【Side:太老】
「……何ですか? この合同婚約発表会って?」
「そのままよ? ラシャラちゃん達、思った以上に早く、向こうの議会を纏めてくれたようね」
合同婚約発表会――ラシャラの戴冠式の後に執り行われる予定となっている、ラシャラとマリア、その二人と俺の婚約式のことだ。
ラシャラとだけのはずが、何故かマリアまで加わっていた。しかし何故、こんな事になったかと言うと――
「マリアちゃんにあげたんでしょ? 指輪」
「いや、あれは止むを得ない事情があって……」
「でも、マリアちゃん喜んでたわよ? それにフローラ様や、マリエルちゃんにまで贈ったんですって?」
「うっ!」
皇家の樹に頭を下げに行って、ご機嫌を取ること一週間。更に指輪の製作に一週間。二人の猛烈なアタックを食らっていた期間もあり、あっという間にシトレイユから帰ってきて一ヶ月の時が流れていた。
結局、指輪はユキネに渡した物、そして自分の分を合わせて合計で六つ作った。
マリアとフローラに一つずつ、後は以前から約束していたマリエルに一つ。そして、最後の一つはラシャラちゃんのために取ってある。
今回のことで、誰かを特別扱いすると碌なことにならない、と言う事が肌身にしみた。
マリアが指輪を受け取った、と言う話になれば、いつも対抗心を顕にしているラシャラが今度は騒ぎ出すだろう。そうならないための予防策だ。
「まあ、皇家の樹と同調できなくても、樹雷では普通にお守りとして渡すこともあるものだし……でも、さすがに数が多すぎじゃない?」
「皇家の樹……『祭』にも許可を貰いましたし、と言うか『友達が増える』って喜んでましたけどね」
「そういう事を言っているのじゃないのだけど……。はあ……まあ、いいわ。太老くんだものね」
何だか知らないが、これでもか、と言うくらい深い溜め息を吐かれてしまった。
「フローラ様を省けただけでも感謝して欲しいわ。大変だったのよ? 『私も太老殿と婚約するーっ!』って年甲斐もなく騒ぐフローラ様を宥めるのは」
「……それは感謝してます」
マリアだけならともかく、フローラまで付いてきたら俺の人生はお先真っ暗だ。
本当に結婚する訳じゃないと言っても、そこから数年間のことを思うと気が遠くなる。
「でも、マリアはよかったんですか?」
「マリアちゃんでないとダメなのよ。ハヴォニワとシトレイユの同盟を成立させるためにはね」
「……ハヴォニワとシトレイユの同盟?」
「そう、まずは三国に数えられる大国二国が同盟を結ぶことで、その周辺諸国の参加も促す。最終的には連合の名の下、大陸の統一を図るつもりよ」
その話を聞いて、スケールの大きさに驚いた。
マリアとラシャラ二人との婚約。所謂、政略結婚を仕組んでまで成そうとしていること。
水穂なら本気でやってしまいかねないだけに、それを冗談と流すことが出来ない。
「その中心に太老くんがいるのよ? 今更、自重をしろとは言わないから、せめて自分の立場だけは自覚しておいて」
そんな大それた計画の中心にいる、と言われても今一つピンと来ない俺は、ただ頭を捻るしかなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第131話『婚約と同盟』
作者 193
【Side:水穂】
正木商会の掲げるスローガン。そして太老くんの理想。それを叶えるためには大陸の統一、連合の設立が急務だと私は考えていた。
銀河中に広がる数多くの惑星国家。初期段階文明の惑星が保護指定となっている理由の一つに、惑星単位の勢力統一が出来なければ宇宙への進出など夢のまた夢である、という理由もある。
太老くんが掲げる『より住みよい世界に』と言う理想を叶えるためには、それを成し遂げられるだけの力と強大な国家が必要となる。
この過程を乗り越えられるか否かが、初期段階を乗り越えられるかどうかの境目になる、と私達は考えていた。
本来、こうしたことを内側から強要するのは、銀河法でも禁止されている明確な違法行為だ。しかし、私は太老くんのために全力を尽くすと心に決めた。
鷲羽様、瀬戸様の思惑がどこにあるのかまでは分からないが、ただその駒で終わるつもりはない。あの方々に一杯食わせてやらなければ、私の気が治まらないというのも理由にあった。
(やっぱり鍵は太老くんよね)
連合を設立するために必要な鍵は、間違いなく太老くんだ。
ハヴォニワ王国、シトレイユ皇国、その大国二国の後ろ盾があれば、更に太老くんの影響力は大きくなる。
フローラが私の計画に加担したのも、太老くんの存在があれば連合の設立も単なる夢物語ではない、と言う事を理解したからだ。
――黄金の聖機人、正木商会、天の御遣い
太老くんを高く評価する材料は事欠かない。
今や民達にとっては『英雄』であり『救世主』。現世に舞い降りた『天の御遣い』と呼ばれるほどの人気だ。
諸国の権力者達にとっては意見の分かれるところではあるだろうが、少なくとも太老くんを敵に回すことの恐ろしさは、ハヴォニワとシトレイユの一件で知れ渡っている。
現状、太老くんを利用しようと考える者達は多くても、真っ向から敵対しようなどと考える愚か者は少ないだろう。
(残る問題は教会ね)
この世界の歴史を調べていくと、必ず最後に行き当たるのは『教会』だった。
この世界で最も古い起源を持ち、先史文明の遺産を統一管理し、失われた技術を各国に供与している謂わば『教える会』。
宗教的な側面から見れば、この組織はかなり特殊な部類に当て嵌まる。女神を崇めているという部分があるが、初期段階文明の惑星にありがちな象徴的な神ではなく、その女神とは全世界で認知されている高位の存在であると言う事だ。
私達の世界でも、高位次元生命体の存在は確認されており、それらの存在を『神』と奉っている宗教は数多く存在する。
この世界にも同様の『神』と呼べる存在が実在するところが、一般的な他の宗教とは大きく違っていた。
私が気になっているのは、連合を設立する上で最も障害になり得る組織が、この『教会』であるからだった。
既に各国は教会の傘下に入っている、と言っても過言ではない。表向きは中立を装ってはいるが、その実情は『世界の管理者』と言わんばかりの勢力圏を誇っていた。
聖機人を始めとする失われた技術の供与を盾に、各国に対し、あらゆる特権を彼等は要求している。
その一つは各国から募られている寄付金であり、殆ど全ての国にあると言っても過言ではない教会の設立。当然ではあるが、これらの教会関係の設備や施設は教会の管轄区となり、大国といえど例外はなく治外法権が成立しており、課税の対象外にも指定されている。
その上、ここハヴォニワを含む全ての国は、教会との約定を結んでおり、教会からの要請があれば力を貸すことを惜しめない立場にある。
そのことを考えれば、教会の今の立場を脅かしかねない『連合』の設立は、教会としても容認できない話だと考えられた。
その連合が教会の意向に従うならまだしも、太老くんの存在を知れば知るほど、そう楽観的に考えられる者は少ないだろう。
特に教会には不審な点も数多く目立つ。
この争い事の絶えない世界で、常に歴史の影にその姿を見せてきた教会の存在。
先史文明の遺産、聖機人に代表される失われた技術、戦争を否定する訳ではなく、寧ろそれを容認するような姿勢を示してきた教会の在り方。
全ての原因、いや元凶とも言うべき部分が、教会にあるのではないか、と私は考えていた。
この想像が当たっていれば、ババルン卿よりも警戒しなくてはならないのは、間違いなく『教会』の方だ。
それに私は、権力を持ち、肥大化した宗教とそこに集まる人々、そうした組織が抱える闇や、その結果生まれる歪さと欲に駆られた人間の恐ろしさを、誰よりもよく理解している。母さんや、今の私がこうしてあるのも、瀬戸様の尽力があってこそだからだ。
そのことで瀬戸様に感謝しなかった日は一度としてない。
私が教会に対し、強い疑念を抱いている背景には、やはり過去の出来事も関係しているのだろう、と言う事は分かっていた。
「お姉様、こんなところにいらっしゃったんですのね」
「……マリアちゃん? 私に何か用かしら?」
「お母様が呼んでますわ」
◆
「教会の使者がハヴォニワに?」
「ええ、太老くんの聖地入学を巡って直接交渉に出て来た、と言う事でしょうね。まさか現教皇の孫、リチア・ポ・チーナ嬢を使者として派遣してくるとは思わなかったわ」
「断るに断れない状況、と言う訳ですか」
「そういう事ね。だから、太老くんの側近であるあなたには一番に伝えておこうと思って」
連合の話は、まだどこにも出してはいない。嗅ぎつけられるにしても早すぎると考えていたのだが、どうやらそれとは別件のようで安堵した。
しかし、太老くんが以前に聖地入りを断ったことは聞いていたが、まさか現教皇の孫が交渉役として出て来るとは予想外だった。
いや、それだけ教会が、太老くんの存在を重要視しているという証拠でもある。
これまで送り込んだ間諜が尽く失敗していることや、シトレイユでの一件で痺れを切らしたのかもしれない、と考えるが、果たしてその交渉役が吉と出るか凶と出るか。
何れにせよ、ある程度の誠意を向こうが示してきた以上、無視する訳にはいかない。
「私としては、やはり太老殿には聖地に入学して欲しい、と考えているの」
「……私もそれは考えていました。今、教会と事を構えるのは好ましくありませんし」
ある程度の譲歩を求めることにはなると思うが、太老くんの聖地入学は避けられない問題だと、フローラ同様、私も考えていた。
王侯貴族といえど例外がない以上、今は一人の男性聖機師に過ぎない太老くんだけ特別扱いは利かないだろう。
商会の仕事や公務を理由に時期を先延ばしすることは可能だろうが、それにも限界がある。
それに今回の件を上手く利用できれば、『連合』の設立にも大きな足がかりになるかも知れない。
教会側の狙いは太老くんを監視し、可能であれば自分達の懐に彼を取り込むことにあるのだろうが、私から言わせれば、それは太老くんのことを何一つ知らない者が考える愚策でしかない。
「太老くんと話し合ってみます。どちらにせよ、私達にとっても悪い話ばかりではありませんし」
「……最近、特に思うわ。あなたが敵でなくて、本当によかったと」
「あら? 味方とも限りませんよ? 目的のために、ハヴォニワを利用しているだけかもしれませんし」
「何の見返りもなしに味方してくれるより、その方が私も安心できるわ。それに、あなたは太老くんを裏切れないでしょ?」
やはり、この人は油断成らない、と私は思った。
言葉を返すなら、私は彼女が敵に回らなかったことを安堵している。個人として、最も敵に回したくないのはフローラだからだ。
これからも敵ではない、と言う保証がないが、少なくとも太老くんを裏切れない、いや切ることが出来ないのは彼女も同じだ。
そう言う意味でも、私達の利害は一致している。
「私にも妹がいるのだけど、その妹以来よ。真っ向から戦いたくない、そう思える相手に出会えたのはね」
「フローラ様の妹? ラシャラちゃんの母親ですか?」
「ええ、今は事情があって私達の祖国に亡命してるのだけど、本当に憎らしくなるくらい頭の切れる子よ」
彼女がこうして自分の過去を語るのは珍しい。
フローラの妹、そしてラシャラちゃんの母親。実のところ、私も彼女の噂は耳にしている。
いや、聖地のことやシトレイユのこと、そしてフローラのことを調べていく内に、嫌でも耳にせざるを得ないほど有名な人物だったからだ。
一言で例えるなら『守銭奴』――いや、商売の面で多大な才能を見せた政略家と言える。
現在のシトレイユ皇国が大陸一の大国と呼ばれるようになったのも、彼女の功績が土台にあってこそだ。
一代で分散統治されていた国々を統一し、ハヴォニワを『三国』と呼ばれる大国にまで押し上げたフローラ。その妹と言われても、全く不思議に思わない経歴を持つ女性だった。
まあ、その他にも彼女の妹と言われても疑問を抱かない、数々の武勇伝があるのだが、それは敢えて本人の名誉のために言わないで置くことにする。
鷲羽様や瀬戸様もその手の逸話には事欠かなかったし、有名人であればあるほど噂という物は後を絶たない。
――人に歴史あり
と言う奴だ。
「随分と高く評価して頂いているようで、光栄です」
「これでも低く見積もりすぎなくらいよ。あなたと太老殿は、私達の想像を大きく超えているようですし」
「なら、その期待に応えられるよう、結果を出さなくてはいけませんね」
やはり、強かな女性だ。
「ああ、それと……太老くんで遊ぶのは程々にしておかないと、またマリアちゃんの機嫌を損ねますよ?」
「私としては、かなり本気だったのだけど……」
「同じ女性ですから、歳のことは敢えて言いませんけど。少しは自重してください」
「あっ、それなら私にも『生体強化』と言うのを施してくれないかしら? それなら、誰も文句はないでしょう? と言うか、あなたやミツキさんだけと言うのは不公平と思うのよね。同じ女性として、とても許せる話ではないわ」
どこまで本気か冗談なのか分からない。
しかし、私ですら背筋が凍るほどの冷たい視線を向けるフローラを見て、歳に関する話題は彼女の前ではしないようにしよう、と心に決めた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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