【Side:太老】
「おおっ、似合ってるじゃないか」
「……あたしに何をさせる気だい?」
何をさせるも何も、メイドだ。それしかない。そのためにランにメイド服を着せたのだから。
以前に作ったミニスカメイドを着せなかっただけ感謝して欲しいくらいだった。
しかし、元々素材がいいのか、ランは見事にクラシックなメイド服を着こなしていた。
やはり、あんな野暮ったい服装では駄目だな。マリエルに言って可愛い服を幾つか用意してもらっておこう。
「メイドだ。ああ、分かりやすく言い変えると侍従≠セな」
「……下働きをさせようって訳か」
「心配するな。スリやってるよりマシだと思うぞ? ちゃんと給金は出すし」
スリをネタに脅して連れてきたが、それを理由に扱き使うような真似をするつもりはない。
あっちに残してきた侍従の分まで、と過剰な働きを期待する気はないが、見習いでも居ないよりはマシだ。
やっているうちに仕事に慣れて使えるようになってくるだろうし、一人増えればマリエルも多少は楽になるはずだ。
それに、こうして真面目に働くことも更正の足掛かりにはなる。スリなんて阿漕な家業から足を洗うには良い機会だろう。
本人がどう思ってるかは知らないが、こいつにとっても悪い話ではないはずだ。
「太老様、お呼びでしょうか?」
「ああ、マリエル? 彼女に、ランに仕事を教えてやって欲しいんだ」
「はあ……分かりました。理由は聞かないでおきます」
さすがはマリエル。大体の事情を、何も言わずとも察してくれたらしい。
彼女に任せておけば、ランも立派なメイドになれるはずだ。
「まあ、頑張れ」
「くっ!」
悔しそうに歯軋りをするランを見て、悪戯心がくすぐられる。
俺って、やっぱり鬼姫の影響を受けてるんじゃないだろうか? と自覚する一幕だった。
【Side out】
異世界の伝道師 第73話『ランのメイド修行』
作者 193
【Side:ラン】
無理矢理着せられたメイド服を身に纏い、マリエルと言う少女に付いて下働きをやらされることになった。
スカートなんて履くのは随分と久し振りのことなので、ヒラヒラとしてどこか落ち着かない。
「え? たったそんだけしか居ないのか?」
これだけ大きな屋敷にも関わらず、このマリエルと言う侍従を入れても五人しか侍従がいない、と言うのだから正直驚いた。
てっきり、もっと多くの使用人が、あたしのように連れてこられて働かされていると思っていたのに――
「こちらです」
見た目からすると、十を少し回ったくらいの歳か? あたしよりもずっと背が低く、とても華奢な身体つきをしている。
このマリエルと言う少女も、あの男にかどわかされ*ウ理矢理連れてこられた一人なのだろう。
悪党だ、悪党だと思っていたが、こんな年端も行かない少女を平然と顎で扱き使うくらいだ。
給金なんて口では言っているが、殆どタダ働き同然で扱き使うつもりなのは目に見えている。
「うえ……ここを一人で全部?」
「まだ、仕事に不慣れでしょうから、ゆっくりで構いません。ですが出来るだけ丁寧にお願いします」
案内されたのは広々として談話室だった。
大きな暖炉があり、床には赤い絨毯と温かな毛皮のマット敷かれている。
配置されているソファーや机、それに調度品の数々もシックなデザインで落ち着いた物ばかりだ。意外と趣味はいいらしい。
しかも、どれも一級の品々だった。
山賊なんて家業は、物を見る目がなければ一流とは言えない。
盗みに入ってガラクタを掴まされるようでは意味がないからだ。
あたしは仲間内の中でも、特に目と鼻がよく利くことで定評がある。
ここにある物が、どれだけの価値がある調度品かなど、一目見れば分かる。
(生半可な金持ちじゃないね。やっぱりアイツ……相当な大物みたいだ)
丁寧に、とマリエルが釘を刺したのも、これらの調度品を傷つければ厳しい体罰≠ェ待っていると言う事に違いない。
そうならないように注意してくれたのだと、あたしは察した。
この子も、あたしのようにここに無理矢理連れてこられて、辛い目に遭わされたはずだ。
にも拘らず、見ず知らずの他人のことを気遣ってくれるだなんて、随分と根の優しい子のようだ。
普段のあたしからすれば、こんな良い子ちゃんは絶好のカモなのだろうが、今はそんな事を言っていられるような状況じゃない。
こうした地獄の中で生き抜いていくためには、少しでも味方が欲しいのは確かだ。
少なくとも心配してくれているのは確かなようだし、素直に彼女の言う事を聞いておこうと思った。
「あ――」
そう思っていた矢先のことだ。
うっかり手を滑らしてしまい、棚の上にあった花瓶を倒してしまう。
――バリン!
床に落ち、大きな音を立てて粉々に砕け散る花瓶。
「ど、どうしよう……」
やってしまった。絶対にやってはいけないミスを犯してしまったのだ。
殺される。いや、死ぬよりも酷い拷問に遭わされるかも、それだけでなく男達の慰み者にされる可能性だってある。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「いや、あたしは……」
「ないようですね。よかった」
全然良くない。これからどうなるかと思うと、あたしは全然生きた心地がしなかった。
ショックから思うように言葉が紡げず、呆然とするあたしの代わりに割れた花瓶を片付け始めるマリエル。
「これは私が片付けておきますから、ランさんは続きをお願いします」
「そ、そんな! それじゃアンタが!」
「余り気に病まないでください。初めてなら仕方ないことですから」
そう言って、割れた花瓶を片付け終わると、それを持って談話室を出て行くマリエル。
さっきの様子を察するに、あたしの代わりに太老に謝罪しに行ってくれたに違いない。
だとすれば、あたしの代わりに、あの子が罰を受けることになる。
そう、あたしの所為で、あの子が――
「くっ!」
こんなのはあたしらしく≠ネい、と思う。
でも、自分も辛いのに、あたしのことを気遣ってくれた小さな女の子に罪を被せて、自分だけ安穏としている程、腐っているつもりはない。
本当は凄く怖い。直ぐにでも逃げ出したいくらいだ。しかし――
「自分のケツくらい自分で拭かないとね……」
そう言って、あたしは談話室を飛び出す。
こんな事、生まれて始めてのことかも知れない。誰かを心配するなんて――
自分の尻拭いを他人に委ね、ここでマリエルを見捨てるような真似だけはしたくなかった。
【Side out】
【Side:太老】
マリエルにランのことを任せた俺は、自分の書斎で黙々と仕事の続きに取り掛かっていた。
まあ予定にはない色々なことがあったが、市場に足を運ぶのはよい息抜きになった。
串焼きも上手かったし、マリエルにお土産も出来たし、それに成り行きではあるがメイド見習い≠煦齔l増えたしな。
「既存の技術だけでも、十分に亜法テレビって可能そうだな」
中継用の機材などは、軍が使っている通信機器と同じもので十分に代用が利きそうだった。
以前に放送に使った機材も軍の工房から借り受けたものだったし、あれと同じ中継カメラを複数台用意すれば、必要な設備は十分に確保できそうだ。
念のため、余分に工房の方に発注しておくことにする。
これだけ進んだ技術があると言うのに、逆に今までテレビがなかったことが不思議だった。
(やはり、社会構造の問題かな?)
貴族社会であることを考えれば、平民に知恵をつけられたり、余計な情報をもたれることは一概にいいとは言えない。
そのことで社会の仕組みを理解し、不満を持った平民達が反抗を示さないとも限らないからだ。
――貴族が平民を守ってやっているからこそ、平民は安心して生活を送ることが出来る
そう言う前提があるからこそ、国民は汗水流し、働いて稼いだお金を税金≠ニ言うカタチで国に納め、貴族達はそうした国民達の血税を糧に贅沢な暮らしが出来ている、と言う現実がある。
その贅沢も行過ぎた物でなく、社会システムがきちんと機能さえしていれば、貴族社会であろうと国民は文句を言わず安定した暮らし送ることが出来るのだが、このハヴォニワに限って言えば、明らかにそのシステムは機能してなく、平民の生活に必要となる社会構造は心無い貴族達の所為で腐敗しきっていた。
俺が何かをする以前の問題で、すでに過渡期に入っていたのだろう。
組織の腐敗と言うものは必ずあるものだ。それは国≠ニいう大きな組織をとっても同じこと。
いや、大きければ大きいほど、隅々にまで目が行き届かなくなる。フローラが如何に優秀な王であろうと、それは避けられないと言う事だ。
「テレビに関しては完全に俺の趣味だけどな」
色々と社会体制を考察したところで、結局は其処に尽きる。
一番やりたかった物の一つだったので、これだけは外せなかったと言うのが本音にあった。
しかし、やりたいことではあったが、一番手間が掛かり大変なことでもある。
何気に普段見ているテレビだが、実際に見ているのと自分でやるのとでは大違いだ。
番組一つを制作して放送するまででも、途方もない時間と労力、沢山の人の協力がなければ完成しない。
俺がやっているのは、あくまでその前段階。
テレビ局設立に関する企画書の作成。謂わば、自分なりの経験や考えから、必要なアイデアを捻り出しているに過ぎない。
ここからマリアの手に渡り、商会で何度となく議論された後、再度、俺やフローラの元に確認の書類が回ってきて、そこで決裁されて始めて計画がスタートする。
スケートにしろ、コンビニにしろ、殆どはそうした過程を経てきた。
まあ、実際に代表のすることなど、大体はこんな物なのだろうが、俺がマリアや商会の人達に感謝を抱き、凄いと思っている理由はここにあった。
本当によく働いてくれている、と感心させられるばかり。もう、それは頭が下がるほどに。
今回のテレビ局の件もそうだが、これまでのことも彼等の協力なくして成功はありえなかっただろう。
だからこそ頼りにもしているし、感謝の気持ちを忘れることはなかった。
――コンコン
「どうぞ」
「し、失礼します」
誰が訪ねて来たのか? と思ったらランだった。
マリエルと一緒じゃない様子だし、何かあったのだろうか?
「あれ? マリエルは?」
「え? こっちにまだ来てないのか?」
どうやら、マリエルと逸れてしまったようだ。
彼女も忙しいからな。ランにずっと構っていると言う訳にもいかないし、どこかで別の仕事をしているのだろう。
恐らくはマリエルに言い付けられた仕事を終えて、彼女の姿を捜していたと言うところか。
「マリエルに用事があるなら、直ぐに呼んでやるよ」
この書斎の机の脇には、侍従を呼び出すためのボタンが備え付けられている。
亜法を利用した呼び出し機なので、このボタンを押せば、まずマリエルに連絡が行くことになっている。
屋敷で働く侍従達は全員、この端末を所持しているので、どこに居ても直ぐに気付くと言う訳だ。
ちょっとした通信機能もあるので、意外と便利だったりする。まあ、小型の通信機のようなものだ。
「いや、いい!」
「ん? 呼ばなくていいのか?」
大袈裟なほど首を振って、マリエルを呼ばなくていいと言うラン。
マリエルを呼ばれて困るようなことでもあるのだろうか?
(あー、何かミスしたのかな?)
大方、掃除の時に花瓶でも割って、それでマリエルを捜していたとか、その辺りだと考えた。
だとすれば、この慌てようにも納得が行くと言うものだ。
今になって、怒られるのが怖くなった、と言ったところだろう。
「何かミスしたか? 花瓶を割ったとか」
「うっ――何で、それを!」
案の定、思った通りだったようだ。
初日と言う事だし、慣れない仕事でミスをするのはよくあることだ。
とは言え、それを隠そうとするのはよくない。最初が肝心だし、何か罰を与えておくべきだろう、と俺は考えた。
「ふむ。なら、罰が必要だな」
「……分かってる。覚悟はしてる」
随分と殊勝な心掛けだ。
てっきり少しは反抗してくるかと思っていたのだが、最初はマリエルを捜していたようだし、ちゃんと反省はしているのかも知れない。
反省しているのであれば、花瓶一つ割ったくらいで別にとやかく言うつもりはないのだが、さてどうしたものか。
「よし、それじゃあ罰を受けてもらうか」
色々と考えたが、ランにはピッタリな面白い罰が思いついた。
花瓶を割るくらいそそっかしい様子だし、少しは女性らしい慎みを身に付けた方がいいだろう。
慌てふためくランの様子が簡単に想像され、ニヤリと笑みを浮かべてしまった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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