【Side:太老】

「俺に仕えたい? また、一体全体どうして?」

 コノヱに突然、『お側に仕えさせてください』と頭を下げられ、俺は困惑していた。
 しかも、フローラに嘆願をして、国境警備隊の隊長の任を辞任してきたというのだ。
 メテオフォール陥落の責任を感じているのだろうか?
 真面目な彼女のことだ。それは十分に考えられる。

「自らの責任を果たしたいのです。太老様にお仕えし、このハヴォニワのために尽力させてください。
 私が受けた、この恩義に報いるためにも――是非、その機会を私に!」

 言っている意味を察するに、やはりメテオフォールの責任を感じていて、その上で罰を受けた俺と同様、その罪滅ぼしに尽力したい、とそう言っているのだろうと解釈した。
 恩義というのは、フローラの恩情で、国境警備隊の責任は追及されずに済んだことを言っているのだろう。
 俺のやったことで、彼女達にまで重い罪が及ばずに済んで、ほっと胸を撫で下ろしていた。
 だが、それでも責任感の強い彼女は納得が行かなかったのだろう。
 相当の努力を重ね、手にした立場や権限を捨ててまで、俺の元に来た決意と覚悟。
 事情を聞いてしまった以上、無碍に追い返す訳にもいかない。

「……分かった。俺と共に、ハヴォニワのために力を貸してくれるか?」
「――はい! 太老様、よろしくお願いします!」

 同じ志を持つ仲間が出来たというのは喜ばしいことだ。
 マリアやフローラに感謝をし、その恩に報いるためにもハヴォニワのために何かをしたい、と考えていたのは俺も同じだ。
 一人では難しくても、同じような志を持ってくれている仲間がいれば、きっと何かが出来るはず。

「なら、これから俺達は同じ目的、同じ志を持った同志だ。
 色々と大変かも知れないが、一緒に力を合わせて頑張っていこう」
「太老様……」

 コノヱに手を差し出し、固く握手を交わした。

【Side out】





異世界の伝道師 第115話『第三の目的』
作者 193






【Side:コノヱ】

 太老様は、やはり私の思っていたとおり素晴らしい御方だった。
 太老様の理想に力を貸すことは、ハヴォニワの未来にも繋がることだ。

 ――私のことを『同志』と言ってくださった太老様のためにも
 ――そして、その受けた恩をお返しするためにも

 どこまでも、この方について行き、お側にお仕えすると心に決めていた。

「マリエル様はおられますか?」

 太老様に、『仕事のことはマリエルに聞いて欲しい』と言われた私は、マリエル様の姿を捜して裏庭の工房へと足を運んでいた。
 途中であった侍従に、こちらにマリエル様がいると教えてもらったからだ。

「コノヱ様!? 私のことは様付けでなくても」
「しかし、正式に太老様にお仕えすることが決まった以上、こちらのルールに従わない訳には……」
「それでもです! 私はメイド、コノヱ様は聖機師なのですから、様付けなんてそんな畏れ多いこと」

 彼女はそう言うが、太老様が認めたほどの人物。
 噂に聞く『正木卿メイド隊』と呼ばれる、精鋭部隊のメイド長を任せられているほどの人物だ。
 太老様に仕える家臣となった以上、彼女は私の先輩ということになる。
 太老様も、『マリエルに聞け』と仰られた。それは彼女の下について仕事を学べと仰っているのだろう。
 それほどの人物に敬意を示さない訳にはいかない。

「フフ、マリエルも凄い後輩が出来たわね」
「水穂様!? そんなところで笑ってないで、水穂様からも仰ってください!」
「コノヱさん、太老くんは『仲間』だとかそういう事を言ったのじゃないかしら?
 太老くんを支える仲間だというのなら、その仲間を様付けで呼ぶのは変じゃないかしら?」

 水穂様の言う事に一理ある、と私は考えた。
 確かに、太老様は私のことを『同志』として迎えると仰ってくださった。
 同じ太老様を支える同僚として、そのことを考えれば様付けで呼ぶのは確かに変かもしれない。

「では、マリエルとお呼びしても……」
「はい、そうして頂けると助かります。コノヱ様」
「いや、同じ仲間と言うのなら、出来ればマリエルも私のことを呼び捨てにして欲しいのだが」
「うっ……」

 困ったような表情を浮かべるマリエル。

「あなたの負けね、マリエル」
「……分かりました。では、せめて『コノヱさん』と……」
「うむ……これからよろしく頼む。マリエル、それに――」
「私も『水穂』で結構ですよ」
「では、水穂……さん、よろしくお願いします」

 何故か、水穂さんだけは呼び捨てにすることが出来なかった。
 フローラ様と同じ、いやそれ以上に、何とも言えぬ貫禄のような物を感じ取っていたからかも知れない。
 本当は様付けでお呼びしたいところだが、話の流れ上そう言う訳にもいかない。
 ここは当たり障りのないところで、『さん』付けで勘弁してもらおうと考えた。
 少し思案した様子だったが、どうやら納得してくださったようで、『よろしく』と握手を求めてくる水穂さん。

「ところで……一つお聞きしたいのですが?」
「……何かしら?」
「北斎様は一体何を?」

 水穂さんと握手を交わしながら、先程からモップを片手に工房の床を磨いている北斎様へと視線を移す。

「ああ、お爺ちゃん、そこが終わったら倉庫の方もお願いね」
「ちょっとは年寄りを労わらん……いえ、喜んでやらせて頂きます」

 この工房の持ち主、聖機工と思われる少女に、いいように扱き使われている北斎様。
 水穂様に睨まれると、牙を抜かれた獣のように大人しくなった。

「メテオフォールの再建費用は正木商会が立て替えたのは聞いてるわよね?
 それで、太老くんが迷惑を被った慰謝料や、その他の損害賠償諸々、北斎小父様に請求したのよ。ああ、これが請求書の控えね」
「こ、これは……」

 そこに記されていたのは、とんでもない額だった。
 確かに、メテオフォールの再建費用や、太老様に対する賠償額を考えれば、決して高いとは言えない金額かもしれないが、それでも一介の貴族においそれと出せる金額ではない。

「その借金を返すために、過去の経験と技術を生かして工房の整備士として働いてもらうことにしたの」
「で、ですが、確か北斎様は」

 そう、北斎様は軍を引退したとはいえ、異世界人。
 他の聖機師とは比べ物にならない特権と報酬をもらっていたはずだ。
 このくらいの金額であれば、出せないはずはない。

「ハヴォニワを去る時に、屋敷も全部処分にだしたようね。
 その上、そのお金も旅先の道楽で使い切っちゃったみたいで」
「北斎様……」

 何とも自業自得な話で、弁護をする隙間すらなかった。

【Side out】





【Side:水穂】

 母親から頼まれたのだろう。
 北斎小父様の様子を探りに、マリアちゃんが私の元を尋ねてきていた。

「でも、あのご老人の件、本当によかったのですか?」
「野放しにする方が危険ですもの。私達のことは、話したでしょう?」
「確かに……」

 北斎小父様に会うのは、半世紀振りにもなる。私達と同じ世界の出身者。それも分家とはいえ、樹雷皇家に名を連ねる者だ。
 それに、あの小父様を野放しに出来ないのには、マリアちゃんに話した理由の他にも事情があった。
 こちらの世界で、北斎小父様が亡くなったと言っていた奥様。私の知る限り、そんな事実は存在しない。
 北斎小父様が結婚したなどと言う話は、これまでに一度も耳にしたことがない。北斎小父様は独身のはずだった。

「借金を踏み倒して逃げた?」
「瀬戸様と勝負をして散財。その後、博打で作った借金を返せず、暫くは瀬戸様の下で大人しく働いていたのだけど、ある日突然行方を眩ませてしまってね」

 分家とはいえ、『上木』の姓は目立つ。
 恐らくは『剣』という姓を名乗っていたのも、身を隠すためのカモフラージュだったのだろう。
 行方を眩ませて、地球に身を隠していたと言うのも驚きだったが、その後、異世界に飛ばされていたとは予想外だった。

「で、これが北斎小父様の失踪当時の写真よ」
「えっと……若い頃のお写真ですか?」
「今の姿は偽装よ。そして、こちらが本当の姿ね」

 私が取り出した端末から、マリアちゃんに見せた映像には、四十台前半くらいのアロハシャツを着た陽気な小父さんが映っていた。
 追っ手を撒くために偽名まで使い、外見年齢を誤魔化すために偽装までしていたのだから、何とも計画的な犯行だ。

 北斎小父様の実年齢は千歳ほど、第四世代艦とはいえ、皇家の船も与えられている。
 そして、私もそうだが、皇家の樹のサポートは、異世界に来た今も生きていた。
 そのことを考えれば、北斎小父様の見た目が外見通りとは考え難い。
 問い質してみると案の定、周囲に怪しまれないように外見年齢の偽装を行っていた、と言う事を白状した。

「凄いのですね……やはり、水穂さん達の世界の技術は」
「樹雷は、その中でも突出してはいるけどね。
 太老くんは例外として、私もマリアちゃんが思っているような歳ではないわね。
 見た目と実年齢が伴わないのは、私達の世界ではよくあることよ」
「…………」

 難しい表情をして、何も言わず俯いてしまったマリアちゃん。
 こちらの人々からすれば、とても理解出来る内容ではない。
 にも拘らず、私達の話を聞いて、そのことを受け入れられているだけでも驚きだというのに、少し話を急かしすぎたかもしれないと反省した。

「怖くなった?」

 風習、文化の違い、そして一番大きく違うのは、テクロノロジーの差だ。
 こればかりは、樹雷と比べてもどうしようもない。ここが異世界だという点を差し引いても、アカデミーや樹雷の技術力は飛び抜けている。
 あちらの世界では当たり前の技術ですら、こちらの世界では何百年掛かっても実現不可能なオーバーテクノロジーということになる。

「……正直に言えばよく分からない、と言った方が正しいかもしれません。
 お兄様も、水穂さんも、私達とは住む世界が違いすぎて」

 しかし、私はマリアちゃんの話を聞いて、鷲羽様の仰っていた言葉を思い出していた。

「でもね。どれだけテクノロジーが発達したとしても、自分の想いをヒトに伝えるのは難しいモノよ」
「……水穂さん?」
「私が言ったのではなく他人の受け売り≠セけどね。でも、私もそう思うことがあるわ。
 もっと可愛らしくできれば、素直になれれば――あの人に気にしてもらえるのか? 振り向いてもらえるのか、ってね」

 驚いた様子のマリアちゃんに、私はまだ誰にも語ったことのない胸の内を語って聞かせた。
 最初は、手の掛かる弟、子供に接するような感覚だったのかもしれない。
 でも、いつしか私の中で、太老くんの占める割合は大きくなっていた。

 これが恋なのかどうかは、未だにはっきりとしないが、太老くんに惹かれているのだけは確かだ。
 何をどうすれば、それを確かめられるのか、自覚出来るのかは分からない。
 でも、一つだけはっきりしていることは、太老くんは私にとって、欠かすことの出来ない大切な存在であるということ。

「水穂さんにも、悩みや、難しいと思うことがあるのですか?」
「当然よ。今だってそう――マリアちゃんと仲良くするにはどうしたらいいのか? どうしたら笑ってくれるのか?
 そんな事を考えていても、困らせてばかりいる」

 これは、太老くんに出来ても、私には出来ないことだ。
 そう言う太老くんの不思議な魅力に、取り憑かれたのはマリアちゃんだけではない。
 私も、その中の一人だった。

「……水穂さん、私の話を聞いてもらえますか?」

 そう呟くマリアちゃんの言葉に耳を傾ける。
 同じ男性のことを想う、女同士の秘密の話。
 私のこと、そしてマリアちゃんのこと、一晩では語り尽くせないほどのことを、私達は語り合った。

「水穂さん、改めてお願いします。私の友達……いえ、お兄様と同じように『お姉様』とお呼びしてもよろしいですか?」

 元の世界に帰るため、太老くんを守るために始めた情報部の設立。
 でも、その目的の一つに――

「ええ、マリアちゃんのような可愛い妹が出来て、私も嬉しいわ」

  また一つ、大切なモノ≠ェ加わっていたことに、この時、私は気付かされた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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