【Side:太老】

 枕投げ大会の優勝者を発表したいと思う。それは全くの予想外の人物だった。

「ミツキさん嬉しそうですね……」

 優勝商品の目録を手にし、嬉しそうに鼻歌を歌っているミツキを見て、俺は溜め息をつきながら、そう言った。
 あの俺とランが帯を取られた直後、フローラと水穂の隙をつき、二人の帯を奪ったのは何とミツキだった。
 幾ら油断していたとはいえ、あの二人の帯を奪うなど……正直ミツキを甘く見すぎていた。
 生体強化されたばかりの体で、そこまでの動きが出来るなどと思ってもいなかったからだ。
 さすがはマリエルや、あのシンシア、グレースの母親と言ったところだろうか?
 娘達の並外れた能力は、この人からの遺伝に間違いない、と俺は確信していたのだが、

「あら? 太老様はマリエルからまだ、お聞きになってなかったのですか?」
「ん?」

 その事を何気なく話題に出すと、そんな思い掛けない返事がミツキから返ってきた。
 一呼吸置き、何やら右人差し指を顎に当て、天井を見上げながら考え込むミツキだったが、考え抜いた末、何かを決意すると、

「太老様には知る権利がありますよね」

 と言って事情を語って聞かせてくれた。
 それは、彼女とマリエルの過去にまつわる話だった。

「マリエルが……本当の娘じゃない?」
「はい。私の血の繋がった娘はシンシアとグレースだけです」

 衝撃的な告白だった。マリエルの家族に対する強い拘りを俺は知っていたからだ。
 それは育ててくれた両親や、血の繋がった妹達のために、家族への深い愛情から、そうしているのだと思っていた。
 しかし、実際には違った。血の繋がりなどなく、それでもマリエルは家族のために、とあれだけの頑張りを見せていたのだ。
 身寄りのない自分を育ててくれた両親への感謝の現れか? それとも――

(マリエルは、どう思ってるんだ?)

 俺には、マリエルの考えを知る術がない。
 だけど、マリエルが家族の事をどれだけ大切に想っているか、という事だけは俺も分かっているつもりだ。
 マリエルが何故、この事を俺に黙っていたのかは分からない。
 そしてミツキが何故? この話を俺に聞かせようと思ったのか? 俺には何一つ確証の得られる答えが見つからなかった。
 だが、彼女の言葉の節々には娘を想う、母親の愛情が感じ取れた。

「何故、俺にその事を?」
「太老様だからこそ、ですよ。マリエルは本当に良い主人に巡り会えた、と私は心から喜んでいます。
 ですが、マリエルが主人にその事を話せずにいるのは、きっと恐れているからでしょう」
「……恐れ?」
「はい。自分が捨て子≠セという事を太老様に知られる恐怖。
 その事で奇異な目で見られるのではないか? 嫌われるのでないか? と恐れているのでしょう」
「俺はマリエルを嫌ったりは――」
「マリエルも女の子だという事です。理性では分かっていても、感情はそうはいかない。
 その相手が敬愛する人であればあるほど、胸に秘めている不安は日増しに大きくなっていく」

 誰にでも話せる内容ではないし、こんな話をされたからと言って、俺にどうこう出来る話でもない。
 彼女の過去は彼女だけの物だ。

 ――実際にマリエルがどう思っているのか?
 ――本当は、どうしたいのか?

 恐らくは、それが一番大切な事なのだろう。
 だからミツキも、必要以上にマリエルの事に干渉しようとしない。

「俺はマリエルを嫌ったりなんかしませんよ。マリエルは俺にとって大切≠ネ存在ですから」
「……でしたら、それをあの子に伝えてあげてください。
 何も言わなくても分かってくれている、と言うのは男の勝手な妄想です。
 たった一言でいい、安心できる言葉が欲しいのだと思います」

【Side out】





異世界の伝道師 第75話『表と裏』
作者 193






【Side:ミツキ】

「……でしたら、それをあの子に伝えてあげてください。
 何も言わなくても分かってくれている、と言うのは男の勝手な妄想です。
 たった一言でいい、安心できる言葉が欲しいのだと思います」

 私がそう言うと、太老様は礼を言って談話室から飛び出して行かれた。
 十中八九、マリエルに声を掛けに行かれたのだろう。
 この事は、本当なら私の口からお伝えする事ではなかったように思える。
 しかし、今のあの子では、恐らくはずっと胸の内に秘めたままで、太老様にお伝えする事が出来ないでいたに違いない。
 母親だから分かる。ずっとあの子を見守ってきた私には、あの子がどれだけ太老様の事を想っているかが。

「フローラ様……やはり私には、これは使えそうもありませんわ」

 歓迎の儀の優勝商品として頂いた目録を手に、そう呟く。
 そこには『あなたに一番必要な物が入っているわ』とフローラ様が渡してくださった、ある権利書が入っていた。
 話には知っていたが、正規の聖機師に成れなかった私には一度も縁のなかった物。

 ――王印入りの結婚承諾書

 聖機師には自由な婚姻は許されていない。国の許可がなければ、相手を選ぶ事も出来ない。
 しかし、それを一つだけ例外とし、許す物が存在する。それが、この王政府が発行している結婚承諾書≠セ。
 一度きりではあるが、これを使えば、その国が抱える男性聖機師との自由な婚姻が許される。
 本来なら相手を選ぶ事が出来ない女性聖機師だが、これを使えば一度に限り、その相手を自由に選ぶ権利が与えられる。
 片側には私の名前がすでに記されており、もう片方、男性の欄にその名前を書いて王政府に提出すれば、それは晴れて承認され、婚姻が許されると言う訳だ。
 聖機師の義務を掻い潜る唯一の方法、と言ってもいい。

 国に雇われている正規の聖機師ではないとはいえ、私も聖地での修行を終え、聖機師としての資質を持つ身だ。
 この体には聖機師としての血が流れている。例え、浪人と呼ばれる無名の聖機師であろうと、男性聖機師との間に子を成せば、その子はほぼ確実に聖機師として生まれてくる。
 そうなれば、私も特権階級の仲間入りをする事は夢ではないだろう。
 憧れ、目指し、叶わなかったあの夢に、今一度届くかも知れない。その機会が私の目の前にはあった。
 だけど――

「娘の幸せを願わない母親なんて……いませんものね」

 マリエルが大切に想う人を奪うような真似、とても出来るはずもなかった。
 例え、その機会が目の前にあろうと、私はこの権利を使う事はないだろう。
 夫に先立たれて早二年――再びこの胸に宿った想いが何なのか、という事は疑うべくもない。
 あの方に感じている密かなこの胸の想い。それはきっと、マリエルや他の女性達と同じモノ。
 とは言え、夫への裏切りだとか、そんな感情よりも先に、やはり私には、娘を裏切るような真似だけは出来そうもなかった。

【Side out】





【Side:水穂】

 ――フローラ・ナナダン
 マリアちゃんの母親で、この国の女王と言う話だったが、確かにその貫禄はある人物だった。
 あの飄々とした装いも全て、本来の自分を隠すための仮面にしか過ぎない事に、直ぐに私は気付いた。
 こんな相手を、私は多く知っていたからだ。

「フローラ・ナナダンです。マリアちゃんが随分とお世話になったようで、御礼を申し上げますわ」
「いえ、こちらこそ、彼女には色々と助けて頂いてますから――柾木水穂≠ナす。どうぞ、よろしく」

 彼女の執務室に招かれ、御茶を一緒しながら軽く挨拶を交わす。
 向こうも、私と会って見たかったと言うのは建前に過ぎないのだろう。
 その視線や仕草から、私の正体に興味津々と言った様子が窺える。

(なるほど、これがこの国の女王――マリアちゃんの母親なのね)

 ここからでも、その気になれば彼女の胸の動悸を感じ取る事が出来そうだ。
 それほど、この部屋には静寂した重々しい空気が流れていた。
 その空気を作り出している人物――それが彼女、フローラ・ナナダンだという事だ。

「催し物の後に、お疲れのところ急にお誘いして申し訳ありません。
 出来るだけ早く、あなたとは話をする機会を設けて置きたいと思っていましたので」
「お気になさらず。私もフローラ様には一度、ご挨拶しておきたい、と思っていましたから。
 何でも太老くん≠ェ、随分とお世話になっているそうですし」

 私の一言に、一瞬ピクッと眉を吊り上げるフローラ。それでも平静を保っていられるのは、さすがと言ったところだろう。
 大体の事情は、これまでの経緯や周囲の話から、私は察していた。
 恐らくは、彼女が太老くんの力を利用して、何かを企んでいるという事まで。
 国を良くしたいと思うのは、民から施政を預かる者ともなれば当然の事だ。それだけ王の責務に忠実だという事だろう。
 その事を悪く言うつもりはないし、寧ろこちらもお世話になっているのだから、そのくらいは協力しても構わないと思っている。
 太老くんもそのつもりで、敢えて彼女の企てに乗っているのだろう。
 しかし――

「遠回しな話はやめましょうか。ここには誰もいない。
 聞かれる心配もないのなら、あなたも安心して本心を語れるでしょうし」
「……何の事かしら?」
「そうやって笑顔を浮かべ、手を差し伸べ、平然と近付いてくる人達を私は大勢知っているわ。
 それで、あなたの本心≠ノはどんなモノが隠れてるのかしら?」

 沈黙するフローラ。まあ、直ぐに話してくれるとは私も思ってはいない。
 でも、これで確信した。彼女は全てを話しているように見えて、何一つ本心を語っていない。
 太老くんを利用している真の理由も、何一つ。ただ国を良くしたい、と言うだけの話ではなさそうだ。

「太老くんは優しいから、そうと知っていても、あなたに黙って協力しているのでしょうけど。
 彼は直感だけで物事の核心を、いとも容易く見抜いてしまう。気付かれてない。察せられてないと思ったら大間違いよ?」

 瀬戸様の本性すら、初対面で容易く見抜いてしまった太老くんだ。
 彼を欺くつもりなら、この程度では演技力が足りなさ過ぎる。
 普段は色々と頼りないところもあるが、彼の事を時々恐ろしく感じる理由の一つがそれだ。
 会った事もないはずなのに、こちらの全てを知っている≠ゥのような、過去も未来も、全てを見透かされているかのように感じる、あの錯覚。そう、彼は――私達と、どこか見ている視点が違うのだ。
 瀬戸様と同じ、いやそれ以上とも言える不思議な感覚を私が抱いたのは、後にも先にも正木太老=\―彼、唯一人だった。

 私もまだ、彼の本当の力を全て量りきれていない。
 何処から何処までが本当で、何処から何処までが嘘なのか?
 真偽の全てを見極め、彼の考えと、その実力の全てを知る事は正直言って難しい。
 未だ、彼を本気にさせた人物など、誰一人としていないからだ。

 あの瀬戸様にすら、『面白い子』と言わしめたのが太老くんだった。
 樹選びの儀式の話も持ち上がったが、どう言う訳か、瀬戸様がその話を中断された事が記憶に久しい。
 彼には必要ない――そう仰られたあの言葉の意味が、未だ私には理解できないでいた。

「……何が、言いたいのかしら?」
「何も? これまで通りであれば、私は太老くんの意思に従って黙って協力をします。
 でも、もし太老くんに少しでも害が及ぶような事があれば――」

 氷るような冷たい視線を向け、フローラを威圧する。それは警告だった。
 普通の者であれば、気絶してもおかしくないほどの殺気を当てられたにも拘らず、悲鳴一つ上げない胆力はさすがだ。
 しかし、これだけは私は譲るつもりはない。
 マリアちゃん達を試すような真似をしたのも、これが一番の理由だ。

 私は出来るだけ太老くんの意思を尊重する。しかし、彼以上に大切な物はこの世界には存在しない。
 世界が彼の敵に回るというのであれば、私はその世界すらも敵に回す覚悟があった。
 これは、私が彼の従者についたからではない。
 彼と出会い、樹雷で彼と共にした生活。あの一年は、私にとって百年にも勝る価値あるモノとなっていた。
 その全てが前提にあり、瀬戸様と同じ様に、私の中で彼の占める割合が大きくなっていた、と言うだけの話だ。

「……覚えておきましょう」

 恐怖を呑み込むように、そう返事をするフローラ。今は、その言葉を信じる事にした。
 余り疑っても意味がない。今のところ、この世界で暮らしていくためには、彼女の協力が必要不可欠なのだから。
 どちらにも思惑があり、それぞれの都合がある。利用できる内は、互いに精々上手く利用し合える関係であればいい。
 今はその事に釘を刺し、彼女に私達を利用する事のメリット≠ニデメリット≠忠告しておくだけで十分だった。

「有意義な時間でした。今度は太老くんも交えて、食事でもしましょう?」
「ええ、是非。忠告を胸に、あなた方に見限られない≠謔、、私も気をつけますわ」

 最後に軽く握手を交わし、私は扉へと向かう。
 そこで一つ、何かを思い出したかのような素振りを見せ、フローラの方へ振り返り、

「最後に一つだけ――
 どれだけ大きな問題を抱えているかは知らないけど、溜めてばかりではなく、誰かに頼って吐き出す事も重要よ。
 利用する事ばかりを考えて大切なモノ≠見失ってしまっては、それこそ本当に堕ちてしまうわ」
「…………」

 これは彼女の事を思っての忠告でもあった。
 そうして悲しい思いをした人達を、私は何人も知っているから――

「行き場のなかった太老くんに居場所≠与えてくれた事だけは、素直に感謝してる。ありがとう……」

 そう言って、私はフローラの執務室を退室する。
 言葉を詰まらせ、明らかにこれまでにない動揺を見せる彼女を背に、その返答も聞かないまま。
 私の話を聞いて、これからどうするかは彼女次第だ。
 出来れば、これからも変わらず敵に回らないでいてくれる事を、願わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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