【Side:太老】
「見習いメイドラン≠ソゃんのファッションショー!」
『おお――っ!』
と、皆ノリノリである。ああ、皆と言うのはいつものメンバーだ。
マリア、ユキネ、マリエル、シンシアとグレースの双子に、水穂とミツキ、メイド隊の侍従達。
そして、司会は勿論フローラだ。突然の提案にも拘らず、快く引き受けてくれた。
名付けて『ランを女の子らしくしよう大作戦』って、ちょっと長いか?
どうにも落ち着きがないし、手癖も悪いし、言葉遣いもガサツだし、まずは格好からでも女性らしくしてみたらいいのではないか、と思って企画してみた。
普段着からして、あんな作業着と見紛う男臭い服装というのも悲しい話だ。
素材はいいのだから、お洒落でもすれば少しは自分を見直す切っ掛けにもなるではないか、と考えたからだ。
「そう言う訳で、まずは一着目! 巫女さん装束です! さあ、ランちゃん皆さんに一言!」
白と赤のオーソドックスな巫女装束を身に纏い、顔を真っ赤にして俯きがちにステージに顔を出すラン。
普段着慣れない物を着せられて、相当に恥ずかしいのだろう。初々しさが窺える。
とは言え、よく似合っている。ランって背もそこそこ高いし、身体つきも悪くないから丁度いい感じだ。
グラマーって訳じゃないんだが、そこらの貴族の淑女にはない野性味溢れる健康的な美しさがランにはある。
まあ決して、あの性格では女豹の域にまでは到達できないだろうが。
「うぅ……」
フローラに急かされ、本当に泣き出しそうになるラン。
罰ゲームなのだから、ただ服を着せられるだけだと思ったら大間違いだ。
各衣装に合わせた、専用のポーズと台詞を言えてこそ、真のコスプレイヤー≠ニ言える。
これも修行だと思って、ランには頑張ってもらいたい。
実際のところは完全に俺の趣味、遊び、暇つぶしなのだが、何と言うかランって弄りやすくて楽しいんだ。
向こうでは鬼姫と結託して、よく水穂にコスプレさせていたんだが、こっちでは中々そうした機会に恵まれなかったからな。
ユキネはちょっとノリが悪いし、マリアに着せるとなると、またそれは違った路線になってしまう。シンシアとグレースも同様だ。
キャイアは結構弄りやすくて好みだったんだが、生憎とラシャラの従者だしシトレイユに帰ってしまった。
マリエルやミツキ、それに侍従達は言えば何でもきてくれそうなので、それが返って怖い。
やっぱり、こう普段まず着ないだろうって服を、恥らう相手に着せてこその楽しみがある。
「はらったま、きよったま!」
大麻を両手で持って、それを左右に振りながら、ヤケクソ気味にそう叫ぶラン。
小道具も勿論忘れていないさ。演出脚本は、当然、俺とフローラだった。
異世界の伝道師 第74話『歓迎の儀二回目』
作者 193
「ううぅ……最悪だ。こんな羞恥プレイをさせられたのなんて生まれて始めてだ……」
「ランさん元気をだしてください。お兄様とお母様も決して悪気があった訳じゃ……多分ないと思います」
全く、失礼な。マリアの最後の間は気になるが、単にランの恥ずかしがる姿がツボに嵌って悪ノリ≠オてやっていただけだ。
それはフローラも同じだと思う。最後の方なんて、ステージの隅で腹を抱えて大笑いしていた。
巫女装束から始まり、体操服、修道服、和服、チアガール、ナース服、スチュワーデス、レースクイーン、セーラー服、スク水と、密かに俺が製作し貯え続けてきた衣装の数々を披露した。
こんなに楽しんだのは久し振りのことだ。正直、今回は大満足だった。
「それじゃあ、次のイベント行きましょう!」
「ま、まだあるのか!?」
フローラの宣言を聞いて、身を乗り出して驚きの声を上げるラン。
もっとも、ファッションショーもといコスプレ大会はこれで終わりだ。
ランのイベントは罰ゲームをかねた前座。本命はこっちなのだから――
「な、なんだ? え、ちょっと!」
どこに隠れていたのか? 突如姿を見せたフローラ配下の使用人達の手により、床の隅々まで布団がズラリと均等に敷き詰められていく。
バッ! と間仕切りが敷かれ、使用人達の手により、その奥に連れ込まていく女性達。
俺はその間に、いそいそと部屋の隅で用意された浴衣に着替えていく。
そう、皆ご存知とは思うがアレ≠セ。
「では、本日の大本命! ハヴォニワの伝統、『歓迎の儀』を執り行いたいと思いまーす!」
ドンドンパフパフー! と軽快な音頭を取って、マイクを高々と掲げるフローラ。
御馴染みハヴォニワの伝統行事『枕投げ大会』だ。今回は新しくメンバーに加わった水穂、マリエルとその家族、メイド隊の侍従達、そしてランのために企画した。まあ、そのうちやるつもりだったので、丁度いい機会だと考えたからだ。
ルールは至極簡単。枕を武器に、全員が身に纏っている浴衣の帯を奪い合う。
最後まで帯を奪われずに残った者が勝者という、まさに強者のみが生き残る弱肉強食のバトルロワイヤル。
「え? へ?」
無理矢理、浴衣に着替えさせられたランは、そのルール説明を聞いて呆然としている。
余りに突然のことで事態が呑み込めていないようだ。
「簡単だ。生き残るのは強者のみ。弱者は地面に這い蹲るしかない。それが、この舞台のルールだ」
「……え?」
的にされて直ぐに消えるのも可哀想なので、簡潔にルールを説明しておいてやった。
水穂などはルール説明を聞いて、随分とやる気を漲らせている様子。前回はフローラとユキネのタッグに辛くも勝利したが、今回は水穂がいる。間違いなく、今回最大の強敵は水穂と見ていい。
勝てるかどうか分からないが、油断をすれば一瞬でやられることは必至。
ユキネも水穂との特訓で以前よりも力をつけている様子だし、油断ならないバトルになりそうだ。
「では、はじめ――っ!」
フローラの合図を皮切りに、枕を片手に飛び出す俺達。
戦いの火蓋は切って落とされた。
【Side out】
【Side:ラン】
訳が分からないまま、恥ずかしい衣装を山程着せられたかと思えば、
「簡単だ。生き残るのは強者のみ。弱者は地面に這い蹲るしかない。それが、この舞台のルールだ」
太老のその一言で、一転して、その場は戦場と化した。
目の前では、全員が物凄い形相で枕を片手に乱闘を繰り広げている。
中には目にも留まらないほどの速度で周囲を掻き回し、瞬く間に迫る使用人達の帯を奪い、圧倒的な強さで薙ぎ倒していく奴等もいた。
太老ともう一人、周囲から『水穂』とか呼ばれていた黒髪の女性だ。
正直、あの二人だけは桁外れだと言っていい。あたし何かでは対峙した瞬間、瞬く間に倒されてしまうことは確実だ。
「と、とにかく逃げないと……」
物凄い勢いで飛び交う枕。更にはバサッ! と宙を舞う布団。枕を足に挟んで蹴りを繰り出す容赦のない女。
枕投げなんて可愛いレベルの話ではない。巻き込まれたら、絶対にタダじゃ済まない。
そう思わせるほど白熱した凄いレベルの戦いだった。
「ヒッ!」
ぐるぐると回転して、あたしの横に目を回して倒れてくる一人の侍従。
回転の衝撃に耐えかねて、気絶してしまっているようだ。
(帯を取られただけで、こんな風になるなんて……)
やはり、ここは戦場なのだろう。恐らくは、こうして普段から何気なく生活の中に訓練を取り組むことで、いざという時の感覚を養っているに違いない。
最初のアレが罰ゲームだと思っていたが、それは考えが甘過ぎた。
太老のことだ。きっと、この場を利用して、あたしを嬲り殺すつもりに違いない。
「あらあら、ランちゃん。そんなところに隠れてちゃ駄目よ」
「そうね。やる気がないのなら、舞台から降りてもらいましょう」
さっき枕を足に挟んで攻撃していた女、そうフローラと呼ばれていた女性と――
鬼神のような強さを見せ、使用人達を瞬殺していた女、水穂と言う黒髪の女性が、あたしの前に立っていた。
まさに、今のあたしは、蛇に睨まれた蛙といった様子だ。
あたしの実力では、この二人には天と地が引っくり返ろうが勝ち目がない。
(ここまでか……母さん、皆、もう会えそうにない。ごめん)
目を閉じ、あたしは覚悟を決めた。
走馬灯のように、母さんや、仲間達の顔が思い浮かんでくる。
山賊なんて褒められた家業ではないことは承知している。しかし、あたしが物心がついた頃にはスリに置引き、様々な悪行に手を染めていた。
そうした生き方しか知らなかったんだ。そうすることでしか、あたし達は生きられなかった。
確かに悪いことも沢山したが、それでも、皆がいて母さんがいる。
埃に塗れ、泥の上を歩くような生活でも、皆が居れば毎日が楽しく、あたしはそれで満足だった。
しかし、いつかは報いがくる。終わりがくることは分かっていた。
それを考えたくないから虚勢を張り、自分を強く見せようとしていたなんてことは、言われなくても分かっている。
それでも、自分達が社会の落ちこぼれだ、出来損ないなどと、認めたくなかったんだ。そんな事を言う連中は力で捻じ伏せればいい、そう思っていた。
でも、どれだけ虚勢を張ってもそんなものは張子の虎と同じだ。
力で力を捻じ伏せようとすれば、更に圧倒的な力でいつかは捻じ伏せられることは分かっていた。
どうやっても敵わない相手というのは存在する。そう、母さんが恐れ、口を酸っぱくして言っていた――
「太老……そうだ! 正木太老!」
思い出した。母さんが『絶対に手を出すな』と仲間達に釘を刺していたあの大貴族。
ハヴォニワの救世主や英雄などと称えられている人物の名前だ。
そこで全てを理解した。母さんが太老を恐れる理由に――
英雄などと呼ばれる人物は言い換えてみれば、最悪の大罪人≠ニも言える人物のことだ。
片側からみれば救世主のように見えても、その一方で沢山の人間を殺し、泣かせているような人間だ。
世界で最も多くの罪と、恨みを背負った最凶最悪≠フ大悪党とも言うべき人物。それが英雄≠ニ呼ばれる者だ。
確かに、これほど太老にピッタリな呼び名はない。
自分に逆らう、数えるのもバカらしくなるほどの貴族達を粛清し、瞬く間にハヴォニワの権力の殆どを手中に収めたかと思えば、大陸中に波紋を呼び、その影響力を強めつつあるような男だ。例の山賊狩り≠熹゙の指示だと言う噂もある。
一介の山賊が立ち向かえるような相手じゃない。これほどの大悪党、この大陸の歴史にすら存在しなかったはずだ。
母さんが『絶対に手を出すな』と言った理由も、それで合点がいった。
そんな奴に挑んで敵うはずもない。母さんには分かっていたのだろう。太老の本当の恐ろしさが……。
「呼んだか? って、避けろ!」
「え?」
そう言って、あたしを脇に抱えたかと思うと、フローラと水穂の攻撃を回避して、その場を離れる太老。
「な、何であたしを!」
「反射的に体が動いたんだよ! 仕方ねぇだろ!」
そう言えば、あの時もこうやって助けてくれた。
あれは気紛れだと思っていたが、これで太老に助けられたのは二回目だ。
「逃げろ!」
「でも、それじゃアンタが!」
「俺一人ならどうとでもなる! だから――」
ドキ! と太老の一言に、胸が激しく脈打つのを感じた。
何で、あたしを助けてくれたのかは分からない。理由は分からないが、決して嫌な気はしなかった。
こんな風に誰かに心配してもらい、守ってもらったことなど、今までになかった。
――目の前のことの男は、あたし達以上の大悪党≠セと分かっているのに
――仲間達が捕らられたのもこいつの仕業かもしれないと言うのに
あたしは変だ。何故か恨む気持ちにはなれない。憎しみが沸いてこない。
二度も助けられたからか? それとも敵わないと知って恐怖でおかしくなったのか?
いや、どちらも違う気がする。
「嫌だ! あたしは逃げない!」
「ラン……」
マリエルといい、太老といい、こんなあたしに手を差し伸べてくれた数少ない人物だ。
――仲間を見捨てて一人、逃げ出すことしか出来なかったあたしに
――自分だけでは何一つ出来ず、結局スリのような真似しか出来なかったあたしに
手を差し伸べてくれた。
そこには様々な打算があったのかも知れない。
現に太老はあたしを屋敷に連れてきて、下働きにして扱き使おうとした。
でも……それでも、
「あたしは自分の責任を他人に押し付けて、逃げ出すような真似なんかしたくない!」
仲間を見捨てて、スリをしてチンピラからも逃げて、挙句にお尋ね者として役人からも追われる日々。
どうしたら、逃げなくて済む? 太老のように強く、マリエルのように優しくなれる?
何も分からないけど、ここで逃げ出したら、ずっと逃げ続けなきゃ生きていけない気がした。
悪党からも役人からも逃げ続けないといけない、そんな惨めな生活は嫌だ。
「あらあらランちゃん、こんなところで告白なんて随分と大胆ね」
「太老くん……お姉ちゃんは色々≠ニ悲しいわ」
「え?」
「しまっ――」
いつの間にか、フローラに後に回りこまれていたことに気付かなかった。
太老も僅かな隙をつかれ、水穂に背中を取られ、あたし達は二人とも生命線である帯≠握られていた。
容赦なく、その帯を勢いよく引き抜くフローラと水穂。
『うああぁぁ!』
グルグル、グルグル、と何度も回転させられ、あたし達は絡まり合うように、目を回して床に倒れ込む。
「くっ……水穂さん手加減ってものを……」
「うぅ……まだ目が回ってる……あ!」
「え? 違っ、これは!」
浴衣は回転の勢いでどこかに吹き飛び、あたしは何も身に纏ってない生まれたままの姿≠ナ太老と向き合っていた。
上に太老、下にあたしと言う馬乗りの体勢で、太老の手があたしの胸を鷲掴みにしている。
咄嗟の事に直ぐに状況を理解できず、体がカッと熱くなり、正常な思考が働かず錯乱していく。
「わ、悪い! これは!」
「い、嫌ああぁぁ!」
――ミシリ!
と鈍い音を立て、あたしの右拳が太老の左頬に見事に決まった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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