言えば、グッと範囲は絞られるだろう。
二人も俺の言っている言葉の意味が分かったようだ。苦い表情を浮かべている。
「ほ、本当に素直に話せば恩情が貰えるのか?」
「おい、お前! 貴族が約束なんて守る訳――」
「どっち道、見つけられちまうよ。それにこの人は、他の貴族と違うような気がする」
あの公爵のようなバカと一緒にされても困るのだが、自分でも貴族らしくないと言う自覚はある。
そう言う意味では、こいつは意外と人を見る目があるようだ。
頭を地面に擦り付けるように土下座し、俺に嘆願してくる男。
「頼む! 約束してくれるなら、何でも話す! だから――」
意外と仲間想いの奴で驚いた。最初の様子から、もっと底意地の悪い奴だと思っていたからだ。
もう片方の奴は納得できないような苦悶の表情を浮かべていたが、男に次いで頭を下げてきた。
ここで一人だけゴネたところで、得策でないことが分かったからだろう。
【Side out】
【Side:山賊の男】
こんな俺に優しくしてくれる奴が、まだいるとは思わなかった。
それも自分を襲った山賊を気遣ってくれるなんて……こんな優しい子を俺は――
「シンシアちゃんに感謝するんだな。本当なら拷問するところだが、彼女に免じて勘弁してやる」
「ううぅ……」
俺達を一撃で昏倒させた、とんでもない化け物のような男。その男の言葉が胸に響く。
ふと故郷に残してきた娘のことを思い出してしまった。
ツレとは物別れしてしまって、今では完全に疎遠になってしまっているが、娘のことを忘れたことはねえ。
自分でも山賊らしくないとは自覚しているんだが、俺にはこんな生き方しか出来なかった。
理由は色々とあるが、結局は俺が弱かったのだろう。だから、ツレにも逃げられて、娘を手放すことにもなってしまった。
今までの人生に絶望して、酒に溺れ、女に溺れ、気が付けば山賊に成り下がり、人攫いの真似事にまで手を染めるようになっていた。
自分でも腐りきっていると言う自覚はあった。でも、自分ではやめることが出来なかったんだ。
ここでどんな拷問をされても、極刑を受けることになっても、俺達には文句を言える筋合いはない。
それだけのことをやってきたと言う自覚がある。なのにこいつは――
「素直に全て話してくれるなら悪くするつもりはない。
出来るだけ手を尽くすことを約束する。だから、協力してくれないか?」
上から俺達を見下す訳でもなく、丁寧な対応で俺達に協力を求めてきた。
貴族に頭を下げられたことなんて初めてのことだ。もう一人の仲間も目を丸くして驚いてやがる。
そこで一つ、俺の頭を過ぎった。大陸中を騒がせているあの噂の人物の名前が――
「ずっと気になってたんだが、この船といい、アンタが噂の天の御遣い≠ゥ?」
「天の御遣い? なんだ、そりゃ?」
男の態度に違うのか? と思ったが、本人はどうもそう呼ばれていることを自覚していなかったらしい。
あれだけのことをしでかしておいて、それはないだろうと思ったが、逆を言えばそれですらコイツには気に留めるほどのことでもない、当たり前のことだったと言う事だ。
百人余りの貴族を粛清しておいて、それを気にも留めていない男に俺は恐ろしいものを感じた。
「御頭がアンタだけには関わるなって言ってた理由がよく分かったよ……」
「ああ、こんなヤバイ奴だったなんて……」
御頭が公爵の屋敷を襲った後、別れ際に俺達に厳命したことがある。
それが『天の御遣いこと、正木太老には関わるな』と言う事だった。
あの御頭が、そんな事を言うなんて初めてのことだった。
どんな貴族が相手でも決して臆すことなく、退くことを知らなかった御頭がそんな事を言ったのだ。驚かない方が無理がある。
しかし、実際に対峙して見て俺にはよく分かる。こいつだけは絶対に敵に回してはいけない。
一戦交えて勝てる相手ではないと言う事が……。
「まあ、話す気ないならそれでもいいけど、大体の潜伏場所には予想が付くし」
この男のことだ。その言葉に嘘はないのだろう。こいつは必ず有言実行するタイプだと俺は確信していた。
すでに潜伏場所に関しても知っていて、そのような意地の悪い聞き方をしているに違いない。
この態度、この言葉、全て俺達を試しているのだ。下手なことを言えば、間違いなく俺達の首は即刎ねられる。
そして、見つかった仲間達もきっと――
「ほ、本当に素直に話せば恩情が貰えるのか?」
「おい、お前! 貴族が約束なんて守る訳――」
「どっち道、見つけられちまうよ。それにこの人は、他の貴族と違うような気がする」
なら、僅かな可能性に賭けるしかない。噂通りの男なら、必ず約束は守ってくれるはずだ。
恩情さえ受けられれば、罰は免れないだろうが、殺されるようなことはないかも知れない。
生きてさえいれば、これから機会は幾らでもある。俺は、まだ死にたくなかった。
まだ俺の中にも良心と言えるものがあることを、心優しい少女が教えてくれた。
今更こんな事を望める立場にないのかも知れない。でも、許されるのなら、やり直せる可能性が僅かでもあるのなら、何年、何十年懸かっても、俺は足掻いてみたいと考えていた。
「頼む! 約束してくれるなら、何でも話す! だから――」
男は俺の言葉に「必ず約束する」と答えてくれた。
仲間は納得行かない様子だったが、ゴネたところで殺されることが分かっていたのだろう。
直ぐに俺と同じように頭を下げた。
仲間を売るようなことになってしまったことだけが、心苦しくてならない。
しかし、どの道、このままでは全員が極刑を受けることに変わりはない。
本気で天の御遣い≠ェ動き出してしまった以上、ハヴォニワに俺達の居場所はない。
そして、この男からは逃げ切ることも不可能だと、俺には確信めいた予感があった。
遅くないうち、必ずこうなっていたことは間違いない。たまたま、その時が今きただけのこと。
御頭の言っていた危惧が現実のものとなったのだと、俺は心の中で自らの過ちを懺悔していた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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