【Side:太老】
もっと重い罰が科せられると思っていたのに、審議の結果は思いの外、あっさりとした物だった。
メテオフォールの再建に尽力する事や、これからも貴族として聖機師としてハヴォニワのために仕える事、など結果的に見れば、これまでと何一つ変わらない。事実上のお咎めなしと言って差し支えない内容だった。
壊した物を弁償するのは当然の事だ。だから、前者に関しては文句などあるはずもない。
そして後者に関しては、聖機師だとバレた時点で既に諦めていたし、これまで曖昧だった部分が明確になり、これで名実共にハヴォニワの聖機師として認められたに過ぎない。
聖機師に課せられる義務など、これから考えるべき問題は残ってはいるが、この程度の事で済んだと思えば易い物だった。
「でも、本当にこんなのでよかったのかな?」
「何がですか?」
「いや、俺は良かったんだけど、こんな身内贔屓のような結論をだして、フローラさんは大丈夫なのかなって?」
俺が一番に心配しているのは、その事だった。
俺は確かに助かったのだが、それでフローラに迷惑が掛かるようであれば意味がない。
為政者たる者、情に流されて理に適わない不公平な結論をだしたとなれば、周囲に示しがつかず、余計な不信感を買う結果へと繋がりかねない。
これが原因でフローラの立場が悪くなるような事になれば、俺はフローラに合わせる顔がない。
「その事でしたら問題はありませんわ。
お母様だけの独断ならともかく、議会も満場一致で採決したではありませんか」
「それは、そうなんだけど」
マリアの言うとおり、俺の予想に反し、この結果に反対する者は一人もなく、満場一致で採決された。
フローラはともかく、他の議員達まで俺を庇ってくれるとは思っていなかっただけに、この結果には驚かずにいられなかった。
あの大粛正以来、私腹を肥やす封建貴族達は殆どいなくなり影を潜めてしまったが、こう言っては何だが、俺は彼等に好かれているとは思っていない。
確かにフローラやマリアのように味方をしてくれる貴族達はいるが、俺を妬ましく思ったり恨みを抱いている貴族達も少なからずいるのが現実だ。
これまでにやった事がやった事だし、大商会の代表であり、皇族とも親しい間柄にあるのだから、そう思われても仕方がないと諦めてはいた。
伝統や格式と言った物を重視する古い考えを持つ貴族ほど、俺の事を快くは思っていないはずだ。
にも拘らず、一人の反対者も出す事なく、満場一致で採決されたのは不思議でならない。
こんな採決、不平不満が上がってきても不思議ではない、と言うのに。
「お兄様の人徳の成せる業ですわ」
「そうかな……」
マリアの言うような人徳が、俺にあるとは思えないのだが、当事者のフローラやマリアが『大丈夫だ』という事に、これ以上俺が口を挟んでも仕方がない。ここは、彼女達に感謝しつつ、一先ず納得する事にした。
ハヴォニワにどうこう言うよりも、彼女達には世話になりっ放しだ。
こちらの世界に来た時に、最初に俺に居場所を与えてくれたのは他ならぬマリアだ。
ああ言う性格だから困らされた事も多々あるが、今回のようにフローラにも世話になった事は数知れない。
(いつか、恩返し出来るといいんだけどな)
こういう判決が出たから、と言う訳ではなく、その恩に報いるためにもハヴォニワのために、何かをしたいと考えていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第114話『瀬戸の盾』
作者 193
【Side:フローラ】
「取り敢えずは、これで一安心ね」
「あの……フローラ様。本当に私はお咎めなしでいいのでしょうか?」
「彼が自分で言い出した事よ? 国境警備隊の責任は問わない。
この結果は議会の承認を得て決まった事、今更、異議申し立てをしても無駄よ」
コノヱは納得が行かないのか、審議の後もずっと険しい表情を浮かべたままだった。
どんな罰も受ける覚悟を決めてきた、というのに結果はこの通り。
全ての責任は太老が一人で被る事で決着がつき、国境警備隊の責任は問わない事で話がついた。
その中には、当然、彼女も含まれている。
今回の結果、今までずっと曖昧になっていた彼の在籍権を、明確にする事が出来ただけでもハヴォニワには大きな利益があった。
メテオフォールの件は確かに大きな痛手ではあったが、それも正木商会が再建を補填してくれる事で話がついている。
国境警備の穴を埋めるためにも、部隊の再編は急務とされるが、それも見方を変えれば良い機会だと私は考えていた。
難攻不落とまで謳われたメテオフォールが落ちた事で、軍には大きな激震が走った。
何事にも絶対という事はない。しかし、メテオフォールというハヴォニワの表門を守る鉄壁の防衛兵器がある故に、兵士達の間にもこんな事はありえない、と言った油断と慢心が心のどこかにあった。
そんなときに起こった、この事件だ。平和惚けで緩みきった考えを払拭させ、兵士達の気を引き締め直すのに一役買ってくれた。
最初から、そのつもりだったのではないか、と思えるくらい上出来な内容だ。
「それでも、納得が行かない、と言った顔ね」
「当然です! 太老様に全ての罪を被せ、私一人がこうしてのうのうとしているなど!」
彼女の気持ちも分からなくはない。
彼女からしてみれば、太老に責任の全てを押しつけ、自分達だけ罪を逃れている現状に納得が行かないのだろう。
「でも、裁かれるとなれば、問題はあなたのクビだけでは済まない。
その場にいた者全員に、何らかの処罰がくだされる事になるでしょうね」
「それは――!」
「彼が何故、そうしたのか。聡明なあなたなら、彼の想いにも気づけるはずでしょ?」
彼は、彼女だけを庇いたくて、このような事をしたのではない。
あの場にいた全ての兵士達を、彼はその身を挺して守ったのだ。
ハヴォニワの民、その全てを平等に想い、気に掛けている彼の事だ。
例え、軍人といえど、そこに例外などはないのだろう。
模擬戦の申し出を受けた時から、万が一の時はこうするつもりで覚悟を決めていたに違いない。
「私は……あの方の恩に、どう報いれば……」
「それは、あなたの決断次第。私はその事に関して、何も口を出すつもりはないわ」
俯いて何も言えなくなったコノヱに、私は最後に一言、追い打ちを掛けるように言葉を放つ。
「今は、どうするべきか? ではなく、どうしたいのか?
あなたの中では、既に答えは出ているのではなくて?」
こうした不器用なところは、ユキネと本当によく似ている。最初に、マリアの護衛にと考えていたのは、ユキネではなく彼女だった。
聖機師としての腕は、大陸でもトップクラス。現在、このハヴォニワで、彼女に敵う女性聖機師はユキネを除けば他にはいないだろう。
そのユキネを持ってしても、剣術の腕ではコノエに軍配が上がるほどだ。しかし、彼女はその私の誘いを断った。
マリアの護衛騎士としてではなく、一人の軍人としてハヴォニワを守るために戦いたい、と言ったのは彼女だった。
だが、そんな彼女の生き方を変えてしまうほどの人物が現れた。
出会わなければ、これまで通りだったかもしれない。しかし、出会ってしまったのだから、仕方がない。
どんな誘いにも応じる事がなかった、不動の聖機師。その心を揺り動かしたのは、正木太老――彼だった。
私には出来なかった事を、彼はいとも容易く成し遂げてしまったという事だ。
「……フローラ様、ありがとうございました」
そう言って、頭を深く下げ、部屋を飛び出していくコノエ。
太老の在籍権を得る代わりに、優秀な女性聖機師を一人、彼に奪われる事になってしまったが、それもまた運命なのだろう。
どちらかと言うと、マリアにまた、厄介なライバルが誕生した事の方が、大きな問題と言えた。
「太老ちゃんも罪作りよね」
彼の周りには、魅力的な女性が大勢集まっている。
それこそ、『太老勢力』と言っても過言ではないほど、突出した力を持つ優秀な女性ばかりが。
金や権力ではなびかない分、皇族という立場は有利には働かない。マリアが苦戦するのにも、頷けるというものだ。
「マリアちゃんが、もう少し生まれてくるのが早ければ……」
単純に女性の魅力を問えば、彼の周りには、発育の乏しいマリアより魅力的な女性が大勢いる。
マリアには将来性があるとはいっても、今勝負をすれば勝ち目などあすはずもない。
彼を狙っている女性は大勢いるのだから、そんな悠長に事を構えていられるほど、時間に余裕はなかった。
ここは娘のために、そして私のためにも――やはり、例の話を進めておく必要がありそうだ、と私は考えていた。
「それより先に、もう一つの問題を片付けてしまいましょうか」
【Side out】
【Side:北斎】
意識を刈り取られ、ロープで縛られ、気付けば城の中庭の木に括り付けられていた。
首都まで逃げてきた事は覚えているのだが、その後の事が思い出せない。
「お嬢ちゃん、この縄を解いてくれんかの? 儂、か弱い年寄りなのじゃが」
「お爺ちゃんごめんねー。これも研究資金のため、運がなかったと思って諦めて頂戴」
目を覚ませば、大きなロボットに乗ったお嬢ちゃんが、儂の事を見張っていた。
この徹底したやり口。儂の事を熟知している者が黒幕と考えて間違いない。
場所を考えても、こんな事が可能な人物は一人しか思いつかなかった。
「お久し振りですね。剣先生」
「やはり……御主だったか、フローラちゃん」
予想通りの人物、今はハヴォニワの女王となった、フローラ・ナナダンが目の前にいた。
儂が、彼女の事をよく知っておるように、向こうも儂の事は熟知しておる。
彼女に、武術や色々な事を幼少時より教えたのは儂だ。特に、フローラは優秀な生徒だった。
武術の腕もそうだが、知略にも長け、何をやらせても一流に何でもこなす。
コノヱも、剣の腕だけで言えば儂が教えた生徒の中でも一際優秀な生徒だったが、総合的に評価すればフローラの右に出る者は一人としていなかった。
彼女は、あらゆる点で別格と言って差し支えない。
確かに、フローラならば、儂を捕らえられても不思議ではない。
どうやったかは知らぬが、気配を悟らせぬ内に意識だけを刈り取るなど、また随分と腕を上げたものだ。
「何か、勘違いなされているようですが、先生を捕まえたのは私ではありませんよ?」
「な、何だと! では、誰が!? まさか、そこのお嬢ちゃんが!」
「え、私? それはないない。あんな事、天地がひっくり返っても私には不可能ですって」
儂を捕まえたのが、フローラではない、という事に驚いた。
少なくとも、儂と張り合えるものなど、フローラを除けば、コノヱくらいしかハヴォニワにはいない。
正木太老にも可能だろうが、彼は国境基地に居たはずだ。追い掛けてきたにしても、些か早すぎる。
目の前のお嬢ちゃんも違うようだし、一体誰が? と考えていると、誰かが近付いてくる気配がした。
「『カミキ』……と言う名前を聞いて、もしやと思っていましたけど。
ずっと消息不明になっていたあなたが、こんなところにいるとは思いもしませんでした」
「そ、その声は……まさか」
忘れるはずがない。その声、その姿、それは樹雷に名を連ねる者であれば、誰もが知る人物だった。
カミキはカミキでも、儂のカミキは『神木』の方ではなく、分家の『上木』。
その中でも、神木瀬戸樹雷――『鬼姫』の名は、儂等『上木』の名を持つ者にとっても、特別な意味を持っていた。
「柾木水穂……瀬戸の盾」
「お久し振りです、北斎小父様」
噂で『正木』の名を知った時、柾木家の分家の人間がこちらの世界にきたのだ、と儂は確信した。
しかし、まさか直系の人間まで、それもあの『瀬戸の盾』まできているなどと、想定外もいいところだ。
鬼姫の副官である彼女が、こちらの世界にきているという事は、もしや鬼姫も――
「ご安心ください。ここに瀬戸様はいらっしゃいませんよ」
「そ、そうか……瀬戸様はおられぬのか」
水穂の言葉に、ほっと胸を撫で下ろすが、それで一安心とはいかなかった。
「ですが――太老くんにした事、忘れたとは言わせませんよ?」
「……太老くんって、まさか」
「はい、正木太老。あちらでは『鬼の寵児』と呼ばれ、瀬戸様の寵愛を受けていました。
瀬戸様にとっても、そして私にとっても、とても大切な人物です」
目の前が真っ暗になった。
同じ分家の者として、最初に異世界に飛ばされた先輩として、正木太老に興味があったのは確かだ。
五十年もこちらにいれば、考えられる限りの事はやり尽くした。世界を回るのにも飽きてきた頃だし、丁度良い暇つぶしの相手を見つけたと思い、退屈凌ぎにからかってやろうと、ほんの出来心が湧いただけの事だった。
それがまさか、鬼姫の関係者だったとは、思いもよるはずがない。
「残念です。折角、再会出来たというのに、こんな結果になってしまって」
「ま、待ってくれんか! 久し振りに同郷に出会えたので、遂、懐かしくなってあのような事を――」
しかし、水穂は笑顔を崩さない。その態度が、余計に不気味さを感じさせる。
(儂……生きて、ここから帰れるのだろうか?)
この時、儂は確信した。
瀬戸の盾――その触れてはならぬ逆鱗に、触れてしまったのだと。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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