ドォン――とまるで隕石でも落下したかのような巨大な地鳴りが鳴り響き、慌てて飛び起きてくる山賊達。
「な、何だ!?」
テントから飛び出してきた山賊達は大慌ての様子で、何事かと周囲をキョロキョロと見渡す。
山賊達のアジトは崖に囲まれた岩山に、人目から隠れるようにひっそりと陣が敷かれていた。
両脇に隣接する高い絶壁は、よじ登ることも飛び降りることも出来ない。
ましてや、ここは喫水外。聖機人はおろか亜法すら用いることは不可能。
それは山賊達も同じ条件だが、寧ろ荒事に慣れている彼等にとって、アジトに向いている場所といえば、こうした身の隠しやすい喫水外の岩山の方が最適だった。
街の自警団程度なら軽くあしらうほどに、腕っ節に自信がある彼等が恐れているのは、聖機人と軍用装備で身を固めた正規兵くらいのもの。
そうした聖機人は喫水外では行動不能となり、正規兵の装備の殆どは亜法に頼った銃や大砲などが主体となる。
亜法兵器の質や量では敵わなくても、それを使わない勝負、近接戦闘なら条件は五分。
寧ろ、こうした視界も足場も悪い場所での戦闘は彼等の方が慣れている分、有利と言える。
出来るだけ自分達に有利な場所、安全な場所を求める余り、彼等はこうした場所をアジトに好むことが多かった。
だが、左右が絶壁に囲まれていると言う事は、彼等も逃げ道が限られていると言う事だ。
「テメエ! 何者だ!」
左右の崖を挟み、正面の岩山が開けた広場に一人の男性の姿があった。
月明かりをバックにしているため、はっきりと姿を視認することが出来ない。
だが、長く伸びるその大きな影だけが、その影の人物の異常さを浮き彫りにしていた。
信じられないことに彼の手の平の上には、直径五メートルはあろうかと言う大岩が乗せられていた。
軽々とその大岩を頭上高く持ち上げ、大きく振り被る男を見て、山賊達は先程の地鳴りの正体に直ぐに気が付く。
「に、逃げろ――っ!」
ドオォン――と、今度は更に大きく響く地鳴り。あの大岩が物凄い速度で宙を舞い、地面に激突したのだ。
山賊達が泡を食った様子で体を震わせ、大岩の落下した地点を呆然と見詰めていた。
先程まで自分達がいたテントの一つが、無残にもぺしゃんこに潰されていたのだ。
幸い、誰もいなかったからよかったものの、最初の一撃であれをされていたらと思うと背筋に冷たい汗が流れる。
「テメエ! よくも――」
「知ってるか?」
山賊が罵声を浴びせようと立ち上がると、突如、男が口を開いた。
「満月の夜には人を食らう化け物≠ェ現れるそうだ。
さて、お前達の目の前にいるのは人間≠ゥ? それとも――」
「ななな、何を!」
ザシュッと男が一歩足を前に踏み出すと、ビクッと怯えた様子で山賊達は後ずさる。
月明かりをバックにしているため、男の姿がよく見えない。それが余計に彼等の恐怖を駆り立てていた。
軽々と大岩を投げ飛ばす人間とは思えない怪力。そして、肉食獣にでも睨まれているかのような、肌を差す圧倒的な威圧感。
化け物など、そんなものがいるはずがない、と心の中で言葉を反芻しても、一度湧き上がってきた恐怖が消えることはない。
「精々足掻けよ、雑種」
月明かりが反射し、目映いまでに輝く黄金の鎧。
とても、この世のものとは思えない神秘的な輝きを、その鎧は放っていた。
それが人≠ゥ化け物≠ゥは分からない。
一つ分かることは、これは戦いなどではなく、男の言葉通り一方的な狩り≠ナあると言う事――
その無情なる現実を、山賊達は額に汗を流し、息を呑み、ただ受け入れることしか出来なかった。
異世界の伝道師 第61話『金色の英雄』
作者 193
【Side:太老】
実はちょっとした自暴自棄も入っていたりする。
そしてこの大岩は、変質者共への八つ当たりも大分入っていた。
泡を食って散り散りに逃げ出す変質者共に、手当たり次第に近くの大岩を投げつけていく。
「クッ――ハハハ! 何だその滑稽さは! 俺を笑い殺すつもりか貴様ら!」
その理由は簡単だ。
戦場に赴く俺のためにとマリアが用意してくれた、この黄金の胸当て≠ェ原因だったりする。
『お兄様、頑張ってください!』
と期待に満ちた眼で俺のことを見るマリアに、『いや、それはちょっと』等と言えるはずもない。
結局、俺はこの黄金の胸当てを装備して、変質者狩りに赴くことになった。
侍従達もやたらと乗り気で、街に協力を求めて自警団の手配までしてしまうものだから事態は更に大事に。
黄金の聖機人の噂はこんな僻地の街にまで伝わっていたようで、自警団の連中も『黄金の英雄様の出陣だ!』等と感極まった様子で囃し立ててくれたものだから、脱ぐに脱げなくなってしまった。
「衝撃のぉ! ファーストブリットォ――ッ!」
周辺の手頃な岩も投げきってしまい、仕方なく接近戦に切り替える。
逃げ惑う変質者共に追いつき、俺は群の中心に向かって全力の拳を振り下ろす。
水穂の全力ほどではないが、其処には小さなクレーターが出来上がっていた。
「ひぃ! 助けてくれ!」
人間離れした力を目の前にして完全に戦意を失い、泣き叫びながら地面を這いずって逃げ惑う変質者共。
しかし、意外としぶとい奴等だ。かなり本気で放ったのだが、気絶もせずに運良く逃れた奴等がまだ結構いる。
とは言っても逃げるに逃げられないようだが――
「さっきの大岩が邪魔して、こっちには行けねえ!」
「ど、どうすんだよ!? 後にはあの化け物が――」
何も闇雲に岩を投げつけていた訳じゃない。全ては連中の逃げ道を塞ぐためだ。
左右が崖に囲まれたこの場所は前後にしか逃げ道がない。
そして片方を俺が封じているのだから、後はもう片方の道を封殺すれば奴等が逃げ道を無くすのは必然。
「見事に散らばったかと思ったが、存外にしぶといのだな。
なるほど、生き汚さだけが雑種の取り柄と言う訳か」
気分はまさに英雄王=B黄金はともかくとして、意外と気持ちいいものだったりする。
泣き叫びながら許しを請う変質者共を見ていると、こう背中がゾクゾクすると言うか、何とも言えない快感だ。
俺も何かと鬼姫に感化されているのではないだろうか? と少し自覚してしまう瞬間だった。
だが、この程度で許してもらえると思ったら大間違いだ。
「懺悔は済んだか? 雑種」
悪夢は始まったばかりなのだから――
【Side out】
【Side:マリア】
チュンチュンと小鳥の囀る声が聞こえる。気付けば、もう朝になっていたようだ。
お兄様の指示通りにコンテナの中身を殆ど村人達に支援物資として分け与え、マリエルの家族を船に移し、出港準備を整えたりしていると気付けば朝になっていた。
お兄様のことだから大丈夫とは思うが、山賊討伐の方はどうなったのだろう?
明朝戻ると言っておられたので、そろそろお帰りになると思うのだが。
「マリア様、太老様がお戻りになられたようです」
そう考えていた矢先、私の部屋まで侍従の一人が、お兄様の帰還を報告に現れた。
どうやら無事に山賊達を全員捕縛して帰られたようだ。
お兄様なら大丈夫だと信じてはいたが、やはり心配であることに変わりはない。
私はお兄様の無事なお帰りを知り、ほっと胸を撫で下ろした。
「マリア、ただいま」
「お帰りなさいませ、お兄様」
報告に来た侍従と一緒に、お兄様のお出迎えに出る。
戦場に出た後だとは思えないほどいつも通り、全く緊張も高揚もしていない、普段通りに落ち着いた様子のお兄様が其処にはいた。
(やはり、山賊程度ではお兄様の相手にならないようですわね……)
お兄様の簡単な報告を受け、私はその内容に驚く。
結構な大人数だったらしく、五十名余りの山賊を捕縛されたようだ。
それだけの人数を相手にたった一人で立ち向かい、怪我一つ負うこともなく、いとも簡単に全員を捕縛してしまうなど、さすがはお兄様だと感心した。
アジトも完全に壊滅させたとのことなので、今後の憂いも、これでないだろう。
少し気になったのが、お兄様に同行した侍従達の様子が何やら少しおかしかったことだ。
お兄様の報告を聞く度に、何かを思い出したように、頬を紅潮させたり「きゃっきゃっ」と身悶えていた。
一体、向こうで何があったと言うのか? それは後で、侍従達から詳細な報告を聞くことにしようと、心に固く誓った。
「お兄様、先にお風呂になさいますか?」
「そうだね。結構暴れたから汗臭いし」
そう言うお兄様の体は土埃で随分と汚れていた。
怪我はされていないようだが、その様子を見るに相当に激しい戦闘があったことが窺い知れる。
「では、お風呂を上がったら直ぐにお召上がりになれるよう、お食事の方を手配しておきますね」
「悪いね。んじゃま、風呂に……シンシアちゃん?」
お兄様が帰って来たと知り、部屋を飛び出して来たのだろう。
タタッとお兄様に駆け寄り、その腰元に抱きつくシンシア。
「シンシア、お兄様はこれからお風呂に……」
「……フルフル」
首を横に振って抵抗するシンシアに、私もどうするべきかと頭を悩ませる。
シンシアが相手では、私も強く出れなかったからだ。それは侍従達も同じようで、困惑した表情で様子を窺っている。
お兄様も困った様子でシンシアの相手をしていたが、
「シンシアちゃんもお風呂に行く?」
「……コク」
お兄様に『お風呂に一緒に入るか』と聞かれ、少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうに頷くシンシア。
一瞬、二人が何を言っているのか分からず思考が停止してしまったが、私はブルブルと首を横に振り、直ぐに意識を揺り戻した。
「一緒にお風呂って……」
「じゃあ、マリア。シンシアちゃんとお風呂行って来るね」
「あ、お兄様!」
シンシアと手を繋いで仲睦まじくお風呂に向かわれるお兄様。
私はそれ以上、咽元まで出掛かっていた言葉を続けることが出来ず、二人の背中を何ともいえない心境で見送るしかなかった。
まさか『私も一緒に』などと、恥ずかしくて言えるはずもない。
侍従達も何やら微笑ましいものを見たと言わんばかりの様子で、優しい笑顔を浮かべていた。
「マリア様、シンシアちゃんはまだ小さいですから、お気になさらずとも」
「……確かに見た目は小さいですが、私と一つしか違いませんわ」
「そ、それは……」
そう、シンシアの歳は十歳。私と一つしか違わない。
とは言え、シンシアはその風貌からか、もっとずっと小さな子に見える。
しかも彼女は純真で、とても素直だった。
好きと言う感情を、恥ずかしげもなく体全体を使ってお兄様にアピールするシンシア。
先程のやり取りからも察するに、お兄様もそんなシンシアのことを随分と可愛がっている様子だ。
あんなにも柔らかな表情を浮かべられるお兄様を見るのは、久し振りのことだった。
(これは、思わぬ強敵の出現ですわ……)
マリエルに続いて水穂さん、更にはシンシアにグレースと、次々にお兄様の周りには強力な恋敵ばかりが現れる。
その中でもシンシアは、私と立ち位置が少々被ることに気が付いた。
いや、あれは兄に向けている感情と言うよりは、お兄様に父親を重ね合わせているといった様子だ。
強く優しいお兄様の気質に触れ、自然と庇護者を求めているのかもしれない。
父親がいない上に、母親もあの状態だ。シンシアも心細いのかも知れないと、私は考えた。
とは言え、シンシアがお兄様に急接近していることに変わりはない。
だからと言って、あんな見た目小さな子に張り合うというのも、如何なものかと言う葛藤が、私の中を渦巻いていた。
「マリア様、面白いですね」
「そっとしておいて差しあげましょう……」
「そうね……色々と心の葛藤があるのよ」
侍従達に随分と好き放題言われている気がしなくはないが、今はそれどころではない。
間違いなくシンシアは、目下最大の強敵と言っても過言ではない。
あの穢れのない真っ直ぐな瞳にジッと見詰められると、女性でもクラッと心が揺すぶられてしまうくらいだ。
お兄様の心が傾くのも無理はない。
しかし、私にシンシアのような真似が出来るか、と問われれば――
「無理、無理です……お兄様にそんな……」
シンシアの真似は、私にはとても出来そうにない。
そんな事をしたら、お兄様の顔をまともに見られる自信がなかった。
「私はどうすれば……」
両手両膝をついて一生懸命考えるが、一向に答えが出ることはなかった。
マリエルの村に来る前に感じていた嫌な予感。それが、まさかこんなカタチで的中するとは思っていなかった。
水穂さん以上かもしれない思わぬ伏兵の登場に、私は更に頭を悩ます結果となった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m