【Side:太老】

「……何を企んでる?」
「別に何も? 人聞き悪いことを言うな、御主も」

 絶対に何か企んでいるに決まっている。そう思う理由がこれだ。
 北斎に例の皇家の樹のことについて相談をして、『スペアキーを作らせて欲しい』と話を持ち掛けると、どう言う訳か北斎はあっさりとそれを承諾した。
 スペアとはいえ、皇家の樹の『キー』だ。
 契約者と、その皇家の樹が認めた者しか手にすることが出来ない証≠、何の見返りもなしに、この爺が作ることを許可してくれるとは思えない。白を切っているが、絶対に何か裏がある、と俺は考えていた。

「本当に……構わないんだな?」
「うむ、幾らでも作ってくれて構わぬよ。樹が認めたのであれば、儂が口を挟むことではないしの」

 怪しい……この上なく怪しいのだが、許可をくれるというのなら、こちらとしても好都合だ。
 何かを企んでいることは確かだが、今は皇家の樹の件を優先しようと考えた。

「また、何かあればいつでも言うがいい。御主には悪いことをしたと思っておるからな。相談くらいなら、いつでも乗るぞ」
「……まあ、機会があれば」

 随分と協力的なところが益々怪しかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第122話『特別な物』
作者 193






【Side:水穂】

「あら? お兄様は?」
「太老くんなら、また地下都市に行ってるわよ。忘れ物があるとか言ってね」
「忘れ物?」

 太老くんの書斎に尋ねてきた、と言うのに部屋の主人はおらず、私の話を聞いて首を傾げるマリア。
 私は、留守にしている太老くんに代わって、ランの仕事を見ながら最後の片付けを行っていた。
 と言うのも、明後日からシトレイユ皇国に発つことが決まっているからだ。
 そう長くなるとは思わないが、皆の負担や迷惑にならないよう、出来るだけ仕事を残して行きたくはない。

「忘れ物って? お姉様は、何か知っておられるのですか?」
「うーん、大体の見当はつくけどね。それは、太老くんに直接聞いた方がいいと思うわ」

 北斎小父様と話をしていた様子だし、恐らくは皇家の樹のことで地下都市に向かったのだろう。
 考えられることは、『キー』のことだが、それは太老くんの判断に委ねようと私は考えていた。
 私がどうこう考えたところで、全ては皇家の樹と、樹に認められた太老くんの意思次第。
 あそこでフローラが、皇家の樹の所有権を主張したところで、樹がフローラを認めなければ意味がない。
 結局、どちらに転んでも、太老くんの意思を無視など出来なかった、と言う事だ。

「何だか、狡いですわ。お姉様ばかり、お兄様のことが分かってるみたいで……」
「太老くんとの付き合いは、マリアちゃんよりも長いからね。
 仕事の付き合いは一年ほどだけど、それ以前に行事で何度か顔を合わせてるし」
「行事?」
「柾木家の恒例行事よ。さすがに全部に参加はしてなかったけど、新年行事とかね。
 そうやって集まる理由を作っては、どんちゃん騒ぎをして騒ぐのが好きなのよ」
「そう言えば、お姉様とお兄様はご親戚でしたわね」

 そう、私は『柾木家』の直系、そして太老くんは『正木』の名を持つ傍系。
 尤も、これは公式の話であって、正確には少し違う。
 公式には、分家の正木家の人達は現樹雷皇第一皇妃、船穂様の妹君の子孫、ということになっているが、しかし実際には、お父様が地球に流れ着いたおり、最初に出会った女性、霞様とお父様の子孫と言うのが正しい。
 これは、柾木遙照樹雷――お父様の存在や、柾木家に関わる重要な人達の存在を隠すためだ。

 公式には、お父様、柾木阿重霞樹雷様、そして柾木砂沙美樹雷様、この三人は行方不明と言う事になっており、そして魎呼さんと鷲羽様も同様の扱いとなっている。
 それに天地くんのこともある。彼の存在は樹雷でも国家機密に関わる重要シークレット。
 彼の能力や価値、その存在を隠す意味で重要なことだ。
 辺境の初期段階文明惑星に、銀河中を相手に取れるような戦力が、一つ所に集まっているということ自体、異常なことだと言えた。

 この事からも分かる通り、本来、太老くんは柾木家直系の血筋を引いていると言っても間違いではない。
 色々な意味で、正木家の人々は特殊だと言えた。

「そうね。太老くんと一緒にお風呂に入ったこともあるのよ」
「お兄様とお風呂!?」

 ちょっと悪戯のつもりで言ってみたのだが、想像していた以上の驚きようだった。
 尤も、あの時は魎呼さんが、嫌がる太老くんを風呂場まで連れてきて、それでなし崩し的に一緒に風呂に入ることになっただけだが。
 それにあの頃の太老くんは、まだ五つ。毛も生えそろっていない可愛らしい男の子≠セった。
 他にも色々としてあげたことがあるのだが、この様子から察するに、これ以上話すのは危険だと思う。
 しかし、仕事もあるので適度なところで話を切り上げよう、とした私に、

「もっと、もっと詳しく教えてください!」

 私の肩をガシッと掴み、血走った眼で尋ねてくるマリアちゃん。
 この子の前では、太老くんに関する話題は慎重に選ばなくては、と私は痛感した。

【Side out】





【Side:太老】

 明日、シトレイユ皇国に向けて旅立つことになっている。
 既に首都の屋敷に帰宅した俺は、明日も朝が早い、というのに黙々と細かい作業に没頭していた。
 その細かい作業と言うのは、今更言うまでもない。
 俺の手の中にあるのは、皇家の樹から拝借した枝の部分。そして机の上には樹の切りくずと樹液の結晶が幾つも並んでいる。
 少しでいいと言うのに、ご機嫌の皇家の樹が奮発して、枝や樹液を分けてくれたのだ。
 指輪にしたとしても、十人分くらいは作れるのではないかと思う量だ。

「太老様、余り根を詰められると、お体に触りますよ?」
「心配してくれてありがとう。でも、もうちょっとで完成だから」

 マリエルが俺の体のことを心配して気遣いながら、レモンと蜂蜜の入った温かい紅茶を入れてくれた。
 道中で作ってもよかったのだが、皇家の樹も懐いていることだし、ユキネには早めに渡しておきたかった。
 剣士とかに比べたら、それほど器用という訳ではないが、この作業は以前にもやったことがあるので、二度目となると慣れたものだ。
 あの時は、自分用に水鏡の『キー』を作ったのだが、あれは地球に戻る時に鬼姫に預けてきたので、今は持っていない。

「それは、指輪ですか?」
「うん、俺の故郷に伝わる特別な物≠ナね」

 この指輪のいいところは、持ち主のサイズに合わせて自動的にサイズが調整されるところだ。
 この辺りは、やはり普通の樹とは全然違う。手先を使った細かい仕事が、それほど得意とは言えない俺にはもってこいの素材だった。
 それに特殊な加工を施さなくても腐敗することなく、皇家の樹の枝で作られた武器や装飾品は樹木とは思えない強度と耐久力を持つ。
 皇家の樹の『キー』という点を差し置いても、素材としても非常に希で、優れた物だと言えた。

 この皇家の樹で作った装飾品もそうだが、成熟した皇家の樹のみで採れる果実で作った果実酒、通称『神樹の酒』は特に希少とされ、嘗てオークションに流出した時には、一瓶で惑星一つが変えるほどの値段がついた代物だった。
 その理由として、超常的な力を持つ皇家の樹の実から作られた神樹の酒は、不老不死の妙薬、超常的な力が得られる、とか根も葉もない迷信じみた噂が信じられていたからだ。
 中には怪しげなコピー商品も市場に出回っていたが、その中でも特に好調な売り上げを見せていたのが、嘗て神樹の酒を落札した会社と……樹雷製の物である。

(水穂さん、加減って物を知らないからな……)

 コピー商品が出回ることは、その知名度から考えて完全に止めることは難しい。
 そこで、それを逆手にとって、鬼姫情報部の裏金(水穂曰く活動資金)、樹雷の資金源の一つとしてしまったのだ。
 その会社を裏で操っていたのが水穂だというのだから、商売根性旺盛というか実にあくどい。
 水穂が商会の仕事を難なくこなせるのも、情報部副官、鬼姫の配下として、そうした商売に関わる仕事を率先してこなしていたから、とも言える。
 密かに、樹雷は銀河の国々でも有数の農林業大国でもあるのだが、発端は船穂の領宙にある惑星で作られていた地球の作物を、樹雷領にある全惑星に拡大し、鬼姫の活動資金を得るために輸出用産業とした水穂の功績だった。
 このことからも分かるとは思うが、水穂が本気になれば商会の一つや二つ、大きくすることなど訳がない。
 いや、武力ではなく経済や政治の面から、世界を支配してしまうことなど、水穂にとっては造作もないことだろう。
 やる気を見せていた黒水穂を、俺が恐れていた理由の一つがそれだ。

「特別な物……それは誰かに差し上げるのですか?」
「うん、ユキネさんにどうしても受け取って欲しくてね」
「――! そうですか、ユキネ様に」

 今のところ、皇家の樹が一番懐いているのはユキネだ。
 人懐っこい奴なので、直ぐに他の皆とも仲良くなれると思うが、まずはユキネに『キー』を預けておこうと考えた。
 そうすれば、樹も寂しくはないだろう、と考えたからに他ならない。

「何? マリエルも欲しいの?」
「――!? いえ、そんな……私などには畏れ多い」
「?」

 確かに貴重品だが、そこまで畏まられるほど大層な物ではない。
 有名な工芸家が作ったならまだしも、俺の手作りじゃ稚拙で、大した装飾も施されていないシンプルな指輪だし。
 リング状に加工した枝の先に、樹液の結晶体を付けているだけの粗末な物だった。
 単に他の人には任せる訳にはいかないだけで、本来なら職人の手によって作られた装飾品の方が遥かに見栄えも良いだろう。

「んー、でも誰にでもあげられる物じゃないしな」
「そう……ですよね」

 皇家の樹に認められさえすれば、別に誰でも持つことが出来るのだが、それにはマリエルのことを皇家の樹に紹介しなくてはならない。
 本来、あの樹のことは迂闊に口外することなど出来ない、秘密にしなくてはいけないことなのだが、マリエルには俺達の世界のことを話している。
 そのうち折を見て、話してみてもいいか、と俺は思った。

「その内、絶対とは言えないけど、マリエルの分も用意するよ。マリエルなら、きっと大丈夫だと思うしね」
「太老様……ありがとうございます。太老様のお気持ちに報いるため、これからも誠心誠意お仕えします」

 そこまで感謝されると、逆にこんな物で申し訳ない気持ちになる。
 俺の手の中には、お世辞にも上手い出来とは言えない指輪があった。
 ユキネには試作品を渡すようで申し訳ないが、せめてマリエルに贈る時には、もう少し練習してマシな物に仕上げて渡そう、そう固く、心に誓っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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